騒めきを立てる木々の影がゆっくりと伸び始めた。
巨大なダムの陰に隠れていた太陽が、傾き始めたことにより山頂に顔を見せ始める。
雪野白兎の埋葬は速やかに終了した。
超人的な能力を持つ二人にとっては大した労力ではなかったが。
出来上がったのは土の下に死体を埋めるだけの簡易的な墓となった。
添える花はなかったので、恵理子は適当な長さの枝木を拾い上げると墓標代わりに土塊に刺した。
そこにリクが後ろから二本目を刺す。
「二人分だ」
「お優しい事で」
皮肉気な恵理子の言葉を無視して、リクは言葉には出さず心中で二人分の別れを告げる。
灰になって消えてしまった彼女は埋葬することなど叶わないけれど、それでも弔う事は出来るだろう。
こんな縁もゆかりもない島に墓標を立てられても嬉しくはないだろうが、かと言って死体を連れ帰るというのも現実的ではないのだから我慢してもらう他ない。
「さて、弔いも終わりましたし、それじゃあこの先に向けて動き始めましょうか。
まずは残った荷物を検めましょう」
恵理子は早々に追悼を切り上げ立ち上がると、地面に放置された荷物へと手をかける。
「おい、勝手に、」
「おや、なんでしょうこれ?」
それを咎めようとしたリクだったが、それよりも早く何かを探り当てたのか恵理子が声を上げた。
そして荷物の中から取り出したのは、車のタイヤ程のサイズのつるりとした銀のリングだった。
一瞬、リクはそれがなんであるかわからなかったが、よく見ればそれは参加者全員の首についている首輪であると気付く。
サイズは明らかにおかしかったが。
「デカいですねぇ。こんなサイズの参加者でもいたんですかね」
「さぁな。よっぽどデブでもいたのかもよ」
普通の首輪に比べて、直径だけなら3倍近くはあろうかというサイズである。
単純に考えるとこれが着けられていた参加者は5メートル超の巨人という事になるだろう。
「はてさて。これだけ大きければ用意するのも大変でしょうに。
ドデカい参加者がいて用意せざる終えなかったのか、それとも、この首輪のために参加者を用意したのかどっちなんでしょうね」
「そんな卵か鶏の話じゃあるまいし。普通に参加者に合わせたんだろ」
いきなり何を言い出すのか。
首輪のために参加者を用意するなんて本末転倒すぎて意味が分からない。
それじゃあ優先順位がアベコベだ。
「まあ確かに普通に考えるとそうなんですが。この事件を普通もへったくれもないでしょう。
ほら、デカすぎると途端にチャチくなると言うか、まるで初心者向けの食品サンプルって感じがしません?」
「なんだそりゃ」
よくわからない例えだったが、サイズ感がおかしくてリアリティが薄れるというのはわからないでもない。
しかし、これは紛れもなく参加者を殺せる、参加者を殺すために作られた道具である。
「逆の可能性は考えられる訳ですよ。この参加者は首輪の規格(フォーマット)に合わないから見送ろう、ってね。
だがそうはならなかった、こんな代物まで用意して謎の巨人を参加させた。それは何故なのか、という話です」
「これだけ大掛かりな事を仕掛けたんだ、今更、特注の首輪の一つや二つ作る手間は惜しまないだろ?」
「それはそうですね。ですが手間は手間です削減するには越したことはないと思いません?
それほどまでに重要だったのはこの首輪をつけていた参加者なのか、それとも」
この首輪か、という推論らしい。
「……妙なところに目をつける奴だな」
「まあ、そういう性分ですので」
分からないことは追及したいという探求心や知識欲。
これらは
近藤・ジョーイ・恵理子という人間を構築する大事な要素だ。
着眼点もそうだが、それが知れたところでどうなるというのか。
リクにはよくわからない話だった。
「まあ考えても仕方ないというのは確かですね。それよりも、バラしてみましょうか? これ」
「やめておけよ。下手に素人がいじってダメにするくらいなら、知識のある人間に預けるべきだろう」
何せ爆発物だ。取り扱いには細心の注意が必要だ。
恵理子は雑な扱いで、大きな輪っかを指先の上で器用に回転させているが。
「私もそうしたかったのですが、残念ながら、もうそういう段階ではないんですよ」
「段階?」
「ええ、あと2時間ほどで次の放送です。これまでの流れからしておそらくタイムリミットが縮められるでしょう。
いいですか? 参加者は減って死にづらくなるのに、一人死ぬまでの制限時間は減るんです。
そうなればいよいよ首が回らなくなる。そうなる前に、首輪は何とかしておかなくてはならないんです」
否が応でも時間と共に状況は進む。
もう慎重に事を運ぶ段階はない。
「唯一救いがあるとするならば爆破の実行は放送のタイミングで行われるという事です。
仮に制限時間を超過したとしても放送までに首輪をクリアすればいい。
それにしても猶予は8時間後までだ。解析スキルを持っている人間を探す時間もなければ、そもそも生きているかどうかも怪しい。
だからもう持てる手札で何とかするしかないんです」
首輪のサンプルを手に入れたんだから、それを自力で調べる努力くらいはすべきである。
そう恵理子は主張していた。
それは確かに急ぐには納得のいく理由ではある。
「だとしても、ここでやる気か?」
ここは野ざらしの屋外だ。
やるにしても道具の揃った場所でやるべきだと思うのだが。
「この首輪を頂けるんでしたらそうしますがね、貴方と私が行動を共にしない以上ここでやるしかないでしょう」
「だからって、できるのか?」
「そうですねぇ。少なくとも普通の首輪よりかは簡単でしょう。
ドを超すとアレなんで一概には言えませんが、デカいっていうのは扱いやすいって事ですから」
「そんな単純な話かぁ? お前、確か技術畑の人間じゃなくて情報畑の人間だろ?」
どんな仕組みになっているのかわからない爆発物だ。
状況に迫られているとはいえ、それと解析できるものではない。
必要なのは患部を適切に処置する手術のように、どこをどうすればいいのかという知識と技術だ。
「首輪の内側に沿って薄く切れば多分バラすだけなら可能だと思いますよ?
参加者の首を吹き飛ばすために首輪の内側が脆くして爆発に指向性を持たせているはずですから」
「待て、どうしてそんな事を知っている」
恵理子の言葉は推測にしては妙に確信めいている。
「さあ、どうしてでしょうねぇ~?」
「はぐらかすな。答えろ」
「たまたま、首輪が爆発する場面に遭遇する機会があったというだけですよ。
禁止エリアに踏み込む間抜けがいましてね、まあ区切り線もないわけですしあなたも注意された方がいいですよ?」
恵理子は疑われたこと自体が心外だと言わんばかりに肩をすくめて、何でもないことのように言う。
リクもさすがに禁止エリアに向けて人間を放り投げた、何て発想には至らなかったのか。
それ以上の追及が為されることはなかった。
「それで、どうやって解体するんだ? シルバーブレイドで削れってか?」
白兎の使っていた工具セットもあるがドライバーで削るというのは無理がある。
このサイズの首輪なら刃をねじ込むこともできないこともないだろうが、若干厳しい感は否めない。
「いえいえ、私のブリューナクを限定開放すればいいでしょう。
これならミスっても最悪片手を持っていかれるだけで済みますしね」
平然とそう言い切ると、恵理子は緊張や覚悟を決めるなんてプロセスは時間の無駄とばかりに、何の躊躇いもなく巨大な首輪の内側に手をやった。
そして指先からブリューナクをレーザーメスのように放ち、中身を傷つけないよう一枚一枚表面をはぎ取るような慎重さで外装を削ってゆく。
力加減一つ誤れば片腕を失いかねない作業ではあるのだが表情には笑みすら湛え顔色一つ変えていない。
素人の恐ろしさというか、本職の技術畑の人間ではできない、見ているリクの方が緊張してしまうくらいに大胆な手際だった。
「おや、中身が見えてきましたね」
露わになった内側から中身を引きずり出す。
大胆すぎる手際とは対照的な震え一つない精密動作。
引っ張り出されのは配線で円状に繋がれた黒い爆弾だった。
「確かに硬度は相当なものですが、外側から削り取る手段も決してないわけじゃあありません。
ただ配線が切れた段階で爆発するんじゃ首から取り外すのは難しいですね。やはり爆弾自体を何とかする必要がありますか」
外装自体に仕掛けがない事は確認できた。
後は中身をどうするかだ。
勿論、この規格外の首輪の構造が同じであればだが。
「あれ? なんでしょうこれ?」
首輪の中に何かを発見したのか不思議そうな声を上げて何かをつまみ上げた。
恵理子が手に取ったのは『02』と書かれたデータチップだった。
首輪と同じくビックサイズ、という事もなく、これに関しては一般的な規格である。
「おいおい、取れちゃってる見たいだけど大丈夫なのか?」
「取れたと言うより元から関係ないパーツみたいですね、紛れちゃったんでしょうか?」
そう言って恵理子は手元のチップを日にかざすように見つめる。
そしてしばらく無言のまま何やら考え込み始めた。
「これ私が頂いても?」
「ダメに決まってんだろ。こっちで調べる」
「ですよねぇ。ま、調べ事なら私の方が適任だと思うんですがそれはいいでしょう。貴方の戦利品ですしね。
首輪の解除にも直接関係なさそうですし」
そうどうでもよさげな口調で言うと、データチップをリクに向かって弾く。
この首輪は元は
空谷葵の持ち物である、彼女を斃したリクにこそ所有権があるものだろう。
それを無理やり奪うようなまねはさすがにしない。
リクはデータチップを受け取ると取り出された首輪の中身と共にバックの中にしまいこむ。
「……それで、結局のところお前の目的は何なんだ? なんで俺を助けた?」
埋葬も解析もひと段落したところで、改めて問いかける。
シルバー・スレイヤーとゴールデンジョイは互いを助けるような間柄ではない。
同型機の仲間意識があるという訳ではなく、むしろ同型機だからこそ譲れない敵愾心と言う物がある。
これは恐らく他の誰にも分からない彼らだけに理解できる感情だろう。
そんな相手をわざわざ助けるからには、何か明確な目的があるはずである。
「目的ですか? とりあえずは死にたくはない感じですかねぇ。
安全に脱出できるのならそれに越したことはありませんし、
ワールドオーダーを殺して何とかなるんならそうしますけど?」
生き残りというのは全参加者が例外なく目指す目的だろう。
当然と言えば当然の目的である。それは嘘ではないのだろうが。
「それは優勝を目指す事もある、という事か?」
鋭く切り込む言葉に睨みあう二人の空間の温度が下がる。
他の参加者と違ってゴールデンジョイにはその力がある。
リクは返答次第ではこの場で戦うことも辞さないという構えだ。
「まあ場合によってはそうですが、実際問題、難しいでしょう、社長もいる訳ですからねぇ」
それは実力的な意味か、立場的な意味かは明確ではないが。
参加者を皆殺しにしてただ一人の生き残りを目指すつもりはないというのは本当らしい。
「ま、そうだろうな。お前の苦手な大首領様もいる訳だしな」
ブレイカーズ大首領、
剣神龍次郎。
あの男のでたらめさを知るものであれば、あれと戦って勝たなくてはならない道など険しすぎて選ぼうとすらしないだろう。
だが、恵理子は然りとリクをピンと指さす。
「そこです」
「どこだよ?」
首を傾げるリクに、恵理子は指を突きつけたまま言った。
自らの目的を。
「大首領ですよ、大首領。
悪党商会の抹殺対象でありながら今の今まで逃げ延びた、大首領の殺害。
それが私の目的であり、貴方を助けた理由です」
逃げ延びたというより仕留め切れていないというのが本当のところなのだが。
それ故に悪党商会としても忸怩たる思いだろう。
「いや、それは……分かるが」
リクは僅かに言葉に詰まる。
剣神龍次郎はリクにとっても倒すべき宿敵である。
奴を倒すべきであると言うのは理解できるし同意もできる、だが。
「……今ここですべき事か、それ?」
勝者が一人だけなんていうのはゲームマスターであるワールドオーダーが勝手に決めた
ルールだ。
そんなものに従うつもりなどリクには最初からない。
まずはこの事態の解決が第一だとリクは考えている。
元の世界の因縁は元の世界に戻ってから晴らせばいい。
龍次郎との決着もその後でいいだろう。
だが、恵理子はこの疑問にそうではないと応える。
「今だからこそですよ。この状況だからチャンスなんです」
「なぜ、そう思う?」
「まず厄介な三幹部がいない。一角であるミュートスも死にましたしね」
龍次郎は大首領と言う立場上、単独でいること自体が珍しい。
中でも常に大首領の周囲に張り付いているのがブレイカーズの誇る三人の大幹部だ。
確かにそれらがいないこの状況は大きなチャンスのように思えるが、そもそも龍次郎は護衛などいらないほどに強い。
これを勝機と呼ぶには弱すぎる。
「そして、ここならば派手にやらかしてもかまいませんから」
悪党とはいえ秘密組織である以上、真昼間の街中で派手にやりあう訳にもいかない。
特にゴールデンジョイの全力戦闘はとにかく目立つため、おいそれと全力戦闘とはいかない。
「確かにお前が一対一でやりあうにはいい条件なんだろうが、勝ち目があるかどうかは別の話だろ」
確かに条件はいいかもしれない。
だがそれは元の世界と比べて幾分かマシと言う程度だ。
龍次郎との戦力差が縮まるわけでもなく、勝算があるとは思えない。
ゴールデンジョイがいかに強かろうとドラゴモストロの最強を上回ることは不可能だ。
「正直、死にに行くようなものだぞ。生存を目指すんじゃなかったのか?」
その目的は生存を掲げる恵理子の行動方針とは矛盾する。
極端な話、優勝を目指すのではない限り、龍次郎は完全に無視しておいた方がいい。
龍次郎はバカではあるが、無作為に暴れまわるようなバカではない。
「それは違いますよ。私が忌諱しているのは無意味な死です。
死なんて今更恐れちゃいない。貴方だって誰が相手であれ必要があれば戦うでしょう?」
裏の世界に生きる人間は死を恐れない。
それ程に皆、己の役割に準じている。
恐れるのはその役割を果たせず無意味に死ぬことだ。
「貴方はこの場においてもなお『正義』を為そうとしている。
それと同じく、私も『悪党』を為そうとしているに過ぎない。それだけの事です」
こうして恵理子を窘めているリクだって一対一でこそなかったけれど、実際に東京大空洞で龍次郎と死闘を演じた。
もし龍次郎が力なき参加者を虐殺しているというのなら戦うだろう。
恵理子は自分が行おうとしていることはそれと同じだと主張していた。
「わからねぇな。なんでそこまでする、個人的な因縁でもあるのか?」
同じ改造人間として、恵理子が元ブレイカーズである事は知っている。
だが、恵理子がブレイカーズを抜けた経緯やブレイカーズ時代の詳しい事は知らない。
ここまでこだわるからには何かあったのだろうか?
「まあ無くもないですが、どちらかと言うとそれがあるのは社長の方ですね」
「社長? モリシゲが?」
意外な名前が出てきた。
悪党商会社長、森茂。
この男とブレイカーズの間に何かあったと言うのは初耳だ。
「ええ、社長がブレイカーズを抜ける時に色々ありまして」
「おい、ちょっと待て。いまとんでもないことを言った気がしたんだが?」
さらりと告げられた言葉にリクは自分の耳を疑う。
対する恵理子は意外そうな顔で、首を傾げる。
「あれ? ご存じありませんでした? 社長も元ブレイカーズですよ?
と言うか私をブレイカーズに引き込んだのが社長です。そうじゃなければ私が悪党商会に入る縁がないでしょう?」
リクは言葉を失う。
そんな事知るはずがない。
「確かに社長は世襲ですが、諸事情により悪党商会を離脱していた時期があったんです。
戦場を転々としてたらしいですが、その中で最後に所属していたのがブレイカーズです。
といっても社長がいたころのブレイカーズなんて吹けば飛ぶ程度の弱小組織でしかなかったようですが。
どちらかというと研究畑、今でいうあのマッドサイエンティストの役割を果たしていたらしいですよ?」
「待て待て待て待て」
リクは頭痛をこらえるように片手で自ら頭を押さえて恵理子の言葉を制止する。
いきなりそんな情報を叩きつけられても受け入れ態勢が整っていない。
だがそんな事はお構いなしに恵理子は言葉を続ける。
「社長がブレイカーズを離脱して悪党商会の新社長となった時に少々面倒が起きましてね。色々巻き込んでまぁ色々あった訳ですよ。
そして悪党商会の仕事を始めた社長がブレイカーズの初代首領を殺害し龍次郎が現首領になったのが辺りで私が悪党商会に移りました」
混乱するリクだが、必死で頭の中で受けた情報を吟味し考えを整理する。
とりあえず悪党商会とブレイカーズに因縁があることだけは分かった。
だが、やはりそれはモリシゲと龍次郎の、ブレイカーズと悪党商会の因縁だ。
つまり恵理子はあくまで悪党商会の幹部の責務として、あんな常識の箍が外れた怪物と戦おうとしている。
リクが正義を為すのは自らの奥底から湧き上がる正義感に寄るものだ。
彼女にとっての悪党はそこまでするほどのものなのか。
「ええ、この自分が割と好きなんですよ。悪党やってる自分がね」
「この自分?」
そこまでおかしな言い回しではないが妙に引っかかった。
まるで、他の自分がいるような言い回しである。
「そうです。私には複数の自分がいるんです」
「複数の自分って……お前、多重人格だったのか……?」
「いいえ。多重存在とでも呼ぶべきなのでしょうか。私という存在はいろんな世界に点在しているのですよ」
平衡世界における記憶の共有。
それが改造人間として与えられた力ではない、近藤・ジョーイ・恵理子の本来の能力である。
「複数の自分がいるというのは、自分というモノが希薄になるんです
いろいろな人生、いろいろな私を見ているとその内に境界が曖昧になる。
その考えが私自身の考えなのか、『私』という総体の考えなのかも曖昧になって分からなくなってしまう。
実際、幾つもの私も似たり寄ったりのいいこちゃんばかりですからねぇ。その考えに侵されそうになる」
そう言って両手で自らを抱く。
人間は一人分の人生しか生きられない。
その膨大な人生が共有される。
その負担は如何程か、想像すら難しい。
「だが、そうではないと証明しなくてはならない。
故に私は唯一無二を行使します。私が得た『悪党』を実行します。目的に固執します。私が私であるために」
それが近藤・ジョーイ・恵理子が『悪党』を為す理由である。
頑なにこの場においてもぶれない方針はそのためだ。
そして「……あぁ」と、どこへ向けてか恵理子が呟く。
「もしかしたら、あるいは……奴もそういう気持ちなのかもしれないですねぇ」
独り言のような呟きは落陽に溶ける。
いつの間にか日は沈みかけていた。
その呟きの真意を完全に測ることはできなかったが、ここまでの話を聞いて何のために自分を助けたのかは理解した。
「ともかく、お前の目的は分かった。決意が固いのもな。
つまりは、俺に龍次郎を倒すための力を貸せってことだな?」
「違います」
ぴしゃりと言い切られる。
話の流れからして間違いないと思ったのだが違ったらしい。
恵理子は吐き捨てるように笑う。
「貴方と私が手を組むなんてのはあり得ない話だ。
保護や庇護といった上と下の関係ならまだしも、肩を並べるて共闘なんてできるはずがない。そうでしょう?」
それに関してはリクも同意見だ。
リクだって背中を預ける相手は選ぶ。
彼女と共に戦うだなんてありえない話だ。
「いや。それに関しては同意けどな。ならどういう事なんだ?」
「簡単ですよ」
そう言って恵理子は何かを投げ渡してきた。
受け止めたそれを見てリクは驚愕に目を見開く。
「なっ!? これは」
それは改造人間であるシルバースレイヤーのエネルギー源であるシルバーエネルギーの貯蔵ユニット=シルバーコアだった。。
エネルギーの尽きたリクにとって喉から手が出る程欲しかった代物である。
それを何故、恵理子が持っていて、それをリクに渡すのか?
「戦いましょう。私と」
「……なんでそうなる?」
リクには理解できない、話の流れと逆をいくような提案だった。
「前回出会った時に言ったでしょう、あなたと私の力を合わせればあの大首領にも勝てる、と」
「ああ、たしか兇次郎の野郎がそういってた、とかだったか?」
「それはね。一緒に戦うって意味じゃあないんですよ」
怪しげに悪だくみをたくらむ子供のような笑みで恵理子は口元を歪めた。
不穏な気配を感じリクは眉をひそめる。
「私たち惑星型怪人の性能は現時点において改造人間の中で最高ランクですが。
神話型や幻獣型といった後期第二世代型と比べて世代を分けるほどの革命的な大差はない」
恵理子は後ろで手を結び、講義を始めた大学教授のようにリクの周囲をゆっくりと歩きはじめる。
そして半周してリクの目の前に来たところで立ち止まるとピンと一本指を立てた。
「ではここでクエスチョン。なぜ惑星型怪人は第三世代型とカテゴライズされているのか」
「魔術的要素を組み込んでるからだろ」
これまでにない新要素を組み込んだからカテゴリが上がったものだと、リクはそう認識している。
だが、恵理子は作ったような渋い顔で首を振る。
「30点です。そもそもですね、No.009であるシルバースレイヤーがラストナンバーという時点でおかしいのですよ」
「なんでだ? 惑星型の大本(モチーフ)は10大天体だろ? お前がNo000だからNo009で10体、計算は合うぜ?」
「いやいや、カバラの魔術式を組み込んでいる以上、惑星型の大本は10大天体ではなくセフィロトの樹なんです」
「セフィロト?」
「ええ。タロットカードなんかにも使われているのが有名なところですね」
魔術などのオカルト方面には明るくないリクは、あー。と生返事を返すことしかできなかった。
「その辺はよくわかんねぇんだよ。詳しい説明受ける前にブレイカーズから逃げ出しちまったしな」
「我ら惑星型には魔術的な要素が組み込まれているのですから学んでおいた方がよいですよ。
このくらいは占い好きの女子中学生でも知ってるレベルの知識ですから」
惑星型怪人にとって魔術的知識は重要な要素だ。
ゴールデンジョイも自らの魔術的な属性に太陽神の要素を見立て能力を強化している。
「惑星型怪人は各々がセフィロトにおけるセフィラに対応しています。
セフィロトには10のセフィラの他に、別の次元に存在しているとされている隠れた叡智(ダァト)があるんです。10では1体足りません」
つまり、本来であれば惑星型には11体目が存在しているはずだ。
恵理子はそう言っていた。
「いや、それは分かったが、なんでいきなりそんな話になる?」
惑星型に隠れた11体目が存在すると言う話は、なる程驚きではあるのだが。
ここにいない11体目の話と、リクと戦うと言う話や龍次郎を倒すと言う話には繋らない。
そんなリクの疑問にかまわず、恵理子は講義を続ける。
「これは流石にご存じでしょうが。
私の『無限動力炉』然り、貴方の『完全制御装置』――そのベルトですね――も然り。
惑星型はそれぞれに特化した機能を持っている特殊パーツ有しています」
そう言ってリクの腰元を見つめる。
完全にリクの体と一体化しており変身時にのみ表面化するため今はそこには何もないが。
ベルトはシルバーコアから流れる特殊エネルギーを制御し配分する高次元の制御装置である。
「これらの特化パーツをかき集めて作る一人の究極の改造人間。それが11体目の正体です。
まあそれもこれも、計画の『基礎』を担う貴方が逃げ出してしまったため、めでたくご破算というわけですが」
ハハとここにいない誰かを嘲笑うように声を漏らす。
11体目の正体。それはリクにも理解できた。
だが、ふとした疑問がある。
「だったら最初からそのパーツを組み込んだ究極の怪人ってのを作ってればよかったじゃないのか?
いったん俺らに組み込んで泳がす必要がないだろ」
はっきり言って無駄手間だ。
そんなことをして実際パーツに逃げられてるんだから目も当てられない。
「それがそういう訳にもいかないみたいで、各パーツは素体の中で運用して実戦の中で魔術的な属性を成長させる必要があったらしいですよ?」
使い込むほどに属性は定着し強化される。
そのための魔術式だ。
つまり惑星型怪人とは苗床に過ぎないという事である。
「すべてを組み込んだ最終型は生命の樹そのものが象徴となり。
カバラにおけるセフィロトは宇宙、つまり世界そのものを指し示しています。故に冠する名は世界(タイプ=ワールド)。
そして生命の樹は人間世界(アッシャー)から神の世界(アツィルト)へと至る道筋を示しており、人が神に至る手段を示したものであるとされています。
――――つまり、第三世代惑星型怪人計画とは『神』を作る計画だったという事です」
神、世界。
どこかで聞いたような単語が出てきた。
妙な符号に気持ち悪さを感じる。
そしてシルバースレイヤーとゴールデンジョイの力が合わさればラゴモストロを超えられる。
ここにきてリクはその言葉の意味を正しく理解する。
『無限動力炉』と『完全制御装置』のみ段階で、あのドラゴモストロを超えられるという事だ。
それが正しければ、なるほどすべてを取り込んだ暁には確かに神の領域に届くだろう。
そして、ここに惑星型が二人いる。
最初から一つになることを前提として作られた同型機が。
「まあ、やるっていうなら相手になるさ」
「そうこなくっちゃ」
どうあっても恵理子が向かってくるのならば止める理由はないし、止める手段もリクは一つしか持たない。
間に入ってこの二人を止められる者も、もういないのだから。
「その前に、最後に一つ聞かせろ」
「何です?」
「なんでわざわざ説明した? 正々堂々って性質じゃないだろお前」
問われた所でごまかす手段もあったはずだ。
恵理子を警戒しているリクに騙し討ちは難しいだろうが、少なくとも話しても恵理子に特はないはずである。
「おやおや失敬しちゃいますね。意外と素直ですよ私?」
軽い調子で受け流そうとするが、リクは真剣な眼差しで恵理子の目を見つめ続ける。
その眼光に、誤魔化しきれないと悟ったのか仕方ないとため息を一つ。
「正直、どっちでもいいんですよ私にとっては」
「何がだよ」
「どっちが勝っても、ですよ。
悪党商会(わたしたち)にとってあれが最大の障壁だ。
私が勝って貴方を取り込んでも、貴方が勝って私を取り込んでも。
アレを排除できるのなら、私にとっては都合がいい。
なら、強い方が得るべきでしょう?」
美しさすら感じさせる酷薄な笑み。
自らの敗北や死すら目的のための道具としてしか考えていない。
役割に殉じている。
リクは神妙な面持ちでその答えを受け止める。
恵理子もこれ以上は言葉は不要と笑みを作る。
「シルバー・トランスフォム――――――!」
「――――――ゴールド・トランスフォム」
情熱と冷静。
対局の二つの叫びが重なり響く。
そして、同時に同じ言葉を唱える。
『――――――変身』
黄金と白銀の輝きが放たれ、己が光を主張する様に互いの領域を染め上げんと入り混じる。
両面から機械音がハウリングする。
解き放たれた光は徐々に人型へと集約してゆく。
一方は鋭く尖った三日月のような刃。
反り返った刃を手にした白銀の鎧に身を包んだ騎士。
白銀の断刃。
[Go! ―――――Silver Slayer]
一方は正義そのもののような太陽の具現。
目を奪われるような絢爛さを湛えた、黄金の光に包まれる金色の異人。
黄金の歓喜。
[Go! ―――――Golden Joy]
どちらの時間でもない、月と太陽が入り混じる黄昏時。
赤く染まる落陽の世界で二人の改造人間が衝突する。
[Both Leg Charge Completion]
牽制も様子見もない。
両足に溜めたエネルギーを解き放ち、銀の刃が最短を最速で突貫する。
[-Counter of Fragarach-(返す光の刃)]
これを迎え撃つは、間合いに入った敵を寸分の狂い無く両断する光の刃。
光速を超え、物理法則すら超える刃を回避することなど不可能だ。
弾けるように光の花が咲く。
それは絶対に回避不能なはずの光の刃を、振り上げられた銀の刃が受け止めたという合図だった。
フラガラッハは敵に向かって〝自動的”に正確無比の光速を超える斬撃を発動させるカウンターである。
それは逆を言えば、有効範囲さえ分かっていれば、いつどこに飛んでくるかも事前に知らされているようなものだ。
ならば、それに合わせて攻撃しながら間合いに入れば撃退は可能である。
とは言え、一ミリも狂いが許されない迎撃作業を成し遂げるには神がかり的な技術と一発勝負を成功させる度胸が必要となる。
その両方がシルバースレイヤーには兼ね備えられていた。
「ははっ。互いに手の内ばれてますからねぇ!」
必殺の刃を破られも黄金の歓喜は余裕を崩さない。
この相手ならば、この程度の事はしてくるだろうと言う信頼にも似た確信。
敵対心と共にそのような感情が互いの中にあった。
[-Spear the Brionac-(貫く光の槍)]
ゴールデンジョイは間髪入れず五又の光槍を放つ。
そして光槍を放ったまま右腕を横薙ぎに振るった。
爪で空間ごと切り裂くように薙ぎ払う。
だが、閃光は指先の五指から放たれる物だ。
直線的な光の槍は指の延長線上として捉え、指先を注意深く観察していれば軌道は読める。
シルバースレイヤーは僅かに跳躍すると、広がった指の隙間に身をねじ込ませた。
躱されたが、跳躍させ駆ける勢いは削いだ。
接近させてはならないというのは対シルバースレイヤーの鉄則である。
近接戦に置いて最強を誇るシルバースレイヤーだが射程はない。
まずはその足を止められたことを良しとすべきだろう。
[Right Leg Charge Completion]
否。シルバースレイヤーの右足に走る輝きを見て、その考えは間違いであると思いなおす。
シルバースレイヤーは止まってなどいない。
[Go! Silver Break]
そのまま空中で錐揉み回転すると大鉈の様に右足を振り下ろす。
この大振りの一撃をゴールデンジョイは避けるのではなく、両手を交差させ受け止めた。
警戒すべきはこの一撃よりも絶対防御である『-Right Light Wall-(正しき光の壁)』すら切り裂くシルバーブレイドによる斬撃である。
そのまま間合いを詰められることを良しとせず、その場に踏ん張らずに蹴りを受けた勢いのまま自ら後方へと吹き飛んだ。
[-Snipe of Tathlum-(喰らいつく光の猟犬)]
吹き飛んだゴールデンジョイが地面に着地するまでの一瞬の間にポポポポと奇妙な音を立て幾つもの光点が宙に生み出される。
光の玉は喰らいつく様に一斉にシルバースレイヤーへと襲い掛かった。
それは太陽光を除く熱源を感知し自動的に敵を追尾する光の猟犬。
[Silver Blade Charge Completion]
幾つもの光玉を前に白銀の騎士は足を止めると、ベルトを操作してシルバーブレイドへとエネルギーを流し込む。
そしてそれをすぐには振るわず、弾けんばかりのエネルギーを刃の中で循環させる。
加熱した刃から、パチンと火花が散った。
その高熱源反応を感知した光球が一点へと集まる。
[Go! Silver Thrasher]
そこを狙って一振りの下に全ての魔弾を薙ぎ払う。
タグラムは消滅。だがその隙にゴールデンジョイは地面を滑るように着地して体勢を立て直す。
「…………さすがに、強いですねぇ」
極端に相性の悪い
覆面男や心に迷いの在った吸血姫戦とは違う。
そしてシルバーコアを補給し、エネルギー残量を気にすることもなくなった。
つまりこれが、ここに来て初めて見せる本領を発揮したシルバースレイヤーの力。
ゴールデンジョイは蹴りを受けた手に痺れがある事を確認する。
足に纏ったシルバーエネルギーが光の壁を超えて伝わってきたのだろう。
想像以上に成長しているという事か。兇次郎の目論見通り。
「では――――こちらも出し惜しみはなしで、切り札を切りましょうか」
取り出したのは、親指ほどの長さしかない小ぶりなナイフだった。
その柄までが漆黒に染まった刃に、どうしようもない不気味な悪寒をシルバースレイヤーは感じる。
あれはまずいものだと戦士の本能が告げ、そうはさせじと全力で駆ける。
だが、遅いと。
ゴールデンジョイは自らの血を吸わせる様に指先を切り裂いた。
鮮血が舞い、同時に唱えるように告げる。
「――――――悪刀開眼――――――」
黒刃がハラハラと解けてゆく。
花吹雪のように宙に舞う。
悪党商会の誇る三種の神器における剣、無形刀『悪刀』。
一定の形を持たないナノサイズの刃の集合体。
だが、何故恵理子がこれを使用出るのか。
三種の神器を使用するには体内ナノマシンが必要となるはずである。
ナノマシン定着のテストとして秘密裏に悪党商会幹部にのみ移植手術実験が施されていた。
茜ヶ久保は手術中に意識を失った。
半田は二時間で根を上げた。
恵理子だけが耐えきった。
適合率3%。
常人と変わらぬような適合率でありながら、能力と精神力で強引に耐えきった。
そのため、恵理子の体には微量ながらナノマシンが含まれている。
回復が促進されるわけでも直接武器として使用できるわけでもなく。
吹けば飛ぶような適合率で有りながら副作用だけはある。
ほぼマイナスしかない状態だが、神器の認証をスルーするだけなら十分だ。
一瞬で一帯を覆いつくした無数の花びら。
悪刀は本来なら発動した瞬間解けるように刃は消える。
ナノサイズの刃が呼吸器から入り込み敵を内部から切り裂く、目視すら不可能な剣の嵐だ。
薄い花びら程度にしか細分化できないのは適合率の低さ故である。
目視可能であるがゆえに分析は可能だ。
目の前に広がる隙間なく漂う刃は回避不可能であるが、刃一つ一つの殺傷力は低い。
下手に躱そうとするよりも、シルバースレイヤーの装甲であれば強引に突破した方が被害は少ないはずである。
ならば、とシルバースレイヤーはブレーキではなくアクセルを踏む。
更に加速するべく、強く地面を蹴りこんだ、ところで。
「な、にィ…………!?」
背後から右腿を貫かれた。
傷口から感じる熱と閃光。
ブリューナクの一閃だ。
だが、ブリューナクは直線的な軌道しか辿れないはずである。
ゴールデンジョイは目の前にいる、背後からの狙撃などありえない。。
何が起きたのか。
その答えを知らしめるようにゴールデンジョイは天空に掲げた五指を広げた。
[-Spear the Brionac-(貫く光の槍)]
瞬間。別方向に放たれた光の槍が、シルバースレイヤーに集約するように襲い掛かった。
前後左右から迫る五つの槍がシルバースレイヤーの手足を掠める。
それは宙に舞う刃の花びら。
これを反射鏡として光槍を捻じ曲げている。
あらゆる方向から迫る光の槍の速度はまさしく光速。
シルバースレイヤーをもってしても予測も回避もままならない。
ゴールデンジョイから延びる光の軌跡はまるで長腕のようである。
一度放てば意思を持ったような動きで敵を捉え、使い手に勝利をもたらす光の槍。
正しく太陽神ルーの魔槍ブリューナクそのものだ。
だが、無数に漂う刃の反射角をすべて計算して対象を狙い撃つ。
そんなことが可能などと、シルバースレイヤーには俄かに信じがたい。
だが、そんなことを可能とするのが黄金の歓喜だ。
全てを読み切り一瞬で計算しきる頭脳を近藤・ジョーイ・恵理子は持っている。
恵理子だけが持っている。
[Body Charge Over]
根源を断つべくエネルギーをバーストさせ、爆風で空中に散布された悪刀を吹き飛ばす。
切り開かれた空白に向けて、シルバースレイヤーが駆ける。
だが、次の瞬間、背に小さな衝撃が走った。
「駄目ですよ~。吹き飛ばした程度で終わったと思っちゃ」
それは悪刀の反射鏡ではなく刀としての本来の使用法。
ズガガガガと次々と小気味よく背中に刃が突き立ってゆき。
シルバースレイヤーの背は一瞬のうちにハリネズミのように棘だらけになった。
一撃の殺傷力が塵のように低くとも、これだけ手数を重ねればダメージも山となる。
動きを止めかけた白銀の騎士に向けて、金色の異人は畳みかけた。
[-Unsinkable Golden Sun-(沈まぬ黄金の太陽)]
日の沈みかけた世界の、最も高い山頂に新たな太陽が顕現する。
太陽そのものと言える光量と熱量を黄金の異人が放つ。
大量の紫外線に晒され続ければ人体などあっという間に被曝するだろう。
「くっ」
シルバースレイヤーの強化外殻であれば太陽光に含まれる有害物質の大部分はカットできる。
光もマスクによってある程度は遮断可能だ。輪郭くらいは捉えられるだろう。
問題は熱。こればかりは無効化できない。
中心部に近づく程、その温度は跳ね上がる。
そのため迂闊に近づくことが出来きなかった。
[-Snipe of Tathlum-(喰らいつく光の猟犬)]
そこに更に追撃。
ゴールデンサンにタグラムを併用し白銀の騎士を追い詰める。
加えて左右と背後からは悪刀の散弾を叩きこむ。
シルバースレイヤーの最も恐ろしいところは近接戦における技量でも、すべてを切り裂くシルバーブレイドの切れ味でもない。
どんな状況でも勝利をもぎ取ろうとする不撓不屈の意思だ。
逆転などさせない。ここで仕留めるべくゴールデンジョイは一気に畳み掛ける
攻勢にでる金色の異人だが、その実かなり無茶をしている。
無限動力炉という文字通り無限のエネルギーを持っているにも拘らずゴールデンジョイが複数の技を併用しないのは暴走のリスクがあるからだ。
限界を超えて無限に回せる動力炉、それが惑星型怪人計画の心臓『無限動力炉』だ。
理論上、無限動力炉は、全開で回し続ければ最高温度は1000万度にまで至れる。
だが、そんなことをすれば当然ゴールデンジョイの体が持たない。
加えて、その出力は放物線を描くように加速度的に跳ね上がってしまう。
一たびアクセルとブレーキの踏みどころを間違えただけで、たちどころに自滅する。
恐らく担い手が近藤・ジョーイ・恵理子でなければとっくの昔にゴールデンジョイという怪人は自滅していただろう。
前方から追尾する光の玉。
左右、後方からは無数の刃。
加えて叩き付けられる太陽光。
この四面楚歌な状況に置いて、それでも。
[Full throttle Charge]
それでも、シルバースレイヤーは止まらなかった。
全身に迸らせたエネルギーで悪刀を弾き、タグラムをブレードで打ち払う。
だが全身は過熱し、光玉は光に紛れて見え辛くなっているため全てを撃墜できる訳ではない。
数発の光の弾丸に身を晒し、ある程度のダメージを覚悟しながらブレードを振りかぶる。
[Go! Silver Thrasher]
シルバースラッシュの構え。
だが追い詰められた状況に焦りをみせたのか、然しものシルバースレイヤーと言えども一息で踏み込むにはまだ遠い。
二息かかるならば確実に躱せると、ゴールデンジョイは身を構える。
だが、シルバースレイヤーは踏み込まず、その場で刃を振り抜いた。
すっぽ抜ける刃。単純明快な一発限りの遠距離攻撃。
ブレイドを投げ飛ばしたのだ。
回転する刃は満月のような真円を描きながら黄金の怪人の首へと迫る。
シルバースレイヤーに射程はない、そう思い込んでいたゴールデンジョイはこれに虚を突かれた。
なんとか咄嗟に身を屈め、ブレードは躱した。
だが、飛んできたのは刃だけではない。
その後ろに追従するようにシルバースレイヤーが迫っていた。
太陽の中心に向かって、満月の切り開いた道筋を駆け抜ける。
間合いに入って拳を構える。
狙うは胸の中心。
改造人間の心臓たる『無限動力炉』に向けて拳を叩きこむ。
[Go! Break Atack]
光の壁を超えて息がつまるような衝撃が強かに胸を打つ。
黄金の怪人が仮面の下で血を吐き、高熱により赤い蒸気となって呼吸口から漏れだした。
「ぐ……ぼっ」
ただですら暴走寸前の動力炉に衝撃が叩き込まれたのだ。
無限動力炉は臨界寸前に暴走めいた回転を始める。
その暴走を抑えるべく、ゴールデンジョイは黄金の太陽をキャンセルし全力でエンジンにブレーキをかける。
だがそれでも、その全身から漏れだす蒸気は止まらず、燃えるような痛みが恵理子を襲った。
「……くっ、ハッ。やってくれましたねぇ……!」
苦し気に胸元を押さえ恨み事のような言葉を吐く。
もうゴールデンジョイに戦えるだけの余裕はない。
動力炉の制御に全力を注がねば確実に自滅する。
だが仮面の下、赤い蒸気を吐く口元は、
「ですが――――私の勝ちです」
笑みの形を作っていた。
[-Counter of Fragarach-(返す光の刃)]
機械音が響き、シルバースレイヤーが袈裟斬りにされたように肩口から血を吹き出しながらその場に倒れた。
切り裂いたのは拳に合わせて放たれた光速を超え、時間すら逆行する刃。
最後の一撃に合わせゴールデンジョイはフラガラッハを発動させていた。
だが、このフラガラッハの発動がダメ押しとなり、無限動力炉は暴走寸前にまで追い込まれたのだが。
結果としては痛み分けと言えるが、立っている者と倒れている者に両者は明確に立場は別れている。
その明暗を分けたのは連戦の疲労だ。
吸血姫との連戦で有るシルバースレイヤーの方がゴールデンジョイよりも先に限界が来た。
覚束ない足取りながら、変身の溶けかかっているシルバースレイヤーの下へと近づき、そのベルトに手をかける。、
ベルトは完全にリクと一体化しており、表面化するのは変身中のみである。
変身が解けたらベルトはリクの体に戻ってしまう。そうなってしまう前に作業を完了させる必要がある。
ぶちぶちと音を立てて力尽くで引きはがす。
「ぐぁああああああああああああッ!」
リクが叫びをあげる。
完全に肉体と一体化したベルトを奪われるのは肉体の一部を引き剥がされる痛みに等しい。
赤い血をまき散らしながらベルトが奪い取られる。
「ハハハハハ! ついに手に入れましたよ!
それじゃあお見せしましょう、見ていてください私の」
未だ煙を上げ続ける黄金の怪人は踊るように回転しながらその勢でベルトを腰に巻き付け装着する。
そしてピンと伸ばした腕をぐるりと回転させる。
「変―――――――――神」
金でも銀でもない、神々しいとしか形容できない光が溢れ出す。
見るだけでひれ伏したくなるような威光。
仮面には角のような尖りが突き出し、額に第三の目が開く。
死を連想させるのような醜さと、生そのものであるような美しさが混在する神人。
――――――ゴールデンジョイ=ルナティックフォーム――――――
暴走寸前だった動力炉は制御装置によって抑えられた。
神人は確かめるようにスッと静かに手を上へと向ける。
何の予備動作もなく放たれた閃光は、巨大なダムの擁壁を切り取る様に消滅させた。
漏れだした水は一瞬で蒸発し、ダムの上空で爆発が起きる。
「ハハハハハハ。素晴らしい! 素晴らしいですねぇこれェ!」
全身にこれまでに感じたことのないほどの力が漲る。
暴走の気配もない。完全に自らの意思の制御下だ。
勝てると確信する。
この力ならば、ドラゴモストロにもワールドオーダーにすら負けない。
世界のそのものを手に入れたような全能感だ。
「くっ、こ……の…………待て」
立ち上がることもできず、地面を這いずりながら追いすがるが。
神人はかつての好敵手に興味を無くしたように悪刀を再び小刀に戻す。
「ベルトを失ったとはいえ貴方は正義ですから殺しはしません。
精々、この場でも正義を果たしてください。ではリクさん。さようなら」
嘲笑うように言って恵理子はその場を後にした。
一人残されたリクは血に濡れた拳を悔し気に地面に叩き付けた。
【F-6 山中(ダム付近)/夕方】
【
氷山リク】
状態:疲労(極大)、全身ダメージ(極大)、両腕ダメージ(大)、右腿に傷(大)
装備:リッターゲベーア
道具:悪党商会メンバーバッチ(2番) 、工作道具(プロ用)、データチップ『02』、首輪の中身、基本支給品一式、ランダムアイテム1~3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:人々を守り、バトルロワイアルを止め、ワールドオーダーを倒す。
1:???
2:
火輪珠美と合流したい
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒
※大よその参加者の知識を得ました
【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:疲労(極大)、胴体にダメージ(極大)、左肩に傷(大)、左胸に傷(大)、右腕に銃創、ルナティックフォーム
[装備]:『完全制御装置』、悪刀
[道具]:イングラムの予備弾薬、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:龍次郎の殺害
2:首輪の解除を急ぐ
【悪刀(アクトウ)】
対規格外生物殲滅用兵装一号。柄に『世界には悪党が必要だ』という文字が刻まれている。
平常時は果物ナイフほどのサイズしかない小さな刃だが、その密度は非常に高く、常人では持ち上げることすら難しい重量となっている。
一定の形状を持たない無形刀。厳密には刀ですらない。
発動すれば液体のように刃を流動させたり、気体のように散布することもできるが、その本質はナノサイズの刃の集合体であり。
体内のナノマシンと連動させれば自在に操作が可能となる。
適合率の低い恵理子では発動させるのに血液を直接触れさせる必要があり、加えて単純な操作しか行えない。
最終更新:2017年04月03日 12:24