――では、また6時間後に生きて僕の声を聴いてくれる事を願っているよ。
禁止エリア、追加の
ルール――そして、死者を告げる放送。
それを聞いた者達の反応は様々だ。
悲しみ、怒り、恐怖――あるいは喜びかもしれない。
「……どういう、事?」
†
ざすっ。ざすっ。ざすっ。
鈍い音が、まだ日が登り切らない街の中を響く。
アスファルトに舗装されていない土の地面を、スコップのようなモノが掘り返す。
柔らかい地面を、深く、深く掘っていく。
音ノ宮・有理子は、放送の直後から、ずっと穴を掘っていた。
その傍らには、横たわる、かつて人だったモノ。
彼――かつては彼だったその死体は、殆ど黒焦げのような無惨な有様だったが、それでもそこに残された面影から、亜理子はそれが元は誰だったのか理解する事ができた。
ロバート・キャンベル。アメリカのFBI捜査官、だった男。
探偵として名を馳せた亜理子には、彼との面識も、少しは存在した。
正義感の強い――いや、ある種強すぎる男だった。この世に存在する悪の、一欠けらも許せない程に。
その極端さを、亜理子は許せなかった。
「とはいえ――死んでしまったら、死者ね」
元が正義のヒーローでも、狂気の殺人鬼でも、あるいは悪の秘密結社の総帥でも、死ねば死体。
死者には敬意を払い、弔わなければならない。それが流儀。
「……それに、単純作業は、混乱した頭をシャープにしてくれる」
放送によって亜理子の脳内に生じた混乱を、ルーチンワークによって正常化する。
やがて掘られた穴の中へ、亜理子はロバートの死体を丁重に埋葬した。
「……これで善し。……一度、部屋の中で考えを纏めるとしましょう」
一息。
周囲の家から持ち出していたスコップをデイパックに放り込むと、亜理子は近場にあって、そして地図を読んだ時から目を付けていたある『建物』へと這入り込んだ。
――表札に彫られた名は、
剣正一探偵事務所。
‡
数年前の話だ。
“仕事”も、“推理”もない、平凡な一日の事。
お気に入りの喫茶店で紅茶を嗜む、亜理子にとっての安らぎ、或いは趣味の時間。
その時間に不意に割って入って来たその男は、亜理子の目の前の席に座ってこう言った。
「君が探偵の音ノ宮・亜理子か?
……ちょっと質問があるんだが、答えてくれるかい」
剣正一と名乗ったその男は、『しがない貧乏探偵』だと自らの身分を明かした。
亜理子にも、その名前に覚えはある。以前の事件で追い返した――亜理子はその事情から、それが“仕事”であれ、“推理”であれ、事件現場への他者の介入を嫌う――探偵の一人だ。
同時に、裏の世界での有名人である事も、彼女の情報網には引っ掛かっていた。
無論そのような事を知っているような素振りも見せず、『十把一絡げの探偵の一人』として、亜理子は応対する。
剣正一の用件は単純だった。
数日前に亜理子が解決した――“仕事”を行った、ある殺人事件。
それについての話を、亜理子に聞き取りに来たらしい。
「別に君の推理に不満があるわけじゃない。実際に殺した犯人は彼だろうとは、俺も思っている」
そう前置きして、剣正一は本題を切り出した。
「あの事件、裏に誰かの手引きがあったんじゃないかと思っているんだ」
成程興味深い、という反応を表に見せながら、亜理子は内心会う以前に持っていた剣正一に対する評価を一部修正した。
剣正一の推理は正しい。あの事件は犯人ではない――真犯人ですらない誰かが、犯人に、そう犯行させるように仕組んだ事件である。
「あまりにも、状況が“お膳立て”されすぎている。吹雪の山荘、雪で断線した電話、以前からの怨恨関係にあった人物が偶然出会う。
偶然もここまで重なれば、作為を疑いたくもなる」
問題は、そうなるように仕組んだのが、事件を解決した探偵本人であるという事だ。
それが探偵、音ノ宮・亜理子の“仕事”。
『人を殺した人間』ではなく、『人を殺してしまう人間』を裁く、世界を許せない、潔癖症の探偵。
或いは彼女が続けていたのは、『人を殺してしまう程に追い詰められても、人を殺さない』人間を探す作業だったのかもしれないが。
ともあれ、『探偵達に事件を提供する何者か』という存在自体は、稀に探偵達の界隈では囁かれる噂ではあった。
まさかその正体が探偵だという事実は、本人以外には知り得ない事だったが。
ともあれ、亜理子は剣正一のその疑問を綺麗にいなして、剣正一が確信に辿り着く事は一度としてなかった。
ばつの悪い顔をしながら時間を取らせた事を謝り、喫茶店を去ろうとする剣正一に、亜理子はある好奇心から質問を投げかけた。
――もしそのような人間がいたとして、貴方はその方を許さないのですか、と。
「いや、許す」
一瞬の間もなく、剣正一はそう断言した。
「俺のモットーは『憎まず、殺さず、許してあげよう』だからな。例え悪人だろうと、罪を憎んで人を憎まず、だ」
――けれど、救いようのない悪人もいるでしょう?
そう問いかける亜理子に、しかし剣正一は当然のようにこう返す。
「例え救いようのない悪人であっても、俺は許したい。勿論、懲らしめてやる必要はあるけどな」
そう言って、剣正一は、『世界中の誰であっても許し、誰も殺さない』と『世界を許さず、誰も彼もが、簡単に人を殺してしまうと思っている』音ノ宮・亜理子に宣言して、その場を去った。
音ノ宮・亜理子の剣正一に関する記憶は、それが全てである。
†
剣正一。
表の顔はしがない貧乏探偵――しかしてその正体は、悪と戦うヒーロー。
彼もまた、朝の放送で名前を呼ばれた。死んだのだ。
「……莫迦な人ね」
このような場所であっても、彼は他人を救おうとしたのだろう。
そしてその結果、死に至った。それくらいは、混乱した頭でも推理できる。
「……もう一度、話くらいは聞いてみたかったのだけど」
それだけ。それだけこぼして、亜理子は思考を本来の問題へと集中させた。
現状考える問題は二つ。
『現状における生存者と死亡者の割合』、そして、『
月白氷の名前が呼ばれたこと』。
まずは前者。
あの放送によれば、74人中の24人――実にほぼ三分の一が死んだ事になる。
放送を虚偽と疑う理由は存在しないだろう。もしも虚偽である事がバレてしまえば、それは
主催者という権威を失墜させる原因となる。
死者を実際よりも多く伝えて殺し合いを促す、などという小細工を、ワールドオーダーはしないだろう。
だから、この決して狭くはないけれど、広くもない島で24人が死んだ事は真実なのだ。
6時間。24人が死ぬには、それはある意味長すぎる時間ではあるけれど。
「人間は人間が思っているよりも、簡単に死んでしまう……か」
島の広さだとか、他人との出会い易さであるとか、そういう事は一切関係がなく、ここはそういう場所であるという事。
おそらくは、参加者達はかなりのペースで殺し合っている。
「……そういう意味では、水芭さんを見捨てたのは失敗だったかしら」
水芭ユキ。
先に見つけていた、危険な隻腕の男を処理する事を最優先として当て馬として使ってしまったが――おそらくは人殺しを厭うであろう彼女は、もしかすると、この事件を解決する為に有用な人材だったかもしれない。
既にやってしまったものは、仕方がないけれど。
「ああも使い捨ててしまった以上、もう一度関係を構築し直すのは難しいかもしれないわね」
結局のところ、また彼女と出会えるかどうかもわからないが。
だからというわけでもないけれど、次の問題に移る。
「……私の目の前で消えた月白氷が、何故放送で名前を呼ばれたか」
月白氷。破滅の幸福を与える死神。
彼は亜理子の目の前で、
一ノ瀬空夜を道連れに退場した筈だ。
それが何故、死者を伝える放送で名前を呼ばれたのか。
推論は、幾つか立てられる。
「1。会場から脱出し、この催しと関係が無くなった為、死亡扱いとして放送した」
これはおそらく違う。
月白氷一人ならばともかく、一ノ瀬空夜も同様に会場から消失している。
先程の推論に従うならば、彼も名前を呼ばれているべきだ。
何らかの原因により彼がまだ会場に留まっているという可能性もあるが、それはそれで月白氷が脱出できた理由が不明だ。
可能性はゼロではないが、現状ではそこまで考えても仕方がない。
「2。月白氷は何らかの要因により本当に死亡した」
この場合、月白氷が死亡した原因には説明が付けられる。
会場を脱出した月白氷を、ワールドオーダーが処罰――殺害したのだろう。
元より会場から脱出した存在を死亡したと観測できるのは、それを殺した張本人のみだ。
ワールドオーダーにはその動機もある。
ただしこの推理にしても、前の推理においての『何故一ノ瀬空夜の名前が呼ばれなかったのか』という問題点が残っている。
月白氷が会場を脱出した故にワールドオーダーに殺されたとするならば、同じく会場から離脱させられた一ノ瀬空夜も殺されていなければおかしい筈である。
「……個人的には、そのような事は考えたくも無いけれど」
他にも可能性を色々と検討した。が、どうにもしっくりと来ない。
「……あるいは、逆?」
もし月白氷が見逃されたとして。
あるいは月白氷が殺されたとして。
一ノ瀬空夜が見逃されず会場に留められた理由。
一ノ瀬空夜が殺されなかった理由。
『一ノ瀬空夜が特別扱いされた理由』が、あったのではないか?
「……いえ。これは危険な推理ね」
推理の上に推理を重ねた、妄想にも近い理論。
一ノ瀬空夜が生きていて欲しいという――願望。
「……それに、この推理が正しいとしても。一ノ瀬君がいないのだから、これ以上は推理を進められないわ」
そう言って、亜理子はソファに凭れ掛かりながら溜め息を吐く。
そして、ぽつりと溢した。
「……どう、しようかしら」
――音ノ宮・亜理子は、世界を許せない。
ヒーロー、悪の組織、その他諸々――。
そんな異常な存在達が雁首揃えて、なお世界は一欠けらもよくなっていない。
悲劇ばかりで、惨劇は日常茶飯事。そんな世界の事が、亜理子は許せなかったのだ。
『世の中そんなものだ』。
そう言って諦めるには、亜理子は少し、頭が良過ぎた。
だから人類に絶望して、人類を裁こうとした。
――それを、一ノ瀬空夜に諌められた。
アンタは、結局周りの事しか見ていない、と。
きっと、それは正しい。
私は結局、自分の事しか考えていなかったし、その根源は一ノ瀬空夜だった。
一ノ瀬空夜。音ノ宮・亜理子の、最初にして最後の『探偵助手』。
きっともう、私は彼に会えないだろう。
「馬鹿な話ね。探偵が、自分の行動原理を読み違えていたのだから」
だから、ここからは探偵らしくやろう。
探偵、音ノ宮・亜理子の名に誓って、この事件を解決する。
そう決めた。
ならば、何を以て、解決とするか。
「……ワールドオーダーに負けを認めさせる事、かしら」
この事件に犯人を設定するならば、それは間違いなくワールドオーダーだ。
犯人は裁かれねばならぬ。
そして犯人に負けを認めさせるのは、探偵の役目だ。
「何を以て負けを認めさせるか。それは簡単ね。彼の『革命』を失敗させればいい」
『革命』。ワールドオーダーは、この殺し合いの目的を、そう言った。
ならば、彼の敗北条件とはそれが失敗する事だろう。
『革命』。ワールドオーダーの言うそれが何なのかは、今はわからない。
ならば、推理するのが探偵の役割だ。
「……『人間の可能性』。そして『神』」
最初に集められた場で、ワールドオーダーが熱を持って発した言葉。
一ノ瀬空夜は、それを『漠然とした解釈だ』と断言したが――
「意味があるとしたら、この言葉――というのも、事実ね」
結局のところ、手がかりを一つ一つ集めていくしかない。
そして、その手がかりは、確かにこの島の中にある。
「もう一人のワールドオーダー……会ってみるしかないかしらね」
危険だ。
一ノ瀬空夜と月白氷のワールドオーダーについての推理も、おそらくは役に立たないだろう。
しかしそれでも、やらなければならない事だ。
現状の戦力を確認する。
隻腕の男から奪った銃器類。役に立たない。
ワールドオーダーに通じないというのではない。小学生にも近い亜理子の体躯では、ショットガンや狙撃銃をまともに扱う事は不可能である。
まともでない扱い方ならばできなくはないだろうが、それでも優先度は幾らか下だ。
同じく隻腕の男から奪った火炎瓶。
これは扱える。ワールドオーダーに通じるかは不明だが。
そして、『魔法少女変身ステッキ』。
これが曲者だ。
『所持者が想像する限りの魔法を扱えるようになる』。
聞こえはいいが、つまり『きちんと想像できない魔法は扱えない』のだ。
例として挙げるならば、『空を飛ぶ』という魔法を使おうとして亜理子が使った魔法は、単に『大きく跳躍する』程度に留まった。
彼女の思考は現実の延長線上のそれであり、現実に有り得ない空想を――『空を飛ぶ』という想像を形にする能力に、大きく欠けていた。
きちんと想像し、自在に魔法を扱えるようにするには、それなりの練習が必要だろう。
亜理子に今できるのは、『魔法弾を放つ』、『大跳躍する』、『シールドを張る』、『精神集中している間透明化する』の四つ程度だ。
それにそもそも、このステッキにしても、ワールドオーダーの作った品である事は想像に難くない。
となれば、会場にいるワールドオーダーにしろ、これの能力は知っていておかしくないだろう。
「……殴り合いでは勝ち目はなさそうね」
まあ、それでもいい。話の通じる相手ならば、会話だけでも大きな収穫だ。
問答無用で襲って来たならば――まあ、それはそれ。
探偵の最大の武器は、その頭脳なのだから。
【C-4・剣正一探偵事務所/朝】
【音ノ宮・亜理子】
[状態]:疲労(小)
[装備]:魔法少女変身ステッキ
[道具]:基本支給品一式×2、双眼鏡、首輪探知機、M24 SWS(3/5)、レミントンM870(3/6)、7.62x51mmNATO弾×3、
12ゲージ×4、ガソリン7L、火炎瓶×3
[思考]
基本行動方針:この事件を解決する為に、ワールドオーダーに負けを認めさせる。
1:この会場にいる『ワールドオーダー』を探して、話を聞く。
2:ワールドオーダーの『革命』を推理する。
最終更新:2015年05月06日 00:44