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Q:魅了の力は男の娘にも通用するのか?

 A:無理でした

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廃墟から一人の男の娘が姿を現した。

本名不明。「りんご飴」という記号で呼ばれる戦闘者。

潰れていたはずの両足でしっかりと地面を踏みしめながら、りんご飴は歩いていく。

目指すは魔王。目指すは強者。目指すは闘争。

愛しのヴァイザーは死に、機動力も失ったが、りんご飴の戦意に一切の乱れなし。

むしろ、さらに高揚していた。

彼の頭を占めるのはいかに魔王を倒すかの戦略、戦術。

装備は整ったが、まだ足りない。

もっと武力を、もっと知略を。

ふと、りんご飴は振り返った。

廃墟の中で横たわっているであろう一人の少年/敗者に思考を僅かながら割く。

「――が悪かったな」

それがりんご飴が三条谷錬次郎へ向けた最後の言葉だった。

後に残った物は静かな廃墟、倒れた少年、りんご飴が遠ざかる足音。

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廃墟に入ってまず錬次郎がやった事はりんご飴と目を合わせることだった。

恋の魔法は視線が合うことで強くなる。

といったルールがあるわけではないが、しないよりはマシだろうと錬次郎は判断した。

実際、廃墟にいたのが純朴な少女だったら赤面してうつむいていただろう。

が、中にいたのは凶暴な男の娘だった。

この段階で、錬次郎の思惑は狂い始めた。

「僕の名前は三条谷錬次郎。君の名前は?」

そう言って、錬次郎はりんご飴に近づく。

迂闊な行動だと思うかもしれない。事実、もし錬次郎が『正常』だったならば、こんな危険な真似はしなかった。

初めての殺人、初めての想い人の死、初めての恣意的な能力の活用。

それに加えて不気味な廃村の様子にりんご飴の鋭い眼光。

錬次郎は自分でも気づかないうちに焦り、思考に乱れが生じていた。

が、このノイズが結果的にりんご飴を惑わせる。

(何だこいつ……。一般人のくせに、いやに堂々としてやがる……)

りんご飴は目利きだ。

数多の戦闘経験の末に、立ち姿を見ればその男が強者かどうか察することができるようになっている。

廃墟に何者かが入ってきた時はさすがのりんご飴も肝が冷えたが、現れたのは線の細い少年だった。

戦闘力は、無い。

もちろん確証は無いが、りんご飴は自分の直感を信じていたし、今までこれが外れたことは無かった。

しかし、一般人であるはずの少年は堂々と名乗り、無警戒にりんご飴に近づいてきた。

両足を怪我しているから油断した?可愛い外見に騙された?馬鹿な、そんな阿呆が殺し屋組織、ブレイカーズ、悪党商会らが犇めくこの舞台で6時間以上も生き残れるはずがない。

「私の名前はりんご飴。変わった名前ですけど、本名なんです」

りんご飴が取った手段は猫かぶり。本来の粗野な口調ではなく、かといって挑発時に使う少女めいた口調でもなく、完全に少女のフリをする時に使う口調。

りんご飴は戦闘狂だが、決してバーサーカーではない。

彼女は戦いの前に相手の戦闘方法、性格、行動パターンを分析し、対策を練ってから戦うことが多い。

もちろん突発的に目の前に強者が現れればついつい突っ込んでしまうが、そういう場合も戦いながら勝つ手段を考え続ける。

戦闘を楽しむ点ではボンバー・ガールと共通する彼女だが勝敗や生存をある程度は度外視して自分のやりたいように突き進む彼女と違って、彼は生死のギリギリを楽しみながらも、生存も重要視していた。

「暴漢に襲われて何とか仲間に逃がしてもらったんですけど、足がこの有様ですし……、武器も全部置いてきてしまって……」

「逃がしてもらった?その足でかい?」

どう見ても歩行は不可能なりんご飴の足を見て、錬次郎は眉を潜める。

「仲間が魔法使いで……、とっさに転移魔法を……、はは、信じてもらえませんよね」

そう言って悲しそうな微笑みを浮かべながら、りんご飴は錬次郎の表情を確認した。

実際りんご飴も一緒に戦っていた少女の素性は知らない。適当な単語を並べただけだ。

しかし彼女が漠然としたイメージで唱えたこの言葉が、錬次郎には馴染み深いものだった。

「魔法使い……か。いや、信じるよりんご飴ちゃん。僕はその魔法使いとやらは見てないけど、こんなタイミングで君が嘘を言えるとは思えないんだ」

(この反応、どうやら魔法使いを知っている、いや、もしくはこいつも『魔法使い』って可能性もあるな)

表情から咄嗟にそれを察したりんご飴は、ありがとうございますと言って、力なく笑った。

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錬次郎はりんご飴の横に座った。

さり気なくりんご飴の様子を確認する。

照れたり、恥じらっている様子はない。

(これ、魅了は効いてるのか?いまいち反応が薄いな……、でも初対面の男にここまで気を許してるってことは多少なりとも効いてるのか?)

信頼を短時間で勝ち取ったと書けば、大きな戦果のように見えるが、意のままに操ったり、都合よく利用できるとは思えない。

りんご飴は表に出していないだけで、実際はメロメロなんだろうか、とも錬次郎は考えたが、どうにも自信がない。

(もしかして、この極限状況で自分の恋心に気づいていないだけなんじゃ……)

何度でも繰り返すが、錬次郎は精神的に不安定だった。

もし彼が正常だったら、りんご飴に魅了が効いていない可能性に思い当たっただろう。

もしかしたらりんご飴が男であるという真実までたどり着けたかもしれない。

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「僕はね、君が好きだ」

「は?」

そして、突然の告白が始まった。

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錬次郎がとった手段は簡単だった。

あえて自分から告白することでりんご飴に『恋』『男女』『愛』という概念を意識させる。

これによってりんご飴を魅了に罹りやすくするのだ。

いい作戦だと、その時の彼は思った。

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「一目ぼれだった。この小屋に入った瞬間、雷に打たれたみたいに体が痺れたんだ。だって、て、天使がいたからね」

「………」

自分の中にもう一人自分がいる、と錬次郎は思った。必死に次の言葉を探す滑稽な自分を冷静に見つめる自分。

思いはしたが、彼は止まらない。もしかしたら魅了が効いていないのかもしれないという恐怖が、彼を後押しする。

「僕はね、この17年間で色んな女の人を見てきた。皆自分の欲望に忠実だったり、人の人生を滅茶苦茶にしたりと酷い女ばかりだったよ」

ズキリ、と錬次郎の心で嫌な音が響いた。

麻生時音。その名前が浮かんで消えた。

「でも君は違う。違うと確信できる。君は特別だ。僕にとって特別なんだ。そこらのアイドルよりよっぽど可愛い!話し方も好みだ!服装のチョイスもタイプだ!」

「………」

「君のことが大好きだ!愛してる!僕は君を守ってみせる!」

そう言った後、錬次郎はりんご飴の肩を両腕で掴んだ。

びくり、とりんご飴の体が震える。

「だからね、僕が君を守るから、君は僕を守ってくれ」

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腹に強烈な打撃。

錬次郎は何かを考える間もなく一瞬で意識を落とした。

「あーあ、あーあーあーあーあーあ!」

「あっのさあ、りんご飴ちゃん的にはお前みたいなもやしっ子、まっったくタイプじゃねえんだわ」

苛ついたように、りんご飴は表情を歪める。

「だいたい、最後の言葉がお前の本音だろ、同じ男として情けねえなあおい」

「つまりだ、何が言いたいかっていうと、お断りだよばーか」

そう言って、りんご飴は錬次郎が持っていたバックを漁る。

錬次郎は初めて、振られた。


「へえ、斧に爆弾か。いいもん持ってるじゃねえか」

斧はともかく手榴弾は戦闘での応用性が高い。りんご飴にとって中々嬉しい武器だった。

更に、りんご飴は現状を打破する支給品を探り当てた。

「『ブレイカーズ製人造吸血鬼エキス』に『ハッスル☆回復錠剤』ねえ」

どっちも一長一短の代物だ。

吸血鬼エキスはどうやら吸血鬼になることができるらしい。吸血鬼の回復力は人間以上。足の怪我もすぐに回復するだろう。

が、デメリットとして日中での活動が制限され、吸血欲求が高まる。

一方、回復錠剤はその名の通り、飲めば瞬時に怪我や疲労が回復するらしい。さすがに四肢欠損はどうしようもないが、りんご飴の両足程度なら問題ない。

が、短所は殺し合いをハッスル―キルスコアを上げなければいけないということだ。

1回服用すれば、6時間以内に一人。12時間以内に3人。どちらかを達成できなければ首輪が爆破される。

軽い代償と思うかもしれないが、この殺し合いはりんご飴より上位の戦闘力を持つ参加者が何人もいる。かなり危険な賭けだ。

吸血鬼か、キルスコアか。

りんご飴は、どちらを取るか思索に沈んだ。


「やっぱり、りんご飴ちゃん的にはこっちだよね」

日光の元を堂々と歩きながら、りんご飴はそう言って笑った。

全身の傷は癒え、その顔に広がるのは挑戦者の笑み。

りんご飴は『ハッスル☆回復錠剤』を選んだ。

りんご飴は自殺志願者ではない。この舞台でキルスコアを三つあげることの難易度も理解している。

その上で、彼女はそっちを選んだ。自分ならばできるという自信があるのだ。

「ヴァイザーならできるだろしな」

死んだ目標を思い出し、少々センチな気分になるりんご飴。

が、切り替えが早い彼女は現在の目標である魔王の対策を考え出した。

ふと、りんご飴が振り返り、遠くなっていく廃墟を見つめる。

「タイミングが悪かったな、錬次郎。TPOによっちゃあ、もう少し遊んでやったんだぜ?キャハハハハ」

人は、外見に僅かながら引っ張られるらしい。

常に女装をしているりんご飴の心に、本当にちっぽけだが、乙女の心が育ち、それが錬次郎の魅力に惹かれていた。

そういう可能性も、無いとはいいきれない。

【B-10 廃村/午前】
【りんご飴】
[状態]:健康、『ハッスル☆回復錠剤』使用
[装備]:M24型柄付手榴弾×4 魔斧グランバラス、デジタルカメラ、ブレイカーズ製人造吸血鬼エキス、ハッスル回復錠剤(残り2錠)
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの中でスリルを味わい尽くす。優勝には興味ないが主催者は殺す
1:ディウス空谷葵を殺す
2:6時間以内に一人、12時間以内に三人殺害する。
3:参加者のワールドオーダーを殺す。
4:ワールドオーダーの情報を集め、それを基に攻略法を探す
※ロワに於けるジョーカーの存在を知りましたが役割は理解していません
※ワールドオーダーによって『世界を繋ぐ者』という設定が加えられていました。元は殺し屋組織がいる世界出身です
※6時間以内に一人殺害、12時間以内に三人殺害のどちらかが達成できなかった場合、首輪が爆発します。


三条谷錬次郎は幸運だった。

『男性』で『女装』で『好戦的』という、錬次郎の天敵とも呼べるりんご飴に遭遇し、彼は支給品を全て失い気絶するだけで済んだのだ。

何故、りんご飴が錬次郎を殺さなかったのか。結果的にりんご飴復活に貢献した錬次郎に対する、りんご飴なりの義理の返し方なのかもしれない。

廃墟にて意識を失う錬次郎。彼にとって今回の一件はいい薬になるのか、はたまた彼を蝕む毒になるのか。

それはまだ、誰にもわからない。
【B-10 廃村/午前】
【三条谷錬次郎】
状態:腹部にダメージ(軽)、気絶
装備:無し
道具:無し
[思考・状況]
基本思考:優勝してワールドオーダーに体質を治させる。
0:気絶中
1:自分のハーレム体質を利用できるだけ利用する。
2:正面からの戦いは避け、殺し合いに乗っていることは隠す。





【ブレイカーズ製人造吸血鬼エキス】
ブレイカーズが吸血鬼研究の一環で作った特殊なエキス。注射、もしくは直接飲むことで対象を吸血鬼へと変える。がその純度は低く、葵、クロウどころか亦紅にさえも及ばないレベル。
その一方、日光は普通に苦手になるという意外と使いどころが難しい支給品。

【ハッスル☆回復錠剤】
殺し合いをハッスルする人のための錠剤。三個入り。
一粒飲めばだいたいの怪我や疲労から回復するが
「服用して6時間以内に参加者を一人殺害」「服用して12時間以内に参加者三人殺害」のどちらかを達成できなければ首輪が爆発する。
また、同じ参加者が2度この錠剤を飲んでも効果は無い。

094.Outsourcing 投下順で読む 096.黄昏時に会いましょう
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魔法使いの祈り りんご飴 CROWS/WORST
三条谷錬次郎 彼にとっての恋は、

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最終更新:2015年04月23日 12:08