『よっ、空谷さん』
大学構内のこじんまりとした休憩所に一人の青年が足を踏み入れる。
休憩室の自動販売機から購入した缶を取り出していた『
空谷葵』は、声をかけてくる青年に気付いた。
同じ大学に通う―――――と言っても、普段は殆ど顔を合わせることのない相手。
何せ彼女と彼は、学部も学年も違うのだ。
それでも、ちょっとしたよしみで『友人』になっている人物である。
『あ……リ、リクさん!』
そんな突然の来訪者―――――『
氷山リク』に声が上擦る葵。
ほんの少しだけ頬を赤くする葵の様子に気付いていないのか、リクは再び片手を上げて軽く挨拶した。
いそいそと退く葵に軽く礼を言い、自販機の前に立ったリクが財布を取り出す。
『……えっと………あの、こないだはありがとうございます!』
吸血鬼の第六感を使って休憩所とその周辺に誰もいないことを確認し、礼を言う葵。
ちょっとしたプライベートの話題である。誰かに聞かれたくはない。
それでも葵は早い内に礼を言いたくて、その話題を切り出した。
『どういたしまして、でも今後は気を付けろよ空谷さん?
あの
クロウ相手にあんな無茶するなんてさ』
『いやぁ、その、ちょっと…つい気が立っちゃってて…はは…』
スポーツドリンクを買いながら、リクは忠告するようにそう言う。
そんなリクの返答に葵は苦笑いをし、頬を掻く。
あれはつい先日のことだ。
葵はバイト帰りの夜道、悪党殺しの吸血鬼―――通称『クロウ』に襲われた。
葵がクロウに襲撃されたのはあれが初めてではない。
過去にも『葵が吸血鬼である』という理由で何度か攻撃されていたことがある。
彼女は悪党を憎むと同時に、吸血鬼を憎んでいるのである。
普段の葵ならそんなクロウを本気で相手取ったりはしない。
精々軽くやり合ってすぐに逃げる程度だ。
しかし、あの時の葵はつい無茶をしてしまった。
執拗に追い掛けてくるクロウを追い払う為、本格的に戦闘へともつれ込んだのだ。
『で、でも!やっぱりリクさんは強いですよね!カッコ良かったっすよ!』
結果として、葵は相応の手傷を負うことになった。
あのまま無茶を続ければ、下手すれば殺されていたかもしれない。
元も、最後は寸での所で氷山リク――――シルバースレイヤーに助けられたのだが。
そんなリクに対し、葵は目を輝かせながらそう言う。
『ははは…何はともあれ、あの時は空谷さんを助けられてよかった。
もしもの時はすぐに呼んでくれよ。俺たちJGOEはいつでも駆け付けるからさ』
『いっ、いやいや!そんな、悪いっすよ…!』
微笑むリクに対し、頬を掻きながらどこか照れくさそうに葵は言う。
葵は彼の優しさがくすぐったくて仕方なかった。
どこまでも真っ直ぐで、お節介焼きな程にお人好しな彼の厚意が、嫌いになれなかった。
というよりも―――――――――
『―――――っと、ごめん!俺、次の時間講義あるから…!』
ふと思い出したように時間を確認したリクが慌ただしげにそう言う。
え、と声を漏らした葵をよそにリクはスポーツドリンクを鞄にしまう。
『それじゃ、空谷さん!夜道には気をつけて!』
片手を挙げて別れの挨拶をした後、リクは小走りをしながら休憩所を去っていった。
呆気に取られた表情をした葵は、暫くリクが去った後の廊下をぽかんと眺めていた。
(…行っちゃった)
リクがいなくなって、最初に思ったのはそんなことだった。
心中でそう呟いた途端、急に寂しさが込み上げてきた。
―――――――もっと喋りたかったのに。
悶々とした気持ちを抱え、はぁと溜め息を吐く。
彼はきっと、自分の気持ちに気付いていない。
そのことは葵も理解している。
そもそも彼にそれを告げてすらいないのだから、当然だが。
手に持ったトマトジュースのように顔を僅かに紅潮させ、葵はゆっくりと壁に寄りかかった。
(………やっぱ、好きだ………)
何気ない、ほんの数分足らずの会話である。
取るに足らないほどの些細な時間。
たったそれだけの時間が、彼女にとっては幸せだった。
誰よりも真っ直ぐで、誰よりも優しい。
そんな氷山リクに、葵は惚れていたのだから。
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆
あァ。
陽は高く昇り、光が大地を照らす。
無我夢中に駆け抜けるあたしも例外無く。
その煌めきによって照らされる。
きれい。
きれいだ。
陽の光は、本当にきれいだ。
暖かい。
眩しい。
本当に、大好きだ。
幸せな気持ちになる。
でも、そんなものでは空腹は満たされない。
喉が渇く。
お腹が空く。
舌が満たされない。
まだ足りない。
喉を潤すモノがもっと欲しい。
あの極上の味をもっと楽しみたい。
甘く蕩けるような美食をもっと味わいたい。
ああ。
血が欲しい。
もっと、血が欲しい。
あたしが欲しいのは、おいしいもの。
だから、できれば若い雌がいい。
さっきのあれのような、おいしいものがいい。
あれはおいしかった。
スゴくよかった。もっと喰らってみたかった。
でも、それと同じくらい。
いや、それよりももっともっと欲しいものもある。
食としての興味の対象が、もう一つある。
「いうあ」
シルバー。
「うえいあ」
スレイヤー。
ほしい。
ほしい、ほしい、ほしい。
あれがほしい。
あれを貪りたい。
あれを喰らいたい。
あれを啜りたい。
あれを奪いたい。
あれを、あれを、あれが、あれが、あれが、あれが。
氷山リクが、ほしい。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇
闇に呑まれた漆黒のバイクが、草原を駆け抜ける。
ブレイブスターは無数の蝙蝠と化した空谷葵と一体化している。
操作権を明け渡したことで完全に葵の意のままに操られている。
正義のヒーローの駆るバイクは既に怪物の一部と化していた。
ヒトを食料としか認識出来なくなった葵に残された、最後の記憶。
それは想い人である氷山リク。
葵の脳裏を過ったのは彼との記憶。
無意識のうちに追憶していた、片思いの相手との過去。
彼のことを想起する切っ掛けとなったのは、現在彼女が憑依している銀色のバイクだ。
銀色のバイクを目にした時、彼女は強く惹かれていた。
その銀色の輝きに、目を奪われていた。
それは彼を想起させるには十分なものだった。
正義の『白銀』を纏う彼の姿は、彼女の脳裏に強く焼き付けられていたのだから。
故に彼女は目の前にいた『獲物』を捨て置き、銀色のバイクへと乗り込んだのだ。
葵の本能は彼を求める。
愛する極上の獲物として、一人の青年を求める。
ブレイブスターの備える超音波のソナー。
ブレイブスターに染み付いた想い人のニオイ。
吸血鬼が持つ心眼―――――言わば第六感。
それらを頼りに、葵は探し始めた。
最愛のヒーローを。
想い人、氷山リクを。
血と愛に飢えた死の鉄馬は、影の如く疾走する。
愛しき者を、欠片になるまで愛する為に。
【F-8 草原/午前】
【空谷葵】
[状態]:食欲旺盛(太腿から上以外の部位欠損)、再生中(ミリア吸血によって一時的に回復速度向上)、人喰らいの呪
[装備]:ブレイブスター、悪党商会メンバーバッチ(2番)
[道具]:
サイクロップスSP-N1の首輪
[思考・行動]
基本方針:血を吸いたい
1:氷山リクがほしい
2:おいしいの(若い女の子)もたくさんほしい
※いろいろ知りましたがすべて忘れました
※人喰いの呪をかけられました。これからは永続的に人を喰いたい(血を吸いたい)という欲求に駈られる事になります。
※ブレイブスターの超音波ソナー、嗅覚、吸血鬼の第六感を頼りに氷山リクを優先的に捜しています。
探知の精度は不明です。
最終更新:2016年03月02日 17:51