「…………ヴァイザー

バラッドは呟き、森の奥から現れた因縁の相手を睨みつけた。
あの稀代の殺人鬼と目の前の女は似ても似つかぬ姿である。
だと言うのに、知らず口を付いたのはその名前だった。

それは前回の遭遇、別れ際に感じた印象によるものだろう。
本人に否定されようとも、その印象をぬぐう事が彼女にはどうしてもできなかった。

バラッドは目の前の相手へと注意を払いつつ、同時に周囲へと気配を配る。
横には恰幅のいい怪しげな壮年の男。そして後方には倒れ込んだヴィンセントがいる。
ヴィンセントは黒衣の男に切られた際にナイフに仕込まれた麻痺毒でも喰らったのか、倒れたまま動けそうにない。

「おい、お前。ヴィンセントの知り合いなんだな?」
「ヴィンセント? ああ、鵜院くんの事ね。
 そうだよ、さっきも言ったけど彼の所属する悪党商会の代表をやってる者だよ、なんだったら名刺いる?」

怪物を目の前にしているとは思えないようなおどけた様子で森は返す。
余裕があるのは修羅離れしているからだろう。

「名刺は結構だ。しかし戦いには手を貸そう。奴とは私も因縁浅からぬ間柄だ」

目の前の怪物と戦う事に関してはバラッドとしても異論はない。
むしろ望むところである。

「だが、戦うのは私一人でいい。お前はヴィンセントを連れてここから離れろ。
 足手まといがいては私も全力で戦えない」

この場において幾度も交戦し、ついには共闘まで果たしたバラッドはオデットの力をよく把握している。
恐らくはこの舞台における最強。
生半可な実力では太刀打ちどころか足手まといにしかならないだろう。
邪神とも戦えた自分ならば戦えるという自信はあるが、庇護する対象を背後に抱えて戦えると思うほどは自惚れてはいない。
別れてからの経緯を知らぬバラッドの中では、ヴィンセントは未だに力のない保護対象でしかない。
森茂と共に退避させるのが一番無難な判断と言える。

「大した自信だね。まあ、その自信を信じて少しお言葉に甘えるとしようか」

森は「よっ」という掛け声とともに千斗の体を肩に抱える。
痺れにより体の動かせない千斗は抵抗する事も出来ず、ただ曖昧な視線でバラッドを見た。
その目は、どこか遠く、彼岸を見つめているようだった。

「ああ、こちらもお前を信じて任せよう。ただし覚えておけ。ヴィンセントに何かあったらその時はお前の首が飛ぶぞ」
「おお怖い。心配せずとも大事な社員の身だ。社長であるこちらが責任を持つのは当然のことだよ。
 それじゃあ、彼を安全な所まで避難させたら戻ってくるから、それまで持ちこたえてくれるかな?」

そう言って森は踵を返した。
そしてこの場を離れるべく駆けだそうとするが、

「行かせると、思うのか――――ッ!?」

そうはさせじと周囲に散らばるビルの破片が一斉に浮き上がった。
走り出そうとした森たちに向け、オデットが指揮者のように腕を振るう。
人間など簡単にひき肉にしてしまう圧倒的質量のコンクリートの塊が、剛速球めいた勢いで二人の背に撃ち放たれる。
だが、

「――――やらせると、思うのか?」

白刃が煌めく。
瞬きの間に、巨大なコンクリート片は細断機でも通した様な細切れの砂粒へと化した。

さらりとした月の雫のような銀の髪が静かに揺れる。
この場を離れる二人を守護せんと悪神に立ち塞がるのは抜刀した白き戦女神だ。

「なんだぁ? まずはお前が遊んでくれるんのか、姉ちゃん」
「ああ。いい加減そろそろお前の顔も見飽きたよ。決着をつけよう化物女」

冷たい殺意を研ぎ澄まし、白い戦乙女は静かに刃を構えた。
その鋭い殺意を放ち立ち塞がる女の姿を見て怪物が嗤う。
蝶よ花よと育てられた穢れを知らぬような顔が、世の暗闇を味わい尽くしたような下品さで歪む。

『来るよ!』

怪物と戦乙女の戦闘の開始を告げるように、妖精ユニが叫ぶ。
同時に、軽い歩調で踏み出したオデットの体が消えた。
高速移動などではない、瞬間移動という正真正銘の奇跡である。

だが、神の奇跡を目の当たりにしようとも今更バラッドに驚きはない。
邪神リヴェイラ戦で嫌と言うほど見た動きだ。
その動きは識っている。

斜め後方に出現した気配を察し、バラッドが反転しながら前へと踏み込む。
瞬間移動だろうと高速移動だろうと、10mを0.1秒で埋められるのならば同じ事である。
如何に瞬間移動といえども、実態がある以上追いつけないはずがない。

太刀を担いだバラッドが縮地めいた足捌きで一瞬で間合いを詰めた。
敵は射程内。躊躇う理由はない。
光のような速さで振り抜かれた刃は、オデットの体を捕えた、かに思えた。

だがその直前、刀を振り被ったバラッドの動きが止まる。
見えない何かに捉われ体を吊り上げられる感覚。
動きを止めたバラッドに向かって、オデットが蹴りの様に足を振り抜いた。
その足元から幾重もの風の刃が生み出され、バラッドへと襲い掛かる。

バラッドは咄嗟にクルリと振り返りながら空間を断ち切る様に背後に刀を振るった。
何かが断ち切れるのを感じ、不可視の拘束を脱する。
正体不明の超能力であっても、彼女が斬れると信じれば斬れる。
今、彼女が振っているのはそう言う力だ。

拘束を脱したものの、眼前には既に幾重もの風刃が迫っている。
この風の刃もまた、邪神との戦いにおいて見た御業だが、今回のは一味違った。

神の生み出した魔法は、人の生み出した魔法とは違う。
そこに意思は介在せず、ただ在るがまま赴く自然現象にすぎない。
読み辛いが、対処できるレベルになれば与し易いといえる。

だが、この刃は的確にバラッドを落とさんと自在の軌道をたどっていた。
それはただ魔法を放つだけではなく、念力(テレキネシス)により生み出した現象に方向性を持たせているのだ。
あらゆる方向から襲い掛かる刃に対し白い戦乙女にできる事などただ一つである。

全て、切り裂くのみ。

「――――――ハァッ!」

全方位に向けられて一息で放たれた斬撃は、舞い飛ぶ風の刃を例外なく斬り落とした。
それを楽しげに眺めつつ、オデットが指を擦りパチンと音を鳴らす。
その動作が魔法の炎を生み出す奇跡となる。
同時に発火能力(パイロキネシス)により周囲から炎が噴出した。

魔法の炎は一直線にバラッドへ向かい、超能力の炎は逃げ場を塞ぐようにバラッドの周囲を取り囲んだ。
二つの理論で生み出された業炎が白き乙女を焼き尽くさんと渦を巻くように入り混じる。

一瞬でも迷えば消し炭となるような状況で、バラッドは迷わず目の前に向かって太刀を振り下ろした。
周囲の炎を気にせず、迫り来る炎の先にいる敵に向けて一閃。
斬撃はモーゼの如く炎の海を切り裂き、敵の首へと光の矢のように一直線に伸びる。

炎を食い破りながら自らの喉笛をも食い破らんと迫る一撃を前に、オデットが払うように腕を振るった。
そこから光る障壁が生まれ、飛翔する斬撃と衝突する。
斬撃を相殺した障壁が砕け落ち、火の粉に交じり光の破片が舞い飛んだ。

その先に、オデットは白銀の流星を見た。

斬撃の軌跡に追従するように、白い戦乙女が自ら切り開いた炎の道を駆けていた。
純潔体の攻撃はイメージに依るもの。
斬れると信じれば、間合いなどあってないようなものだが。
それでも、より強くイメージを固定できる慣れ親しんだ距離という物がある。

之即ち必殺の間合い。
そこから放たれる必殺の斬撃。

閃光のような一撃はしかし、オデットの体が掻き消えることにより空を切った。
瞬間移動により距離を取ったオデット。
着地したところで首元を抑えた。
押さえた首筋からつぅと一筋の朱い線が垂れる。

(掠めた…………?)

この事実に違和感を感じたのは攻撃したバラッドだった。
その疑問を解消すべく、ひとまずユニへと問いかける。

「ユニ、今の奴の攻撃も魔法か?」
『分からない、少なくともただの魔法じゃないわね』

魔法を操作し、バラッドを拘束した正体不明の力。
バラッドに魔法の力を与えたユニが知らないと言うのなら魔法以外の力なのだろう。
もしかしたらバラッドの知るような超能力なのかもしれない。

問題は正体そのものでなく。
ここまで幾度か交戦してきたにも拘らず、始めてみる攻撃であると言う所だ。
オデットとは幾度か交戦しているし、邪神との戦いも見ていた。
少なくともあの邪神相手に出し惜しみなどできるとは思えないのだが。

そして何より、掠めた最後の一撃である。
無論、殺すつもりだったが、同時に当たったことに驚いたのも事実である。
何故ならヴァイザーなら今の一撃を喰らうはずがない。

今のオデットからはヴァイザーを感じない。
能力もそうだが戦い方がまるで違う。

ヴァイザーは基本的に先手を取るのではなく、圧倒的回避力にモノを言わせたカウンターを主体としている。
蛇の様な執拗さで相手の隙を見逃さず食らいつく殺人鬼だ。
実際リヴェイラと戦った時のオデットはそうだったし、バラッドはがヴァイザーを感じたのもそこからである。

だが、今のオデットは違う。
餌を待ちきれぬ獣の様に自ら先手を取って積極的に攻めてきている。

魔法と超能力の組み合わせと言うハイブリッドにより攻撃面では確実に強化されている。
だが、防御面においては、瞬間移動と殺気を読むというあの時の方が強かった。

魔法を主体そしていた最初に戦った時とも違う。
ヴァイザーを感じた邪神戦の時とも違う。
第三の誰か。

「お前は、いったい誰なんだ?」

正体不明の怪物に問う。
怪物は「はぁ」と楽しげに息を吐いて、両手を広げて嗤った。

「何言ってやがる。俺は――――――俺さ」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ま、この辺でいいかな」

二人の乙女がぶつかり合う戦場から少し離れた市街地で千斗を抱えた森茂が足を止める。
森は戦闘音を遠く聞きながら、肩に担ぎあげていた千斗の体をアスファルトの地面に放り投げた。

森にとって、いかにオデットをやり過ごしながら悪砲を手に入れるかが課題だった。
千斗が動けなくなった時点で無理やり剥ぎ取っても良かったが、接続された悪砲を引き剥がすのは少々手間で時間がかかる。
その間オデットをやり過ごすのは流石の森でも難しい。
腕ごともぎ取るのが一番手っ取り早かったのだが、その場合は最悪千斗を気にしていた様子だったバラッドまで敵に回しかねない。

そんな状況で、バラッドの提案は渡りに船だった。
何者かに貰った麻痺毒で千斗が動けないと言うのも幸運である。

森はバラットとの約束なんて当然の如く守る気がない。
千斗の安全など確保するつもりはないし、そもそも殺す予定である。
見返りのない約束なんて契約ともいえない。
そんなものを守る義理も義務もこの悪党には存在しなかった。

とはいえ、ワールドオーダーの件は正式な契約だ。
命をかけるほどの価値があるか、と問われれば微妙な所だが、見返りがある以上履行できるならすべきである。
ワールドオーダーからの注文は、奴が要件を済ましてこちらに来るまでオデットに参加者を殺させないよう足止めをすることだ。
足止めに残ったバラッドが殺されてしまえば契約不履行となってしまう。

全ての善悪を識る者として殺し屋であるバラッドの事は当然の如く識っている。
見た目は情報と幾分か違い、何かしらの加護を得ているようだが、あのオデット相手にどれほど持つかは分かったものではない。
速く悪砲を回収して応援に駆け付けるべきだろう。

「じゃあ鵜院。この悪砲は返してもらうよ」

そう言って森は屈み、地面に転がった千斗の腕から悪砲を剥ぎ取ろうとした所で、

「…………待、て」

その腕を捕まれた。

「おや、もう動けるのかい。まあ、それもそうか」

活性化したナノマシンにかかれば、麻痺毒などすぐに解毒できる。
そもそも麻痺毒なんかにかかった方がおかしい。
余程強力か、それとも特殊な毒だったのか。

「けど、待ても何も悪砲はもともと俺の物だよ、それを返してもらおうってだけだから。
 泥棒はよくないなぁ、鵜院くん」

そんな言葉は聞こえていないのか、ただ誰にでもなく熱に浮かされた譫言の様に千斗は呟く。

「……ダメだ。ダメなんだ、それがなくちゃ。
 それがなくちゃ――――世界が壊せないじゃないか」

その言葉に森が驚いたように目を見開いた。
森の右腕を掴んでいた千斗の腕を、引きはがすように左腕で握り返す。

「まあ、末端の君じゃ知らないのも当然だがね。教えてないし。
 けどね、それでも悪党商会に属する者が世界を消し去ろうだなんて、そんな言葉を吐くもんじゃないよ」

腕をつかむ森の腕に力がこもってゆく。
その万力のような握力に、千斗の骨が音を立てて軋んだ。
痛みと圧力に千斗が顔を歪ませ、悪砲の銃口から輝きが漏れる。

「ッ! はな……っ。離、せッ!」

世界を震わす轟音と共に、悪砲から消滅砲が放たれる。
その予兆を事前に察していたのか、森はいち早く射線から離れ身を躱していた。

「おっと。もうリロードできたのか。その辺は流石だね」

反動で大きく後方に跳ぶ千斗の体を身を見送り。
消滅砲がビル街を強引に削り取る光景を背景に森は瞠目する。

ナノマシン適合者。
一億人に一人の才能。

「そうそう。別れの前に一応お礼を言っておこうか。
 ありがとう、君のお蔭でナノマシン研究は20年は進んだよ」

普通の人間のナノマシン適合率は1~5%。
適合率が低ければ拒否反応で激痛に苛まれ、最悪死に至る。

森茂の現在の適合率は24%。
長年の研究や薬剤投与により、無理やりに引き上げてこの数値だ。
それでも拒否反応は避けられず、無痛処理を施し誤魔化している
加えて首輪にかけられた制限により、稼働率は半分と言った所だろう。

対して、鵜院千斗のナノマシン適合率は実に86%。
常人とは比べ物にならない数値であり、森からしても遥か遠い存在であると言える。

だが、それはただの数字の話だ。
ただあるだけでは、何もないも同然である。

「いい機会だ、社員研修といこうか」

ズズズと大量の蟻のような黒点が森茂の皮膚の下を這うように蠢いた。
蠢く蟻の群が森の右手の先へと集まってゆく。

「ナノマシンの使い方について一つ、教えてあげよう」

ピンと突き立てた人差し指から薄い爪のような何かが伸びた。
それは指一本分ほどの長さの向こう側が透けて見えるほどの薄く透明な刃だった。

指先に集めたナノマシンを刃状にして放出するナノサイズの刃、ナノブレード。
体内に保有できるナノマシン量の上限こそ少ないものの、森はそれらを自在に制御できている。だからこそできる芸当だ。
ただ多いだけで使い方の分からない千斗とは訳が違う。
もっとも千斗にナノマシン保有者であるとう自覚はなかったのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。
同じように治癒や防御にも効率よく転用できるが、消滅砲の相手をする今回はさすがにそれを生かすのは難しかろう。

もっとも、このナノブレードも森のナノマシン適合率ではあくまで近接戦の補助程度の効果しかない。
正直、森からしても余り使いたい手段ではなかったのだが、銃も弾切れして武器がなくなった以上しかたのない所だ。

ナノブレードを構える森に、立ち上がった千斗が悪砲を向けた。
恐らくその残弾は空だが、自動補充型である以上、いつリロードされる変わらない危うさがある。
やり方わかっていないだけで、千斗程の適合率があれば、その気になれば5秒あれば補充できるはずだ。
悪砲をよく知る森だからこそ迂闊には攻められない。

元より悪砲は、一撃当てれば勝てるというピーキーな格上殺しの兵器である。
森もまさか自分が狙われる立場になるとは思ってもみなかったが、なるほどこれは厄介だ。
タイミングを見誤れば消滅砲の餌食となり、一瞬でも油断すればそれが死に直結する。

森は前ではなく千斗の右手側に回り込んだ。
そのまま一定の距離を保ちつつ千斗を中心に円を描く様に移動を続ける。
千斗は追いすがる様にその動きをなぞって体ごと銃口を動かしてゆく。
銃弾は徐々に溜まりつつある。

そのまま互いに隙を伺い睨みっていたが、唐突に戦況は動く。
森が突然バランスを崩したのだ。
先ほど撃たれた消滅砲により崩れたビルの瓦礫に足を取られたのである。
訪れたまたとない好機に、千斗は迷わず引き金を引いた。

音を引き裂き放たれる消滅砲。
全てを凌駕し消し去る絶望を前に、バランスを崩したはずの悪党が動いた。

森がバランスを崩したのは無論、意図的なモノである。
いつ撃たれるとも分からない消滅砲を撃たせるための誘いの隙だ。

森と千斗の戦士としての実力も経験も天地以上の差がある。
戦闘ではいつもやられ役、攻める立場には慣れていない千斗にはそれが誘いの隙であると気づくことができなかった。
なにより千斗は冷静な判断の出来る精神状態ではない。

森は消滅砲の速度、効果範囲、破壊規模。
使い手だからこそ理解している全ての情報を駆使して消滅砲を紙一重の間合いで躱した。
そして一瞬で間を詰めると、すれ違い様に指先のナノブレードを振り抜く。
凄まじい切れ味のナノブレードが、切り裂くのではなく澄まし通すように千斗の肘から腕を両断した。

「っ…………ぅわぁああっ!」

腕が切断される痛みに声を上げた。
パニックになった人間は思いもよらぬ行動に出ると言う。
千斗は切り裂かれ、ズルリと落ちる腕をつかみむと、くっつけようと切断面にこすり付けた。
それは現実を戻そうとする逃避に近い行動だろう。

「は、ハハッ。ハハハハハハ。くっついた」

だが、彼の場合。
それが本当にくっついてしまうのだが。
千切れた腕がくっつくなんて、いよいよもってあり得ない現象に彼の認識はさらに深淵へと堕ちてゆく。

「おやおや、いよいよ化け物じみてきたね」

彼を化け物にした張本人が呆れたように言う。
覚醒が成長を促したのか、凄まじい再生力である。
両断された四肢を結合するなど森の把握しているスペックを既に上回っていた。

今の千斗を解剖すれば、研究を更に計画を5年は進められる。
冷徹な研究者として脳内でそう算段を立てた。

しかしここまで来ると、殺すのも手間である。
それこそ消滅砲でも使わない限り殺し切るのは難しいだろう。
かといって消滅砲では研究材料としては使えなくなってしまう。
跡形を残しながら殺し切るのは至難の業かもしれない。

ならばと、続けざまリロードが完了する前に、振り返った森が今度はナノブレードで首元を切り裂いた。
近接戦のスキルも千斗では手も足も出ない。
短いブレードでは太い首を落とすには至らなかったが、為されるがままパックリと裂かれた首元から濁流の如き血液が噴出する。

だが、ナノサイズの自動機械が暴走めいた修復力で瞬時に傷を塞いてゆく。
致命傷ですら致命傷にならない、出血もすぐさま止まった。

「ぎィ…………っ!!」

千斗が噛み砕く勢いで歯を食いしばって、悪砲を装着した腕を振り上げた。
悪砲が輝き、その発砲の予兆を見て素早く森がその場を引く。
同時に、最後っ屁と言わんばかりにナノブレードを振るい、悪砲を持っていない方の手首を裂いていった。

手首の動脈が裂かれ赤い流水がアーチを描く。
そんな痛みももう慣れた。
どんな傷だろうと『どうせ治る』と開き直りにも似た感覚で、傷を無視して悪砲の引き金を引こうとして、

「…………あ、れ?」

そのまま千斗の体が直立不動のまま倒れた。
体が灼熱を帯びる。全身が心臓にでもなったかのように脈動していた。
周囲に聞こえているのではないかと言うほどの速さで鼓動の音が響き、心臓が口から飛び出しそうである。

それは何の事はない。
ただ単に、疲労が極限に達したと言うだけの話だ。
もちろんこのタイミングで限界に達したのは偶然ではなく、明確な理由はある。

ナノマシンは何でもできる夢のエネルギーではない。
ナノマシン自体が自律的にエネルギー変換を行い自己増殖によりその総量を増やしているだけで、質量保存の法則やエネルギー保存の法則を無視できるわけではない。
適合者である千斗の蓄積したエネルギー量は確かに多いが、限度は当然の様に存在する。

ナノマシンの大半は体内を巡る血液の中に含まれている。
森が大量出血を伴う箇所ばかり攻撃を続けていたのはそのためである。

大量の出血により、ナノマシン濃度が一時的に低下した。
足りない分は、宿主の酸素や蛋白質といった別の所から持って来るしかない。
故に、ナノマシンを限界を超えて行使すれば”こう”なる。
いずれは回復してしまうだろうが一時的に無力化するだけならこれで十分である。

「まあ、この辺は今後の課題かな」

息も絶え絶えにもがき苦しむ千斗を見下ろしながら、森は頭を掻いた。
森は千斗の体を千斗以上に把握している、千斗の体を弄繰り回したのは森なのだから。
この間に悪砲を取り戻し、頭部だけを狙って消し去り死体を回収する。
後はバラッドの下に援護に向かって、それで完了だ。

「む…………ッ!?」

だが、千斗へと手を伸ばそうとした所で、森は不穏な気配を察した。
同時に、森に向かって鋭い刃が落ちる。
森は咄嗟に、その場を飛び退き身を躱した。
そしてすぐさま体制を建て直し襲撃者の姿を確認すると、ほぅと感歎の息を漏らした。

「――――遠山春奈

そこには一人の侍が立っていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

市街地の端にある一角に時代に取り残されたようなうらぶれた古臭いビルがあった。
華やかなビジネス街の雰囲気はなく、このような事態にならずとも用件がない限りおよそ人の寄り付かないような、遠山たちが身を隠していたのはそんな場所だった。

「……何か、デカい音が聞こえましたよね」
「そのようだな」

世界そのものを消滅させるような不吉な調べは、遠山たちの元まで届いてきた。
まるで怪獣でも暴れているのではないかという戦闘音と呼べない異音だ。
音源は遠そうだが、それだけの距離を経て届いたというのは異常事態である。

「どうします? 遠山さん」

真剣な声色で亦紅が問う。
近くで何かが起きているのは確かだろう。

だが、珠美の調子はまだ芳しくない。
意識こそ失っていないが、未だ麻痺のような痺れが取れずまともに動くことすらままならい。
この状況で何かに巻き込まれるのは避けたいところである。

だが、下手に動くのもまずい。
珠美を背負っての移動ともなれば機動力が落ち、下手を撃てば全滅しかねない。

「俺が辺りの様子を見てこよう」

そう言って遠山は壁際にかけてあった日本刀を手にし、スクっと立ち上がる。

「単独行動は危険です。もしかしたら市街地にいるという『邪神』かもしれませんよ?」
「だからこそ、状況を正確に知る必要があるのだろう」

それは正論であるし、亦紅だって理解している。
単独行動は危険だが、状況を知るための斥候は必要だ。
とはいえ、いざと言うとき珠美を守るため残る護衛要因も必要である。
誰かが担わねばならい役割なのだ。

「だったら私が」
「いや、亦紅は火輪の様子を診てやってくれ。女同士の方が何かと都合がよい事もあるだろう」
「ですけど…………!」

食い下がる亦紅に遠山は懐から紙の人型を取り出す。
そして不安がる子供を安心させる様に優しく頭を撫でた。

「心配するな、無理はせん。様子を見てすぐ戻る。
 何より俺には壱与の守りがある、どんな相手だろうと負けはせんさ」

そして、大見得を切って斥候に出た遠山だったが。
程なく進んだところで呆れ果てた様に茫然と足を止める事となった。

遠山の目の前に広がっていたのは、空間ごと消滅したようにくり抜かれた異様なビル群だった。
とても人の手で作れるものとは思えない破壊跡である。
それとも、それはあくまで遠山の常識であり、この世界ではさもありなんという事だろうか。

この破壊を生み出したのは『邪神』か、はたまた別の何かか。
ここでいったん引き返すべきかという考えも過った。
だが元凶が何者であるかの確認くらいはしておくべきかと思い直し、ビルに空いた穴の直線を慎重に辿って行った。
そして、この騒ぎの元凶と思しき相手を発見する。

森茂。かつてこの場で戦い、遠山にとっては一度殺された相手でもある。
そして、もう一人。
森に襲われていると思しき青年の存在を確認した。

それを見た遠山は迷いなく飛び出すと、断ち切る様に霞切を振り下ろす。
その一撃は躱されたが、森と青年を切り離す事には成功した。

「遠山春奈。放送で呼ばれなかったから、もしかしてと思っていたけれど、生きていたんだね」
「仲間のお蔭でな。一度黄泉路を彷徨ったが舞い戻ってきた」

遠山は刀を正眼に構え、背後の存在を守る様に巨悪の前に立ち塞がる。
亦紅たちには無理はしないと約束したが、襲われている人がいると言うのなら話は別だ。
見捨てる事などできない。
愚かと言われようとも、この生き方ばかりは曲げられない

「どいてくれないかな。知り合いでもあるまいし君にはそこの彼を守る理由がないだろう?」

森は鬱陶しいという感情を隠しもせず、不機嫌そうな態度を露わにした。

「悪意に晒される弱きを護るのに、理由などいらない」
「弱き、ねぇ…………まあいいさ。なら力ずくでどいてもらうしかないよ、ね!」

早々に決着をつけるべく、一直線に森が駆ける。
遠山のスペックは知れている。
悪砲を相手にしていた時とは違い警戒する必要はない。

何より森にはあまり時間がなかった。
今の千斗は貧血のようなモノだ、じきに回復する。その前に事を済ませねばならない。
それにオデットの相手をしているバラッドも気がかりである。
遠山に時間をかけている暇などないのだ。

神速の動きと共に振り下ろされるナノブレード。
これに対して遠山は、落ち着き払った様子で刃を傾けた。
そしてスルリと、ナノブレードの側面を撫でるように受け流す。

そして柔から剛へ。
緩やかな春風は突風のような鋭さに変わる。
跳ね上げるように切り返された刃が森に向かって切り返された。

「…………ちィ」

何とか身を引き、その攻撃は避ける事が出来たが、その鋭さに舌を打つ。
『現代最強の剣士』その称号は伊達ではない。

ナノブレードという獲物が不味かった。
彼と競うのならば、拳なり斧なり槌なり銃なり、剣以外の要素で戦うべきだ。
剣技において遠山春奈を上回ることなど、何人たりとも不可能である。

だが、それも剣が一本ならば、の話だが。

「シィ――――ッ!」

十指それぞれから、黒い刃がバナーの炎の如く噴出した。
踊る十の黒い軌跡。
鍵爪の如く十の刃が振り抜かれる。

「ハァ――――――――ッ!!」

気合と共に遠山が十の刃に対抗する。
一本の刀が舞い飛ぶように跳ね、十の刃を受け捌いた。
それはまるで演武のような華麗な剣技だった。

これが現代最強の剣士。
超人の長が相手であろうとも、剣で遅れはとらない。

だが、しかしこれは剣術の勝負ではない。
勝つか負けるかではなく、生きるか死ぬかの実戦である。
剣技の勝ち負けなど、要素の一つに過ぎない。

十指を弾かれながら、森は足だけを踏み込み、遠山の足を踏みつけた。
本命は足元。派手な十指は囮である。
踏みつけた足裏から、小さいながらもナノマシンの刃が伸び、足の甲を貫き地面に釘を打っていた。

「……ッ!?」

痛みに遠山の動きが止まった。
そしてそれは致命的な隙となる。

森が獲物に喰らいつく獣の顎のように両腕を広げた。
そして、挟みこむように同時に腕を振るい遠山の体を蹂躙する。
遠山の肉は抉られ、その命はここに尽きる。
はずだった。

だが、その時不思議な事が起きた。

切り裂かれ抉り取られた遠山の体に、透明な女の姿が重なる様に舞い降りてきたのだ。
女の影は遠山の懐、その下に忍ばせた式神へと重なった。
人の形紙に降霊めいたシャーマンの祈りが霊憑依(オーバーソウル)する。

同時に式神がバラバラに引き裂かれた。
式神が身代わりとなってその傷を肩代わりしたのだ。
在り得ない奇跡を前に驚愕する森に向けて、遠山が踏み込む。

「ちぇりゃぁぁぁぁああ!!!」

そして――――――斬。
裂帛の気合いと共に振り下ろされた落雷めいた斬撃は、森の巨体を袈裟から切り裂いた。
勢いに押され、森はたたらを踏みながら後方へと下がる。

「…………なるほどね」

これが遠山の切り札か。
確かに殺したはずの遠山が生き残ったのはこのためかと得心する。

森は切り裂かれた傷口を押さえる。
手に返るぬるりとした感触。
血が止まっていない、傷の治りがこれまで以上に遅い。
どうやら千斗と近しい状況に陥っているようである。
効率よく使用しているものの、ナノマシン量が少ない森の方が単純に考えてエネルギーが尽きるのは早い。

痛みはこれ以上は危険だと肉体に伝える警告である。
その警告を切るという事は、自身の限界に気づかず危険領域を超えてしまうリスクを背負う事になると言うこと。

無痛症である森はその警告に気づくことができない。
これまでナノブレードと言ったナノマシン応用を控えていたのはそのためだ。
自身の管理は経験則でやっていくしかないのである。

「――――退け」

切っ先を突き付け、遠山が宣告する。
今の遠山の目的は森を倒す事ではない。
元々偵察、成り行きとは言え千斗を守り抜けるのならば今はそれでよしとする。

森としても現状の不利は認めざる負えない状況だ。
装備もないこの状態で遠山春奈の相手をするのは少し厳しい。
何より、全回復する遠山の切り札が後何度使用できるのか定かではない以上、相手をしても時間の無駄になる可能性が高い。

意地なるような場面ではないのかもしれない。
悪砲は諦めここは一旦引いて、バラッドの応援に向かうべきか。

そんな選択が森の脳裏によぎった、瞬間。



森茂の右腕が消失した。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

千斗は酷い病にでもかかったような気怠さの中で目の前の光景を見つめていた。
突然現れた見たこともない男が、自分を殺そうとした社長と殺し合っている。
それは、ふわふわと霞む意識と視界と相まって現実感のない不気味な演目だった。

そして男が社長に殺され、社長に殺された男に女の姿が重なったかと思えば、切り裂かれたはずの傷がなくなっていた。
殺されたはずなのに生きている男。
何もかもがおかしかった。
誰も彼もがおかしく、現れた男も遠く彼岸の住民だった。

土は土に。
灰は灰に。
塵は塵に。

死んだのに生きているような間違いは正さねばらない。
そしてその手段を、彼は手にしている。

全ての間違いを『無かったこと』にする一撃が撃ち放たれた。

全てを消滅させる消滅砲は遠山の胴の中心を射抜き。
コルクの栓を抜いたように綺麗に抉れた中央の穴から葡萄酒みたいな紅い液体と共に中身が零れ落ちる。

遠山が千斗を庇う直線状に立っていたのが、森にとって災いした。
遠山の体が目隠しとなり、森の視線からは消滅砲が死角となった。
撃ち抜かれた消滅砲は、遠山の体ごと森を掠めその右腕消滅させた。

「くっ…………!」

無痛症である森に痛みはないが、四肢切断はさすがにまずい。
千斗ならあるいはできるのかも知れないが、森の適合率では四肢を再生するほどの再生力はない。

「ふん…………ッ!!」

止血のため、千切れた腕に力を籠め筋肉によって血管を圧迫する。
同時にナノマシンを集中し治療を促す、その活動は鈍いが止血くらいにはなるだろう。

「……いや、まいったね。嘗めてたよ」

状況が重なり流石の森にも焦りがあった。
遠山の近接戦の実力と思わぬ切り札による反撃。
ナノマシンの自己増殖により千斗が復活するまでに事を済ませねばという焦り。
オデット相手にバラッドがどれだけ持つかも常に気にかかりだった。
何より、千斗が撃てる程回復するにはまだ時間がかかるだろうと踏んでいた。

「そこまでして押し通すその狂気(しんねん)は中々に豊潤だ。
 それに免じて、鵜院、右腕は君にくれてやろう」

認めるようにそう言って、森は足元の戦闘員を見下ろす。
実際、森の読みは正しかった。
千斗はとっくに限界であり、消滅砲を撃てるような状態ではなかった。

ナノマシン欠乏症でただですら足りない所に、悪砲に充弾し消滅砲を放ったのだ。
口から肺が飛び出してしまいそうなほど苦しげだ、もはや呼吸もままならない。
そんな状態でも撃たずにいられなかったほど、彼の精神は彼岸に至っていたのだろう。

これまで森は千斗を実験動物程度にしか見ていなかったけれど。
成熟すれば、あるいはいい悪党になったのかもしれない。

森は千斗から悪砲を剥ぎ取り左腕にはめ込む。
片腕で少々苦戦したが、今度は邪魔は入らなかった。

悪砲を向ける。
森の消耗も限界に近いが、上手くやりくりすればあと2、3発は撃てるくらいの余裕はある。

「それじゃあ鵜院、名残惜しいけれどサヨナラだ」

別れの言葉を告げる。
その言葉が果たして届いたのか。
呼吸すらできない状況で、千斗はただ空を見上げるように顔を上げ、森をその瞳に捕えた。
その目は絶望と狂気を煮詰めたような濁った色をしていた。

全てを断ち切る様に消滅砲の閃光が彼の世界を包んだ。

【遠山春奈 死亡】
【鵜院千斗 死亡】

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

怪物と戦乙女の戦いは激化していた。

互いに攻撃に傾倒したスタイルであるというものあるだろう。
防御ではなく、先手を取る事で攻撃を潰してゆく攻撃的防御を互いに繰り返し、辺りの地形を平らにしながら戦況を広げてゆく。

現時点で押しているのはバラッドだ。
スペックと言うより戦い方の問題である。
近接戦を望むバラッドとしては、積極的に攻めてくる今のオデットはいくらかやりやすい。

だが、同時に限界が違いのもバラッドだった。
オデットは完全性を保つ神の機能として多少の傷は回復してしまう。
対してバラッドのダメージは小さいながらも蓄積してゆく。

純潔体はイメージが全てだ。
その気になればダメージはおろか疲労すら無視できる。

だが、バラッドは知っている
戦闘とはそんな都合のいいものではないと。

刃で切られれば傷はつくし、銃で撃たれれば人は死ぬ。
そんな都合のいい考え方が出来る程、バラッドは器用な女ではなかった。

知らないという事が強みとなる事もある。
現実を知らなければ、想像力は無限大だ。
だからこそ、この力は純粋無垢な少年少女にしか扱えないのだろう。
そしてそれでいいと、ラバットは思う。

都合のいい神のような力など欲しいとは思わない。
望むのは全ての理不尽を断ち切る刃だけだ。

「ハァ――――――ッ!!」

バラッドが攻める。
迫りくる魔法の雨を叩き斬り、真正面から敵を両断せんと刃を振るう。
オデットは瞬間移動でこれを躱し、バラッドの後ろを取った。

その動きをバラッドは読んでいた。
瓦礫の下に仕込んでおいた苦無をイメージの糸で引っ張り上げる。
テグスを使った苦無の応用だ。

バラッドの後方を取った気になって攻撃に意識の向いているオデットではこの攻撃は躱せない。
だが、オデットは攻撃ではなく、またしても瞬間移動を行い、後方からの攻撃を躱した。

(…………なんだ?)

またしてもその動きに違和感を感じる。
完全ではないが死角からの攻撃を躱した。
動きが変わった、と言うより戻ったのか?
いやそれも違う。

今感じたと言うより、戦っている間、ずっとそう感じていた。
変わったと言うより、変わりつつある。
攻撃性を残したまま、あの稀代の殺人鬼の匂いを感じさせつつある。

オデットの中で何が起きているのかは分からない。
だが、早めに片をつけないと取り返しのつかない事になる予感がある。
ここで仕留めねば、何か恐ろしい事になるという不安がよぎる。

再び開いた距離を詰めるべく、バラッドが前へ出た。
それを迎え撃つべく、オデットも重心を前に瞬間移動の構えに出た。

そして、二人が同時に前ではなく、大きく後方に飛び退いた。

瞬間。
轟音と共に、白い閃光が二人の間を突き抜けていった。

「おっと、外してしまったか」

現れたのは左腕に黒い砲台を装備した森茂だった。
その男の様子を見てバラッドが眉を顰める。

「その手………………どうした?」

問うたのは左腕ではなく、なくなってしまった右腕の事である。

「ああ、ちょっとね。気にしなくていいよ」

軽い調子でそう言うが、避難を頼んだヴィンセントの安全にも直結する話だ。
気にするなと言われても、すんなりそうですかとはいかない。

「何にせよ話しは後だ。今はアレを仕留めようじゃないか」

問い詰めようとしたバラッドの気配を察して、森が目の前の怪物を銃口で指す。
確かに、その通りである。
敵を前にもめている場合ではない。
今はバラッドを見捨てる選択肢があったにも変わらず戻ってきたことを信頼すべきか。

「いいだろう話は後だ。ただし、戦いが終わったら何があったのかしっかりと聞かせてもらうからな」
「もちろんだとも、約束するよ」

そう言葉を交わしてバラッドが前に出て、森がその後ろで悪砲を構えた。
先ほど通り過ぎた悪砲の威力はバラッドも見ている。
バラッドが隙を作り、森にとどめを狙わせるという陣形を無言のまま互いが共有していた。

それを見てオデットは口元を歪める。
無駄な足掻きだと、神の力を持つ怪物は人々を嘲笑うように。

そうして同時に全員が動き。
総力を尽くした最後の戦いが始まろうとしたところで、




「――――――『戦闘』は『そこまで』だ――――――」




ピタリと、映像の一時停止のように全員の動きが静止した。

そんな時の止まった世界の中。
一人、悠然と風を切る様に歩く者がいた。

「ワールド…………オーダー………ッ!!」

バラッドが敵の名を叫ぶ。
何の警戒もなく目の前を練り歩くその首は隙だらけだ。
今のバラッドなら、それこそ一瞬で全てにケリが付けられる。

だが、不倶戴天の敵が目の前にいると言うのに、どういう訳か闘争心が湧いてこない。
闘いにどうしても踏ん切ることができなかった。

「ご苦労だったね森茂。予定外の巻き込まれもいるようだが」

森の元まで足を進めたワールドオーダーはそう言って、敵意を露わにしながらも動けずにいるバラッドへと視線を送った。

「ありゃ? まずかったかな? 一応オデットの手による被害者は出してないけど?」

それは契約条件の確認と共に、言外にオデット以外の手による被害者の存在は容認されるのだろう? と問うていた。
そんな真意を知ってか知らずか、ワールドオーダーはこれに特に言及はしなかった。

「いやいいさ。手段に条件は付けなかったしね。そこまで厳密さは求めていない。
 正直なところ一人二人は落ちると思ってたから、むしろ上出来な方さ」
「あらら。信用ないのね」

心外だと言わんばかりに肩をすくめる。

「それじゃあ、あとはこっちでやるから。もう行っていいよ。報酬は電話であっちの僕に聞いてくれ」
「ああ、そう。やっぱりそっちに繋がってたのねこの電話」

そう言って取り出した携帯電話をくるりと回しながら、「じゃあね」と、それだけを残しそそくさと森はその場を後にした。

「おい待て……! …………くそッ!」

去ってゆく森を追うべきか、バラッドは迷う。
森を追ってヴィンセントの事を問いただしたかったが。
目の前に全ての元凶がいるのだ、放って置くわけにもいかない。

「君も行っていいよバラッド。君だって無意味に死ぬのは嫌だろう?」

迷うバラッドに元凶が言う。
最悪、オデットと相打ちにでも持ち込んでやる覚悟だったが。
ワールドオーダーもいるとなれば、それすらも難しくなった。
確かにそれでは、犬死だ。

邪神の時と違って、矜持を賭けて引けないような状況でもない。
冷徹な仕事人としての損得勘定をするならば、引くべきだろう。

「ああ、心配しないでいいよ。別に追わないから、僕が用があるのはこっちのオデットだからさ」
「………………」

果たしてそれは信じるに値する言葉か。
どちらにせよ闘えない以上、ここに残っても意味はない。
二人を視界にとらえ最大限警戒したまま、バラッドは後方へ引いた。
それを満足げに見送って、ワールドオーダーはオデットへと振り返る。

「さあ、それじゃあお話ししようかオデット。これからの君の処遇について」

そう言って、支配者は笑う。
全てを飲み込む奈落のような笑みだった。

【I-8 市街地 路地/午後】
【バラッド】
[状態]:純潔体、ダメージ(中)
[装備]:ユニ、朧切、苦無(テグス付き)
[道具]:基本支給品一式、ダイナマイト(残り2本)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いに乗るつもりは無いが、襲ってくるのならば容赦はしない
1:森茂を追って何があったか問いただす
2:ウィンセントを探す
3:ユージーの知り合いと会った場合は保護する。だが、生きている期待はあまりしていない。
4:アサシンに警戒。出来れば早急に探し出したい。
5:イヴァンのことは後回しにするが、見つけた時は殺す。
※鵜院千斗をウィンセントと呼びます。言いづらいからそうなるのか、本当に名前を勘違いしてるのかは後続の書き手にお任せします。
※バラッドの任意で純潔体と通常の肉体を切り替えられます。

【森茂】
[状態]:右腕消失、ダメージ(大)、疲労(極大)
[装備]:悪砲(0/5)
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、S&WM29(0/6)、鵜院千斗の死体
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う。
1:この場から離れ、報酬をもらう
2:他の『三種の神器』も探す。
3:交渉できるマーダーとは交渉する。交渉できないマーダーなら戦うが、できるだけ生かして済ませたい。
4:殺し合いに乗っていない相手はできるだけ殺す。相手が大人数か、強力な戦力を抱えているなら無害な相手を装う
5:悪党商会の駒は利用する
6:ユキは殺す
※無痛無汗症です。痛みも感じず、汗もかきません

【オデット】
状態:首にダメージ。神格化。疲労(中)、ダメージ(中)。人喰いの呪い発動
装備:なし
道具:リヴェイラの首輪
[思考・状況]
基本思考:気ままに嬲る壊す喰う殺す
1:ワールドオーダーに対処
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉茜ヶ久保一スケアクロウ尾関夏実、リヴェイラを捕食しました。
※現出している人格は『茜ヶ久保一』です。他に現出できる人格はオデット、ヴァイザーです。
 人格を入れ替えても記憶は共有されます。
※人格と能力が統合されつつあります。

主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、ランダムアイテム0~1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを促進させる。
1:オデットとお話しする
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。人格や自我ではありません。

【I-7 市街地/午後】
【亦紅】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ、マインゴーシュ、風切、適当な量の丸太
[道具]:基本支給品一式、銀の食器セット
[思考・行動]
基本方針:ワールドオーダーを倒し、幸福な物語(ハッピーエンド)を目指す
1:遠山を待つ
2:博士を探す
3:サイパスら殺し屋組織を打破して過去の因縁と決着をつける
4:首輪を解除するための道具を探す。ただし本格的な解析は博士に頼みたい
5:ピーターへの警戒心
※少しだけ花火を生み出すことが出来るようになりました

火輪珠美
状態:ダメージ(中)全身火傷(小)能力消耗(中) マーダー病感染(発症まで残り3時間)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動]
基本方針:祭りを愉しみつつ、亦紅の成長を見届ける
0:回復したら遠山を探しに行く
1:『邪神』を捜索する
2:亦紅、遠山春奈としばらく一緒に行動
3:祭りに乗っている強い参加者と戦いを愉しむ
4:祭りに乗っていない参加者なら協力してもいい
5:会場にいるほうの主催者をいつかぶっ倒す
りんご飴をヒーローに勧誘していました
※亦紅に与えた能力が完全に開花する条件は珠美が死ぬことです

125.インベーダー 投下順で読む 127.ストライク・ザ・ブラッド
時系列順で読む
音ノ宮少女の事件簿 主催者 さあ、ラスボスの時間だよ
Bite the Dust オデット
鵜院千斗 GAME OVER
森茂 Forest
バラッド 炎のさだめ
三人寄れば文殊の知恵 亦紅
火輪珠美
遠山春奈 GAME OVER

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最終更新:2016年11月04日 11:22