【死刑囚】
【ギャル・ギュネス・ギョローレン】

【指名手配犯】
【国際的請負テロリスト】
【享楽的爆弾魔】
【自称“永遠のギャル”】

【本名不詳】
【年齢不詳】
【性別不詳】
【国籍不詳】

【十数年に渡る活動】
【一度捕縛されるも護送中に脱走】
【以後世界各国を転々】
【請負の破壊行為を繰り返す】

【主義信条や国家を問わず】
【依頼対象のみを攻撃する】
【当人の一切の目的・思想は不明】

【数々の大規模破壊・大量殺人に関与】
【政情不安定な紛争地域への介入も確認】
【相当の危険人物につき】
【最大限の警戒が必要……】

【××××年 ×月×日】
【当人の意思により投降】
【無抵抗のまま捕縛】
【司法手続きを経て】
【アビスへの投獄が決定】




「――♪」

 紺色の夜空の下。
 そこは、真夜中の舞台。

「――♪ ――――♪」

 海辺の海岸。
 夜に照らされる浜辺。

「――――――♪」

 鼻歌交じりに、“彼女”はステップを踏む。
 足場の悪い砂浜でありながら、軽やかに踊る。

「――♪ ――♪ ――♪」

 楽しげに、華やかに。
 “彼女”は、この戦場を踊り場へと変える。

 その女は、おおよそ囚人とは思えぬ姿だった。
 金髪の髪を揺らし、爽やかな笑みを湛えている。
 収監されていたにも関わらず、褐色の顔は化粧で彩られたように綺羅びやかである。
 まるで十代の少女のように、あどけなく麗しい姿だった。

 何より“彼女”は――キラキラしていた。
 美少女である。JKである。ギャルである。

 その女は、死刑囚だった。
 ギャル・ギュネス・ギョローレン。
 世界を揺るがす、享楽の“爆弾魔”だった。

 愉快げに踊っていた彼女は、ぴしっとポーズを決めて静止。
 そのまま満面の笑顔で、両腕を大げさに広げてみせる。

「ほら、見てよ!空も海も、ちょーきれい――」

 “爆弾魔”は、夜空を背にする。
 宵闇の空には、微かに星が煌めいていた。
 その灯りは海面をも照らし、光を反射するように輝いている。
 そんな景色に感激するように、“爆弾魔”は語り続ける。

「――ね、アンちゃんっ♡」

 そうして、“爆弾魔”は。
 すぐ傍に横たわる“女軍人”へと呼び掛けた。

 飄々と歩を踏むギャルとは違い。
 その女は、岩場に背中を預けるように座り込んでいた。

「……気安く呼ぶな。虫酸が走る」

 アンナ・アメリア。
 東欧某国の紛争で活躍した女軍人。
 民兵を率いた数々の虐殺を指揮した凶人。
 苛烈にして冷徹、そして独善的。
 故に戦後は、A級戦犯として処された。

「こうして会うのさ、ちょー久しぶりだよねっ?」
「あの紛争以来だ、雌豚め」
「真っ先にアンちゃん見つけられてさ、まじラッキーだったよ!」

 まるで古い友人のように気安く、馴れ馴れしく話し掛けるギャル。
 そんな彼女に、アンナは素っ気なくあしらうように応対する。

「あんときの仕返し、できたしねっ!」

 そう言って、ギャルはアンナの姿を見下ろした。
 ――アンナ・アメリナは既に満身創痍だった。
 全身は爆熱によって焼かれ、痛ましい火傷に満ちている。
 右足は膝から先を喪っている。“爆弾”によって吹き飛ばされたのだ。
 彼女が再起不能であることは、誰の眼で見ても明らかだった。

「……そうだな。称賛の言葉くらい送ってやる」
「え、そっけなくない!?ぜんぜん褒めてる感じじゃなくない!?」
「文句を垂れるな。豚如きへの最大限の賛辞だ」

 海岸の岩場にもたれ掛かるアンナは、飄々と話し掛けてくるギャルへとふてぶてしく応える。

 ――こうなった経緯は、単純な話だ。

 開幕から間もなく、ギャルはアンナを発見。
 過去の遺恨を持つギャルは、彼女に対する奇襲を仕掛けた。
 アンナは自らの超力による自己強化で応戦するも、集団戦と武装によって猛威を振るうその異能は“突発的な丸腰の交戦”で本領を発揮できず。

 尚且つアンナの超力を過去に把握しているギャルは、徹底的に彼女の強みを潰す猛攻によって追い詰めた。
 自己強化によって耐久力を高められると言えど、同じネオスによる猛爆撃を完璧に凌げる訳ではない。

 そうして、アンナは敗北した。
 ただ、それだけのことだった。

「つかさ、アンちゃん」
「何だ」
「思ったより大人しいねー」

 やがてアンナの顔を覗き込みながら、ギャルがそんなことを言ってきた。
 死にかける女軍人を、爆弾魔はじっと見つめている。

「どういう意味だ」
「もっとこう『馬鹿なー!!』とか『私がこんなところで死ぬわけがー!!』とか、そういうの叫んで死ぬタイプだと思ってた」
「お前、私を何だと思ってる?」
「えへへへへ」

 存外な印象を抱かれて、思わずアンナは眉を顰めた。
 “私を漫画本の悪役か何かだと思ってるのか”と、問い質してやりたいところだった。

「……まあ」

 その上で、アンナは否定もせず。
 何処か落ち着き払った声で、言葉を紡いだ。

「死ぬと分かれば、案外清々しい気持ちにもなるものだ」

 そう語るアンナの表情に、憤怒や無念はない。
 あるのはただ、現実に対するあるがままの受容。
 避けられぬ運命を受け入れるように、心の荒波は既に凪いでいた。

 アンナも、ギャルも、振り返っていた。
 眼の前の“敵”と邂逅した、過去の紛争のことを。




 この刑務から遡り、およそ2年ほど前。
 そこは、東欧のとある紛争地帯。
 開闢の日以降、政情が著しく不安定化した地域。

 超力によるパワーバランスの急激な変化等を要因とし、長らく近隣の二国間による緊張状態が続いていた。
 それでも辛うじて均衡と現状維持を保ち続けていたものの、片側の国家において“タカ派の軍高官”が政権を掌握。
 急進的かつ好戦的な方針を掲げて軍事を動かし、冷戦状態だった情勢は遂に一線を越えた。
 そのまま瞬く間に“熾烈なる戦禍”へと縺れ込んだのである。

 そして、ある都市の一角。
 突発的な戦場と化した市街地。
 周囲からは銃声や怒号が聞こえてくる。
 既に両軍の衝突は始まっているのだ。
 徐々に、徐々に戦禍が広がっている。

『なんなの、あいつら……!!』

 そんな死地の中に、着崩した制服のような衣装に身を包んだ“JK”がいた。
 褐色の肌と金髪が際立つその女は、悪態をつきながら路地にて建物の陰に身を隠していた。

 爆弾魔、ギャル・ギュネス・ギョローレン。
 彼女はいま、決死の撤退の最中だった。

『ほんっっとに……かわいくないんだけど!!』

 数年に渡る紛争の中。
 敵国によって占領された都市。
 その軍事拠点に対する徹底的な破壊工作。
 それが此度のギャルが請け負った依頼だった。

 既にギャルは“爆破”を果たしている。
 彼女の大規模な破壊工作を火蓋に、依頼主側の軍隊は都市奪還へと向けて侵攻を開始していた。
 後は兵士達に任せて、ギャルは早々に引き上げるだけ。その筈だった。

 爆弾魔が身を潜めていた路地に、壮絶なる爆音が轟く。
 それに気づいた彼女は、咄嗟にその場から駆け出した。

 ――――次の瞬間。
 ――――ギャルがもたれ掛かっていた建物が。
 ――――瞬く間に、巨大な風穴だらけとなる。
 ――――まるで、砲撃にでも抉られたように。

 穴の空いたチーズと化した建物が、そのまま崩れ落ちるように倒壊していく。
 けたたましい轟音が響き渡り、砂塵や粉塵が撒き散らされる。
 まるで地震か何かのような大破壊が、瞬きの内に巻き起こる。
 ギャルはその被害を振り返って一瞥しながら、とにかくその場から離れることに徹した。

 建物が崩れ落ち、塵と灰が舞い上がる中。
 薄汚れた蜃気楼を突き破るように、無数の影が姿を現す。
 軍靴の音が響く。軍勢が行進する。
 その先陣を切るのは――――軍服に身を包んだ、白人の美女だった。

 一見軍人とは思えぬ可憐な風貌とは裏腹に、鋭く歪ませた眼差しには激情が宿っている。
 有り合わせの迷彩服などに身を包んだゲリラ風の民兵達を率いて、彼女は最前列で進撃していた。

 アンナ・アメリナ。
 前線指揮を担う若き女軍人。
 可憐にして苛烈なる殺戮者。
 “タカ派の軍高官”が政権を掌握した某国において、その美貌とカリスマ性によって多数の民兵達を統率した人物だった。

 民兵達はそれぞれ、小銃や散弾銃などの火器で武装していた。
 ――そう、ただの銃である。
 ロケット砲のような大火力を齎す武装は備えていない。
 ただの銃が、爆撃に匹敵する先程の大破壊を起こしたのだ。

 アンナの超力は“自身と自身の指揮下にある者達の強化”。
 彼女の思想に同調している者ならば、その強化の幅は飛躍的に向上する。
 そして強化の恩恵は対象者達の身体能力のみならず、装備している武装にまで及ぶのだ。
 故に彼らの持つ武器は、限界を超えて驚異的な火力を発揮する。

 ただの銃器で武装しているだけの民兵。
 その一人一人が、爆撃に匹敵する火力を備える。
 そんな彼らが数百、数千の部隊として前線に立っているのだ。
 紛争におけるその脅威は、計り知れない。


『――――狩りの時間だ!!!』


 そして、アンナが声を張り上げた。
 その高らかなる叫びと共に、粉塵が掻き消えた。
 まるで声そのものが風圧か衝撃波と化したかのように。


『諸君らに問う!!!奴らは人間か!!?』
《――――否!!!否!!!否である!!!》

 アンナの声に、民兵達の歓声に、熱が宿る。

『諸君らに問う!!!奴らは何者だ!!?』
《――――畜生である!!!豚である!!!》

 煽るような戦乙女の声が、熱狂を生み出す。

『諸君らに問う!!!豚に慈悲は必要か!!?』
《――――奴らは人に非ず!!!人に非ず!!!》

 苛烈にして鮮烈。民兵達の高揚が、限界まで引き出されていく。

『諸君らに、問う!!!』

 アンナは、更に勇ましく。
 その屈強なる声を張り上げた。

『――――ならば、どうする!!?』
《――――豚は死すべし!!!殲滅あるのみ!!!》

 戦乙女は、高らかに問う。
 民兵達は、高らかに答える。
 彼らは狂気と殺意の下、一丸の怪物と化す。

『宜しい――なれば一人残らず逃がすな!!!』

 やがてアンナの一声と共に、民兵達が一斉に動き出す。
 まるで血に飢えた猛獣のように、暴力的な瞬発力によって戦場を駆け抜けていった。
 そしてその一部が、“爆弾魔”の追跡へと向かう。

『殲滅しろ!!!塵は塵に!!!灰燼へと帰せ!!!』

 既に戦禍の市街地――ビルの屋上から屋上へと縦横無尽に跳躍していたギャルが、背後を振り返った。

『我らの国家に栄光あれ!!!我らの理想に栄光あれ!!!』

 あれだけの演説を奮っていたにも関わらず、彼ら民兵は瞬く間にこちらとの距離を詰めに掛かっている。
 およそ数十名。天駆ける忍者の集団のように跳躍し、彼らはギャルの背後から追跡を仕掛けていた。

『この戦地に正義の旗を掲げよ!!!
 愚かな豚共を踏み潰してやれ!!!』

 そして、その追跡者達の中に。
 あの“女軍人”もまた存在していた。
 明らかに“悪名高き爆弾魔”を認識し、優先的に追い掛けている。

 ギャルは思わず舌打ちをした。
 JKらしくない“可愛くない所作”にほんの少し後悔しつつ、彼女は懐から複数の小瓶を取り出す。
 その一つ一つが、星やハートなどの愛らしいシールでデコレーションされている。

『あっち、いけぇ――――っ!!!』

 そしてギャルは、小瓶を次々に投擲――背後から追ってくる民兵達目掛けて。
 その瓶の中には、少量の血液が込められていた。可愛いギャルの血である。

 ――――瞬間。
 その小瓶が、次々に炸裂。
 強烈な爆発を起こし、追跡する民兵達を飲み込んだ。

 これがギャル・ギュネス・ギョローレンの超力。
 自身の体液を起爆剤へと変え、任意のタイミングで爆発させる。
 彼女は常日頃から自身の血液を複数の小瓶に収め、即席の手榴弾として装備しているのだ。


 爆炎に包まれた民兵達が、全身を焼かれながら墜落していく。
 ある者は屋上へと叩き落ち、ある者は道路へと転落し、ある者は塵も残らず。
 紛争であるが故に、ギャルにとってはこれもまた“標的の対象内”だった。
 だから彼らを抹殺することにも躊躇いはなかった。

 しかし、その直後。
 幾つかの影が、爆炎を超えてきた。
 紅蓮の熱すら突き抜けるほどの勢いで。
 追跡を――――突撃を続けてきた。


『火遊びは終わりだ、雌豚め』


 その身に火傷を負いながらも。
 女軍人、アンナ・アメリナは止まらなかった。

 アンナの超力と特に強い同調を果たしている数名の民兵もまた、彼女に追従している。
 狂信と盲信を極限まで高めた戦士たちは、鋼のような耐久力を獲得していた。
 その狂気的な進撃を認識し、ギャルは思わず目を見開いた。


『人の形は残さん。豚は豚らしく散れ』


 狂気の戦乙女が、追跡と共に宣告した。
 敵は死すべし。豚は散るべし。
 一片たりとも残しはしない。
 それは、“爆弾魔”への処刑宣言だった。

 そして“戦乙女”は、その手に握る突撃銃をけたたましく掻き鳴らした。
 無数に迫り来る銃弾を前にし、“爆弾魔”は驚愕に揺さぶられる。

 だと言うのに――その口元に、獰猛な笑みが浮かんでいた。
 享楽的。破滅的。このスリルさえも楽しむように、テロリストは気が付けば嗤っていた。




「――あん時さぁ。アンちゃんから逃げんの、ほんっっとに大変だったんだからね?」
「当たり前だろう。逃がすつもりも無かったんだからな」
「アンちゃんが馬鹿みたいにバカバカ撃ってきてさー、マジ死ぬかと思ったわ」

 そして、時は現在へと戻る。
 あの紛争では、アンナこそが“追い詰める側”だったが。
 この刑務において、その立ち位置は逆転していた。

「でも結局、あーし逃げられたんだけどね☆」
「……今更誇るな。どのみちお前の“雇い主”はあの紛争に敗けただろ」
「がんばったのに、あんときは凹んだなー」

 ギャルは飄々としながら、当時を振り返る。
 そんな彼女を眺めつつ、瀕死のアンナは苦笑いをしていた。

「で……今回は、お前の勝ちという訳だな」
「そゆこと✩」

 そう言ってギャルは、渾身のギャルピースを披露した。
 アンナは思う。もはや自分は追い詰められている。
 これだけの傷を負ったのだ。この刑務を生き延びることは出来ないだろう。
 だと言うのに、不思議と心境は落ち着いていた。

 貫いてきた正義も、抱き続けてきた激情も、死と共に無へと回帰する。
 それを心の何処かで悟ったのか。まるで運命を受け入れるように、怨敵と昔話に興じていた。


「なあ、爆弾魔」
「うーん?」
「ひとつ、負け惜しみくらい言わせろ」

 そんな中で、アンナはふいに呼び掛ける。
 見込みなど無いと分かり切っている取引を、“ものは試し”と言わんばかりに持ちかける。

「私の命を助ければ、お前と手を組んでやる。
 恩赦など信用ならん。あの看守共に反抗して自由を勝ち取るのだ」

 ――戦犯扱いされ刑務作業をするのは甚だ不服。
 ――恩赦という形で釈放されるのも不服。
 ――この機会に反逆し、看守どもを屈服させて脱獄してやろう。

 刑務に際し、アンナ・アメリナはそう考えていた。
 彼らの思惑に乗るつもりなど欠片もない。
 己の信義と理想に則り、反抗によって奴らを制圧する。
 それこそが彼女の掲げようとした指針だった。

 されど、それも詮無き事となった。
 どうせこの“持ち掛け”は意味を為さない。

 死刑囚であり後が無いギャルにとっては、恩赦に望みを懸ける方が遥かにマシなのだから。
 そして彼女は、アンナへの恨みを忘れていないから真っ先に攻撃を仕掛けているのだ。

「やだ!」

 だからこそ、ギャルが即答したことも意外ではなかった。
 まあ、だろうな――アンナは分かり切っていた結果を前に、ふっと苦笑する。

「だってあーし、望んで刑務に参加したから!」

 されど、次にギャルが口にした一言は。
 アンナにとっても、予想外だった。

「つまり、奴らの手駒という訳か?」
「そういうんとも違うかなー?まぁ、あいつらから“刑務を円滑に動かすための駒にならないか”なんて頼まれたんだけどね!」

 アンナは驚愕と共に問いかけるも、ギャルはなんてこともなしに語る。

「でも、蹴っちゃった!あんまアガんないし!」

 ギャルは、この刑務における“駒”になることを打診されていた。
 彼女のテロリストとしての実力と実績を見込んでの提案だった。
 争いを焚き付け、戦禍を引き起こし、刑務を加速させるための“起爆剤”。
 つまり、ジョーカーという訳だが――彼女はその誘いを断っていた。

「あーし自身が望んで、これをやるの!」

 何故なら、自分の意思でプレイヤーとして参加することを選んだからだった。

 そんなギャルを、アンナは思案とともに見つめていた。
 刑務におけるジョーカーという役割を担えば、恐らくは相応の優位を得られた筈だろう。
 装備の優遇、看守側からのバックアップ、恩赦の確実なる保証――幾らでも想像はつく。

 にも関わらず、ギャルはそれを蹴ったのだ。
 剰え、その優位を捨てた上で刑務に参加したのだ。

「……なら、聞かせろ」

 故にアンナは、問い掛けた。

「貴様は死刑囚だろう。恩赦は求めているのか」

 その上でなお、何のために刑務に参加したのかと。

「んー」

 ギャルは、わざとらしく顎に手を当てて。
 暫く考えたのちに、けろっと笑顔を見せる。

「もうそういうのはいんない」

 そうして彼女は、あっけらかんと答えた。
 何かを容易く諦め、手放すかのように。

「なんかもう、いっかなーって!」

 “爆弾魔”は、笑顔でそう言ってのけた。
 自らの眼の前にある“生きて刑務所を出る”という可能性を、呆気なく手放したのだ。

 そんな彼女を、アンナは何も言わずに見据えていた。
 享楽的であり、刹那的であり――ひどく破滅的。
 数々の非道な破壊と殺戮に関わった“爆弾魔”を、ただ黙って聞き届けていた。

 アンナは、振り返る。
 曰く、“爆弾魔”は思想も所属も問わない。
 どんな依頼も汚れ仕事も引き受け、自らの思惑は一切伺えない。
 目的と呼べるものも、思想と呼べるものも、彼女は誰にも明かさない。

 されど、一つだけ。
 確かなる事実がある。
 この“爆弾魔”は、ある日突然。
 自らの意思で投降し、監獄に入ったのだ。
 無論――――死刑囚として。

「貴様は、何を信じている?」

 だからこそ、アンナは最期に問い掛けた。
 硝煙の中に潜む真相を手繰り寄せようと。
 彼女は“爆弾魔”に、そう投げ掛けた。

「――――なんも?」

 返ってきたのは、そんな一言だった。
 そうしてギャルは、ひょいっと身を翻す。
 鼻歌を歌いながら、軽い足取りでその場を去っていく。

 そんな彼女の返答を聞き届けて。
 そんな彼女の後ろ姿を見つめながら。
 アンナはただ、ふっと苦笑いをした。

 どうせ、そんな答えが返ってくるだろうと。
 女軍人は心の何処かで、薄々と察していた。
 この爆弾魔には、理想も正義もないと。
 あるいは、それ以上の“根底”すら持ち得ないのではないかと。
 だからこそ、怒りも失望も感じなかった。
 ただあるがままに、彼女の言葉を受け止めていた。

「……豚めが」

 そして、ただ一言。
 アンナ・アメリナは呟いた。
 ささやかな侮蔑と、怨念を込めて。
 何も持ち得ぬ破壊者に対する、哀れみを込めて。

 やれやれ、と言わんばかりに。
 力無き笑みは、その口元から途絶えなかった。

 そうして女軍人は、爆弾魔から視線を外した。
 最期に、空でも眺めることにした。
 焔のような理想には程遠い、凪のように静かな闇が広がっていた。
 闇の端々からは、微かな星々が垣間見えている。
 今の彼女の眼には、そんな景色さえも何処か心地よく映った。


 ――――直後に、爆音が轟く。
 ――――壮絶なる爆炎が、巻き上がる。
 ――――鮮烈なる衝撃が、響き渡る。


 女軍人に仕掛けられた“起爆剤”が作動したのだ。
 満身創痍だった彼女の身体は木っ端微塵に吹き飛び、この舞台から跡形もなく消失する。
 扇動と殺戮の戦乙女、アンナ・アメリナ。
 彼女の刑務は、永遠に終わりを告げることになった。

 爆炎の中から吹き飛んできたものがひとつ。
 それは去りゆく爆弾魔の足元に転がり、やがて動きを止める。
 血肉混じりの首輪だった。彼女はそれをひょいと拾い上げ、確かめるように見つめる。
 そして爆弾魔は、ふいに後方へと振り返った。

 そこに残されているのは、焼け焦げた灰燼のみ。
 灰は灰に、塵は塵に。女軍人は、屍すら遺さずにその任務を終えた。
 その沈黙と静寂の中で、ギャルは無言のままに佇む。
 もう振り返っても、あの女は追い掛けてこない。

 それを認識して、最初に思ったこと。
 ――“ざまーみろ”。
 そして、その次に思ったことは。


「じゃーねっ」


【アンナ・アメリナ 死亡】




『あ?ナメんなし』
『アンタらに言われんでもさ』
『やっからね?あーし』

『あのさぁ~』
『依頼とか仕事とかじゃなくてさ』
『恩赦?とかも別にいいからさ』
『やったげっから、刑務』

『乗ってやるから。殺し合い』

『だから、いらねーの』
『そういうズルとかみたいの』
『特別な装備とか、テコ入れとか』
『あーしは使わねーっつの』

『んん?』
『なんでか、って?』
『なんでやるのか、って?』

『うーん……』
『うーーーーーん…………』
『うーーーーーーーーん…………?』
『ごめん、なんかうまく言えないわ!』

『なんだろ』
『アレ的な』
『えっとね、うん』

『アンタらに言われてとかじゃなくてさ』
『あーし自身が、そうしたいって望んでさ』
『そんで、どかーん、ぼかーんってやって』
『思いっきり暴れちゃってさ』

『そんで』
『こう思いたいわけ』
『“今日は死ぬには良い日”』

『――的な?みたいな?かんじ?』
『ウケるっしょ?』
『いぇい☆』


【A-3/海岸の浜辺/1日目・深夜】
【ギャル・ギュネス・ギョローレン】
[状態]:疲労(小)
[道具]:なし
[恩赦P]:99pt(+99年:アンナ・アメリナ)
[方針]
基本.どかーんと、やっちゃおっ☆
1.悔いなく死ねるくらいに、思いっきり暴れる。
2.ポイント、どう使おっかなー。
※刑務開始前にジョーカーになることを打診されましたが、蹴っています。
※ジョーカー打診の際にこの刑務の目的を聞いていますが、それを他の受刑者に話した際には相応のペナルティを被るようです。




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PRISON WORK START ギャル・ギュネス・ギョローレン 爆炎、斬と誓ふ
PRISON WORK START アンナ・アメリナ 懲罰執行

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最終更新:2025年02月26日 21:40