「くそッ、どこに行った!」
市街地を駆ける純白の乙女が周囲を見渡し、その麗しき見た目にそぐわぬ荒い悪態をつく。
ワールドオーダーの乱入を受けたあの後、
バラッドはすぐさま森の後を追ったのだが、その姿はどこにも見当たらなかった。
信用してしまったバラッドが馬鹿なのか。
彼に預けたヴィンセントについて聞く約束だったのが、まんまと反故にされてしまった。
どういうつもりなのか。その意図を問いただし、もしヴィンセントに何かあったのならば相応の報いをくれてやらなければならない。
そう決意し、周囲の捜索を再開しようとしたバラッドだったが、そこでふと相棒の様子がおかしいことに気付いた。
「どうした? ユニ。何か気づいたのか?」
傍らへと問いかけると、輝く鱗粉が舞い散り、バラッドの顔前に小さな妖精が姿を現した。
バラッドの助けとなっている妖精ユニだ。
何やら考え込んでいるのか、珍しく思案顔で黙りこくっている。
『いや、大した話じゃないんだけど。気づいたっていうか、気になるっていうか』
どうにも歯切れが悪い。
言いづらいというよりは、自分の中でも確信を持てていないのだろう。
「いいから行ってみろ」
なんにせよ聞いてみない事には始まらない。
バラッドにそう促されて、ユニはおずおずと口を開いた。
『そうね、あの男のことなんだけど』
「あの男……? 森茂の事か?」
あの男と言われバラッドの脳裏には先ほどまで探していた森の顔が浮かんだが、そうではないらしくユニは首を横に振る。
『そっちじゃなくて、最後に出てきて言葉一つで戦闘を止めた男の事』
「戦闘を止めたって……ワールドオーダーのことか……?」
全ての現況。この殺し合いを主催した男。正確にはその同一存在。
そんな男に対して気になることがあるというのは、なんとも気になる話である。
『ワールドオーダーって言うの? 変な名前ね』
「知らないのか? あいつがこの妙な催しを始めた男だぞ?」
『え、マジ?』
そこでふと疑問がわいた。
そういえば、物言わぬ道具や何かはいいとして、ユニのような意思を持った支給品はこの事態についてどういう認識なのだろうと。
『今の認識? まあ正直よくわかってないんだけど』
あっけらかんと答える。
「その割に最初から戸惑った感じではなかったじゃないか」
『元々あたしはそういう存在なのよ。私の封印を解いた資格を持った人間に力を与える役割の精霊。
それができるのならば状況なんて言うのはあまり関係ない話ね』
いついかなる状況であろうとも与えられた役割を果たすだけ、ということなのだろう。
ある意味、潔い生き方である。
『それでその黒幕男に話を戻すと、黒幕男というか能力の方なんだけど。
気のせいかもしれないけど、なんかあたしの力に近かった気がするのよねぇ』
「近い? そうか?」
疑問符がバラッドの頭に浮かぶ。
こうしてユニの能力を行使しているバラッドからしても、似ているとは思えなかった。
その疑問に答える様に、妖精は教師のように指をぴんと立て、自らの能力について解説を始める。
『あたしの能力って結局のところ、世界を変える能力なのよ』
「世界を、変える?」
『そう。世界といっても自分の世界だけどね』
契約者の想像した通りに己の世界を創造する。
それがユニコーン・ソウル・デバイス・エンチャントの能力だ。
『あいつがさっき使った能力もその能力と同じ類な気配がしたのよ。
たぶんあいつの能力も、世界を変える力なんだと思うわ』
ワールドオーダーの使用した能力は己の想像した通りに世界を塗り替える能力だろう。
規模と方式は違えど、世界を変える力であるという点は共通している。
内の世界を変えるか、外の世界を変えるか。その違いでしかない。
「つまり、同じ系統の能力ということか?」
確かに、それは有用な情報かもしれない。
同系統の能力だというのならば、起源を同じくする能力である可能性が高いだろう。
もしかしたら正体不明のあの男の出自を知る切っ掛けになるかもしれない。
『うーん。それはないと思うんだけど』
だが、この問いに対するユニの返答は渋いものだった。
「何故だ?」
『あたしってばこう見えて神の眷属な訳なのよ。
まあ、あたしがって言うより精霊って存在がそうなんだけど』
「そうなのか?」
軽い調子のユニを見る限り、神の使いなどという高尚な存在には見えないが。
『とてもそうは見えないとか思ってるでしょ?』
見抜かれていた。
バツが悪いので苦笑いを返す。
そう言う評価は慣れているのか、ユニは気にしていない風ではあるが。
『まあいいわ。あたしの世界には創造神ヴァルナ様と破壊神
リヴェイラっていう二柱の神様が居るのだけど』
「…………リヴェイラ?」
聞き覚えのある、どうしようもなく不吉なその響き。
バラッドの脳裏に浮かぶ、どうしようもない絶望の権化。
『そう。あの邪神ね。まああたしも実物見たことないから、あれが本物かどうかまではわからないのだけど』
「神の眷属って、倒してしまったけれど、いいのか?」
主に逆らうようなモノである。
とんでもない反逆行為に手を貸してしまったのではないだろうか。
今更ながらにそんな恐れを抱いてしまった。
『うーん。まあいいんじゃない?』
「適当だな……」
それでいいのだろうか。
聞いているバラッドの方が不安になる軽さだった。
もしかして最初から下剋上を狙っていたのだろうか。
『まぁあたしは、創造神様の眷属だからね、破壊神の方は別に敵対しているってわけじゃないけど、特に義理立てする相手でもないのよね』
というより、創造するのは創造神の役目な訳だから、必然的に眷属を生み出すのも創造神だけで破壊神には眷属などいないらしい。
それにしたってという態度ではあるが。
『それで話を戻すと、あのワールドオーダーとかいう男は間違いなく人間だった。
だからあいつがあたしと同じ神様の眷属だったっていうのは考え辛いのよね』
まあそれはそうだ。
ワールドオーダーもユニと同じ妖精だったとか言われても困る。
あの男の印象は余りにも妖精という言葉の響きとミスマッチだ。
「なるほどな。じゃあ結局、何なんだ? ただの偶然、そとも勘違いってことか?」
『そんなのあたしにはわかんないってばぁ。
だから最初に行ったじゃんかよー。気になるだけだって』
オチのない話だった。
まあ最初から期待はしていないが。
「――――待て、誰かいる」
話が途切れた丁度そのタイミングで、バラッドが前方に気配を感じユニを制する。
ユニの姿は限定的な人間にしか見えないが、警戒はしておくべきだろう。
森茂だろうか。
それとも別の誰かか。
警戒しつつも、バラッドはその気配の主に接触すべくビルの角を曲がった。
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「……遅いですね。遠山さん」
心配そうに呟いて亦紅は落ち着かない足取りで周囲を右往左往していた。
すでに遠山が周囲の偵察に出てから1時間以上経過している。
遠山が偵察に出てから程なくして珠美の痺れは収まった。
入れ違いになることを避け、そのまま遠山の帰りを待っていたのだが、さすがに遅すぎる。
無理はしないという遠山の言葉を信じていないわけではないが、この場では何が起きても不思議ではない。
それだけの危険地帯であるという事はこの場にいる誰もが嫌と言うほど理解しているだろう。
「しゃーねぇ。探しに行くぞ」
そう言って立ち上がった珠美が自身の復調を見せつけるように、手のひらから線香花火の様な火花を散らした。
自らの無様で引き起こした事態だと、挽回すべく意気込んでいるのかもしれない。
「遠山さんが戻ってくる可能性もありますけど」
亦紅の言葉は、遠山が戻ってくる可能性を考えれば一人この場に残すべきではないか、というという提案である。
だが、珠美は首を横に振る。
「遠山が戻ってこねぇって時点で何か起きてる可能性が高いんだ。
一人で行っても、木乃伊取りが木乃伊なんてことなりかねねぇ」
遠山が何かに巻き込まれている可能性が高いのならば、これ以上の戦力分散は避けるべきだ。バラけるのは得策ではない。
提案しながらもその可能性には思い至っていたのか亦紅もすぐさま同意を示した。
「一応、メモだけ残しておきましょう。私達が書いたって証明はサインでいいですかね」
「アイツ、私らの筆跡なんざ知ってんのか?」
「なら、キスマークでもつけときましょうか」
軽口を交わしつつ、この場を離れる旨を書いたメモを探せば見つかる程度の物陰に隠す。
これでここに珠美たちがいたことを知る遠山以外に発見されることはないだろう。
「で、どっちに行く?」
珠美が問いかける。
既に事態が収まったのか、遠山が偵察に向かう切っ掛けとなった異音は既に聞こえなくなっていた。
だが、それとは別に、違う方向から断続的に破壊音が聞こえていた。
距離的に遠いためか音は小さく、異音と呼べるような特殊性もないが、現在何か起きているのはそちらだろう。
遠山が向かった方向とは違うが彼が何かに巻き込まれているのならば、そこに遠山いる可能性も否定できない。
「そうですね……今音の聞こえる方向にしましょうか」
考え込んだ末に、亦紅はそう決断を下した。
「一応、聞いとくが理由は?」
「遠山さんとの合流を最優先で目指すのなら、遠山さんの向かった異音のしていた方向に向かうべきでしょうけど。
遠山さんの安全を最優先で考えるのならば、既に事態が終わったであろう場所に行くよりは、進行形で事態が起きている場所に向かうべきです」
そこにいる可能性は低くとも、巻き込まれているのならば助けられる可能性の高い方向に行くべき。と言うのが亦紅の判断だった。
それに対して珠美は少しだけ驚いたような表情を浮かべる。
「あれ? 何かおかしかったですか?」
「いや。えらく冷静と言うか合理的な判断だなと思っただけだ」
「………………」
要するに、亦紅が提案したプランは遠山が最初に向かった場所で既に死亡している可能性を含んだ上での合理的判断である。
正しく、合理的で、冷徹だ。
そんな自分を指摘され、一瞬、亦紅が凍り付いたように表情を固めた。
「いや、忘れろ。確かにお前の言う通りだ、そっちに行こうぜ」
激励するように乱暴に肩を叩く。
力を籠めすぎた激励に凍り付いた表情は無理やり破顔させられた。
「ボンガルさん」
「ああ、わってるよ」
少し進んだところで、二人はビルを曲がった先に何者かがいる事に気づいた。
向こうもこちらに気付いた気配があるが、隠れるつもりもないのか、そのまま足音が前へと進む。
現れたのは純白。
頭部には白鳥の羽衣めいた飾りがあり、どこか透明感のある白鎧と合わさり北欧のワルキューレを思わせる。
その奇抜な衣装からヒーローコスか何かだと思ったが、現役ヒーローとヒーローマニアから色々聞かされている二人からしても覚えがない。
対してワルキューレの方は違ったようで。
亦紅の顔をまじまじと見つめ、何か信じられない、と言うより信じたくない物を見る様に目を細めて表情を歪ませた。
「お前……ルカ、なのか?」
問われ、その顔を見つめ返す。
衣服こそコスプレした痛い輩だが、よく見れば顔立ちは旧知のそれだった。
そして半信半疑ながら亦紅がその名を呼ぶ。
「ぅん? あれ、もしかして…………バラッド?
……何でそんな恰好してんですか。そんなキャラでしたっけ貴方?」
「お前がそれを言うのか……ルカ」
うっと言葉詰まらせながらも、白の戦乙女はメイド服の元男殺し屋へと反論する。
変わったと言うのなら性別に性格まで変わっている分こちらの方がよっぽど性質が悪い。
「ルカじゃありません。私は、亦紅です」
それだけは譲れないと、頑なな声でそう告げる。
見開いた瞳が真剣な色を帯びた。
バラッドは組織の調べにより、現在の変わり果てたルカの顔も、亦紅を名乗っていることも知っている。
だが、そこまで頑ななのは、この名に余程こだわりがあるのか、それともルカであった事を捨てたいのか。
バラッドには判断がつかなかった。
「おい亦紅。知り合いか?」
「ええ、なんと言うか……昔の同僚です」
その言葉に、珠美が警戒する様に片眉を吊り上げる。
亦紅の昔の同僚という事はつまり。
「元同僚ってことは――――殺し屋か」
こくりと神妙な表情のまま亦紅は頷きを返す。
珠美に答える間も、視線はバラッドから外さない。
亦紅は敵の一挙手一投足を見逃さぬよう、最大限に警戒をしながら構えていた。
裏切り者である亦紅には組織から抹殺命令が下っている。
組織の人間と出会った時点で殺し合いが始まる運命だ。
つまり既にいつ戦いが始まってもおかしくなない状況である。
「待て。勘違いするな。私はもう組織を抜けた、お前と戦う理由はない」
そう言ってバラッドは軽く両手を上げ敵意がないことを示した。
だが、告げられたその言葉が信じられないのか、亦紅は訝しげな視線を返す。
「あなたが組織を抜けたなんて話は聞いたことがないですけど」
「それはそうだ。組織と決別したのはこの場に来てからだからな」
つまりは勝手に抜けた気になってるだけということである。
もっとも、殺し屋の組織に正式な手続きも何もないだろうが。
「…………それって、抜けたって言わなくないですか?」
「いいだろ別に。要は心情的には私はあの組織と関わりがないって事なんだから。私にはお前を殺す理由がない」
何がいいのかまったく分からなかったが、互いに子供のころからそれなりに長い付き合いのあった相手である。
嘘をついて不意を突こう、などというタイプではないという事は理解していた。
やるんなら正面から来ると言う、殺し屋にあるまじきタイプである。
「まあ、組織に従う気がないって言うのは信じてもいいですけど。
だからってそれがこの場で殺し合いに乗ってないって話にはならないですよね」
今は殺し合いゲームの最中だ。
組織の人間としての任務とは別に、殺し合いに乗っていたのでは同じことである。
アヴァンによってだいぶ更生したようだが、組織に入った直後の結構な狂犬だった時期を知る者としてはその可能性を否定できない。
もっとも、子供の頃の荒れっぷりに関しては亦紅も人の事を言える立場ではないが。
「殺し合いに興味はない。ただ私としてはイヴァンのやつを殺せればそれでいい」
「イヴァンを?」
「ああ。放っておいても死ぬだろうと思っていたが、ここまで来てもまだ奴の名は放送で呼ばれてはいないからな。
どんな手段で生き延びてるのかも知れない。もしかしたら、私が手ずから殺さねばならないかもしれない」
「いや、そうではなくて。どうしてイヴァンを?」
確かに昔から仲のいい二人ではなかったが、殺し合いに発展するほどこじれてはいなかったと思うのだが。
「知らないのか? まあ……当然か。イヴァンはな、先生を殺したんだ」
「…………アヴァンが?」
「裏切り者の汚名を着せ
ヴァイザーに粛清させた。あの人がそんなことをする筈がないのに」
悔しそうに拳を握りしめ歯噛みする。
自らの恩人であり、師である人間の潔白を疑っていないのだろう。
だが、亦紅はその答えを知っていた。
ルカが組織を裏切ると決めた時、協力を買って出たのがアヴァンだった。
組織の中で生まれ育ち、組織以外を知らなかったルカに日本に住むミル博士と渡りをつけ、組織からの離脱を手引きしたのも他ならぬ彼である。
あの男はどう言う訳か殺し屋を殺し屋でなくすことに熱心だった。
何故、危険を冒してまでそんな事をするのか、その行動原理は理解できなかったが、何にせよ彼には返しきれない恩があった。
もしそんな彼が、それが原因で死んでしまったのだとしたら。
そのまま亦紅は顔を伏せ無言になってしまった。
珠美は様子を窺っているのか、だんまりを決め込んでいる。
「まあ私の事はもういいだろ。そういうお前らは何をしているんだ?」
妙に気まずい雰囲気を換えるべくバラッドが話題を変えた。
問われ、ちょうどいい機会だと、亦紅は意識を切り替え遠山の事を聞いてみた。
「えっと、私たちは遠山さんという人を探しているんですけど、剣道着のごつい日本人なんですけど知りません?」
「トーヤマだと? それは"あの"トーヤマか?」
バラッドが驚きつつも喜んでいるような妙な喰いつきを見せた。
「遠山さんの事を知ってるんですか?」
「当然だ。剣の道で生きる者でその名を知らぬ者などいない。確かに名簿にも名があったが、そうかこの辺りにいるのか……」
妙に早口でまくしたてると、口元に手をやりなにやら考え込むような仕草をみせた。
きっと手合わせしたいとでも考えているのだろう。
剣の事になるとこうなってしまうのはバラッドの悪い癖である。
そんな自分の様子に気づいたのか、バラッドははっと顔を上げ、コホンと気恥ずかしそうに咳払いをした。
「いや、悪いがMrトーヤマには会っていないな。
私もちょうど人を探してる所でな、森茂という男を探しているんだが、」
「モリシゲが近くいるんですか!?」
今度は亦紅が喰い気味に声を荒げる番だった。
その反応にただならぬ気配を感じバラッドが眉を顰める。
「知っているのか、奴を?」
「ええ、この場で交戦しました」
「交戦だと?」
不穏な響きにバラッドの不安が強まる。
その不安を払拭すべく、これまでの簡単に経緯を説明する。
「危険ですね」
この場で行動を共にしていた仲間を森茂に預けたという話を聞いて、亦紅はそう断言する。
「何故だ? ヴィンセントは悪党商会の社員だぞ、奴はそこの社長なんだろ?」
希望に縋るようなバラッドの問いに、残酷な事実を告げるように静かに首を振る。
「モリシゲは悪党商会の仲間を道具としか見ていない外道です。
ヴィンセント……という人は良く知りませんが、幹部でもない限り切り捨てられるのがオチだと思います」
「くそっ! なんということだ」
あの状況では仕方がなかったとはいえ、信じるべき相手ではなかったのだと、今さらになって理解した。
「すまん。私はもう行く。何としても急いで森を探さねばならん。情報感謝する」
矢継ぎ早に礼を言って、バラッドが踵を返し立ち去ろうした。
次の瞬間。その背に向かって、七色の閃光を放つ流星が降り注いだ。
降り注ぐ虹色。
それを一つの白い閃光が切り裂いた。
振り向きざまに剣を振るった殺し屋は、刀身に付いた汚れを払うように剣を払うと、睨み付ける様に双眸鋭く細める。
「…………何のつもりだ?」
突きつけられた敵意に対して、不快感を隠そうともしない棘ような声。
ちぃ、と攻撃を防がれた襲撃者が舌を打った。
赤と白。二人の乙女が無言のまま、絶対零度の視線を交わす。
「ちょ、ちょちょ!? どうしちゃったんですかボンガルさん!?」
亦紅が両手をわちゃわちゃと広げて、二人の視線を遮る様に間に割り込んでいった。
そんな慌てた亦紅とは対照的に、珠美は片手を開いて平然とした態度で告げる。
「いや、こいつ殺し屋なんだろう、だったらここでぶっ殺しとくべきだろ?
火事になりかねぇ危ねぇ火種は問答無用で潰しとく。それがあたしのやり方だ」
確かに、ヒーローボンバー・ガールは最初からそういうスタンスだった。
その理屈に何もおかしなところなど無い。
だが、何かが違うと、亦紅は違和感を感じた。
いくらなんでも性急すぎる。
「『元』殺し屋だと言ったはずだがな。なんにせよ来るというのなら止めはしないさ。降りかかる火の粉は、払うまでだ」
バラッドは人格破綻者達の集う組織の中ではまともな人間だったかもしれないが、売られた喧嘩を笑って流せる程お優しい人格者でもない。
人格的にはまともではあるが、むしろ好戦的な性格であるといえる。
バラッドは静かに腰を落とし、脇構えに朧切を構えた。
その研ぎ澄ました刃のような殺気に珠美は好戦的な笑みで応じる。
燃え上がる炎のような殺気と冷たい刃のような殺気がぶつかり合ってその温度差に空間が歪む。
「ちょ、待っ……」
突然の一色触発な空気を察し、亦紅が制止ししようと声を上げるが、皮肉にもその声を合図にして二人が動いた。
中心の亦紅を迂回するように、火花を上げ回転する車花火と真空を切り裂き飛ぶ斬撃、曲線を描く二つの軌跡が交錯する。
パァンと互いの手元で爆炎と刃がぶつかり合い、衝突点で火花が弾ける。
同時に地面が蹴りだされ、叩きつけるような突風が亦紅の脇をすり抜けた。
トップヒーローであるボンバーガールは元より、バラッドの動きも亦紅の知るレベルではなかった。
亦紅が組織から離れた間に鍛え上げたなどという次元ではない。
超人の域に踏み込んだその動きはそうやすやすと身に付くものではない。
吸血鬼性を得るために人間性を半分失った亦紅のように、何か犠牲が必要な領域の力だ。
そんな二人を、吸血鬼性が失われた今の亦紅では止める事などできなかった。
戦乙女は距離を詰めるように前へ。
戦巫女はそうはさせじと後方に跳躍し、突き出した片腕からガトリングのようにロケット花火を連打する。
開戦の火蓋は切られた。
二人の戦女はもう止まらない。
黄味がかった閃光を前にバラッドが眩しそうに目を細める。
攻撃と同時の目晦まし、訓練された暗殺者としてこの程度で標的を見失うことはないが、花火が武器というのは少々厄介だ。
バラッドは迫りくるロケッド花火を撃墜せんと、構えた刃を切り払う。
だが、刃が花火に触れた瞬間、爆炎が炸裂した。
絢爛な炎の花が咲く。
舞い跳ぶ花火一つ一つに込められた火薬量が桁違いだ。
もはや触れた瞬間暴発して、周囲へと被害をまき散らす炸裂段と化していた。
切り抜けるには全て躱すしかない。
瞬間的にそう判断したバラッド。
こうなると目晦ましが鬱陶しい。
目だけではなく耳と肌で音と熱を感じ取り、その軌道を予測し身を翻した。
狙いを外れ後方にそれたロケット花火が地面に着弾し炸裂する。
下手な銃弾よりも破壊力がある炸裂弾が市街地の景色を削り取る。
さすがのバラッドとは言え降り注ぐ隙間ない流星群の全てを躱しきれるわけではない。
躱せない流星は飛ぶ斬撃で撃ち落とす。
それでも殺しきれない爆風は甘んじて受け、前へ、前へ。
バックステップを繰り返しながら花火を放つボンバーガールに、前進を続けるヴァルキュリアが間合いを詰める。
「チィ」
追いつかれると悟ったボンバーガールは一つ舌を打つと、その場に足を止め近接戦用の花火を手のひらに生み出した。
弾。と戦乙女が刃と共に前へと踏み込み。
業。と戦巫女が爆炎を手に迎え撃つ。
衝突は必至。
「ひゃっはーーーーーーーーーーぁ!」
だが、その刹那。
横合いから、奇声を上げ何者かが飛び出してきた。
バラッドへと襲い掛かる影。
その不意打ちに対してバラッドは超反応を示し、咄嗟に横合いへと刃を振るった。
白刃が閃光の如く煌く。
襲撃者はその一撃をディバックを盾にして受け止める。
人体をも容易く両断する純潔体の一撃は、そんな守りなど容易く両断するが、重ねた守りが三つともなれば流石に勢いもそがれた。
ディパックの中身が周囲へと飛び散り、その雨のような荷物の間を縫ってボンバーガールが拳大のボールを投げ込んだ。
バラッドの眼前で打ち上げ花火に込められる火薬星が爆発する。
赤と白の火の花が咲き、バラッドへと襲い掛かった。
「いよぅ珠美ぃ。遊んでんなら俺も混ぜろよ」
可憐な少女のような顔に浮かぶのは狂犬のような笑み。
絢爛な花火を背景に、胸元の裂けた漆黒のセーラー服が翻る。
ボンバーガールが楽し気にその名を呼ぶ。
ヒーローボンバーガールのバディを務める絶壁コンビの一角だ。
錬次郎の死を受けりんご飴は勝ち残ってやろうと、戦うと決めた。
元からそう言うつもりだったし、別に錬次郎の自己犠牲に心打たれて、心動かされたたと言う訳ではない。
ただ、自分のために命を投げ出すようなバカ野郎のために、証明しなければ嘘だと思っただけの話だ。
バラッドは眼前で炸裂した花火は咄嗟にガードしたが、僅かに純白の腕が黒く焼け焦げていた。
その腕を調子を確かめるように振るいながら、現状を冷静に分析する。
これで二対一。
いや、亦紅がボンバーガールに付けば最悪三対一になる。
如何に純潔体のバラッドとはいえ、手練れ三人を同時に相手取るのは少々厳しい。
多人数数戦を想定し背後を取られないようバラッドが一歩後退したところで。
「よぅ。そっちに付くのかぁ? 亦紅」
何処か嬉しそうに口を吊り上げ、ボンバーガールが言う。
その言葉の通り、バラッドの横に追いついてきた亦紅が並び立った。
「…………いいのか?」
意外そうな声でバラッドは亦紅に問う。
亦紅は珠美と行動を共にしていたはずだし、バラッドを含む殺し屋組織を敵対視していたはずである。
「ええ。今のは明らかにボンガルさんが悪いです。
というか今のボンガルさんは何か変です」
「あんだよ、あたしのどこが変だって? 敵対するってんなら容赦はしねえぞ」
性格的に何が変わったという訳でもないのだが、何か一つ決定的な歯車がずれてしまったような違和感を感じる。
そこを無視して珠美の味方ができるほど、亦紅も考えなしではない。
これで二対二。数の上では互角となった。
「よくわからねぇが、とりあえず頭数はそろったな。
そんじゃま、おっぱじめようぜ!!」
そう叫びながら、先陣を切って突撃したのはりんご飴だった。
相棒であるボンバーガールはその真後ろに構え、両手を上げ手の内から白い閃光を放った。
滝のように火花が降り注ぎ、しだれ柳が視界を埋めつくす。
光を背にしているりんご飴には効果は薄いが、対峙しているバラッド達には十分な目つぶしになる。
この優位を生かしてりんご飴が鍵爪を振るった。
亦紅は何とかこれを風切で防ぐが、反撃することができず防戦を強いられる。
そこにバラッドが割り込みりんご飴に刀を振るうが、光で狙いが甘くあっさりと躱された。
そうやって、りんご飴が二人を惹きつけている所に後方からボンバーガールが何かを投げ込んだ。
放り投げられたのは打ち上げ花火の大玉だ。
爆発すれば下手な爆弾なんかよりも周囲に大きな被害をもたらすであろう火薬の塊。
その被害に巻き込まれぬよう、咄嗟にバラッドと亦紅は身を引く。
だが、りんご飴だけが、両腕で自らの耳を塞ぎながら前に出た。
大玉が地面に叩き付けられる、瞬間、劈くような炸裂音が響く。
放り投げられたのは火薬玉ではなく癇癪玉だった。
音の爆弾が亦紅とバラッドの耳を貫き、思考を奪い取る。
りんご飴は動きの止まった二人の間を駆け抜ける様に鍵爪を振るった。
だが、同じ男から徹底した教育を施された二人の元殺し屋は思考を奪われながらも、生存ため反応を示した。
亦紅はほとんど反射でその場を飛びのき、鍵爪による被害をわき腹を掠めるに留める。
バラッドは亦紅が狙われている僅かな間に建て直し、朧切を盾にりんご飴の一撃を受け止めた。
そして撥ね上げる様に弾き飛ばし、その衝撃でりんご飴の体勢を崩す。
その隙を逃さず、バラッドが刀を振りかぶった。
「…………なんっちゃって。誘い受けってなぁ」
悪戯な表情で舌を出すと、体勢を崩していたはずのりんご飴が機敏な動きでバク転しその場を離脱。
りんご飴がいなくなったその先にには、同じく攻撃しようとしていたのか蹴りを放つ亦紅の姿があった。
「ッ!?」
「えぇえ!!?」
バラッドはなんとか振り上げた剣を止めたが、跳び蹴りを放っていた亦紅は止まらない。
蹴りはバラッドの胴体へとぶち当たり、もみくちゃになって二人して倒れた。
「邪魔だルカ!」
「そっちこそ!」
ガバと身を起こし互いに文句を言い合う二人。
そんな二人が言い争っている間に、絶壁コンビが左右に並び互いに向かって手を伸ばした。
横に並ぶ絶壁コンビは水平に、シンクロするように膝を屈める。
そんな尋常ならざる様子に気付き、バラッドたちはすぐさま立ち上がり身構える。
「打ち上げ花火 verスカイラブツイン」
二人の足元ある打ち上げ台から、爆音とともに跳躍する。
打ち上げ花火の如く片腕を繋いだままの二人の体が水平方向に射出された。
砲弾と化した二人が低空を飛行する。
狙いはバラッドだ。
空中で繋いがれた腕は、首を両断せんとする断首刃である。
そうはさせじと、その手を両断すべくバラッドが刃を振り下ろした。
だが、その直前に、砲弾は繋いだ手を離し分離。
飛空する二人は左右へと別れ、すれ違い様にバラッドの胴体に前後から同時に蹴りを叩きこむ。
二人はそのまま滑空を続け、少し離れたアスファルトに滑りながら着地した。
「グッ!」
まったく同時に前後から叩き込まれた打撃は衝撃が逃げることを許さず体内で爆発させる。
純潔体の耐久度をもってしてもダメージを殺しきれない。
僅かにたたらを踏むと、ダメージを受けた腹を押さえ、二人の敵と一人の味方を交互に見た。
バディを組んでいただけあって連携がうまく、共闘しなれている。
対して殺し屋は個人主義者の集まりだ、連携などしたこともないし上手くいくはずもない
「連携勝負じゃ分が悪い。分断(ばら)すぞ」
これでは二対二ではなく二対一対一だ。
一対一の状況を二つ作った方がまだましだろう。
「だったら一つ。お願いが――――」
亦紅がバラッドへと耳打つ。
バラッドは少しだけ意外な顔をしたものの、その提案を受け入れる。
「よし、行くぞルカ」
「亦紅ですって!」
今度は亦紅たちの方から動いた。
同時に駆け出し、絶壁へと迫る。
これに対応するのは前衛を務めるりんご飴だ。
上段蹴りで、向かってきた亦紅の足を止めさせる。
バラッドはりんご飴が亦紅が相手をしている間に、前衛を迂回して後衛であるボンバーガールを狙う。
先に後衛を仕留める算段だろう。
「甘えんだよ!」
だが、後衛であるからと言ってボンバーガールが近接戦に弱いとは限らない。
むしろ、彼女自身の気質からして、近接戦は得意としている。
振り抜かれた刃を躱しながら、同時に5つ炸裂玉を放り投げる。
バラッドは咄嗟に後退して爆破範囲から逃れたが、その背にトンと何かがぶつかった。
同じく追い詰められて後退していた亦紅の背だ。
立ち位置を誘導されたのか、前後を挟まれ挟撃のような形になっている。
「――――今です!!」
だが、そこで亦紅が叫んだ。
その合図とともに亦紅とバラッドが同時に相手目がけてダイナマイトを放り投げた。
導火線が燃え尽きるまでの刹那の間に戦闘経験の豊富な各々が対応する。
その中で、いち早く動いたのは、ダイナマイトを放り投げたバラッドだった。
爆発に乗じて、刃を寝かせ突きの構えで特攻する。
狙いはボンバーガールではなく、りんご飴だ。
相棒の属性的に爆発に対する対処には慣れているのか、地面に伏せ爆風をやり過ごしていたりんご飴はすぐさま襲撃に気づいた。
瞬時に立ち上がると、真っ直ぐに突き出された刺突をクリスタルジャックを盾にして受け止める。
「ぅぉおおおおおおおおおおおお!」
「お、お、おおおぅ!?」
だが、バラッドは止まらない。
咆哮と共に地面を蹴り付け、止まることなく相撲の押し出しのように敵の体ごと駆け抜ける。
その突撃の勢いに押され、りんご飴の両足が地面より浮き上がり、そのまま連れ場外へと引きずられて行った。
「おっと。追わせませんよ、ボンガルさん、ってあれ?」
その後を追わせないよう、亦紅がその行く手に割り込んだのだが。
ボンバーガールは引っ張られてゆくりんご飴を追おうとはせず、割り込んできた亦紅の姿を確認して楽しそうにヒーローらしからぬ邪悪に口元を吊り上げていた。
「よう亦紅。てっきりあっちがこっちに残ると思ったんだがな」
分断という狙いはとっくにばれていたのか、ボンバーガールは慌てるでもなく仁王立ちで構えいている。
そもそも高い爆破耐性を誇るボンバーガールがダイナマイト如きで怯むはずがない。
動かなかったのは、わかっていながらその策に乗ったのだ。
それは単独でも勝てるという自信の表れか。それともそっちの方が面白いとでも思ったのか。
恐らくは両方だろうと亦紅はにらむ。単純に一対一が好みなんだろう。
「お前じゃあたしにゃ勝てねぇのは既に分かってんだろ?」
その言葉の通り、亦紅と珠美はすでに一対一の模擬戦で格付けは済んでいる。
亦紅では珠美には勝てない。
ましてや、吸血鬼性を殺され、弱体化した今ではなおさらだ。
実力的にはバラッドが残るべきだった。
だと言うのになぜ残ったのか、好戦的な光を放つその目がそう問いかけていた。
「私はボンガルさんと戦うためだけのために残った訳じゃありません。話すために残ったんです。
いきなりバラッドを攻撃するなんてどういちゃったんですかボンガルさん」
何か催眠や操作でも受けているのではないかと疑うほど、唐突な行動には違和感をぬぐえない。
その違和感を問いただす前に、戦うことなどできはしない。
だがしかし、その問いに対して珠美の反応は平然としたものだった。
「どうしたもこうしたも元からあたしはそういう奴だろうが、戦いを楽しめりゃそれでいいのさ」
元々ヒーローなんて柄じゃない。
ただ面白おかしく戦えればそれでいい。
そんな咲いては消える花火みたいな刹那を生きているのが
火輪珠美という女だ。
「確かにボンガルさんは口が悪くて喧嘩早くて、とてもヒーローとは思えないほどロクでもない人ですけど。
少なくとも、理由もなく誰かに噛みつくような人じゃありません」
「理由ならあっただろうが、危険の芽を摘むってな」
確かに、それらしい理由ではあるが、間違っている。
そもそもボンバーガールが仕掛けなければ争いにはならなかっただろうし。
バラッドを信用できないにしても、いきなり仕掛けるなんて方法じゃなくもっと別の方法があったはずだ。
「それを言うなら私も危険な元殺し屋です、私も処分するとでも言うんですか?」
「別に、今さらテメェを危険視はしねぇよ」
「だったら」
珠美と亦紅が戦う理由がない。
元は珠美がバラッドを危険視して始まった戦闘だ。
その二人を一時的とはいえ引きはがした以上、この場で戦う理由がない。
その理由を問いただし、話し合いで解決できる問題だ。
少なくとも亦紅はそう考えている。
「けどな。お前とあたしが戦う理由ならあるぜ」
だが、珠美はそれを否定する。
ザっと地面を踏みしめ、闘気を放ちながら踏み出した。
「まず、危ねえ危ねえ殺し屋と戦ってる相棒をとっとと助けに行かねえとなならねえ。
それを邪魔するんなら、お前だろうとぶっ倒さなくっちゃな」
そう珠美は闘う理由を捻出する。
戦いの火蓋を切った以上、戦う陣営を決めた以上、どちらかが敗北するまでは都合よく止まることなどない。
そう珠美は考えている。
「それにな亦紅。こうならなかったとしても、お前があたしの弟子になった時点であたしたちは戦う運命なのさ」
「……どういう意味です」
言葉の意味が理解できず亦紅が問い返す。
確かに、亦紅はボンバーガールから力を分け与えられた。
それが戦う運命とどう関係があるのか。
ボンバーガールの花火精製能力。
それは彼女が師匠から受け継ぎ、また亦紅に託したその力である。
だがそれは正確に言えば花火の生成ではない。
花火として発現するのは珠美の気質によるものであり、その本質は火薬と炎の支配と創造である。
「あたしがお前にしたように、種火を他の誰かに引き継がせることができるのさ。聖火みたいにな」
ボンバーガールが先代からこの能力を引き継いだように、力の種火を聖火のように次の世代へと受け継いでゆく。
そうやってこの力の使い手は、代々この能力を引き継いできた。
「けどな。この力はそんな美しい、綺麗事みたいな能力じゃあねえんだよ」
その本質はもっと強大で悍ましいものだ。
師匠の死を契機にボンバーガールがその力を得たように、この力は種火を持つものへと移動してその者の糧となる。
つまり、ボンバーガールが死ねば、その炎は種火を託した亦紅へと移り、その力は受け継がれるだろう。
だが、逆に亦紅が死ねばどうなるのか?
ボンバーガールが託し、亦紅の中で育った炎もまた、亦紅が死ねばボンバーガールへと戻ってゆくのだ。
「つまりは、私とお前、勝った方が総取りできるって訳だ。
強くなれんだ、戦う理由としては十分だろう?」
種火を巻いて、継承者の中で育った炎を、最終的に一人が総取りする
そうやって雪だるま式に力を大きくしていった、この炎はそんな呪われた力だった。
下手をすればそこら中に種火をバラまいて、自分の手で殺して一気に収穫する何て事が出来る危険な力である。
だからこそ後継者は慎重に選ばねばならない。
決して誤らず、道を違えない。そういう人間にしか託してはならない能力だったのだ。
「本当に…………それでいいんですかボンガルさん」
それらしい理由をつけているが、明らかにおかしい。
珠美が語った内容が真実だとしても、与えられた力の種火は一日二日で育つものではない、亦紅の中にある炎はまだ収穫するに値しない種火でしかない。
そして何より、そういう事をしてこなかったからこそ珠美だったのだ。
力を受け継ぐに値する人間だったはずなのに。
それが急な心変わりをしたというのは明らかにおかしい。
まるで殺しあうという結論が決まってて、その理由を後からなぞっているようだ。
「ああ、いいんだよそれで」
珠美だってそんなことには気づいている。
火輪珠美というキャラクター性が失われたわけではないのだ。
亦紅に対する愛着もあるし、弟子にすると言った約束だって覚えている。
けれど、
「どうしようもなくあるんだよ。私の中にお前と戦いたいって気持ちがな」
内から沸くその衝動には抗えない。
これは間違いなく珠美の感情。強い相手と戦いたがる珠美という人間の本性だ。
その珠美を前に、亦紅は観念したように目をつむり静かに決意を固める。
「わかりました。今のボンガルさんは病気のようです。
だから、私が止めます。私が、目を覚まさせてあげます!」
「できんのかよ! お前に、今のお前によぉ!」
吸血鬼の力を持った状態ですら勝てなかったのだ。
吸血鬼性の失われた今の亦紅ではどう足掻いても勝ち目がない。
「できます!」
だが強く、真正面から否定した。
亦紅が地面から何かを拾い上げる。
それは、りんご飴がバラッドの攻撃を防いだ際にぶちまけられた荷物の一つだった。
ブレイカーズ印の薬品『ブレイカーズ製人造吸血鬼エキス』。吸血鬼を生み出す薬である。
亦紅はその蓋を捻ると、中身を一気に煽った。
ドクン、と心臓が跳ねる。
失われた吸血鬼性の復活。
半端な薬では完全な吸血鬼にはなれず、半人半吸血鬼にしかなれない。
その光景を、ボンバーガールはつまらなさそうに手を組んで見送る。
「へぇ。それで? だからよぉ。そりゃ失った吸血鬼性を取り戻しただけだろうが。
それじゃ私にぁ勝てねえってんだよ!」
ボンバーガールが勝利したのは半人半吸血鬼の亦紅。
つまりは今の状態の亦紅である。
同じ条件で戦ったところで同じ結果にしかならない。
「まあ慌てないでくださいよ。こっちにだってまだ切り札の一つや二つくらいはありますよ。どっちもあんまり切りたくない札ですけど」
そう言って僅かな躊躇いの後、亦紅は自らの口元に手をやると、その腹に牙を突き立てた。
そして自らの血液を啜る。
だが、吸血鬼が自らの血を吸うなどと言う自飲行為は不可能である。
そんなことができるのならば吸血鬼は人を襲う必要がない。
だが、亦紅は吸血鬼ではない。
半人半吸血鬼。半分は人間部分がある。
だからその半分から血を啜る。
効果も半分、覚醒する部分も半分のクォーターだが、強力な吸血鬼の力の恩恵を4分の1でも得られるならば十分である。
ボンバーガールは強敵の予感に震え、衝動を吐き出すように叫ぶ。
「おもしれぇ!! そんじゃあ、おっぱじめようぜ! 模擬戦じゃねえ、ホントの勝負をよぉ!」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「う、お、おお、お」
炎の師弟が争う戦場からもう数百メートルは離れただろうか。
りんご飴はダンプカーの様な突撃に押し出され続けていた。
宙に浮いた足を地面に付けて抵抗を試みるが、水辺を撥ねる小石のように跳ね飛ばされ止まることがない。
すさまじい推進力だ。
「この……! 猪女、が……………ッ!!」
刺突を受け止めていたクリスタルジャックの角度を僅かに逸らす。
透明なクリスタルの刀身を刺突が滑り、そのベクトルが斜め上へと受け流された。
その勢い余って、バラッドの体が前へとつんのめる。
そこに、りんご飴が後方に押し出された体制のまま、宙浮いた足を振り子のように振り上げ、バラッドの鳩尾目がけて振り抜いた。
だが、その振り抜かれた蹴りの足裏に、バラッドは自らの足裏を合わせ、そのまま柔らかく跳躍する。
りんご飴を大きく飛び越えると、体重を感じさせない足取りで音もなく着地した。
「この辺でいいだろう。近くにいる面倒なのに集まられても困る。早々に終わらせよう」
振り返り銀の髪を翻しながら告げる。
華麗に着地したバラッドとは対照的に、無様に背中で地面を滑りながら着地したりんご飴は、立ち上がりながら唾を吐き捨て嗤う。
「いいねぇ。その余裕。自分が格上だって信じて疑ってねぇって顔だ。
これからその余裕面が、こんなはずじゃなかったってバカみたいに歪むと思うと、最っ高にそそるぜ」
「そうか。出来るといいな」
バラッドは戦えばわかるとでも言いたげな態度で表情を変えない。
その態度が雄弁にりんご飴の言葉を肯定していた。
「お前、知ってるぜぇ。バラッドだろ」
「名乗った覚えはないんだがな」
誰かに聞いたか、元から知っていたか。
目の前の相手は果たしてどちらか。
怪訝そうにバラッドが目を細める。
「調べたからな。ヴァイザーに関することは何でも」
「ヴァイザー……ああ、思い出したよ。確かヴァイザーにちょくちょく挑んでた奴だったか」
そんな事ばかりしているから、殺し屋なのに変に名が売れてしまったのだが。
限界が見たり見込みがない場合は即殺していたが、愉しめそうな見込みがある奴は見逃したりもしていた。
その気まぐれさは、やはり殺し屋と呼ぶにはふさわしくなかった。
「けどお前みたいなのはごまんといたよ。どいつもこいつもあの男には勝てなかった」
「はん。他人事みたいに言ってんなよ。お前もだろ、お前もアイツには勝てなかった」
「勝つも何も、組織内での殺し合いはご法度だ。別に私はヴァイザーに勝とうとなど思ったことはない」
バラッドがヴァイザーの強さに畏怖と憧憬を抱いていたのは事実である。
だが、組織内の
ルール以前に、本気で奴と戦おうなどと思ったことはない。
「言い訳だな。お前はただブルって挑むこともできず、負け犬にもなれなかった憐れなみっそカスさ」
「なに…………?」
ピクリとバラッドの眉が吊り上がる。
「だからヴァイザーがオッ死んじまって、テメェが強くなった気になって調子に乗ってんのさ。
挑まなかった後悔を、ビビってブルってた自分を無かったことにすためにな」
だからヴァイザーを感じるあの女にも拘ったのか。
「んなザコにこのりんご飴ちゃん様が負けるかよ!」
「黙れ!」
りんご飴が飛び退くと同時に、振り下ろされた斬撃にアスファルトが弾ける。
反応した、と言うより、攻撃のタイミングを誘導して躱したと行った方が正しい。
そして飛び退くと同時に鍵爪を振り下ろす。
バラッドも身を引きこれを躱すが、一瞬でも反応が遅れていれば、首が撥ね飛ばされていただろう。
「ハハッ!」
りんご飴が、踊るようなステップで後方に跳び、楽しそうに笑い飛ばす。
そして、両手を羽のように広げ、はしゃぐ子供のように駆けだした。
それを抜刀のような構えで待ち構えるバラッド。
りんご飴がその間合いに張り込もうとしたその瞬間、その眼前に光が瞬いた。
デジタルカメラのフラッシュだ。
だが、この程度の光で怯むバラッドではない。
目を細めつつも相手の動きから目を離さず、正確に敵を両断すべく刃を振り上げた。
空間ごと切り裂くのではないかという斬撃は、直前で足を止めたりんご飴の表面を撫でた。
胸元の皮膚が縦一文字に避ける。
りんご飴はそれを気にせず、片腕を突き出しグッと親指で押さえた人差し指に力を込めた。
「――――BAN」
そして銃のように小石ほどの何かを指先で弾く。
弾かれた何かは正確にバラッドの口元へと吸い込まれた。
「ぅッ!?」
口内に入ってきた異物を反射的に飲み込んでしまった。
吐き出そうと指を使って胃を流動させるが、既に溶け出してしまったのか何も吐き出されることはなかった。
「毒か?」
『いいえ。それらしい反応はないわ。むしろ回復している』
確かに、ダメージが回復しているのを感じる。
わざわざ敵を回復させたというのか。不可解だ。
毒と薬は表裏一体ともいう。
何か副作用があるとみるべきかもしれない。
「……何をした?」
口元をぬぐいながら問いかける。
その問いをりんご飴は馬鹿にするように舌を出して笑い飛ばす。
「はん。んなことわざわざ説明するわけねぇだろうが。俺ぁお前のお母さんじゃあねぇんだぜ?
それとも何か? 俺にママになってほしいんですかぁ? そう言う趣味ですかお嬢さぁん?」
挑発するようにスカートをヒラつかせ、煽情的な生足を見せつける。
それに乗せられるように、バラッドが苛立ったような表情で剣を振るう。
その動きを読んでいたりんご飴はこれを躱し身を引く。
バラッドは追撃に出るが、相手は援護があったとはいえ、前線一人で魔王を相手どったりんご飴だ。
バラッドと言えどもそう簡単に打ち崩せる相手ではない。
二合、三合と打ち合い、その全てが受け切られる。
そうして、ようやく頭が冷えてきたところでバラッドは気づいた。
時間を稼いでいるのか、りんご飴からは攻める気配が感じられない事に。
防戦に徹されては確かに打ち崩すのは難しい。
だが、一対一の決闘なのだから攻めなくては勝ちはない。
ボンバーガールがルカを倒して援護に来るのを待っているのだろうか。
それとも何か別の狙いがあるのか。
何にせよ向こうの狙いである長期戦に付き合う義理はない。
バラッドにはこの後も、森とヴィンセントの捜索が待っているのだから。
「おらどうした、腕が止まってるぜ。歳だからお疲れか? ババア」
りんご飴の挑発。
この期に及んで叩かれる軽口に怒りを通り越して呆れのような感情を抱きながら早々に勝負を決めるべく、戦乙女が動いた。
両足で地面を蹴る。
これで決着をつけるつもりなのだろう。
反応すら許さない速度で放たれた光の矢のように戦乙女が駆ける。
次の瞬間、バラッドの視界は闇に染まった。
目の前がふさがれ真っ暗に落ちる。
バラッドの眼前が何かに覆われていた。
それは何の変哲もないただの布切れだった。
お便り箱によってバラッド宛に届けられた荷物である。
あの時、ボンバーガールと戦っているバラッドを見た時点で、りんご飴はこうなる事を予期して送っておいた。
全てはこの一瞬、この瞬間のために。
そう言う可能性の積み重ねこそ、りんご飴の戦い方である。
達人の境地にあるバラッドにとって視界を塞がれたところで問題ではない。
他の感覚で補える。
だが、予想外の形で急に視界を奪われた混乱までは避けられない。
待ちに待った、その一瞬の虚を突いて、りんご飴が駆ける。
走る勢いのまま、押し出すように両手で構えたナイフをヴァルキュリアの心臓へと突き立てた。
「っ…………硬ってえな、くそが!」
人体ではなく砂袋でも刺したような重い手ごたえに押しとどめられ、心臓にまで刃が届いていない。
だが、その程度の事態は想定していたのか、バラッドが体勢を立て直すよりも早くりんご飴はスタンガンを取り出し、突き刺した刃に押し当てた。
スタンナイフ。
心臓付近にまで達した、刃を通じて内側に電撃が流し込まれる。
改造されたスタンガンの電力は肉を焼き、白の乙女を汚すように傷口から黒い煙が噴出し、戦乙女の心臓は静止した。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「――――征きます」
吸血鬼の跳躍力を以て亦紅が跳んだ。
正面ではなく横、市街地に立ち並ぶビルの側面へと飛びつきその壁を更に蹴りだし対面へと跳ぶ。
それは深夜の森で
サイパス・キルラが見せた動きにも似ていた。
だが、人間の範疇だったサイパスの動きに対して、吸血鬼の身体能力で行われたそれは人の域を凌駕していた。
この動きの中にも緩急が加えられており、分身したように残像が流れる。
繰り返される動きは九つの球が飛び交うビリヤードのテーブルのようだ。
その動きは確かに早い。
確かに早いが。
「捕えられねぇほどじゃねえ!!」
飛び交う影に目がけて、火花が伸びるススキ花火を炎剣のように振るう。
炎剣はすれ違い様に亦紅の足を捉え、バランスを崩した亦紅の体がビルの側面に叩き付けられ地面に落ちた。
JGOEは
剣神龍次郎や森茂といった怪物中の怪物との戦闘を想定した集団だ。
そのメンバーであるボンバーガールが、この程度の動きで惑わされるはずがない。
「おら加減してやったぜ。立てよクソメイド。がっかりさせんなよ
まだあるんだろ切り札。出せよ。ねえってんなら即終わりにしてやんよ」
期待外れだと。失望の声を上げる。
この先がないのならば、彼女は本当にそうするだろう。
「ぐ…………っ」
壁ぎわに手を付きながら立ち上がる。
言葉通り火加減が為されていたのか、足の火傷は立てないと言うほどではない。
吸血鬼性を覚醒させても、トップヒーローには届かない。
その先に届かせるには、別の何かが必要だった。
「……私はね。殺し屋なんて大っ嫌いなんですよ」
「は?」
語り掛けるように亦紅は言う。
突然に何の話だと、珠美の頭に疑問符が浮かぶ。
殺し屋が嫌いだった。
父が嫌いだった。
自分勝手で自分のことしか考えてない、最低最悪の生き物。
そんな殺し屋を誰よりも体現してる自分が何より嫌だった。
「だから決めたんです。組織を抜けて亦紅という名前になったあの日。
たとえ自分が死ぬようなことがあってもこの技術だけは、二度と使うまいと、そう誓ったんです」
殺し屋からかけ離れるために、思考も殺し屋と真逆の能天気な生き方をしようと決めた。
最終試験と称して息子に自らを殺させる父親に、父親を殺す愚かな子供。
実の息子に殺されて、満足げに笑った父の顔が忘れられない。
その日以来、誰を殺しても、どれだけ殺しても、心が動くことがなかった。
「けど」
ああ、けれど。
今まで誰の死も何の感傷もなく受け入れられたのは、それは結局。
あんな父親でも、大切だったんだろう。
大切だったから、それ未満の死をなんてことない事だと割り切れてしまったのだろう。
ルピナスの死を知り、生まれて初めて大事な誰かの死を悲しんで。心を乱して絶望して。
そこで今頃になって気づかされた。
気づきたくもなかったけれど、気づいてしまった。
「あなたを失うのは嫌だから」
それよりも恐ろしい事がある。
そんなものがあるだなんて知らなかった。
大切な人が失われるという事は、自分が死ぬよりも恐ろしい。
「だから、全部使います。私の、全部を」
静かに、亦紅の目の色が変わった。
一片の光も届かない水底に暗く沈む様に。
瞬間。珠美の視界から亦紅の姿が消えた。
背筋に寒気が奔り、その本能に従いボンバーガールがその場を飛びのく。
同時に首筋からつぅと一筋の血液が垂れた
背後にナイフを振り抜いた影。
一瞬でも反応が遅れていれば、頸動脈を切り裂かれていただろう。
先ほど超速度を捉えたボンバーガールが亦紅の動きを見失った。
つまり速さではない。技術だ。
事前動作を悟らせない、殺し屋の技術。
「はっ! やる気まんまんじゃねぇか!」
「ええ。あなたを死なせないために。殺してでも止めます」
機械のように感情のない冷たい声で答える。
人を殺すためだけに練り上げた、人殺しの強さ。
その強さはモリシゲともワールドオーダーとも違う。
そしてヴァイザーや
アサシンのような突然変異の天才ではない。
バルトロ・デル・テスタによって生み出され、サイパス・キルラによって鍛え上げられた極地。殺し屋の体現者。
正確に心臓だけを射抜く研ぎ澄まされた氷の刃。これこそが『完成された殺し屋(ルカ・デル・テスタ)』。
殺し屋が跳んだ。
先ほどと同じくビルの側面から側面へ。
蜘蛛のような動きで、獲物を追い詰めるべく迫る。
だが、この期に及んで一度防がれた同じ手を使うとも思えない。
そう考え、ボンバーガールは相手の動きに囚われず周囲を注意する。
だからこそだろう、その一瞬の光を見逃さなかったのは。
キンという音。
飛んできたのは短剣だった。それをボンバーガールは裏拳で弾き飛ばす。
派手な動きは、最初に投擲したマインゴーシュから注意をそらすための目くらまし。
そちらに注意を裂けば、ダーツの的みたいに投擲されたナイフを額に受け終わっていた。
だが防いだ。
今度は火加減なしの炎刀で、跳ねまわる体を胴体ごと両断してやろうと前に出たところで。
上から降ってきたナイフが、ボンバーガールの肩へと突き刺さった。
マインゴーシュを投擲すると同時に上へとナイフを放り投げていたのだ。
「ッッ! 全部囮かよ……ッ!」
「ええ――――全部囮です」
死神の声は背後から。
爆炎の巫女の背筋に氷塊が落ちる。
マインゴーシュもナイフも注意を逸らして近づくための囮。
本命は殺し屋自身に他ならない。
「ッ……のォ!」
狙いも何もない。
なりふり構わず爆炎を周囲全体へとばら撒いた。
ボンバーガールを中心としたドーナツ型の炎の輪が波紋のように燃え広がる。
(逃した…………!?)
だが、手応えがない。
攻撃こそさせなかったモノの既に気配はなかった。
気配のみならず、いつの間に回収せしめたのか、マインゴーシュとナイフが消えていた。
既に殺し屋は次の殺しに動いており息つく暇がない。精神が削られる。
「ハッ…………ハハ」
思わず口元から乾いた笑いが漏れた。
強い。
珠美の知るこれまでの亦紅とは別種、否、異質の強さだ。
当然ながら、人を殺す技術と怪物を殺す技術は違う。
今彼女が対峙しているのは、その二つの技術をないまぜにしたハイブリッド。
ルカの鍛え上げた人を殺す技術と、亦紅が培った怪物を殺す技術。
違う人生を歩んだからこそ生まれる事の出来た最強のキリングマシンだった。
(どこだ…………!?)
周囲を見渡すが、既に建物の陰にでも隠れたのかどこにも姿が見当たらない。
遮蔽物の多い市街地戦は暗殺者に有利だ。
どこから来るとも分からない。
「だったらぁよお――――っ!」
蜷局を巻く龍の花火が周囲の建物を飲み込んだ。
打ち崩されるビルや民家。地形が更地へと変わってゆく。
少なくとも、一息で距離の詰められる範囲は平らにした。
警戒していれば襲撃を見逃すことはない。
周囲に意識を張り巡らせるボンバーガールに影が重なった。
遮蔽物のない空間で影。それはつまり。
「上ぇ…………ッ!!」
対空砲として設置したスターマイン(速射連発花火)から連続して火薬星が射出される。
上空の影は炎の矢に撃たれ、着火して炎上を始めた。
それは亦紅ではなく、人間大の丸太だった。
「ハッ! 忍者かよ……!」
上に注意を引き付けたということは本命は下。
その基本に従い、地面へと意識をやる。
「そこかぁ……ッ!!」
地面に現れた気配に向けて、ありったけの花火を薙ぎ払う。
だが、そこにあったのは、転がってきた丸太だった。
これも違う。ならば本命はどこへ。
「まさか…………!?」
空を見る。
そこには先ほど撃ち落とした、炎上しながら落下を続ける丸太がある。
その死角となる裏側に、燃え盛る炎も気にせず暗殺者は隠れていた。
落下地点で丸太から飛び出した亦紅が、風切を振り下ろす。
「亦紅おおぉぉぉぉおお!!」
「――――――!?」
その襲撃に対し、ボンバーガールが選んだ選択肢は防御ではなく攻撃だった。
刃を肩に喰いこませながら、特大の火薬玉を生成する。
子供の身長ほどの高さもある正四尺玉。
地上で爆破すれば辺り一帯は火の海になるだろう。
「ッ!?」
亦紅はその場から逃れようとするが、肩に食い込んだ刃を掴まれ逃れられない。
すぐさま風切を放棄し、離脱を試みようとするが、もう遅い。
「このボンバーガール様を、嘗めんじゃねぇぞ!」
市街地の一角が極彩色の炎の渦に包まれた。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
『大丈夫!? バラッド!?』
「っ…………うっ」
耳元の声に叩き起こされ、倒れこんでいたバラッドが苦しげな息を漏らした。
純白だった薄手の鎧が、漆黒の厚手のコートへと変わっていた。
純潔体が解かれている。
それは完全に死亡する前に純潔体を解除したユニのファインプレーだった。
頭を抑えつつ立ち上がり、周囲を見渡す。
そして小さな相棒へと問いかける。
「……あいつは?」
『行っちゃったわ』
ユニの姿は見えなかったようで。
心臓の停止を確認して、りんご飴は立ち去った。
言い訳のしようがない。
バラッドの完全敗北だった。
「ユニ。もう一度、純潔体いけるか…………?」
『無理! 破壊された純潔体が治らないとすぐには使えないわ』
ユージー並みの妄想力があれば10分もあれば再構築可能だろうが、バラッドの場合はそうはいかない。
純潔体の再構築に数時間は要するだろう。
「そうか。ならこのまま戦うしかないということか」
ふらりと、覚束ない足取りのまま刀を支えに立ち上がる。
自らの力に驕りがあった。
手に入れた力に慢心があった。
目の前の敵を軽んじて、先のことを考えてしまった。
それが敗因だ。
『大丈夫バラッド?』
思いつめたような神妙な顔をする相棒へと妖精が問いかける。
「いや。なんでもないさ。気にするな。ただ感謝すべきなのだろうな。初心に立ち返れた」
そう吹っ切れたように応える。
『本当に大丈夫?』
いきなり妙に悟ったような事を言い始めた相棒に、ユニが心配そうにもう一度問いかけた。
【I-9 市街地/夕方】
【バラッド】
[状態]:ダメージ(中)
[装備]:ユニ、朧切、苦無(テグス付き)
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:殺し合いに乗るつもりは無いが、襲ってくるのならば容赦はしない
1:森茂を追って何があったか問いただす
2:ウィンセントを探す
3:ユージーの知り合いと会った場合は保護する。だが、生きている期待はあまりしていない。
4:アサシンに警戒。出来れば早急に探し出したい。
5:イヴァンのことは後回しにするが、見つけた時は殺す。
※純潔体が破壊され、現在修復中です。
※6時間以内に参加者を一人殺害、12時間以内に参加者三人殺害しなければ死亡します
【りんご飴】
[状態]:疲労(中)、全身に火傷
[装備]:クリスタルジャック
[道具]:鍵爪、サバイバルナイフ、超改造スタンガン、お便り箱、ハッスル回復錠剤(残り1錠)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの中でスリルを味わい尽くす。優勝には興味ないが
主催者は殺す
0:珠美と合流する
1:
ディウスと
空谷葵を殺す
2:参加者のワールドオーダーを殺す。
3:ワールドオーダーの情報を集め、それを基に攻略法を探す
※ロワに於けるジョーカーの存在を知りましたが役割は理解していません
※ワールドオーダーによって『世界を繋ぐ者』という設定が加えられていました。元は殺し屋組織がいる世界出身です
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
燻った炎がパチパチと音を鳴らしていた。
大気が揺らめき、景色をゆらゆらと不安定なものとする。
市街地の一角が完全な焦土と化していた。
何者の生存も許さぬ爆心地に、陽炎で揺らめく影があった。
白衣に緋袴という神聖さを感じさせる巫女衣装は、所々が焼け落ちずいぶんとパンクな仕様になっている。
爆破の天使ボンバーガール。
全てが燃え落ちた爆心地にて、無事でいられるのは彼女ただ一人しかいないだろう。
「…………なんで生きてるんだテメェ」
だが、しかし。
立ち上がった影がもう一つ。
かわいらしいフリルや装飾は、ほとんど焼け落ちてしまったメイド服。
全身を赤黒く焼け焦がし、白い煙を口から出しながら、そこに亦紅は立っていた。
ありえない。
自らをも巻き込むつもりで放ったのはボンバーガールの文字通りの最大火力だ。
怪人だろうとヒーローだろうと誰であろうと吹き飛ばせる火力である。
これに耐えられるのは爆破耐性を持つボンバーガールだけだ。
あの爆炎の直撃を受けて耐えられるはずがない。
吸血鬼の不死身性?
ちがう。単純な耐久度であれを堪えるのならば龍次郎級の規格外さが必要だ。
クォーター覚醒した半吸血鬼程度に耐えられるものではない。
ならばなぜ。
「……全部使うって……言いましたよね…………!」
亦紅の中にある全部。
その中にはボンバーガールから引き継いだ力だって含まれている。
つまりは爆破耐性だ。
ボンバーガールの爆破耐性だって、結局のところ身に浴びる爆炎の操作に過ぎない。
同じ能力を持つ亦紅にだってそれは可能だ。
あの瞬間、亦紅の中の種火が炎となった。
自らの力で己の中の炎を燃やしたのだ。
「はっ。そうかよ!」
花火しか攻撃手段のないボンバーガールにとっては敵が爆破耐性を持つのは致命的だ。
にも拘らず、弟子の成長を喜ぶ師のように、どこか嬉しそうに笑い飛ばす。
「だったら。超えて見せろよその力でこのあたしを!」
珠美が亦紅へと殴りかかる。
ロケットの推進力で加速する拳だ。
爆破耐性のある相手だろうとやりようはある。
その一撃を避けることもできずに亦紅は喰らう。
ダメージが足に来ているのか、先ほどまでの俊敏性はない。
「この……ッ!」
何とか踏ん張り、殴り返す。
打たれて頬が切れたのか、珠美の口元からつっと血が垂れた。
「いい加減…………目を醒ましてくださいよ……ボンガルさん!」
「は。とっくに醒めてんよ。最っ高に楽しいじゃねぇか!」
珠美は口元の血を拭って、脇腹を蹴り上げる。
亦紅は歯を食いしばってそれを堪えると、仰け反った体勢から頭突きを放つ。
ゴッと言う鈍い音。ぶつけ合った互いの額が避け血が流れる。
「楽しくなんか……ありませんよ。こんな事の何が楽しいって言うんですか!」
「喧嘩だ喧嘩。亦紅。お前は最高だぜ。こんなに楽しいのは初めてだ! 何の不満があるってんだよ!」
胸倉を掴み上げ、お返しとばかりに頭突きを叩きこむ。
割れた額と額がぶつかり合い、赤い飛沫が舞った。
亦紅は膝から崩れ落ちそうになるが、胸元を掴みあげた腕がそれを許さない。
頭突きを更にもう一発。
その勢いに掴んだ胸元の衣服が破れ、ようやく拘束から解放された。
額から血を噴水みたいに吹き出しながらたたらを踏む亦紅。
今度こそ倒れるかと思ったが、片腕を付きながらも地面を踏みしめ踏みとどまった。
「不満なんて……あるに決まってるじゃないですか……!」
ふらふらとした足取りながら前へと歩く。
ギュッと拳を握りしめ、自らの想いを伝えるために。
「私たちは手を取り合うって誓ったじゃないですか。こんなの事をしている場合じゃないでしょうが」
取り合う筈の手で何故殴り合っているのか。
踏み出した足は、いつの間にか駆だしていた。
「私達は――――ハッピーエンドを目指すんじゃないんですか!」
振りかぶった亦紅の拳に炎が灯る。
これが亦紅の炎。
振り抜かれた拳は珠美の頬を打ち抜き、堪えることもできず、珠美はその場に倒れこんだ。
躱せなかった。
大したパンチではなかった。速度も遅く、狙いもバレバレ。
ただ、その炎の眩さに、少しだけ目がくらんだ。
ダメージは大したものではない。まだ戦える。
珠美は立ち上がると亦紅へと向き直った。
新しい力を得た強敵を祝福する様に。
だが、ズルリと、目の前の亦紅の体が力なく崩れ落ちた。
珠美が何をしたわけではない。
炎拳を撃ったその体勢のまま倒れて、動かなくなった。
耐性はあくまでも耐性だ。
無効化できるわけでもなければ、耐性にも程度がある。
極大の爆炎を受けた時点で亦紅はとっくに限界だった。
「……何だよ」
最高に盛り上がったところに冷や水を浴びせられた気分だった。
突然、祭りの終わりが訪れたような侘しさが、珠美の胸を吹き抜ける。
同時に胸の内に燃えるような熱さが到来した。
流れ込んでくるのは亦紅の炎だ。
その熱が、亦紅の命の炎が終わったことを告げていた。
【亦紅 死亡】
【I-8 市街地/夕方】
【火輪珠美】
状態:左肩負傷 ダメージ(大)全身火傷(大)能力消耗(大)マーダー病発病
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動]
基本方針:祭りを愉しむ?
1:『邪神』を捜索する
2:祭りに乗っている強い参加者と戦いを愉しむ
3:会場にいるほうの主催者をいつかぶっ倒す
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※ボンバーガールの能力が強化されました
最終更新:2017年06月09日 14:17