深い眠りから、剣神龍次郎が目を覚ました。
ゴキン、ゴキンと首を鳴らし、大欠伸を噛み殺す。
腹時計の具合からして、眠っていたのは二時間ほどだろう。

「キュキュー」
「おお、チャメゴン」

眠っている間も傍らに付いていてくれたのか。
主の復活に歓喜するようにチャメゴンは龍次郎の体を駆け上がり、己の定位置である肩の上に乗った。
龍次郎は指先でその頭を撫でると、シマリスを肩に乗せたままゆっくりと立ち上がる。
そして自らの顎を擦るようにして魔王ディウスとの激戦によるダメージの回復具合を確かめた。

完全ではないが歯はそれなりに生え変わった様だ、噛みつきに使えるほどではないが少なくとも食事くらいはとれるだろう。
体力は睡眠により幾分か回復したが、やはりまだ相当のダメージは残っている。
と言うより蓄積されたダメージは常人ならまだ動く事すらできないどころか、そもそも生きてるのがおかしいレベルのダメージである。
流石の龍次郎とて、あまり無茶はできる状態ではなさそうだ。
しかし、龍次郎はそれをおくびにも出さず、悠然とした足取りで研究所の瓦礫の前に立ち尽くすミルの前へと歩を進める。

「ミルよ。俺が眠っている間に判明した仔細を報告せよ」

ミルの前に立った大首領は開口一番そう言った。
だが報告しろと言われても、ミルは眠る前の龍次郎から何の指示も受けた訳でもない。

「どうした? よもや、この俺が眠っている間、遊んでいた訳でもあるまい?」

当然の事のようにブレイカーズの大首領は問う。
龍次郎は敵の大将首を打ち取るという戦果を果たした。
ならばお前はその間何をしていたのかと、そう大首領は聞いている。
それは言われねば義務を果たせぬような無能はブレイカーズにはいらんと言外に告げていた。

無論、ミルとて一流の科学者だ。時間を無駄にするほど愚かではない。
龍次郎が眠っている間に、彼が手に入れた二つの首輪を拝借し、出来る限りの調査は行っている。
その上で、得ることのできた成果も確かにあった。

「……専門的な道具があるわけではないから、簡単な検査しかできてなかったのだが、首輪についてある程度の結果は出たのだ」

そう言うミルの表情はどういう訳か僅かに暗い。
龍次郎が眠っている二時間の間に、ミルは爆散した研究所跡から使えそうな道具を幾つか見繕って二つの首輪に対してアプローチを開始した。
とはいえ分解して中身を精査するなどという踏み込んだ調査をこの環境でできるはずもなく。
出来たのは精々、非破壊で内部構造を簡単に把握する程度の事だったのだが、そこから判明したある事実がミルの表情を曇らせていた。
ミルは目の前の龍次郎に見せつける様に、右腕と左腕に魔王ディウスと、ディウスが持っていた誰かの首輪をそれぞれ持つ。

「調査の結果――――この二つの首輪は、全くの別物だという事が判明したのだ」
「ほぅ」

その意外な結果に龍次郎が目を細める。
二つの首輪の内部構成が根本的に違う。この結果が何を意味しているのか。

可能性はいくつか考えられる。
ただ単に異物が紛れ込んだのか、それともどちらかが特別性の首輪でもつけられていたか。
最悪の可能性として考えられるのは、参加者全員の首輪の構成が異なるという可能性である。
そうなると首輪の解析は意味をなさなくなってしまう。

「なるほど。しかし結論を出すにはサンプルが足りんか」

ミルはこの言葉に頷きを返す。
最低限の証明するにしてもあと一つ。三つ目の首輪が必要だろう。
三つ目の首輪がどちらかと同じ構成であると判明すれば、確証こそ持てないモノのどちらが汎用型かの中りが付けられ、調査は進められる。
だが、逆にどちらとも一致しない第三の構成であった場合は絶望的な可能性が見えてしまうのだが。

「それならば、すぐに進めるがよい」
「進めようにももう首輪が……」
「何を言う。サンプルなら、そこにもう一つあるではないか」

重々しい声と共に、龍次郎が視線である方向を指す。
ミルがその視線の先を追えば、そこには両腕を揃えて寝かされたミリアの死体があった。
確かにその首には、参加者の証である首輪がついている。

「そ、それは」

ミルは言葉に詰まる。
確かにそれを使えば問題は解決する、そんなことはミルも分っている。
だが、それは自分を文字通り命懸けで守ってくれたミリアの首を切り離すという事だ。
頑張って頑張り抜いた彼女をこれ以上傷つけるマネなどできるはずが――。

「どうした? 何か問題でもあるのか?」

威圧するような声で龍次郎が問いただす。
そこに居るのは冷酷な悪の大首領としての剣神龍次郎であった。
わざわざ問いたださずとも、首輪の調達など独断で実行してしまえばいいものを。
それをせずわざわざミルへと決断を迫るのは、その覚悟を問うているのか。

彼は身内には甘い男だが、同時に彼が身内と見なすには高いハードルがある。
強者にはその強者たる力を誇示する義務がある。
その義務を果す覚悟無きものは、龍次郎にとっては切り捨てるべき弱者である。
仮にここでミルを切り捨て首輪の研究が大きく後退しようとも、そんなものに頼るくらいならそうなったほうがマシであると、本気でそう考える程に龍次郎の思想は苛烈である。

ミルは決断を迫られ、ミリアを見つめながら奥歯を噛んだ。
嘗ての師の言葉がミルの脳裏に蘇る。
『科学とは全体幸福のために滅私し奉公する学問である』
それは当時のミルには理解できない言葉だった。

ミルは科学者として自他ともに認める天才だった。
天才だったが、その力を私利私欲のためにしか使わない男でもあった。
私利私欲と言っても悪事を行うという方向性ではなく、日々を愉快に面白おかしく過ごそうという、愉快な方向にのみその技術は費やされた。
周囲はそれをくだらないと揶揄し、同じ研究者からはあいつは終わったなどと蔑まれたが、そんなことは気にも留めなかった。
それで実際面白おかしく暮らせてこれたし、気の合う仲間も増えた。
彼にとってはそれが全てで、それでよかった。
これまでは。

「何を黙している? あの首輪を使う事に何か問題があるかと聞いているのだ」

悪の大首領が問う。
決断しなくてはならなかった。

ミルにとって科学とは楽しさの象徴であり、辛さや苦しさとは無縁のものであった。
天才であるが故、行き詰ることもなく、思い悩むこともない。
だがそれでも、自分を守ろうとして命を懸けたミリアや葵の姿を見て、何も思うところがない訳がないだろう。
辛いからと言って、この決断から逃げ出すわけにもいかない。
彼女たちが何のために命を懸けたのかを思えば、答えなど初めから決まっていた。

「問題はないのだ。その首輪を――――使おう」

ミリアは既に死亡しており、ミリアを殺害したのはディウスだ。
力のないミルでは人の首を落とすことは難しい、恐らく実行するのも龍次郎になるだろう。
それでも彼女の首を落とすのはミルの決断であり、ミルの意思だ。

科学者として、全ての参加者の幸福ために、私情を滅し少女の死を辱める。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「――――結果が出たのだ」

ミリアの首輪を握りしめミルが龍次郎の前に立つ。
その声にはこれまでのミルとは違う、強い決意が篭っていた。

「ミリアの首輪はディウスが元から持っていたもう一つの首輪と殆ど同一のものだったのだ」

その報告を受け、龍次郎が深く頷きを返す。

「つまり、ディウスの首輪が特別性で、残り二つが汎用型の首輪だったという訳か。まあ予測通りの結果ではあったな」
「うむ。断言はできないが、その可能性が高いのだ」

元よりディウスという存在の強力さを思えばその予測は立てられた。
だが予測に過ぎない段階と、ある程度の確証が得られたのでは天と地ほどの違いがある。
今後は汎用型の首輪を中心に調査すればいいという指針が立ったと言うのは大きい。

「けれど、これ以上の調査を行うには、やはり機材が足りないのだ」

いかにミルとはいえ、間に合わせの材料で確認できるのはこれが限界。
これ以上はしっかりとした設備の整った環境が必要となる。
一番設備が整っていそうな研究所が吹き飛んでしまったのは痛手だが、まだ希望が潰えたわけではない。
龍次郎が地図を広げて周囲の施設を確認する。

「この近くで使えそうな道具がありそうなのは、工房辺りか」
「いや、それよりもミル的には地下実験場の方が……」

そこまで話していて、はたと気付いた。
首輪の調査に集中していたため気付かなかったが、そこにあるはずのミリアの死体消えていることに。

見れば、ミリアが居たはずの場所には地面を掘り返して埋めた跡があり、そこにチャメゴンが小さな花を添えいた。
恐らくそれはミルがミリアの首輪を調査している間に龍次郎が行ったモノだろう。
意外な人物の意外な行動にミルが思わず視線を向ける。

「…………龍次郎」
「ふん。何を意外そうな顔をしている。
 この女はワールドオーダーを打倒せんと言う我らブレイカーズの目的の礎となったのだ。礼は尽くすが道理であろう」

当然の事のように断言する。
義を尽くすその態度は、極悪非道なブレイカーズの大首領という世間の評価とは一致しない。
だが、先ほどミルを切り捨てようとしたように、弱者を切り捨て己が目的のためなら他者を厭わぬその姿勢もまた真実だろう。
果たしてどちらが剣神龍次郎の素顔なのか。
風評でしか剣神龍次郎という男を知らぬミルにはまだ判断がつかない。

「まだ何か言いたげだが?」
「いや、もういいのだ。それよりも、次の目的地に向かうのだ、この首輪を早く研究したい」

それは問うべきことではない。
その真実は、己の眼で見極めなければならないモノなのだろう。

【C-10 研究所跡前/昼】
【剣神龍次郎】
[状態]:ダメージ(大)
[装備]:ナハト・リッターの木刀、チャメゴン
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵、ランダムアイテム1~3個
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。その為に、このゲームを潰す。
1:工房か地下実験場を目指す
2:協力者を探す。ミュートスを優先。
3:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。敵対する者、役立たない者は殺す。
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
※妖刀無銘、サバイバルナイフ・魔剣天翔の説明書を読みました。

【ミル】
[状態]:健康
[装備]:悪党商会メンバーバッチ(1番)
[道具]:基本支給品一式、フォーゲル・ゲヴェーア、悪党商会メンバーバッチ(3/6)、オデットの杖、初山実花子の首輪、ディウスの首輪、ミリアの首輪、ランダムアイテム0~4
[思考・行動]
基本方針:ブレイカーズで主催者の野望を打ち砕く
1:首輪を絶対に解除する
2:亦紅を探す。葵やミリア、正一の知り合いも探すぞ
3:葵を助けたい
4:ミリアの兄に魔王の死と遺言を伝える
※ラビットインフルの情報を知りました
藤堂兇次郎がワールドオーダーと協力していると予想しています
※宇宙人がジョーカーにいると知りました
※ファンタジー世界と魔族についての知識を得ました

100.CROWS/WORST 投下順で読む 102.彼にとっての恋は、
時系列順で読む
魔法使いの祈り 剣神龍次郎 名探偵、皆を集めてさてと言い
ミル

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最終更新:2015年10月22日 18:01