男は直走る。
嘗ての理想とかつての己。
捨てなくてはならなかったその残骸。
最後にして唯一の未練を断ち切るために。

悪党商会代表、森茂。
人としての道筋を外した男は、地面に敷かれた道筋すらも外れ、目的地である北の市街地までの最短距離をひた走っていた。

音も立てず風になったような軽やかさは暗殺者もかくやという動きである。
その機敏さはどう見ても初老に差し掛かろうという老人の動きではない。
それもそのはず、悪威による肉体の最適化により彼の肉体は全盛期のそれである。

駆け抜けるは深夜の山道。
多くの障害物のある舗装されていない獣道を全力疾走するというのは優れたアスリートでも難しい。
これをパルクールのような技術を使うのではなく、陸上トラックでも走るような奇妙な安定感で駆け抜けていた。

小石や段差と言った不確定要素は全て悪威により自動で補正されるのだ。
足裏に返る反発、衝撃の吸収。バランス、体幹の調整。加えて体内に蓄積される疲労物質の緩和まで行われる。
ただ走るというだけで格別の快適さを提供するのがこの悪威という神器だ。

携帯電話を手放し標的の詳細な位置を知れない森にとって、大仰な禁止エリアで行動範囲が限定されたのは都合がいい。
この速度のまま北の市街地を突っ切れば、ほぼ確実にユキに出会えるだろう。
だが、風に煽られハタハタと揺れる通す腕のない袖口が唐突にハタリと落ちた。

何か来る。
山頂に続く山道に差し掛かったところで昼のような眩しさを感じ、森がその場に足を止めた。
これに気付けたのは森が特別気配察知に優れているからという訳ではない。
むしろ、これほどの存在感、気付かない方がどうかしている。

強大にして重厚。
その気配はまるで恒星その物だ。
己が存在に曇る所一点も無しと言わんばかりに、これほどの気配を隠すつもりすらない。

星ひとつない夜に、悪党は地上にて太陽と――否――光り輝く神と、出会った。

「おやおや、社長じゃあないですか」

全てを塗り替えるような重厚な気配に合わぬ明るく朗らかな声。
それは森がよく知る物だった。
現れたのは黄金の歓喜ゴールデン・ジョイ。
森茂が代表を務める悪党商会の情報部部長、近藤・ジョーイ・恵理子である。

「あれ恵理子、イメチェンした?」

そう軽い調子で問いながら森はサングラスの奥で目を細める。
目の前にいるゴールデン・ジョイの姿は森が知るものと細部が異なっていた。

普段のゴールデン・ジョイも大概だが、今のゴールデン・ジョイは眩しさの質が違う。
サングラスでも遮れない光は直視する事すら困難だ。
心疾しき所在らば全てを露わにするような神聖な光は、眩しさとは別の理由で直視しがたい。
もはや目の前の存在を怪人と呼ぶことすら憚られる。
目の前の怪人はまるで宗教画に描かれる神のようだ。

「ええ少し。いい化粧道具を手に入れまして」

三つ目の神人は自らの腰元を軽く撫でる。
そこに付けられているのは同型機である惑星型怪人を打ち倒して得た戦利品『変身ベルト』だ。
極限に至るための一。惑星型怪人特化機能が一つ『完全制御装置』である。

「なるほど、前々から聞いてたそれが第三世代の肝ってやつかい」
「はい。まだ10のうちの2つですが。これを手に入れるために私は第三世代実験に手を上げたようなものですから」

第三世代型怪人開発実験が始まりブレイカーズ内で志願を募った際、真っ先に手を上げたのが恵理子だ。
無論、他にも志願者はいたが、恵理子は己が有能さを証明しプロトタイプの座を勝ち取った。

「ああそうだったねぇ。けどあの時は驚いたよ。
 まさか自分を改造人間の実験台にして帰ってくるとは思わなかったからねぇ」

恵理子がブレイカーズに所属していたのは急激に勢力を拡大するブレイカーズの内部調査と、藤堂兇次郎という天才科学者の技術を盗むための間諜として潜り込んだのである。
潜入に伴い経歴は完全にロンダリングして足がつかないようにしていたが、勘の良いミュートスからはその動向に対して非常に強い疑惑の目を向けられていたのだが。
潜入を命じたのは上司である森だが、自らの身を差し出せ、などとそこまでの指示はしてない。
改造人間となったのは恵理子自らの意志である。

「そうですか? 悪くないものですよこの体も、便利ですしね」

平衡世界における凡百の自分と違うものになりたかった。
悪党であり改造人間であるという個性(オリジナル)。
たった一人の我であるという証明を手に入れられただけで満足だ。

「へぇ。それはよかったね。にしてもなんで変身しっぱなしなの?」
「何か問題ありますかね?」

神気纏う怪人はワザとらしく首をかしげる。
動を司る太陽の化身たるゴールデン・ジョイは『無限動力炉』を持つが、変身し続ければ制御を失い自滅する。
静を司る月の化身たるシルバースレイヤーは『完全制御装置』を持つが、エネルギーが有限であるため変身し続けることはできない。
だが、その両方を得た今のゴールデン・ジョイはエネルギー枯渇の心配も暴走の危険性もない完全なる存在だ。
故に変身を解く必要性がない。

変身し続ける欠点らしい所を強いて挙げるならば目立ってしまうことだ。
殺し合いの場において見つけてくれと言わんばかりの後光は不利な要素でしかない。

だが、そんなことを気にする必要がないのが絶対強者の特権だ。
命を狙う連中に見つかったところで何するものぞ。
例えスナイパーライフルの狙撃でも今のゴールデン・ジョイを仕留める事は不可能だろう。

「そうだねぇ、問題というかとりあえず、眩しいんだけど」
「おっとこれは失敬」

気づきませんで、と軽く頭を下げてベルトの側面を叩く。
ゴールデン・ジョイの身を包んでいた光が一際強く弾ける様に散布して、体の内へと集約する。
そして近藤・ジョーイ・恵理子という人間の形を形成した。

「なんだいなんだい。珍しくボロボロだねぇ理恵子」

顔に張り付く人を食ったような自信あふれる表情こそ森の良く知る恵理子のものだが。
変身体の下から現れた生身の姿には裂傷や銃痕と言った多くの生傷が付けられていた。
いつでも完全無欠で隙を見せない彼女がここまでボロボロになるもの珍しい。
この戦場は彼女ほどの才女でも容易くはないという事だろう。
それは森もよく知る所だが。

「そういう社長こそ、その腕どうしたんです?」
「ああうん。これ? ハハッ……ちょっとね」

喪われた右腕を見つめ誤魔化すように笑う。
悪砲で撃たれた、とは言えない。
『三種の神器』の使い手は公には森一人だ、
千斗が適合者であるという事実は幹部に対しても機密の極秘事項である。

恵理子もそれが誤魔化だと理解しながら、特に追及はしなかった。
自らが知るべきではないのだろうと理解したからだ。
もっとも言及できないという時点で、ある程度の事情を察したのだろうが。
むしろ情報部を預かる恵理子ならば元より把握してた可能性もあるかもしれない。

恵理子は視線を落とし、闇に溶けるような黒衣を見つめる。
薄く表面に光るナノマシンの輝き。
すらりとした凝縮され引き締まった体格への肉体の変化からその黒衣がなんであるかは明らかだ。

「悪威ですか。どうやら悪砲も揃っているようで。この状況で装備を整えられるとは流石です社長」
「いやぁ、まだ全部って訳じゃあないさ」

『三種の神器』で揃ったのは『珠』と『鏡』のみ。
三種と呼ぶにはあと一つ、『剣』が足りない。

「ええ。ですから、これで全部、ですよね?」
「おっと」

投げ渡された夜に光る漆黒の輝きを受け止める。
受け取った手応えは、森ですら思わずバランスを崩してしまいそうなほどにずしりと重い。
それは凄まじい密度で凝縮された小刀。
悪を塗り固めたような漆黒の刃。

「おいおい、悪刀じゃないの。なんだ理恵子が持っててくれたんだ」
「はい。出会えましたらお渡ししようかと預からさせておりました」

対規格外生物殲滅用兵装一号、無形刀『悪刀』
対規格外生物殲滅用兵装二号、消滅砲『悪砲』
対規格外生物殲滅用兵装三号、万物耐性『悪威』
これで本来の使い手である森の手元に悪党商会の技術の粋を集めた『三種の神器』が揃った。

『三種の神器』を装備した森茂は文字通りの無敵である。
この装備で数多くの世界を破壊しかねない力を秘めた規格外生物を葬り去ってきた。
ただの一度の敗北もない。負ければ世界が壊れてるので当然だが。

「ありがとうね。これで随分としっくりきたよ」

手に馴染む感触を確かめるように黒いナイフを刃ごと強く握り締め、左腕を突出す。
そして呪文のように唱えた。

「――――――悪刀開眼」

黒刀が解ける。
無形であるという事は気体にもなれば液体にもなり固体にもなるという事だ。
解けた刃は液体のように波打ち、森の喪われた右腕に向かって集約してゆく。
メタリックな輝きを見せながら、漆黒の右腕が象られる。

「まあこんなものか」

指を何度か握りしめ動かす。
森は悪刀を操作し失われた右腕を象り補完した。
首輪によるナノマシン活動量の低下は厄介だが、悪威による肉体の最適化により活性化は成されている。
総じてトントン。十全とはいかないが悪刀を操るのに不足はない。

「お見事です社長」

恵理子が手を叩く。
悪刀を使いこなしている森だからこそ可能な精密動作、恵理子には不可能な芸当だ。
恵理子では武器として使うことはできても、義手のように扱うのはどうあがいても無理である。
あくまで一時ユーザーである恵理子と正規ユーザーである森とでは単純な適合率以前の練度が違う。

「じゃあ一応やっとこうか、情報交換。何か報告ある?」
「そうですね。ではまず首輪についての報告いたしましょうか」

上司からの要求に情報部部長は報告を上げる。

「首輪の外側は固いだけで、それほど特別なものではありません。
 爆破を通すため内側が脆く設計されていますので、解体するならそこを突けばよいかと。
 首についたままだと殆ど隙間はないのですが悪刀であれば問題なく解体(バラ)せるでしょう。
 やはり問題はいかに爆弾を無力化するかにかかっているかと」
「その辺、攻略の当ては?」
「そうですね。方法はいろいろ思いつきますが、現実的に取り得る方法は3通りかと」
「聞こうか」

悪党商会の長は提言を促す。
悪党商会のブレインは頷く。

「まずは単純に爆弾を爆破させてしまうという手ですね」
「爆発に耐えきればいいってこと? 乱暴だね」

首輪を解除するという目的は、首輪による死亡を回避するための策である。
ならば極端な話、爆発したところで死ななければいい。
それは龍次郎あたりが考えそうな余りにも単純すぎる手段だ。

「けどリュウならともかく、普通の人間が耐えられるのかねぇ」
「そうですね。鍛えた人間程度では不可能かと。
 ですが参加者一名を禁止エリアに放り込んで爆発を観察しましたが、悪威の万能耐性ならば十分耐えうる範囲かと。
 もしくは緩衝材を首輪の隙間に詰めて爆破しても問題ないようにしておくのもいいかもしれませんね。
 この場合でもある程度の肉体的強度は必要になるでしょうけど」

単純だが、単純だからこそ一つの手段としてはありのような気もしてきた。
だが、何せよ強引な方法に変わりはない。
やるにしても最終手段だろう。

「次の方法は?」
「お次は爆発させないという方法ですかね」

爆発させるという先ほどの提案とは真逆の方法である。
極端から極端な話だが、確かにそれができればそれに越したことはないだろう。

「要は爆発自体を一時的にでも封じればいいわけですから、参加者の取り得る方法では一番現実的な方法かと。
 完全に爆破を制御できたのなら首輪自体の解除は帰ってからでもいいでしょうし。
 それこそ時でも止められるのなら、その間に外せばいい。方法自体はあまり問いません」

爆発を封じるだけなら手段はいくらか考えられる。
それこそ適合した異能持ちならば、『幸運』にも爆発しなかっただけで首輪は外せる。
完全に取り外すことができずとも、首輪が脅威であるのはこの会場内のルールに過ぎない。
この世界から外に出れば、解除する方法など五万とある、付けたまま帰って後はゆっくり外せばいい。
爆発しなければ首輪なんてただのファッションなのだから。

「なんだったら悪砲で消滅させちゃうってのもアリかもしれないですね」
「いやいや、流石にそれは首ごと抉っちゃうから無理だよ」

首に張り付いた首輪だけ消滅させるというのはアンコントロールな悪砲では不可能だ。
流石にこの提案は恵理子も冗談のつもりだったのかハハと笑って流していく。

「後は、爆弾を処理してしまう方法ですね。
 爆弾の解体技術に、解体するための手段を用意する必要があるのでハードルは高いでしょうが、まあこれが一番の正攻法ですね」
「現状でそうするなら具体案はあるのかい?」
「首輪の中に悪刀を流し込んで四つの爆弾を同時に処理すればよいかと、私では無理ですが社長の技術なら可能でしょう。
 爆弾の構造も私がある程度は記憶してますので、何でしたらこの場でも可能かと」

滑らかに提案された解除方法は技術、手法と揃っており実現可能な手段として理にかなっている。
悪刀の操作技術もそうだが、元技術屋である森ならば構造さえわかれば爆弾解体も容易い物だ。
悪党商会が誇る技術の粋、三種の神器をもってすれば首輪の解体に何の憂いもない、かと思われたが。

「それがね、そうもいかないんだよ」

残念そうに溜息を洩らし否定の言葉と共に森は首を振る。
意外なリアクションに恵理子もつられて首をかしげた。

「どういう事です?」
「どうにも俺の首輪は特別性のようでね。ナノマシン対策が打たれていて、現に体内のナノマシンの動きも悪い。
 ナノマシン対策が為されている以上、ナノマシン兵器である三種の神器で首輪の解体ができるとはちょっと考えづらいね」

森の首輪に施されたナノマシン制限。
これらがナノマシンによる首輪解除の邪魔をする可能性は高い。
もしかしたら、そうではなく解除できる可能性ももちろんあるだろうが、失敗すれば首が吹き飛ぶ以上は冒険はできない。

それを聞いた恵理子は「なるほど」と頷き、首を捻って少しだけ考え込む。
そして考えがまとまったのか、確認するように問いかけた。

「対策が為されているのは社長の首輪だけなんですよね?」
「ああ、そうみたいだね」

ワールドオーダーは特別性の首輪は数少なく、個別の対応をしていると言っていた。
首輪を作った本人の言葉だ、間違いはないだろう。
ナノマシンの対策がなされているのは森の首輪だけのはずである。

「でしたら私の首輪の解除をして頂けますか?」
「……いいのかい?」
「ええ、少々邪魔ですので」

変身したところで首輪は変身体の内側、人間体に付いたままである。
これほどの力を得たゴールデン・ジョイにとっても首輪は未だ十分な脅威となり得る。
時間制限も禁止エリアもいい加減鬱陶しくなってきた。
取れるものなら取っておきたい。

だが、理屈として悪刀での解除が可能だったとしてもリスキーなことに変わりはない。
直属の上司とはいえ他人の技量一つに命を託すのだ。
余程の信頼と度胸がなけばできない決断だろう。

「爆弾のある位置はここ。爆弾の形状は、そうですね図面にでも起こしましょうか」

そう言ってトン、トンと自らの首輪の四点を指先で叩く。
重さを感じさせぬ軽やかさで恵理子は話を進めていった。
荷物から筆記用具を取り出すと、首輪の断面と爆弾の図面を描き込んでいく。
出来上がったモノクロの写真のような事細かな展開図に、森は感嘆の息を漏らした。

「さすがだねぇ。随分と細かいところまで調べたようだ」
「ええ、幸運にも大きめの分かりやすいサンプルを見ましたので」

巨大な――サイクロップスSP-N1の――首輪を解体した際に見た爆弾の構造を細部まで記憶した驚異的な記憶力。
そしてそれを精巧な機械のようにアウトプットする新聞記者として鍛え上げた描写力。
いずを取っても恵理子にしかできない仕事だろう。
森は受け取ったメモを月に透かすようにして眺めながら、悩ましげに唸った。

「けどねぇ、実物も見ずに爆弾処理だなんて……」
「できるでしょう、貴方なら」

否定を許さない確信にも似た言葉。
呪いのような信頼に森は悪刀で構成された黒く輝く右腕で頭を掻く。
そして観念したのか溜息を一つ。

「ま、失敗しても恨まないでね」

軽い調子でそう言って、漆黒の腕で恵理子の首輪に触れる。
右腕が溶けるように解け、黒い泥のような流体が首輪の隙間に潜り込んでゆく。
内側から浸食するように装甲を削ってゆき、流体は内部へと侵入を果たし中に配置された4つの爆弾へと辿り着いた。
その一つにでも異変があれば爆破される連動式爆弾。
解除するには完全同時に4つの爆弾を解体するしかない。

それを中身の見えない目隠しのような状態で行わなくてはならず。
無痛症である森では手さぐりすらできない、そもそも悪刀越しでは手触りもない。
最早する方もされる方も正気でいられるのが不思議なくらいの超級難度の爆弾処理作業である。

「どーです? いけそーですかぁ?」

そんな状況で命を預ける女は待っているのが手持ち無沙汰だったのか軽々しく声をかけた。
命を預かる側の男も、何でもない顔で汗一つかかず応える。

「さぁ。なにせ手応えってものを感じられない体質なんで何とも言えないねぇ、
 こちらとしては恵理子の描いた設計図通りに手順を踏むだけだから、まだ爆発してないってことは大丈夫なんじゃない?」

1ミリのミスも許されないこの状況で平然と軽口をたたき合う二人。
緊張感がないというより、この程度の修羅場は彼らにとっては日常茶飯事なのだろう。
世界のバランスを崩す存在を秘密裏に消すという悪党商会の仕事を最もこなしてきたのがこの二人だ。
その定義は単純な戦闘力によるものとも限らないが、多くの規格外生物と戦い屠り去ってきた。
森が隠居した今、悪党商会内の実質上の戦力的トップが恵理子である。

「はい、お終いっと」

言葉と共にパキンと音を立て、実にあっけなく参加者を縛りつけていた枷が割れ、地面に落ちる。
恵理子は解放を確かめるように首を擦った。
1日に満たない拘束だったがいざ取れてみれば思いのほか開放感がある。

「ふぅ。まったく上司遣いの荒い社員だよ。
 実のところ、今の恵理子なら自力で何とか出来たでしょ?」
「まあそう言わず。社長としても、実際生きた首輪の解体が出来てよかったでしょう?」

首輪の存在が茶番なら、解除に至るこの行為もまた茶番だ。
爆発したところで爆破以上の熱量をもって相殺できる自信はあった。
森に首輪を解除したという経験を積ませるために敢えてやらせたのである。

森は落ちた首輪を拾い上げる。
何の変哲もない鉄の塊だ。

「恵理子。どう思う?」

役目を終えたそれを指先で弄りながら問いかける。
開放感があるとか、汗疹がないか気になる、とかそう言う感想を聞いているのではないだろう。
恐らくは、本当に首輪が取れてしまったことに対する感想を問うているのだろう。

「そうですねぇ。首輪に関しては笊とまでは言いませんが、ハッキリ言って雑ですね。
 ただの人間を縛るには十分よくできた首輪だと思いますが。
 多種多様の異能者、魔道具溢れるこの殺し合いで使われる強制力としては落第です。
 ましてや参加者や支給品を選定したのは他ならぬワールドオーダー自身だというのにも関わらずこのような手落ち。
 これは私の考えるワールドオーダーのパーソナリティと一致しない」
「なんで一致しないんだと思う?」
「恐らく前提が違うのでしょう。手落ちではなくそういう狙いだった。
 解いてほしいとまでは行かずとも、解かれてもいい、あるいは解かれることを見越してる節がある」
「なんでそんなことしてるんだろうね」
「なにか役割があるんでしょう。役割が終わったんなら必要がなくなる、いや解くまでが首輪の役割だとか」
「ふーん。役割ねぇ」

呟きながら森は思案する。
ならば果たして役割を持つのは解いた首輪か、それとも首輪を解いた参加者なのか。

「そういえば首輪を解除する方法だけど、恵理子の上げた三つ以外にあと一個あるよ」
「なんです?」

聞き役に徹していた森だったが、最後に見落としを指摘する。
己の失点に恵理子は不敵な笑みを浮かべ興味深そうに問い返す。
森はその答えをズバリ言い放った。

「付けた人間に解かせる」
「なるほど」

言われて、それはそうだと恵理子も納得する。
この首輪をつけた人間ならば外す鍵も持っているだろう。
当たり前と言えば当たり前の方法である。

「ですが、それは頓智としては面白いですが、現実的な手段ではないでしょう?」
「さあどうだろうねぇ。少なくとも奴を殺せば首輪解除の鍵は貰えるらしいけどね」
「そうなんです?」
「そうみたいだよ?」

ワールドオーダーの首輪の中には爆破を無効化する装置がついている。
他でもない本人の口から語れた話だ、事実だろう
具体的にどういう代物かはわからないが、それを奪い取れば実質首輪は解除できたも同然と言える。
もっとも、その事実を知る者がどれだけいるのかは不明だが。

「ところで恵理子は今なにやってんの?」
「私ですか? 私はちょっと大首領を探していまして、社長の方で見かけませんでした?」
「恵理子がリュウを? 珍しいね」

意外そうに森が驚きの声を上げるが、それも無理はない。
恵理子はブレイカーズ時代の上司である龍次郎を非常に苦手としてた。
単純な戦力的な話ではなく人間的な意味でも。
避けることはあっても自ら望んで会いたがるというのは珍しい。

「はい。ちょっと倒しておこうかと思いまして。今なら勝てると思いますので」

言って、滑らかに指を動かし煌めかせる。
白く神々しい光が弾けた。
思わず目を奪われるような力の発現。

この全てを飲み込む惑星の力ならばあの剣神龍次郎に勝てる。
恵理子はそう考えているようだ。
森はそれを過信と咎めるでもなく聞き流し、ひとまず問いに答える。

「俺は南の市街地から来たけど、リュウは見かけなかったよ。多分あっちの方にはいないんじゃないかなぁ」

それなりに広い市街地で全てを回ったわけではないが、何事にも目立つ男だ。
同じ地区にいて気付かないという事もないだろう。

「なるほど、じゃあ北の市街地あたりですかね」
「いや、そこにはユキがいるらしいから、北の市街地にもいないだろう」

ユキと龍次郎が同じ空間にいれば、間違いなくユキは感情を抑え切れず龍次郎に挑み確実に返り討ちに合う。
ユキの名がまだ放送では呼ばれていないという事は、そこに龍次郎はいないという事だろう。

「あれ、そうなんですか、派手好きな大首領の事ですから人のいそうな辺りにいると思ったのですが。
 なるほどなるほど、それなら大まか特定できました」

恵理子のいた中央でも北南にある市街地でもないとなれば、自然と位置は大体絞られる。
来た道筋とは逆方向だが大した問題ではない。
今の恵理子がその気になれば、10秒もあればこの会場を1周できるだろう。

「けど社長。ユキちゃんが北の市街地にいるだなんて、そんな情報どうやって知ったんです?」

目ざとくそこに疑問を持つ恵理子。
この環境では情報を得る方法など限られている。
情報部を預かる恵理子ですら後れを取っているような状況だ。
南の市街地にいたという森が北の市街地にユキがいるなんて情報をどう知り得たというのか。

「ああ、ワールドオーダーと取引してね。あいつの仕事を手伝う代わりにユキの場所を教えてもらった」

主催者との取引、などという不穏な言葉を平然と言ってのける。
ともすれば全参加者に対する裏切りともとれる言葉だが、恵理子は気にしないし、森も恵理子がそうであると理解しているから口にしたのだろう。

ともかくゲームマスターからというのならば、これ以上ない情報源だ。真偽を疑う必要はないだろう。
主催者とどう取引したのかよりも恵理子が気にかけたのは別の事である。

「わざわざユキちゃんの居場所を聞き出してどうなさるおつもりで?」
「ああ、優勝を目指すことにしてね。そのために一番邪魔になるユキを始末しておこうと思ってさ」
「なるほど。ならば、私も殺しますか?」

真っ直ぐに目を見つめ恵理子は問う。
優勝とは自分以外のすべての屍の上に成り立つものだ。
優勝を目指すというのなら必然的にそうなる。

「いや。恵理子は後でいいや。いざとなれば死んでくれるだろう?」

恵理子は恐らく森が死ねと言えば死ぬ。
無論そこに必然性があればの話だが。
それは恵理子だけの話ではない、半田も茜ヶ久保も悪党商会の幹部ならば森のために死ぬだろう。
それほどの覚悟が彼らにはあり、それほどの覚悟があるから彼らは幹部たり得たのだ。

「それはもちろんですが、できれば死にたくないのでそ私は私で脱出を目指しますよ」
「そう、頑張ってね」

他人事のような適当な励まし。
生還が目的ならば、恵理子に協力して脱出計画に乗るのもあるのだろうが森がそれに乗ることはない。
正義も悪も勝者にしない。
森が優勝を目指すのは悪党商会の理念故だ。
森は恵理子以上に悪党商会の理念に以上に準じていた。
というより、森茂という男こそが悪党商会その物である。

「それよりも、よろしいので?」
「何が?」
「ユキちゃん、いや――――お嬢のことですよ」

ユキの出自について調べ上げ森に報告したのは他ならぬ情報部の長である恵理子である。
その本当の関係性も当然ながら把握していた。
養子ではなく、血縁関係のある実孫。
そんな相手を殺そうというのか。

「なんでしたら私が代わりましょうかその役目」

恵理子は恵理子でそれなりにユキを可愛がってきたつもりだ。
その可愛がりが相手にどう伝わっているかまでは知らないが。
けれど恵理子ならば殺せる。
感情を切り離して成すべきことを成すことができる女だ。

「いいやいいさ。これは俺の手で始末をつけるべき案件だ。
 それよりも恵理子はリュウをやっつけに行くんだろう? 寄り道している暇なんてないんじゃない?」
「…………そうですか。そうですね、忘れて下さい」

心中を図りきれないのか、複雑な表情で恵理子は引き下がった。
森の考えは恵理子ですら図り切れない所がある。

「しっかしリュウの奴もねぇ……。
 昔はシゲさんシゲさんと俺の後ろをついて回るカワイイ奴だったんだけど、どうしてああなったんだか」

森がブレイカーズに所属していた頃の龍次郎はまだ幼く、森に懐いてはいつも後をついて回るような少年だった。
それが、どうしてかいつの間にか森を敵視するようになってしまった。
どうしてなんだろうねぇと嘆く森に、恵理子からツッコミが入る。

「いやいや、それは社長が前首領を始末したからでしょう?」

ブレイカーズの初代首領、剣正太郎。。
現大首領である剣神龍次郎の叔父にして、ヒーローナハトリッターである剣正一のの実父。
森茂に存在する空白の数年。
戦地を転々としていた森を拾い上げてくれた恩人とも言えるその男を、森は容赦なく粛清した。

「おいおい人聞きの悪い事を言わないでくれよ、それじゃあまるで俺が正太郎さんを殺したみたいじゃないか。
 まあ二度と表に出れないよう再起不能にはしたがね」

当時、弱小組織に過ぎないと思われていたブレイカーズはその裏で大計画を主導していた。
『全世界無差別怪人化計画』
技術者として信頼を勝ち取った森は計画への誘いを受けた。
その詳細を知り、それが”本当に”世界を支配してしまえる計画であると理解し、彼は首謀者の首を切った。

「けどね恵理子、俺がリュウをこれまで処理してこなかったのは、もちろん単純に仕留めきれなかったというのもあるけれど。
 正太郎さんと違ってあいつの存在が一定の秩序を齎していたからだよ。あれはあれで色んな所の抑止力になっていたからね」

龍次郎がいるからこそ、その力を恐れ行動を控える者もいれば、その力に惹かれ付き従う者もいた。
その支配下にある以上は制御が取れる。
混沌その物のような男でも秩序を齎す事もあるのだ。
それが圧倒的な力というものである。

「それに氷山リクがいた」

つい先ほど勝利した宿敵の名に、恵理子が端正な眉をピクリと動かす。

「リュウだけならばバランスブレイカーなんだろうけど、対抗馬がいるのならそれはバランスが取れている」
「リクさんですか……彼が大首領に匹敵するほどの男だとは思えませんが」

不満そうな部下の態度に少しだけ笑って、フォローする様に付け加える。

「まあ氷山リク個人というよりJGOEだね。リュウはリュウでバカだから正面切って対抗する相手には正面から相手するのさ。
 だからあれはあれで噛み合ってバランスが取れていた。少なくとも奴らと遊んでる間は善と悪のバランスが崩壊することはない」

世界のバランスを取ることこそ悪党商会の真の目的だ。
バランスブレイカ―の排除は手段に過ぎない。
バランサーが調和を乱しては本末転倒だ。
バランスが取れているのならわざわざそれを崩す必要はないだろう。

「ならば、剣神龍次郎は殺すべきではない、と?」

目を細め珍しく神妙な面持ちで問う。
龍次郎の死が世界のバランスを崩す行為なら、悪党商会の一員として恵理子が龍次郎を仕留める大義名分はなくなる。
だが森は顔色を変えぬまま社長としての結論を述べた。

「いいや、やれるならやればいいさ。主力が3人も抜けたんじゃJOGEも立ち行かないだろうし、どうせ均衡は保てない。
 だったらあんなのは倒しちゃった方がいい。めんどくさいしねアイツ、色々と」

上司からの見解にほっと息をつく。
あれだけ息巻いてお預けではあまりにも締りが悪い。

「そうですか。それなら社長の代理戦争という訳ではありませんが、私が因縁の清算を見事果たして見せますので、ご期待ください」

恵理子が不敵に笑い、ベルトが嘶き突風が吹く。
天地開闢の光が放たれ恵理子の姿が変わる。
ゴールデン・ジョイ=ルナティックフォーム。

恵理子は龍次郎。森はユキ。
それぞれの獲物に向かって動き始める。

「それじゃあ。征って行きますね」

重力にすら囚われぬように猛き黄金の体が浮かび上がる。
夜空がまるで昼と見紛う白に染まった。

「恵理子」
「はい?」

だが、立ち去ろうとする神人が呼び止められる。

「――――変わろうか?」

投げられたのは先ほど恵理子が投げたのと同じような提案だった。
意趣返しという訳でもあるまい。
暫しの沈黙が流れ、三つ目の神人は仮面の下の笑顔を崩さぬまま問い返す。

「どういう意味です? まさか私じゃあ大首領に勝てないとでも?」

今のゴールデン・ジョイは最強であるという自負と確信が恵理子にはあった。
これは慢心ではない。
その神の如き強さは森の慧眼にも見て取れる。

「うーん。そういう訳じゃあないんだけどね。俺の見立てでも多分お前の方が強いよ、恵理子。
 三種の神器がそろった俺よりも強いだろうね。けれど…………」
「…………けれど?」

恵理子は言葉を待つ。
全身から放たれる黄金の光に揺らぎはない。
森は言葉を繋がず、張りつめた空気から気を抜くように息を吐いた。

「……まあ、いいさ。
 幹部である君に今更いう事でもないのかもしれないが、力に呑まれるな。俺から言えることはそれくらいだね」

魔王を殺した勇者が次の魔王になるように、災厄が次の災厄を生む。
そうならないように全てを処断する調停者が必要なのだ。
悪に非ず、かと言って善にも非ず、全ての悪を担う悪役たれ。
力の連鎖を断つ最後の刃それこそが悪党商会である。
世界の秩序を破壊する怪物を破壊する力を持たねば秩序の管理者とはなりえない。
だからこそ、己の力に呑まれない強い心が必要だ。

「社訓を忘れないように。俺も部下を処断したくはないからねぇ」

森をはるかに超える力を得たはずの恵理子が思わず息をのむ。
戦闘力の問題ではない。
この男は超えられれないとそう思わせる何かがある。

「ええもちろん。努々忘れぬよう心に留めておきますよ」

では、と別れの挨拶を述べて夜空を駆ける一筋の流星となり、金色の星は一瞬で見えなくなっていった。
東に消えて行く流星を見送りながら、悪党はあの時言いよどんだ言葉を呟いた。

「ま、強い方が勝つとは限らないってね」

ゴールデン・ジョイは確かに強い。
だが勝負とはそういうモノだ。
それを知らない近藤・ジョーイ・恵理子でもないだろうが。
人の身に余る力を手に入れた今のゴールデン・ジョイはどうだろうか。

ゴールデン・ジョイとドラゴモストロの決戦は恐らくこの地に置いての最大の決戦になるだろう。
だが、どっちが勝つかは興味がない。
恵理子が勝つなら手間が省けていいという程度の話だ。
今更あの男との因縁の清算になど興味はない。
清算すべきは別の因縁だ。

「さて、行くとしますか」

男は直走る。
最後にして唯一の未練を断ち切るために。

【G-6 山道/夜】
【森茂】
[状態]:右腕消失(悪刀にて補完)、ダメージ(大)、疲労(大)
[装備]:悪刀、悪威、悪砲(2/5)
[道具]:基本支給品一式、鵜院千斗の死体(裸体)
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う
1:ユキの下に向かい殺害する
3:そろそろスタンスにかかわらず皆殺しに移る
4:悪党商会の駒は利用する
※無痛無汗症です。痛みも感じず、汗もかきません

【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:首輪解除、疲労(大)、胴体にダメージ(極大)、左肩に傷(大)、左胸に傷(大)、右腕に銃創、ルナティックフォーム
[装備]:『完全制御装置』
[道具]:イングラムの予備弾薬、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:龍次郎の殺害

143.祭りの終り 投下順で読む 145.復讐者のイデオロギー
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Negotiation 森茂 !緊急クエスト! ― 悪党をやっつけろ ―
Lunar Eclipse 近藤・ジョーイ・恵理子 最強の証明

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最終更新:2017年09月13日 14:42