(日本刀は10ポイントか。
…ナイフやハサミでも超力(ネオス)の条件は満たせるが、肝心のポイントが無い以上、他の刑務作業者を探すまではこれで我慢する他あるまい)

全身の細かい刀傷が無く、無精髭とボサボサ髪を手入れさえすればその綺麗な蒼眼も併せて異性に引く手あまただろう男、征十郎・H・クラーク。
彼はこのB-3の森林地帯のエリアにて、デジタルウォッチの機能を用いて真っ先に交換リストの確認を行っていた。もう片手にはいい感じの木の枝が握られている。
人類が超力(ネオス)に目覚めた開闢の日以降、普通の世界で云う所のアスリートレベルがこの世界での人類の平均的な身体能力となっていた。
剣術が出来てもそれを十全に活かせる運動能力が無ければ宝の持ち腐れ、故に八柳新陰流を学び極めてみせた征十郎には、相応の超人じみた身体能力がある。
森林地帯の中から見つけた木の枝をへし折り自らの得物とする程度、彼には造作も無い事だった。
時間帯としては深夜となるものの、超力(ネオス)に目覚めて以降の人類はその影響か、夜目も効くようになった為さしたる問題にはならない。

(…デイパックがあれば、これ(木の枝)を大量に得てひたすら超力(ネオス)を行使、使い物にならなくなった側から持ち替えて……とも出来たが。
1ポイントとはいえ、結局他の刑務作業者を探すまでは我慢する他ないか)

「…1ポイントにつき恩赦が3ヶ月。…64ポイントあれば刑期分精算可能、デイパックと日本刀を併せても80ポイント分確保できれば……後は何も考えず腕に覚えのある連中と存分に斬り合える」

笑みを浮かべ、名簿の確認など不要と言わんばかりに征十郎は森の中を往く。
己の極めた剣技を、己の腕を存分に振るう為。そこに得物が枝だという不安は無くあるのは高揚であった。

…しかし彼が進んだ先に在った姿は、居る筈のない存在だった。
互いの合意はあったとはいえ、決闘殺人罪とやらで自分が逮捕されそしてアビスへと移送される事になった直接的な原因、この手で確かに殺した、その肉を、首を斬り捨てた筈の相手が──木の枝を手にしてそこに居る。

(生きていたわけではあるまい。確かにこの手で殺した、その筈だが……超力による偽装か或いは…この刑務作業とやらの為に蘇らせた?……そんな馬鹿な話があるか。
…なら偽装だな、面妖な超力を…だが、首輪には死の文字もある、最初に戦う相手には丁度いい!)

困惑をしながらも、高揚を抱いたまま征十郎は枝を持って辻斬りを試み……枝と枝がぶつかる音がした。

「対応したか、そうでは無くてはな…!」

反撃とばかりに斬りかかる相手の姿は、いつの間にか殺した筈の存在ではなく幼なげな少女の姿へと変貌していたが、相手の正体等征十郎にはどうでも良かった。
互いに得物が枝である事に、剣の腕を十全に活かせる得物で無い事に惜しさはありながらも…彼は剣を振るいこれを防ぐ。



時間は少し遡る。
収監されて1年、そしてアビスに移送されて数日という所でこの刑務作業へと巻き込まれた少女舞古沙姫は……
「もぉ"ーっ!!」
と叫び頭を抱えていた。

「…俺が人を直接殺せないのは知ってるよね!?
なのに恩赦Pは殺すか即座に漁夫の利を得に行かなきゃ手に入らない、弄れる機械も無い!超力で出来ることといえば不意打ちくらいだ!!」

交換リストと恩赦ポイントの仕様を確認した沙姫は、まさか自分は犠牲者役として移送されて来たんじゃないかと思いつつ嘆く。
…直接他者を殺めようとすると、それだけで産みの親、育ててくれた夫妻の事切れた無惨な様が脳裏へと浮かび上がり、ストレスによる負荷が物凄くかかるが為…彼女は直接手を汚す事は決してしない、というか出来なかった。
しかしこの刑務作業ではそれは、他の刑務作業者同士が殺し合う最中、首輪へとデジタルウォッチを接触される前に横取りをするか、他の刑務作業者と協力ないし同盟を組む以外に…沙姫に恩赦ポイントを手に入れる手段は無いことを示す。

「…協力や同盟って言ってもなあ、首輪のこの文字を見たら…有無を言わさず殺しにかかる人達ばっかりだよね。誰が居るとかロクに把握出来てないけれど…。…それに恨みなら幾らでも買ってる筈だから。あの人に救われちゃった以上、今更命なんて惜しくはないけど……」

自らの超力を掻い潜り見つけ出し、剣の技量でも自らに勝ってみせた初恋の、最愛の人を浮かべつつそうぼやく沙姫。
彼女が大人しく罪を洗いざらい吐いた結果、捕まったり余罪が増えた犯罪者は少なくは無い。故に恨みなら幾らだろうと買っているだろうと考えているし、結果殺されても彼らや遺族などによる物なら因果応報だろうとして受け入れてはいる、他者を殺してでも生きたいと思う程の執着も無い。
…最も、それはそれとして足掻けるだけ足掻きたいとも考えていたが。

(…そうでなきゃ、あの人が俺を生かして捕まえた意味が無くなっちゃう)
「…とりあえず、当面はこのいい感じの枝が生命線、かなぁ。
……心許ないけど…まあ無いよりはマシだよね」

跳躍し木の枝を手で持ち折って着地、それを得物としつつ沙姫は歩く事とした。

(…恩赦云々が本当かどうか、怪しくはあるし…そもそも外に出た所で、色々関わってきた上に全部喋っちゃった俺は殺されるだけだよ。…仕方ないだろ、惚れた人の頼みだったんだからさ。
……仮に恩赦で釈放されようにも…その為には最短でも、死刑や無期懲役の人の首輪4つを、戦いの最中漁夫の利しなきゃいけないし。
首輪やデジタルウォッチの解析をしようとするにも、危険度は漁夫の利よりは少しマシ程度……うーん……)

そう思考しつつ、ふと名簿を見るのを忘れてた事に気付いた沙姫は見ようと試みる。
見知ってる名前があるという事は、それだけ自分に恨みを向けてる相手がこの刑務作業に居る事とイコールになるが為、正直気が重たかったが、見ておいた方が良さそうと考えた中……感じ取ったのは殺気。
咄嗟に枝を以て沙姫が防御にかかると、現れたのは蒼眼の傷だらけの男。

(…この振り方、八柳新陰流だ!ハーフみたいだけど…!)

剣術が大の得意である沙姫には一瞬で、相手の学ぶ流派が八柳新陰流だと看破出来た。
得意なだけでなく好きでもあるが為、思わず気持ちが昂る。
いきなり仕掛けてきた以上、おそらく目前のハーフの刑務作業者は、超力により自分を斬りかかって問題無い相手に誤認しているか…誰彼構わず斬りかかる辻斬りの類かと判断した彼女は自分から斬りかかるも、防がれた。



「その振り方…八柳新陰流、だよね??」
「…ほう、子供の割にはよく識っているな」
「子供じゃないよっ、そうは見えないのはわかる…けどぉっ!」

2人の刀無き剣士は枝同士をぶつけ合いながら、そう言葉を交わす。

「やはりお前も、腕が立つようだ…斬りかかって正解だった!」
「それはそれは…どうも、ありがとうっ…!正直この刑務作業でもずっと…ニートやってたいけど、これは…これでっ!」
(…いい感じの木の枝でこれって、本来の得物…日本刀ならどれだけこの人はやれるんだろう…!)
(奴の剣術は流派に囚われぬもののようだ、そして、剣術もだが身体能力も厄介と視た!)

疾走し八柳新陰流の技のひとつ、這い狼を放つ征十郎、それに対応し枝を少し掠らせ向きをずらし、跳躍し回避した上で脳天めがけて突き刺すように枝を刺そうとする沙姫。
捉え回避か防御かを迫られ…受け流す技である空蝉により征十郎は防御を図り防いだ。

(…殺意のある攻撃までは出来るけど、やっぱり…)
「面倒だけどうん、やっぱり防ぐよね…!」

脳裏に呼び出される過去の記憶を必死に拭いながら、何でもないよう振る舞いそうでなくっちゃと言わんばかりに沙姫は呟く。
そしてすかさず振るい、相手の棒を巻き落とす事で隙を作る鞍馬流の技たる変化を試みるが……征十郎はこれを斬り返し踏み込む技である天雷で迎え撃つ。

(超力(ネオス)は…"まだ"使わない、下手に使えばリスクにより枝が破壊される以上…使い所を見極める)
(…受け止める?それとも……よし、疲れそうだけどやってみよう、俺!)

代償により刃としている枝が破壊されれば、致命的な隙になると理解しているが為、温存したまま天雷を放った征十郎。
これを沙姫は……敢えて枝を手放し、投擲して飛び退く。
飛んできた枝を征十郎の枝が叩き折ったと同時に、彼女は木の上に乗り…手刀を以ていい感じの枝を2本、折った後手に取ってそれを振り下ろしながら急降下の二撃を見舞った。

「ほう。二刀流も出来るとはな…!」
「疲れるから一刀流の方が、俺は好きだけどね!こういうのも悪くないでしょ」

二刀による攻撃をまたもや空蝉で止められてしまう沙姫だが、続く雀打ちを身を捻らせ紙一重で避けた上で、二天一流の技を以て果敢に攻める。征十郎はそれを的確に防ぎ受け止め、反撃を行う。
洗練された八柳新陰流を振るいし征十郎と、洗練も何も無い荒削り・異なる流派の技や我流の技も振るう沙姫、両者命中させれず傷はなくとも、疲労が徐々に溜まる。
そして……(枝による)剣戟の最中、征十郎はついに使い所を視た。
そうと決まればチャンスを逃す訳には行かない、今まで使ってなかった八柳新陰流の技を行使。技の名は鹿狩り、名の通り鹿を屠る重たさと鋭さを併せ持った強力な一撃だ。それに超力(ネオス)を併用し……沙姫の二刀(枝)による防御を破壊、服を破き吹き飛ばし、傷を負わせた。

「っ、でも俺はまだ…これがあるよ。…だるいけどな…ぁっ、あなたは??」
(…久々に、痛む…あの人と、どっちが強いかなあ…これ俺に勝ち目ある??)
「……愚問だな、身体能力が無ければ…剣術も振るえまい」
(…奴が手刀をするように、超力(ネオス)を手刀に使えば、確実に勝てる。
…だが代償が重たい。腕が破壊されたとして、治療キット1つで50ポイントだ…治せる保証すら無い。
…このまま戦うとして、体術も熟せそうな奴に素手では不利だ、枝を拾う隙が在ればいいが…)

しかしこれによる代償で枝は破損、沙姫自身は内心不安を感じつつそれを見せずに、勝負はこれからと言わんばかりの笑みを浮かべ手刀を構える。それに対し征十郎も、内心思考しながら少し遅れて構えた。
そして向き合う形になる中……征十郎が仕掛ける寸前、声を沙姫は発する。

「ねえ、あなたはなんで…その八柳新陰流を極めようと思ったの?」
「…時間稼ぎのつもりか?」
「違うよっ、単純に興味本位。…戦ってて、ひとつの流派を極めるまで行き着くその原動力は何なのかなって気になって。
…剣を極めなきゃ死ぬか、死ぬより酷い目に合うみたいな環境だったりするの?」
(…労働なんてしたくなかったけど、しなきゃ飢え死ぬかあの場所に逆戻りかだった、俺みたいにさ。…あの人に負けてから、無関心でいれなくなってきてる気がする…らしくないなあ俺)

内心自嘲しながらも純粋に気になってそう言う沙姫。
配慮にいまいち欠けた言動には特に思う事無く、征十郎は端的に返した。

「…母にして師が、私に遺してくれた、指し示してくれた道。ならば…出来ることはこれを突き進む事のみだ。故にこの刑務作業でも、この腕を強者との戦いに振るう。
…ここでお前との決着は惜しいが──」
「…待って!…いや、死にたくないとかじゃないよ、たださ。
…惜しい気持ちがあるなら…あんたにひとつ提案がある」
「知るか、私には命乞いをしようとしてるようにしか聞こえん」
(そんな気はしてたけどとりつく島もない!けど…やれるだけは!)
「強者とっ、強者と戦いたくて…それで俺との決着を惜しんでくれる気持ちがあるなら…俺を護衛するって手もあるよ」
「…お前の言う通り惜しむ気持ちはある。が…折角の100ポイントをみすみす見逃すと思うか?そんな甘さがあると?私に?」

切って捨てる征十郎に、退かず言葉を沙姫は紡ぐ。

「…そこなんだ、あんたが知ってるかは知らないけど、俺は色々と犯罪の幇助を行ってる。そして捕まった際諸々を全部吐いた。…だからこの刑務作業には俺に恨みを抱いてる奴がいるはず。だから…俺を護衛していれば、必然的に強い相手と戦う場には恵まれるよ?
…その時が来たって思うかここまでだって思えば、俺を殺して100ポイントを取ればいい。少なくとも首輪からして…取って生き延びさえ出来れば恩赦で釈放はしてもらえると思う。…本当に恩赦する気があるならね」

勢いで流そうとしている訳でもなく、命乞いでない事もわかるが、自らの求める道に利する事を言っているものの、自分の生殺与奪の権を委ねるような言葉に困惑する征十郎。
これが提案である為彼は動機を求めるが、そうでなければ今頃沙姫は知るかと撲殺されていたかも知れない。

「…そこまで言う理由はなんだ?命が惜しい理由でないのは分かったが」
「…強いて言うなら、まあ…あんたが俺が知ってる中で、1、2を争うくらい強いから…もっと剣を振るう姿を観たいのと…互いに日本刀でやり合いたいとも思う…からかな」
「私に頼む理由がわからん」
「…直接殺せないんだよね、人をさ。だから漁夫の利を取るか、それが出来る人と一緒に居るかしないと…ポイントを手に入れようがないんだ。
あ、ポイントについてはあんたが優先でいいよ、ついでに言うと俺は釈放なんて願ってないし。だからさ、俺との決着をちゃんとつけたいなら…あんたのポイントを取った後、俺がポイントを取らせてもらって…そこから日本刀を手に入れて…ってする必要がある。

…強者との戦う機会と俺との決着、それにそれらを切り捨てる際には100の恩赦ポイントが付いてくるし、ついでに言えば機械弄りは得意だから…ひょっとするかもね。
……まあどうするかは、あんたに任せるよ」

あくまで選択するのは相手だと、勢いで流す気は無いとして沙姫は告げる。
これでも取引により様々な相手の犯罪の手伝いを行ってきた少女、その経験故に勢いで流すのは不可能と判断した為の言い回しだろうか。

(…示唆するは首輪等の解除、か。可能なら…更に存分に斬り合える。刑務官側にも、腕の立つ相手は間違いなく居るだろう。
いざとなれば斬り捨てればいい、当人がそう言っているから尚更だ)

──暫くして、征十郎は構えを解く。

「…お前の提案に乗ってやろう、だがひとつ確認だ。
…知己が居たとして、そっちに傾くんじゃないだろうな?」
「安心してよ、こう見えてダブルブッキングはしない主義だからね。
…恨み以外向けられないだろうしなー」
(…知己が居たらという質問にその答え方、どんな案件に関わればそうなる。…となれば、名簿の確認が必要になるか)
「…名簿は見たのか?…お前は」
「まだだけど…沙姫、舞古沙姫って名前が俺にはあるよ!…そう言う…おじさんは?」
「…征十郎・H・クラーク、私も見てはいない」
「よろしく、セイジューローさん!じゃあさっそく…と、ありがとう。じゃあ見よっか」

何処か遠い目をしながら言う沙姫に、呆れつつここで名簿を促す征十郎、互いに2人は名乗り合った。
そして征十郎が新たに木から折って手にしていたいい感じの枝を沙姫が受け取って…名簿を確認することとなる。
ひとつの剣術を極めし求道者と、複数の剣術を見境無く覚え振るう救われた後の少女。分たれるのは確定な2人の道が何処でそうなるかは、まだ誰にも分からない。


【B-3/森林地帯/一日目・深夜】
【征十郎・H・クラーク】
[状態]:疲労(小)
[道具]:良い感じの木の枝
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.強者との戦いの為この剣を振るう。
1.今はサキ(沙姫)の提案を受け入れる。
2.必要なら当人が言う通り彼女を斬り捨てる。
3.恩赦ポイントが手に入れば日本刀とデイパックに使う。

【舞古沙姫】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(小)
[道具]:良い感じの木の枝
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.生きれるだけ生きようとはしてみる。
1.とりあえずセイジューローさんに護衛してもらう、今は名簿をみなくちゃ。
2.首輪やウォッチの解析も出来れば試したいけど…というか本当に、恩赦する気あるのかな??
3.知り合いが居てほしくないような、それだとセイジューローさんにあっさり100ポイントに変えられかねないから居て欲しいような…
4.セイジューローさんとあの人、どっちが強いんだろう??

010.ウスユキソウ(薄幸想) 投下順で読む 012.あなたの枷はどんな形?
時系列順で読む
PRISON WORK START 征十郎・H・クラーク 爆炎、斬と誓ふ
PRISON WORK START 舞古 沙姫

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2025年02月26日 21:37