「おや、入れ違ってしまったか」
朝を迎え白む空に、穴のような漆黒が浮かんでいた。
それは影よりも黒く、闇よりも昏い混沌。悪性を司る邪悪なる神、邪神
リヴェイラである。
目的の地点に到着したリヴェイラだったが、そこにはただ燃え堕ちた廃倉庫と破壊跡だけが残っているだけで何者の気配も残ってはいなかった。
新たなる邪なる魔力の発生を感じとりこの場に駆け付けたリヴェイラではあるのだが、その実、対象の魔力の気配を見失っていた。
無論、最初は捉えていた。
だが、しばらくして唐突に魔力の気配が途絶えたのだ。
まあリヴェイラとて大人しくその場に留まっているとは思っていなかったが。
ここに来たのはそれを確認するという意味合いも大きい。
勘違いだった、などという間抜けなオチはない。
邪神の勘に賭けて、この場で何かが生まれたのは間違いないだろう。
勿論、既に殺されたと言う可能性もあるだろうが、あれ程の魔力の持ち主を殺せるものがそういるとは思えない。
邪神である己を除けば聖剣の使い手か、現魔王の
ディウスくらいのものだろう。
となると一番考えられるのは、魔力や気配を殺して移動したという可能性だが。
あの荒れ狂った魔力からは、そんな器用なマネできる印象は感じられなかったはずなのだが。
何らかのきっかけで安定期に入ったか、それとも何らかの要因でそんな芸当覚えたか。
いずれにせよ、見つけ出さない事には結論は出せない。
「さて、どこに行ったの、かなっと」
邪神が宙に浮いたまま禅を組むように瞑想に入った。
二つの目は閉じられ、開くのは人外の証明。魔性の象徴。額に輝く第三の目。
邪神がスンと鼻を鳴らし魔力の残滓を感じ取り、魔を示す瞳が暗く輝いた。
「――――そっちか」
風に乗った闘争の気配を感じとり、邪神が無邪気に口角を吊り上げた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
二つの死体と少年に跨るアザレアを交互に見詰め、
バラッドが問い詰める。
だがそれを問われた毒の華、アザレアは小さく首を傾げる。
「何が、と言われましても困ってしまうのですけど。そこの二人に関しては勝手に殺し合って勝手に死んだだけですわ」
手にしたナイフで遠くに転がる死体を指しながら、あっけらかんと言ってのけるアザレア。
良くも悪くも、アザレアは嘘をついたり駆け引きをするタイプではない。その言葉自体は真実だろう。
もっともアザレアの歪んだ認識に基づいた発言は、本人に取っては真実でも、事実ではないケースも少なくないのだが。
「……そうか。まぁあの二つの死体に関してはそれはいいだろう。
だが、今お前がナイフを持ってその子に馬乗りになってる状況はどういう事なんだ? これは知らないとは言わせないぞ」
「あら、おかしな事をお聞きになるのねお姉さま。見て分かりませんこと?
すぐ殺せそうな所にこのお兄さまがいらしたから殺そうとしているだけですわ。それ以外に何があるというの?」
微笑を交えて、さも当たり前の事のようにアザレアは言う。
アザレア。この可憐な少女の異常性は組織でも随一だ。
ヴァイザーもピーターも異常者ではあるのだが、彼らは己が世間とはどうあっても折り合いが取れない特殊な人間であるという事は自覚している。
だがアザレアは違う。自身の異常性を理解しておらず、自身の置かれた環境が世間から見てどういう意味を持つものなのか理解していない。
純正培養の暗殺者。
この場においても何一つ分かることない異常性を見せるアザレアにバラッドは頭を抱え深く溜息を付いた。
「やはり、お前じゃ話にならんな。おい、アザレア殺すなよ。そいつからも話を聞かせろ」
「うーん。他ならぬお姉さまのお願いとあらば、聞かない訳にもいきませんわね。けど、なるべく早めにお願いしますね」
そう言ってアザレアは少年の上からあっさりと退いた。
アザレアから解放された少年は、必死の形相で地面を這いずりバラッドへと近づいてゆく。
バラッドはその必死の様子に若干面喰いながらも、身をかがめ少年へと視線を合わせる。
「おい少年。喋れるか」
「ぅあ……バラ……っ……バラッドさん」
痛みと恐怖に震えながら、途切れ途切れの声で少年は応えた。
その声に、バラッドは疑問符を浮かべる。
「待て。何故私の名を……いや、アザレアが呼んだのを聞いたのか」
「ちが、違います……ッ! あの……お、俺、姿変わってますけど、ユージーです……! ユージー、なんです……」
縋るような声でユージーが必死に訴えかけた。
その必死さは、ここで見捨てられれば本当に終わりだと、バラッドが最後の頼みの綱であると理解しているからだ。
「ユージー? 何を言っている。
確かに私にはユージーとう少女と行動を共にしていたが、それは君ではないぞ」
「変わったんです! 外見が」
だがユージーの必死の訴えはバラッドの心打つどころか、むしろ不信感が増したという印象を与えていた。
当然だろう。そんな荒唐無稽な話、簡単に信じろと言う方が無理がある。
「変わった? それはいったいどうやって」
「それは……ッ! そ、それは…………」
ユージーは事情を説明しようとして、言葉に詰まる。
何故なら、自身が変化した理由を彼は知らない。
何故そうなったのかなど、深く考えてこなかったからだ。
これは完全変態だ! とかニューユージーをバラッドさんたちにもお披露目しなくては! などというお気楽な考えはどこかに霧散していた。
自分が生きるか死ぬかの瀬戸際の様な状況で、そんな冗談めいた言葉を吐く事などでるはずもない。
「いや…………なんで、こうなったのかは……分らないんですけど。けど信じてください!
俺本当は男で、いや、今も男に戻っているんですけどこれじゃなくて……えっと、最初は支給品の中に性別を買える薬があって、バラッドさんたちと出会ったのはその時で、その……だます気とかはなくて」
「ふむ」
荒唐無稽な説明を続ける少年の言葉に、バラッドが顎に手を当て思案する。
余りにも荒唐無稽すぎて逆に信憑性が出てきた。嘘をつくならもう少しましな嘘をつくだろう。
それに、薬により外見や性別が変わった例を彼女とて知らないでもない。
何より、自らに必死に縋る少年の姿は憐れを誘った。
彼が本当にユージーであろうとそうでなかろうと、どうあれバラッドには彼を見捨てる事などできないだろう。
「何か証明できるか? 例えば我々と君しか知らないような情報があるとか」
「えっと……証明に、なるかはわからないですけど……一緒に同行していた人なら、言えます。
ここに居る三人のほかに鵜院さんも行動を共にしていました。あ、あとバラッドさんにせ○とくんのぬいぐるみを渡しました」
バラッドが振り返り視線を送ると、ピーターが軽く目を瞑り頷いた。
情報に間違いはない、ならば信じてみてもいいだろう。
「いいだろう。君を信用する。すまなかったな。
という訳だアザレア、この少年は私の連れだ。この子の身柄は渡してもらうぞ?」
「あら、いくらお姉さまでも獲物の横取りは困りますわ。その子は私が殺そうとしていましたのに」
「お前と問答するつもりはない。私が無駄な殺しが好きじゃないって事は知ってるだろう。
なら引け、お前だって私と敵対したいわけじゃないんだろ」
バラッドは冷たい刃の様な眼光でアザレアを牽制する。
同じ組織に所属している三人だ。
互いの実力、特性は理解している。
直接戦闘に特化したバラッド。
巧みな話術で相手の心に忍び寄り騙し討つピーター。
その可憐な容姿を活かし不意を打つ事を得意としているアザレア。
得意分野がばれているという点を加味しても、この場においてはどう考えてもバラッドが強い。
故にイニシアチブを握るのはバラッドだ。
それは組織に属する者にとっての共通認識だろう。
アザレアは異常者ではあるが殺し屋としてリスクを天秤にかけられないほど愚かではない。
彼女にとって殺人とはただの趣味や遊びの様なモノだ、格上のバラッドと敵対してまでこだわるほどのものではないはずである。
「いいえ、お断りしますわ。この人はここで殺さなくちゃならないの」
だが、アザレアはバラッドの要求をにべもなく突っぱねた。
そしてナイフを標的であるユージーに向けて、薄い笑みを浮かべる。
その冷たい笑みに先ほどの拷問めいた痛みを思い出してユージーが身を強張らせた。
「ふむ。珍しいですねアザレアが殺しにこだわりを見せるだなんて」
その様子にピーターが頷き、感心したように呟きを漏らす。
アザレアはその生死感の薄さ故、誰かを殺すことを躊躇わない代わりに、誰かを殺す事に拘りもみせない。
殺人に禁忌も感じていない彼女にとって、それらは等価である。
それ故に、この状況はアザレアの拘りの無さに手を焼いていたサイパスが見たら泣いて喜ぶ光景だろう。
「ええ、だってお友達のためですもの」
花のような可憐さと、毒の様な危うさを秘めた笑みでアザレアが笑う。
「友達……だと?」
「ああ、そう言えば紹介がまだでしたね。私この場で初めてお友達ができましたの」
年相応の嬉しそうな笑みを浮かべ、スルリとアザレアがきつく締めつけていた自らの袖口を緩める。
するとそこから重々しい黒闇が噴出し、不気味な動きで渦を巻いた。
「なっ……………!?」
「二人に紹介しますわ。覆面さんよ」
アザレアの言葉に合わせるように黒煙が意思を持ったように蠢く。
「何だこれは…………生きて、いるのか?」
「そのようですね。まあそれはいいでしょう。
それよりも殺すのが彼(?)のためというのはどういう事なのですアザレア?」
戸惑うバラッドとは違い、すんなり事態を受け入れたピーターはアザレアへと問いを投げる。
「あら、それをあなたが聞くの? ピーターと同じよ。ただのお食事。彼を殺して覆面さんが食べるの」
「なるほど。それならば仕方ないですね」
ピーターが深く納得を示し、どうぞと道を譲った。
アザレアはありがとうと優雅に一礼するとナイフを片手にユージーへと近づく。
「って、いい訳あるかッ!」
だが、異常者二人の語らいを傍から見ていたバラッドが切れた。
「いいかアザレア、これが最後だ。それ以上こちらに近づくようなら、この場で切り捨てる」
バラッドが腰元に構えた日本刀の鯉口を切り、今にも抜刀せんと構えを取った。
だが、アザレアはそれをただ楽しげに見送って、口元に指をやり喉を鳴らしてクスクスと笑う。
「相変わらず甘いんですのね。お姉さま」
アザレアの微笑。バラッドの背に寒気のような警告が奔る。
気付けば、何時の間に忍び寄ったのかバラッドの足元に黒い靄が纏わりついていた。
「殺したいのなら、黙って始めればよろしいのに――――!!」
釣り糸に引き上げられる魚のような形で、バラッドの体が足元から黒い縄に掬われた。
宙に浮いたバラッドの体は物凄い勢いで振り回され、大きく宙に弧を描く。
「ちっ…………!」
振り回される遠心力で頭に血が上り意識が白む。
平衡感覚はあっという間に失われ、もはや天も地も分らぬ状況である。
だが、そのような状況においてもバラッドは冷静さを失わず、舌を噛み意識を保つ。
そして逆さになった体勢のまま、腰元の刀を抜刀した。
抜くは霞すら裂くとされる名刀。振り抜かれた居合抜きの様な一閃は、彼女の足に巻き付いた煙を両断する。
そうして地面に叩きつけられる前に拘束から脱したバラッドであったが、同時に体を繋ぎ止めていた支点を失い、その体は振り回された勢いのまま彼方へと吹き飛ばされた。
だが、それはまずい。
ここで距離が開いてしまえば、バラッドが元の位置に戻る前にアザレアはユージーの殺害を完了してしまうだろう。
「ピーター!」
「イエス。ユアハイネス」
バラッドの指示に従い、ピーターがMK16を構えアザレアに向けて弾幕を張る。
ユージーへと向かおうとしていたアザレアも、これにはたまらず足を止めその場を飛びのいた。
「あらレディに対して酷いわねピーター」
「無礼はお互い様でしょう。食事を前にしてもがっつくのはレディとしてはしたないですよアザレア」
肩をすくめて日常会話のように皮肉を交わす二人。
そこからワンテンポ遅れてバラッドが戦線に復帰する。
「ピーター、ユージーを連れて避難しろ!」
視線は
覆面男に向けたまま、振り返ることなくバラッドが叫ぶ。
ピーターは無言のまま頷くとユージーをひょいと抱え、そのまま走り出した。
それを追おうとするアザレアだったが、その行く手にバラッドが立ちふさがる。
「行かせるか」
「邪魔ですわよ、お姉さま!」
怪しく目を見開いたアザレアの背後に、漆黒の華が咲いた。
それは虫の足の様に広がる煙で出来た六本の腕。
腕は咲き誇る華の花弁ように広がると、同時に立ちふさがるバラッドへと襲い掛かった。
開き閉じるその様は巨大な牙を携えた肉食獣の巨大な顎である。
だが、その顎に素直に喰われるほど、バラッドは安くない。
振り下ろした朧切で右から迫る二本の腕を一刀のもとに切り裂き、返す刃で左上段の腕を両断した。
同時に足元に迫る二本は一本を思い切り踏みつけ霧散させ、もう一本を片足を上げて回避。
残る左中段の一撃は喰らったもの、殴りつけられた衝撃を受け流すように回転、その勢いのまま残る左の二本を振り上げた刃で断ち切った。
猛攻を捌ききり、反撃に転ずるべく防の意思を攻の意識へと転じようとしたその刹那、バラッドの腰元に鋭い痛みが奔った。
決して忘れてはならない。バラッドの敵は目の前で脅威を振るう霧の怪物だけではない事を。
この戦場には、人の意識の外から攻撃することに長けてた生粋の暗殺者がいる。
「…………ッ! この」
腰に突き立てられたナイフが深く刺し抉られる前にバラッドがアザレアを蹴り飛ばす。
軽量級の体は豪快に宙を舞うが、吹き飛ばされた体が地面に叩きつけられる前に、黒い靄がその体をネットのように受け止めた。
「ふふふ。流石ですわお姉さま」
軽い動作でネットから着地。
纏わりつく黒靄と踊る様にクルリと回る。
「なら、もう少し遊びましょうか」
回るアザレアから弾けるような勢いで闇が広がった。
アザレアを中心として輪のように広がる闇をバラッドは一刀のもとに叩き斬る。
だが、これは先ほどのようにアザレアを活かすための目くらましだ。
そうはさせじとアザレアを直接狙って苦無を飛ばし、その動きを牽制する。
「おっと」
アザレアはこれを軽い動作で躱す。
その動きを予測していたバラッドは、苦無に結び付いたテグスを操る。
狙いは無防備な後頭部。
「今よ、覆面さん」
だが、互いの手の内は把握されている。
糸を操る一瞬の隙をついて、覆面男がバラッドへと襲い掛かった。
「ちぃ…………ッ!」
その動きに対応すべく、バラッドはテグスを手放して刀を両手で持ち直す。
手放したデグスは苦無と共に彼方へと消えて行った。
咄嗟の対応で何とか黒闇の突撃は捌いたものの、一瞬アザレアが視界の端を横切った。
不意打ちを受けまいと身構えるバラッド。しかしアザレアは来ない。
衝撃は逆から。
煙の拳が脇腹に叩き込まれ、アバラがミシリと軋んだ。
今度はアザレアが囮で本命は覆面男の一撃である。
「ぐ……っ」
衝撃に逆らわず自ら跳ぶ。
跳躍で距離を取りつつ、状態を立て直す。
そして改めて認識する。
この煙は強い。
いつ襲い来るとも分からないアザレアを警戒しながら、戦える相手ではない。
ならば、まずはアザレアを仕留めるべきだ。
覆面の攻撃をしのぎ、アザレアがナイフで攻撃に来た瞬間を狙う。
防御を犠牲に多少のリスクは追うがそれしかない。
そう狙いを定め、バラッドが脇構えに刀を持ち直す。
「行きますわよ、お姉さま――――ッ!!」
「――――来い、アザレア」
「――――いいえ、そこまでですお二人とも」
動き出そうとした二人の元に制止の声が響いた。
その声にバラッドとアザレアが動きを止める。
声の主はピーターだ。
見ればピーターはユージーを拘束しその頭部に銃を突き付けていた。
「……何のつもりだ。裏切るつもりかピーター」
殺気と怒気を含んだ声。
人質がなければ今にも斬り殺さんという勢いでバラッドはピーターを睨み付ける。
だが、その殺気を前にしがらも、ピーターは飄々とした表情を崩さなかった。
「裏切る? まさか。私はいつだって貴女の味方ですよミス」
「だったら、どういうつもりだ」
「だって、このままだとバラッドさん、勝てないじゃないですか」
「………………」
その言葉にバラッドが押し黙る。
先ほどの攻防で互いの力量差は明確となった。
バラッド程の実力者がそれを分らぬはずもない。
「元をただせばこの少年を殺す殺さないの話でしょう? だったら殺してしまえばいいじゃないですか。
アザレアはこの少年を殺したい。バラッドさんは生き延びられる。ついでに私も食べれる死体が増えてWin-WinどころかWin-Win-Winですよ。
そうしたら元通り、同じ組織の仲間同士。仲良くやっていきましょうよ」
頭に来るほど綺麗な微笑を浮かべながら、ユージーに銃を突きつけたピーターは言う。
その態度にバラッドは握りしめた拳を振るわせ、奥歯を噛み締める。
「どこがWin-Winだ。ふざけるなよ、ピーター……!」
バラッドの怒声。
それに対して、
「ふざけているのはそちらでしょうバラッドさん?」
昆虫のような感情の色のない無機質な瞳がバラッドへと向けられた。
「そもそも何故そこまで必死になるのです? 別に彼を助けようとするのはいいとしましょう。
けれど、それは貴女が命をかけて、仮にも仲間だったアザレアたちと殺し合ってまですることですか?
だいたい懸けているのは貴女の命だけではない。
このまま行けば貴女が自身が殺されれば、あなたと共に彼を護っていた私も殺されるでしょうね。
逆にもし仮に勝てたとしても、代わりにアザレアが死ぬ。ついでにご友人の覆面さんも死ぬでしょう。
つまり、彼が生きている限り、どんな結末になったとしてもそれ以上の死体を積み上げなくてはならない訳だ。
――――そこまでして救うだけの価値が、この少年にあるとでも?」
問い詰める様にピーターは言い、ユージーを拘束する力を強めた。
その痛みにユージーが僅かに喘ぎ、光の失った目を伏せる。
ピーターの言葉は、肉体を傷つけたナイフよりも鋭くユージーの心を抉った。
この戦場において彼に価値はない。
それは真実である。
何もできず、ただ助けを求めるだけの無力な存在。
そして、そんな彼が助けを求めたから、彼の姉は死んだ。
少なくとも少年はそう思っている。
そんな己に命を懸けてまで助ける価値など、あるはずがない。
「――――あるさ。あるとも。価値はある」
だが、その声は力強くそれを否定した。
地を見ていた裕司の顔が上がる。
「ほう。して、それはどのような?」
「だって、そいつは誰も殺してないじゃないか」
殺し屋として生きるしかなかった女は、憧れを秘めた声で言い切った。
当たり前の生き方しかしていない裕司の、その当たり前を慈しむように。
「それは殺す機会と力がなかっただけなのでは?」
「そうかもしれない。けど、それでも。こいつは私らより、いくらか上等な人間だよ。私らの安い命なら幾らか賭ける価値はあるさ」
彼は、何もできなかったけれど。
それでもいいと。
そうだからこそ、生きる価値があるのだと。
殺し屋はそう赦しのように告げていた。
「それにな。ここ来て、組織から離れて改めて分かったことがある。
私はお前たちが…………殺し屋という人種が大嫌いだ」
身勝手に振る舞い、人の命を飯の種としか思わない。
そんな奴らに彼女は嫌悪しか浮かばない。
「そして、そんな生き方しか選べなかった自分も…………私は大嫌いだ」
歯を噛み締めながら悔いるような声で女は言う。
恩人には報いたいが、他の方法を選べず、こんな方法しか選べなかった。
そんな存在である自分がたまらなく嫌だった。
「だから」
だから、少しでもマシな自分になるために。
「ユージーは助ける。例えお前らを切り捨てても」
決意と刃を以て、女殺し屋は嘗て仲間だった二人に絶縁状を突き付けた。
その目にもはや迷いはない。
「…………困りましたねぇ」
バラッドは本気である。
本気でユージーを助けるために、自らの命をも顧みず組織の仲間を切り捨てる覚悟のようだ。
不合理極まる選択であるのだが、確かに彼女は元々そういう傾向はあった。
彼女は、殺す相手を『選ぶ』殺し屋である。
仕事は殺されても仕方がないような外道が標的のモノしか請け負わず、それ以外の仕事はたとえ振られたとしても断固として拒否してきた。
意外なのはそんな彼女のスタンスを、彼女を拾ったアヴァンは元よりサイパスを始めとした幹部連中も容認していたという事だ。
まるで、やりたくない事はしなくていいと言った風に。
この手の組織にしては、甘いどころか緩すぎる規律である。
ともかく彼女は元より罪のない人間を斬れない程に甘く。
その甘さが、外の世界の人間と接触したことによって、より感化されてしまったようである。
ここでピーターがユージーを殺してしまえば、関係性の崩壊は回避できないだろう。
ユージーを解放して取り入ればまだ目はあるが、この場での生殺与奪の権利は既にアザレアへと移譲されている。
ならばバラッドを切り捨てアザレアに乗り換えるという案もあるが、アザレアはピーキー過ぎてコントロールが難しい相手だ。
この少女を操作できるのは彼女を拾ったサイパスくらいのものだろう。
自分にベストな形でこの場を収めるにはどうしたモノかと頭を捻らすピーターだったが、突然あげられた声にその思考を中断させられた。
「い、いいんですバラッドさん…………!」
声はピーターのすぐ目の前から発せられた。
声を上げたのは、渦中にありながら、その意思を無視され続けた少年である。
少年は震える声で、自らの意思を訴えかけた。
「お、俺なんかのために、命を賭けなくても……いいんだ……。
……そ、そりゃあ、し、死にたく、なんか、ないけど…………。
俺のせいで……これ以上、誰かが死んでしまう事の方が…………」
耐えられないと、悲痛に顔を歪ませながら、なけなしの勇気と意地を振り絞って少年はそう告げた。
少年の目から一筋の涙が零れる。
「ユージー、君は…………」
その涙に、バラッドが眉を細め、ピーターが珍しく表情を歪ませた。
アザレアはニコニコと動向を見守っている。
余計なマネを内心で舌を打つピーター。
この手の演説はバラッドには逆効果だ。
いっそう意思を強固にさせるだけである。
そのピーターの危惧通り、バラッドは表情を引き締め、朧切をグッと握りなおした。
「心配するなユージー。君は私が助ける――――」
言って、流麗な動きでバラッドが駆ける。
こうなってしまえば、もうバラッドを切り捨てるしかない。
ピーターはユージーに向けてた短機関銃の銃口を向かいくるバラッドへと向けた。
「あら、抜け駆けはダメよ、お姉さまッ!!」
その後ろからはアザレアが黒い波に乗ってバラッドへと迫っている。
前門の機関銃、後門のモンスター。
もはや対処不可能な絶体絶命の状況に追い込まれるバラッド。
「やめろ。やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
少年の絶叫。
一瞬先の最悪の想像に少年の心が絶望に染まる。
その瞬間だった。
『よく言った。その心意気見事だ!』
ユージーの耳元に転がる鈴のような声が響いたのは。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あれ程までに全身を支配していた痛みはなくなっていた。
ふと手を見てみれば、失った指も元通りになっており傷一つない。
というより、よくよく確認してみれば元の尾関裕司の体に戻っている。
どういうことかと周囲を見渡してみるが、周囲には誰もいない。
余りにも唐突な状況の転換に、ただ戸惑う事しかできなかった。
『ここは君の精神世界と言う奴だね』
声に振り返れば、そこに立っていたのは白い少女だった。
ウェーブのかかった白く輝く長い髪。
すらりと伸びる手足に、透き通るような透明感のある肌は人間離れした美しさを感じさせる。
それでいて近寄りがたさを感じさせないのは、人懐い少女の表情のせいだろう。
だが、それらの要素よりも、何より目につくのは額から生えた一本の角である。
『安心ていいよ、ここでの出来事は現実世界では一瞬の出来事だから、目が覚めたら殺されてるなんてことはないから』
まぁ目が覚めた瞬間に殺されることはあるかもしれないけど、などと最後に小声で呟やかれたような気がしたがきっと気のせいだろう。
それよりも、目の前の少女は何者なのか。気になるのはその一点だ。
『あたし? あたしは妖精さんだよ』
なるほど、妖精さんなら仕方ない。
角が生えてるのにも納得であると言わざるを得ない。
『ちなみに、30歳まで純潔を貫くと魔法使いになれるとかいう都市伝説があるだろ? あれ、あたしの仕業な』
マジで!?
驚きの新事実。
とんでもない大物だったようだ。
思わず揉み手で腰を低く構えてしまうぜ。
しかし、そんな凄い妖精さんが、俺なんかに何の御用なんですかね?
『ぶっちゃけ君、今ピンチじゃん? そのピンチを脱する力を君に授けようと思ってさ』
力を授ける? 魔法使いの力を?
喜ぶ、より先に戸惑ってしまう。
なんだって俺に、俺なんかにそんなものを与えようと言うのか。
『それはね。君が涙を流したからさ』
涙?
『君は恐怖で泣いていたんじゃない。悔しくて泣いていたんだろう?』
そうだ。
そりゃあ確かに怖かったけれど、それ以上に、死ぬことよりも誰も助けられない己の無力が悔しくて涙がこぼれたんだ。
『あの時君が一握りの勇気を見せなければ、私はあのまま見捨てていただろう』
そうか、そうだったのか。
あの涙の意味を理解し、見ていてくれた人がいたのか。
それは代えがたい救いのようにも感じられた。
ただ、疑問がある。
確かに俺は(心はともかく)身は清らかなピチピチの中学生である。
しかし、まだ30歳ではない。
魔法使いになるにはまだまだ人生も半ば、経験不足であるのだが、いいのだろうか?
『年齢は噂話についた尾ひれみたいなもんだよ。
実際は一定の純潔が溜まった者の下に訪れる、常人であれば30前後が多いと言うだけの話だよ。
そういう意味じゃ君は傑出しているね。その年にして規定レベルを飛びぬけている、素晴らしい童貞力だ』
え、なにこれ褒められるの、貶されてるの?
『もちろん褒めてるさ。妄想逞しいというのはそれだけで素晴らしい事だ。想像し創造することこそ人間の本分だからね。
特に童貞という生き物の日々悶々としている妄想力は素晴らしい。だが悲しいかな。妄想は妄想。現実を侵す力はない。
故にあたしがその手段、妄想を実現する力を君に与えよう。その欲求(リビドー)こそが力になる』
妄想を現実にする力? それが魔法使いの力なのか?
確かに。妄想力ならその辺のリア充なんかに負ける気がしない。
現実で勝てなくとも、妄想の中なら童貞(おれたち)は最強だ。
『だけど、ただという訳にもいかない、当然対価は頂く』
いや、その話はいい。
俺はそんなに強い人間じゃないんだ。
下手に聞いて躊躇ってしまうよりも、聞かずに突っ走ったほうがいい。
馬鹿は馬鹿なりの、走り方があるんだ。
だから、契約するよ。妖精さんと。
『いいのかい? そんな簡単に決めてしまって。ここの時間は無限にある。もう少し悩んでもいいんだぜ?』
簡単なんかじゃないさ。
本当にバカで無力で、どうしようもない俺だったけれど。
それでもいいと、生きていていいと言ってくれた人がいたんだ。
その人が俺なんかの為に命を懸けてくれている。
俺はバカだからうまく言葉にできないけど。
嫌だって、このままじゃダメだって思ったんだ。
俺を最後まで見捨てずにいてくれた人を俺は助けたい。
それだけで戦う理由には十分だ。
なにより、あそこで立ち上がらなくちゃ男じゃない!!
俺の宣言に妖精は楽しげにニヤリと笑った。
『いいだろう。契約成立だ。だが覚えておきたまえ、君は力を得る代わりに、最も大事なモノを失うだろう』
そんな予言じみた言葉を残した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ぉぉぉおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおぉおぉぉぉおおぉおお!!!」
叫びをあげる少年の体が白い光に包まれていた。
スパーンと爆発するように裕司の身を包む衣服がはじけ飛び、代わりに光が集約したような白い衣に包まれる。
殺し合おうとしていた三人も突然の事態に動きを止め、その光景にバラッドはおろかピーターですら目を丸くしてしていた。
「これが…………俺?」
白く輝く裕司が己の拳を握りしめた。
嘗てないほど力が溢れるのを感じる。
『見込み通りだ。お前の才能はずば抜けている。いけ裕司。今のお前は誰にも負けない』
頭に響く声に従い、ピーターの拘束を軽く引きはがし、クルリとその場で振り返った。
裕司とピーターの視線が息の届く距離で交わる。
ゾッと背筋に悪寒を感じ、思わずピーターが飛び退いた。
そしてそのままバラッドを狙っていた銃口を裕司へと向け直し、己の危険信号に従い躊躇うことなく引き金を引いた。
秒間十五発。人間をハチの巣に変えるには十分な弾丸が裕司目がけて放たれる。
その弾丸を前に、裕司は静止を掛けるように、片腕を前へと突出した。
それだけで、映画のワンシーンのように全ての弾丸が空中で静止し音を立てて地面へと落ちた。
『そうだイメージしろ。その妄想力がお前の武器だ。
妄想し空想し具現化せよ。想像するのは常に最強の自分だ』
想像を実現する能力だが、ただの妄想では綻びがある。
エロと妄想に生きた彼だからこそ成せる穴のない完全なる妄想力である。
「隙だらけですわよ、お兄さま!」
ゴバッと黒い津波が生まれた。
小さな死神を乗せた闇の雨が裕司を押し潰さんと降り注ぐ。
それに対し、裕司は振り返るでもなく、ただ靄を払うように腕を振るった。
純潔を力とする聖なる光が、暗き闇を打ち払う。
「なっ」
足元の霧が消え、アザレアが地面に落ちる。
黒い霧は完全に消えたわけではないが、裕司の放つ光を恐れるようにアザレアの影に隠れた。
その様子を見て、ピーターがM16を地面に放り、両手を上げる。
「降参。参りました、降参です」
「おい。そんな調子のいい理屈が通じると思うのか?」
熱り立つバラッドだったが、それを制止したのは、ピーターに殺されかけた張本人であるユージーだった。
「いいんです。バラッドさん俺が弱かったのが悪いんです。
俺が強ければこんな事にはならなかったし、なにより、バラッドさんが言ってくれたじゃないですか。俺は殺さない、殺したくない」
その瞳に込められた意思に、バラッドは思わず息を呑んだ。
少年は、許す強さを持っていた。
彼女には最後まで持てなかった強さだ。
「そうか。ユージー、君は強いのだな」
その輝きに羨望を覚えながらも、少年の強さを素直に称える。
「さて、お前はどうするアザレア。二対一、いや二対二か?」
ピーターは両手を上げまま突っ伏しており我関せずと言った態度だ。
取り残されたアザレアは、うーんと少し思案した後、タンと踊るような軽いステップで後方へと跳んだ。
「やめにしておきますわ」
「は?」
「だって、その人もう簡単に殺せそうにないですから」
アザレアの目的は覆面男の回復のために人を殺す事である。
そのために手っ取り早く殺せる素人を殺そうとしただけであり、標的が力を手に入れ簡単に殺せなくなった以上、争う理由はなくなったも同然だ。
裕司が強さを示す。
ただそれだけのことで全ての戦闘は回避され、誰ひとりの死者を出すことなく事態は解決した。
それ故に裕司は悔やむ。
何故これが、もう少し早くできなかったのだろう。
もう少し早くこうすることができていれば、姉を救えたかもしれないのに。
「それに、ちょうど別のお客様もいらしたようですし、私たちはお暇しますわ。それではみな様。ごきげんよう」
優雅なまでに可憐な動作でアザレアが空へと浮き上がる。
だが、その光景以上に、気になったのはその言葉の中にあった単語である。
「別の客……だと?」
彼らの背後、つまり先ほどまでのアザレアの視線先からくちゃくちゃと言う咀嚼音が聞こえてきた。
その音に三人が振り返る。
そこには、
尾関夏実と
スケアクロウの死体を啄む角を生やした化け物がいた。
【I-8 上空/午前】
【アザレア】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ、覆面男
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:自由を楽しむ
1:覆面男の為に適当に誰か殺す
2:覆面男が満足したら再びリヴェイラを追う
3:覆面男に自分の作品を見せる
【覆面男】
[状態]:濃度35%、アザレアに巻き付き中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:???
1:???
※アザレアをどう思っているのかは不明です。というか何を考えてるのか不明です。
※外気に触れると徐々に霧散します、濃度が0になると死亡します
「またですか!? なんてことだ…………!」
悲哀の篭った声を漏らしたのはピーターだった。
後で食べようと思っていた、ご馳走を横取りされた悲劇である。
「あの時の怪物か!?」
最大限の警戒を露わにして、バラッドが身構える。
角の生えた容姿、火傷で爛れた皮膚。
見紛うはずがない、あの港付近の廃倉庫で戦った怪物女だ。
殺せたとは思っていないかったが、やはり生きていたようだ。
あの時は何とか逃げおおせたか、再び戦闘になった場合、今度もまたうまくいくかどうか分らない。
こちらに気付いているのかいないのかは分らないが、食事に夢中になっている今のうちなら逃げ出せる可能性は高い。
「突っ掛ったりするなよピーター、死体は諦めろ。とりあえずこの場を離れるぞ、いいな?」
ピーターへのわだかまりが解消した話ではないが、まずはこの場を乗り切るのが最優先だ。
不満気ではあるが、異論はないのかピーターは黙ってこくりと頷きを返す。
「ユージー君も、…………ユージー?」
反応がないのが気にかかり、バラッドが裕司へと視線を移すと、そこには愕然とした表情でその食事風景を見つめている裕司の姿があった。
固まった裕司は目を見開き、拳を怒りに振るわせいた。
「ね、姉ちゃんに、何してんだテメェ――――!!!」
「くっ! まて、ユージー!」
駆けだした裕司を追ってバラッドも駆ける。
迫りくる裕司に気付いたのか、人喰いの化け物――オデットが食事の手を止め、四足の体制のままグルリと首を捻った。
「EgdeDnIw」
紡がれる言の葉。
それは破壊生み出す魔の法となる。
『来たぞ、防げ裕司!』
不可視の刃にいち早く気づいたのは裕司の中にいる妖精だった。
頭の中に響く指示に従い、裕司が腕を突き出した手の平を広げる。
その盾のイメージが、迫りくる透明な刃を弾いた。
「姉ちゃんから、離ぁれろぉおおお!!」
間合いに入った裕司が、オデットと夏実の死体を引き剥がすように拳を振り下ろした。
オデットは四足の獣のような体制から、バネで弾かれたように跳び、その一撃を回避する。
「逃がすか、よ!」
大きく振り被った裕司の手の中に、光の玉が生み出される。
その球を綺麗なワインドアップポジションから投球。
引き上げられた身体能力から生み出された剛速球が弾丸のような速度で空中のオデットへと向かう。
「EgdeDnIw」
宙で再びオデットが風の刃を生み出し、光の球を切り裂いた。
十字に細断され四つに分かれる光球。
だが、その光球はただの球ではない、裕司の想像により生み出された光球である。
「増えろ!」
分れた光球がその勢いを維持したまま、空中で分裂を繰り返す。
それはまるでショットガン。
無数の散弾が、逃げ場のない空中でオデットを狙い撃った。
だが、光の雨に晒される相手もまた怪物である。
オデットは落下しながらも、散弾の隙間を縫うように身を捻った。
人間ではありえない挙動で全ての球をやり過ごすと、一撃も被弾することなく地面へと着地する。
「疾――――――――ッ」
そこに息つく間もなく、駆けつけたバラッドの斬撃が奔った。
「DlEihs」
着地を狙い、水平に振り抜かれた一撃はしかし、振り返ることなく張られた光の盾に防がれた。
やはり読まれいる。
この動きにバラッドは敵がヴァイザーと同種の相手であると確信を得た。
反撃に転じようとする化け物だったが、それよりも早く、ピーターがMK16で弾幕を張り牽制。
オデットが飛び退くように距離を取った。
「うーん。理性もなさそうなのに的確な動きをしますね。闘争本能だけで戦ってるんですかねぇ」
「ピーター……お前」
ピーターが援護したことに意外そうな顔を向けるバラッド。
倉庫の時も似たような事はあったが、あの時とは状況が違う。
少なくとも、裕司とバラッドが戦っている間になら逃げられた可能性は高いだろう。
「いやアレは危険だ。倒せるんならここで倒してしましょうよ。あぁ無理そうなら適当に逃げますのでお構いなく」
遭遇率を考えると、一人逃げて後から襲われるリスクを負うよりも、戦力のそろってる間に倒してしまった方が安全であるという算段なのだろう。
あくまで自分の事しか考えていないその考え方は気に喰わないが、今は少しでも戦力が欲しい時だ文句も言っていられない。
「いいだろう。援護しろピーター」
「イエス。ユアハイネス」
腕をまくって前に踏み出したバラッドは、死体の前で立ち尽くす裕司へと話しかける。
「一人で飛び出すな、ユージー」
「…………すいません」
怒りのまま飛び出したのを咎められ、バツが悪そうに目を伏せる。
「この死体は君の姉さんなんだな」
バラッドの問いに、裕司は食い散らかされた死体を見つめ、沈痛な面持ちで頷きを返した。
そして奥歯を噛み締めた裕司は決意するように拳を握る。
「俺も戦います、戦わせてください」
今は少しでも戦力が欲しい所だが、バラッドはこの少年を巻き込むのは躊躇してしまう。
どういう理屈かは不明だが、確かにこの少年は機関銃の掃射を防ぎ、煙の怪物を退けるだけの力を得た。
だがこれまで戦いとは無縁のこの少年を、そのまま戦いに巻き込んでいいのだろうか?
協力を躊躇うバラッドに、裕司は言葉を続ける。
「俺、嬉しかったんです。バラッドさんが俺を助けようとしてくれたことが。
けど、守護られてるだけじゃ嫌なんです、俺にもバラッドさんを守護らせてください!」
告げるその瞳の色に男の決意が満ちていた。
「動きましたよ、バラッドさん」
敵の動きを監視していたピーターの叫び。
迎え撃つべくバラッドが動き、駆けだしながら後方の少年に告げる。
「――――いいだろう、背中は任せた」
相克する流星のように互いに距離を詰めるオデットとバラッド。
その後ろに僅かに遅れて白く輝く衣に身を包んだ裕司が続く。
バラッドの神速の踏込に付いてきているのはその輝きの恩恵か。
「DrAzzilb」
突撃するオデットの背後に氷槍が生み出され、先行するバラッドへと襲い掛かる。
バラッドはこれらを全て撃ち落とさんと、走る勢いを弱め刀を構えようとする。
「そのまま突っ込んで!」
「っ!?」
だが、背後からの声に押されるように、攻撃の予備動作を中止してそのまま敵へと迫る。
背中は任せると言ったのだ。ならば信じるのみである。
「バラッドさんを、守護る――!」
強く裕司が念じると、バラッドの周囲を光の膜が包んだ。
その光の膜が降り注ぐ氷の槍を打ち払う。
突き進むバラッドがすれ違いざま額、喉、心臓を狙った三連突きを放つ。
一息で放たれたその神技を、その動きを読んでいたような神速でオデットが避け、反撃の刃を振るう。
鋭い爪の一撃にバラッドを包む光の膜が砕かれ、肩口が裂けた。
「バラッドさん!」
続いてオデットの元に辿り着いた裕司が手に生み出した光の剣を振るう。
バラッドに対する攻撃後の隙を狙った、躱せるはずがないという確信を持って放たれた一撃。
だが、この一撃すら、オデットは崩れるような動きで自ら体勢を崩すという異常な動きで回避した。
そのまま獣のような四足で跳ぶオデット。
バラッドとの二連撃ではかすりもしなかった。
「だったら、とにかく数!」
裕司の背後に無数の白球が浮かんだ。
イメージは千本ノック。
途切れることない無限の弾幕で敵を追い詰める。
千の弾丸がたった一人を制圧するために飛び回る。
如何なる回避性能を持とうとも、そもそも回避する隙間を与えなければ必ず当たる。
「Praw」
瞬間。オデットの体が掻き消えた。
高速移動などではない、完全にその身が消失した。
「後ろだユージー!」
絶叫の様なバラッドの叫び。
凍りつくほどの悪寒が裕司の背筋に奔る。
「ハ――――ァ!」
獣のような息吹と共に、裕司の肩口へとオデットが牙を立てた。
ぶちりと筋肉が断絶する音をたて、肩の肉が噛み切られる。
「っぁぁああああああああああ!!」
「こいつッ!」
駆け付けたバラッドの一撃を躱し、踊るように距離を取る。
「……はぁ」
生きた肉の味に、化物が嬉しげに血塗れの口元を歪めた。
「瞬間移動ですかね。こうなると動きを封じても抜け出される、これは厄介だ」
一人他人事のようにピーターが戦況を分析する。
そろそろ引き際を見極めようとしている様子だ。
ピーターに限らず、戦況の不利さは全員が感じていた。
攻撃が当たらない。
その回避性能はもはや狂気じみていた。
「くっ。ここまで当たらないなんて、どうして…………!?」
肩の傷を押さえながら、余りにも不可解な敵の回避力に戸惑いの声を漏らす裕司。
その言葉に、神妙な面持ちとなったバラッドが呟くように答えた。
「……奴は殺気を読んでいる」
「え?」
妙に確信めいた言葉。
何か確証でもあるのだろうかと一瞬思ったが、そんなことはどうでもいいことだ。
バラッドがそういうのならば裕司はそれを信じるまでだ。
「じゃあ、殺気の無い攻撃なら?」
「いや、そんなのは達人の境地だ。一朝一夕でどうこう成るものでないし、それでも奴は攻撃の意思を感じて避けるだろう」
言いながらバラッドの脳裏に何度手合わせしても、一度たりとも攻撃を当てられなかった男の姿が浮かぶ。
奴に勝つにはどうすればいいのか。
幾度となく頭の中でシミュレーションを繰り返してきた。
敵がアイツなら攻略法はできている。
「ユージー、ピーターに伝言を頼む」
耳元で二、三言呟き、策を伝える。
頼んだぞ、と言いながら、バラッドはオデットへと向かって行く。
「DrAzzilb」
降り注ぐ氷の刃を打ち払う。
返す刃で喉元を突くが、軽い動作で身を躱される。
だが、バラッドの攻撃は止まらない。
片手平突きからの横薙ぎ、これも回避された。
流れのまま袈裟へと振り下ろす斬撃、当たり前のようにオデットは飛びのき攻撃範囲から逃れられる。
「今だ、バラ撒けピーター!」
「イエス、ユアハイネス」
バラッドが裕司の作った卵型の壁に向けて、短機関銃を乱射した。
弾丸は曲面に弾かれ辺り一帯にランダムにばら撒かれる。
そうバラッドがピーターに伝えた策は一つ。
『跳弾をバラ撒け』だった。
意思の籠らぬ跳弾ならば、殺気から弾道を読むことはできない。
之ならば彼の最強の殺し屋にも当てることは出来るはずだ。
だが、それでもこの相手を倒すには足りないだろう。
「ElCriC」
下手に転移したところで流れ弾に被弾するため回避は不可能。
そう見るや否や、オデットはドーム状の結界を張り防御を選択した。
今の相手には魔法がある。
この防御突破しない限り、この先に道はない。
防御を固め動きを止めたオデットに対し、バラッドが迫る。
全面にバラ撒かれた弾幕は当然の如くバラッドにも襲い掛かるモノだ。
だがそれを気にせず、幾つかの被弾を覚悟で弾丸の雨降り注ぐ中を済まし通す一本の刃のように突き進む。
その太腿に跳弾の一発が直撃した。
しかし不思議な事に痛みはなかった。
「?」
気づけば、いつの間にかバラッドの周りを白い光の膜が覆っている。
それは裕司の守護りだった。
「――――ありがたい」
感謝の気持ちを踏み込む力に変え、ただ前へと、敵の下へと突き進む。
ドーム状の半円の前にたどり着いたバラッドが光を纏い輝く刃を振り上げる。
「破ァ――――――!」
気合一閃。
振り下ろされた閃光のような一撃は、中のオデットごと結界を切り裂き両断した。
否。
切り裂かれた結界の中にオデットの姿はなかった。
バラッドが斬撃を加える直前、オデットは転移を完了させその場から、身を退避させていた。
しかしながら、その身は無傷ではない。
転移した先で跳弾した弾丸を数発喰らい、胸元と脇腹、左足から新たに血を流していた。
「当ててやったぞ、化物!」
それはダメージとしては大したものではないだろうが、確かに当たった。
この相手は、決して不可触の無敵な相手などではない。
両断こそできなかったモノの、勝てない相手などではないのだ。
被弾したオデットは意外そうに目を丸くして、自分の受けた傷口をまじまじと見つめ。
「クァ――――ッ!」
そして嗤う。
愉しげに、狂ったように嗤った。
「来い化物、今度こそ両断してやる」
その様子を冷静に見つめバラッドが太刀を担ぎなおす。
これまで以上の激戦の予感に、裕司が息をのむ。
だが、しかし。
「――――――――はい、そこまで」
天から降り注いだ声。
次の瞬間、全員が檻のような箱に囚われた。
「何だこれは!?」
バラッドの伸ばした腕が檻に触れた瞬間、雷鳴に弾かれた。
現れたのは闇を纏った漆黒の少年だった。
誰も美しいと感じる中性的な容姿。
一糸まとわぬその姿が見せる裸体がかろうじて彼が少年であることを示していた。
全員が檻に囚われ動きを封じられる。
完全に主導権を握った少年は満足げにその光景を見送る。
「Praw」
だが、オデットがただ一人、その身を転移させ檻から抜け出した。
檻から解き放たれた獣が自らを捉えた元凶へと一直線に襲い掛かる。
その様子を邪神は楽しげに見送ると、ハハと笑いながらすっと腕を振り下ろした。
「――――お座り」
瞬間、オデットの周囲の地面が円形に窪んだ。
オデットの体が重力に押しつぶされるように沈み、カエルのような体制で地面に這いつくばらされる。
それは信じがたい光景だった。
あれ程驚異的だったオデットが赤子の手を捻るような容易さで制圧されている。
完全に動きを封じられたオデットは抵抗することもできず、絶叫とも呼べない喘ぎの様な声を漏らすことしかできなかった。
それを当たり前のように成し遂げた邪神がバラッドたちへと向き直る。
「さて、まずはこちらから済ましてしまおうか。それじゃあ君たちに質問だ。
君たちは殺し合いを謳歌する者かな? それとも正義を掲げる愚か者かな?」
天から響く調べのような声。
それは体の髄に染み渡るような神々しさすら感じさせる響きだった。
その声を前に全員が固まっていた。妖精すらも声を失っている。
出会ってしまっただけで理解できる、どうしようもない絶望。
存在としての次元が違う。
生き延びたいのなら絶対に出会ってはならない存在だった。
「いきなり出てきて、お前は、何なんだ!?」
だが、その中でただ一人声を荒げたのは裕司だった。
ただ一人素人である裕司だけは、この絶望的な空気に飲まれることなく動く事が出来た。
「おっと自己紹介が遅れたか、僕は邪神リヴェイラ。死と破壊を司る神様だ、よろしくね。
殺し合いをしようとしている人を探していてね。邪神としてはちょっと面白おかしく殺し合いを支援しようと思ってね」
「……面白おかしく……だと?」
その言葉に、裕司が怒りに震えた。
目の前で凄惨な死を遂げた姉の姿が脳裏に浮かぶ。
この場で殺し合いの凄惨さは嫌と言うほど理解した。
それをまるで玩具で遊ぶような、そんな軽い言葉で表していいものではない。
『おい待て裕司! まずは様子を見るんだ!』
妖精が必至の声で裕司を静止する。
だが、裕司は止まらない。
こんな悪になど屈することはありえない。
正義を示すことに何の迷いもなかった。
「そんなに聞きたければ言ってやる! 俺たちは殺し合いなんかしない!
お前みたいなやつになんか絶対に負けない!」
「ああ、そう」
興味なさ気に応えると、リヴェイラはパチンと指を鳴らした。
「え?」
驚愕はその光景を傍から見ていたバラッドの口から洩れたモノだ。
血と臓物と汚物の混じった異臭がツンとバラッドの鼻孔を突く。
その悲劇が襲い掛かった裕司本人は、悲鳴はおろか声すらも上げることができなかった。
裕司を捉えた檻から、網目状のレーザーが放たれ、瞬きの間に彼の体をブロック状の肉塊と変貌させたのだ。
「それで君たちどうだい? 彼と同じく正義を掲げる者たちなのかな?」
裕司の殺害などまるで気にした風でもなく邪神が二人の殺し屋へと再び問いを投げる。
余りの事態に呆然とするバラッドを余所に、ピーターが口を開いた。
「いいえ。私たちは殺しを謳歌する悪の華にございます。漆黒の神よ」
言って、ピーターが最大級の敬意を払うように、檻の中でやうやうしく頭を垂れた。
その様子を見て、邪神は満足そうに一つ頷く。
「そのようだね。二人ともそれなりに血の匂いが染みついている。特に君の口から匂う香りは人間にしてはなかなか芳醇だ」
そして、いいだろうと呟き、パチンとリヴェイラが指を鳴らすと二人を閉じ込めていた檻が砕ける様に消滅した。
拘束が解かれると、肩をいからせたバラッドがピーターへと掴みかかる。
「ピーター……! 貴様ッ!」
「落ち着きましょうよバラッドさん。彼は死にました。憤ったところで何の意味もない。
もう場面は、既に我々がどう生き延びるか、と言う場面に変わっている」
「自分が生き延びられればそれでいいのか? 誇りがないのかお前には!?」
「生き延びられればそりゃあいいでしょう。命あっての物種ですよ? 殺し屋なら冷静な判断をしましょうよ」
「これまで嫌という程殺してきたお前が、お前たちが、自分の命は惜しむのか?」
「殺してきたからこそですよ。それほどまでに私たちは己の命が恋しい」
互いの意見は平行線をたどり交わることはない。
別の生き物のように価値観が余りにも違い過ぎる。
「おいおい。揉めている所悪いのだけれど、僕がちょっとそこの魔族に用があってね、できれば君たちには早々に去って欲しいのだけれど」
告げる邪神の声は穏やかだが、機嫌を損ねれば次の瞬間首が吹き飛ばされてもおかしくない。
死にたくなければその指示に従い、すぐさま去るほか選択肢はないだろう。
「という訳です。私は去りますが、バラッドさんはどうされます?」
それはピーターなりの最終勧告だった、ここが引くなら最後のタイミングだと、そう伝えていた。
その言葉に、バラッドが奥歯を砕かん強さで歯噛みし、静かに首を振った。
「私は残る」
「死にますよ。確実に」
その答えを予想していたのか、間髪入れずピーターは断言する。
だが、そんなことは言われるまでもない。
サイパスやヴァイザー、あの化け物にすら感じなかったほどの、超えられない壁が神と人間の間にはあった。
力の差がありすぎる。
勝てる気どころか、戦える気すらしない。
それでも。
「殺し屋としてではなく、人としての尊厳の問題だ」
目の前で仲間が殺されて、はいそうですかと割り切ることなど彼女にはできない。
ここで引けば、彼女は彼らと同類になってしまう。
「……仕方がないですね。さようならミスバラッド。貴方の肉を食べられないのは本当に残念だ」
そう言って残念そうに肩をすくめてピーターは振り返ることなく去って行った。
【I-8 市街地/午前】
【
ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕、疲労(小)
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、MK16の予備弾薬複数、ランダムアイテム0~1(確認済み)、
麻生時音の死体
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:新たに利用できそうな協力者を探す。
2:麻生時音(名前は知らない)の死体を早く食べたい。
3:生き残る為には『組織』の仲間を利用することも厭わない。
そうして、この場に残った人間はバラッド一人になった。
一対一。勝ち目はないと知りながら殺し屋は神に対峙する。
地上から天に舞う神の姿を睨み付けながら静かに朧切を正眼に構えた。
「おや、何のつもりかな?」
邪神の問いに殺し屋は答えず、ただ殺気のみで応じる。
「まさか、僕と戦うつもりなのかな? ただの人間如きが」
笑みを浮かべたまま邪神が僅かに敵意を漏らした。
それは彼にとっては遊びのようなモノだろう。
ただ、それだけで対峙するバラッドは心臓が止まってしまいそうだった。
それに負けぬよう息を吐く。
人間だからこそ戦うのだ。
勝てないまでも、せめて一矢くらいは報いてやろうと決意し、半ば開き直ったような精神で上空を睨む。
敵ははるか上空。刀一本でどう戦ったモノか。
『くッ! なんてこと。いきなり契約者が殺されるだなんて!』
だが、戦い方を考えていたバラッドの足元から突然、少女のような甲高い声が響いた。
「……何だ?」
それは裕司の亡骸から聞こえていた。
思わず声の方に視線を向ける。
すると裕司の頭部らしき残骸から、小さな光が飛び出してきた。
光はゆらゆらと巡回したあと、バラッドへと一直線に近づいてくる。
『あなた、ひょっとしてあたしの声が聞こえるの?』
近づいてみてそれが人型であることに気づく。
それは手の平サイズの妖精だった。
「何だ、お前は…………?」
戸惑うバラッド。
その様子にリヴェイラが疑問符を浮かべる。
「? 何と話しているんだい?」
どうやら妖精の姿や声はバラッドにしか届いていないようだ。
余りの恐怖に頭がおかしくなってしまったのか。
本気でそう考えるバラッドに妖精が問いかける。
『ってことは、あなた処女?』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『二回目何で説明は省くけど、あなたに力を与えましょう』
「おいちょっと待て、二回目ってなんだ。っていうか誰だお前、そもそもここはどこだ」
白い空間にバラッドは立っていた。
目の前に立っている少女は先ほどの妖精に違いない。
だた手の平サイズだった妖精は人間大に拡大されていた。
『質問が多いわねぇ』
「人に呆れる前に、まずは自分の説明不足を顧みろ」
『そんな細かい事情なんてどうでもいいでしょう? 状況を考えましょうよ、あなたは人の身で神に挑もうとしている。
死ぬわよ。確実に死ぬ。それは覆りようのない決定事項でしょうね』
「それがどうした、私は死ぬのなんて恐ろしくはない。それよりも恐ろしいのは人としての尊厳が失われることだ」
『いいえ、それは違うわ。命を投げ出すなんて、それこそ人間どころか生命として失格よ。
そんなものは生命への冒涜に他ならない。生を繋ぎ子孫を残す事こそ、生命の本懐でしょう?』
バラッドのやろうとしていることは自殺に過ぎない。
そう目の前の妖精は言っていた。
「ならどうしろって言うんだ。もうケンカ売った。もう吐いた唾は呑めないぞ」
『勝てばいい』
「なに?」
『あの邪神に勝てばいいのよ。その力をあたしがあなたに授けましょう』
妖精の言葉にバラッドが眉をひそめる。
甘い話に一も二もなく喰いつくほど甘い人生は送っていない。
相手の目的が見えない以上、警戒するのは当然だろう。
「対価は当然あるんだろ?」
『そうね、あなたに力を与える代わりにあなたの大事なもの頂くわ、生命にとって一番大事なものをね』
「大事なモノ?」
その言葉の響きにバラッドはゴクリと唾を飲む。
自分は悪魔との契約を結ばされようとしているのではないだろうか。
『そう。私と契約したらあなたは一生処女のままよ』
「ぶっ」
予想外な内容に、思わず吹き出してしまった。
「そ、そんな事でいいのか?」
『そんな事とはご挨拶ね。純潔を貫くという事は、それはつまりもう一生子を為せないという事よ?
つまり、あなたはもう親にはなれず、生命の本懐を遂げられない』
「む」
そういう言い方をされると大変な事のように思えてしまう。
いや、実際大変な事なのだろう
もう一生子を成せない。親にはなれない。
親と言う言葉の響きに、ふと父親と、母親の事を思い返してしまった。
思い返すのは赤い光景。
喉を裂かれた男の死体を抱えて半狂乱で喚く女の姿。
『あなた! あなたあなたあなたあなたあなたあなたあなたあなたあなたあなた!!
どうしてぇ!? どうして、こんなことをしたのケイト!!?』
彼女にとって父から受ける暴力は日常だった。
父は温厚な男だった。少なくとも世間的にはそういう事になっていた。
しかしその裏で日々の苛立ちを妻と娘に暴力と言う形でぶつけ、憂さを晴らすような男だった。
数発で抵抗する気力を失い、ぐったりとした娘を放置し、男の暴力は妻へと矛先を変える。
それはもはやに日常と化した、いつも通りの光景だった。
『ちが……私。私は、お母さんのために…………』
だが、その日の暴力は度を越していた。
男は商売で失敗したらしく、いつもは殴り疲れれば終わる暴力は何時まで経っても終わらなかった。
娘の顔が変形するまで殴り続け、妻にも加減なく拳を振い、ついにはパールのような凶器まで持ち出した。
少女は自分への暴力なら耐えられた。
だが、このままでは母が死ぬ。殺されてしまう。
そう思ったからこそ、彼女はナイフを手に取った。
母親を守るため、父親に刃を向けたのだ。
それなのに、
『何が私のためよ、ふざけないでよ!! どうしてこの人を殺したの!?
あぁ……失敗した……! やっぱりお前なんて生むんじゃなかった、お前がッ!』
鬼のような形相で女が嘆く。
それはもはや我が子を見る目ではなく、憎い仇でも見るような眼をしていた。
結局、この女は母親にはなりきれず、女を捨てきれなかったのだ。
『…………お母、さん』
全身が震える。
少女を包む世界が足元から崩壊してゆく。
助けを求めるように伸ばした血まみれの手が、汚物のように払われた。
『――――お前が死ねばよかったのに』
呪いの言葉。
その瞬間少女の世界は完全に崩壊した。
父親は彼女の手で死に、母親は彼女の中で死に絶えた。
彼らの子である彼女もまた、その瞬間に死んだのだ。
そして自暴自棄になり飛び出した所をアヴァン・デ・ベルナルディに拾われた。
彼から新しい名を貰い、新しい暮らしを始めた。
それがバラッドという殺し屋の始まり。
「いいさ、そういうのは。もう、いいんだ」
あの時、父親を刺殺した時から、人並みの幸せなんて望むべくもない。
自分はとっくに女を捨てたけれど、きっと母親にもなれないだろう。
自分はどうにも親と言うものに憧れを持てない性質のようだ。
「契約するよ、お前と」
『いいのね?』
「いいさ、何よりここで殺されては先も何もないだろう」
『それもそうね』
妖精とバラッドが指を絡ませ手を結ぶ。
妖精からあふれた光がバラッドへと流れ込んでゆく。
「ところで、まだお互い名乗ってもいなかったな。私はバラッド。お前の名前を聞かせてくれ」
殺し屋とは思えない妙に律儀な物言いに妖精が少しだけ噴出した。
『そうね。あたしのことは、ユニとでも呼んでちょうだい』
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バラッドの体から白い光が放たれた。
衣服が弾け、新たなる戦うための鎧が光と共に構築される。
輝く銀の髪。
白き聖なる光を纏い、現れたるは白銀の戦乙女(ヴァルキュリア)。
それは北欧神話に伝えられる『死者を選定する者』である。
『そう。それがあなたの戦いのイメージなのね、バラッド』
死を運ぶ殺し屋として生きてきた彼女の証。
死を選定する白き乙女は黒き神に向かって刃と共に宣告する。
「お前を殺す」
その不敬に神は愉しげに笑って。
「はは。冗談にしては――――面白い」
邪神が上空からバラッドに向けて切り裂く様に爪を振った。
その指先から不可視の風刃が生まれ、バラッドへと襲いかかる。
それはオデットが放った魔法と同種の攻撃だった。
違いと言えばその発動条件。
オデットは詠唱を行い、リヴェイラはただ腕を振るう事で発現した。
リヴェイラにとって魔法の発動に詠唱など必要ない。
何故なら、その生態こそが魔法なのだ。
そもそも魔法とは、かつて世界に君臨した神の奇跡の再現である。
神の生み出す奇跡を体系化し、誰にでも扱える法則に落とし込んだ、それが魔法。
その元となった世界に降り立った神。
聖と邪。光と闇。創造と破壊。これらを司る二柱の一角。それこそが邪神リヴェイラである。
幾重もの風の断層。
その風の動きが今のバラッドにはつぶさに見えている。
天使の羽を思わせる軽い足取りで戦乙女が踏み出す。
姿が消えたと見紛うほどの急加速で迷路のような風刃の隙間を縫うように駆け抜け、片手にした刃を上空に向けて振う。
だが、リヴェイラの体は天高くにあり、剣戟など届く間合いではない。
「――――斬撃は”届く”」
念じるような言葉と共に、リヴェイラの胸元が爆ぜる様に裂け、漆黒の肌から青色の血液が噴出した。
刀身の届く届かないなど関係がない。
ただ届くと、一心に念じイメージを飛ばした。
彼女が二十年間ただひたすらに鍛えてきた、人を斬るというイメージが、今、神をも斬り裂いたのだ。
「ッ!? その攻撃、聖属性か!」
自らを傷つけた一撃に瞳を怒りの色に発光させ、胸を押さえて邪神が吠える。
闇を司る邪神を唯一脅かす存在。光を司る神の扱う聖なる力。
その力が今、目の前の女から放たれている。
『まあ聖属性ならぬ性属性なんだけどねぇ!』
「黙ってろ! 気が散る!」
僅かに怒気を強めた邪神が腕を振るうと、その先から黒炎が弾ける。
鉄をも飴細工の如く溶かすほどの、怒り狂う業火が蛇のようにうねりを上げた。
その蛇を、振った刃の剣圧で風を生み、喉元から断ち切る。
そしてそのまま切り開いた炎の道を駆け抜けた。
「ちぃ!」
振るわれる刃、これに対して邪神が初めて防御を行った。
流石に『聖』を含んだこの攻撃はリヴェイラにとっては猛毒である。
爪で光の刃を弾くと、攻撃後の隙を狙って網目状のレーザーを放つ。
裕司を殺害したその業に対し、バラッドは虚空を蹴って滑空するような勢いでこれを回避。
邪神はバラッドが地面に着地した瞬間を狙って、クンと指を上げ大地を隆起させた。
だが、いち早くその動きを察したバラッドは刃を地面に突き立て回避する。
妄想力は裕司程ではないが、戦闘センスが桁違いだ。
強化された自らの神速に、しっかりと意識がついて行っている。
なにより、裕司ほど多種多様なイメージはできないが、こと戦いにおいては彼以上に明確なイメージができている。
それ以外はできないが、それだけなら神とすら競える不器用な彼女らしい力の発現だった。
「ふふ。いいね。まともな戦闘なんて久しぶりなんだ。少しは楽しませてくれよ」
そう言って。リヴェイラが腕を掲げる。
収束する力の塊。
受けて立つべく、バラッドが構える。
だが、その腕が振り下ろされる前に、リヴェイラの動きがピタリと止まった。
その視線が目の前のバラッドではなく遥か北方に向けられる。
「おや、これは面白いことになった」
邪神が感じたのは、魔王ディウスの魔力が途絶えたという事実である。
何者かによって魔王が討たれたという事だ。
聖剣の使い手か、はたまた別の何者かによるものか。
新たなる邪の誕生といい数百年に一度の出来事が数時間の間に何度も起こっている。
やはり、この場は面白い。
「さて、」
攻撃を再開しようと再度、リヴェイラが腕を掲げる。
だが、邪神は自らのその動きに僅かな違和感を感じた。
見れば、掲げた左手の小指と薬指が、どういう訳か根元から欠けていた。
目の前のバラッドによるものではない。
彼女から完全に意識をそらすほど、邪神も愚かではない。
では何が起きた。
邪神のが驚愕と共に見下ろす先に、それはいた。
それは、四足の獣のように地面に這いつくばり、ガムの様に黒い指をクチャクチャと齧っていた。
そしてゴクンと、喉の鳴らして邪神の指を飲み込む。
「…………マ、ズゥ」
舌を出しながら、バカにするような笑みで挑発する。
それは重力による拘束から抜け出したオデットだった。
バラッドとの戦闘に集中しすぎたせいで、恐らく拘束が緩んだのだろう。
「このっ、人と神の区別もつかないのかこの駄犬…………ッ」
人喰いの呪いは文字通り人を喰らう呪いだ。
魔族はおろか、神を喰らうなんて話は聞いたことがない。
「どうやら、躾が必要なようだね…………!!」
標的をバラッドからオデットに変え、リヴェイラが勢いよく腕を振り下ろす。
先ほどオデットをその場に縛り付け拘束した重力による攻撃である。
だが、潰れる様に抉れたのは、そこにあった地面だけだった。
その中心にあるはずのオデットの姿は影も形もなくなっていた。
「転移か」
自身をショートワープさせる転移魔法。
それ自体を扱えることには驚きはない。
問題は先ほどは躱せなかった攻撃を、何故今回は躱せたのか。
その答えは殺気の有無である。
出会い頭にオデットを貼り付けにしたのは、リヴェイラにとって撫でるようなモノであり殺気など含まれていなかった。
だが、傷つけらた怒りによって、その行為には殺意が帯びた。
殺気があるのならば、”彼”はどんな攻撃だって躱して見せる。
「ハハッ。アハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
オデットが、いや、オデットの中の何かが嗤った。
体を仰け反らすほど豪快に、全てを見下し、全てを愉しむ、そんな聞く者を不快にさせる笑い声だった。
笑い疲れたのか、オデットの体が酔ったようにクラリとふら付く。
「……ぃょぅ。ちょぉしはどぅだぁ?」
喉の奥底から別の生物が発しているような歪んだ声が響く。
リヴェイラは大きく肩を落としてため息をつくと、片腕で顔面を覆い失望を露わにした。
「あーあ。新たな眷属の誕生かと思って見に来たんだけど、失敗したなぁ。
まさかこんな理性もないただの狂犬だったとは……もういいよ――――――死ね」
大気を割るような音と共に、オデットの立っている空間に円形の歪みが生じた。
それはあってはならない現象だった。
円球状に世界が抉られ、空間ごと『消失』した。
それは触れるだけで、あらゆるものを容易く千切りにする虚無の塊だ。
だが、いかな威力を秘めた攻撃であろうとも、当たらなければ意味がない。
その攻撃に殺意がある以上、”彼”にとって転移で身を躱す事は実に容易い事だった。
だが、それはおかしい。
そもそも最初の攻防だってそうだ。
動作だけで魔法が発動するリヴェイラと詠唱を必要とするオデットでは根本的な速さが違う。
如何に殺気を読め、転移魔法が使えようとも、間に合う筈がないのだ。
「ちッ!」
邪神が空間を睨み付け”彼”が転移した先にまた虚無が発生する。
”彼”はその気配をいち早く察知し、すぐさま再び転移で身を躱す。
その動きに詠唱は含まれていない。
ただ、動くことで魔法と言う奇跡を発現している。
それこそ、神のように。
そう、オデットは最初にリヴェイラの指を噛み千切り、喰っている。
一部とはいえ神を喰らった事により、”彼”は神の属性を得たのだ。
「羽虫が、ちょこまかとッ!」
邪神が苛立ちのまま吠え、回避した先の空間が再び消失し、オデットは再度これを回避する。
以降はそれの繰り返しだった。
一言に繰り返しと言っても、その速度も内容もはもはや人知を超えている。
一撃でも触れれば即死、そんな攻防を二人の化物はコンマ秒単位で繰り返していた。
「ヒャハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! ぁててぇ、みぃろょぅ? かぁみぃさぁまぁょうッ!!」
0.1秒ごとに転移を繰り返しながら笑い声を残響させる。
それは、あたかも幾重にも重なる多重奏のよう。
一瞬の判断を間違うだけで死ぬ。即死の嵐飛び交う空間で楽しくてたまらないと言った風に狂人は嗤っていた。
ただの一度も当らない。
ヴァイザーの殺気検知、オデットの魔法の才能、行為が魔法となるリヴェイラの神としての属性。
それら全てが絶望的なまでに噛みあっていた。
「だあったらぁッ!!」
邪神が両腕を上げる。
これまで呼び動作などしなかったリヴェイラが初めて溜めらしき構えをとった。
それだけで尋常ではない事態だと理解できるだろう。
ショートワープで逃げ切れぬよう辺り一帯を吹き飛ばす。
そのつもりで掲げた両腕の中に、MBH(マイクロブラックホール)と呼んでいいレベルの圧縮された超エネルギーが生み出され始めていた。
これが解き放たれれば、周囲一帯は消し飛んでしまうだろう。
だが、そのエネルギーが完成する直前。
掲げる腕の内一本、右腕が肘から斬り飛ばされた。
制御のバランスを失ったMBHが明後日の方向に飛んでいき、着弾した一帯を消滅させた。
「――――こっちも忘れるなよ」
邪神の腕を斬り飛ばした一撃。それはバラッドの斬撃だった。
リヴェイラの注意がオデットに言っている間に、死角へと回り込み攻撃を行ったのだ。
アザレアとの戦いを経て学習した集団戦の戦い方である。
ぼとりと黒曜石のような腕が地面に落ち、落ちた腕をネコ科動物のような動きでオデットが咥え、そのままボリボリと喰らう。
「ケケッ。クソのょうなぁあじだなぁ、ぉ前ぇ」
舌を出し、下品にゲップをするオデット。
嘗てないほの屈辱に邪神リヴェイラの三つの目が赤く激昂する。
「このッ。人間風情がぁああああああ!!!!」
もはや許さんとその力を解放するリヴェイラ。
失った腕と指が一瞬で再生する。
どころか、新たに四本の腕が生え、その背から禍々しい異形の翼が生み出された。
芸術のようだった黄金比の体格は崩れ、筋肉がゴポリと盛り上がる。
もはや人の形を成していない、異形と化した。
「 」
邪神の咆哮。
それは、もはや人の身では認識すらできない領域の音だった。
「ぐっ」
バラッドが膝をつく。
周囲のエリア一帯を強力な重力場が包んでいた。
その範囲は区別なく、邪神本人すら巻き込んだ自爆攻撃だ。
これでは流石のオデットも避けようがない。
押しつぶされたようにオデットは地面に這いつくばっていた。
動きを封られた者たちの中で、超重力の中で動けるのは邪神ただ一人である。
もはや与えられた恥辱は目の前の二人を殺すだけでは飽き足らない。
この会場を破壊し参加者全員を皆殺しにして、あの
ワールドオーダーの目論見ごと破壊してやろう。
最後には元凶となった奴も殺して、ついでに世界の一つや二つを破壊して、ようやく僅かに溜飲が下がるというものだ。
邪神が六つの腕を広げ、幾多の世界を破壊してきた破壊神としての力を解放した。
溢れる魔力に空気が張り詰め、世界が震撼する。
それは目に見える絶望だ。
邪悪なる魔力に浸食され周囲の風景が色を失ってゆく。
動くことのできないバラッドは、この光景を傍観ことしかできなかった。
「消えろ―――――――!!」
振り下ろされる腕。
破壊神の指揮の元、天は千を雷鳴を轟かせ千切れ、大地は揺るぎ地脈は根元から崩壊する。
支えを失った世界は端から崩れ落ち、生けとし生きるものは皆息絶える。
それが世界の終り。
幾千幾万と繰り返されてきた破壊神による破壊の光景が今、この場で再現される。
筈であった。
――――しかし、何も起きなかった
「バカな! 操れない……だと!? どうなっている、この世界は!?」
邪神がこれまでにない様子で狼狽する。
幾万の世界を破壊してきた手順だ、しくじる筈がない。
オカシイとしたらそれは神ではなく、この世界の方だ。
「…………そうか、そうかここは……この世界はッ!!」
そしてリヴェイラは気づく。
根本から式が違うこの世界の理に。
戸惑いに動きを止める邪神。
その邪神の背後に、白い戦乙女が舞い降りた。
それは超重力の中、空間を転移してきたバラッドである。
動きを止めた一瞬の隙を逃さず、イメージによる刃ではなく、直接その首を撥ね飛ばすべく、天空から舞い降りる。
「その首貰った――――!」
「な―――――!?」
邪神が反応するがもう遅い。
間合いに入り込んだバラッドは落下の勢いを利用して聖なる光に包まれる剣を振り下ろし、防御に構えた腕ごとその首を両断した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「良薬口に苦し、だっけか? 味は最悪だったが、栄養だけはあったなあのゴミ。お蔭で意識がハッキリしてきたぜ」
地面に転がる首のない邪神の体を貪りながら、オデットの皮を被った”彼”は言う。
その様子は先ほどまでと違い、呂律もハッキリとしており随分と理性的な様子だった。
食事を終えたオデットはリヴェイラの首輪を弄びながら立ち尽くしていたバラッドを見つけ話しかける。
「よう。中々いい一撃だったぜ。
けど、勘違いするんじゃねえぞ。あの神様を殺せそうだったから、お前を使ってやっただけだ」
あの瞬間、超重力下で何とか一発の転移を発現させたオデットが飛ばしたのは、どいういう訳かバラッドであった。
バラッドとヴァイザーは決して仲が良かったわけではないけれど
組織の仲間として背中を預けたことは何度かある、あの連携はその時の感覚に似ていた。
「やはり、お前は、ヴァイザー…………なのか?」
ある種の確信をもって問いかける。
外見の際は裕司の変貌を見ている今となっては重要ではない。
目の前にいるのは組織の鬼札、ヴァイザーに他ならないだろう。
「あぁん? んだそりゃ、誰だお前?」
しかし、帰ってきた反応はバラッドの予想とは異なるモノだった。
確かに今表に出ている人格はバラッド知るヴァイザーという男のモノなのかもしれない。
けれど、その記憶までが引き継がれてる訳ではない。
あくまでこの体はオデットであり、今出ているのはその一面に過ぎないのだ。
「まあいいや。で、どうする。残った俺らで決勝戦と行くか? あの神様よりお前の方が楽しめそうだしな」
ニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、オデットが殺気を放つ。
半ばこうなるだろうなと予想していたのか、バラッドも無言で剣を構えこれに応じる。
一度とて敵わなかった相手だが、今のバラッドは負けるつもりはない。
「――――お前たち、何て事をしてくれたんだ」
ただ、その決闘は割り込んだ声に中断させられた。
それは低い大地から響く声である。
見れば、そこには生首があった。
地に落ちた首だけの状態で、リヴェイラはまだ生きていた。
「神を殺すという事が、どういうことかわかっているのか!」
怒りに目を赤く燃やした生首が喋る。
その言葉を聞くに堪えないと、くだらなさそうに耳を穿るオデット。
罵詈雑言を続けるそれに近づくと、ゆっくりと顔面だけになった神の残骸に足を踏み下ろした。
一息には潰さず、優位性を楽しむように徐々に力を込めてゆく。
「ふぃあふぁ、ふぉうはる」
「神様のお言葉は高尚過ぎて何言ってんのかわかんねぇよ。英語をしゃべれ英語を」
口元を踏みつけられまともに喋る事すらできなくなったその醜態を笑うだけ笑うと、足に力を込めてグシャリと踏みつぶした。
蒼い血と脳症らしき黒い染みが周囲へと飛び散る。
「っは。お前の意識なんざ、取り込んでやらん」
意識の詰まった頭部は喰わずに捨てる。
純粋にオデットは神の力だけを取り込んだ。
「あーあ、興ざめだな。とりあえず、ここは終いにしとくか。あばよ姉ちゃん、次があったら殺し合うぜ」
そう軽い調子でオデットは去って行った。
荒野と化した市街地に一人取り残されるバラッド。
その脳内に鈴のような声が響く
『生き残ったわね』
「そうだな」
当たり前の事項を確認する。
あの邪神と対峙してこれがどれほどの奇跡であるかなど語るまでもない。
『正直、勝てるとは思ってなかったわ』
「だろうな」
契約を持ちかけたもののユニはバラッドの勝利を確信していたわけではない。
ただ契約しなければ勝つ確率は0だった、というだけの話だ。
オデットの乱入という予想外の要素もあって0.01%を掴みとったからこそ今の生がある。
「だが、失った者も大きい」
『そうね』
周囲を見る。
戦闘の余波で一帯は更地と化し廃墟と呼ぶにふさわしい有様だ。
この状態では、亡骸とも呼べない肉片は何処に行ったのかもわからない。
何がどうなるわけでもないが、少しだけそれを残念に思った。
もう高くなった天を見つめる。
そこには変わらず太陽があった。
超えられぬと知った神を超えて、白き戦乙女は戦場を行く。
【尾関裕司 死亡】
【リヴェイラ 死亡】
【H-8 市街地跡/午前】
【オデット】
状態:神格化。人喰いの呪い発動
装備:なし
道具:リヴェイラの首輪
[思考・状況]
基本思考:気ままに嬲る壊す喰う殺す
1:バラッドと機会があれば殺し合う
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、
詩仁恵莉、
茜ヶ久保一、スケアクロウ、尾関夏実、リヴェイラを捕食しました。
【バラッド】
[状態]:純潔体
[装備]:ユニ、朧切、苦無(テグス付き)
[道具]:基本支給品一式、ダイナマイト(残り2本)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いに乗るつもりは無いが、襲ってくるのならば容赦はしない
1:ウィンセントと合流したい。
2:ヴァイザー(オデット)といつか決着をつける。
3:イヴァンのことは後回しにするが、見つけた時は殺す。
※
鵜院千斗をウィンセントと呼びます。言いづらいからそうなるのか、本当に名前を勘違いしてるのかは後続の書き手にお任せします。
【ユニコーン・ソウル・デバイス・エンチャント】
契約者に想像を具現化する力を与える意思を持った礼装。
その姿は純情なるモノ(童貞・処女)にしか認識できない。
契約発動中は契約者の肉体は純潔力で構築された戦闘用のボディと入れ替えられる。
純潔体となると身体能力が増強される。というよりイメージ通りに動く肉体となる。
逆に言うとイメージに穴があると、それがそのまま弱点となるため注意が必要。
※H-8周辺の一区画がMBHにより消滅しました
※夏実の荷物(基本支給品一式、ランダムアイテム5~13、夏みかんの缶詰(残り4個)、黄泉への石(残り4個)、記念写真、
ルピナスの死体、ショットガン(5/7)、
案山子の首輪) はどこかに放置されているか消滅しました。もしかしたら生存者の誰かがこっそり回収しているかもしれません
最終更新:2015年10月14日 22:57