「………………ぅうん」
微睡むような深い混濁から、探偵、音ノ宮亜理子は意識を取り戻した。
疲労もあってか、彼女にしては珍しく寝起き特融の曖昧な意識のまま呆とした視線で辺りを見る。
視界に入るのは天に上る煤けた黒い糸。
それを見た瞬間、脳裏で赤く燃え広がる炎がフラッシュバックした。
「…………っ!?」
振り払うように押さえた頭を振る。
そうしてようやく彼女の意識は覚醒した。
今がどういう状況なのかを完全に思い返した。
「……私はどのくらい意識を失っていたのでしょうか?」
自らの手のひらに視線を落としたまま、傍らにいるはずの大男に向けて努めて冷静に問いかける。
亜理子の覚醒を待っていた白い軍服の大男、
剣神龍次郎は遠く炎上する研究所跡を見つめながらこれに応じた。
「意識を失った貴様を研究所から運び出してから、まだ1時間も経ってはいない」
龍次郎の視線は研究所跡から昇る狼煙のような黒煙を見つめている。
あれを目印に誰かが集まってくるかもしれないと考えているのだろうか。
誰が集まったところで龍次郎に万が一はないだろうが、分断されてしまうリスクがあると分かった以上過信はできない。
「それよりも、ほれ」
「……え、おっと」
ポンといきなりデイパックを丸侭投げ渡され、慌てながらも何とか両手で受け止める。
「脱出の際、研究所の入口に放置されていた荷物だ。
おそらくあの女の物だろう。これは貴様に預けておく」
道具など必要ないと、龍次郎は中身を検めてもいないのだろう。
まあその辺は適材適所、亜理子の仕事である。
簡単に中身を検める。
まず目についたのは、手の付けられていない食料やいくつかの支給品。
そして解体済みの首輪だった。
(まあ、あの液体生物ならば解除できてもおかしくはないでしょうけど……)
それでも何か違和感のような物を感じた。
構造の不明な首輪を解体すると言うのは非常にリスキーだ。
そもそも、あの液体生物なら解体する必要すらないはずである。
解除失敗により爆発のリスク負うくらいなら、するりと抜けてしまえばいい。
それができなかったという事は…………。
そう思い至り、解体された首輪を取り出し、中身を慎重に調べてゆく。
その中には『01』と書かれたチップがあった。
これで三つめのデータチップだ。
やはり、中身を調べる必要がある。
そのためにはパソコンが必要だ。
研究所と地下研究所がダメになってしまったのは痛い。
PC機器がありそうなのは残るは市街地くらいである。
北か南、どちらかの市街地が次の目的地となるだろう。
「それで、どうなのだ亜理子よ」
「え? ええ、次の目的地は市街地に向かうべきかと……」
「そうではない」
亜理子の示す方針について龍次郎に異論はない。
と言うより、下手に動かず亜理子の目覚めを待っていたのは行動方針を決めるためである。
決断を下すのは大首領たる龍次郎だが、判断を下すのはブレインである亜理子の役目だ。
だが、いま問うているのはそんな話ではない。
「貴様に――――この謎は解けそうか?」
「――――――」
根本的な問い。
剣神龍次郎は強者を好む。
音ノ宮亜理子がブレイカーズとして認められたのは、その頭脳を買われてのことだ。
「貴様にかけられた役割は分かっておろう。
我が盟友チャメゴンに、首輪解除の要たる博士ミルは死んだ」
新旧含め、この場におけるブレイカーズはここにいる二人だけとなった。
大幹部であるミュートスは死に。特別顧問であるチャメゴンも死んだ。
そしてミル博士という人材の損失は痛手だ。
生き残り少なくなった現状では唯一無二と言っていい人材だった。
龍次郎をしても厳しい現状だ。
「だがそれでもブレイカーズは勝利せねばならない」
敵を物理的にぶち殺すだけなら龍次郎だけで十分だ。
だが、今回に限って言えばそうではない。
この事件解決に最も近いのは亜理子だ。
それは龍次郎も認めている。
「貴様はたった一人でこの謎を、本当に解けるのか?」
龍次郎に智はなく、亜理子に武はない。
互いに己が領分で頼れるものなどいないこの状況で、一人で戦いきる覚悟はあるのか?
龍次郎は亜理子の覚悟を問う。
龍次郎は徹底的な選民主義者だ。
弱者を切り捨てることを厭わない。
下手な返答をすれば、本気で切り捨てかねない怖さがある。
「いいえ。どうやら、この謎は私一人では解けそうにありません」
だが、亜理子はあっさりと白旗を上げた。
「な、にぃ…………?」
龍次郎の蟀谷に青筋が浮かぶ。
龍次郎は挑み敗れた者は赦す。
強きはより強きに敗れるが必定。
最強を誇る龍次郎とて常勝無敗とはいかない。
だが、敗北主義者は赦さない。
諦めを知り挑まぬものを赦さない。
そのような弱者はブレイカーズに相応しくない。
「なので――――――!」
激高しかけた龍次郎を制するように、強い語気で亜理子が吠え、片腕を突き出す。
「――知恵を借ります」
その言葉に首をかしげる。
龍次郎は識者などと言う言葉から一番縁遠い男だ。
自分の事ではないことくらいはわかる。
だが、それならば誰に聞くというのか?
ここには亜理子と龍次郎以外に誰もいない。
疑問に思う龍次郎だったが、そこで亜理子が突き出した指の間に四つの石が挟まれていることに気付いた。
「なんだ、それは?」
「大首領から頂戴した引き寄せ棒を使い、手に入れた物です。
なんでも死者と対話できるという『黄泉への石』というアイテムだそうで」
死者と対話する石。
それを聞いて龍次郎もピンきた。
この謎は一人では解けない。
ならば、
「それはつまり――死者から知恵を集めようと言うのだな?」
頷きを返す。
音ノ宮亜理子にとって、これは
ワールドオーダーの個人的な因縁に基づく戦いだった。
けれど、ミルとチャメゴンの命を背負ってしまった。
もうそんなことは言ってはいられない。
個人の矜持など捨てなければならない。
「ですので、これを、私が使用してもよろしいでしょうか?」
念を押すように確認を取る。
この地では既に多くのものが失われた。
誰にだって会いたい人や、失ってしまった人がいる。
それはもちろん龍次郎だって例外ではないだろう。
死者と対話できるという二度とない機会を、亜理子にくれてやっていいのかと。
今度は覚悟を問うたのは亜理子の方だった。
「構わん、好きに使え」
迷うことなく即答する。
元は引き寄せ棒が龍次郎の物だったとしても。
一度くれてやった以上、それを奪い取るような恥知らずな真似はしない。
何より、勝利のための一手だ。私情による感傷などで止める大首領ではない。
「して、誰を呼ぶつもりだ?」
「私と同じ探偵たちを。
さしあたって、まずはこのメモ帳を私に寄越した探偵を呼ぼうかと」
亜理子がポケットから取り出したのはワールドオーダーについての考察が書かれたメモだった。
このメモがあったからこそ、彼女はあのワールドオーダーとの対峙を乗り切れた。
謎を解き、宣戦布告を叩きつけることができた。
「事件現場で何度か顔を突き合わせただけで殆ど面識はありませんが、協力してくれると思います。
このメモを私に名指しで送り付けたのは彼女ですから、事件解決を私に託したという事でしょう」
そう言って、亜理子は石を一つ握りしめて祈る。
呼び出す者の名を呼んだ。
その名は。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
途端、華と香の混じったような香りが鼻孔を擽った。
景色が一変する。
巨大な雲の隙間から白く黄金の光が射し、薄靄に遠方の景色が霞む。
そこは赤い彼岸花が咲き誇り、白い石が敷き詰められた河原だった。
見るものに美しいと言うより物哀しいという印象を与える、そんな光景だった。
その二人の眼前。
亡霊のような薄ぼんやりとした影が揺れながら浮かび、徐々に色濃く実像を結んでいく。
それは周囲に咲く彼岸花のように赤い髪の女だった。
ハンチング帽を目深にかぶり直し、物憂げな表情で気怠そうに口を開く。
『まったく……死者を起こすなという』
亡霊の名はピーリィ・ポール。
亜理子は彼女の探偵としての活躍や噂は、不穏な噂を含めて把握している。
潔癖症の亜理子にとって『試し』の対象となるかという調査だったが。
結局、決定的な証拠は亜理子をもってしても掴めなかった。
簡単に尻尾を掴ませないあたり、その実力は確かだろう。
「あら、寝起きは悪いのかしら?」
『却説ね。何しろ死から目覚めるのは初めての事だ。
いやそれも正確ではないか、僕は今だ死に続けている、死んだままこうして意識を保ち思考したまま話をしている。
何なんだろうねこれは、確かに死亡したことを自覚している僕がいる。
我思う故に我ありとはよく言ったもので、確かに僕はここにいる訳だが。なら、こうしている僕はなんなんだろうねぇ。
磁気かなにかに記録された情報から僕を再現した何かなのか。
肉体という入れ物から解き放たれ魂のみで生きる幽霊なのか。
魂の実在を証明できた科学者は存在しないが、また魂が架空であると証明できた科学者も存在しない。
そもそも魂とはなんなのかから定義しないといけないわけだけど
生前の記憶と人格を有しているのならそれは、』
「悪いけれど、長話に付き合うためにあなたを呼び出したんじゃないの。
時間も限られているんだから、本題に入らせてもらっていかしら?」
放っておいたらいつまでも話し続けていそうなピーリィに亜理子が口を挟む。
石の効果は30分。時間は限られている。
どうでもいい雑談で消化されては目も当てられない。
『本題? おやおやそんなものがあるのかい?』
「ええ、あなたには、この事件の謎を解く手助けをしてもらいたいの。どうかしら?」
攻略のヒントとなることをわざわざ他者に送り付けたのだ。
事件解決には積極的であるはずである、という算段だったの、だが。
『――お断りだね。僕には君を助ける暇はあっても、義務がない義理がない得がない、つまりは協力する理由がない。
何が悲しくて初めて顔を合わせた赤の他人の手助けなんかしなくちゃいけないんだい?』
振り返り、話が違うじゃねぇかと非難めいた視線を送る龍次郎。
提案はにべもなく断られた。
実際のところ、あのメモを送り付けたのは鴉の悪戯だったのだから当然と言えば当然の結果である。
「じゃあ言い方を変えましょう。
私に協力するんじゃなくて、ワールドオーダーに一矢報いる手助けをするつもりはない?
あなただって自分が死ぬ元凶を作ったあの男に思うところはあるんでしょう?」
取引が無駄な死者に対して提示できる条件はこれくらいだろう。
死者が望むのは生前叶えられなかった未練か、自らに死を齎した者への復讐である。
『生憎だが。僕は別に怨んじゃいないさ。
いい加減生きるのにもうんざりしていた頃合いだったし、それほど死にたくなかったわけでもないしね。
望みどおりの最期だった、とは言い難いけれど、まあ人の死なんて大概が儘ならない物だろうしね。
あれはあれで悪くない最期だったとおもってるよ。本当だぜ? だから君たちに協力する理由がない』
この世に正当な
罪と罰があるのならば。
己のような悪人が望み通りの死を迎えられたのなら、それこそ納まりが悪い。
下手人である鴉に対する恨みなんてないし、元凶であるワールドオーダーに対してだって恨みどころか大した興味すらなかった。
『と、言いたいところだけど。いいよ、協力しても』
「どう言う風の吹き回し?」
突然態度を変えた。
あまりの急変っぷりに何かの罠かと疑ってしまうほどだ。
『何。僕にしては珍しい気まぐれさ。本当に珍しく、今は気分がいいんだ』
ふっと笑みをこぼす。
ピーリィの人となりを知らない二人には、その表情の意味も希少性も理解できないことだったが。
彼女にしては珍しい何か思い楔から解き放たれたような柔らかな笑みだった。
『なに。バカは死ななきゃ治らないというが死んでやっと、自分はバカだったんだという当たり前の事実を突き付けられた、というだけの話さ』
どこか遠く、取り返せない何かに思いを馳せる様に呟く。
彼女を長年苦しませてきた病気は彼岸には持ち込まれなかった。
狂おしいまでの殺人衝動はどこかに消えてしまったように収まっている。
彼女の心中はこれまでにないほど穏やかだ。
元より彼女の病気(もの)ではないのだからこの結果は必然だったのかもしれないが。
事情を知らない亜理子からすれば。
いや、だったら最初から協力的な態度をとれよ、と思わなくもないが口にはしない。
『と言っても、放送を聞いているのならば君らも当然ご存じだろうが、情けなくも僕は早々に脱落したのでね。
ここまで生き残った聡明な君たちに提供できるような有益な情報を持っているとは思えないのだけれど』
「構わないわ。私がほしいのはあなたの持つ情報じゃなくて、あなたの持つ思考なんだから。
単純に気にかかったことや興味を持ったことでもいい、なんでもいいから話してみてもらえるかしら?」
同じ探偵だとしても、思考の深さや方向性は異なる。
何が取っ掛かりになるともわからない。
これは亜理子一人では見落としてしまう何かを拾い上げるための作業である。
『そうだねぇ、なら僕が最期に思ったどうでもいい話をしようか。
別段珍しい着眼点というわけでもないだろうが、要はこの殺し合いの目的は何かという話だ。
仮に自分が殺し合いを開くとして目的はいくつか考えられるわけだけど。
趣味、遊戯、興行、復讐、儀式、実験、選別、育成、模倣、伝統、習慣、生体、偶然、冗談、気まぐれ。
思いつく限りではこんなところか。却説、彼の場合はどれなんだろうねぇ』
「少なくとも、あの男は趣味嗜好を楽しむような性質じゃないでしょうね」
亜理子は直接対峙し感じた印象を述べる。
目的に準じた思想犯。
常に笑みを浮かべているあの男に何かを楽しむような嗜好などない。
私欲に塗れているはずなのに俗な欲求とは無縁であるという矛盾を内包した混沌。
それがあの男だ。
『だろうね。僕もとりあえず羅列してみただけだし。
何かしらの明確な目的を果たすために行われていると考えるのが正道だろうね。
趣味や遊戯は無しとなると。金に興味を持つ性質でもなし興行もなかろう。
明確な目的があるとするならば、偶然、冗談、気まぐれもなしだ。
復讐にしては対象が多すぎる上に関連性が無さすぎる、これも薄かろう。
伝統や習慣でやるようなことでもないし、殺し合わせなきゃ生きていけない生体っていうのもないだろう。
何かの模倣であるという可能性はあるだろうけど、これは主目的ではないだろう。
となると残るは、儀式、実験、選別、育成だ』
可能性を網羅して虱潰しに潰してゆく。
それがピーリィ・ポールの推理方法(やりかた)のようだ。
『そもそもなぜ殺し合いなのか。
殺し合いってのは手間だよ~。
なにせ前準備、隠蔽、強制、反逆のリスクまである。僕なら他に選択肢があるんなら絶対にやらないね。
もしこれが仮にじゃんけん大会だったら反旗を翻すものもなく穏便に終わっていただろうさ。別の不満を漏らす者はいただろうけどね。
殺し合いでなければならない理由があるんだ。生き残りを賭けなければならない何かが』
「アレじゃねぇのか? 虫集めて壺でアレするアレみたいなもんじゃねぇのか?」
「蟲毒ですね」
口をはさんだ龍次郎の発言を亜理子が捕捉する。
蟲毒とは、昆虫や爬虫類を一つの容器に詰め、共食いさせて殺し合わせて、最後に生き残った一匹を神霊とする儀式だ。
確かに、生き残りをかけたこの殺し合いと似ている。
『蠱毒か。確かにそれは東洋呪術の知識が多少でもあるの者ならば殺し合いと聞いて真っ先に思いつく可能性だ。
別に僕はこの儀式が=蠱毒であるとは思わないが、形式として近しいのは確かだろうね。
いいかい。蟲毒っていう儀式はね、始めた時点で勝ちなんだよ。
何故ならあれは特別な虫を見つけ出す儀式ではなく、生き残った虫が特別になる儀式なんだから。
そこに特別な何かは必要ないんだ』
「特別に、なる…………」
『そう、特別なものを見つけるのではなく、最後に残ったものが”結果として”特別になるんだ。
まあ身もふたもないことを言ってしまえば、僕はオカルトには否定的でね。
虫を殺し合わせた所で残るのは神霊じゃなくてただの虫で、最初から意味なんてないと思うがね。
だが問題はそこではなく。僕がどう思っているかでも実際にオカルトが存在するかでもない。
これを実行したワールドオーダーが何を信じているかだ。
彼の中では真実ならば、実行する理由になりえるという事だ。たとえそれが何の根拠もない妄想だったとしてもね』
「つまりワールドオーダーはこの殺し合いで特別な何かが生まれると思っているという事?」
『却説どうだろうねぇ。そこまで断言はできないさ。
ただ、もう一つ、蠱毒で重要なのは蠱毒で生み出した神霊は、呪術なりの儀式に使う触媒となるという事だ。
蠱毒とは目的達成のための道具作り、過程であって目的そのものではない。
つまり目的を論ずるならば、論ずるべきはこの殺し合いが目的そのものなのか、目的に至るための過程なのかという事だ』
特別となった生存者を使って『何か』をすることが真の目的だと。
この殺し合いの、その先を示唆する。
『そして十中八九、後者だろう。
そうなると勝者が帰れるという話も眉唾になるわけだが、まあ精々頑張ることだ』
「他人事ね」
『他人事さ。誰を心配する義理もないしね。
脱落した僕は草葉の陰から見守っていくらいしかできないさ。
おっと無駄話が過ぎたか、どうやらそろそろ時間のようだね』
もう時期30分。
周囲の風景ごと風にさらされた霞のようにピーリィの体が薄れてゆく。
「そのようね。参考になったわ、ありがとうピーリィ・ポール」
その言葉に、ピーリィが意外そうな顔をして目を丸くする。
純粋な感謝の言葉を受けたのはいつ以来の事だろう。
もしかしたら、初めての事かもしれない。
思えば、彼女は抑えきれない殺人衝動を晴らすべく誰かを害すための推理をしてきたが。
純粋に謎を解くために推理するのは初めての事だった。
『いやまあ、最後の最後だが、偶にはこう言うのも悪くない、か』
悪くない気分だ。
探偵は少しだけ笑って。
始めから夢であったかのように、跡形すらなく消えさった。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「……正一ィ」
『お前か、龍次郎』
獣の呻りのような声で悪の首領はその名を呟いた。
そこに込められた感情は、怨嗟や憎悪といった暗いものではない。
昂りと歓喜を無理やり抑え付けたような声だった。
生者と死者を分ける川越しに、二人の男が睨み合うように視線を交わらせる。
一人の名は剣神龍次郎。その正体は悪の大首領であるドラゴモストロだ。
一人の名は
剣正一、その正体はヒーローであるナハト・リッターである。
対極の位置にいるこの二人は単純な敵対関係ではない。
従兄弟同士という血縁関係にある二人である。
だが、血の繋がりこそあれど、悪の組織にヒーロー集団と所属する組織も違えば、弱肉強食と不殺主義、掲げる主義主張も違う。
さらには巨人に中日と、応援する球団に至るまで何もかも異なりどうにも相容れない。
顔を突き合わせれば立場上、生死を賭けて戦いあわなければならない二人だ。
龍次郎が成人して以来、親族としての付き合いなどあろうはずもない。
だが、それでも互いに嫌悪しているわけではないというのが複雑な関係である所以である。
「ちッ……任せた」
悪の大首領は大きく舌を打つと、後方に下がって腕を組んで瞑想するように目を閉じた。
対話の時間は限られている。突っかかっていては必要な話もできなくなってしまうだろう。
自分の性格を重々理解しているのか、これが相手では私情が入りすぎると口を挟まず静観を決め込むつもりらしい。
投げやりに舞台を明け渡された亜理子は若干戸惑いつつも、時間がないこともあり話を進める。
「えぇっと、では改めて。剣正一さん、この事件の謎を解くために協力していただけないかしら?」
『ああ。もちろんだ。できる限りの協力はさせてもらうよ。
いつだったか君には質問に答えてもらった借りがあるしね』
軽やかに応じる様は、酸いも甘いも噛み分けた大人の態度だった。
先ほどまでのどこかの誰かとは大違いである。
『そうだな、では何がヒントになるともわからない。
ひとまず俺がこの場で体験した出来事を、一通り説明していこう』
亜理子は頷く。
時間が限られているのを察しているのか話が早くて助かる。
『スタート地点はC-10にある研究所だった。
まずは現状確認として支給品を確認したところ、俺の支給品は魔法の杖に鞭、そしてチャメゴンだった』
それを聞いて、静観を決め込もうとしていた龍次郎がブッと吹き出す。
「…………お前かよ」
『ああ、チャメゴンには世話になった。合流は……まだでていないようだな』
龍次郎とチャメゴンが合流したならば離れるはずがない。
常に龍次郎の肩に纏わりつくようにしているはずである。
その影がないことから正一は合流できなかったと判断したが、真実は違った。
「いや、再会はしたさ……おかげさんでな」
僅かな歯切れの悪さとそこにチャメゴンがいないと言う事実。
それで事の顛末を察した。
洞察力が優れているというのも善し悪しだろう。
正一はそうか、とだけ告げ、慰めの言葉などかけず龍次郎から視線を外す。
『話を続けよう。研究所では
ミリア・ランファルトと言う異世界の少女と遭遇し行動を共にすることとなった。
彼女とともに研究所内の調査を進め、その折にモニタールームで首輪のデータを回収している女を発見する。
すらりとした妙齢の美しいブロンドの女だったが、あれは明らかに人間ではなかった。何せ背中から触手を伸ばしていたからな。
怪人ではなく恐らくは宇宙人。液体状する能力者、というより液体生物だったように思う。
女は自らが主催側が送り込んだジョーカーである事を明かし、我々と交戦することとなった』
女の姿をした液体生物。
その存在に亜理子と龍次郎は心当たりがあった。
妙齢という年齢的特徴だけでは合わないが、おそらく間違いないだろう。
地下研究所を襲撃した
セスペェリアだ。
「そう……ジョーカーだったのね、あの女」
亜理子が忌々しげに呟きを漏らす。
言われてみれば思い当たる節もあった。
そうと知っていれば、別の対応もあっただろうに。
完全に滅してしまった今となっては情報を引き出すこともできない。
いや、今更悔やんでもどうしようもない話だ。
あの状況では亜理子が生き残れたのが奇跡である。
切り替えるべきだろう。
『苦戦を強いられたが、チャメゴンの手引きにより
空谷葵、ミル博士の両名と合流に成功。
不利とみた宇宙人は下の部屋に逃亡、そこから忽然と姿を消した。
逃げた部屋には繋がったままの電話が残されていたことから、おそらく電話を使って何かしらの能力か支給品による力で離脱したものと思われる』
電話と聞いて亜理子は回収したセスペェリアのデイパックにあった器械の存在を思い出す。
『電気信号変換装置』。電話のつながった先へ受話器を通じて移動することができるという道具である。
恐らくこれを使ったのだろう。
『あの宇宙人は首輪の情報を回収していったが、あれはこちらにワザと見せつけていたように思える。
あの研究所は調査した限りあれはブレイカーズの研究所を模したものだったようだが、だからと言ってデータまで再現する必要はない。
そもそも会場にある施設に重要なデータなど入れておく必要がない。
わざわざそれを回収する様を見せつけたということは、
主催者や首輪の解除を促しているのだろうと思ったが、おそらくはそれだけではない。 それに彼女が自らがジョーカーである事を明かしたのにも違和感があった。
確かに俺は彼女の行動からその疑念を持った。だからと言って、わざわざ自らの正体を明かすような真似をする必要はない』
探偵に追い詰められて潔く罪を認める犯罪者じゃあるまいし、知らぬ存ぜぬは通用しないまでも自白をする必要はない。
『俺はまずその答えを、他のジョーカーから注意をそらすためではないかと考えた』
ジョーカーが一人とは限らない。自らに注目を集め他から意識をそらすことこそ囮の役目だ。
それが指し示すのは他のジョーカーの存在。
まったくと言っていいほど態度には出さなかったが、正一は研究所に集まった人間の中にそれが潜り込んでいるのではないかと疑っていた。
『結論から言えば全員白だったので、この考えは見当はずれな推理となったわけだが、その答えは次の襲撃者の存在によって得られた』
「次の襲撃者…………?」
『ああ、次に研究所を襲撃してきたのは巨大な機人だった。
俺はミリアより譲り受けたブレイブスターに乗り、これの対応に出た。
同じく機人を追って行った悪党商会の半田と共闘して何とかこれを撃破したが力足りず。
首輪をブレイブスターに預け研究所に向かわせたところで命を落とした』
それが剣正一の終わり。
顛末を聞き終え、後ろで大きく舌打ちする音が聞こえた。
「なさけねぇ」
『まったくだな。返す言葉もない。
だが、この巨大機人の存在により俺は確信した。
――――――参加者には区分があると』
「区分?」
『俺の戦った機人は確かに強い、確かに強かったが、それだけだ。
はっきり言って俺にはあの機人が生き残れるとは思えなかった。
あれほど巨大さ、生き残りをかけたサバイバルにおいて目立つということは単純に不利だ。
目立つということは狙われるということだからな。
保身もなくただ戦闘行為を繰り返すための機械など、撃破されるために配置されたとしか思えない』
保身なき前進を繰り返す戦うための戦闘機械。
そんな者は参加者から狙われて然る存在だろう。
どれほど強力であれどいつか負ける。
生き残る目など最初からない。
それがわからない主催者でもないだろう。
「つまり、参加者には倒される側の参加者がいるということですか?」
『ああ、そう考えれば自らをジョーカーと明かしたことにも説明がつく。
参加者に首輪の情報を自分が持っていると見せつけて自分がジョーカーである事を明かす。
おそらく、それが彼女のジョーカーとしての役割だったのだろう』
首輪の情報を持つジョーカーであるということは参加者に狙われる要素でしかないだろう。
それを自ら明かしたということは自殺志願でなければ、そういう役割だったとしか考えられない。
『彼女自身がジョーカーである自分の役割をどこまで把握していたかは定かではないが。
おそらくは彼女が最初に殺される役目だったんだろう。
少なくともジョーカーを遣わしたゲームマスターの意図はそこにあるはずだ。
そもそも、宇宙人が体内に取り込んだ情報を得る手段がない。
あの液体生物を拘束して拷問にかける事のできる能力者など限られているし、奴が吐くとも限らない。
考えてみればあの行為は本当に、ジョーカーを狙わせるという意図以外の意味がないんだ。
そして、ジョーカーの行動がワールドオーダーのシナリオ通りだとするならば。
彼女に首輪の情報を得させたのは参加者の首輪を解除させるためではなく、首輪の情報を得た彼女自身が自分の首輪を解くことだろう。
参加者に対するヒントは恐らく残された首輪の解除跡の方だ』
首輪の中にあったチップに書かれた数字が『01』であった事を亜理子は思い出す。
最初の一人であるという考察という考察を裏付けるものである。
セスペェリア自身がその役割をどこまで理解していたのかはわからない。
彼女も愚かでなければ、自分が文字通りジョーカーを引かされた事くらいは理解していただろう。
「最初があるといことは、順序に意味はあるのでしょうか?」
『さて、どうだろう。あるのかもしれないしないのかもしれない。
ただ、これに限らず端々から主催者の意思が見て取れる点は多い。
これはただの単純な殺し合いではない。
ただの殺し合いにしては『必要な要素』が足りず『不要な要素』が多すぎる。
本当にただ殺し合わせたいだけならば、こんなただっぴろい島を会場にする必要はない。
殺され役のようなボスキャラを配置する必要もないければ、首輪を解くための情報を置いておく必要もない。
そして、どれもこれもが一つ解けば終わりという訳ではなく段階的だ。
まるでそう、参加者に障害を乗り越えさせているような意図を感じる。
参加者を試しているのか、何かを確かめているのかもしれない。奴のいう所の『人間の可能性』とやらを』
人を試す悪魔のように。
人間の可能性を試すための試練。
『だが、そう考えたとしても不合理な点はいくつかある。
これが何かを選ぼうとしている『試練』のような物だったとして
生き残った者が=試練を乗り越えた者とは限らない。
むしろこのような様々な事件が同時多発的に起こる舞台では、与り知らない所で事態が終わっているなんて話の方が多い。
サバイバルにおいて臆病は十分な武器だ。何もせず隠れ潜んでいた者が最後に生き残るなんて事も往々にしてあり得る。
何より生き残るのがボス役の参加者である可能性は大きい』
「そもそも、普通の参加者とボス参加者の違いはどこにあるんでしょうか?」
『条件は強さもあるのだろうが、最終的に討たれるという役割を担わされる以上、どういう形であれ目立つ輩であることだと俺は思う』
どれほど強かろうと、いつか討たれる。
魔王
ディウスが討たれたのもそのためだ。
勝ち続けた結果、戦いを呼び最後に死神を引いた。
強いということは常に正解ではない。
『おっと、もうタイムリミットのようだ。すまないな。不明確な思いつきばかりになってしまった』
「いいえ、参考になりました」
足元から薄れ始めた正一に礼を言う。
正一は軽く手を上げこれに応え、最後に、最後に沈黙を保っている男へと視線を向ける。
『龍次郎』
正一は周囲の風景とともに消えかかりながら、その名を呼んだ。
『死ぬなよ。そしてできれば殺すな』
ヒーローとしてではなく、ただの従兄弟としての言葉を贈る。
立場上言うべき言葉ではないのだろうが、死んで今更立場もないだろう。
返事を待たず、正一の体が消え、周囲の風景が草原へと戻る。
「……けっ。誰に向かって言ってやがんだが」
そう吐き捨てる。
絶対的な最強を誇る龍次郎の身を心配する人間など、元より片手の指ほどもいなかった。
その全てはこの地においていなくなった。
とっくに消えた最後の一人もまた、幻のように消えていった。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
『――――――絡新婦。
400歳を超えた蜘蛛が美女に化け人を惑わすとされる妖怪で、文献などでは着物姿の美女や美女と蜘蛛を組み合わせた造形で描かれることが多い。
取り分け多くの文献に登場する妖怪ではあるのだが、絡新婦という字を当てるのは『画図百鬼夜行』だけで、他の文献などでは『女郎蜘蛛』と書かれている。
これは作者の鳥山石燕が『和漢三才図会』から字を当てたためだとされている。
親蜘蛛は沢山の子蜘蛛を産み、子蜘蛛は火を吹き町や野を焼き払う
さまざまな場所にいろいろな逸話が残されているが、共通するのはこの妖怪は姿を変えて人を惑わすという点だ。
本当の姿は誰にも見せず、さまざまなところに糸を張り巡らせて、かかった獲物を捕らえ喰らうという』
聞く者に口をはさむ隙を与えず弁士のような滑らかさで
京極竹人は捲し立てた。
唯一直接の面識がなくどう協力を取り付けるかと気を揉んだが、その心配は杞憂だったようである。
誰も彼も話が長いのは探偵という生き物の性なのか。
亜理子は京極に対してこれまでの二人と異なり、時間を割いてこれまで得た情報をある程度掻い摘んだ上で伝えた。
それで半分近くの制限時間を消費してしまったが、致し方ない事情がある。
何故なら、この男に限っては勝手が違う。
この男が所謂、安楽椅子探偵であるからだ。
彼の頭脳を借りるには事件の経緯は必要不可欠だった。
『この事件はまるで蜘蛛の巣だ。
蜘蛛は恐ろしいまでに慎重に我慢強く、悠長と言ってもいい気長さで細い細い糸を誰にも気づかれぬ水面下で張り巡らせ続けた。
これは恐るべき偉業だ。蜘蛛は誰にも気づかれないまま世界を自らの巣へと変貌させたのだ。
そしてその見えない糸に絡み取られた人間はみな知らぬまま蜘蛛の糸に操られる。
だが、何より恐ろしいのは想像もつかないほどの恐るべき執念でこの巣を張り巡らせたにも拘らず、固執しないという点だ。
様々な事柄に手を出しているにもかかわらず見込みがないと見るや次へと移る。
運命の糸を蜘蛛に握られ全てを狂わされる。ここに集められたのはそういう連中だ。
その糸に雁字搦めに為った者、細い一本の糸に触れた者。程度は違えどみな糸に触れている。
それらの糸が絡み合った終着点、蜘蛛の巣の中心それがここだ。ここはこそが――――地獄の底だ』
尊敬すら込めた感嘆の声を漏らし、黒い和装の男はそう言った。
自らは一切姿を現さず、世界を餌に人を惑わす絡新婦。
それがワールドオーダーという怪異だった。
『それなのに私には疑問でならない』
言葉を止め、空を見上げた。
ふと息を吐く。
緩やかな風が吹き、雲が流れた。
『――――――何故、彼は姿を現してしまったのだろう?』
黒い着物が翻る。
京極の語る人物像が正しければ、蜘蛛は表舞台には最後まで決して姿を現さないはずだ。
それは制限時間がある故の焦りが見せた隙だと亜理子は考えていたが京極はもっと別の可能性を示唆していた。
『蜘蛛に限らず、古今東西、姿を変え正体を隠して人を襲う怪物が正体を現す瞬間が二つある。
一つは退治される直前だ。この場合は必然、妖力や法力がなくなって正体が示されるという場合だ。
そしてもう一つ、獲物を喰らうときだ。これは物語的な都合、人を喰らう怪物であるという記号的意味合いが強い。
さて、今回の場合はどちらなのか?』
「姿を見たと言っても、あの姿も仮初の一つなのではなくて?」
『ああ、それもあるだろう。だがそれにしたってあんな形で明かす必要はない』
「姿を見せたこと自体が、なにか目的の一つだと?」
『そこまではわからない。姿を見せたといっても全世界的に公開したというわけではなく我々の前に現れたというだけの話であるわけだしね。
只、あの露骨な演出はやはり可笑しい。あれでは自らに恨みを抱け、と言っているような物ではないか』
確かに。
あの男に、恨みを抱くのが当たり前すぎてその切っ掛けについて見落としていた。
今回のような殺し合いをさせるにしても、わざわざ姿を見せずともやりようはいくらでもあったはずだ。
これでは、恨みの向け先、対主催の指針を作っただけである。
『いいかい、お嬢さん。物事には必ず理由がある。
魍魎のようなふとした通り物にだってそこに至るまでの因果というものが確かにあるんだ。
後付けの動機などというものに意味はなくとも、それをなすまでの過程には意味がある。
何もないところからは何も発生しない。
この世には不思議なことなんて何もないのだよ』
黒い着流しの男は片目を閉じてそう言った。
だがその言葉は異能や異形が溢れるこの世界では空々しい言葉だ。
『それは違う。
人の持つ当たり前がおかしいのなら、それは世界がおかしいのだ。
そしておかしいにはおかしいなりの理由がある。その理由を知る事だ。
真実は――必ずその先にあるのだから』
拝み屋が黒い着物の裾を翻す。
それはまるで黒い翼を広げた鴉のようだ。
彼岸花が揺れる。
『いいかね。他の誰にも理解ずとも、狂人には狂人なりの規則があり法則がある。
そのことを努忘れない事だ』
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『――久しぶり、という程ではありませんね。何せあれからまだ1日と経っていない。
真逆もう一度再会があるとは思ってもみませんでしたが』
最後に呼んだのは探偵ではなかった。
二度と再会することはないと思っていた彼女の助手。
死者との対話は厳密には再会ではないのかもしれないが。
「一ノ瀬君――――――」
震えを悟られぬよう凛と張った声で、その名を呼ぶ。
それでも、もう会えないと思った人物を前にして、亜理子は先ほどの龍次郎のように心強く在れるだろうか。
鈴のような響きに男は視線を向け応える。
「お願い――――私を助けて」
飾り気のないシンプルな言葉で請うた。
その言葉に、何事にも興味を持たないような顔のまま、男は女の目を真っ直ぐ見つめ、当然のように言う。
『――――もちろんだ』
難しい話じゃない。
助けを求められれば助ける。
友人の頼みとあれば、当たり前のことだった。
『では、時間も限られているでしょうから手短に。
まず一つ、貴女の不安を解消しておきましょう。
安心なさい。あれはそういう能力ではない。我々は間違いなく本物です』
「どういうこった?」
ハッとした顔で頷く亜理子はそれだけで理解し、何かに納得したようだが。
何の話をしているのか、いまいちついていけない龍次郎は思わず口を挿んだ。
『この殺し合いに呼ばれた参加者が全員。
あの少年Aのようにワールドオーダーの能力によって書き換えられて生み出された存在であるという可能性です』
「あぁ…………ぁ゙あ゙ん!?」
考えもしなかった可能性を提示され龍次郎は驚愕に声を荒げた。
対して、その横にいる亜理子は眉を顰め険しい表情をしているが驚いたような様子はない。
それは彼女も、最初から心の奥底で危惧していた可能性である。
『誰もが一度は考える可能性でしょうが、それはあり得ないとその不安を取り払ったというだけの事です』
片目を髪で隠した男はそう断言する。
その妙に確信めいた態度に、龍次郎は首をかしげる。
「なんでそう言い切れる」
『それは私もあの能力を使えるからです』
「あんだと?」
溜息を一つ。
時間がないと言っているのに喰いついてくる龍次郎に若干の呆れを覚えながら。
仕方ないと一ノ瀬は結論に至った根拠を明かす。
『私は、一度見た異能は自分のモノにできる力を持っています。精度は落ちますがね』
信じ難い破格の能力。
亜理子に視線を向けると、嘘ではないと肯定するように頷いた。
「なるほどなぁ、それで?」
『あれができるのは上書きではなく追記です。つまりは元の記述は残るんですよ。
だから元となった人間がいる以上、その記憶も人格もどうしようもなく残ってしまう。
彼が彼足りえているのは、強烈なワールドオーダーという自我がそれらを塗りつぶしてしまうからにすぎない。
仮に我々がそうであったとしても、己が己であったと言う自覚は消去できないのです』
圧倒的な黒が全てを塗りつぶすように
ワールドオーダーという浸みが意識を侵食する。
この会場にいるワールドオーダーもそうして生まれた。
『納得して頂けたのなら、本題に入りましょうか。
貴女と別れてから私が如何にして死んだか。
あの後、僕はワールドオーダーと直接対峙する機会を与えられました』
「やっぱり…………」
そんな気はしていた。
死神と一ノ瀬の死亡タイミングの誤差。
そこで行われた何らかの交渉が決裂し、一ノ瀬は殺害されたのだ。
『そこで、あの男は私に選択肢を提示した。
もう一度殺し合いに戻るか、その場で殺されるか、帰還するか、という三つの選択肢をね』
「帰還って?」
『そのままの意味ですよ、元の世界に帰還を促された、という事です』
他の選択肢と比べ、帰還を促すというのは明らかに釣り合っていない。
どう考えても話が旨すぎる。
「そんなもん、テメェを躍らすための嘘だろ」
『いいえ、嘘ではない。この僕が云う以上――間違いはない。
彼は本気だった。断りはしたものの僕がその選択を受け入れていれば本当に元の世界に帰してくれていたでしょう』
何とも信じがたい話だが。
観察眼に優れた一ノ瀬が言うのなら本当なのだろう。
「……けれど、それは」
『そう、この殺し合いを履行する側の人間として、そんな判断はあり得ない。
彼が小物一人逃したところで大勢に影響がないと考えていたとしても、僕が国家なり相応の組織に知らせる危険性は見過ごせない。
仮に彼が世界すべてを敵に回しても勝利できる力を持っていたとしても、世界すべてと戦争するような手間と僕一人処分する手間を比べればどちらを選ぶかなんて考えるまでもない。
それこそ、まるでその先を考えていないのではないかと思うような判断だ』
「まさか、そんな」
周到に周到を重ねた男だ。
あの男に限って考えなしなんてことはあり得ない。
「……何か、別の考えがあるということかしら?」
『いいえ、考えではなく違う可能性もあるでしょう』
「どういう意味?」
『その先を考えていないのではなく、その先を考える必要がないという可能性ですよ』
だがそれは、ただの言葉遊びだ。
亜理子には理解できなかった。
『誰が何をしようと『世界』は変わらない。
だが、『世界』は変わると信じた者が世界を変えようと、彼なりの言い方に倣えば『革命』せんとした。
これはそれだけの話だ。前に言ったでしょう、これは認識だと』
「分からないわ……私には」
一ノ瀬の言葉は何時だって亜理子の先を行く。
早鐘のように胸が打ち痛みのような焦燥に駆られる。
一ノ瀬は気にせず、言葉を続ける。
『いいですか。『神様』への『革命』という目的が真実だとするならば、全ての始まりはそこにある。
どうやら我々の考える『神様』と奴の『神様』には何か隔絶した差異がある。
奴にとって『神様』とはなんなのか。それが始まりで辿り着くべき結末だ。
この謎を解けば自ずと事件の全容は明らかとなる』
奴がこれまでしてきたこと、これから成そうとしていること。
全てはそこに繋がっている。
「それが何なのか……貴方なら、わかっているんじゃないの?」
亜理子には分からない。
けれど一ノ瀬ならば。
『真逆。それが分かっていれば、こうして無様を晒していませんよ』
「そんな……無理よ、貴方にもできないことを私にだなんて」
龍次郎がいることも忘れ、甘えのような言葉が漏れる。
彼の前では強い自分という嘘の仮面が剥がれ、弱音を吐いてしまう。
だが、一ノ瀬は一切の甘えを許さず、ゆるりと首を横に振る。
『それこそ買い被りだ。僕はどこにでもいる平凡な高校生に過ぎない。
僕にできることなど精々、嘘を暴く程度の事だ。
事件の謎を解く、これは探偵である貴女にしかできなことだ、生きている貴女にしか』
亜理子が探偵を名乗ったのは居なくなった誰かを探すためだ。
それでも探偵を名乗った以上、その責務を果たさなければならない。
死者である一ノ瀬ではなく生者である亜理子が。
『そうですね。最後に一つ、特技に肖って彼の嘘を暴くとするならば。
ワールドオーダーは――――『人間の可能性』なんて信じちゃいない。
そもそも他人に期待なんてしてない。信じているのは自分と自分の計画だけだ
憎悪を抱いているならまだマシだ、奴は人間に好悪すら抱いていない。
だが人間を愛していないが、人間の為す行為は愛している。人間の住む世界を愛している。
その執着を断ち切ることは不可能に近い。
今となっては負け惜しみのように聞こえるでしょうが。
奴が臆病者の小物であるという評価を覆すつもりはありません。
小物だが、その小さな器を全てその執着に向けている』
不要なものはなく、それこそ人間性すらもかなぐり捨ててまで。
だから性質が悪いんです、と一ノ瀬は愚痴る様に言った。
そこで、一ノ瀬の体が消え始めた。
もう、時間だ。
二度目、いや三度目の別れが訪れる。
あの時の無様は晒せない。
最後に、強い意志を示す。
強がりかもしれないけれど。
「それでも、勝つわ」
震える膝を抑え付け乍ら真正面から彼を見つめ、そう宣言した。
男は感情を読み取れぬ顔で一つ眉を閉じ、噛みしめる様に言う。
『そうですか。
ならば勝利条件を見直すべきだ、打ち滅ぼしたところで止まる類の手合いではない。
決定的で致命的な一手を、真実共に見つけ出すんだ』
光に溶ける様に消えてゆく。
幻想的なようであり、どこか物哀しい。
消えてしまった人に、別れの言葉を。
「さようなら一ノ瀬君。私は貴方を忘れない」
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全ての対話を終えて、亜理子がまず行った行為は食事だった。
極限状況にあったから空腹を感じる余裕もなかったが。
どうやらかなりの空腹にあったようで、普段は食の細い亜理子が男子高校生のようにガツガツと食料を口に放り込み胃に流し込んでいく。
「…………ケーキが食べたいわね」
味気のないパンを口にしながら愚痴のように零す。
将棋の棋士が対局後に2、3kg体重を落とすことがあるというように、思考には大量のエネルギーが必要である。
そして脳内を活性化させるにはブドウ糖が必要であり、そのために砂糖をたっぷり使った物が食べたいというだけだ。
甘いものが食べたいというスイーツ的な理由ではない。まったくないとは言わないが。
ともかく、ないものねだりをして仕方がない。
亜理子は口に詰めたパンをもしゃもしゃと咀嚼し水で押し流す。
ゴクンと飲み込み、頭の中で得た情報を整理していく。
【首輪】【隠されたチップ】【目的】【仮定】【繰り返し】【追記】【ジョーカー】【宇宙人】【人間の可能性】
四人から得た情報、これまでに得た情報、自分の考え。
それら全てを海を泳ぐようにして思考を巡らせる。
【絡新婦】【蜘蛛の巣】【地獄】【参加者】【区分】【蠱毒】【結果】【特別になる】【殺され役】【試練】
全てが真実ではない。
一つ一つ丁寧に真偽を精査しながら取捨択一を繰り返す。
足りないパーツは補完して、ここにある手札で勝負する。
【焦燥】【認識】【姿を見せた蜘蛛】【自殺願望】【狂人】【法則】【劣化】【順序】【段階的】【シナリオ】
様々な組み合わせのトライ&エラーだ。
パズルのピースをはめ込むようにして全ての点と点を思考の糸で繋ぎ合わせる。
少しずつ、だが確実に穴は埋まってゆき、真実という一つの絵を描いていく。
【探偵】【怪物】【恨みの矛先】【一枚の絵】【先のない】【世界】【革命】そして【神様】
その実像が明らかになって行き、全景が僅かに見えてきたところで、探偵は信じられないという表情でぽつりとつぶやく。
「嘘……こんなのが真相なの……?」
それはあまりにも荒唐無稽でバカらしい結論だった。
だが、与えられた情報を統合すれば自然と見えてきたのがそれだ。
間違っているとは思えなかった。
「―――結論は出たようだな」
呆然とする探偵に、これまでその様子を見守ってきた悪の大首領が声をかける。
「それで、説明はしてもらえるんだろうな?」
「……それはもちろん。けれどもう放送が始まる時刻ですので、ひとまず結論だけ」
四人との対話により時間を食った。
放送までもう間はない。
その前に、簡素に探偵は最終結論を告げる。
「ワールドオーダーは――――――世界を終わらせるつもりなんです」
【E-9 草原/夕方】
【剣神龍次郎】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:ナハト・リッターの木刀
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。その為に、このゲームを潰す。
1:亜理子の推理を聞く
2:協力者を探す。
3:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。敵対する者、役立たない者は殺す。
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
※妖刀無銘、サバイバルナイフ・魔剣天翔の説明書を読みました
【
音ノ宮・亜理子】
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ、
オデットの杖、悪党商会メンバーバッチ(1番)、悪党商会メンバーバッチ(3番)
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、アイスピック
双眼鏡、鴉の手紙、電気信号変換装置、地下通路マップ、首輪探知機
データチップ[01]、データチップ[05]、データチップ[07]、セスペェリアの首輪
[思考]
基本行動方針:この事件を解決する為に、ワールドオーダーに負けを認めさせる。
1:ワールドオーダーの『神様』への『革命』について推理する。
2:データチップの中身を確認するため市街地へ
※魔力封印魔法を習得しました
最終更新:2017年02月02日 14:26