多くの人々の運命を捻じ曲げた激動の一日の終わりを告げるように、太陽が地平に沈んでゆく。
人々が生活するために作られた町並みは死に絶え、平穏だった面影どこにも見当たらなかった。
空爆を受けた紛争地のように全てが等しく平らに均されており、凹凸をなくした街並みに傾く影はない。
ただ山のように積みあがった瓦礫の頂点は、廃墟に聳える王座のようでもあった。
その王座に一人の男が鎮座していた。
それは王と呼ぶにはあまりにも不釣り合いな、人混みにいれば紛れてしまう、どこにでもいるような特徴のない平凡な男である。
少年は死にゆく世界を謡いながら、終わった世界の頂点に座す。
終わりを愛でるように。
「さて、そろそろお話も終盤だ。分不相応な役者は退場している頃合いだろう」
平凡でありながら、何故かどこまでも通る不思議な声が響く。
見ていた映画の感想でも述べるような、日常と変わらぬ平坦な声はこの地獄において異常であり異物だ。
日常に溶け込むような平凡さは、この非日常とは相容れない。
少年は誰よりも当事者でありながら、他人事のように舞台を見つめる傍観者のようでもある。
世界に沸いた染みのような少年は血のように赤く染まった空を見つめる。
そして日差しが眩しかったのか目深に被ったパーカーをさらに深く被りなおした。
「誰が最後まで残ると思う?」
どこか跳ねるような声で未来の展望でも語るように問いかける。
だが、少年の目の前には誰もいない。
ただ荒廃した街並みが広がるばかりである。
「…………ッ!」
返事代わりの呻きは彼の足元から漏れ聞こえた。
正確には足元ではなく彼が腰かける尻の下からである。
そこには女がいた。
男は地面にひれ伏す妙齢の美女を、椅子のように文字通り尻に敷いていた。
女は何もできず、悔しげに歯を噛み締め、噛み切った唇から赤い血を流す。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
時は僅かに遡る。
日はまだ沈んではおらず、街並みは健在、とまでいかずともしっかりと原形をとどめていた。
悪党と戦乙女、そして怪物。
主催者は魑魅魍魎が跋扈する地獄と化した戦場の中心に飛び込み、激化する嵐を一言で収めた。
そして人払いをすると笑みを浮かべたままひらひらと手を振って、立ち去る悪党と元殺し屋を送り出す。
邪魔者が完全に去ったことを確認すると、ようやく件の相手へと振り返った。
「さあ、それじゃあお話ししようかオデット。これからの君の処遇について……ってあれ?」
振り返ったところで、らしからぬ間の抜けた声を上げる。
オデットの姿が影も形もなく、忽然と消え失せていたのだ。
現在『未来確定・変わる世界』により、この世界では戦闘行為は禁止されている。
だが、戦闘行為でなければ禁止はされていない。
どうやら
ワールドオーダーが二人を見送っている隙をついて瞬間移動で逃走したようだ。
「まいったなぁ」
ため息と共に呟いて、やれやれと困ったように頭を掻く。
敵を前にして逃げるような性質の相手だとは思わなかったのだが、また追いかけるとなると少々面倒だ。
さてどうしたものかと、ワールドオーダーが考え込むように口に手を当て空を見上げた。
瞬間、ブンと、空が震えた。
ゴロゴロと雷のような崩壊音が響き渡る。
空が歪み、世界そのものが震撼していく。
神の見えざる手に押しつぶされて行くように、背の高い建造物から次々と崩れ落ちていった。
それは戦闘禁止の世界であってはならない破壊行為だった。
見えない破壊の圧が天空から地上へと迫り、ついにワールドオーダーの体を押しつぶさんとした所で。
「『魔法』など『存在しない』」
気泡が弾けるように一帯を包んでいた圧力は消滅した。
だが魔法は消えても、魔法によって生み出された破壊までが消える訳ではない。
ここまでに崩れ落ちた建造物の破片が雨となって降り注ぎ、粉塵と小石が辺りに巻き上がった。
そんな豪雨をワールドオーダーは直立不動のまま避けるでもなく、運命にでも守られているようにやり過ごす。
「小賢しいやり口だ。茜ヶ久保辺りか」
余裕の笑みでその手腕を褒めたたえる。
オデットは敵前逃亡した訳ではない、戦闘禁止の世界から逃れたのだ。
ひとまず離れて、自らの戦闘欲が復活した地点、つまりワールドオーダーの能力の範囲外から攻撃を仕掛けた。
遠距離からの魔法攻撃を防ぐために、世界は魔法が存在しない世界に成った。
それはつまり、先ほどまで敷かれていた戦闘禁止の世界ではなくなったということだ。
世界は既に戦闘可能になっている。
再度、戦闘を禁じた世界にしてたところで、先ほどの大規模攻撃を繰り返されるだけだろう。
これで迎え撃つしかない状況となったという事だ。
ワールドオーダーが周囲を見る。
舞い上がった粉塵で先は見えず、敵の姿は取られられない。
初期位置から動いていないワールドオーダーの位置情報は割れている。
今から移動したところでワールドオーダーの身体能力では、移動できる範囲などたかが知れているだろう。
現在のアドバンテージは圧倒的にオデットにある。
魔法が使えなくともオデットの身体能力は並ではない。
瞬間移動が封じられた世界でも距離を詰めるのはあっという間だろう。
「まいったね、このままじゃ嬲り殺しだ」
視界を封じられ、いつ襲撃者が襲い掛かってくるのか分からない。
そんな絶対的不利な状況にもかかわらず、恐れなんて微塵も含まれていない楽しげな声を放つ。
ゆったりとした動作で自らの頬に指をやると、一つ息を吐いて、仕方ないと頭を振る。
「では少し、この能力の本来の使い方をお見せしようか」
そう言って、邪悪に口元を釣り上げた。
「『重量』は『制御』できる」
ふわりと月にでもいるように、ゆったりとしたスローモーションのような動きでワールドオーダーが跳んだ。
重力操作。自らにかかる重力をほぼゼロにして跳躍したのである。
だが、重力ならオデットにだって操ることは可能だ。
故に重力制御の力をワールドオーダーが手に入れたとしても、オデットにとって大した脅威ではないのだが。
これは少し、趣が違う。
能力の一般化。
『未来確定・変わる世界』は世界を変える能力だ。
ワールドオーダーではなく世界の方が変わった。
直接的な干渉など二の次である。
この瞬間、神の奇跡は一般化し、誰にでも再現可能な行為へと堕としめられたのだ。
「見つけた」
遥か高みから地上を見下ろし、砂埃の向こうに大通りを駆ける敵影を捉えた。
だが敵を捕捉したのは相手も同じである。
空高くに浮かぶワールドオーダーの姿をその瞳に見据え、オデットが急ブレーキをかけ足を止めた。
「シィ――――――ッ!」
オデットが宙に浮かぶ標的目がけて手刀を振り抜いた。
その先から空間を断絶させるような不可視の刃が放たれ、宙にゆっくりと浮かぶワールドオーダーに迫る。
これに対し、ワールドオーダーは回避を選択しなかった。
「『物質』は『創造』できる」
世界を革命させる。
突き出した腕の先に枯葉色の歪な壁が生まれる。
それは鉄でも木でもない、不可思議な何かで編み上げられた盾だった。
盾の召喚。否、創造である。
一見すれば行為が現象を生み出す神の奇跡と似ているがその本質はまるで違う。
それは質量保存という世界の法則を無視した新世界の法則だ。
障壁は斬撃を受け止める。
これにより盾は両断されたが斬撃から身を護ることに成功した。
だが、世界は変わり重力制御の法則は失われた。
その身は天高くから滑落するしかない。
ワールドオーダーは落下しながら宙に足を踏み出した。
コンという音。踏み出した何もないはずの足元に、濁った泥沼のような色をした霜柱が連なる。
そうしてそのまま階段を下りるように一歩一歩、地面を生み出しながらオデットの前まで踏み出してゆく。
「落ち着けよオデット。僕に君と争うつもりはない、話をしに来ただけだと言っただろう?」
「知るかよ、死ね」
問答を求める言葉は問答無用と切って捨てられた。
殺し合いに乗った乗らないに関わらず、主催者である彼は参加者全員の敵である。
大人しく聞く理由がない。
オデットは近づいてきたワールドオーダーを爆殺すべく、握り拳を振りかぶった。
だが、その拳が振り抜かれる前に、ねじ曲がった歪な柱が組みあがり、肘の関節を固定して拳の動きを差し止める。
そして次々と体の隙間を埋めるように柱が生まれ、気づけば神を取り囲む檻が完成していた。
可動範囲をすべて埋め尽くし、完全に動きを封じた。
神の動作が奇跡を生むのならば、そもそも動作などさせなければいい。
「ッ、のぉおおおお……ッ!」
オデットが苛立ちを露にした鬼の形相で敵を睨む。
その視線の先に変化が生じる。
ワールドオーダーの頭上に漆黒の巨大な棘の塊が生まれたのだ。
物質創造は世界の法則である。
それは誰にでも、当然、オデットにも扱える。
「おっと」
重力に従い落下する黒棘を飛び退いて躱す。
その隙にオデットは全身に力を籠める。
細腕の筋肉が膨み、何かが折れるような音と共に拘束がはじけ飛ぶように破壊された。
「やだねぇ、こういうなんでも筋力で物事を解決する輩は」
ワールドオーダーは後方に下がりながら、空を撫でるように右腕を振るう。
その軌跡に沿うように、空一面を埋め尽くすように雨雲が浮かんだ。
それは小さな石の集合体だった。
一瞬の間の後、礫の豪雨が落ちる。
いかにオデットとはいえ空から降り注ぐ雨粒をすべてを回避することは不可能だろう。
だが、それがどうしたというのか。
自由落下する小石など、当たったところでオデットどころか子供ですら殺せない。
そんなものは無視したところで何の差支えもない。
オデットが攻撃に移ろうとする、ところで。
「『一撃』で『死に絶える』」
世界が一変する。
何事もない俄か雨は触らば死する即死の雨に変貌した。
世界の法則は平等だ。
当たれば即死という条件はワールドオーダー自身にも当てはまる。
とはいえ、攻撃の当たる直前に
ルールを定義するのは後出しジャンケンもいいところだ。
ワールドオーダーは事前に生み出していた毒々しいお化けキノコみたいな傘で余裕顔のまま死の雨をやり過ごしていた。
一面に落ちる雨を回避すべく、オデットは全力で跳んだ。
その方向は前後左右ではなく、落ちる雨粒に立ち向かうように上へ。
ぶつかるかと思われたその身が掻き消え豪雨をすり抜けるように空中へ瞬間移動した。
そしてそのまま空で静止すると、両手を天に上げる。
「テメェがぁ、死ね!」
振り上げた両手を勢いよく振り下ろす。
一撃死の世界。
それを利用し威力よりも当てることを目的とした面による範囲攻撃を行う。
回避不能な絶対の死。
そう来るのを最初から分かっていたようにワールドオーダーは慌てるでもなく一言。
「『魔法』は『消滅』する」
攻撃が霧散する。
同時に飛行魔法を打ち消されオデットの体が落下した。
魔法を奪われたオデットは何とか空中で身を捻り体制を立て直そうとするが。
「『落下』は『加速』する」
そこに追撃するように世界が変わる。
落下速度が急激に加速し、オデットの体が地面に突き刺さるような勢いで叩き付けられた。
落下音とは思えない耳を劈く破砕音が響く。
目ざとい小手先の技術も、殺気を読むなどという能力も、神の奇跡すらまるで通用しない。
能力の規模が、強さの次元が、戦っている舞台が、見ている世界が、何もかもが違う。
こんなのは反則もいいところだ。
世界の法則(ルール)そのものを塗り替えるゲームマスターにプレイヤーが勝てる筈がない。
ワールドオーダーは変わる世界に対して、事前に応用、対策まで練っている。
それどころか次の、そのまた次の世界の法則までもが自由自在だ。
一撃死の世界すら行動を誘導するためのブラフだろう。
新しい世界の法則にいちいち振り回されているようでは話にならない。
「ぐ、ぎ…………この…………っ!」
人体などバラバラになってもおかしくない墜落事故のようなダメージを受けながらも、すぐさま立ち上がった。
タフネスも人外の域である。
「丈夫だねぇ、これは面倒だ」
その様子を見て、関心と呆れが混ざったような感想を漏らす。
動けない程度に痛めつけるつもりだったのだが、ここまでタフだと加減が難しい。
能力を使って一発で制圧しようにも、残念ながらワールドオーダーの力は使用者の認識に大きく依る力である。
ワールドオーダーにとって目の前の相手は神様などではない。
彼にとっての神様とはもっと別の概念だ。
能力の対象は個人ではなく世界の定義である。
目の前の対象が定義できない以上、対象にはできない。
「お遊びはこの辺で手打ちにして、少しはお話を聞く気にならないかい?
さっきも言ったけど、僕はあくまで君とお話しに来たんだ。君にとってもそこまで悪い話でもないと思うのだけれど、」
ワールドオーダーが言葉を言い終わる前にオデットの体が掻き消えた。
「『攻撃』は『跳ね返る』」
死角へと瞬間移動を果たした相手を振り返ることなく、背後に迫りくる灼熱の劫火を跳ね返した。
オデットは自らに跳ね返って来た炎の渦を、超反応で瞬間移動することで躱した。
「ま、そう来るよねぇ。となると、残念だが強制的に動けなくするしかなさそうだ」
面倒そうに肩をすくめる。
自身が勝つと微塵も疑っていないその態度に、オデットがピクリとこめかみをヒクつかせた。
「はっ! 調子に乗んなよクソが。
さっきだって今のだって、一瞬遅けりゃテメェは丸焦げだっただろうが」
純粋な移動速度や反応速度はオデットが圧倒的に上回る。
瞬間移動からの攻撃に対して能力の発動が一瞬でも遅れていたらワールドオーダーは死んでいた。
何度か繰り返せばその内決まってもおかしくはないほどの紙一重の差でしかない。
だが、ワールドオーダーは自身の健在を主張するように両手を広げる。
「その通り。だが僕は今もこうして無傷で生きている。
それはつまり、今ここで僕は君に負ける運命ではない、という事だ」
「運命ィ?」
余りも場違いな言葉にオデットが思わず状況も忘れ怪訝な声を上げた。
「そんなもん信じてんのかぁ? 思春期のガキかよぉテメェは!?」
「いいや、信じているんじゃない。あるんだよ神様の決めた運命という筋書きは」
嘲笑を全く意に介さずワールドオーダーは告げる。
冗談でも何でもなく、その声色は真剣な色を帯びてた。
ともすれば狂気のような熱を含みながら。
「だから無駄なのさ。君に僕は殺せない。君にはもうその資格はないようだ」
「笑わせんなよ、殺しに資格がいるかよ!」
ありとあらゆるを殺しつくした少女の中の殺し屋が叫ぶ。
だが、少年は違う違うと指を振る。
「――――世界を革命する資格だよ」
相手の正気を伺うようにオデットが目を細める。
「ふざけてんのか?」
「大真面目だよ僕は」
もう真面目に聞く気がないのかオデットはコキリと首を鳴らす。
「ああそうかイカれてんだなテメェ。
運命だの、資格だの、そんなウザってぇもんなくともな、人は殺しゃ死ぬんだよ」
「そう思うなら続けるといい。君が定められた運命を覆せると言うのなら、その可能性を僕に見せてくれ」
期待と失望が鍋の中でぐちゃぐちゃに入り混じった。
そんな声だった。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
日が落ちる。
積み重なった瓦礫の山の上にオデットがひれ伏し、ワールドオーダーがその頂点に鎮座していた。
これは『踏まれる』と『何もできない』世界。
オデットは抵抗することができなかった。
重力などに貼り付けにされているのとは違う。
力技でどうこうできる次元の技ではなかった。
世界の法則に基づく絶対命令により神が下僕のようにひれ伏し動けずにいる。
「まあ想像よりは大したことなかったかな。想定の範囲内といったところか」
ワールドオーダーは別段、落胆するでも安心するでもなく、淡々とオデットの戦力をそう評した。
言葉の通り、さしたる傷もなくワールドオーダーの完勝だった。
「全盛期の僕が創った代物だから警戒はしていたんだけど、ま、一部取り込んだ程度ではこんなものか」
ぽつりと漏れた言葉の意味がオデットには分からなかった。
そんなオデットの疑問を感じ取ったのか、ワールドオーダーは説明を始める。
「僕はその昔、ある目的のためにいくつか世界を創ってね。
勢い余っていろいろ作ってみたけれど、少し作りすぎてしまったんだよ」
さらりと、世界を創ったなどと妄言のような言葉を吐いた。
「管理するのも手間だし、中には見込みがないような失敗作も生まれるわけだ。
そこでどうするかと考えて。見込みのない失敗作を破壊するための破壊(リセット)装置を作ったわけさ」
それが邪神
リヴェイラ。
世界を破壊するために生み出された破壊神。
この話が事実ならば、神を生み出したというこの男は何なのか。
「いやしかし、世界によってはまさか二柱として同列に語られるとは思わなかったけれど、いやはや宗教というのは面白いねぇ」
予想外の出来事を思い返すように、くつくつと喉を鳴らして嗤う。
オデットは理解できず、唖然とすることしかできなかった。
仮に理解できたとして何ができる訳でもなかったのだろうけれど。
「おっと、少し話がそれてしまったか。
ともかくこれで落ち着いて話ができるようになった訳だし話をしよう、オデット。
まあ君は喋れないから、僕が一方的に話すだけなんだけどね。
視線は暮れ行く空に向けたまま、尻に敷いた相手へと話しかける。
何も出来ないオデットは一方的に話を聞くしかない。
「まずは僕が君に接触した理由から説明しようか。
この殺し合いにもいろいろと順序というモノがあってね。君はそれを乱す可能性があった。
僕らが警戒したのは君の殺傷力ではなく機動力だ。
その機動力でピョンピョン飛び回られたんじゃ簡単に会場を巡られてしまう。
いろんな手順が片付く前に皆殺しにされて終わらされては困るんだよねぇ」
ぼやく様に呟いた。
順序を乱す存在。
そもそも順序とは何を指示しているのか。
「と言っても、もう大分段階は進行しているようだ。
その辺は想定よりもいくらか早く段階を進めてくれた音ノ宮亜理子や、君を差し止めた森茂のお手柄だね。
だから君出会う目的は、君に出会う前の時点で8割がた果たしているといってもいい」
殆ど目的を果たしているというのならば、わざわざここまで手間をかけて、何の話をしに来たのか。
「君にはね、二つお願いがあるんだ」
怪しく嗤い、彼ではない彼がどこかで誰かにしたように指を立てる。
「一つは動くのは次の放送が終わってからにしてほしいという事。
さっきの話の続きだ。君は暫定のボスキャラという奴だから、段階的に最終章に動くのが好ましい。
それまではその辺にでも隠れていてくれ、君が本気で隠れたなら見つけられる参加者なんていないだろう?
と言ってもこれは殆どあってないような話だけど」
次の放送まであと1時間もない。
その程度活動を自粛したところで何の問題もないだろう。
「それともう一つ。君は西側から北へ、時計回りに会場を巡ってできる限り参加者の相手をしてほしい。
何故かって? それは僕が逆側から回るからさ、つまり君と僕で参加者を掃討していくという訳だね」
参加者を皆殺しにすると言うのはもとよりそのつもりだ。
移動する方向だって特に目的がある訳ではない、従ったところで何か問題があるという訳でもないだろう。
確かに従ったところで何の損がある話でもない。
だがしかし、至極単純な問題として。
言いなりになるのが気に喰わない。
「まあただではそうだろうね。だから従ってくれれば条件を緩めてあげよう。
二人とも順調に会場を回っていけば、ちょうど会場の北、時計で言う12時の辺りで合流できるはずだ。
その時にちゃんと仕事してくれていたら君は上がりにしてあげるよ。それだけで君は生還できる」
それはつまり、ワールドオーダーに勝利せずとも生き残れる目を上げようと言う話だった。
それは暗にお前は自分には勝てないと言っているようなものである。
自尊心の高い彼らが果たしてこの条件を飲むだろうか。
「そうだなぁ。それ加えて手付としてこの場で首輪を外してあげよう」
言って、ワールドオーダーはオデットの首元に手をやった。
すると、パキンという音と共にあっさりと首輪が外れて地面に落ちる。
生還条件の緩和に首輪の解除。
実質、移動方向を誘導するだけの話で、その報酬は幾らなんでも破格すぎる。
その疑惑を見て取れたのか、ワールドオーダーはああとつまらなそうに呟いた。
「気にしなくていいよ。どうせ君は不合格だ。
そんな奴が生きようが死のうが帰ろうが、正直どっちだっていいのさ。
君の首輪は普通のやつだしねぇ」
目の前の相手から興味すら失いながら、利用できるから利用する。
ただそれだけの話だった。
残酷で利己的な非人間。
「それと最後に、面倒なのを解いておこうか。『呪い』など『存在しない』」
世界が変わり、オデットの中から人喰いの呪いが解呪される。
同時に『何もできない』常態が解除され、上に乗るワールドオーダーを振り払い小動物の様に機敏な動きで離れた。
僅かに離れた距離から警戒するような体制のまま、呪い殺すような怨嗟を込めて相手を睨み付ける。
「そう睨むなよオデット。怖いじゃないか」
薄く笑いながら、肩をすくめる。
オデットは自らの首元を確認する。
そこには本当に何もなくなっていた。
「……いいのかよ俺の首輪を外しちまって。そのまま会場外に逃げちまうかもよ」
「それは無理だよ」
ハッキリと言い切る。
お前には無理だ、と言うよりも。
最初から可能性なんてない、そんな言い方だった。
「だって、会場の外には何もないから」
「何も…………ない?」
「そのままの意味さ。まあ確認してもらっても構わないけど、あんまり意味はないと思うよ?」
どういう意味なのか理解しかねるオデット。
言葉の通りだとするならば、この世界は何なのか。
「まあともかく、僕からの話は以上だ。あとは君の返答しだいなんだがどうする?」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
一仕事終えたワールドオーダーは鼻歌交じりに廃墟を練り歩いていた。
あの後、素直にとはいかなかったものの、オデットは条件を飲んだ。
最終戦の回避という条件を突っぱねて、必ず殺すと捨て台詞を残して去っていった。
「順調だ、実に順調だ」
気が遠くなるほど願い続けた悲願の達成は近い。
そう思えば、足取りも軽くなると言う物。
「ん?」
だが、ふと何かに気付き、その足が取りが止まる。
ワールドオーダーは遠方の空を見上げた。
そこに小さな光が見えた。
それは暮れ始めた空に輝く一番星ではない。
見る者を呪うような漆黒の光。
それは虚空を裂きながらミサイルのような勢いで降り注いできた
「ッお!?」
遥か天空からワールドオーダー目がけて一直線に落ちてきたのは、鳥でも飛行機でもなく人間である。
ワールドオーダーは咄嗟に体を庇うように両腕をクロスしその流星を受け止めた。
だが、その勢いは止められず地面へと叩き付けられる。
「ぐッ……! ぉぉお!?」
背中にロケットエンジンでもついているのではないかという推進力で流星は止まらない。
荒廃した市街地をサーフィンでもするかのようにワールドオーダーの体を踏みつけにして瓦礫を吹き飛ばしながら地面を削ってゆく。
「『生、物』は……『触れ合えない』…………ッ!」
世界が変わり、蹴り続けていた体がようやく離れた。
ワールドオーダーの体は慣性のまま無様に地面を滑り。
襲撃者は空中でくるりと回転すると華麗に地面に着地した。
「ッ…………まったく。面倒なお方が来たね」
汚れを払いながら苦笑を浮かべつつ立ち上がる。
目の前に起立するのは存在感のない男とは対照的な、見るものすべてを圧倒する絶対的な存在感の男だった。
闘争其の物であるかのような強さの化身。
大日本帝国の皇、魔人皇――――
船坂弘。
「余が貴様の前に来た理由は言わずともわかるな?」
深く染み入るような重さの声。
威風堂々という佇まいから放たれた問いの裏には聞くだけで身もすくむような、荒々しい海のような怒りの波が隠れている。
個の武力で一国を統べる魔人皇の怒り。
その大波を前にしながら、ワールドオーダーはとぼけるように首をかしげる。
「さてねぇ? なにしろ心当たりが多すぎてなんとも……。
よろしければその理由とやらを聞かせてもらえるかい?」
その言葉は挑発なのか本気で言っているのか判断がつかない。
魔人皇は苛立ちと怒りを腹の底に飲み込み、その問いに応じる。
「貴様はこの俺に、日本国民を手にかけさせたな」
「そうだけど、何をいまさら。全員が殺しあうって旨は最初に説明したはずだけど?」
今更目の色変えて抗議をされるような話ではない。
危険にさらしたというのならともかく、手にかけさせようとしたというのは言いがかりだ。
殺したくないというのなら勝手に殺さなければいい。
「そうではない。俺の知らぬ日本国民を連れてきたことだ。
皇国の守護者たる俺によもや国の未来を担う宝を手にかけさせようなどという蛮行。万死に値する」
違う世界で有ろうとなんだろうと日本人は彼にとって庇護すべき対象である。
それを朝霧舞歌という未来を担う筈の若者を殺させ、多くの者を手に仕掛けかけた。
「そっちが勝手に勘違いしただけだろう。その責任を押し付けられてもねぇ」
「確かに俺にも責はある。その責はいずれ担おう。だが貴様の始めたことだろう。その責任を貴様が取らずにだれがとる?」
一歩、前へと魔人が踏み出す。
既にやると決めている。
こうなるともう、どれほど言葉を尽くそうとも、納得して引くことはない。
これまでの相手のように戦力差を見せつけたところで退くこともないだろう。
何せほどんど私怨のようなものだ、その手の輩はどうあっても向かってくる。
しかも相手は魔人皇、逃げるのも手間だ。
「まいいさ。君は運がいいよ、いや悪いのか。
ちょうど一仕事終えたところだ、少し早い気もするが僕も次の段階に移行しよう」
支配者が両手を広げ、歩を踏み出す。
ワールドオーダーのこの場における役割はゲームバランスの調整と一定の流れになるための情報の流布だ。
その段階は終わり次の段階に移行する。
それは即ち、参加者の直接的な脅威となる事だ。
世界の支配者(ワールドオーダー)は高らかに宣言する。
「――――さあ、ラスボスの時間だよ」
開戦の火蓋が落ちる。
先手を切ったのは挑戦者である魔人皇である。
「――――――――墳ッ!」
なんも奇も衒わない真正面からの正拳突き。
だがそれは武を極限まで突き詰めた漆黒の波動を纏った亜音速の砲弾である。
直接触れ合えずとも纏った闘気で殴り抜ける。
「『攻撃』は『跳ね返る』」
拳がくしゃりと果実のように破裂する。
砲弾の如き威力がそのまま跳ね返れば当然の帰結だ。
だが、そんなことは知るかとばかりに船坂は間髪入れず首を刈り取るような上段蹴りを放った。
その蹴りも届かず、枯れた枝木のように右足が脛からポキリと折れる。
船坂は続けて掌打、前蹴り、裏拳、踵落としと連撃を見舞った。
止まらぬ嵐のような猛攻はしかし、その全てが跳ね返り、船坂の手足が玩具のようにひしゃげていく。
その壊れた四肢に向かって飛び散った血液が巻き戻しのように戻っていった。
船坂弘は時の呪いを病んでいる。
時間逆行による肉体再生。
手足が元の形へと直り、再生された四肢で再び殴る蹴るを繰り返す。
だが、直るからと言って痛みがないわけではない。
破損に見合う、見た目通りの激痛を感じている。
にもかかわらず表情に変化はなく、攻撃の手に鈍りもない。
慣れもあるが、そもそも痛みに対する覚悟が違う。
「そうきたか」
足元を見る。
ワールドオーダーの体にゆっくりと黒い靄が巻き付いていた。
それは視覚化できるほどの呪いの束だ。
ジワリと浸食された足が重くなるのを感じる。
直接的な攻撃ではなく呪術による干渉が本命という事だろう。
届かぬ攻撃の繰り返しは愚策に見えるがその実、ワールドオーダーの動きを封じていた。
こうも休みない猛攻に晒されていては下手に世界を改変できない。
船坂は自壊を恐れず、すべての攻撃に敵を一撃で殴り殺す力を込めている。
呪いに対処して世界を下手に変えてしまえば、その直撃を受けることになる。
「だったら逆に強めようか」
決して当たらぬ攻撃と身を蝕む呪いを前にしながら、悠然とした態度は崩さない。
条件を変えるのではなく強める。
「『攻撃』する者は『死ぬ』」
「…………かッ!?」
決して止まらぬはずの連撃が止まった。
死に絶えた街に死が転がる。
先ほどのオデットは殺害が目的ではなかったため、生かさず殺さずで時間がかかったが、単純に殺すだけなら実に簡単だ。
だが一つ誤算があった。
それは相手が船坂弘であった、という一点だ。
この船坂弘と言う男は、死んでからが本番である。
ずっしりと重々しく踏み出された足。
死に体で倒れこむはずの体が踏みとどまる。
「ぐ……るるるる……ギぃ…………ッ!」
喰い縛った口から涎をまき散らしながら、不死の王が死に乍ら迫る。
正気を失った単純な動き、咄嗟にワールドオーダーは身を躱そうとしたが、呪いにより足が動かなかった。
そこに鞭のように上からローが振り下ろされた。
空気が破裂するような炸裂音。
ワールドオーダーの腿肉が弾け、へし折れた図太い大腿骨が肉の間がから覗いた。
片足が折れたことにより、体勢が崩れ頭部が下がる。
そこに合わせるようにして、大振りのフックが死神の鎌の如く放たれた。
骨のひしゃげる音が響く。
ワールドオーダーの体が回転しながら飛んで行く。
「ッ…………かぁ………………ッ!!」
魔人皇が声にならない声を上げる。
喉の奥の詰まりを吐き出すように息を吐き、死の淵から黄泉返る。
その目に正気の色を取り戻すと、いつの間にか溢れていた涙と涎を手の甲で拭って口を開く。
「…………二度とその口開けぬよう顎骨を狙ったのだがな」
畏れとも呆れとも取れる声。
ワールドオーダーはあの状況で、魔人皇の拳に対して自ら頭蓋を差したのだ。
最も分厚い骨で受けるという思惑もあったのだろうが、それ以上に能力発動のキーである言葉を奪われることを恐れたのか。
合理的はあるが正気ではない。
倒れこむワールドオーダーは頭蓋を拳大にへこませ、意識があるもかわからない。完全なる死に体だ。
死に体どころか死んでいた船坂は相手よりも先に完全に復活を果たし、既にある程度の冷静さを取り戻している。
警戒を怠らず、確実にとどめを刺すべく動く。
力なく地面にひれ伏すワールドオーダー。
唯一護った口が僅かに動き、ポツリと呟かれる。
「――――――『時』は『巻き戻る』」
時という決して逆流することのない川の水が逆流する。
倒れていたワールドオーダーの体が不自然な形で起き上がり、傷があり得ない形で修復されてゆく。
傷も死も、勝ちも負けも、有利も不利も。
この時間、この世界において起きた出来事の全てが、なかったことになってゆく。
世界の全てが巻き戻っていった。
ただ一つを除いて。
全てが逆行する世界の中で、タッと地面を蹴って何かが駆ける。
――――船坂弘は時の呪いを病んでいる。
船坂の時は凍り付いたように静止しており、あらゆる時の概念は船坂に干渉することは不可能だ。
故に、巻き戻り始めた世界の中で船坂だけがただ一人、正しき時を歩んでいた。
「――――――――疾ッ!」
鳩尾を正確に貫く痛烈なボディーブロー。
時間逆行が解かれワールドオーダーの体がボールみたいに吹き飛んだ。
派手な音を立てながら、強風に飛ばされる紙屑みたいに地面を転がる。
「何をしようと無駄だ。お前はここで去ね」
拳を振り抜いた体制のまま船坂は最後通告を突きつけた。
言葉の通り、船坂にはどのような世界においても喰らいつく実力と覚悟があった。
「――――いいね、すごく”いい”よ。魔人皇」
がばりと、不死ではないはずのただの男が起き上がる。
片足は解放骨折し、もう片足は呪われている。
頭部は歪にへこみ洪水のように赤い血を垂れ流していた。
腹部は体を貫通しなかったのが不思議なくらいである。
顔面は真っ赤に染まってもはやどのような造形か分からなくなっていた。
真っ赤に染まった顔面に三日月のような亀裂が走る。
男の顔に張り付くのは、痛みに歓喜するマゾヒストというよりもサディスティックな笑み。
この男は何時だって世界に対する絶対的加害者だ。
「変動する世界で個の意思を貫き通すのは強靭の一言だ。これまで出会った中で君が近い」
変動する外側(せかい)に合わせるのではなく、確固たる自分(せかい)を貫く。
それこその船坂の強さ、ここまでワールドオーダーを追いつめられた理由だ。
「だが、それだけに残念だ。君の攻略法は見えた」
その目はもう船坂を見ていなかった。
ただ自分の中で完結した出来事として独り言のように呟いて、垂れ落ちる血を舌ですくって怪しく嗤う。
その笑みを見て船坂の中で何か怖気のような感覚が奔る。
この相手はこれまで船坂の戦ってきたどの相手とも違う。
船坂はこれまで戦場で立ち会った相手にはどのような形であれ尊敬や敬意を払ってきた。
だが、この男にそんなものはない。
私怨以上の不安と畏れのような義務感が膨れ上がる。
放置すれば船坂を、彼の国民を、世界を祟る害悪となるという確信がある。
一刻も早くこの世から排除せねばならないという焦燥に駆られ船坂が駆ける。
「『呪い』など『存在しない』」
それは先ほどオデットに向けた言葉と同じ言葉だった。
世界から呪いが排除されワールドオーダーの足を冒していた呪いが解呪される。
同時に、船坂は自分の中で何かが消えていくのを感じた。
まずは船坂を不死たらしめる厄介な『凍れる時の呪い』を解呪する。
確かに、これで先ほどのまでのような無茶な戦法は使えなくなる。
だがしかし、船坂を最強たらしめるのはいうなれば船坂が船坂である事だ。
不死身を前提とした戦略は練っても、不死身に胡坐をかいたような戦い方はしたことがない。
現にこうしてこの拳を打ち込めば、勝利はすぐにでも手に入る。
「それはどうかな? さぁ時の重さを知れ――――――魔人皇」
「!?」
ワールドオーダーにたどり着くよりも早く、船坂が唐突に膝から崩れた。
攻撃を受けたわけではない。
変化は船坂の内から生じた物だった。
凍っていた時が動き出したのだ。
100年に近い時間の奔流が船坂の身へと一斉に襲い掛かる。
逞しく鍛え上げられた筋肉が急速に萎んでゆき、肌は皺枯れて皮が弛む。
顔には深く皺が刻まれ、髪は白く斑に染まる。
薹の立った老兵は力なくその場に膝から崩れ、
「―――――――嘗めるな、戯け」
倒れこむと思われた体が台風のように旋回した。
脚部が跳ね見惚れるほど美しい後ろ回し蹴りがワールドオーダーの顎の付け根に突き刺さる。
振り抜いた足から投げ飛ばされるようにワールドオーダーの体が飛んだ。
「老いたりといえどもこの船坂弘、貴様如きに遅れは取らん」
突き付けるように拳骨を握りしめる。
日々重ねた適度な運動、健康な食事、十分な睡眠。
この船坂、100手前で往生する程、不健康な生活は送っていない。
ここにいるのは地上最強の老兵である。
一撃は顎の付け根に直撃したし、手応えもあった。
もう喋るどころか、口を閉じることすらできないだろう。
あるいは即死している可能性すらある一撃だった。
だが、
「あーあ。痛ったいなぁもう」
悪夢の中の怪物のように凶悪な何かがぬるりと立ち上がる。
確かに船坂の一撃はワールドオーダーを捕えたはずだ。
なのに何故、立ち上がれる。
どころか、平然としゃべっていられるのか。
「……何をした? どうやって躱した?」
「別に、僕はなにもしちゃいないよ、君が外したんだ」
感覚のズレ、全盛期とは威力も間合いも違う。
例え直撃しようとも、殺しきるには足りなかった。
如何に最強の老兵とは言え、全盛期には遠く及ばない。
「それでもまだ僕なんかよりは圧倒的に強いさ。だからまあ、こうする――――」
すっと、自らの掌で相手を掴むように手を伸ばす。
底意地の悪い、邪悪な笑みをたたえながら。
「さあ、根競べといこう――――――『時』は『加速』する」
突風のように世界の景色が流れた。
点滅する様に空が変わり夜と昼を繰り返す。
周囲の風景が急速に変わり続け、足元に転がる瓦礫が風化して砂へと変わる。
意識だけが取り残されたように変わる世界を網膜に焼き付け続けた。
ワールドオーダーの狙いに気づき、焦る様に船坂は動いた。
加速する世界の中で自分だけが遅く、まるで水の中を進んでいるようだ。
一瞬が永遠のように引き伸ばされいつまでも辿り着けない、そんな錯覚に陥りそうになる。
移り行く世界の中。
時の積み重ねに少年は青年となった。
青年は大人に。
そして老兵は、
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風景は正しく流れはじめ、時の流れは正常に還った。
完全に朽ち果て緑すら生まれ始めた廃墟に、老人が一人立ち尽くしていた。
「いや、まさかあそこから50年以上粘るだなんて、恐ろしねぇ」
呟く老人。長く伸びた白味がかった前髪でその表情はうかがえない。
それは加速した50年を過ごしたワールドオーダーである。
少年を老人にする歳月により、致命に近かった傷口は自然治癒で修復した。
その足元には干からびたミイラが転がっている。
同じ50年でも100歳の老人と、10代そこいらの若者ではそもそもスタートが違う。
公平などありえない。
勝利は最初から必然だった。
「…………き……さま」
「おや、しぶとい。御年150を超えてまだ息があるとは驚きだね」
枯れ果てたミイラが枝木のような指先で悔し気に地面を掻いた。
何とか生きてはいるが、完全に息の虫だ。
生きているのが不思議なくらいである、いつ朽ち果ててもおかしくはない。
戦場の申し子たる船坂は、どのような形であれ己は戦いの中で朽ち果てる確信していた。
畳の上で死ぬなど想像すらできない、そんな苛烈の極みのような人生だった。
それは彼の誇りであり矜持だ。
だが、ワールドオーダーはその矜持を否定した。
戦う事を放棄し、戦いの末に果てるという終りすら奪い取った。
まさか老いという時に殺される事になろうとは想像だにしなかった。
己の行った行為の残酷さをまるで気にするでもなく。
ワールドオーダーは悠然とミイラを見下ろして何かに納得したように一つ頷く。
「うん。これまで相手にした中では一番いい線いってたと思うよ。
――――けれどまだ届かない。僕に負ける程度ではまだまだとても」
強さで言うのならば確実に船坂の方が強かった。
だが、直接的な戦闘力では届かない。
戦っている世界が違う。
生きている世界が違う。
見ている世界が違う。
価値観が違う。
何もかもが違う。
「お休み魔人皇。畳の上とはいかないけれど、穏やかに眠るといい」
そう優しく穏やかな声で、最大限の侮辱を持って魔人皇の最期を見送った。
【船坂弘 死亡】
【I-8 市街地跡/夕方】
【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:初老
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、ランダムアイテム0~1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:参加者の脅威となる
1:東側の殲滅
※『
登場人物A』としての『認識』が残っています。人格や自我ではありません。
【オデット】
状態:首にダメージ。神格化。疲労(中)、ダメージ(大)、首輪解除
装備:なし
道具:リヴェイラの首輪
[思考・状況]
基本思考:気ままに嬲る壊す喰う殺す
1:西側の殲滅?
※
ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、
詩仁恵莉、
茜ヶ久保一、
スケアクロウ、
尾関夏実、リヴェイラを捕食しました。
※現出している人格は『茜ヶ久保一』です。他に現出できる人格はオデット、ヴァイザーです。
人格を入れ替えても記憶は共有されます。
※人格と能力が統合されつつあります。
最終更新:2017年11月10日 10:54