──自由とは、誰にでも与えられるべき神からの祝福だ。

 昔一度だけ拾って読んだ雑誌。その端に書いてあった文字列を今でもよく覚えている。

 感銘を受けたわけではない。
 ましてや覚えておこうと意識したわけでもない。
 ただ、強く心が打ち震えた。

 幼き頃の自分──ネイ・ローマンが知る由もなかったが、その時抱いた感情はどうやら人様においそれとひけらかせるものではなかったらしい。

 殺意や破壊衝動が〝わるいもの〟だと知ったのはつい最近のことだ。
 だってそうだろう、生まれてからずっと世界中に対してそれを抱いていたのだから。
 生まれてこの方手放したことのないそれが世間一般様から見れば〝異常〟なのだと、そう突きつけられた時の衝撃は忘れられなかった。


 言うまでもなく、あの文字列に抱いた感情も〝それ〟だ。


 自由とは神の祝福。
 ならばそれを与えられなかった自分は、神に見離されたというのか。
 いや、そもそも見つけてすら貰えなかったのかもしれない。なんせこの世には人間など掃いて捨てるほどにいるのだから。
 それなら見落とすのもしかたがないか──なんて思えるような大人な感性はあいにく持ち合わせていない。

 荒んだ環境に数え切れないほどの悪態をつき、数え切れないほどの悪意を抱いた。
 けれどひとつ、ストリートチルドレンの生活の中で気づいたことがある。

 自由とは与えられるものじゃない。
 与えられた時点でそれは自由ではない。

 己の手で掴み取ってこその〝自由〟だ。


 その日からだ。
 神を信じなくなったのは。


◾︎



 不快な鉄と油の匂いが鼻につく旧工業地帯。
 倒れた機材の埃を払い、それを椅子がわりに腰掛ける男────ネイ・ローマンはその特徴的な白髪を弄りながら空を見上げる。
 己の心境と対照的なまでに澄み切った星空だ。
 ふつふつと湧き上がる激情はしかし、普段のそれと比べるとあまりにも大人しい。
 その理由は皮肉にも、このクソッタレな状況にあった。


 デジタルウォッチを起動。
 空中に投影された画面を指でなぞり、『名簿』の欄を開いて二度指を滑らせる。
 ここに来てから幾度となく繰り返した動作だ。手慣れた指遣いが目的の名前へと最短で導く。


 ────ルーサー・キング。



 忘れるはずもない名前。
 この殺し合いが開かれる以前より知っている名だ。
 それもそのはず、ネイはこの男の首を狙っているのだから。

 投獄された時点で二度とは叶わぬ夢だと思っていた。しかしよもやこんなにも早くチャンスが訪れるとは。
 殺し合えと言われた人間が抱く感想ではないが、己にとって都合が良すぎて出来すぎているとすら思う。
 『アイアン』の規律と相反するマフィア、その元締めであるルーサーを合法的に殺害できる。

 そんな願ってもない状況だからこそ、世への〝理不尽〟を糧に憤るネイの心はやけに落ち着いていた。

「断頭台に立つ気分はどうだよ、キング」

 誰に向けてでもなく。
 強いて言うならば己の方針を定めるための独り言。

 奴に恨みを持つものは自分だけではないはずだ。いかに強大な権力もこの場では一セントの価値もない。
 きっと大勢の者があの老人の首を欲しがるだろう。
 だからこそ他の者に先を越されてはならないのに、どうにも普段通りの感情を抱けない。
 原因を解明するよりも早く、異変が訪れた。




 雰囲気が一変する。



 身に浴びる威圧感は、もはや質量を伴っているようにも思える。
 視線を投げた先にはなるほど、と。納得が先に出るような出で立ちの巨漢がいた。
 並の受刑者であれば彼女と出会った時点で間違いなくこう思うだろう。こいつは〝ハズレ〟だ、と。
 殺し合いにおいての〝アタリ〟とはすなわち容易に殺せる者。ならばその逆は──言うまでもない。


「よォ、アンタ。神っつーのは居ると思うかい?」


 けれど、例外はいる。

 生命を萎縮させる闘気をまるで微風のように受け流し、問いかけるネイがまさにそれだ。
 問いを受けた三つ編みの巨漢、いや漢女──大金卸樹魂は数秒重い沈黙を。
 しかしネイが問いを取り消すよりも先に分厚い唇が開かれた。

「我が拳は祈るために非ず。強者(つわもの)との闘いのために」

 口角を釣り上げる。
 確信した。こいつは自分と同類だ。
 この不愉快な気分を晴らすには丁度いい。最初に出逢えたのがこいつでよかった。

「嫌いじゃねぇぜ、そういうの」

 重い腰を上げ、目の前の漢女と見合う。
 殺人的なまでの闘気と破壊欲が衝突し、ビリビリと空気を震わせた。


◾︎



 先に仕掛けたのは言わずもがな大金卸。
 図体からは想像もつかない速度でネイの元へ肉薄。
 加速を乗せた左のボディブローがあばら骨をへし折らんと迫る。
 が、それはネイが後方へ飛び退いたことで鋭い風切り音を響かせるだけに終わった。

(…………あ?)

 疑問を抱いたのは今しがた空振りに終わった大金卸ではない、ネイの方だ。

 ネイはあのままカウンターの超力を浴びせるつもりで算段を整えていた。なのに、けたたましく警鐘を鳴らす細胞がそれを許さなかった。
 避けたつもりなどない、気が付けば足が動いていた。
 いつ命を失ってもおかしくないストリートファイトで培った経験が、今この瞬間〝避けろ〟と叫んだのだ。

 激情のままの戦いが通用するような相手ではない。
 それすなわち、ネイが得意とする喧嘩殺法への全否定。
 次の瞬間、疑念が確信へと昇華した。

「せぇ──りゃッ!」
「っ、」

 華麗なまでの踵落とし。
 見てからでは間に合わない。これもまた本能による跳躍でやり過ごすが、炸裂する破壊音がネイの耳をつんざく。
 避けたはずなのに届く余波に、浮遊時間がコンマ数秒延びたような感覚さえ抱いた。
 視線を少し下げれば突き破られた塩化ビニールと、剥き出しになったコンクリートの破片が目に映る。
 ほんの一瞬でも判断が遅れていたら頭蓋がああなっていた。柄にもなくネイは戦慄を抱く。


 ────まるで〝重機〟だな。


 腕三本分ほどの距離を取る。
 これは決して大袈裟ではない。繰り出される拳打は一撃すら貰えないのだから。


(身体強化系の超力か? ……〝今の〟オレじゃ相性が悪ィな)

 今の敵意、殺意を鑑みれば超力の射程距離は拳に毛が生えた程度だ。
 無鉄砲という言葉がよく似合うネイとて、こんな怪物相手に肉弾戦を挑むような無謀さは持ち合わせていない。
 一足跳びで詰められる距離に伴い、またも振るわれる拳を後退で避ける。先程からこれの繰り返し。

(くそ、うざってェ……! なんとか隙見て反撃できりゃ…………)

 と、己の思考に思わず噴き出す。
 この漢女相手に隙をつく、か。我ながら無理を言う。
 例えるならば砂漠の中で一本の針を探し出すような。薄く儚い勝機に気が遠くなるような感覚さえ抱く。

「ち、っ……」

 四度ほど後退を繰り返した頃だろうか。
 とん、とネイの背中に固い感触が返る。無機質で無慈悲な廃工場の壁に汗が滲んだ。
 無論大金卸はその機を逃さない。鉄槌を思わせる拳が飛ぶと同時、ネイは口角を釣り上げた。

(────ここだッ!)

 ネイは賭けに勝った。
 壁際に追い詰められた相手に仕掛けるとなれば狙うは急所。この漢女の傾向を見るに鼻柱への正拳だろうと踏んだ。

 読みは的中。
 ギリギリで身を捻り回避。
 がら空きな右の脇腹へ反撃を──と、ネイの目論見は音を立てて崩壊した。

「っ、あ゛…………!?」

 突如、吹き荒れる熱風が網膜を刺激する。
 失明するほどのものではない。が、生じた痛みと動揺はネイから反撃の一手を奪い去った。
 反射的に瞼を閉じ、刹那の時間ネイの視界には暗闇だけが描写される。

 まずい、という思考すら置き去りに身体が動く。
 来たるべき衝撃に備えるため両腕を交差させ防御体勢に。
 直後、その行動が決して間違いではなかったと文字通り痛感することとなった。




「────は、」



 昔、一度だけ大型トラックに撥ねられた事がある。
 マフィアとの抗争中、人間の手では持て余すと駆り出されたそれは当時齢十六であったネイの記憶に根深く残るほどの衝撃を与えた。


 今、思い出したのがそれだ。


 呼吸の仕方を忘れる。
 防御に使った両腕の感覚がない。自分がうつ伏せなのか仰向けなのかもわからない。
 手離したくなる意識を歯を食いしばり懸命に繋ぎ止めて、跳ね起きの要領で体勢を立て直す。──どうやら自分は仰向けだったらしい。

 平衡感覚の定まらない眼球が捉えたのは、信じ難い──否、信じたくない光景だった。

「…………マジかよ」

 ついさっき大金卸の正拳によって半円状に凹んだチタンメタリックの壁。
 その中心にて、深く刻まれた拳型の赤熱痕から煙が立ちのぼる。
 なぜあの時〝熱風〟が吹いたのか合点がいった。

 つまり、彼女の身体能力は超力ではない。
 およそ人に向けるには不必要なほどに磨き上げられた肉体は、超人跋扈する現代社会においても異端の極地といえる。
 旧人類が喉から手が出るほど欲した超力(ネオス)を、あくまで〝おまけ〟として戦う酔狂な者などネイの記憶の中には一人もいなかった。
 笑いすら込み上がるネイはそれを隠そうともせず、思い出したように服の汚れを払う。

「動物園から抜け出して来たのか? ゴリラ野郎」
「生憎、よく言われるので慣れた」
「そうかい。ひでェやつらだな」
「そして、そう言った者たちは全て捩じ伏せてきた」

 どうやら見た目以上に傷つきやすいらしい。
 会話に応じているあたり薬物に染まっているわけでも、快楽殺人者というわけでもないようだ。
 だからこそ、ネイは浮かび上がる疑問を口にせずにはいられなかった。

「おいアンタ、なんでオレに目ェつけた? 恩赦Pが目当てなら見合わねェだろ」

 と、自身の首輪を指差す。
 ネイの刑期は15年。大金卸の首輪に刻まれた『無』の字を消し去るには遠く及ばない数字だ。
 一気に100のポイントを得られる無期懲役や死刑囚が数多に居る状況。15などというはした数字はリスクや労力を鑑みても無視していいはずだ。
 それこそルーサーのように恨みを持たれているわけでもないのだから尚更。

 しかし当の大金卸樹魂は、なぜ今更にそのような事を聞くのかが理解できないといった顔だった。

「〝そんなもの〟に興味はない。我の欲望は一つ、強き者との血湧き肉躍る決闘のみ」

 一拍の間を置き、彼女が答える。
 ネイの瞳孔が大きく開いた。と、次は猛禽類の如く絞られる。


「…………イカれてるぜ」
「それも、よく言われる」

 同時に、直感する。
 この漢女には勝てない。
 戦闘面ではなく、掲げられた〝自由〟のスケールで。

 殺したら褒美をやる。
 どんな犯罪も合法化してやる。

 そんな甘言に乗せられてまんまと殺し合いに乗るような受刑者は大半を占めるだろう。
 自分もそうだ。ルーサーを殺したいという欲求は自分がそうしたいからではなく、オリガ・ヴァイスマンの語った〝ルール〟に反していないからに過ぎない。

 この漢女は、違う。
 ここが殺し合いの認められた場でなくても、表向きは平穏を当然としている娑婆であっても、彼女の意思は変わらないだろう。

 これ以上の自由があるか?

 己の手で掴み取る〝自由〟をなによりの信条としているのに、誰かに縛られて行動するなど根本から違う。
 それが例えこのアビスを支配する神(オリガ)であっても、だ。


(────ンだよ、ハナっから負けてんじゃねェか)


 途端に両足から力が失われる。
 支えを失った身体は膝から崩れ落ちようとして、



「……………………あ゛?」




 踏みとどまる。
 殺意すら滲む威圧の声は、他ならぬ自分へ向けて。

 ────オレは今、何考えてた?

 ネイの奥底からヘドロじみたどす黒い感情がふつふつと湧き上がる。
 敵意、殺意、害意、戦意、ストレス、憎悪、不満、悔恨、破壊衝動。
 今まで幾度となく抱いてきたそれらが、狂瀾の如く襲いかかってきた。

 このネイ・ローマンが敗北を認める。
 十九年の時を生きてきた中でそれがいかなる異常事態なのか、それは彼自身が一番理解している。
 銃口を突きつけられようと、四肢をもがれようと、目を抉られようと、負けを認めない限り〝負け〟ではない。
 ネイ・ローマンという男はそのつもりで生きてきた。

 それが今、認めた?
 どんな拷問も屁でもないと息巻いていた自分が、死んでもいないのに負けた?

 そのどうしようもない事実が。
 撤回しようにもできない確実な過去が。


 ネイの『破壊の衝動(Sons of Liberty)』に火を付けた。




「…………クソが、舐めんじゃねェよ」



 路地裏に行けば幾らでも飛び交うような陳腐な放言。
 しかし、それに込められた黒い感情は大金卸をもってして警戒の二文字を過ぎらせた。
 ゆらりと揺れ動くネイの肉体はまるで無防備。路上喧嘩だけの世界しか知らない井の中の蛙は、大海を億さず突き進む。

「泥に塗れたパンを食ったこともねェ。雨水一粒殺し合って奪ったこともねェようなやつが、でけェツラしてんじゃねェぞ」

 宵闇の帳が、星々の煌めきがネイを主役に駆り立てる。
 天然のスポットライトを浴びた役者はひどく緩慢に、ひどく無謀に素人丸出しの突進を繰り出す。
 極限まで身体を鍛え上げた大金卸から見れば当たる方が難しい。どころか、反撃によりその胸骨をぶち折ることも容易いだろう。

 だが、彼女は初めて距離を取る。
 固い床に足跡が残るほど勢いよく。
 これまでネイがそうしてきたように、否それ以上の間合いを測る。荘厳な顔立ちは一層の険しさに深みを増した。



「────くたばれよ、ワンダーボーイ」



 拳が振るわれる。
 虚空を叩くはずだったそれは不可視の衝撃波を顕現させ、爆音が静寂を切り裂いた。


◾︎



 殺す。

 殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
 壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す。


 開闢の日以前であれば生きるのに不必要などす黒い感情。
 けれど、ネイが生まれたその瞬間からはそれを持たぬ者から死んでいった。

 この刑務作業においてもそうだ。
 真っ当ではない罪人という立場も忘れて殺る気になれないやつは死んだも同然。さきほどまでのネイがまさしくそれ。

 理由なんて要らなかった。
 ただ壊したいから壊す。
 ただ殺したいから殺す。

 それこそが、真なる自由。
 何一つ与えられなかった世界を生きてこられたのは、己の手で奪い取ってきたからだろう。

 自由の息子達(Sons of Liberty)よ、立ち上がれ。

 衝動のままに生きろ、ネイ・ローマン。


◾︎



 爆発事故でも起きたような破壊跡。
 戦場であった工業地帯の一部は吹き飛び、へし曲がった鉄柱や不自然に抉れた工場の壁がその凄惨さを物語る。
 支えを失った鉄柱からギイギイと音が鳴り響く。塵煙が晴れると同時、ネイの瞳は有り得ないものを捉えた。


「…………バケモンが」


 家屋すら消し飛ばす衝撃。
 人間ならば間違いなく跡形も残らない威力のそれを受けても尚、大金卸は立っていた。
 どころか、その肉体にはほとんど傷が見受けられない。
 交差された両腕は防御のつもりだろうか。無論、その程度で防げるような衝撃ではなかった。

 本能による危機察知能力はなにもネイ・ローマンにのみ与えられた恩恵ではない。
 彼の倍以上の人生経験を、戦闘経験を歩んできた大金卸樹魂であればその直感はより鋭く、正確なものとなる。
 それに彼女の並外れた瞬発力、判断力が合わされば。ネイの拳が振るわれる一瞬の間に範囲外へと逃れることを可能とした。

(クソが、)

 あの一撃で仕留めきれなかったのは手痛い。
 タネが割れた以上、もう一度超力を使用する前に距離を詰められるだろう。そうなれば今度こそ無防備な身体に拳が突き刺さる。

 そして今、動揺が殺意を上回ってしまった。
 殺意や敵意に応じて範囲が変わるネイの超力では不確定要素が多い。
 出方を伺うため構えを解かないまま睨み合う。
 すると、先に拳を下ろしたのは大金卸の方だった。

「やめだ」
「……あァ?」

 彼女が腕を下ろすと同時、途端に辺りを覆いつくしていた重圧が取り払われる。
 呆気に取られたネイは思わず間の抜けた声を洩らし、呆然のあとに激昂が湧き上がった。

「てめェ、勝手に仕掛けといて今更何言ってんだ! オレの超力にビビっちまったか? あ!?」

 どかどかと詰め寄り気がつけば拳の範囲内へ。
 剃刀のような眼光を大金卸へと叩きつけるも、涼しい顔で受け流されて。

「貴殿、本調子では無かろう」

 一言、返される。


「なんでそう思う」
「表情、筋肉の動き、息遣いの乱れ。まるで闘いに集中する者のそれでは無かった」
「おいおい、その見た目でデータキャラかよ。似合わねェな」

 肩を竦めるネイだが、仕草ほど余裕はない。
 よもやそこまで見抜かれていたとは。考えていることを表情に出す癖はどうにも直せないらしい。
 ここまでくれば隠す理由もなく、白髪を弄りながら答えを返す。

「殺してェやつがいるんだよ、アンタより先にな」
「ふ、罪な男よ。我との行為中に別の男を思い浮かべるとは」
「アンタほど魅力的な女、オレとじゃ釣り合わねェよ」

 皮肉のつもりだったが通じているだろうか。
 純粋な褒め言葉として受け取ったようで、大金卸はわずかに頬を赤らめてバツが悪そうにしている。
 鬼の形相で拳を振るっていた姿との温度差に眉を顰めながらも、ネイの脳裏には一つの名前が浮かぶ。

 ルーサー・キング。
 思えば自身の殺意の矛先はいつもここにあった。
 恐らく、奴を殺さない限りはずっとそうであり続ける。
 世にある薬物を根絶することなど不可能ではあるが、あの老人を殺すことで大幅に流通を食い止めることが出来るはずだ。
 両親が薬物に溺れ死んだネイにとって、あの老人の殺害はこの場においてなによりの行動方針となる。

「……事情は察した。ならば、その者を討て。塵ほどのしがらみも捨てて死合あうぞ」
「指図すんじゃねェ、オレが殺してェから殺すだけだ」

 およそ囚人同士の会話とは思えぬそれ。
 殺し合いをしろ、という指示はもはや二人に対して意味を成さない。彼らは己の欲求に従い道を歩んでいるのだから。

 戦いたいから戦う。殺したいから殺す。
 そして、今はその時ではないからやめる。

「ネイ・ローマン。またどっかでな」
「大金卸樹魂だ。……楽しみにしていよう」

 互いが歩みを進め、通り過ぎる。
 すれ違いざまに告げた名前を、心に刻み。
 いつの間にか、戦場の舞台である工場跡地には誰もいなくなった。


◾︎



 ネイの元から離れた後、大金卸樹魂は己の両腕を眼前に突き出し見やる。
 丸太を思わせるそれは相も変わらず獲物を屠ることを待ち望んでいるかのようで。しかし、己の身体である以上大金卸はすぐに異常に気がついた。

 ────震えている。

 ネイの衝撃から身を守る為、盾として使われた諸腕。
 堅牢な筋肉と骨、ゴムのような皮膚に守られたそれは生半可な攻撃ではビクともしない。
 そのはずなのに。ジンジンと熱を帯びる痛みと痺れが離れてくれなかった。

「ネイ・ローマン……いい男だ」

 戦いにおいて〝もしも〟などない。
 あの時こうしていれば、あの時ああだったら。
 そんな考えを繰り出したところで結果は変わらず、ましてや過去を改竄することも叶わない。
 大金卸樹魂は幾度もそんな言い訳を口にする者を見てきた。

 けれど、もしも。
 もしもネイ・ローマンが本調子であれば。
 この剛腕は跡形もなく消し飛んでいたはずだ。

 「浮気性なのが玉に瑕ではあるが、な」

 心が躍る。
 まだ見ぬ強者を求め、彷徨い歩く漢女。
 例え鋼鉄の鎖を何重に重ねようと縛れない彼女は、因縁や欲望渦巻くこのアビスにおいても異質と呼べる。


 熱はまだ、冷めやらない。


【G-3/工場跡地周辺(東側)/1日目・深夜】
【ネイ・ローマン】
[状態]:両腕にダメージ(中)、疲労(中)
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.やりたいようにやる。
1.ルーサー・キングを殺す。
2.スプリング・ローズのような気に入らない奴も殺す。

【G-3/工場跡地周辺(西側)/1日目・深夜】
【大金卸 樹魂】
[状態]:両腕に痛みと痺れ
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.強者との闘いを楽しむ。
1.新たなる強者を探しに行く。
2.万全なネイ・ローマンと決着をつける。


004.彼女はキラー・クイーン 投下順で読む 006.ツインスター・サイクロン・ランナウェイ
時系列順で読む
PRISON WORK START ネイ・ローマン 若きギャングスター
PRISON WORK START 大金卸 樹魂 超人武闘

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最終更新:2025年05月02日 18:10