世界征服を目論む悪の秘密組織ブレイカーズの大首領、
剣神龍次郎は放送により告げられた結果を当然のモノとして受け入れた。
ブレイカーズの大幹部たるミュートスがそう簡単に死ぬはずもない。
元とはいえブレイカーズ所属の
近藤・ジョーイ・恵理子の名もまた呼ばれることはなかった。
ブレイカーズ製の改造人間の優秀さはこの場においても証明されたようなものである。
告げられた幾多の死。
死したものがみな弱かったとは言わない。
だが、強者もまた、より強いものに敗れたのだろう。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
それが世の理。
この閉じられた世界においても、それは絶対不変の真実である。
「――――逝ったか、正一」
宿敵にして従兄弟である男の名を呟く。
ブレイカーズ初代大首領の実子。
悪の組織を継ぐを良しとせず、相対する正義の組織へと身を置いた裏切り者。
奴の強さは龍次郎が誰よりも知っている。
故に、奴がどれほどの強敵を前に散ったのか。
思いを馳せど、この身に知る術はない。
散った命に憐憫も同情もしない。
それは侮辱に当たるだろう。
ただ戦士の魂へ、せめてもの手向けとして黙祷を送る。
だが、周囲に何者かの気配を感じ龍次郎は黙祷を中断する。
この距離まで龍次郎に気配を悟らせないなどという芸当は、世界最高峰の殺し屋と呼ばれる
アサシンでもない限り不可能だ。
だがそれにしては、現れた気配はザルすぎる。素人のそれだ。
故に、近づいてきたというより、そこに現れたと言った方が正確か。
龍次郎はその気配を確認すべく、気配を押し隠しもせず堂々とした足取りで近づいてゆく。
危険人物だったら、などという警戒は龍次郎に限っては必要ない。
何故なら彼は最強である。
誰であろうと向かってくるのならば切り捨てるだけだ。
そして僅かに進んだ先。
龍次郎はそこに人影を見つけた。
「なっ!? お前は…………!?」
そこにいるのが誰を確認した瞬間、龍次郎の顔から厳格な大首領の仮面が剥がれ、驚愕を表情に張り付けた。
龍次郎は予想外の相手に出会う事となる。
◆
「RetTucDnIw――――!」
戦場となった研究所の一室に、魔法使いの凜とした声が響いた。
その詠唱に従い幾重もの風の刃が生み出され、視覚化された鎌鼬が魔王を切り刻むべく襲い掛かる。
だが、魔王は事も無げに上体をそらすだけで、あっさりとその刃を躱した。
「WorRaecI」
それを追撃する氷の矢。
雨のように降り注ぐ氷粒を、
ディウスはその場から僅かに後退することで回避する。
放たれた二つの魔法は相手に傷一つつける事すら叶わず、ミリアが僅かに消耗しただけで終わった。
互いの距離すら変わらず、魔王の表情には変化すらない。
どうやらディウスは、ようすをみている様だ。
だが、それでいい。
目的は勝利ではなく、ミルが遠くまで逃げる時間を稼ぐ事。
攻撃は近づかせないための足止めで十分である。
ミリアは非力な魔法使いだ。
近づかれたら、それこそ一瞬で終わる。
故に近づかせないために、攻撃の手を休める訳にはいかない。
とはいえ、
オデットなどと違い、攻撃呪文に関してはミリアは中級呪文までしか扱えない。
彼女が得意としているのは味方を癒す白魔法であり、敵を攻撃する黒魔法は不得手である。
そんな彼女が、足止めだけとはいえ魔族の頂点である魔王と対峙するには創意工夫が必要だった。
「ElDeendNuoRg」
コンクリートの地面から薔薇の棘の様な円柱が浮き上がり、山脈の様に連なってゆく。
自らを貫かんとする死棘を踊るようなステップで躱してゆくディウス。
その視線は足元を見るでもなく術者であるミリアを捉えていた。
ここまでのミリアの魔法を観察していた魔王は、放たれた攻撃魔法が全て中級レベルである事を察した。
これがこの術者の限界。これ以上はないと確信を得た。
ならば警戒する必要はないと、反撃に転じるべく、次の詠唱が完成する前に間合いを詰めるべく、棘を躱しながら前へと踏み出す。
瞬間。ディウスの眼前に巨大な火球が襲い掛かった。
ディウスは咄嗟に火球を右腕で掴み、投げ捨てるように後方に弾き落とした。
それ自体はダメージと呼べるほどのモノではないが、今の攻撃は通常はありえないタイミングだ。
先の魔法から殆ど間がない連続魔。
これほどの連射を実現できるのは詠唱の一部を破棄する高速詠唱(クイック・スペル)だが、それにしては威力も劣化していない。
「遅延詠唱(ディレイ・スペル)か」
通常、魔法とは同時に唱えることは不可能とされている。
故に一つの魔術を行った後には、どうしても次の詠唱という隙が生まれてしまう。
その隙を補うべく、魔法使いは前衛となる戦士とパーティを組むのが常である。
魔法使いは一人では戦えない。
その常識を覆すために生み出された技術が、遅延詠唱である。
それは、完成した魔法を発動させず待機させ、任意のタイミングで起動させる高等技術。
つまり必要に応じて魔法を詠唱するのではなく、必要に応じて事前に待機させていた魔法を発動させるという技術だ。
これにより理論上不可能とされた二重詠唱(ダブル・スペル)を擬似的に実現させる。
既に待機させた魔法は後から変更できないため柔軟性に欠け、待機させた魔法を維持させるため魔力を消費するなどのデメリットはあるが。
弾幕を張り足止めをするという、この状況ならば最も適った選択だろう。
「なるほど。人間にしてはやる」
魔王ディウスは目の前のミリアの実力を認めた。
攻撃呪文を苦手とする不足を補うに余りある能力である。
この歳して、ミリアの魔法使いとしての実力は十分に一流と呼べる領域にあった。
「だが、それだけだ」
「…………ッ!?」
魔王の突撃。
巨大な体がそれ以上の圧を持って小柄な少女に迫る。
これに対してミリヤは待機させいた爆破呪文と風刃呪文を同時に発動させ迎え撃った。
発動する爆炎と風の魔法。
凝縮された爆破の破壊と、全てを切り裂く風の刃が向かい来るディウスへと襲い掛かる。
だが、魔王はその脅威に対して、何の反応もしなかった。
そのまま何の策もなく破壊の渦へと突き進んでゆく。
いや、策はないのではない。策が必要ないのだ。
魔王はただ純粋な肉体の強度のみで強引に爆炎と刃を掻い潜ると、無力な魔法使いへと肉薄する。
多少のダメージはあるようだが、膨大な魔王の生命力からすれば、蟻に噛まれた程度のものだ。
絶対に埋まってはいけない距離が埋まる。
ディウスのこうげき。
魔王の剛腕がミリアへと叩き込まれた。
防ぐことも叶わず、直撃を受けたミリアの体が人形のように吹き飛び、叩きつけられた石壁が崩れる。
「…………カハッ」
血を吐いた。
叩きつけられた衝撃に息が止まる。
壁をぶち抜き通路に叩き出されたミリアの体が瓦礫に飲み込まれるように沈む。
「ゲホッ…………ゲホッ…………!」
少し大きめの瓦礫が背に落ち、咳き込むことで喉に詰まった血が吐き出されようやく息ができた。
自らの上に乗る幾つかの瓦礫を振り払いながら身を起こす。
「ッ…………ぁ……」
見れば、打たれた左肩は拳大にへこんでいた。
左腕はもう動きそうにない。
一撃でこれか。
ミリアも実力差があることは想像はしていた。
想像していたが、これは想像以上だ。
実力の差がありすぎる。
ミリアは身をもって実感する。
これが兄の、人間の宿敵。
こんなモノと兄は戦おうとしているのか。
目の前の男を倒さねば人類に未来はない。
その途方もなさに目眩がしそうだった。
だが人類の行先以前に、ここを越えねば彼女に先はない。
待機させていた仕込みは、今の衝撃ですべて解けてしまった。
もはや次元違いの魔王相手にまともに戦う術はない。
手の内がばれてしまった以上、再び仕込むような隙はもう与えてくれないだろう。
だが、まだ時間稼ぎは十分とは言えない。
どうするか。
活路を見出すべく必死に思考を巡らすミリアだったが、その思考が強制的に中断される。
それは魔王の手によるものではない、ただそれほどの衝撃的な光景が彼女の目に飛び込んできたのだ。
それは彼女の吹き飛ばされた通路にある屋上へと続く階段にあった。
腹から零れる血液で地面に赤い一文字を描きながら、それは這いずる様に階段を下っていた。
「葵、さん…………!?」
それは
空谷葵のなれの果て。
あるのは腕と頭だけ。下半身はおろか胸から下がない。
誰の目にもわかるほど、限界などとうに超えていた。
それはひとえに仲間たちを守りたいという一心だったのだろう。
そんな状態で、もう意識もないのだろう、ほとんど本能で動いている。
どうして生きているのかわからないような、動けるはずがない体で空谷葵はミリアたちを守るべく進んでいた。
「ふん。結局はそれか」
そんな葵の姿をミリアと同じく見つけていた魔王が、つまらなそうに吐き捨てた。
死に瀕してなお人間に肩入れするその執念の凄さはディウスとて認めよう。
だが、血に酔い、闇に歓喜するのが魔族の本能だ。
喰らいたいなら喰らえばいい。
奪いたいのなら奪えばいい。
人喰いの呪いを受けてなお、それが出来ないのならば、魔族としては失格だ。
オデットと同じく彼女も魔王の期待には答えられないかった。
「…………っく」
その鬼気迫る葵の覚悟に負けじと、ミリアもよろけながらも杖を突き通路の壁を背にして立ち上がる。
「ほう。それでどうする。よもや魔王相手に策なしという訳でもあるまい。
切り札の一つでも見せて見せろ」
葵から立ち上がったミリアへと視線を戻した魔王が言う。
期待外れに終わった葵の分を楽しませろと言っている。
「そう、ね。じゃあお見せしようかしら、私の切り札を」
苦しげに息を吐きながら、ミリアが壁を背にズリズリと進んでゆく。
それは葵の方へと近づいているのかと思ったが違った。
葵にたどり着く前に、ある程度進んだ地点でミリアはその足を止める。
「EdiSouo」
そして、唱えたのは切り札と呼ぶには余りにもありふれた呪文だった。
魔法使いとしてそれなりの修業を積めば誰にだって習得できる。
仲間と共に迷宮や建物から脱出する。
遠くに逃れられるわけでもない、相手がスグに追いかけてくればお終いの、ただそれだけの転移呪文だ。
「逃すか!」
その呪文がなんであるか気づいたディウスが、転移が完了する前に仕留めるべくコンクリートの地面を蹴った。
「逃げないわよ」
そう答えたミリアが思い切り右腕を振り下ろし、壁に設置されたカバーをバンと叩き割り、その中央にあった赤いスイッチを思い切り押した。
「何だ…………!?」
地面が揺れ、魔王の足が止まる。
否、揺れているのはこの研究所全体だ。
半端な揺れではない、この世の終わりとばかりに盛大に振動している。
それは、葵の存在が気がかりで使えなかった最終手段だ。
だが、葵が近くにいるのならば、何のためらいもなく切り札が切れる。
この赤いスイッチこそ研究所を調査した時、ミロに教えられた絶対押していけないスイッチ。
すなわち自爆装置である。
データ管理に疎い
藤堂兇次郎のため、もしもの際に情報流出を避けるため。
そう言った保安上の理由で設置したと彼の大首領は述べているが、そんなものは建前である。
こんなバカみたいな装置がある施設など現実にはありえない。
何のためにあるのか。
その答えは一つ。
自爆は悪のロマンである。
転送が完了しミリアと葵の姿が研究所から消えると殆ど同時に、轟音を上げて研究所は爆発した。
◆
崩れ落ちる研究所の前に転送陣が敷かれ、その陣の上にミリアと葵が転送された。
すぐ後方では、どう調整されているのか謎のドクロ型の爆炎をまき散らしながら、研究所の破片が天へと巻き上げられている。
雨のように瓦礫が降り注ぐ中、ミリアは迷うことなく葵へと駆け寄ってゆく。
葵は自らに近づいてくるミリアを否定するように喘ぐが、もうそんな体力もないのか大した動きにもならなかった。
「め……は、な…………れ……」
「喋らないで、今すぐ治療を!」
そう言って地面に杖を突き回復の詠唱を始めた。
ミリア自身の左肩も魔王に打たれ悲惨な状況ではあるのだが、その治療よりも目の前の葵の治療を優先する。
いかにミリアが回復魔法を得意としているとはいえ、完全に死亡してしまえば死者蘇生は不可能だ。
生きているのが不思議な状況の葵に、一刻も早く治療を施さなければならなかった。
ミリアが詠唱を開始する、その時だった。
「――――今のは少し驚かされたぞ」
空から声がした。
ミリアの顔から血の気が引き、詠唱が中断される。
見上げば、そこにあったのは灰色の球体だった。
薄皮の様な球体の中央には絶望を形度ったような形があった。
ゆっくりと、重力に縛られない速度で空から絶望が下りてくる。
「バリアを張るのが遅ければ致命傷とっていたかもしれんな」
音もなく静かに魔王が地面に降り立つ。
事もなげにいう言葉に危機感なんてものはない。
そしてバリアを解き、羽のようにマントを翻した。
流石の魔王とて、あの爆発で無傷という訳ではなかった。
衣服を汚し、右角の先端を欠けさせ、額からは青い血を流している。
だが、それだけだ。
あれだけの爆発と瓦礫の雨に晒されながら、五体満足で生きながらえている。
それがミリアにとってどれほどの絶望なのか、語るまでもないだろう。
「思いのほか楽しめたか。褒美だ。少しばかり我が力を見せてやろう。
苦痛を感じず一瞬で消滅するがいい」
そう言ってミリア一人を屠るには行き過ぎな魔力がディウスの右腕に収束を始めた。
それは魔法使いであるミリアから見ても桁違いの魔法行使だった。
上位の魔法行使は見る者が見れば美しさを伴う物なのだが、魔王の魔法からは身の毛もよだつような悍ましさしか感じられない。
あんな攻撃は防げない。
ミリアだろうと、ミリアの師匠だろうと、きっと彼女の兄にも防げないかもしれない。
防げるとしたら、音に聞く光の賢者くらいのモノだろう。
「さらばだ。人間の魔法使いよ」
「くっ…………!」
ミリアは無意味と知りながら、葵を庇うように覆いかぶさる。
それが彼女の人間性なのだろう。
唇をかみしめ、ギュッと目をつむる。
「Res――――」
「――――ヒャッホー!」
今にも閃光が放たれんとした瞬間、魔王の背後に衝撃が走った。
それはバイクによる突撃だった。いわゆる一つの衝突事故である。
その衝撃に流石のディウスもバランスを崩し、放たれた閃光は明後日の方向へと消えていった。
それは自動運転(オートパイロット)で徐行運転をしていたブレイブスターを発見し、それにあろうことか走って追いつき無理やり乗り付けた
りんご飴である。
そして、嫌よ嫌よと暴れ馬のように抵抗するブレイブスターを無理やり組み伏せながら、アクセルを捻って発見した魔王へとブチ当てたのだ。
「…………新手か」
魔王は平然とした声で冷静にりんご飴を認める。
体勢こそ崩したものの、大したダメージにはなっていないのか。
バイクに突っ込まれたままの体制でブレイブスターに手をかける。
「いっ!?」
魔王はぐっと力を込め、ブレイブスターを押し返す。
ありえない怪力に、ブレイブスターを駆るりんご飴が驚愕の声をあげた。
素手の力押し、しかも片腕で、一万馬力を誇るブレイブスターが押し返されている。
りんご飴は自身の中に広がる悪い予感に従い、ブレイブスターを乗り捨てそのシートを蹴って思い切り飛びのいた。
同時にブレイブスターの後輪が浮き上がり、そのままボールの様に巨大な鉄の塊が放り投げられる。
跳ぶのが一瞬でも遅れたいたら、りんご飴ごと吹っ飛ばされていた。
直前で危機を回避したりんご飴は、バク宙の要領で飛びのきながら、空中で上下逆さの状態のまま拳銃を取り出し魔王を狙い撃つ。
「むッ?」
重火器による狙撃はディウスからして未知の攻撃だったのか。
その反応が遅れ、弾丸がその頬を霞め、僅かに跡を残す。
遠く後方でバイクが落ちる破砕音が響く。
それとは対照的に、回転を決め両の足でスチャリと着地するりんご飴。
そしてそのまま目の前の魔王と対峙する。
別にりんご飴にミリアたちを助けようという意図があったという訳ではない。
一番強い奴に喧嘩を売った、それだけである。
しかしながら改めて目の前の観察すると、若干早まったかなーなどという考えが脳裏をよぎる。
喧嘩は売ったが相手から感じられる威圧感(プレッシャー)は組織のボスクラス。いや、それ以上か。
前情報なしでやり合うには厳しすぎる。
半田に借りを返すにしても、これじゃ追加料金をもらわなければ割に合わないレベルだ。
だがしかし売ってしまった以上、もう後には引けない。
こうなったらいつも通り、テンションで乗り切るだけだ。
「んじゃま、行っくぜぇ―――――!!」
自信を鼓舞する叫びと共に、りんご飴が駆ける。
その獣じみた速度は半端なスプリンターなど足元にも及ばない。
加えて緩急自在の足運びともなれば、この動きを捉える事はどんな達人であろうとも困難だろう。
だが、それは人間レベルの話だ。
その程度、魔王にとっては遅すぎる。
その動きを退屈そうな目で捉えながら、向かいくる小蠅を一息で叩き潰さんと、魔王が腕を振り上げた。
そしてその腕を振り下ろそうとした、次の瞬間だった。
突撃するりんご飴が幾重にも分裂したのは。
それはミリアの施した幻影魔法による効果だった。
本物とまったく同じ動きをする幻影体が群を成して魔王へと迫る。
いかに魔王とはいえ、一瞬で本物を見つけ出すことは不可能だろう。
だがそれがどうしたと、魔王は相手を叩き潰す縦の動きから、全てを薙ぎ払う横の動きに切り替えた。
本体が見つけられないのならば、全て刈り取ってしまえばいい。
刃のように研ぎ澄まされた爪を突出して、豪快にその剛腕を振るう。
甲高い呻きのような風切音。
その死神の鎌のごとき一撃は、目の前に迫る羽虫の群れを一息で完全に消滅させる。
だが、躱した。
本体であるりんご飴は過敏に死の予感を感じ取り、その場から大きく飛びのく事でギリギリながら攻撃範囲から逃れることができた。
逃れたが、今の攻撃速度は尋常ではなかった。
幻影という囮(デコイ)がなければ、確実に直撃を受けていただろう。
ひとまず生き残れたことにりんご飴が、ふう、と息を吐いた所で。
服が裂け、その胸元から噴水のように血が噴き出た。
「んなぁ…………ッ!?」
慌てたようにたたらを踏みつつ後退する。
直撃したわけではない。確かに躱したはずだ。
ただ、爪の先端が僅かに掠めただけ。
それだけの事で、日本刀で切られたような斬り傷が、りんご飴の胸元に刻まれたのである。
だが、りんご飴は二度驚かされる事となる。
気付けば、その傷がふさがっていた。
躱したと思った攻撃が当たって治ってる。
狐にでも化かされた気分である。
「大丈夫ですか」
それは先ほど援護と同じく、ミリアの放った回復呪文である。
敵の敵は味方、とは言いきれないが。
今は状況が状況だ。
ミリアは突然現れたりんご飴を援護すると決めた。
「ちぃ。余計な真似を」
りんご飴は悪態をつくが否定はしない。
勝手なことをされるのは気に喰わないが、こちらを害しない以上否定する理由はない。
意外かもしれないが、りんご飴にとって誰かと共に戦うこと自体は珍しい事じゃないのだ。
と言うより、目の前の相手はそんな余裕を持てる相手ではない。
「お気をつけて、そこにいるのは魔王です」
ミリアの言葉にヒューと口笛を吹く。
これまで殺し屋とも怪人とも戦ってきたが、魔王と戦うのは初めての事だ。
「へ。そりゃいい。最高だね」
流れる冷や汗をペロリと舐め、そんな言葉を口にした。
◆
見た目可憐な少女二人が強大な魔王に立ち向かい、戦いを繰り広げていた。
二対一とはいえ、戦力の差は歴然である。
魔王は圧倒的に強く、人間など物の数ではない。
にも関わらず、その戦いは意外にも拮抗していた。
と言うより互いに決定打に欠けている状態である。
戦いが拮抗している理由は三つあった。
一つは魔王の現代兵器への理解の無さが上げられる。
魔王の住む世界は剣と魔法が行き交う世界であり、重火器など存在しない。
あるいは異世界を偵察した
サキュバスが真面目に仕事をこなしていれば、このような事態はなかったのかもしれないが。
ディウスは慎重な性格だ。
大抵の戦闘では数ターンはようすをみるタイプである。
急ぐ必要があればその限りではないが、殺害対象であるミルはもう既に逃げ遂せた頃だろう。
ならば、この戦闘では無駄な消耗を避け、リスクを負う戦い方はしないと決めていた。
実際の所、弾丸の直撃を喰らったところで、恐らくディウスは大したダメージを受けない。
しかし、それがディウスには分らない。
弾丸の威力や仕組みが分からない以上、おいそれと喰らう訳にはいかなかった。
仮に大したダメージを受けなくとも、より魔力を込めれば威力の増す代物かもしれない。
その仕組みを解明するまでは、迂闊には動けない。
もう一つは、りんご飴の戦い方だ。
優れた観察眼を持つりんご飴はディウスが自分の持つ銃に必要以上に警戒している事に気付いていた。
だから、いやらしくもワザと意識させる様に銃をチラつかせ、もったいぶる様に出し惜しむ。
その動きを囮にしながら一撃を見舞うべく近接する。
「右に来ぃ!」
そう強烈に念じながら、りんご飴が相手の懐に飛び込んでいった。
その読み通り、りんご飴の右側をディウスの爪が引き裂いてゆき、風圧だけで髪が舞い飛ぶ。
いや、それは動きを読んでいるというより、こう来るはずだと賭けている博打的な動きだった。
殆ど決めつけで動いている。
だからこそ、先読みで動くよりも早く決断でき、彼は相手が格上だろうと十分に戦えるとも言える。
だが、それは外れれば即死。
もしかしたら、などという自らの決断に対する迷いが少しでもあれば、躊躇いが足を止め、その優位を打ち消してしまうだろう。
だが彼にはそれがない。
生死をかけた博打。
そのスリルこそ、りんご飴の望むモノだからだ。
恐怖がないのではない。
恐怖を楽しんでいる節がある。
そしてこれまで、彼がこの博打を外したことは一度もない。
こうして彼が生きているのがその証拠である。
その上で彼が敗れるとしたら、先んじて動きを読んだところで、どうにもならない相手だけだろう。
最後の要素はミリアの援護である。
回復と補助こそ彼女の真骨頂だ。
期せず前衛を得たのは彼女にとっての幸運である。
ミリアにとって素性も事情も知れない相手が、その実力はかなりのものだ。
多少のミスはミリアがフォローする。
危ういバランスながらこの三要素が上手くかみ合い、何とか戦況は維持できている。
だが、それでも現状では防戦が精いっぱいだ。
このままではいずれジリ貧で負ける。
真綿で首を締め付けられるような焦りがミリアの心を支配する。
ミリアの眼前で戦っている少女はよくやっている、あの魔王相手に上手く立ち回っていると言っていい。
だが、あと一人強力な前衛――兄レベルの戦士――がいればと思ってしまう。
そうすれば拮抗どころか勝機すら見出せるだろう。
魔王を打ち取る千載一遇のチャンスとなるかもしれない。
ミリアは歯噛みして、首を振る。
今はそんな欲を出している場合ではない。
目の前の状況に集中せねばと意識を切り替える。
状況は切迫している。
ミリアの魔力が尽きるか。
りんご飴の賭けが外れるか。
ディウスが銃に対して対処をするか。
そのいずれかが成立するだけで終わりだ。
口にしないだけで、三者ともに誰もがその思いを抱えていた。
この拮抗は長くは続かないと。
だが、この拮抗は意外な形で崩れる事となる。
◆
「チャーメゴォーーン!!」
「キュキュゥウウウ!!!」
仲間たちとの別れに涙にくれていたミルの目の前に、ガシィと勢いよく抱き合う二人、いや一人と一匹の姿があった。
と言っても大男とシマリスなので、抱き合うというより両手で握りしめ頬ずりしていると言った方が正しいのだが。
ともあれ、親友同士の再会である。感動的な光景だ、泣けよ。
しかしそれを見つめるミルは、むしろ泣くどころか逆に先ほどまで流れていた涙が止まっていた。
あまりの光景にポカンとしてしまったのだ。
しばらく呆けていたが、ハッとして出会ってしまった最悪の名前を呼ぶ。
「剣神…………龍次郎」
「む。貴様、ミル博士か」
第三者の存在に今気づいたのか、仕切りなおすようにコホンと咳ばらいをする。
龍次郎はチャメゴンへの頬ずりを辞めて肩へと乗せた。
そして、ミルへと向き直り仁王立ちとなる。
「まずは礼を言おうぞ。我が盟友チャメゴンが世話になったようだな」
先ほどの光景はなかったかのように悪の組織の大首領に相応しい威厳らしきものが龍次郎の身に纏わされていた。
どうやら威圧感は出し入れ自在なようである、
「そしてミル博士よ、我は貴様を探していた。
貴様を役立たずなモノばかりを研究する無能と誹るものもいるが、我がブレイカーズは違う。その技術を高く評価している。
我らブレイカーズの軍門に下れ。そして、この忌々しい首輪を解除するべくその力を振うのだ」
言われずともミルは首輪を解除するつもりだ。
だが、それは当然誰彼かまわずという訳ではない。
当然解除するにしても相手は選ぶ。
「……断る。と言ったらどうするのだ?」
「叩き斬る。と言いたいところだが、我が盟友チャメゴンを保護してもらった恩もある。
ここで断ったとしても、この一度に限り見逃してやろう」
偽るでもなく龍次郎は自らの判断を告げる。
悪の組織の頂点とはいえ、これでも義理は通す男だ。
ミルからすれば断ったところでリスクが無いというのなら従う理由はない。
いや、例え本当に殺されるとしても従うことはなかっただろう。
悪の組織に協力するなど、本来ならあり得ない。
だが、
「協力してもいい、のだ。
ただし…………条件がある」
ミル博士は躊躇いがちに、震える声でそう言った。
「聞こう」
促され、決心するようにゴクリと唾を飲む。
「研究所で戦っている私の仲間を助けてほしい。そうすればお前に協力することを約束するのだ」
より多くを生かすためミリアと葵を見捨てるという非情の決断を受け入れた。
それはミルを含めたあの場にいる戦力がどうあがいたとしても、魔王に勝つことなどできないからだ。
だが、この剣神龍次郎ならばあるいは。
助けられる可能性があるのならば、彼女たちを見捨てる理由はなくなる。
「協力をする。という事はつまり、貴様が我がブレイカーズの傘下に入る、という事でよいのだな?」
この場における一時的な協力、などという半端を剣神龍次郎は許しはしない。
義理は通すが我も通す。
それが剣神龍次郎という男である。
この提案を受けるという事は、つまり悪の手先となるという事。
決断を迫られるミル。
判断を躊躇えば躊躇うだけ今も戦っているであろう二人を危険にさらすという事だ。
一刻も早く決断を下す必要がある。
悪に手を貸すなんてことはできないし。
何よりブレイカーズの藤堂兇次郎とは同じ研究者として相容れない。
奴と肩を並べて研究をするなど研究者としての矜持が許さない。
だが、それでも。
その矜持は、残してきた葵とミリアこの二人の命とでは天秤に釣り合わない。
この決断を、正義のヒーローに憧れていた
ルピナスは怒るだろうか。
それとも二人を助ける決断を褒めてくれるだろうか。
もはや答えを知ることはできない。
「そういう事なのだ。ミルはこれからブレイカーズの一員となるのだ」
その決断を受け大首領はドンと力強く木刀を叩きつけ、地面を打った。
「相わかった。これより貴様は我がブレイカーズの一員となった。
この瞬間から貴様の血は我が血であり、我が血は貴様の血である!
そして貴様の望みは我が望みでもある。これより我が同胞の望みをかなえるべく尽力しようではないか!」
大首領は新たな同胞の誕生に、力強い声でそう宣言した。
◆
死の一撃を掻い潜り、魔王の懐に踏み込んだりんご飴が支給品である二刀を取り出し全力で振り下ろしていた。
攻撃後の隙を狙ったこれ以上ない完璧とも言えるタイミング。
だが、それでも足りない。
あろうことか、振り下ろすだけのりんご飴より体制を立て直し身を躱すディウスのほうが早い。
「PudEes」
そうはさせじと、ミリアがりんご飴の動きを加速させる。
加速した一撃はディウスを捉え、その鎖骨を打った。
「固ぇ…………ッ!」
打った手に痺れるような衝撃が奔る。
ディウスの皮膚の表面は削れたようだが、リスクに対してこのダメージでは割に合わなすぎる。
「ッ!? 避けて!」
ミリアの声が飛ぶ。
動きの固まったりんご飴に向けてディウスの巨大な手が振るわれる。
りんご飴はディウスの胴体を蹴ってその反動で離脱する。
先ほどの支援魔法の効果が残っていた恩恵か、何とか逃れることができた。
「…………ふぅ、セーフ」
先ほどからこんな綱渡りのような紙一重の攻防の繰り返しだった。
今は何とか戦えているが、もはや限界に近い。
特にりんご飴は息を切らし目に見えて疲労の色が現れている。
それも当然。全ての動きに一切の手抜きなど許されない、緊張感の中で戦っているのだ。
動きの精度が僅かでも落ちれば、一瞬で捉えられる。
状況を打開するためにはこれまで以上の一手が必要だった。
そうでなければ死ぬだけだ。
決して手がない訳ではなかった。
その実、逆転の一手にミリアは心当たりがある。
基本的に敵に放つ魔法が黒魔法、味方を支援する魔法が白魔法と呼ばれ分類されているが。
彼女の得意とする白魔法にも敵を攻撃するモノはある。
それは聖域を作り上げ、魔を滅し、邪悪を打ち消す、領域型対魔魔法。
師に天才を持つと称されるミリアですら、未だ習得できていない究極とも言える白魔法である。
これならば魔王にも対抗できるだろう。
だが、当然リスクもある。
詠唱に時間がかかるため、その間援護は行えない。
完成するまで前衛一人で持ちこたえてもらう必要がある。
そもそも、習得していないこの魔法を完成できる保証すらない。
これを行うのは正しく賭けだ。
賭けに負けて、自分が死ぬのはいい。
けれど、失敗すれば死ぬのは彼女一人ではない。
誰かの命をチップにするには、
ミリア・ランファルトという少女は優しすぎた。
「――――やれよ」
声がした。
そんな余裕もないだろうに、思いつめたミリアの様子に気づいたりんご飴が声をかけてきた。
魔王と直接対峙してミリアの何十倍も危険に晒されている彼がその背を押す。
「何だか分かんねぇけど。どうせこのままじゃヤベえんだ!
何もしない事を選択するくらいなら、大穴一点張りで全財産賭けて見ろよ!」
魔王へと向かいながらミリアに背を向けたまま声だけで叫ぶ。
そんな怒鳴りのような乱暴な声に押され、彼女の心は決まった。
りんご飴に倣いミリアも賭けに出ることにした。
「時間稼ぎお願いします」
それだけを告げて、天に祈りを捧げる様に両腕で杖を構える。
目の前で命懸けの死闘を繰り広げる彼女が突破されることなど考えない。
目を閉じ全てをこの詠唱に集中する。
呪文を唱えた瞬間、自身の体は歯車となる。
己の限界を超えた魔力行使に肉体を魔力が蹂躙する感覚。
心臓がポンプして脈動する。血の流れが速くなる。
体内を暴力的な速度で血液が巡る。
肩の傷から止まりかけていた血が噴き出した。
体内で毛細血管がブチブチと切れるのが分かる。
脳の血管が切れたのか頭が痛い。
それでも詠唱は止めなかった。
茨の道を突き進むような詠唱の果て、魔力と言う触覚が魔法に繋がる感覚を得る。
届いた。
届いた手綱を手放さないようにしっかりと手繰り寄せる。
詠唱が完了し魔法が完成する。
「――――YrauIcnas――――」
完成した聖魔法により、天界が地上に降臨する。
不浄なる者は存在することすら許されない。
世界は変わり聖なる光に包まれる、はずだった。
だがその魔法は発動することはなかった。
完全に発動するよりも一瞬だけ早く、魔法使いの声は途切れた。
「――――――」
声にならない声が上がる。
魔法を詠唱していたその喉元には、深く牙が喰らいついていた。
細い喉の肉を食い破り、溢れる血を啜る。
それは彼女が守るように後ろに庇っていた、吸血鬼の牙だった。
◆
乾く。
痛みのような乾きがこの身を責める。
砂でも詰まったみたいに喉がへばり付く。
胃なんてとっくに消し飛んだ癖に、異常なまでの空腹感が全身を支配している。
半身を失った痛みよりも、この渇きに気がおかしくなりそうだった。
ビチャリと、突然口元に何かが付着した。
それが水分であると分かり、乾きに乾いた意識はそれを得ようと下品なまでに舌を伸ばす。
伸ばした舌先で舐めとって、こくんと喉をならす。
――――甘い。
何だこの味は!
空腹は最高のスパイスと言うが。
乾ききった喉にこの味は犯罪的な美味さだ。
何だれは?
その正体を探るべく、眼球を動かす。
程なくして、この渇きを癒す泉の源泉を見つけた。
こんなに乾いているんだ。
一口くらい許してもらえるはずだ。
どこにそんな力が残っていたのか。
アレを飲むと決めた瞬間、体の奥から力が湧き上がり、突き動かされる。
「ヵ―――――――ッ」
腕だけで跳ねて、飛びつき齧る。
ごくん。と一口。
甘く、熱い。
何と言う至福の味。
天にも昇るとはこのことか。
一口。
もう一口だけ。
ごくん。
ごくんごくん。
美味しい。
舌が蕩けるようだ。
地獄の様に熱く、恋の様に甘い。
これが直接飲む人間の血の味。
我慢してトマトジュースなんて飲んできたのがバカみたいだ。
世界に、これほどの美味があったなんて!
ああ。
とまらない。
もう一口。
もう一口だけ。
ごくん。
ごくんごくん。
テーブルマナーなど気にしない。
思い切り喉を鳴らして飲み込ほしてゆく。
美味しい。
ここまで飲んだんだから後一口飲んでも変わらないだろう。
ごくん。
ごくんごくん。
美味しい。美味しい。美味しい。
なんて美味しい人間の味。
「…………どう、して」
食料から声が聞こえた。
どうして?
そんなの。
美味しいからに決まってるじゃないか。
◆
戦況は決着した。
ミリアは吸血鬼の手により倒れ。
疲弊しミリアの援護を失ったりんご飴はあっさりと敗北した。
「ぅ………ぁ」
双剣は根元から砕かれ
りんご飴はその細い両足首をディウスの巨大な片腕で掴まれ、吊るされた男(ハングマン)の様に逆さ吊りとなっていた。
「こん、のぉ…………!!」
その逆さ吊りの体勢のまま隠し持っていた銃を取り出し至近距離から眼球を狙う。
だが、
「無駄だ。それもだいたい理解した」
ディウスの手に拳銃が引き寄せられ、そのままグシャリと握りつぶされる。
手の内で弾丸の火薬が弾けたが、その程度魔王にとっては大したことではない。
重火器の仕組みも理解した魔王に恐れるものなど無い。
武器を奪われても、なお抵抗の意思を衰えさせないりんご飴。
それを黙らせる様にボディブローが鳩尾に叩き込まれる。
「…………ガハッ!!」
血反吐の混じった胃液が吐き出される。
そしてりんご飴はそのままグッタリとして、力なく宙づりになった。
「ほう。選んだか」
りんご飴を抱えたまま、ミリアの喉元に喰らいつく葵の様子を見て満足げに呟いた。
吸血鬼が当たり前にもつ吸血衝動が人食いの呪いとの相乗効果により、その衝動は尋常なレベルではなかったはずだ。
それでも耐えていた彼女の精神力は賞賛に値する。
だが、その理性を崩壊させる出来事が起きる。
ミリアの無茶な魔力行使により、吹き出した血液が偶然、後方にいた彼女の口元に付着したのだ。
うら若き生娘の血である。
加えて多大な魔力を含む魔法使いとなれば、その血の味は極上だろう。
その味は獣が血の味を覚えるには上等すぎ逸品だ。
彼女はこの味が忘れられず、これからも人を襲い続ける事だろう。
「まだ完全に再生するには足りまい。餌をくれてやろう」
新たなる魔性の誕生を祝い、ディウスは物でも投げるような気軽さで、両足を潰したりんご飴を放り投げた。
捕え殺さなかったのはこのためだ。
活きのいい獲物だ、いい栄養分になるだろう。
「がっ…………くっ、そ」
受け身も取れず、りんご飴は背中から地面にたたきつけられる。
首を起こし見上げた先には、小動物のように小首を傾げる化物がいた。
「クソッ、クソクソッ! ざっけんな! こんな所で、こんな奴にッ!」
りんご飴は悪態を垂れるが、武器を失い、両足も潰され動くこともできない。
嬉しげに笑う化物の口元からは飲みこぼした血液が涎の様に垂れ流されており、正気を失った目をしてキキキと笑う。
上半身だけで這うように近づき、涎の引く大口を開けて、その牙がりんご飴の青白い喉元に突き立てられる。
だがその直前、りんご飴の体が掻き消え、ガキンと空振った牙が音を立てた。
「キキィ?」
目の前で起きた不可思議な現象に葵が首を傾げる。
周囲を見渡せど、得られるはずの獲物がどこにもにもいない。
吸血鬼のくりくりとした瞳が捉えたのは、俯き地にひれ伏したまま、血の気を失った青白い腕をりんご飴のいた方に向けて掲げている少女の姿だけだった。
それはミルに施したのと同じ転移魔法である。
ミリアは名前も知らない誰かを助けるために、最後の魔力を使ったのだ。
均衡は崩れ、賭けにも負けた。
もはや勝ち目どころか戦える要素すらなくなった。
死ぬだけの負け試合に、誰かを付き合わせる必要はない。
「ほぅ。まだ息があったか」
一連の様子を見守っていた魔王が感心したように言うが、ミリアにはもう答える気力もない。
血液のほとんどを失い、魔力も今しがた完全に尽きた。
放っておいてもミリアは時期に息絶える。
「そういえば、楽しませてくれた褒美もまだ渡せずじまいだったな。この私が手ずから、とどめを刺してやろう」
とどめを刺そうと、魔王が動けないミリアへと近づく。
ミリアは全てを諦めたように目を閉じて。
「――――させねぇよ。アホが」
声と共に稲妻のような一撃がディウス目がけて振り下ろされた。
ディウスは咄嗟に身を躱すも、一撃を叩きつけられた地面が火山の噴火の様に沸き立っていく。
これがただの木刀によってもたらされた結果だというのだから恐ろしい威力である。
「……まったく。次から次へと」
後方に距離を取りながら呆れたように魔王が言う。
立ち塞がるのは木刀を手にした白い軍服。
ブレイカーズ大首領。剣神龍次郎の推参である。
◆
「んで。ミルよ。俺ぁどいつを倒してどいつを助けりゃいいんだ?」
龍次郎は後方のミルへと問いかける。
目の前の魔王然とした男が敵で、今にも死にそうな血の気のない少女が庇護対象と言うのはわかる。
分からないのは、キキキと涎のように血を垂れ流す少女の姿をした化物だ。
「…………あそこの魔王の相手だけを頼むのだ。
あとの二人はミルに任せほしい」
ミルの言葉に、龍次郎は目を細め真剣な声をして問い返す。
「言っちゃなんだが、手遅れだぜ、ありゃ」
「…………」
ミルに返す言葉はない。
何故葵があんなことになってしまったのか。
そんな事すらミルには分からない。
それでも、葵がああなってしまったのは、ミルたちを逃すためにああなったのだという事だけは解かる。
「貴様に死なちゃ困る。それだけは忘れるな」
ミルの意思が固いと知った大首領はそれだけを言うと、踵を返し魔王へと向けて踏み台してゆく。
「チャメゴン、隠れてな」
言われてチャメゴンが龍次郎の肩から降り、素早い動きで遠くへと避難する。
その慣れた動きは、龍次郎が本気で喧嘩をするという気配を感じているからだろう。
「よう、魔王様。次は俺が相手だが構わねぇよなぁ?」
「構わぬよ。貴様ら人間が何人来ようとも我が身に敵うことなどありえんからな」
魔族を率いる魔王の言葉にブレイカーズの大首領は笑う。
「テメェにゃ、俺が人間に見えんのか?」
吊り上がった口元から牙が生える。
骨格が歪み、筋肉が盛り上がる。
ただですら巨大な体躯が、人間を超えた怪物のそれへと変わっていく。
全身を包む鎧のような鱗。
指先から伸びる刃のような爪。
龍次郎の身が最強の怪人ドラゴモストロへと変身する。
「なるほど。龍族か」
幻想世界における最強種。
力を持つ龍族は人化の法を扱えると聞くがその一種だろうか。
ディウスはそう思い至る。
「違げぇよドアホ。ブレイカーズの大首領ドラゴモストロ様だ。しっかりとその身に刻んで、これから向かう地獄で宣伝してこい」
ドラゴモストロの挑発。
はっ、と応える様にディウスは嗤う。
そして、踏み込みは同時だった。
刹那の間に間合いは詰まり、轟音と共に振われた竜の爪と魔王の爪がぶつかり合う。
その衝撃の余波に、目に見えて空気が裂けた。
「おるるるらぁああああ!!!」
舌を巻きながら、ドラゴモストロの雄叫びを上げた。
渾身の力でぶつかり合った腕を振り切り、魔王の巨体を後退させる。
単純な膂力はドラゴモストロが上だ。
「ッ…………面白い!」
ニィと口の端を吊り上げ楽しげにディウスが笑う。
力負けするなど何百年ぶりの事だろうか。
いや、ディウスが魔王となってからで言えば初めての事かもしれない。
ディウスの中で、闘争を楽しむ魔性の本能が蘇る。
魔王にとって力負けしたところでそれは大した問題でもない。
何故なら魔王とは、魔の頂点に君臨する王である。
その真価は魔を操る能にある。
「「「「「EgrOgecI」」」」」
五重詠唱(クイン・スペル)。
理論上不可能とされた魔法の同時起動を重ねて五段。
もはやそれは技術と言う領域を超え、人間と言う種では届かぬ神域の御業である。
一瞬で詠唱は完成し、ドラゴモストロを取り囲むように人間大の氷塊が五つ生み出された。
氷塊は巨大な物量に見合わぬほど速度を与えられ、その速度は音速に迫る亜音速。
それは全て必殺。
一撃で強固な城壁すら打ち崩すほどの破壊力である。
それが取り囲むように五つ。
直撃を喰らえばどのような生物であろうとも即死は必至だろう。
「ガァアアアアアアアアアッ!!!!」
その死の嵐の中心に置かれたドラゴモストロが吠えた。
死の嵐を消し飛ばす暴風の様に、その場で回転しながら両腕を振う。
そしてその爪で、その尾で、その牙で、迫る氷塊を例外なく破砕してゆく。
氷の破片が宙に舞う中、互いの視線が交錯する。
この僅かな攻防で互いに理解した。
目の前の相手は己が戦うに足る相手であると。
◆
「どうしてしまったのだ葵!」
正気を失った葵に向けてミルが叫ぶ。
葵の様子はミルの知るものとは一変していた。
下半身はなく、断面は目に見えて蠢き再生を繰り返している。
その眼に正気の色はなく、可憐だった顔つきは狂気の色に染め上げられていた。
その耳にミルの声は届いてはいない。
何故なら今の彼女に言語を理解する理性など無い。
今の彼女は血の味を覚えたばかりの獣だ。
本能のまま血を啜る食欲の権化である。
思うがままに人を襲い、思うがままに喰らい尽くす。
そんな彼女が、どういう訳か戸惑っていた。
ミルに襲い掛かるでもなく、目の前の相手に困惑している。
それは目の前にいるのが命を懸けて護ろうとしていた仲間だから。
という訳ではない。
そもそも個人を判別する理性はない。
人間など彼女にとっては血の詰まった食料袋だ。
あるとしたら美味いか不味いかの違いだけだろう。
その点で言うのならば、目の前にいるのは幼女である。
その柔い肉に包まれた血液は、熟成こそされていないものの出来立てのワインのような若い味わいがある、はずなのだが。
どういう訳かあまり食欲をそそられない。
匂いだろうか。
匂いが違う。
余りおいしそうな匂いがしない。
そう、それこそ脂ぎった中年男性のような豚の匂いがする。
そのギャップに吸血鬼は戸惑っていた。
「ぁぅーぁー」
だが、この空腹を前にしては多少の悪食も致し方ない。
多少不味かろうと腹の足しにはなるだろう。
長く伸ばした舌先から、涎をぼたぼたと零しながら、両腕に力を込める。
突撃を受ければミルに回避する術はない。
絶体絶命かと思われたその瞬間、ミルと葵の間に銀の光が割り込んだ。
「お前は、ブレイブスター!」
それはヒーローシルバースレイヤーの愛機。
ディウスに放り投げらた衝撃で、一時的にAIの思考ルーチンを損傷したが。
自己修復機能によりエラーを解決して復旧を果たしたのだ。
『お待たせしましたミル博士。ナハトリッターの命に従い首輪をお届けに参りました』
◆
「――――DroS」
詠唱の完成と共に、魔王の手の内に漆黒の剣が顕現した。
いともたやすく行われた魔力の物質化という行為が、どれほど異常な技術であるかなど語るまでもない。
形状は両刃の西洋刀。
黒い刀身は魔王の体躯よりも一回り大きく、振うどころか持ち上げる事すら困難な大剣である。
だがディウスは魔界でも指折りの剣の技量を持つ剣士でもある。
それを片腕で振り上げ、目の前の怪獣へと向かってゆく。
その踏み込みは人知を超え神速。
振う腕は音速の壁を容易く突破し、刃の穂先は視認する事すら困難な速度で弧を描く。
その刃の振るわれた軌跡に存在するものは例外なく両断されるだろう。
だが、受ける龍もまた人知を超えていた。
全てを切り裂く一撃を前にして後退するのでなく前へと踏み込んでゆく。
そして自らを両断せんと迫る刃を、鱗の生えた手の甲で受け止めた。
ぶつかり合った刃と鱗が火花を散らし、鍔迫りのような形となる。
如何に魔王の一撃であろうとも、このドラゴモストロの鱗を切り裂くことなど叶わなかった。
例え
主催者による制限を受け弱体化しようとも、ドラゴモストロの装甲が全参加者の中でも最強の硬度を持っているという事実に変わりはないのだ。
「PureWop」「NwoDesNefed」
鍔迫りを行いながらディウスが呪文を唱えた。
瞬間。赤い光がディウスを包み、青い光がドラゴモストロを包む。
プスと、刃が沈み鱗が裂けた。
裂け目は一瞬で亀裂となり、そのまま漆黒の剣が振り抜かれる。
ディウスが唱えた呪文は自信の身体強化と敵装甲の弱体化だ。
水爆すら寄せ付けぬドラゴモストロの鱗も、制限に加え魔法の加護により強度を落とせばディウスの実力があれば十分に斬れる。
魔法を駆使すれば、近接戦闘を最大の売りとしているドラゴモストロにすらディウスは優位に戦えるのだ。
振り抜かれた刃の勢いに、ドラゴモストロが僅かに後退する。
そして切り裂かれた手の甲の傷口をまじまじと見つめ、あふれ出る血液をペロリと舐めた。
この鱗が切り裂かれるなど、シルバースレイヤーと戦った時以来の事である。
「それじゃあ。こっちの番だぜ!!」
雄叫びを上げながらドラゴモストロが拳を振りかぶる。
何の捻りもない振り被ってただ殴る、それだけの攻撃だった。
無論、そんなテレフォンパンチを素直に喰らうディウスではない
「DlEihs」
一瞬で闇の盾が完成し、ディウスの左腕に掲げられる。
だが、敷かれた完全防御を目の前にしても、ドラゴモストロは一切の軌道変更をしなかった。
盾を避けるでもなく、そのまま愚直に拳を突きだし漆黒の盾にブチ当てる。
何かが破砕する炸裂音が響く。
漆黒の盾が中央から龍の拳に貫かれ、盾をぶち抜いた拳はその勢いのままディウスの顔面を強かに打つ。
何の魔力もない筋力だけの拳が、他でもない魔王の張った結界をぶち破った。
魔王と同じ世界の住民が見れば誰しもが腰を抜かす光景だろう。
「近接戦でオレに勝てるヤツぁいねぇよ」
ふんと豪快に鼻息を漏らし、打った拳を見せつけるようにガッツポーズをとるドラゴモストロ。
敵を倒すのに、小賢しい技術や千の技を使う器用さなどいらない。
どんな相手をも圧倒する筋力。
そしてどんな攻撃をも堪え切れる耐久力。
この二つがあれば十分に最強足り得る、それが龍次郎の掲げる最強理論だ。
「そのようだな」
接近戦での不利を認め、魔王はドーナツ状になった盾を打ち消した。
そして空いた腕に新たに右腕に握った大剣と同じモノを生み出した。
「あん? 二刀流なら勝てるとでも思ってんのかぁん?」
二刀になったところで、近接戦においてのドラゴモストロの優位は変わらない。
それはディウスも理解している。
「そうだな。二刀でも勝てんだろうな。
――――二刀、ならな」
ディウスの背に、羽を広げた孔雀のように黒い剣が広がった。
その数は八本。両手の分も含めれば十本の大剣が存在することになる。
その一本一本が手ではなく魔力によって操作され、空中に浮き上がった。
「では中距離戦と行こうではないか」
魔王が指揮者のように指を振い、踊る様に剣が舞った。
これが魔王ディウス、真の剣技――ソードダンスの始まりである。
◆
空谷葵の視線は、現れた銀のボディに釘付けとなっていた。
それはミルに対する戸惑いとは違う。
本能しかないはずの少女が、その銀の輝きに本能を上回る何かを感じ取ったのか。
どういう訳か、その動きを止めていた。
「しうぁー、うぇいぁー」
そんな嗄れた呻きのような声を上げる。
その呻きの意味をミルには理解することができなかった。
次の瞬間、葵の体が砕け散った。
無数の黒い蝙蝠へと変化したのだ
蝙蝠はブレイブスター目がけて跳び、その銀の輝きに群がってゆく。
白銀の鉄馬があっという間に漆黒に染まる。
当然と言えば当然なのだが、ブレイブスターに目や触覚はない。
ならばどうやって周囲を判別しているかというと、超音波によるソナーと熱源感知によるものである。
だが、ディウスより受けた衝撃により熱源感知が壊れてしまったのだ。
故にブレイブスターは現状正確に周囲の状況を把握できないでいた。
ブレイブスターに分かるのは。
現在何者かが自らを操ろうとしているという事だけだ。
それが何者であるのかを知るべく、操縦者の生体認証機能を走らせる。
センサーの光が放たれる
瞬間、それに合わせたようにブレイブスターに群がる蝙蝠の一匹が眼球へと変化した。
その眼球に向けて網膜認証が行われる。
『96.87%個体名:空谷葵と一致』
主人である
氷山リクの友人、空谷葵であるとブレイブスターは判断する。
ナハトリッターより得たテロリストに拉致され孤島に閉じ込められているという情報から緊急時と判断。
AIの自己判断により、自身の操作権を明け渡した。
黒に染まった鉄馬が奔る。
運転手はなく、周囲には纏わりつく様に黒い蝙蝠が群がっている。
まるで人馬一体化したような状態だった。
心を満たす獲物を得て、もはや粗悪な餌などに興味をなくしたのか、モンスターマシンは圧倒的な加速を始める。
「ま、待つのだ葵――――!!」
静止の声も虚しく、その姿はあっという間に彼方へと消えていった。
【D-9 草原/午前】
【空谷葵】
[状態]:食欲旺盛(腰から上以外の部位欠損)、再生中、人喰らいの呪
[装備]:ブレイブスター、悪党商会メンバーバッチ(2番)
[道具]:
サイクロップスSP-N1の首輪
[思考・行動]
基本方針:血を吸いたい
1:できればおいしいの(若い女の子)がいい
※いろいろ知りましたがすべて忘れました
※人喰いの呪をかけられました。これからは永続的に人を喰いたい(血を吸いたい)という欲求に駈られる事になります。
◆
命を貫かんを矢のように迫る十本の大剣。
それを前にドラゴモストロが両腕を振い、隙間なく放たれた十連撃を全て弾き飛ばした。
だがディウスがくぃと指を捻ると、弾き飛ばされた全ての剣がクルリと回転してその切っ先がドラゴモストロへと向き直る。
「そら、踊れ」
再び襲いくる十の黒剣。
今度は正面からではなく、前後左右から剣が飛ぶ。
ドラゴモストロは全身を使ってこれを捌くが、完全ではなくそのうち一本が背を掠めた。
背の鱗が裂かれ、僅かに血が滴り落ちる。
分かっていた事だが、この剣はドラゴモストロを斬れる。
剣の舞いは終わらない。
過ぎ去った先でまたクルリと軌道を変更すると再度ドラゴモストロへと一直線に向かってゆく。
ドラゴモストロが反撃を行おうにも、ディウス本体は一定の距離を保っているため届かない。
近づこうにも、それはディウスも警戒しているのか、守護者のごとく十本の黒剣がその行く手を塞ぐ。
「嘗ぁめんんじゃあああねぇえええええええよ!!」
ドラゴモストロの叫び。
弾丸の如き勢いで眼前に迫る刃を、ドラゴモストロは素手で掴みとった。
爪で弾き飛ばしたところで帰ってくるのならば、弾くのではなく受け止めればいい。
両腕でつかみ取った二本の剣同士を思い切り打ち付け叩き折る。
折れた剣は実態を失い、魔力となってその場から掻き消えた。
「流石だな。だが詰めだ」
剣を受け止め僅かに動きを止めたドラゴモストロの背にザクリと剣が突き刺さった。
そしてそれを合図に、墓標のように次々と剣が突き立っていく。
何本もの剣が刺さった様子はまるでハリネズミの様だった。
「む…………?」
戸惑いの声はディウスのモノだった。
ドラゴモストロに刺さった剣を押し込もうと魔力を流すが、どういう訳かそれ以上刺さらない。
いや、刺さらないどころか抜くことすらできそうにない。
「どうしたよ。これで終わりか、あぁああん!?」
全ての剣を背に受けながらドラゴモストロがディウスに向けて進む。
その強靭な筋肉によって固められ、剣が抜けなくなっていた。
魔王自慢のソードダンスですらドラゴモストロを仕留めるには至らなかった。
連戦に続く連戦により、この先を見越して無駄な消耗を避けるべく剣技を中心に挑んだが、どうやら出し惜しみをできる相手ではないようだ。
「EgrAhC」「EgrAhC」
二重詠唱により、ディウスの両腕が光り輝く。
ディウスはついに禁術を解禁した。
凄まじいまでの魔力の篭った両腕を突出し、手首を合わせるように構える。
それは砲台のようでもあった。
その尋常ではない様子に、ドラゴモストロも警戒を強めた。
だがそれは無意味だろう。
禁術の重ねあわせ。
魔道を極めたディウスを以てしても制御できるギリギリの最大攻撃である。
何をしようと、誰であろうとこの攻撃は防げない。
「――――――NonNacResaL」
余波だけで辺りの地形すら変えかねない白い閃光が迸った。
世界から音は消え。
世界は白に染まる。
世界すら塗り替えた閃光。
それに対して。
「―――――――――――!!」
ドラゴモストロは相撲取りのように腰を据えて、真正面から受け止めた。
足で地面を握りしめるように踏ん張って、歯を砕ける勢いで噛みしめる。
地面を削りながら後方に押し出され、鱗や肉、あらゆるものが彼方へと吹き飛ばされてゆく。
「ぉおおおおおおおおおおお――――――!」
閃光の放つ極音に負けぬドラゴモストロの怒号。
押し出す圧力に抵抗し、受け止めながら、一歩前へと踏み出した。
「墳――――――!」
気合の声と共に。
全身で受け止めた白い閃光を、抱きしめるように握りつぶした。
「ぅぷ――――ぁ!! ゲホッ、うっぷ…………ぁああッ!
…………んだぁ、今のはぁ。まったくもって……効かねぇなぁ。蚊でも刺したか?」
受けとめた皮膚の表面は焼きただれ、肉体からは黒い煙がプスプスと上がっていた。
その熱は内臓にまで届いているのか、赤黒い血を吐いた。
無事な場所など見当たらない。
余裕の言葉は誰がどう見ても強がりである。
だが、事実として魔王の最大魔法をドラゴモストロは真正面から耐え切った。
ワールドオーダーの様にこの魔法を防いだ者は確かにいる。
だが、ドラゴモストロは防ぐのではなく耐え切った。
この禁術に対してこんな事をした馬鹿者は恐らくこの男が初めてだろう。
その衝撃は計り知れず、ディウスも思わず呆けた。
「オラァァアアアア!!!」
その間にドラゴモストロが迫る。
僅かに遅れ魔王もそれに気づくが、焦ることはないと己が心を落ち着ける。
だが相手は既に息の虫である。
あと一撃。
それで確実に仕留められる。
「EgrAhC」
ディウスが再び禁術を唱え、右腕が光り輝いた。
「二度も喰うかよ、ボケナスがぁ!!!」
「なっ!?」
だが、そうはさせじとドラゴモストロが大口を開け、光り輝くその腕に噛みついた。
この禁術は溜めて撃つというツーステップが必要なため他の術に比べ発動が遅い。
既に距離を詰めていたドラゴモストロのほうが一手速い。
勝負を焦りによって判断を見誤ったディウスのミスである。
魔力の詰まった右腕にドラゴモストロの牙が食い込む。
空気の張りつめた風船に圧力を加えればどうなるかなど、答えは一つ。
ディウスの右腕が暴発するように吹き飛んだ。
「ぐぉ…………ッ」
ディウスが失った片腕を押さえたたらを踏む。
だが、確かにディウスは片腕を失ったが、その爆破の衝撃を口内で受け止める事となったドラゴモストロにもダメージはある。
むしろどちらのダメージが大きいかと問われれば、それは後者だろう。
まともな頭をしていれば、ドラゴモストロの行動は愚かな判断だったと言わざる負えない。
「きふぁふぇなぁ」
だがしかし。
自慢の牙は全て吹き飛び、口から煙を吐いて、見るからにフラフラになりながら、
それでも呂律のまわっていない口で吠え、ドラゴモストロは避けた口で強気にニヤリと笑った。
「――――――プッ」
そして、口内で砕けた牙の欠片を、マシンガンのように吐き出した。
ただの礫でダメージを受けるディウスではないが、それでも僅かな隙を作るだけならば十分だった
ドラゴモストロが全ての力を込める様に拳を握り思い切り振りかぶる。
捻りを加えすぎて後ろを見るほどに振り被られた拳がロシアンフックの様な軌道で放たれる。
片腕を失ったディウスにそれを防ぐ手立てなどない。
「ごっ」
直撃を受けた魔王の体が大きく宙を舞った。
右角が完全に根元から叩き折れ、飛び石の様に地面を何度か撥ねる。
「ぎッ。このっ……楽しませてくれる…………ッ!」
ダメージは甚大。片腕を失い、ほとんどの魔力を使い果たした。
だが、まだ敗れたわけではない。
魔王の意地を込めて、ディウスは立ち上がり敵を見据える。
そこでディウスは見た。
大口を開けたドラゴモストロの口内に魔王の禁術に匹敵する熱量が集まっている事を。
閃光のように放たれる高熱線。
ここに至るまで切り札を隠していたドラゴモストロの勝利である。
◆
「よもやこの身が龍族に敗れるとはな」
勝者は地に立ち、敗者は地に伏せる。
地に付す魔王ディウスの胴体の中央には、火炎弾によって貫かれた大穴があいていた。
ディウスは先を見通す聡明さがあったからこそ、りんご飴やミリアに対して温存などと言う戦術をとってしまった。
彼女たちを瞬殺していればこんな事にはならなかったかもしれない。
りんご飴やミリアの奮闘も無駄ではなかったという事だろう。
それに無駄な戦闘がなく万全の状態で、龍次郎の様に先のことなど考えずこの一戦に全てをかけていればあるいは勝敗は逆になっていたかもしれない。
だが、それは言っても詮のないことだ
そういった状況判断や境遇を含めて強さであり、負けは負けだ。
戦いを是とする魔族として、無様を晒して決着を汚すような真似はしない。
「だから、龍じゃねぇって言ってんだろ。
ドラゴモストロ様だってぇの。ブレイカーズ製の改造人間だよ」
「なるほど人間であったか」
ふむ、と得心が言ったという風に呟く。
その呟きにこめられた感情はどういう感情なのかは龍次郎には読み取れない。
「貴様、魔王を破ったのだ。魔王の名を継ぐつもりはあるか?」
「ねぇよ。俺ぁもうとっくにブレイカーズの大首領って役職があるんだよ」
「ふん。聞いてみただけだ。
歴代に人間上がりの魔王がいなかったわけでもないが、私としては人間などに継がすつもりはない」
冗談めかした声でそういうと、ディウスは遠く空を見た。
その瞳は遠く故郷の暗い空を想っているのだろう。
「魔王継承の儀を行う前に果てるのは口惜しいが。致し方あるまい」
魔王の引き継ぎには現魔王が正式に後継者を指名する場合もあるが。
それが為されず魔王不在の事態となった場合は、その時点での最強の魔族がその称号を継ぐのが常である。
もちろんそれがすんなりと決まるはずもない。
我こそが最強と名乗り出た者たちが現れ、魔界は群雄割拠の内乱の時代になるだろう。
魔界が荒れてしまうのは本意ではないが、仕方のない事である。
闘争を好み、己が欲望に忠実であり、本能のまま生きる。それが魔族だ。
いざとなればあの邪神に期待するしかないだろう。
「とりあえず必要なんでな、テメェの首輪を頂くが構わねぇよな?」
「好きにしろ。勝者の権利だ」
勝者は全てを得て、敗者は全てを失う。
それが異なる世界を生きる二人が共有する絶対の真理だった。
倒れたディウスに向けて、龍次郎が木刀を振り上げる。
振り下ろそうとしたところで、ふと気づいたように問いかける。
「そういや、まだ名前も聞いてなかったな」
「ディウスだ。まあただの魔族だ」
敗北を記した以上、もはや魔王は名乗れない。
魔王になる前の、ただの魔族としてディウスは名を返した。
「そうかい。まあいい勝負だったぜディウス。ま、地獄出会えたらまたやろうや」
斬、と一撃が振り下ろされ、龍次郎がその首輪を回収する。
ちょうどそのタイミングで、避難していたチャメゴンが龍次郎の元へ帰ってきた。
「おうチャメゴン、見ての通りよ。へへ……まぁ楽勝…………だった、ぜ」
くらりと大きく頭を一蹴させると、サムズアップしたままドシンと地面に倒れた。
「キュ、キュキュ~~!!」
チャメゴンが慌てて倒れこんだ龍次郎に駆け寄る。
そして心配げにその顔を覗いてみれば、
「……グゴォー…………グゴォー!」
龍次郎は豪快な寝息を立てて眠っていた。
【ディウス 死亡】
【C-10 研究所跡前/午前】
【剣神龍次郎】
[状態]:睡眠、ダメージ(極大)
[装備]:ナハト・リッターの木刀、チャメゴン
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵、ランダムアイテム1~3個、
初山実花子の首輪、ディウスの首輪
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。その為に、このゲームを潰す。
1:寝る
2:協力者を探す。ミュートスを優先。
3:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。敵対する者、役立たない者は殺す。
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
※妖刀無銘、サバイバルナイフ・魔剣天翔の説明書を読みました。
◆
そして。少女に終わりの時が訪れる。
「ミリア! ミリア! しっかりするのだ!」
倒れこんだミリアの手を握りながらミルが涙をこぼしながら必死に声をかける。
血も魔力もその全てを失ってしまった。
もう目も見えていないのか。
その視線はどこか遠くを見つめていた。
遠く滅んだ故郷を想っているのだろう。
何も見えない世界で体温が徐々に失われていく。
その中で、ただ握られた手が温かいなと感じていた。
「魔王、は…………」
力ない声でそれだけを問う。
「大丈夫なのだ! ミルの仲間が倒したのだ!
だから安心して、これ以上喋らなくていいのだ!」
その声は届いたのか、少女は僅かに安心したように息を吐いた。
「兄に…………」
伝えてほしい。
これ以上戦う必要などないのだと、自らの声でそう言ってあげたかった。
兄に笑ってほしかった。
戦いに勝利した返り血に濡れた笑みではなく。
子供の頃のようなただ純粋な笑顔で。
祈りのように願う。
どうか兄が、剣を捨て笑ってい生きてい行ける世界になりますように。
「伝える。必ず伝えるのだ! だから…………!!」
叫びのような声は遠く、少女の意識が落ちてゆく。
憎しみではなく、ただ平穏のために杖を取った心優しき少女は、そのまま静かに眠りについた。
【ミリア・ランファルト 死亡】
【C-10 研究所跡前/午前】
【ミル】
[状態]:健康
[装備]:悪党商会メンバーバッチ(1番)
[道具]:基本支給品一式、フォーゲル・ゲヴェーア、悪党商会メンバーバッチ(3/6)、オデットの杖、ランダムアイテム0~4
[思考・行動]
基本方針:ブレイカーズで主催者の野望を打ち砕く
1:首輪を絶対に解除する
2:亦紅を探す。葵やミリア、正一の知り合いも探すぞ
3:葵を助けたい
4:ミリアの兄に魔王の死と遺言を伝える
※ラビットインフルの情報を知りました
※藤堂兇次郎がワールドオーダーと協力していると予想しています
※宇宙人がジョーカーにいると知りました
※ファンタジー世界と魔族についての知識を得ました。
◆
「ッの野郎……ぜってぇ、ぶっ殺しやる、あいつ等…………ッ!」
りんご飴にとってのこの舞台における始まりの場所。
主催者であるワールドオーダーと話した、とある廃墟で両足を潰された痛みに喘いでいた。
元気にのたうち悪態をつける辺り、命には別状はなさそうではあるのだが。このあたりの生命力は流石である。
そんなりんご飴が潜む廃墟に、近づいて来る一つの影があった。
それは少女を追い求め研究所を目指したはずの
三条谷錬次郎である。
研究所を目指していたはずの錬次郎が研究所を通り過ぎた場所にある廃墟に何故いるのか?
その理由をシンプルに言うと、研究所が吹っ飛んでいて見つからず、いつの間にか通り過ぎてしまったのである。
道中、何やら物凄い爆音が響いてきたため、その場所を避けたたというのも大きいだろう。
まあ研究所が吹っ飛んでいたところで、錬次郎にはあまり関係のない話なのだが。
錬次郎の目的は研究所自体ではなくそこに集まる人間。さらに言えば利用できそうな女子である。
あの爆発では碌なことになっていないだろうし、殆ど散ってしまっただろう。
それならば近づくだけ無駄というものだ。
新たに人の集まるところはないかと探していた錬次郎の目の前に現れたのがこの廃墟である。
余り人の寄り付きそうもない場所ではあるのだが、その一室にヒラヒラと揺れるスカートが見えた。
つまり少女である。
女であればだれでもいい、などと重度の女好きのような思考をしながら、廃墟へと近づいてゆく錬次郎。
相手が女である以上、いきなり襲われる事をあまり警戒する必要はない。別の意味での危険はあるかもしれないが
その一室にある程度近づいたところで、何やら苦しげな声が聞こえた。
もしかしたら相手は怪我をしているのかもしれない。
最悪死体である可能性を考慮していただけに生きているだけ行幸だろうか。
「大丈夫ですか?」
ゆっくりと廃墟の扉を開ける。
少女を魅了する力を持った少年三条谷錬次郎は、少女の姿をした少年りんご飴へと話しかけた。
【B-10 廃村/午前】
【りんご飴】
[状態]:両足負傷、疲労(大) 、激しいイラつき
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの中でスリルを味わい尽くす。優勝には興味ないが主催者は殺す
1:ディウスと空谷葵を殺す
2:参加者のワールドオーダーを殺す。
3:ワールドオーダーの情報を集め、それを基に攻略法を探す
※ロワに於けるジョーカーの存在を知りましたが役割は理解していません
※ワールドオーダーによって『世界を繋ぐ者』という設定が加えられていました。元は殺し屋組織がいる世界出身です
【三条谷錬次郎】
状態:健康
装備:M24型柄付手榴弾×4
道具:基本支給品一式、不明支給品1~3、魔斧グランバラス、デジタルカメラ
[思考・状況]
基本思考:優勝してワールドオーダーに体質を治させる。
0:少女(りんご飴)に接触。利用できそうなら利用する。できそうにないなら切り捨てる。
1:自分のハーレム体質を利用できるだけ利用する。
2:正面からの戦いは避け、殺し合いに乗っていることは隠す。
最終更新:2015年04月11日 22:18