「して、知り合いはいたのか?」
「いたねぇ。残念ながら」
鬱蒼と木々の生い茂る夜の森に2人の男女が佇んでいた。
無精髭とボサボサ髪の青い目をした侍とツインテールをした童顔で低身長の女。
征十郎と沙姫は、この地の底で愛でも絆でもない別の何かで繋がれた奇妙な連れ合いだった。
彼らは自らに配られたデジタルウォッチを起動して、それぞれ刑務作業に参加している名簿を確認していた。
「ジョニー・ハイドアウト、メリリン・"メカーニカ"・ミリアン、ギャル・ギュネス・ギョローレン。
ネット越しのやり取りで直接会ったことはないけどこの三人とは何度か取引したことある」
沙姫は名簿の中にあった犯罪援助で生計を立てていた頃の取引相手を上げていく。
ジョニー・ハイドアウトとは部品のメンテと提供支援を。
メリリン・"メカーニカ"・ミリアンとは機械作成の協力を。
ギャル・ギュネス・ギョローレンはドローンによるテロ行為の支援を行っていた。
「まあこいつらとの仕事内容はドローンやロボットを使った支援が主だったから、こいつらには感謝はされど恨まれてはいないかな、多分。
ただし、ギャル・ギュネス・ギョローレンに関してはそもそもヤバいテロリストだから、あんまり関わりたくないけどね」
彼らとの取引も自白したがそこまで不利になる証言はしていない。
ギャルに関してはテロ行為の詳細を明かしたが、実行済みのものばかりで目新しい情報はなかったはずだ。
もっとも、あの狂人にそんな理屈が通用するかは分からないが。
「後はルーサー・キングとディビット・マルティニ。
流石にこんな上役と直接はやり取りしたことはないけど、彼らの下部組織とは取引したことはある。
ここに関してはヤバい取引内容についても包み隠さずベラベラ喋ったから、それがバレてりゃ恨まれてるかもねぇ」
もし認識されていたなら間違いなく消されるだろう。
とは言え、大組織の幹部が、こんな木っ端の雇われを認識しているとは思えないが。
「なるほど。つまり、お前を直接狙ってきそうな輩はほぼいない。と?」
「いや……まあ、そうだけど。ちょ、ちょっと待ってよ!」
待ったをかけるように両手を広げ、沙姫は慌ててとりなす。
このままでは、役立たずとして斬り捨てられる流れだ。
「慌てずとも、元よりお前自身にはそう期待しておらん」
「……あれ?」
だが、拍子抜けするほどあっさりとそう言った。
征十郎は怒るでもなく冷静な様子だ。
「最初お前を見とき私はお前を別人であると誤認した。あれがお前の超力だな?」
「あ、うん。そうだよ。俺を見た相手は、俺を自分の知り合いだと誤認するって超力」
自分の超力を他人に明かすのはリスクが高いが、既に超力の効果が解けている征十郎相手には今更だ。
再度、超力の幻影を見せるには一度認識外まで別れる必要があるが、そんな機会もないだろう。
「お前が意図的に見せているのではなく、相手が自分の認識している相手を見る、と言うことだな」
「そう。基本はその相手が見たいと思う相手だね。一番逢いたいと思ってるようなそんな相手」
大抵の人は沙姫を通して自分の見たいものを見る。
征十郎が宿命の好敵手を見たように。
あるいは、子供を亡くした富豪夫妻がその子供を求めたように。
「ならば、お前を恨んでいる輩がいたとして、初見ではお前と分らぬのでは囮にならないのではないか?」
「…………あ、そっか」
言われて気付く。
仮に本気で沙姫を恨む人間がいたとしても、初見では沙姫と気付かないのだから囮としての意味がない。
自分の超力の事なのに見落としていた。囮作戦の根本的な穴だ。
その事に征十郎は気付いていたようだ。
だったら何故こんな穴だらけの提案を受けたのか。
ますます疑問が広がるばかりである。
その答えを示すように征十郎は一つの問いを投げた。
「その超力、コントロールはできんのか?」
「コントロール? あんまり考えたことはなかったなぁ……」
常時発動型であったため意識したことはなかった。
だが、不可能ではないだろう。
超力とは認識の力だ。意識したことがないだけで、方向性を意識すれば何らか違いが現れる可能性はある。
「例えば、見せる相手を殺したいほど憎んでいる相手にする、と言うのはどうだ?」
誰にとっても殺したいほど憎い相手に見えるのであれば囮役としては最高だ。
そうなれば誰もが食いつく最高の餌になる。
征十郎は最初からそのつもりだったようだ。
「けど、それって俺がメチャクチャ狙われるって事じゃ……?」
「囮役を買って出たのはそちらだろう?」
「……そーでした」
最初から(沙姫が)命がけの作戦である。
別に自分の命にこだわる訳ではないが、あんまり安売りされるものどうかと思う。
「セイジューローさんの方はどうなの? 知り合いとかいた?」
「生憎と、私はただの辻斬りでな、裏社会には縁はない。
アビスの中で顔見知った輩はいれど、元の知り合いだのそういう類の輩はおらんな」
「そっか」
征十郎は殺し屋と言う訳でもなく、ただ己が腕を磨くためだけに人を斬ってきた辻斬りだ。
このアビスに堕ちるような裏社会の人間とつながりはなかった。
知り合いがいないと言うのが幸運なのか不幸なのかわからない所だ。
「知り合いがいようといまいが、私の行動原理は変わらん。全員斬る、それだけだ」
人斬りは言う。
まるで、ただそれだけの機能しかない刃のように迷いなどない。
「俺も大概だと思うけど、セイジューローさんも壊れてんねー」
沙姫の倫理観は壊れている。
彼女が人を殺せないのは産みの親と育ての親、2組の両親の死に様が脳裏刻まれた心的外傷によるものだ。
基本的に人を殺すこと自体は何とも思っていない。
あの人に出会ってからは分からないなりにまともに生きてみようなんて思ったりもしたが。
アビスでの獄中生活では、なかなかそんな機会も訪れない。
「一緒にするな。私はお前らと違ってそれなりの常識や倫理観はあるつもりだ。
ただそれ以上にこの剣を極める。その至上命令が私の中にはあるだけの話だ」
征十郎は人であることを辞めたわけではない。
人としての常識や理念の上に、至上命令として剣を極めるべく人を斬るという事がある。
生まれの悪さにより倫理観の壊れてしまった沙姫と倫理観を持ったままそれ以上の至上命令を優先する征十郎は違う。
倫理に反する行為を行うにしても、その原動力が異なる。
「えぇ……ホントかなぁ?」
だが、これまでの言動からして常識があると言われても全く信じられない。
沙姫は訝しんだ。
「基本的には同意のない相手は斬らん。こちらを襲ってきた相手と、どうしようもない悪鬼はその限りではないがな」
その為の囮作戦だ。
沙姫を襲ってきた相手と征十郎が立ち会うという戦う理由を無理やり作るマッチポンプな作戦である。
その為に彼らは手を組んだのだから。
「俺はいきなり斬りかかられた気がすんだけど?」
「我が好敵手の姿をしていたお前が悪い。そうだな、いい機会だ、我が宿敵の話を聞かせてやろう」
「えぇ~。あんま興味が…………」
そんな風に話をしながら、2人は森の中を歩き始めた。
■
「そう言えば」
森を歩く道すがら、思い出したように征十郎は切り出した。
「先刻の手合わせの際、私の技量を自分の知る中で1、2を争うと言っていたな?」
「あぁ…………そだっけ?」
「して、そのもう一人とは誰だ?」
はぐらかそうとするが、逃さんとばかりに征十郎は話題に喰いつく。
失言だったか、と沙姫は僅かにため息を零した。
だがまあ若干の照れはあるが、別に隠すような話題でもない。
何より、征十郎が興味があるのは色恋沙汰ではなく殺傷沙汰の話である、色気のある会話にはならないだろう。
「俺を捕まえた警察官だよ。ロングソードの使い手でね、俺は手も足も出なかった」
「ほぅ。長剣使いの警察官か。興味深いな」
今の時代、誰もが一定の力を置てる銃よりも、個人の超力にあった武器を携帯した方が犯罪者の制圧に役立つ。
それにしたってロングソードを装備した警察官なんてのは相当珍しいだろうけど。
「2度手合わせする機会があってさ。姿は違ってるはずなのにちゃんと俺を見つけてくれた」
あの奇跡の様な出会いに想いを馳せる。
1度目は裏路地での小さな小競り合い。2度目は隠れ家に突入された大ピンチ。
そこで偽装された見た目ではなく、積み重ねて来た剣の腕で自分を見つけてくれた。
そうして、正々堂々の勝負を挑んで見事に負けた。
「そこまでの使い手とあらば、是非とも手合わせしてみたいものだな」
「言うと思った」
だが、そんな乙女心を察するでもなく勝負を妄想するようににやりと笑いながら征十郎は言う。
やはりこいつは、相当な剣術狂いだ。
「どのような使い手だ? 詳しく聞かせろ」
興味津々と言った様子で尋ねる。
沙姫としても剣術(しゅみ)の話が出来るのは吝かではない。
何より、面映い気持ちもあるがあの人の話が出来るというのは正直うれしい気持ちもある。
「リヒテナウアーに連なるドイツ流剣術の使い手でね、さっき言った通り両手剣の使い手だよ」
「海外剣術には明るくないが、両手剣、と言うことは示現のようなものか?」
「守りを捨てて一撃必殺を狙う示現流とはちょっと違うかなぁ。
攻防一体とするのがドイツ流の戦闘哲学だから、基本は守り。あの人も守り上手でね、俺は一発もあの守りを抜けなかったなぁ」
「なるほど、興味深い。俺の攻めがどこまで通じるか、試してみたいものだな」
森を歩きながら、剣術談議に花を咲かす。
剣の事しか考えていない征十郎に呆れつつも、なんだかんだ沙姫も剣術バカの一人だ。
ニート生活をしながら剣術(これ)だけはずっと続けてきた。
こうしてリアルで趣味の話をすると言うのも初めての経験である。
「して、その想い人とやらとはどうなったんだ?」
「いやぁ、アビスに堕ちちゃったからなぁ。会う機会もないよ」
彼は刑務官ではなく警察官である。
取り調べ室が主な逢瀬の場で、あとはアビスに収監される前に一度面会に来てくれたくらいだ。
それ以来会えていないが、彼の事だ、今でも正義をどこかで果たしているのだろう。
「って!? 想い人って何でぇ!?」
「それくらい語り口で分かる」
ぐぬぬと唸る。
剣術バカの唐変木だと思ったのに。
常識人だというのも意外と本当かもしれない。
■
そうこうしている内に、森を抜ける。
森を抜けた先あったのは、浜辺に近い草原だった。
海岸が近いためか、潮を含んだ強い風が征十郎たちを出迎える。
薄暗い森を抜けたからだろう、瞳孔の開いた眼には月光は強く映り僅かに目をくらませた。
そんな潮風に吹かれる月下の元、先頭を行っていた征十郎が立ち止まる。
何事かと、沙姫がその視線の先を見つめた。
「はろはろ~♡」
そこには待っていたように一人の女が、目元にピースを決めて立っていた。
健康的な小麦色の肌に囚人服ではないタイトなセーラー服がピッタリと張り付いていた。
太ももまでスリットの入った短めのスカートからは長くスラリとした脚が伸び、ストリート系のスニーカーと絶妙にマッチしている。
ポニーテールにまとめた髪の根元には派手なシュシュが巻かれ、流行に敏感なギャルの雰囲気を漂わせる。
それは時代錯誤なJKギャルだった。
だが、セーラー服に身を包んでいるその事実だけで、目の前の相手が既にポイントを得ている危険人物であると分かった。
(ギャルだ。さっき伝えたヤバい奴)
前を向いたまま征十郎に小声で伝える。
先ほど挙げられた取引相手の一人。
険悪な関係ではなかったが、そもそもがド級の危険人物である。
「あーし。ギャル・ギュネス・ギョローレンね、よろ~」
ギャルは隠すでもなくダブルピースを突きつけながら自ら名乗りを上げる。
征十郎は相手がその気なら即座に対応できるよう身構えているが、余りにも堂々とした態度に意図が読めない。
沙姫からすれば面倒この上ない相手だ、征十郎に任せるつもりで僅かに身を引き、後ろにこっそりと隠れた。
「でさぁ~」
ギャルは気だるげに沙姫たちを見つめ僅かに目を細める。
その視線は征十郎の背後に身を隠すように立っている沙姫に向けられていた。
「――――何で生きてんのアンタ?」
明らかに知り合い掛ける口調、沙姫を通して誰かを見ている。
その不愉快そうな顔つきから、相手の逢いたいような相手ではないようだ。
いきなり成功するかは心配だったが、沙姫たちの目論見はある程度は成功しているようだ。
「なに黙ってんの~? ねぇ答えなよ」
返答のないことに若干不機嫌になりながら詰問を続ける。
だが、彼女が誰を見ているのかわからない以上、下手な返答はできない。
「失礼。この御仁とどういった関係で?」
征十郎が割り込み、第三者の立ち位置を上手く利用して情報を引き出す。
古めかしい言い回しなのは、男とも女とも付かない言い回しにするためだろう。
野武士めいた外見と相まって違和感は少ない。
「何? アンタ」
「征十郎と申す。訳あってこちらの御仁と同行している者だ」
「あっそ、征タンね。よろピコ~」
軽い調子でひらひらと手を振る。
応答の余地ありと判断した征十郎が、改めて探りを入れる。
「それで、こちらの御仁とは?」
「あぁ、そいつはね、あーしが娑婆で最後に殺した相手、だったんだけど、それが何で生きてんの? ミステリじゃね?」
そう言って首をかしげる。
どうやら、見えているのは最高に殺したい相手ではなく、最後に殺した相手のようだ。
(殺意と言うより疑問が勝っているようだな)
(ぶっつけ本場だったんだから多少のズレは許してよ)
視線で言葉を交わしあう。
向かってくるのなら問答無用で斬り合えたというのに、何とも煮え切らない結果だ。
「どしたん?」
「いや、どういった因縁があったのか、と思ってな」
アイコンタクトに下手な勘繰りをされぬよう適当に誤魔化す。
その適当な疑問に律儀にもギャルは答える。
「別に、因縁つーか。おトモダチがそいつにパクられたって聞いてお礼回りに行ってあげた、みたいな?
一度でも協力したらダチだから。あーしそういうとこちゃんとしてっんだよね。ずっ友の絆は永久不滅だかんね」
仲間の復讐。という事らしい。
復讐と言ってもまっとうとは言い難い動機だが。
この返答だけで、目の前の相手がまともではない事だけはよくわかった。
「つーか。マジ生きてたとして、何でアンタがここにいんの? ポリだったのにアビスに堕ちちゃった系?」
言って、目の前の誰かを再殺すべくギャルは僅かに殺意を露にする。
相手への恨みと言うより、娑婆の殺し残しがあった事が気に喰わなかったのだろう。
その殺意を叩きつけられ、沙姫は自衛のため木の枝を構えた。
だが、この展開は征十郎の望むところである。
「この御仁を殺すつもりなら、まずは自分が相手になる」
前に踏み出し、そう高らかに宣言しようとした所で、唐突にギャルが、プッと噴出した。
「何それ、木の枝ってウケるww」
2人そろって剣の代わりに木の枝を構える様子があまりにも滑稽だったのだろう。
ギャルは嘲笑うように笑い続けた。
「あの時のブッとくて長い剣とは似ても似つかん短小でウケるんですけどww。構えも全然違くない?」
ギャルの目に映る誰か姿があまりにも違って、それの違いが面白かったようだ。
愉快に笑うギャル、だがそれとは対照的に沙姫の温度は下がっていた。
「―――――おい、お前」
正体がバレぬよう押し黙っていた沙姫が、感情押し殺したような低い声で口を開いた。
知り合いを逮捕した警察官。長くて太い剣。
これまでの情報を統合して沙姫の中で一つの最悪が導き出された。
「両手剣使いの警察官を殺したって言ったのか―――――?」
俯いたまま後ろに身を隠していた沙姫が幽鬼のようにゆらりと前に出た。
その足取りは、ふらついていると言うよりどうしようもない感情を押し殺しているように見える。
「おい、待て」
咄嗟に征十郎が静止するも、止める間もなく固い木の枝をを片手に沙姫が動く。
「は? 同じこと聞くのマジだるいんだけど。つーかお前の事っしょ? 沙姫っちをパクった警察官さん」
「ッ…………テメェ――――――ッ!!」
その言葉に、沙姫が弾かれるようにギャルに向かって飛びかかった。
目の前で両親を2度殺された恐怖(ストレス)を目の前の相手に対する怒り(さつい)が上回った。
喉奥に迫る吐き気と嫌悪感を飲み込んで、沙姫は目の前の相手を殺害すべく、枝刀を振るう。
(…………あれ?)
攻撃に移った事により、認識阻害が解かれ沙姫の姿が露になる。
その姿の変化に、ギャルは一瞬戸惑いこそしたものの。
(ま、いっか☆)
必見必殺。誰であろうと向かってくるなら殺すだけだ。
すぐに気を取り直し、セーラー服のポケットに手を伸ばす。
彼女がポケットから取り出したのは、赤い液体の揺れる小さな小瓶だった。
「殺す…………ッ! 殺してやるッ!」
そんな相手の様子など目に映らぬとばかりに、赤い瞳が漆黒に燃える。
現代人をして上位に入る身体能力による疾走はあっという間に距離を詰め、一瞬で短い枝木でも届く間合いに達しようとしていた。
だが、それよりも一瞬早く、赤が夜に振り撒かれた。
それがなんであるかを理解して、しまった、と思った時にはもう遅い。
沙姫は爆弾魔の悪名を、ギャルの超力を識っている。
殺意に駆られ前がかりとなっていた沙姫では、自らに向けてぶちまけられた液体を避けようもない。
顔面を庇うように咄嗟に盾にした腕に、赤い血糊が付着する。
瞬間、爆発。
血液が爆弾となり、爆炎が上がる。
沙姫の小さな体が大きく吹き飛んで、草原にゴミのように転がった。
「…………ぅ……ぁ」
喘ぎの様な声が漏れる。
炭化した沙姫の腕から、彼女の血が赤い蒸気となって立ち上る。
炎症は腕のみならず全身に細かな火傷として刻まれていた。
アンナより得た恩赦Pでこのセーラー服の他に購入したのは注射器と小瓶のセットだった。
爆弾魔、ギャル・ギュネス・ギョローレンの戦時における基本装備。
自身の体液を武器とする彼女にとって血液を保持するアイテムこそが最高の武器である。
とどめを刺すつもりなのか、ギャルは新たな小瓶を取り出して歩き始めた。
だが、そこに割って入るように征十郎がギャルの前に立ちふさがった。
「待て。先にこちらの相手をしてもらう」
「なんで? つーか、先も何もないっしょ。もう終わってる」
言葉の通り、既に決着はついた。
どう見ても致命傷。沙姫はもう再起不能だ。
「そのままほっといても死ぬんなら、トドメ刺したげた方が優しさじゃね?」
「優しさと言う面か。お前の顔には被虐を楽しむ悪鬼羅刹の相しか見えん」
ギャルの浮かべる享楽的な笑みからは、相手への慈悲など微塵も感じられない。
ただ、目の前の相手を爆殺したい。
この悪鬼にあるのはそれだけだろう。
「女。悪臭がするな。見た目通りの小娘でもあるまい、化生の類か」
「こらこら、女の子に年齢なんて聞くもんじゃないゾ☆」
小悪魔系の仕草で軽く受け流すように言いながら、爆弾魔は冷ややかに微笑み指先で弄ぶように蓋の外れた小瓶を揺らす。
夜の静寂が包む中、剣客と爆弾魔の視線が交錯する。
「デリカシーない男は、ばっはは~い♡」
ギャルが征十郎に向かって腕を振り上げると、赤い絵具をぶちまけるように中の血液が弧を描くように振りまかれた。
静けさが張り詰める時の止まったような一瞬。
夜風がそよぎ、月光の下で鮮血が夜に花弁のように舞い散った。
血の華は宙で膨張し、紅蓮の輝きを放ちながら爆発の予兆を孕む臨界点へ。
その刹那。
――――――――――――――――――――――――――――斬。
空に線が奔った。
「は……………?」
数秒遅れて爆発が炸裂し、熱風と破壊が征十郎と沙姫を裂けるように吹き荒れた。
ギャルの目の前で起きた現象は言葉にすれば何のことはない。
征十郎が”爆発を斬った”のだ。
正しく一刀両断。
枝先が血の奔流を捉え、爆発が開花する刹那の瞬間を切り裂いた。
これぞ、ただ斬る事だけを突き詰めた征十郎の超力。
万物、万象、斬れぬものなし。
どれだけ爆血をまき散らそうとも、全て斬り落とすまで。
「なにそれ…………おもしろっ!!」
爆弾魔が破顔する。
ギャルと言う皮が僅かに剥がれた口端を歪めた笑み。
勢いよく両手をポケットに突っ込むと、今度は両手に小瓶を抱え親指で蓋を弾く。
「あははっ! これならどーよッ!」
哄笑を上げ、腕をクロスさせながら2つの小瓶から血液をぶちまける。
赤い飛沫が空を覆い、瞬時に膨張を始める。
夜の空に今にも爆発の連鎖が始まろうとしていた。
「すぅ――――――」
それを見据える侍は、精神を集中するように侍は片目を閉じ、深く息を吸う。
そして、爆発の刹那を見極めるようにカッと目を見開いた。
「――――――――――シッ!」
鋭い息吹。
網目のような斬撃が一息の下に放たれた。
八柳流、乱切り技『乱れ猩々』。
振るわれた斬撃が全てを切り裂く。
炸裂音が夜を震わせるも、爆発の轟音が響き終わる前に全てが終わっていた。
血も炎も、衝撃さえも、剣の軌跡に呑まれ征十郎を傷つけることは叶わない。
征十郎の超力は斬る対象の硬度によっては武器が破損するリスクがある。
だが、硬度のない『現象』であれば、例え獲物が木の枝であろうとも斬るのに何の支障もない。
だから今、彼が手にしている木の枝が悲鳴を上げているのは、単純に木の枝では征十郎の神速の振りに耐え切れなかっただけの話。
先の沙姫との手合わせで実力を出し切れなかったのはその為だ。
後一度振れば確実に折れる。
その唯一の武器である木の枝を、征十郎はあっさりと投げ捨てた。
ギャルの目の前に、爆炎の目を縫って投擲された木の枝が迫る。
「ッ!?」
ギャルは慌てたように全力でその場を飛び退いた。
投擲されたのは、何の変哲もない単なる木の枝である。
だが、万物を切り裂く征十郎の超力が、直接振るったときにのみ発生するのか、それとも獲物に対して付与する超力なのか、現時点でギャルにそれを判断する材料はなかった。
実戦経験が豊富なギャルだからこそ、その詳細が分らない以上この枝は受けられない。
安易な決めつけで判断は出来ず、投げられたただの枝を全力で避けざるを得なかった。
無理に躱して崩れた体勢を、バク転の要用で立て直す。
ギャルが体勢を立て直し、爆煙が完全に晴れた頃には、既に沙姫を引き連れ征十郎はその場を離脱していた。
残ったのは何の変哲もない、地面に転がる枝木が一つ。
「へぇ、思ったより経験豊富じゃん、征タン」
パキ、と自分に一杯食わせた枝を踏み折りながら、ギャルらしからぬ色のない声で呟く。
地面に転がり何の効果も持たない小枝から、征十郎の超力は自身が振り抜いたときのみに発揮されるものであるとこれで確定した。
己が超力の詳細を明かす事を代償とした一発限りのペテン。それにしてやられた。
面倒なのは搦め手タイプではなく、己が実力を強化するタイプの超力はバレたところで厄介さが変わらないという点だ。
これら全てを計算してやったと言うのなら、中々の戦闘巧者だ。
「そーいや」
ふと、どうでもいい事を思い出したように。
「誰だったんだろ、アレ」
警察官の幻影から現れた少女が誰だったのか。
ネット上でのやり取りしかしていなかった彼女には知る由もなかった。
もっとも、知ったところで何を感じるでもないだろうが。
【B-3/浜辺近くの草原/1日目・黎明】
【ギャル・ギュネス・ギョローレン】
[状態]:疲労(小)
[道具]:セーラー服。注射器、血液入りの小瓶×2、空の小瓶×4
[恩赦P]:69pt
[方針]
基本.どかーんと、やっちゃおっ☆
1.悔いなく死ねるくらいに、思いっきり暴れる。
2.もうちょい小瓶足しといたほうがいいかもねー。
※刑務開始前にジョーカーになることを打診されましたが、蹴っています。
※ジョーカー打診の際にこの刑務の目的を聞いていますが、それを他の受刑者に話した際には相応のペナルティを被るようです。
※好きな衣服(10pt)、注射器(10pt)、小瓶セット(3ヶ)×2(5pt×2)を購入しました
■
沙姫を抱えた征十郎は引き返すように森に逃げ込んでいだ。
遮蔽物の多いここであれば追手があっても十分に撒けるだろう。
「俺、は…………結きょ……く……ごめ……ん…………フラ…………」
征十郎の肩に担がれる沙姫がうわ言のように言葉を零す。
頭に血を昇らせて両親の死を蔑ろにして、あの人との誓いを破ろうとした。
敵討ちなど、あの人が誰よりも望まない事はわかっていたのに。
感情のままあの人との出会いで変わった自分を否定した。
それが間違いだった。
「…………セイ、ジューローさ、ん」
「喋るな」
沙姫を抱えたまま征十郎は走る。
聞く耳持たないという様子だが、こちらも時間がないのでそのまま言葉を続けた。
「ジョニー……の方は分かんないけど……メリリンは多分…………俺の、名前を出せば……悪いようにはしないと思う。首輪、は……多分あの子なら……だから……なるべく斬らないであげてよ」
遺言の様な言葉を残し始めた女に征十郎が足を止める。
抱えていた女の体をゆっくりと下すと、大きな木の幹に体を預けるように寝かせて、征十郎は居を正した。
「…………ちゃんとした刀で決着をつけるって約束……果たせなくて、ごめん…………。
けど………………もう一つの約束は果たすから…………」
役に立たなくなったら自分のポイントを渡す。
恩赦Pの獲得は首輪の接触によって行われる。
つまり殺したのがギャルでも、ポイントを得られるのは征十郎だ。
沙姫が死んでも、その約束は果たされる。
征十郎は敬意を示すようにその場に跪いた。
そして、閉じられ始めた沙姫に正面から視線を合わせる。
「――――――誓おう。お前とお前の想い人の仇はこの征十郎・ハチヤナギ・クラークが討つと」
その言葉がどこまで聞こえていたのか、女が目を閉じる。
八柳新陰流、開祖の血を引く青い目の侍が死にゆく女に誓いを立てた。
あの悪鬼羅刹、ギャル・ギュネス・ギョローレンを討つ、と。
【舞古 沙姫 死亡】
【C-3/森林地帯/一日目・黎明】
【征十郎・H・クラーク】
[状態]:疲労(小)
[道具]:日本刀
[恩赦P]:90pt
[方針]
基本.強者との戦いの為この剣を振るう。
0.今は沙姫を弔う
1.ギャルを討つ
※舞古沙姫の100ptを獲得、日本刀の購入で10ptを消費しました
最終更新:2025年03月22日 09:42