ーー燃える世界で、少女は目覚めた。
焼け落ちる日常の象徴、世界は燃え盛り、深紅の死が生命(いのち)を焼き尽くす。

ねちゃりとした感触。
血に染まっていた手のひらと顔。
焼かれて死んだ子供、大人、子供、大人。
どうして自分だけが生きているのか。
どうしてみんなが死んでしまったのか。
動けない身体、曖昧、蒙昧。
この燃え盛る時間(いま)より以前(まえ)の記憶が存在しない。
辛うじて両親がいたことと、その時間は楽しかったことを覚えている。
まるで焼け落ちたかのようにぽっかり空いた記憶の虚無に疑問を覚える暇など無かった。
どうして自分がこうなっているのか、どうして自分以外が。

彼女を助けようとする誰かの声を聞いた。
己の身に構わず、少女を助けようとする命のリレー。
美しいものを見た。綺麗なものを見た。
残酷な現実を前に、諦めずに誰かを救おうとする人の輝きを見た。

それは希望だったのだろう。
少女はそれを目に焼き付けた。
希望を、人が齎す善意の、その思いの光を。
ーーーその日、彼女は『希望の光(ネオス)』に目覚めた。
希望の光の果て、新しい家族を手に入れた。





休むしか無かった。
ブラッドストークとの死闘に続き、ルクレツィアから紗奈を守るために病み上がりの身体で立ち上がった葉月りんか。
ソフィアという女性が止めなければ、あのまま二人揃ってどうなっていたか。
樹木にもたれ掛かるりんかを見て。
自分の蛮勇がもたらした結果を目の当たりにして。
心の奥底で気を許していなかった自分のその汚さを自覚して。

「……ごめん、なさい」
「……紗奈ちゃん?」

その言葉は、かつて紗奈が何度も何度も口に発したことのあるもの。
大人たちの薄汚い欲望に晒され、逆らおうとして暴力を振るわれた時に。
これ以上痛いのは嫌だと、屈した心から発せられた屈服の証。
最も、忌まわしき過去とは違う、心の底からの自己嫌悪と罪悪感による謝罪が今の言葉。

「余計なことして、ごめんなさい……」

あの時のルクレツィアの言葉が、紗奈の心に深く突き刺さっていたのだから。
罪悪の感情だけがぐるぐると頭を覆い尽くす。
状況を見れば「仕方なかった」で済むこともあるのだろう。
葉月りんかがそんなことで自分を見限るような誰かではないのは知っているのに。
だがそれで己の心を納得できるような強さを取り繕うには、交尾紗奈という少女は経験が足りなかった。
疑心暗鬼、惨い過去、怯え。その自虐的な負の感情こそが、交尾紗奈のこの刑務前の人生を構築していたもの全て。

「……紗奈……ちゃん……」

葉月りんかの心の内に湧いて出たのは、自らに対する不甲斐なさである。
ブラッドストークの戦いからそう時間が空かず、紗奈の悲鳴から衝動的に立ち上がり、狂気の令嬢と一戦交えた。
度重なるダメージと疲労の蓄積。
いくら超力があるとしても、限度というものが存在する。

正義とは、強さだけでは無いのは知っている。
それでも力への渇望がほんの少し湧いてしまうほど、今の紗奈の悲痛な声に、正義の味方は胸を痛める。

「……ううっ!」

傷んだ。
苦悶の声。
傷口を押さえ、正義のヒーローは苦痛に悶える。
紗奈の顔がはっとなり、涙がポロポロと零れ落ちる。
申し訳無さ、不甲斐なさ、後悔。

「………っ」
「大丈夫、だよ。紗奈ちゃん……」

せめて、励ましの言葉を投げかけて、その頭を撫でる事が。
その罪悪と悲しみを和らげる手段には余りにもか細いものだとしても。
正義の味方は、そういうものだというのを、紗奈はなんとなく理解しかけている。
「余計なお世話はヒーローの本質」だと、何処かの漫画のキャラクターが言っていた。
交尾紗奈はその漫画を知らないが、葉月りんかと己が出会った初めてのことを改めて回顧する。
ヒーローが、無垢なるものを、助けを求める誰かに手を伸ばすのに理由なんていらない。
ヒーローとは、いい意味で自分勝手なのだから。

「…………ねぇ」
「……?」

超人(ヒーロー)は無垢なるものを救うというのであれば。
ならば超人(ヒーロー)を救うものは誰か。
ほんの少し湧いたなけなしの勇気か。
それとも前を向こうと少しでも考えた意志が、葉月りんかの超力によって増強された結果なのか。

「…………ここ」

交尾紗奈が突如して正座して、自分の膝を指さした。
きょとんと呆けた正義のヒーローが、少女に「膝枕してあげる」と遠回しに言われたことに気づいたのは、すぐ後だった。



膝枕とというのを、葉月りんかはする側もされる側も経験したことがある。
前者は、まあ忌まわしき過去の中でそういうシチュエーションでのプレイを所望された事もあった程度。
後者は、よく親愛で憧れだった姉に良くしてもらっていたという輝かしい記憶。

「どう……こういうの、初めてだから………」
「だ、大丈夫です! 紗奈ちゃんの膝枕、心地いいです!」

なのだが、仮にも年下の少女に膝枕してもらうという事は。ある意味気恥ずかしかった。
「心地いい」という言い回しになったのも、「気持ちいい」と言ってしまったら誤解されかねないと思ってしまったから。

「よかった……。」
「でも紗奈ちゃん、どうして突然こんなこと……?」
「……私だって、私だって、ね……」

考え込むような紗奈。
いや、今更口籠る理由など無いのだが。
いざ口に出そうとすると途中で止まってしまうのを何度か繰り返し。
深呼吸を2、3回してから、意を決して言い放つ。

「紗奈ちゃん?」
「……初めての、信じたいって思った人だから」
「……え?」

気恥ずかしく顔を赤らめながらも、告げた言葉はりんかの心に響く。
醜悪な世界、醜悪な人の形をした獣のような何かの毒牙に蝕まれ続けた交尾紗奈が、葉月りんかというヒーローに心を焼かれた。いや、救われたのだから。

「他のやつらと同じだと思っていた。でも、どこまでも真っ直ぐで、どこまでも綺麗だった」

初対面こそ疑っていた。
でも、自分を守ろうとする姿勢も、悪に立ち向かう勇気も。
自分に向けられる優しさも、誰かを救おうとする衝動も。
その刑務の中で、真っ直ぐ過ぎるほどに正義の人としか見えない、葉月りんかという、そんな希望の少女に。
希望の光は、凝血の鸛との戦いにて希望を示した。不滅の光を、輝ける希望を。
交尾紗奈という少女にそれを導き示した。

「……私が本当に、欲しがってたものが。見つかったの」

りんかの頭を撫でながら、語るように。

「ーー心から、信頼できる人が、いてほしかった」

大切な人が、ほしかった。
人との温もりが、ほしかった。
それが、交尾紗奈にとっては葉月りんかとなった。
実の家族からも見捨てられた少女は、奈落の果てに希望と出会うことができた。


「……嬉しい。紗奈ちゃんが、私のこと、そう思ってくれるなんて」

証拠に撫でられながら、希望の少女は呟いた。
感謝の言葉を投げかけられる事自体、看守からはそれなりにあった。
刑務者の誰かから「ジャンヌとは違うが、ジャンヌに並ぶ善人」と評されたこともあった。
でも、何故か。
この少女ーー交尾紗奈にそう言われたことが、今までで一番、嬉しい気持ちになった。

「ーーもう一度だけ。言わせて。私にとってりんかは、かけがえのないヒーロー、だよ」
「………」

この時初めて、葉月りんかは交尾紗奈の心からの笑顔を見た。
頭を撫でられながら、見上げるように紗奈の顔を見て。

『りんか~ お姉ちゃんの膝枕だぞ~』

「………あ」

無意識に、紗奈の顔に。大好きな姉の面影を幻視する。
葉月家という第二の人生の中でよくあった出来事。
姉に膝枕されながら、よく論文を作っていた母の話を聞いていた。
異能人格論、二重超力保持者、神の実在ーー難しいことはよく分からなかったから、当時は姉の膝枕の心地よさばかりに意識を割かれていたけれど。
そんな、二度と戻らない幸せが、懐かしくて。

「……あれ、おかしいな……なんで……」

頬を通り、地面に水滴がポタポタと流れ落ちる。
こんな膝枕されることは、久しぶりだったから。
今は亡き家族の事を思い返したからか。

「なみだ、止まらない。止まらないよぉ……!」

泣き止もうとしても、泣いたまま。
ヒーローだって人の子。葉月りんかはヒーローである前に、人間である。
怒りもするし、喜びもするし、笑いもするし。
ーーそして、泣くこともある。

「……泣き止むまで、ずっとこうしてあげるから……」
「うん……うん……!」

本当なら、この場所に居続けるのは危険だけれど。
そんなヒーローの弱さを、脆さを知って。
尚更、少しはこのままでいさせるべきだと、交尾紗奈は。
決壊した感情のまま、泣き続けるヒーローを、見守ることにした。
まるで、泣き止む赤子をあやし続ける、母親のように、姉のように。

「……ねぇ、紗奈ちゃん」
「……なぁに?」
「せっかくだからさ、私の話、聞いてくれる」

そして、ヒーローもまた、少女に心を絆されて。
自らの過去を、交尾紗奈という少女に、語り始めた。



(……そう、だったんだ)

断片的な部分は、なんとなく察せれたはいた。
それでも、自分以上に悲惨で過酷な人生を歩む、それでも希望を信じ続けた彼女の事が、ほんの少しうらやましいと感じた。
地獄(ゲヘナ)の中で救いを捨てず、その結実として一雫の希望を手に入れた彼女は。
交尾紗奈にとって、どこまでも強く正しい人間の少女であったのだろう。
勿論気になることはあった。葉月となる前のりんかの記憶はまるで皆無であるのだ。
そこに不安や疑念はある……いや、それは期にしても仕方のないこと。

(……私も、変わらないと)

変わらないといけない。
そうでしか己を守れない自分は、何処かで変わらないといけない。
りんかの足を引っ張らないように、出来ることならりんかと並んで戦えるように。
勿論、りんかが紗奈が自分から傷つくことを許せるほど非常になりきれないし、静止もするだろう。

(……違う)

並んで戦えるように、じゃない。
それだけじゃ、足りない。
葉月りんかはヒーローだ。ヒーローであるが、過去の惨劇を経て人を救うことに囚われていた少女だ。
ブラッドストークにもその一点を突かれ、一度折れそうになっていた。
ヒーローだって弱音を吐くことぐらいあるのだ。
じゃあヒーローを助けるのは誰になる?
ヒーローを救えるのは誰だ?

(今度こそ本当に、私がりんかを守れるようにもなりたい)

斯くして、少女の新たなる決意がここに芽生えた。
無垢なるものを救うのが、弱き人々を救うのがヒーローの役目だというのなら。
心の罅を抱えながら、傷だらけになりながらも救うことをやめないヒーローを救うのは。
それは、ヒーローに付き添い、理解しようとする誰かの役目だろう。
例え、喪失したりんかの過去がどのようなおぞましいものだとしても。
今のりんかに救われた交尾紗奈のその信じる心だけは、決して揺るぎはしない。


ーー揺るいでなるものか、絶対の絶対に。
この時を以て、交尾紗奈の人生は再び始まる。


【D-3/森の中/一日目 黎明】
【葉月 りんか】
[状態]:シャイニング・ホープ・スタイル、全身にダメージ(極大)、疲労(大)、腹部に打撲痕、ダメージ回復中、泣き顔、ルクレツィアに対する怒りと嫌悪
[道具]:なし
[方針]
基本.可能な限り受刑者を救う。
0.今は少しだけ、休む。
1.紗奈のような子や、救いを必要とする者を探したい。
2.この刑務の真相も見極めたい。
3.ソフィアさん…

※羽間美火と面識がありました。
※超力が進化し、新たな能力を得ました。
 現状確認出来る力は『身体能力強化』、『回復能力』、『毒への完全耐性』です。その他にも力を得たかもしれません。
※交尾紗奈に膝枕されています

【交尾 紗奈】
[状態]:気疲れ(中)、目が腫れている、強い決意、りんかに対する信頼、ルクレツィアに対する恐怖と嫌悪
[道具]:手錠×2、手錠の鍵×2
[方針]
基本.りんかを支える。りんかを信じたい。
0.いつか私も、りんかを守れるような力が、今の自分から変われる別の力が欲しい
1.超力が効かない相手がいるなんて……。
2.バケモノ女(ルクレツィア)とは二度と会いたく無い
3.本当なら長居は危険だけれど、今はこのヒーローを休ませてあげたい

※手錠×2とその鍵を密かに持ち込んでいます。
※葉月りんかの超力、 『希望は永遠に不滅(エターナル・ホープ)』の効果で肉体面、精神面に大幅な強化を受けています。
※葉月りんかの過去を知りました。

【共通備考】
※D-3の森のどこかに恵波 流都の首輪(100pt)が遺されています。
※シャイニング・ホープとブラッドストークの必殺技の衝突により、D-3エリアにて強い光が生じました。

052.Dies irae 投下順で読む 054.落下速急行
時系列順で読む
交わらぬ二つの希望 葉月 りんか 祝福
交尾 紗奈

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最終更新:2025年05月02日 00:44