地上から見上げる空は、煙灰で常に灰色だった。
この街を訪れるのは誤って迷い込んだ哀れな子羊か、場違いなまでの高級車で時折現れる黒スーツを着た男達くらいのものだった。
掃除など一度もされた事がないような薄汚れた路地を往けば、すれ違うのは薬の売人か客引きの娼婦ばかり。
正義を守るはずの警察官は路地裏で小遣い稼ぎに精を出し、罪は法ではなく彼らへの賄賂の量に応じて裁かれる。
倒れた者を助ける者はなく、一度倒れれば身ぐるみをはがされ死肉までも啄まれるのが定めであり、少し外れた路地裏に死体が転がっていることなど珍しくもない。
太陽は分厚い雲に隠れ、常に暗く闇の中にある、天からも見放されたような暗黒街。
それが彼の故郷だった。
世の中から弾かれた屑どもの辿り着く世界の終着点。
この街はどうしようもなく最低だったが、この街で生きている奴らはそれ以下だった。
誰もかれもがここに辿り着くに足る理由があり、こんな場所でしか生きていけないような傷を持った者ばかりである。
誰もかれもが死んだような眼をしており、皆どこかが欠けて、皆どこかが歪んでいた。
生まれながらに器用だったのか、それとも生きるために磨かれていったのか。
このドン詰まりのドブの底で、彼は誰よりも巧く生きてきた。
臆病であることと盗みの巧さ、そして足の速さがここで生きるための最低条件。
人を貶める狡賢さと、暴力を躊躇わない残虐性が巧く生きるための秘訣だ。
彼は誰よりも死を恐れ、誰よりも残虐であった。
誰からも愛されたことがなく、誰も愛したことがないから、人の痛みが分からずどんな残酷なことだって眉ひとつ動かさずにできたし。
何も失うものがないから、それが罪悪であると知りながらも躊躇わず実行できる。
最低の街の最低の住民。その中でも自分はとびっきりだと少年は己をそう評していた。
どこかで野垂れ死ぬか、女は娼婦に、男はどこぞのマフィアの子飼いとなって使い潰されるか。
この街で生きる子供たちの将来などこの二つに一つだ。
それは少年も例外ではなく、おそらく己もそうなるだろうなと、おぼろげながらに理解していた。
と言うより、それ以外の未来の事など想像する事すらできなかった。
明日生きているかすらわからない、今日を如何にして生き抜くか、それ以外の事など考える余裕のない。
そんな世界で、どうやって将来などという不確かなモノに夢を馳せることができると言うのか。
『ねぇサイパス。私たちが――――』
そんなこの世の果てのような終わった世界で、少女は天真爛漫に太陽のように笑っていた。
少女は正しく聖女だった。
少女が昇ればゴミ山もステージに変わり、点滅する切れかかった街灯も少女を照らすスポットライトに一変する。
何の光もないゴミ溜めの中、光を放つ彼女の周りには自然と人が集まっていく。
彼もまた誘蛾灯に惹かれる羽虫の一匹であった。
『―――――ねぇサイパス。私たちが私たちのまま生きられる。そんな世界があったら素敵だと思わない?』
両腕を羽のように広げて聖女はゴミ溜めで踊るように謳う。
その姿を彼は眩しいと感じた。
生まれて初めて、何かを輝やかしいと感じたのだ。
だから彼も夢を見た。
騙し奪い殺すことしか知らないくせに。
光も届かぬ地の底で、愚かにも太陽に憧れた。
決して穢れず。
決して折れず。
決して変わらない。
目の前の存在がそれこそ太陽のように不変にして不滅の存在であると、少なくともこの時少年はそう信じていた。
無論それは幻想であり。
今になって思えば少女は聖女ではなく。
彼女もここに至るに足る理由があり。
何かが欠け、何かが歪んだ人間だったのだろう。
そんな事も気付かぬまま、愚かな夢を見続けた。
外れた者が外れたまま。
壊れた者が壊れたまま。
誰に利用されるでもなく、あるがままに生きていける。
少女の語る、そんな甘い夢を。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大地に現れた金色の輝きが周囲を黄金に染め上げ、薙いだ風が黄金の草原を撫でる。
誰しもの目を奪う絢爛な輝きを放つのは、改造人間『黄金の歓喜』ゴールデン・ジョイ。
対するは、その輝きと対照的な闇を纏ったような漆黒の殺し屋
サイパス・キルラ。
金色の怪人が朝の散歩でも楽しむような気軽さで歩を踏み出し、黒衣の殺し屋は距離を詰められぬようバックステップを繰り返す。
タン、タンと一定の間隔で銃声が響いた。
後方への細かい跳躍を繰り返しながらも、精密機械の様な精度でサイパスはその全弾を金色の怪人へと直撃させる。
「ハハハハハハハハ。無駄ですよ。そんな玩具が通じるわけないですかぁ」
だが、そんなものは牽制にもならない。
その歩みは緩むことすらなく、悠々と彼我の距離が詰められる。
指先や眼球といった人体の脆い部分に直撃したはずの弾丸は、全てゴールデン・ジョイを包む膜の様な光に弾かれていた。
ハンドガン程度の火力ではこの光の壁を突破することは不可能だろう。
「重火器で私を殺したいんなら、対物ライフルでも持ってきてくださぁいー」
輝く仮面の下でゴールデン・ジョイが嗤う。
だが、そんなことは知らぬとばかりに、サイパスは流れるような速さでリロードを行い銃撃を再開する。
全身を眩い輝きに包まれているため分かりづらいが、彼の鷹の目は捉えていた。
ゴールデン・ジョイの外枠を覆っている光の膜は、その内側、つまり傷口の中までは覆ってはいない。
つまりつけ入る隙があるとしたら、人間体の時に傷づけた傷口部分である。
しかし、その傷口を狙うなどという芸当はサイパスもとっくに試しているし、その程度の狙いを読めない恵理子ではない。
ゴールデン・ジョイは傷口目がけて放たれた弾丸を尽く弾き落としていった。
サイパスの狙いは正確無比であり、それ故狙いがわかっていれば彼女ほどの実力者ならば防ぐのも容易い。
そのサイパスの無駄な足掻きを嘲笑うかのように、すっと右腕を前方に突出す。
[-Spear the Brionac-(貫く光の槍)]
五指それぞれから槍の様な閃光が放たれた。
その速度は正しく光そのものである。
この世界における最速の物理法則を前にして、人間に何の抵抗が出来ようか。
だが、避けた。
サイパスはこの光の槍を、横に跳躍することで回避した。
ヴァイザーほどではないにせよサイパスとて殺気は読めるし、
アサシンほどではないにせよ事前動作により動きは読める。
加えて、人生の全てを暗黒街で生きてきた経験がサイパスにはあった。
例え放たれた閃光が光速でも、放たれる前に回避行動はとれる。
と言うより、音速だろうと光速だろうと先読みして回避しなくてはならないという意味では彼にとっては大差ない。
後退をしながら狙ったポイントまで移動していたのか。
サイパスは飛びのいた拍子に落ちたナイフを回収し、それを片手に今度は自ら距離を詰めた。
金色の輝きを漏らす光源へと、如何なる光にも染まらぬ漆黒の闇が迫る。
「おや、遠距離戦で敵わないと分るや近接戦ですか。
確かに先ほどは後れを取りましたが、状況が違うと理解できていないのなら愚かとしか言いようがないですねー」
その愚かな特攻を見て、やれやれと金色の怪人は首を振る。
そして、目の前に迫る常闇の渦に目もくれず、天を見上げ両手を広げて、ゆっくりと目を瞑った。
[-Let there be light-(光あれ)]
瞬間。フラッシュバンの様な強烈な閃光が放たれ、サイパスの目を潰した。
強烈な光を浴びた人間は反射的に身を竦める。それは生物として抗いようのない本能である。
それはサイパスとて例外ではなく、その視界も意識も全てが白に染まり、時が止まったような空白が生まれ、その一瞬状況すらも忘れた。
[-Spear the Brionac-(貫く光の槍)]
そうして動きを止めたサイパスの元に、容赦なく五又の光槍が放たれた。
脳、喉、心臓、鳩尾、股間、狙いは全て人体急所。一撃でも喰らえば絶命は必至。
その絶対的な死が放たれるその直前。
何も考えられない光の中で、サイパスの中で湧き上がるモノがあった。
それは恐怖だ。
臆病であることは恥ではない。
死を扱う殺し屋にとって、死を恐れることは必要な素養である。
これこそが、あのヴァイザーに唯一欠けていた要素でもある
止まれば死ぬと、裏の世界で培われた本能が彼の中で煩いまでに告げていた。
だから動く。
それは理性で思考してのモノではない、本能による動きだった。
光に身を竦めるという反射的本能を、死を恐れる原始的本能が凌駕した。
生にしがみつく本能に従い、飛びつくように地面へと転がった。
同時に放たれた閃光が右肩の肉を抉り、左脇腹を貫いた。
痛みが気付けになったのか、空白だった意識が僅かに戻り、その思考をかき集めて転がりながら体勢を建て直す。
そして、立ち上がりながら自身のコンディションを確認する。
右肩は表面の肉が削れただけで動作に問題はない。脇腹もうまく臓器をすり抜けたのか、致命傷には至っていない。
光槍は高熱を帯びていたため、貫かれた傷が焼かれて止血の手間が省けたのは幸いした。
出血多量の心配はなく、運動性能の維持に問題はない。
しかし、光に焼かれた視界は未だ白くぼやけている。回復には後幾分か必要だ。
相手が無駄に目立つ相手なので白んだ視界でもなんとか位置は分るため、戦闘は可能だが、時間稼ぎが必要だろう。
「派手なのは見た目だけだな電球女。この程度では俺は殺せんぞ」
「いやはや、急所を狙ったのは楽に殺して差し上げようと言うこちらの気遣いだったんですけどね。
たかが殺し屋風情にここまで粘られるとは予想外でした。流石にドブネズミは中々しぶとい。」
サイパスの言葉に挑発を返す恵理子。
その程度の言葉で激昂するサイパスでもないが、相手が舌戦に乗ってきたのは僥倖だと言葉を返す。
「ドブネズミだと? 極東の島国でじゃれてるだけの子悪党が頭に乗るな。殺し屋を嘗めるなよ」
「嫌ですねぇ、これだからアメリカ人は。何時まで世界の中心気取ってるんですかぁ?
今や日本はサブカルチャーだけじゃないんですよぉ? 今最高にホットな国がどこだか知らないんですかぁ? 情報遅っれってますねー」
マフィアや殺し屋とはまた違う、世界の裏側。
昨今、どういう訳かそういった異形の者たちが極東に集中し始めている。
その程度の噂はサイパスも風の噂で耳にしている。
「下らんな。化け物どもの小競り合いになど興味はない」
「そうですね。あなたは『組織』にしか興味がない」
「知った口を――――」
「――――知ってますよ。貴方の組織も、もちろん貴方自身の事も」
サイパスの言葉に被せるようにゴールデン・ジョイが言葉を挟む。
だが、サイパスはその言葉をふんと一笑に服した。
同じ世界に生きる最高峰であるアサシンならばともかく。
何の関わりもない、国すら違うそんな相手が己や『組織』の詳細を把握しているとは思えない。
だが、金色の怪物は謳うように語る。
「――――サイパス・キルラ。ミシガン州デトロイト出身のロシア系アメリカ人。
母親は娼婦で父親は不明。母親は貴方が5歳の時に貴方を捨てて客の一人と高跳び。
残された貴方は以降スラムでストリートチルドレンとして育つ」
冷静沈着なサイパスが珍しく目を見開いた。
彼が言葉を失っているのは、その内容が正鵠を射ていたからだろう。
サイパスは自ら過去を語るようなことはしないし、その過去を知る者も今となっては殆どいない。
ましてや生まれや両親の事など、組織の者ですら知らないはずだ。
どこで知ったのかと言う疑問はあるが、問いただしたところで答えはしないだろう。
「何なら高跳びした貴方のお母上の顛末もお話ししましょうか?」
「…………結構だ」
聞かずとも顛末など知っている。
愚かな女はマフィアの下っ端と金を持ち逃げして、翌月にはどこかの川に浮かんだと聞く。
「そうですか。ご理解いただけましたか? 我ら悪党商会の情報力をもってすればこの程度は当たり前の産物なのですよ」
悪党商会は全てを調停するというその在り方から、情報力は他の組織よりも抜きんでている。
彼女がブレイカーズから鞍替えした理由の一つだ。
もっとも、悪党商会の集めた膨大なデータを一つも漏らさず全て記憶しているのは、この
近藤・ジョーイ・恵理子くらいのモノだろうが。
「ああ、誤解なきよう一応言っておきますが、別にあなた方の組織を特別深く調べたという訳ではないですよ?
わざわざ調べるほどの特別性は見出せませんでしたからねぇ」
特異な点があるとしたら一度吸血鬼に接触した形跡があるがそれだけだ。
その在り方は特殊だが、サイパスの『組織』は超人や怪人がいるわけでもないただの暗殺集団でしかない。
「それがどうした、暗殺者に特別性など必要ない。人を殺す。ただそれだけの能があればそれでいい」
「あるといいですねぇ。これから私に殺される貴方に」
「笑わせるな。死ぬのはお前だ――――」
風切音と共に、視力が回復したサイパスはナイフを投擲した。
投げナイフはダーツのような投擲方法では距離が稼げないため、刃を回転させながら投擲し、距離に応じて回転数を調整するのが基本である。
だが、サイパスはその基本を無視して矢のような軌跡で一直線にナイフを放った。
サイパスの技量ならば、ゴールデン・ジョイの元まで攻撃を届かすことも可能だろう。
だが、弾丸すら通じない相手に、何とか届いた程度の投げナイフが通じるはずもない。
しかしサイパスの攻撃はナイフを投げるだけでは終わらなかった。
腰元から銃を抜き、投擲したナイフの尻を撃ち抜く。
正確に撃ち抜かれたナイフはベクトルを損なうことなくその動きを加速させる。
ロケットの様な勢いで刃が飛来するナイフが、ゴールデン・ジョイの胸の中央やや左寄りに命中した。
だが、それでも刺さらない。
突き立てられた刃はゴールデン・ジョイに届かず、光の膜の前で静止していた。
1ミリに満たぬその膜、『-Right Light Wall-(正しき光の壁)』はそれほどまでに厚い。
だがナイフは接近するための牽制だったのか、サイパスはナイフを投擲すると同時に駆けていた。
光を切り裂く黒き疾風が迫る。
迎え撃つゴールデン・ジョイは確実を期すべく、指を扇状に広げ『貫く光の槍』を構えた。
如何に超人的な身体能力を持つサイパスとはいえ、突撃した状態では放線状に放たれた光速の槍を一息で躱すことなど不可能だ。
[-Spear the Brionac-(貫く光の槍)]
躱す隙間の無い光の雨が降り注ぐ。
その状態でもサイパスは変わらず、ただ前に向かって突き進んだ。
サイパスはこの光の槍をレーザー兵器のようなものだと中りを付けた。
レーザー兵器は雨、雪、霧などと言った悪天候や粉塵や煙のような空気中の異物によって影響を受け、拡散及び吸収される欠点を持つ。
無論これらをすぐに用意することは不可能だが、もう一つレーザー兵器の運用に影響を与える物がある。
「――――――鏡!?」
金色の怪人が驚愕の声を漏らす。
決して曲がらぬはずの一筋の流星が、サイパスが掲げた鏡面に衝突して軌道がそれた。
完全に反射するとまではいかずとも、道を切り開くだけならそれで十分である。
『貫く光の槍』を受けとめた鏡が粉々に砕け散り、降り注ぐ破片を両手で打ち払いながらサイパスが突き進む。
この状態でもう一度『貫く光の槍』を放たれれば、支給品である鏡を失ったサイパスに防ぐ手段はない。
だが、それはないとサイパスは確信している。
何故なら『貫く光の槍』連射性が低い。
連射が出来るのならば、『光あれ』で視界を奪った時に初撃を外した所で、追撃にもう一度放っていれば確実に仕留められたはずだ。
そうしなかったという事は、あの光の槍を放つにはそれなりの間隔が必要という事である。
接近への課題は全てクリアされた。
黄金の輝きの元へ黒衣の死神が辿り着く。
駆け抜けた勢いのまま、サイパスが左腕を振り被る。
近接戦の技量はサイパスが上だ。ここまでくればゴールデン・ジョイの撃退をすり抜け、確実にこの一撃を叩き込むことができるだろう。
だが、近づいたところで『正しき光の壁』による絶対防御は変わらない。
龍次郎ならまだしも、ただの人間が殴りつけた所で、この黄金の怪人に蚊に刺された程度の影響も与えられないだろう。
そんな事はサイパスとて理解している。
そして同時にこの絶対防御の弱点も理解していた。
この絶対防御に弱点があるとするならば、絶対防御であるという点だ。
それを持つが故に、ゴールデン・ジョイは攻撃を躱さない。
結論から言うならば、ゴールデン・ジョイは最初に投げられたナイフを躱すべきだったのだ。
左胸に突き立ったナイフは未だ光の壁の前で静止している。
そのナイフを、全力で駆け抜けた勢いを乗せた掌底で、殴りつけるように押し込んだ。
「――――惜しい、ですね。なかなか面白い発想でしたけど」
だが、その一撃をもってしても刃が進んだのは僅か1ミリ、本体を傷つけるには至らない。
ゴールデン・ジョイの仮面が愉快気に歪む。
未だ彼女にはそれだけの余裕がある。
されど光の壁を押し進む1ミリである。
押し切れると判断したサイパスが地面を蹴った。
宙に跳ぶと同時にギュンと台風のように回転し、光を侵す黒渦が廻る。
その勢いのままハンマーの様に踵が振り下ろされた。
遠心力と全体重を乗せた胴回し回転蹴りがナイフを捉え、ズブリと押し込んだ。
「…………っ!?」
たたらを踏んでゴールデン・ジョイが後退する。
勢いに押され、カランと音を立ててナイフが落ちた。
傷自体はそれほど深くない。
皮膚が破れ肉を僅かに裂いた程度だ、ダメージと呼べるほどのものではない。
だが、『正しき光の壁』の防御を突破されたという事実が驚愕に値する。
サイパスは落ちたナイフを拾い上げ、ブンと振るってその先に付着した血液を払う。
ゴールデン・ジョイの足元に払われた赤い血液が付着する。
「光でよく見えなかったが、なるほど化け物も血は赤いのだな」
「…………ッ。この」
金色の悪魔が悔しげに奥歯を噛む。
あくまで余裕を崩さなかったゴールデン・ジョイが、ここにきて初めて苛立ちを露わにした。
その変化を見逃すサイパスではない。
それを付け入る隙と捉えたのか、先ほどの焼き直しのような動作で再びサイパスがナイフを投げつけ銃口を構えた。
「同じ手が通じるとでも!」
叫ぶゴールデン・ジョイ。
その手中に光が凝縮されてゆく。
[-Counter of Fragarach-(返す光の刃)]
凝縮された光は小さな刃を模った。
ゴールデン・ジョイは確実に相手を討つべく『貫く光の槍』による掃射ではなく、『返す光の刃』で迎え撃つことを選択した。
それは間合いに入った相手に自動で反応し、光速を”超える”速度で切り裂く光の剣。
必中にして必殺。究極のカウンター。
先ほどと同じ手で来れば、確実にサイパスの身は二つに分かれるだろう。
だが、サイパスの構える銃口が僅かにぶれた。
その弾丸の行く先は飛翔するナイフではなかった。
放たれた弾丸はゴールデン・ジョイの左肩にある傷口を正確に撃ち抜いた。
「ッぁ!」
『返す光の刃』はカウンター技であり、間合いの外からの攻撃には発動しない。
それを知っていたわけではないだろうが、サイパスの狙いは最初から傷口の隙一点である。
ナイフによる曲芸など、防御の意識を逸らすための布石に過ぎない。
銃撃を受けゴールデン・ジョイの体勢が崩れる。
その隙を見逃さず、ナイフで抉じ開けた左胸の隙間を狙い撃つ。
狙いは心臓。
ここまで予測してこその布石である。
「グッ……この…………ッ!?」
だが、銃撃を受けたゴールデン・ジョイが傷口を抑えながらも踏みとどまる。
その様子を見てサイパスが舌を打った。
光の膜は突破できたが、膜の下もそれなりに丈夫という事だろう。
少なくとも現在の装備では殺し切るのは難しい程度には。
「いやぁ……驚かされましたね。まさか、生身でここまでやるなんて。ナハト・リッターじゃあるまいし」
そう言って黄金の怪人は自嘲気味に笑う。
いや、特殊な装備ではなくありふれた銃とナイフでゴールデン・ジョーイをここまで追い詰めている辺り、もしかしたらナハト・リッター以上かもしれない。
「仕方ないですねぇ。これは目立つし疲れるから、あまり使いたくなかったんですけどねぇ――――!」
仮面の下の笑みの種類が変わった。
余裕ではなく自嘲でもなく。
戦慄するような攻撃的な笑みに。
[-Unsinkable Golden Sun-(沈まぬ黄金の太陽)]
蜃気楼の様な靄に包まれ空間が歪む。
ゴールデン・ジョイを包む黄金の輝きが膨張を始めた。
世界を染め上げる黄金。
地上に顕現した太陽の如き光にサイパスが目を細める。
だが、単純な光量は先ほどの『光あれ』程ではない。
この程度であれば、戦闘続行は可能だと、サイパスが動き出そうとした瞬間。
「っ!? がはッ……!!」
サイパスの口から赤い鮮血が吐き出された。
光を浴びた皮膚のジュと音を立て焼きつくように黒く焦げる。
後方では光に照らされた木々が枯れ落ちるように尽きてゆく。
この光はただの目眩ましではない。
身を焦がしているのも単純な熱ではない。
サイパスを襲うのは、まるで光そのものが毒素であるような強烈な痛みだ。
その正体は『太陽光』である。
サイパスの身を焦がしたのは熱ではなく、その光に含まれた大量の紫外線だった。
――――――『黄金の歓喜』ゴールデン・ジョイ。
ブレイカーズ製、惑星型改造人間、No.000(プロトタイプ)。
その象徴(モチーフ)は『太陽』。
自ら光を放つ恒星にして太陽系の王。
惑星系怪人は神話系怪人を元に発展させた第三世代怪人であり。
そのため神話系怪人と惑星系怪人はとかく仲が悪い。
その最大の能力は自身を太陽として地上に顕現する事である。
1000万℃を超える高熱を完全に再現することはできないが。
本来成層圏で吸収されるはずの毒素をダイレクトに照射することができる。
ただその場に居るだけで命が削られる光。
サイパスはその光を遮るように、身に纏っていたコートを盾のように広げた。
「ハハッ! そんな布きれで太陽が防げるとでもぉ!?」
厚手のコートが一瞬で蒸発するように消滅した。
同時に、その後ろにいるはずのサイパスの影も消えていた。
常に撤退を考え、経路を確保しながら戦うのは暗殺の基本である。
視界を遮った一瞬で森の中に逃げ込んだのだろう。
「…………逃げちゃいましたか」
『沈まぬ黄金の太陽』が発動した以上、実質的に接近することは不可能であり、あらゆる攻撃手段は無効化される。
だからと言って、あれだけ殺気をまき散らして薄氷を渡るような戦い方をしておいて、勝ち目が完全になくなったと見るいや否や何の迷いもなく撤退を選ぶだなんて。
その辺の潔さは呆れを通り越して感心してしまう。
[Transformation Out]
変身終了の電子音が響く。
恵理子はそれを追わず、変身体を解除する。
黄金の輝きが徐々に収縮してゆき怪人が人間へと戻っていった。
「ごふっ…………!」
そして人間体に戻った途端、恵理子は血を吐いた。
「……いやぁ、人間体に戻るとちょっときついですねぇ」
怪人体であったからこそ堪え切れたが、サイパスにつけられた傷は浅くはない。
すぐにでも休息に入りたい所なのだが、呑気に休んではいられる状況ではなかった。
『沈まぬ黄金の太陽』はとにかく目立つ。
夜だったら最悪、この程度の会場なら端まで光が届いておかしくない程だ。
もう朝とはいえ、周囲に誰かがいたら確実に気づくだろう。
あれを使用した以上、すぐにでもこの場を離れなくては。
だが、ふと思い直し、動き出そうとした恵理子の足が止まる。
目立ってしまったのなら、むしろそれを利用すべきではないのだろうか?
悪党商会のメンバーならば、あの光を見れば恵理子の存在に気づくだろう。
合流しようとする、その動きを待つのもありだ。
まあ同じく光の正体を知るブレイカーズの二人に気づかれたら面倒ではあるのだが。
「さて、どうしましょうかねー」
【H-5 草原(森の近辺)/午前】
【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:疲労(大)、胴体にダメージ(小)、左肩に傷(大)、左胸に傷(大)、右腕に銃創
[装備]:なし
[道具]:イングラムの予備弾薬、ランダムアイテム0~3(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:この場から離れる or 誰かが来るのを待つ
2:正義でも悪でもない参加者を一人殺害し、首輪の爆破を回避する。確実に死亡している死体を発見した場合は保留
3:首輪を外す手段を確保する
4:南の街へ移動してくる参加者を待つ
※改造人間です。詳しい能力、制限に関しては後の書き手さんにお任せします。
※『イングラムM10(22/32)』『サバイバルナイフ×1』はH-5 草原(森の近辺)に転がっています。
【H-5 森/午前】
【サイパス・キルラ】
[状態]:疲労(中)、火傷(中)、右肩に傷(止血済み)、左脇腹に穴(止血済み)
[装備]:S&W M10(0/6)
[道具]:基本支給品一式、38スペシャル弾×6
[思考・行動]
基本方針:組織のメンバーを除く参加者を殺す
1:この場から離れる
2:亦紅、
遠山春奈との決着をつける
3:
新田拳正を殺す
4:イヴァンと合流して彼の指示に従う。
バラッド、
アザレア、ピーターとの合流も視野に入れる。
5:決して油断はしない。全力を以て敵を仕留める。
最終更新:2016年10月04日 01:22