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勇者とは世界を救うシステムである。
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吉村宮子の死。
それは少年の心を押しつぶし、絶望の淵へ叩き落とすには十分な衝撃だった。
勇二にとって宮子はもう一人の母親と言っても過言ではない女性だった。
幾つもの彼女との思い出が、勇二の脳裏を走馬灯のようによぎる。
あれは勇二が4歳のころの話だ。
勇二は原因不明の怪奇現象に悩まされていた。
それは、彼の周囲の物が突然動きはじめ、勇二が触れた瞬間に粉々に砕けると言ったものである。
初めはいつも彼に悪戯を仕掛ける妖怪たちの仕業かと思ったが、まったくその気配は感じられない。
なにが原因なのか全くが不明。不気味な出来事だった。
いつ何が壊れるともしれず、幼心に恐怖に夜も眠れなかった。
頭まで布団にもぐり何も起きないように祈りながら眠る。そんな日々を過ごしていた。
その怪奇現象について相談を受けた宮子は、そんな不安を抱えた勇二を安心させるように。
私に任せておいてください。と、そう言って柔らかに笑い、勇二の頭を優しく撫でてくれた。
それだけで勇二の心の中の不安の種は僅かに小さくなっていく。
そして数日後、彼女がお守りと称してプレゼントしてくれたのはネックレスだった。
その日以降、怪奇現象はピタリと収まった。
だが、怪奇現象が収まったことよりも、彼女がわざわざ自分の為にネックレスを作ってくれたという、そのことの方が勇二にとっては嬉しかった。
ネックレスをつけていると、彼女との絆の証を、常に身に着けているような気がしたのだ。
ポカポカとした陽だまりの様な女性だった。
彼女の膝の上で眠るのが好きだった。
じゃれつくように彼女にすり寄ると、彼女は優しく笑って受け入れてくれた。
彼女に優しく髪を撫でられると安心して眠ることができた。
彼女の語る物語が好きだった。
心躍る冒険活劇や、思わず感心してしまうためになる話。
さまざまな物語を聞かせてくれた。
そして、何より語る彼女の声が好きだった。
だが、その陽だまりは失われてしまった。
死に目にも会うこともできず、このような理不尽な形で命が奪われるなどあってはならないことだ。
親しい人間の死。
それは6歳の子供が背負うには重すぎる重荷だ。
絶望に膝を折りそうになる。
悲観し慟哭しそうになる。
思わず目を伏せ、視線が落ちる。
だが、俯いたその視線の先。
自らが手にしていた両刃の西洋剣がふと目に入った。
剣はどこか温かみのある淡い光に包まれれていた。
一片の曇りもない聖なる輝き。
その輝きを見ると、荒れ狂う波の様な心が不思議と落ち着いて行くのがわかる。
まるですべての悲しみを呑みこんで行ってくれているよう。
重荷となっていた絶望が湧き上がる勇気に少しずつ溶けて行く気がした。
落ち着いた心で、改めて考える。
そして、すぐに自分が何をしなければならないのかに勇二は気が付いた。
「愛お姉さんを探さなくちゃ」
彼の家族はまだここにいる。
悲しみに暮れるにはまだ早い。
ここでひざを折っている暇などないのだ。
そのために脅威となるのならば、相手が悪党だろうと、邪神だろうとその全てを打ち倒す。
愛する者を守るために、もはや恐れはない。
親しき者の死は、少年を一歩成長させたのだ。
勇二は聖剣を太陽に掲げる。
この剣を持つと困難に立ち向かおうという勇気が湧いてくる。
きっとこの剣は布都御霊や天叢雲剣の様な由緒正しき厳かな剣なのだろう。
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放送を聞き終え、勇者カウレスは歓喜に震えていた。
20名余りの死者が出た。
幾多の戦場を超え、数万単位の死者を見てきたカウレスには、これが多いのか少ないのか判断がつかない。
それほどまでに彼にとって死は見慣れていた。
戦争があった。
人類と魔族と長い長い戦争が。
カウレスが生まれた時から、いや生まれるはるか以前から人々は魔族と争っていた。
魔族の理不尽な暴力に晒され殺される人々を見てきた。
田畑を荒らされ飢餓に苦しみ餓死していく人々を見てきた。
追い詰められ絶望という病に侵され人間同士で殺し合う様を見てきた。
人間と魔族は百年以上も殺し殺されを繰り返してきたのだ。
今更、手を取り合って分かり合う事などできはしない。
積りに積もり蓄積された嘆きや恨みは、もはやどちらかが滅びるまで消えることはないだろう。
彼の世界はもう、そんなどうしようもない所まで至っている。
そしてそれはカウレスも同じだ。
故郷を魔王軍に滅ぼされ、妹以外の家族、友人、隣人その全てを皆殺しにされた。
その事実を忘れることはないだろうし、許すつもりも毛頭ない。
もしかしたら人間と同じくいい魔族もいるのかもしれない。
もしかしたら争いを好まない魔族もいるのかもしれない。
だが個々の善悪などどうでもいいことだ。
魔族は存在自体が人間にとっての害悪である。
問答の余地はなく、その全てを根絶やしにしなければならない。
それが勇者の背負う責務である。
特に全ての元凶であり魔族の頂点たる魔王は、勇者としてなんとしても討ち滅ぼさなければならない。
だが、魔王は通常、魔界領の奥深く魔王城に居を構え、その周囲を常に親衛隊に守護されている。
大軍をもってしてもその膝元にすらたどり着けず。
命を懸けても、その顔を拝むことすら難しい。
通常ならば。
放送で告げられた事実は、この世界では彼の世界の通常が通じないということを示していた。
ガルバインと
暗黒騎士が死んだ。
誰が倒したのか、どこでどう死んだのかなどそんなことに興味がない。
重要なのは、幾万の兵を持って成しえなかった事がこの6時間で達成されという事実だけだ。
たった20名余りの犠牲で魔王軍の重要人物討伐を成しえたという事実は、散って行った幾万の命を思えば偉業といってもいい。
この場には護衛軍もいない、つまり、魔王を守護する者は誰もいないという事である。
これはまたとない好機である。
まずは聖剣を取り戻す。
そう目標を定める。
聖剣を手にしてミリアや
オデットの様な優秀な魔法使いの援護を受けられれば、苦戦は強いられるだろうが魔王相手でも十分な勝機はある。
最悪、仲間と合流できず一対一で戦うことになったとしても、聖剣さえあれば同士討ちくらいには持ち込んでみせる。
逆に言えば、ミリアやオデットの援護があったとしても、聖剣なしではかなり厳しいという事。
それくらい聖剣は重要な要素である。
聖剣。
そう聖剣だ。
聖剣を抜いたものは、女神の加護を受け世界を救う勇者として相応しい力を得る。
それが聖剣に纏わる伝承である。
事実として聖剣を抜いたカウレスは世界を救う力を得た。
だが、世界を救う力とはなんなのか。
世界を滅ぼす力と世界を救う力。
果たして、それらの何が違うというのか。
本質は同じ力だ。
全ては扱う者の心ひとつ。
かつて聖剣を手にした歴代の勇者がどうだったのかは知らない。
純粋な正義心や使命感で手にしたものもいるのだろう。
だというのに復讐に取りつかれたカウレスが聖剣を抜けたのは何故か?
それは偏に目的が一致したからだろう。
魔王軍を滅ぼすというその一点において勇者としての役割と、復讐者としての目的は一致していた。
それ故に、聖剣はカウレスの求めに応じ力を与えたのだ。
曰く、勇者とは餓えず、食事を必要とせず。
曰く、勇者とは眠らず、睡眠を必要とせず。
曰く、勇者とは休まず、その命続く限り延々と戦い続けられる者である。
故に、勇者は人から外れた存在である。
聖剣を手にした時点で人としての人生は終わり、勇者としての宿命と運命を決定づけられる。
あの聖剣を手にするという事はそういう事だ。
そもそも聖剣に挑もうという者がいなかったというのも頷ける。
勇者とは文字通り勇気のある者とするならば。あの剣を抜こうとした時点ですべての者はその資格を得ていると言っていい。
世界の歯車となる覚悟があるか、あの剣が問うのは純粋にその一点。
なにせ目的が善なのだ。使い手の善悪など問うべくもない。
覚悟無き者が握ったところで、聖剣は応じず、ただのなまくらにしかならない。
あるいはその法則(
ルール)を無視できるほどの、素質を持つ者もいるのだろうが、少なくともカウレスはそうではなかった。
カウレスはその復讐心という名の覚悟を買われ、聖剣を担う勇者(システム)となった。
それはカウレスにとっても都合がよかった。
魔王軍を討ち滅ぼすためならば、手段など選ぶつもりはない。
例え人でなくなろうとも、奴らを倒せる力を得られるならばそれでよかった。
その覚悟を持った上で、カウレスは聖剣を手にしたのである。
聖剣を手にした勇者カウレスの名が世界に知らしめられたのは、メルゲン地方での戦いを起としていた。
メルゲン地方は聖剣の眠る聖地であり。
その事実を知った魔王軍は聖剣を封じるため大規模侵攻を仕掛けたのだ。
魔王軍を率いるのは剛力無双のガルバイン。
その拳は石壁を容易く砕き、その皮膚は刃をも通さない。
人間など叶うべくもない魔王軍随一の猛者である。
ガルバインの率いる部隊は、魔界の中でも最前線で戦い続ける精鋭揃いである。
対する聖地守護隊は、使い手の現れぬ聖剣の守りなど無駄という世論もあり、各地の前線に人材を奪われ弱体化していた。
正しく無勢に多勢。戦力差は歴然であった。
そうして正規軍はあっという間に半壊。
聖剣の眠る聖なる森へと繋がるタバサ草原まで戦況は後退を余儀なくされた。
もはやこの地を守るのは護るのは疲弊した正規軍の生き残りと、集まった僅かな義勇軍だけである。
防衛に徹する義勇軍であったが、魔族たちの猛攻に窮地へと立たされ、もはや滅びを待つだけに思われた。
そんな時だ。
彼らの前に、聖剣を手にした勇者は現れたのは。
そこからは伝説の始まりだった。
後にこの戦いを勇者の武勇を語る吟遊詩人は謳う。
勇者は万の軍勢を前に怯むことなく立ち向かい、黄金の草原を駆ける。
獅子奮迅の働きで、不眠不休のまま七つの夜を越えて戦い続けたという。
その姿に鼓舞された義勇軍たちは士気を向上させ、戦況を僅かに押し返した。
そして義勇軍の支援を受けた勇者は大将首にまで迫り、一騎打ちの末、敵大将ガルバインを敗走させた。
これにより魔王軍は撤退に追い込まれ、聖地メルゲンは解放された。
それは勇者カウレスの伝説の始まりにして、人類の反撃の狼煙となる出来事であった。
この戦いで初めて聖剣を手にしたカウレスは、その力を知った。
伝承に伝わる潜在能力の開放や、体力と精神力が続く限り永遠に戦うという選択肢を選び続けられる力。
それすらも勇者の特権的能力の一部に過ぎない。
それほどの力だ。
聖剣は正しくカウレスの望む力の具現であった。
だが、カウレスに言わせれば、同時にあの剣は呪具の類である。
魔族が相手とはいえ、あれほど大量の敵を殺した剣は歴史上存在しないだろう。
カウレス自身もあの聖剣で数えきれないほどの魔族を切り捨ててきた。
あれ程の血を吸いながら、穢れ一つなく絶対的な正義を謳い、聖なる光を発し続けるあの剣は不気味でしかない。
正直、あの光を見るたび生理的な嫌悪感さえ覚える。
だが、それでもいいとカウレスは思う。
勇者と聖剣の間にあるのは信頼関係などではなく、利害の一致のよる利害関係である。
カウレスにはあの剣が必要だし、聖剣には使い手が必要なのだ。
それ以上の関係など望む必要もない。
所詮、勇者と聖剣など、世界を救うためのシステムにすぎないのだ。
だが、ふと思う。
正しき資質(ライトスタッフ)により聖剣を手にする者は不幸だなと。
なにせ何の覚悟もなく、世界のシステムになってしまうのだから。
もっとも、そんな者が本当に存在するのかは、カウレスにはわからないが。
【F-5 山道/朝】
【
カウレス・ランファルト】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1~3(確認済み、カウレスに扱える武器はなし(銃器などが入っている可能性はあります))
[思考・行動]
基本方針:魔王を探しだして、倒す。
1:まずは聖剣を取り戻す。
2:魔王を倒すために危険人物でも勧誘。邪魔する奴は殺す。
3:ミリアやオデットとも合流したいが、あくまで魔王優先。
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聖剣を手に勇二は行く。
その足取りは軽く、その目には迷いもない。
奥底から湧き上がる勇気が少年の心に満ちていた。
今の彼に恐れなどない。
この会場にいる者のみならず。
全ての元凶たるワールドーダーすらも討ち倒せる自信すらあった。
意気揚々と草むらを進む幼い少年。
何の異常もない、ともすればどこにでもありそうなこの光景である、
だがおかしい。
異常な空間で正常を維持すること、それはもはや異常であると言っていい。
どれほどの才覚を持とうとも、勇二はまだ年端もいかぬ小学生である。
夜の九時には眠りに落ちるし。
朝昼晩と食事を抜いたこともない。
だというのに、眠らず夜を明かしたにもかかわらず、まったくもって眠くもないし空腹も感じない。
それどころか疲労らしき疲労も感じられない、健康そのものだ。
自宅ならまだしも、あれ程の恐怖と緊張の中、慣れもしない野外で過ごしたにも関わらず、だ。
疲労や眠気があるというのならば、自覚できたかもしれない。
だが、それがないという感覚は当たり前すぎて、少年は疑問にすら思わない。
己が持つ聖剣が、果たしてどういうものなのか。
その正体を知ることもなく。
少年は勇者になる。
【E-4 草原/朝】
【田外勇二】
[状態]:覚悟、勇者化進行中
[装備]:『守護符』、『聖剣』
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:愛お姉さんを探す
1:ネックレスを探す。
2:
リヴェイラは絶対に探し出して浄化する。
[備考]
※ネックレスが
主催者により没収されています。そのため、普段より力が不安定です。
※自分の霊力をある程度攻撃や浄化に使えるようになりました。
最終更新:2016年03月02日 17:35