りんご飴
本名:不明。
国籍:不明。
経歴:不明。
能力:不明。
性別:♂

セーラー服を身に纏った見目麗しい男の娘。
その中身は粗雑にして下品の極み。
正義を嗤い悪を蹴散らす。
邪道を好むが外道ではなく。
快楽主義者の刹那主義。

スリルがないと死んでしまうスリルジャンキー。
刺激物なら何でも喰らい尽くす悪食の大喰らい。
性別の区別なく、気持ち良ければオールオーケー。
欲望のまま欲しいものはどんな手を使っても手に入れ。
己が世界の中心であるかのように振る舞う暴君である。

りんご飴の名が界隈に知られたのは、過激派で知られる某国の大統領を狙った殺し屋を日本刀にセーラー服という倒錯した格好をした少年が仕留めたという噂が始まりである。
余りにも目立つ立ち姿に恐るべき実力。
卓越した戦闘技術を持ちながらその技術をどこで得たのか、何のために得たのかも不明。
本人曰くライオンが強いのに理由はないとのことだが、正確なところは秘に包まれ覆い隠されている。

鮮烈なデビューから一気に界隈を席捲したりんご飴だが、これほどの問題児が表にも裏にも誰にも知られず潜んでいたという事実はにわかには信じられない話だ。
本人の気質からして、大人しくしていたとはとても思えないからである。
これだけの強烈な個性を見逃すとも思えない。
現に彼が界隈に現れてから良くも悪くも噂を聞かない日がないほどだ。

口々に噂をする誰かが、そのうち言った。
彼はまるで唐突に世界に現れたようだ、と。


「ひゅ~ぅ。すげぇなこりゃ」

野次るような歓声を上げたのはりんご飴だった。
彼が居るのは市街地の端にある、細長いビルの屋上である。
一際高いそこから市街地の風景を金網に齧り付くようにして見つめていた。

りんご飴はそこで相棒の到着を待っていた。
別れ際に何の打ち合わせもなかったが、別行動をとった時の合流場所には常に決め事がある。
その地区にある二番目高い建造物の屋上。
一番高い建造物は目立ちすぎる、かと言って低い建物では目印として分かりづらい、だから二番目にしようという安直な理由である。

中央部は建造物の多くが倒壊していたため、集合場所に選ばれたのは市街地から外れたこのビルと相成った。
しかしこの状況で目利きの鋭いりんご飴ならともかく、何事も大雑把な珠美にここを見つけ出せるのか若干の心配はあるのだが。
その心配を吹き飛ばすような光景が目の前に広がっていた。
視線の先にある市街地では、何物かが暴れているのか、それとも本当にこの世の終わりか、端から砂のように建物が崩れていく。
まるで巨大怪獣が暴れる特撮でも見ているかのような気分だ。

「マジで巨大怪獣でも暴れてるのかねぇ、にちゃそれらしいのは見えねぇが……」
「暴れてんのは怪獣じゃなくて、『邪神』じゃねぇのか」

怪獣を探して当たりをきょろきょろと首を振るりんご飴に、背後から声がかかる。
金網を掴んだまま仰け反り、そこにある顔を見てりんご飴はキヒッと奇声をあげた。
無意味にド派手な後方宙返りで振り返ると、待ち人来たりと子供のように笑って、弾むような声で遅れてきた相棒を迎え入れる。

「よう。遅かったじゃねぇか珠美」

待たされた時間差は即ち敵を倒すまでのタイムアタックの差である。
優越感に浸りつつ勝利の余韻に浸り、闘争の熱を冷ましていたため待ち時間は苦ではなかったが、相棒はよほど苦戦をしたらしくどうにも元気がない。
出迎えの言葉に対して珠美は視線を合わせず、屋上の安全フェンスまで歩くとフェンスの網目を握り締めるようにして手をかける。
そして先ほどまでのりんご飴と同じく街並みを見つめた。

先ほどまでりんご飴が見つめていた戦闘は終了したのか、珠美が見下ろした街並みは静かなものだった。
地上の星のごとく輝きを放つ夜の街はそこにはなく、深く染み入るような深海がそこに広がっている。
人の息吹が感じられない街というのはどこか不気味で物悲しい。

「んで? 邪神ってなんなん?」
「さぁな。言ってみただけさ」

つれない返事だが、なにせ珠美にもよくわからない。
それを追ってここに来たはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
珠美には本当にわからなかった。

「なつかしいな、覚えてるか?」

遠くを見たまま珠美は下らない思考を振り切るように話題を変える。
この手のビルで話すことと言えば決まっているのか、何の話か察してりんご飴もああと応じた。

「忘れる訳ねぇだろ、なんせ俺らの初陣だ」

語る口に上るのは彼女たちが名を上げたブレイカーズ幹部を倒したという彼女たちコンビの初陣である。
ブレイカーズ幹部、古代系怪人アンモストロ。
それなりに名の売れた5人組のヒーロー(何故か6人いた、追加戦士だろう)がまったく相手にならず、無残に壊滅したところに騒ぎを聞きつけ駆けつけたのが彼女たちだった。

幹部というだけあって強く、後にわかったことだが初めて実戦投入された第二世代型怪人だったらしい。
喜び勇んで名乗りを上げた二人にとっても間違いなく強敵であった。

とにかく固い怪人だった。
渦巻き状の装甲はあらゆる衝撃を受け止め、ボンバーガールの花火を物ともしなかった。
ありとあらゆる手段を尽くしたりんご飴の攻撃は何一つ通用せず。
花火も手品も出しつくし、いよいよダメかと追い詰められる二人。
逃げ込んだ廃ビル。
勝ち誇るように笑う怪人。
それ以上に凶悪に笑う二人。
火花が散り、ビルが吹き飛ぶ。
瓦礫に呑まれ動けなくなった相手を二人で笑いながら凹にして、割れた装甲の隙間から内部に火薬を送り込んで汚ねぇ花火にしてやった。

「あの時のお前の抜かりなさには痺れたね」

この逆転劇はもちろん偶然ではなく、りんご飴の計らいである。
点火したのはボンバーガールだが、この策を提示しどこで覚えたのか発破解体の技術を利用して種を仕込んだのはりんご飴だ。
破壊したビルも解体予定の廃ビルだったらしくお咎めはなかった。
微に入り細を穿つというか、全てにおいて抜かりなく手練手管の限りを尽くす自分にはない能力だと、その手際の良さに珠美は舌を巻いた。

「そりゃどうも。けどどうした? 思い出話なんてらしくないじゃないか」

ボンバーガールはふっと笑い、思い出を断ち切るようにパンと手を打つ。
紅い焔が小さく舞うように散った。

不意に世界が静まり返る。
その静寂を待っていたかのように空気が震え声が響いた。
三度目の放送が流れ始めたのだ。

最早聞きなれてしまった声。
淡々と幾つもの名が告げられる。
幾つもの死が告げられる。

りんご飴は自分なんかのために命を投げた『三条谷錬次郎』というバカな男の名を聞いた。
己の恋に生きて死んだ、熱い男だった。
その熱に報いるためにも、彼が命を懸けるに値したはずの己の価値を証明しなくてはならない。

珠美も『遠山春奈』と『亦紅』の名を聞いた。
この地で出会い行動を共にし、そしてこの手に掛けた仲間の名前。
育んだ絆以上に戦いたいという自分の衝動を抑えきれなかった。
どうしようもない己の獣性。

放送を聞き終え、それぞれの思いを胸に沈める。
互いに表には出さず飄々と己自身と背負った重みをかみしめながら、次へ向かうための気持ちを整える。

風のない静寂の夜。
二人の男女が向かい合う。
深海の街を背に、焔の巫女は穏やかに笑い告げた。

「それじゃあ――――殺し合おうぜ、りんご飴」
「…………あ?」

あまりにも場にそぐわない、いや場にそぐい過ぎている言葉であるが故に思わず素の声が出た。
おっとっと取り繕うように表情を作り直す。

「なんだよ、いきなり」

本当にいきなりだ。
アンモストロとの戦い以降、りんご飴と珠美はこれまで相棒として背中を預けあって戦ってきた。
珠美はりんご飴の用意周到さに感心し、りんご飴はボンバーガールのド派手さを気に入った。
性格的にも馬が合って、そのうち日常生活でもつるむ様になり、寝屋を共にしたこともある。
りんご飴とボンバーガールがこの場で戦う理由がない。
表情を変えぬまま、珠美はその疑問の答えを述べる。

「なんでも何も、あたしら端からそういう関係だろ?」

端的なその一言に、りんご飴は弾丸に射抜かれたような衝撃を受けた。
りんご飴と珠美は。仲間でも友達でもましてや恋人でもない。
同じ欠損(たいくつ)を抱え、欠落(たいくつ)を埋めるためにつるんでるだけだ。
共闘も馴れ合いも一時的なモノ、刹那的な、いつか決着をつけるという前提の関係だ。

りんご飴はクシャっと自身の髪を掻く。
ショックだったのは言われるまで気付かなかったという事だ。
己が首尾よく相棒と合流できて、当たり前のように一緒に戦うつもりでいたという事実に。
そんな温い思考に侵されていた。

「……ああ、そうだな。そういえばそうだった。
 ハハッ! りんご飴ちゃんとしたことがどうかしてた。どうかしてたぜ!」

何時からこうなった。
嗚呼そうじゃない。
りんご飴はそうじゃないだろ。

いつかいつかと言って結局馴れ合って終わるような、そんなダセェ関係か?
違う。
傷を舐めあって埋められない何かを誤魔化してるだけの、そんな温い関係か?
違う。

それではりんご飴たちが憐み蔑んできた連中と同類になってしまう。
そんなのはゴメンだ。
スリルジャンキーがぬるま湯の心地よさに慣れちまっていたらお終いだ。
ただひたすらに刺激を求め続けたはずだ。

「いいぜッ。闘ろう……!」

鋭く尖った犬歯をむき出しにして、全ての柵を噛み切る様に凶悪に笑う。
闘争を前に気持ちを高揚させる。
極上の御馳走を前にして涎が出そうだ。
心臓がエンジンのように唸りを上げる。

高鳴る胸、祭りの前ような高揚感。
ああ、そうだ。
戦いはこうでないと。
りんご飴はこうでないと。

応じる様に爆破の女神は凶悪に笑う。
この高揚には抗い難い。
派手さを好む戦闘狂、結局はこれが己の本質なのだろう。
一度火のついた導火線を止める術はない。

戦闘の開始を告げるようにボンバーガールが地面に踵を強く打ち付け、カツンと音を鳴らす。
瞬間。火花が散り、闇夜に光の華が咲く。
屋上が白い閃光に包まれた。

戦いには不意打ち騙し討ち何でもござれだ。
ボンバーガールは思い出話に花を咲かしている間に夜の闇に紛れて黒色火薬を周囲にまき散らしていた。
りんご飴に気付かれぬよう、微量しか散布することができなかったため、これで焼き殺すことなどはできないだろうが屋上は一面閃光に包まれる。
もはや自分の手先すら見えない状態の中、りんご飴は躊躇うことなく駆け抜けた。

閃光の中を駆ける。
強い光を前にすれば生物の本能として怯むものだが、りんご飴にはそれがない。
生来そうだったのか、はたまた訓練の賜物か、りんご飴に目つぶしは通用しないのだ。

だが、行動できることと視界を奪われている事は別の話である。
視界は依然に白に包まれており、一体を高熱に包まれており熱源感知も不可能だ。
五感など無意味なこの状況で、敵を発見することなど不可能だろう。

だが、りんご飴は迷うことなく目の前へと蹴りを放った。
足裏に返る骨の軋む感触が返る。手ごたえありだ。
僅かに遅れてボンバーガールがフェンスへとぶち当たる音が聞こえた。

成し遂げられた要因は単純明快。勘だ。
彼は異常なまでの勘の鋭さで攻撃を当てたのである。

閃光が晴れはじめ追撃に走り出そうとしたりんご飴だったが、燃焼の音に混じった異音を捉え足を止める。
次の瞬間、四方からロケット花火が襲い掛かった。

ボンバーガールにとってもりんご飴は互いに背中を預けあった相棒だったのだ。
目つぶしが無意味などというその程度の特性は知っている。
閃光は仕込みを覆い隠すための目隠しに過ぎない。
ロケット花火を全方位に設置した。一斉射撃にてりんご飴を撃つ。

これに対してりんご飴は瞬時に大きく跳躍。高いムーンサルトで美しい弧を描いた。
その動きを読み切った打ち上げ式スターマインによる追撃が間髪入れず放たれる。
宙に浮きあがったりんご飴はナイフで火塊を弾きつつ、小さく舌を打つ。

なんとか打ち上げ花火をやり過ごし着地する
その足元でスパンという炸裂音が響き、ローファーに見せかけた安全靴がはじけ飛んだ。

気付けば、設置型炸裂花火が地面にばら撒かれ周囲を取り囲んでいた。
巧妙に夜闇に紛れた火薬玉は、注意深く地面を注視しなければ発見は不可能である。
平時ならともかく、戦闘中に注意を裂く余裕はない。
屋上は地雷原と化していた。
屋上という区切られた空間は設置型の花火と相性がいい。

安全靴のある状態出ったからこそ足裏の皮が焼け剥がれた程度で済んだが。
炸裂花火の威力はたかが知れているとはいえ、素足になった状態では下手に動けない。

りんご飴の知るボンバーガールよりも能力の生産性と正確性が向上している。
りんご飴が知る由もないが、亦紅が燃え上がらせた篝火を回収した影響だろう。
このままでは押し切られる。

足を止めたりんご飴に向けて、新たに生み出された鼠花火が放たれる。
高速で回転する鼠花火が激しい火花をまき散らしながらジグザグの軌道を描き、地を這い襲い掛かる。

動けば爆死、動かざるも爆死。
死の二者択一を迫られたりんご飴は跳躍を選んだ。
そして先行して荷物から取り出し放り投げたお便り箱の上へと飛び乗る。
1度限りのセーフティーゾーン。
地面に触れ爆裂するお便り箱を蹴り上げ、爆風に乗って跳躍する。

勢いに乗って飛びつく先はボンバーガールにではない、明後日の方向だ。
その先にあるのは屋上に備え付けられた貯水タンク。
飛びつくとと同時に給水タンクを鍵爪で切り裂く。
裂け目から水が噴き出し、飛沫が雨のように屋上へと降り注ぐ。
足がつかるほどに張った水が花火を湿気らせる。

「これでご自慢の花火も駄目になっちまったなぁ」

りんご飴は貯水タンクから飛び降り音を立てて水面へと着地、サバイバルナイフを片手に構える。
地雷原は無力化された。
少なくとも水滴が降り注いでいる間は火薬を空中に散布することも出来ないだろう。
雨のように水しぶきが降り注ぐ中では爆破の天使もその力を十全に発揮できない。

「けっ。いいハンデだよ」

ボンバーガールは箒花火の炎剣を振りかざし、その足跡に水飛沫を上げながら薄い水たまりを駆ける。
振り抜かれる炎剣をりんご飴は身を仰け反る様にして水面を滑りながら躱す。
鼻先を掠める美しい火花を見送りながら、りんご飴はハッと笑う。

滑り込みながら足を振り上げ、花火の握り手と鳩尾に二段蹴りを放つ。
そのまま反動で加速し縦に一回転して着地。反撃を捌きつつ水面を踊るように回って裏拳をブチ当てる。
変化した環境への対応力も純粋な体術もりんご飴が上だ。
水で環境を変え花火に制限をつけた以上、りんご飴が有利である。

だが直後。りんご飴の背後で爆音が起きた。
慌てて振り返るその先に水柱が立つ。

無力化したはずの水中の花火が爆発したのだ。
一つ二つではない。続けざまに眠っていた炸裂花火が一斉起爆され、一面に水柱が跳ね上がる。

花火は水中でも燃えるのだ。花火に使用される酸化剤に燃焼のために必要な酸素が含まれているからだ。
無論、爆発力は空気中には大きく劣る、だが注意を引くだけならば十分だ。

しまったとボンバーガールへと注意を向け直したりんご飴に、水しぶきの向こうからポイと無造作に何かが放り投げられた。
それは花火の大玉だった。
これほどの大きさ。爆発すればこんな狭い屋上など一発で吹き飛ぶだろう。

「っと!?」

その危険度を瞬時に理解できたりんご飴は反射的に飛びつき、地面に落とさぬよう両手で受け止める。

「ばーか」

隙だらけとなったりんご飴の頭部に打ち上げ台から射出されたボンバーガールの飛び回し蹴りが叩き込まれる。
吹き飛ぶように倒れ、手にした大玉が落ちた。
だが落下の衝撃にも爆破することなく、大玉は濡れた地面を転がった。
それもそのはず、ブラフである。
いくらなんでもこの規模の大玉をポンと創り出すのはボンバーガールでも不可能だ。

倒れたりんご飴に追撃が迫る。
夜の屋上を輝かせながら火の雨が降り注ぐ。
咄嗟に立ち上がり回避しようとするが脳が揺れ足元がふらつく。
ナイフも落としてしまった。

火の雨に晒されながら、たたらを踏むりんご飴。
この機を逃すまいと距離を詰めたボンバーガールは爆発で加速した拳の乱打を叩き込む。
亀のように縮こまり両手で頭部を守り、守備に徹するりんご飴。
何とか凌いでいるが、この烈火のごとき猛攻を前にしては防御を崩されるのも時間の問題だろう。

度重なる連打を受けていた腕が大きく腫れ、左腕のガードが僅かに落ちた。
そこに業火を纏った右ストレートが防御をすり抜け頬を打った。

「なっ」

りんご飴は砕ける勢いで歯を食いしばりこれに耐えて、前へと踏み出る。
ここまでただ防御に徹していたわけではない。
脳の揺れが回復するのを待っていたのだ。

回復したタイミングであえて隙を見せ、カウンターのタックルを決める。
美しく胴タックルが決まった。
そのまま引き倒してマウントに持ち込むかと思われたが、りんご飴は相手を引き倒すのではなく相撲のように押し出しフェンスにへと寄り切る。

ガシャンという音。
腹の底が浮き上がるような浮遊感を珠美は感じた。
押し出し続けた圧力に安全用のフェンスが外れ、二人の体が地上100mの上空に放り出された。

「っ!? バカかテメェーーーー!?」

墜ちる。
墜ちる。
重力に従い逆らうこともできず地に向かって吸い寄せられるように墜ちる。

5秒後には地面にキスして潰れたトマトになるこの状況で、全身の毛を逆立て冷や汗を流しながらも口元に張り付くのはこの状況を楽しむような笑み。
りんご飴は片腕で胸倉を掴み、もう片方の腕で殴る。
ボンバーガールも負けじと頭突きをかまし、次いで肘を叩き込んだ。
落下しながら状況など関係無いように拳と拳を通い合わせる。

だが、その立場は大きく違う。
珠美は爆風により体を浮き上がらせることができるが、りんご飴に落下を回避する能力はない。
何の策も講じなければ、一人滑落して死ぬだけだ。
あるいは珠美にしがみ付いて助かる算段なのかもしれない。
りんご飴のやりそうな事だ。

そうはさせじと珠美は顔面に拳を喰らい鼻血を吹き出しつつ、前蹴りで押し出すようにりんご飴の腹を蹴り飛ばした。
胸倉を掴んでいた手が離れ、空中で二人の距離が離れる。
りんご飴にこの距離を詰める術はない。

そして遠距離攻撃の手段を持つのもボンバーガールだけだ。
ロケット花火が美しい色取り取りの火花で夜を彩る。
遠距離攻撃を持たないりんご飴は極彩色の嵐に晒され続けるほかない。
そう。本当に、遠距離攻撃を持たないのならば、だ。

胸元から取り出したるは赤く発光する透明なナイフ。
悪党商会製特殊武装クリスタルジャック。
これまでの戦闘により花火による高熱エネルギーがため込まれている。

一本の赤い閃光が空へと延びるように夜を走った。

だが、この程度の反撃はボンバーガールも予測済みである。
相手はりんご飴。切り札の一つや二つ隠し持っていると見るのが当然だ。
ボンバーガールは両腕で炸裂させた花火を推進力として空中で軌道を変え、閃光をやり過ごす。

だが、回避に動いたボンバーガールの体が空中で何かに引っかかった。
それはロープだった。
りんご飴の嵌める鍵爪から射出されたものである。
それは世界最高の殺し屋アサシンの仕事道具フック付き鍵爪。
クリスタルジャックによる一撃は誘導するための布石に過ぎない。

引っかかったボンバーガールを支点に重しとなったフックが廻り、ボーラのようにロープが巻きついてゆく。
もがけばもがくほどロープは食い込み、空中で身動きが取れなくなってゆく。

「さあ――――――、一緒に墜ちようぜ、相棒」

このフックをビル方向に放てば、落下を免れる事もできただろう。
だがりんご飴は共に墜ちる道を選んだ。

「ッのおおおおおおおおおおおおおっ!!」

ボンバーガールの叫び。
二つの流星が連れ合いながら地へと落ちた。


「……っ! くぁ…………ムチャクチャしやがる……ッ」

舗装されたアスファルトの上、苦しげに息を吐きながら全身に擦り傷を作った珠美がゆらりと立ち上がる
ロープで拘束されながらも手の平から火花を噴射させ落下に抗い、ギリギリで減速に成功した。
とはいえ完全とはいかず全身を地面に叩きつけられ、骨が数本いかれている。
この程度で済んでいるのは超人であるが故だろう。

「へっへへ……そこがりんご飴ちゃんのいい所、だろ……?」

りんご飴もふらつきながらも立ち上がった。
減速するボンバーガールに繋がるロープに直前までしがみ付いて五接地転回法で着地した。
パラシュートが開かず地面に叩きつけられた人間が無傷で生還した例があるという着地法だが、叩きつけられた地面は固いのアスファルトだ。
超人めいた身体能力を持っていようとも全身がバラバラになってのが奇跡である。

「ああ大した奴だぜ。マジでさ。
 異能もないのにここまでこのあたしと渡り合えるだなんて、正一のオッサンかお前くらいのもんだぜ」

偽りのない本音で好敵の力量を称賛する。
これに対してりんご飴は少しだけ気まずそうにあーと唸る。

「それがどうにもりんご飴ちゃんは異能持ちだったらしいんだぜ?」
「はぁ? マジかよ」

これまでバディとしてやってきたが、初めて知る衝撃の事実である。
思い返せば異能があったのなら使えよという、場面も多々あるが。
相棒だろうがなんだろうが切り札を隠すというのは悪くはないとは思う。

「それで、どんな能力なんだ?」

話の流れで自然に聞いてしまったが、問うたところで今現在戦っている相手に能力を明かすバカなどいないだろう。
そう反省するが、りんご飴は何でもないように答えを述べた。

「それがなんでもりんご飴ちゃんは、世界を繋げる能力を持ってるらしいぜ」
「なんだそりゃ?」
「何なんだろうなぁ、正直よくわかんにゃいにゃあ」

世界をつなぐ能力と言われても規模が大きすぎてピンとこなかった。
なにせこれまであると知らなかったのだ、自覚的に使用したことはない。

「しかも、厳密にはこの世界の人間じゃなかったらしいんだぜ」
「マジか」

珠美もヒーローとしての知識で異世界渡りの能力者がいるのは知っているが、会うのは初めてだった。
だからなんだと言うと、何でもないのだが。

りんご飴が僅かにふらついた。
意識が朦朧とする。
蓄積したダメージはいよいよ深刻なようだ。
ぼうとした頭で目の前の相棒を見つめた。

「あー。そういや、俺達なんでこんなことしてんだっけ……?」
「そりゃあれだ。あたしがあたしで、お前がお前だからだ」

いつもの決まり文句だ。
お互い気性が激しく勝負にこだわる性質だったから、こうして本気でぶつかり合ったことは1度や2度じゃない。
ほどほどに愉しんだら手打ちにして終わらせるというのが恒例行事なのだが、今回は。

「で、まだやるの?」
「当然、どちらかが死ぬまで、とことん」

珠美は終わりをよしとはしなかった。
まるで殺し合いを是とする答えしか出せないように、完全決着を望んでいるようだ。

「まあそれ自体はいいんだが……」

いやいいのか?
本当に?
いよいよ決着が見えてきたところで未練が湧いたのか、そんな疑問が頭をよぎった。
そもそも相棒は、ここまで決着に拘る性質じゃなかったはずだが。

「なんでそこまで決着に拘るんだよ」
「言ったろ。あたしとお前はいつか決着をつける運命だって」
「ま、それはそうだけどよ。
 今この場でそれをやるってのが、正直、野郎に躍らされてるみたいで気に食わない」

これじゃあまるでワールドオーダーに殺し合えと言われたから殺し合うみたいだ。
二人の決着がそれでいいのか。

「あんだよ。今さら決着にビビっちまったのか。
 ここでイモ引いたら決着から逃げてるダセェ奴だぜ?」

珠美は挑発するように言う。
その言葉にりんご飴は少しだけ考え込むようにああと呻って。

「そうかもな。決着がつくのが少し怖い」

率直に、心中を吐露する。
そんな答えが返ってくるとは思ってもみなかったのか珠美は目を丸くしていた。

当たり前の話だが、決着をつけるという事はどちらかが、最悪両方が死ぬという事。
死ぬのは別に怖くはないが、死ぬというのは、もう会えなくなるという事だ。
ああそれは、きっとつまらない。

「珠美、俺はお前の事が好きだぜ。お前と出会ってからの生活もそれなりに気に入ってる。
 ま、それを失うのは…………未練だな」

りんご飴。
本名:不明。
国籍:不明。
経歴:不明。
能力:不明。
性別:♂

全てが不明の男の娘。
けれど不明と言っても過去がない訳ではない。
当然だ、この世界に突然現れたのだとしても、彼という存在が突然出来上がった訳じゃない。
語ろうとしないだけで本人の中に積み重なった過去は確かに存在する。

少年にとって祭りとは遠く眺めるだけのものだった。
暖かなに灯る雪洞の光。折り目正しく道を作るように所狭しと屋台が並ぶ。
その中心を少年と同じくらいの年をした子供たちが綺麗な浴衣を着て両親と手をつないで歩いてる。
そんな光景を今にも崩れそうなボロ家からただ羨ましそうに見ている事しかできなかった。

唐突に少年の母が祭りに行こうと言い出した。
遠く眺めるだけだったお祭りに初めて連れて行ける。
その事実だけで少年の心は高揚し胸が躍った。
周りは綺麗な浴衣姿で自分は着古したボロだったけれど、そんなのもまるで気にならなかった。
屋台の食べ物を買う金はなく眺めるだけだったけれど、一つだけりんご飴を買ってもらえた。
ごった返す人ごみ、むせ返るような熱気、鳴り響く祭囃子。
何もかもが騒がしくって目が回った、楽しさと嬉しさで胸が破裂しそうだった。

けれど、高く打ちあがった花火に見とれているうちに母はいなくなった。
置き去りにされたまま遠ざかってゆく喧騒を見ていた。
祭りが終わる。
彼を残して母が返って来ることはなかった。
父親は最初からいなかった。
祭りの終わりに少年は独りになった。

そこからが第二の人生の始まり。
挫けるでも嘆くでもなく、むしろ状況に奮起した。
ただひたすらに環境に適合し、弱さを唾棄した。
不幸だなんだ状況に下向いて生きるのなんてくだらない。
どうせ行くなら楽しく行こう。

生きることは戦いだ。
襲い掛かるあらゆる不平不満不幸不平等を、あらゆる手段を以て跳ね除けた。
闘争は高揚を産み出し、高揚すると祭りのドキドキを思い出す。
そして相棒は祭りの匂いがする。だから気に入った。

色々な出会いと別れ。
宿命の好敵手。
相棒との出会い。
つれあって、戦って、別れて、また戦って。

どのような形であれ人が人と過ごすせば、どうしても情や絆のようなものが生まれてしまう。
ヴァイザー然り、珠美然り。
いつの間にか大事なものになっていた。

絆だの情だのらしくない。
そういうのは持たないように生きてきたつもりだった。
未練無く生きてきたつもりだった。
らしくないけど、まあ生まれてしまったものは仕方ない。

嫌なことは嫌だと生きてきたんだ。
最後まで我侭を貫かせてもらおう。

「ここで珠美とお別れなんて俺は嫌だね。そんなのはつまんねぇよ。
 戦うのは好きだがよ、決着にはあんまり興味がないんだ。
 祭りの最中が楽しけりゃいいのさ。祭りの終りに興味はないんだ。
 いい加減疲れちまったし、つまんねぇ決着は後回しにしてこの辺で手打ちにしようぜ」

照れることなくハッキリと、その思いを伝え手を差し出す。
ダサくてもカッコ悪くても、それ以上に大切だと思えたから。

その言葉を受けた珠美は固まっていた。
そんな言葉を目の前の相手から聞くとは思ってもみなかったからだ。

世間からはヒーローなんて崇められているが、火輪珠美は正義の味方なんかじゃない。
思うがままに気に食わない連中をブッ飛ばしてきただけだ。
気に食わない連中に悪党が多かっただけで、気づけばヒーローなんて呼ばれるようになっていた。

始めて聞いた相棒の本音は中々に堪えた。
それこそこれまで喰らったダメージなんかよりも。
肉体は混じり合わせようとも、お互いに心には踏み込まないようにしてきた。

自分と同類の安い見栄と矜持を死ぬほど大事にしている奴だと思っていたから。
そんな相手からの言葉はなかなかに心に響いた

珠美はギュッと目を閉じてから、差し伸べられたその手を見つめる。
そして、ゆっくりとその手に自らの手を伸ばして。

全力で生成していた花火を起爆した。

りんご飴は肉体的には常人と変わりない
何の対応無く直撃を喰らえば呆気ない物だった。
落下のさいばら撒かれてしまったヒーロー雑誌が風にページをめくられ絶壁コンビの特集ページが開かれた。
燻る残火が燃え移り、黒く灰となって風に消えた。

「ハッ……ハハハ。燃やした……燃やし尽くした…………!」

乾いた笑いが虚しく響く。
例えそれが珠美に届く言葉だったとしても。
マーダー病という意図的に歪められた珠美には届かない。
どうあっても殺し合いという結論にしか至れない。
そういう病に侵されていた。

珠美の中には獣がいる。
自分の中にある抑えきれない獣性。
何もしないと苛立ちが溜まった。
退屈を嫌い刺激ばかりを欲しがる。

闘争は衝動の発散だ。
暴れて暴れて出し尽くした夜にだけ退屈を忘れてよく眠れた。
出し尽くした夜だけ熟睡できる。
だが、すぐに乾いた。
渇きを癒す為にまた暴れて眠る。
己はどこまで行ってもただの茨掻きだ。
誰かを救うだなんてガラじゃない。
師匠との離別を経て、自分の暴力の結果として誰かが救われてもいいかと思うようになったけれど、結局そこに正義感なんてない。

「ああ、くそッ」

地面を蹴る。
苛立ちを解消すために戦っていたはずなのに、苛立ちは募るばかりだ。
胸の中にいつもの獣性とは違う抉り取るような衝動がある。
そこに不意に隠そうともしない露骨な足音が響いた。

「――――やぁ」

視線を向ける。
そこ居たのはボロボロの衣服に身を包んだ見覚えのない老人だった。
だが隠れた目元、張り付いたような笑み、そして男の纏う独特の雰囲気で目の前の男が何者であるのか嫌でも理解できてしまう。

「ワールド、オーダァ………………!」
「ああこれ。まあ回復したかったんだけど、近くに君がいるみたいだったから押っ取り刀で駆けつけたんだよ。
 あれだけ派手にやれば目立つよ。美しかったけれど」

光のない街に鮮やかな閃光を瞬かせては誘蛾灯のように人を呼び込む。
そのような些事を気にしない豪快さが彼女の売りだが、今回に限っては最悪の毒蛾を誘い込んでしまったようだ。

「あんだよ……次はテメェか?
 ちょうどいい、イラついてんだ、相手になってやんよ」

能力を解放して構える。
一度敗北した相手だが、今は負ける気がしない。
と言うより、負けたってかまわないと思っている。
とにかく暴れたくて仕方がなかった。
そんな好戦的な態度を見せる珠美に、老人は呆れた様に肩を竦める。

「いいや、君とは戦わない。僕が試すまでもなく君は失格だ、火輪珠美」

支配者は裁定を下す声で、参加者に落第の印を押した。

「は? 失格ぅ? なんだそりゃ?」

全身に攻撃の意思を露わにする珠美を前にしても、ワールドオーダーは笑みを張り付けた表情を変えず、ゆっくりと口を開く。

「この連戦。幾度かの戦いで変わる機会は何度かあったはずだ。
 だがマーダー病という外的要因があったにしても、君は己がそう言う人間だと決めつけてしまった。
 何かを無くすのもそう言う己だから仕方がないといういい訳を言い聞かせて諦観した。
 成長にせよ退化にせよ人間は変化する。それを否定し己の形を固執してしまった、変わることを止めてしまった」

赤点の生徒を窘める教師のように寸評を述べる。
師匠を失った時から付きまとう火輪珠美の中にある己の大事なものをいつか自分の手で壊してしまうのではないかという不安。
それを最後まで拭い去ることができなかった。
己と言う人間の限界を決めつけ抗おうとしなかった。
自分はヒーローなどではないと、その自負を捨てきれなかった。

「最後まで己の中にある正義という炎を信じられなかった、それが君の敗因だ」

敗因。
どうやら火輪珠美は何かに敗北したらしい。
この胸を焦がすような苛立ちはそう言う類のモノらしい。
何より悔しいのが、何故だかすっと納得できてしまった事だ。

「……そうかい。上から目線のご高説どうも」
「僕と君たちとでは世界の捉え方が違う、世界を見ている座視が、視点が違う。
 それが上からだというのならその通りなのだろうね」

珠美の心がざわつく。
これは単純に目の前の相手が気に喰わないという苛立ちだ。
もはや是非もない。
射殺す様な目つきのまま、距離を測る様に僅かに前へとにじり寄る。
相手の意思など知った事かと、両手に火花を散らしながら殺気を放ちにじり寄る。
交戦の意思があろうがなかろうが、一発おっぱじめればそれで終いだ。

「結局何がいいてぇんだテメェは?」
「ああそうだね。君たちには期待していたんだけど残念だったという話さ。
 そこはほら、愛だとか友情だとか何かそう言うので上手い事何とかしてくれないと」

笑みが侮蔑のような嘲笑に変わる。
その笑みが、お前には闘う価値すらないとそう言っていた。
それを理解して下らなすぎて吐き捨てる様にハッと笑う。

「……ああそうかいそうかい。死にてぇんだなテメェ!!」

手元に溜めこんでいた花火を起爆させ、漆黒の爆炎が周囲一体を薙ぎ払う。
後先考えぬ己すら巻き込む程の大火力。
反動に激しく息を切らす。
燃え盛るような熱い空気が肺を燃やした。
業炎が晴れた先、そこには人影は塵一つ残らず消え去っており、残ったのは声だけだった。

『君の相手は僕じゃないのだろう。君は君で相応しい誰かに討たれて退場するといい』

少しだけ寂しげな名残を残し、風と共に声すらも消えた。
その場には一人、珠美だけが残される。
全てに取り残されるように。

「るせぇ! 訳の分かんねぇ事いってんじゃねえよ!!
 逃げんなおい! 姿見せろ! オイ!!! ちっくっしょうが!!!」

激昂する少女の叫びが虚しく夜に響いた。
その叫びは今にも泣き出しそうな慟哭のようにも聞こえた。

【りんご飴 死亡】

【I-8 市街地/夜】
【火輪珠美】
状態:左肩負傷 ダメージ(極大)全身火傷(大)能力消耗(大)マーダー病発病
装備:なし
道具:基本支給品一式、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動]
基本方針:苛立ちを解消する
1:苛立ちを解消する
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※ボンバーガールの能力が強化されました

主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:初老
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、ランダムアイテム0~1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:参加者の脅威となる
1:東側の殲滅
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。人格や自我ではありません。


142.神なき世界の創り方 投下順で読む 144.悪党商会の社訓
時系列順で読む
さあ、ラスボスの時間だよ 主催者 人でなしの唄
炎のさだめ 火輪珠美
りんご飴 GAME OVER

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年11月10日 10:54