キリキリ、カラカラ、音が鳴る。
くるくる、ころころ、鉄が回る。
カチカチ、キチキチ、槌が昇る。
どこか遠くに聞こえた銃声と、頬に伝わるヒンヤリとした感触。
かすかに捉えた、意図的に声量を抑えたような、数人の囁き声。
少しずつ戻ってきた身体の感覚に、スプリング・ローズは重い瞼を持ち上げた。
「…………ん」
「あ……ろ、ローズちゃんが……お、起きた……みたい、だ」
ぼやけた視界が徐々に晴れ、視力を取り戻してもなお周囲は薄暗い。
そこは妙に圧迫感のある空間だった。
ローズは突っ伏していた机から頬を引き剥がし、身体を起こしながら軽く肩を回す。
額に張り付いていた赤髪が、さらりと流れて視界の半分を覆った。
なんとなく、ぺたぺたと手で自分の顔に触れてみる。
額に孔は無い。両目はしっかりついている。血の一滴も流れていない。
夢を見ていたのだと思った。それも、とびきりの悪夢を。
「お、おはよう、ローズちゃん」
「おはようございます」
「随分と呑気に寝ていたな」
そうして、今も、ローズは夢の中にいる。
「ああ……そっか、お前らか……」
明晰夢。
もう二度と、この幸せな悪夢から、覚めることはないと知っていた。
ふああ、と。リラックスしながら大きな欠伸を一つして。改めて、周囲を見回してみる。
だだっ広いのに、どこか圧迫感のある石畳の部屋。暗くて狭くて動きにくい。
少し前の自分なら、きっと我慢ならない息苦しさを感じたであろう閉塞に、今は何故か不思議と落ち着く。
閉所恐怖症の人間であれば発狂ものの場所が、まるで自分だけの為に誂えた寝床であるかのようにフィットする。
どうやらローズは座ったまま、机に突っ伏して寝ていたようだった。
その机は部屋の面積の殆どを占める大きな円卓。
黒い大理石のような艶のある素材で出来た円形の先、3人の家族が同じ卓を囲んでいる。
「大丈夫? 疲れてるなら、もうちょっと寝ててもいいからね。
えっと、スプリングちゃん……ローズちゃん?」
ローズの右隣の席に座る女性が、朗らかに微笑みながら言った。
「いい、もう充分寝たっての。変な気を使うなよサリヤ。
あと……名前なんて呼びやすいように呼べ、アタシ達はもう……」
家族なんだからさ、とぶっきらぼうに呟きながら。
ローズは座っていた椅子の背もたれに深く身体を沈め、その素晴らしい座り心地に合点がいった。
道理で落ち着くわけだ。これは自分の椅子だ。かつてのイースターズ、その王座だったもの。
今は遠い場所にあるアジトに残してきた筈の、スプリング・ローズの愛用した椅子と殆ど相違ない。
拾い物でボロい、しかし使い古して身体に合った、所々繊維の破けた赤い小型ソファ。
本物との違いが有るとすれば、その背に『Ⅵ』の刻印が入っている、その程度のことだった。
「そう、良かった。……そうだ、無銘さんも、もう少し寝てて大丈夫ですよ。まだ辛いでしょう?」
「……俺のことも気にするな。じっとしていれば意識くらい保てる」
円卓の『5』の席に座る女――サリヤ・K・レストマンが、ローズの正面に位置する『叁』の席の男に話を振る。
男――無銘は椅子に腰掛けたまま目をつぶっていたものの、眠ってはいないようだった。
「さっさと始めろ。時間が惜しい」
「分かりました。でも辛くなったら無理しないで、眠ってしまって良いんですからね?
……では、清彦さん」
そうして最期の一人に視線が集まっていく。
ローズの左隣、『一』の席に座る男、この群生の主人格に。
「始めましょうか」
「う、うん……そ、それ、じゃあ……」
ぼんやりとした輪郭の男。
平凡で印象に残りにくい、平均的な体格の日本人男性は、常通りのか細い声で宣言した。
「第XX1回……〝弾倉会議〟を開始するよ」
『――アタシがバケモンになったんじゃねェ。テメエらがヒト未満なだけだろうがッ!』
――スプリング・ローズ(Chamber6-Memory)
「……じゃあ……そ、その……ろ、ローズちゃん……から、どうぞ」
「…………?」
会議が始まって即効で向けられた話の水に、ローズは一瞬ついて行けずに固まってしまった。
「清彦さん、そのフリじゃあローズちゃんが困っちゃうよ」
「……ああ、そ、そっか、そっか、ローズちゃん、会議は初めてだもんね……」
呆れながらフォローを入れるサリヤと、慌てた様子でのけぞる本条。
「いや、悪い。アタシもちょっと寝ぼけてた」
しかしそんな様子の彼らを見ている内に、ローズも状況に追いついてきた。
根本的に、彼らは肉体と精神を共有する、まさに一心同体の群生である。
心同士を接続したものに隠し事はないし、する必要もない。
なので、此処がどういう場であるのか、ローズも既に理解していたのだ。
「名簿の中に、知ってるやつは何人か。
そこにさっき会った2人加えて、大体5,6人ってとこか」
これは彼らの情報整理だ。
既にローズの知識は他の3人に共有され、3人の知識はローズに共有されている。
しかし4人分の知識と願望を纏め上げ、群生としての行動方針を決定する為に、こうして会議が開かれているのだ。
「〝知っての通り〟アタシは欧州でギャングの頭を張ってた。
それなりにツラも知れてるだろう。そんで、それなりにツラを知ってもいる。
中でも、特にお前らに言っておきたいヤツが二人いる」
自己紹介など今更必要ない。
あの時、ローズの眉間を銃弾が穿ち、殺人という何よりも深い接触が行われたその時。
彼女の人格は捕食されたのだ。そしてその瞬間に、彼らは互いにとって最大の理解者、家族となった。
殺人鬼。我喰い。回転式魂銃。
彼らの心に壁はない。
互いの全てを理解しているからこそ、互いへの不審も恐怖もありはしない。
「言うまでもねえけど、ルーサー・キング―――ボスは、生半可な覚悟で近づかない方が良い」
彼らには在るのは、互いが絶対的な味方であるという安堵。
同時に、埋まりきらぬ空隙への寂寥。
そして―――
「ボスがアタシ達のファミリーに加わってくれりゃあ、心強いけど。
それ以上に、正直言ってアタシは怖え。
ボスは――キングは強え、ただ超力が強いだけじゃねえ、その在り方が恐ろしい」
「そう聞くと……俺は戦ってみたくなるが」
「無銘、アンタは直接会ったことがないから、分かんねえんだよ……」
「ぼ、僕は……ちょっと……怖いなあ……憶えておくよ……」
そして、群生としての行動方針。
欠損が在れば、埋めねばならない。
完全な状態であるために、誰一人、ずっと寂しくないように。
「もう一人は?」
右隣の女性が問う。
ローズにとっての、スプリング・ローズの残影にとっての、もう一つ。
群生の在り方、何より生存を優先し、個よりも群としての生存を優先する。
そこに例外が在るとすれば。
「ネイ・ローマン」
死して尚、続けたいと、叶えたいと願うこと。
「こいつはさっきとは逆だ」
群生は望む。
「こいつとは……出来れば決着を付けたい」
〝みんな〟の願いを叶えたい。
「たとえ撃鉄を上げてでも……だ」
ネイ・ローマン。
『イースターズ』の宿敵。『アイアンハート』のリーダー。
生前叶わなかった打倒。
それは今も、喉に刺さった小骨のように、ローズの影を縛り付けている。
「できる限り家族には迷惑かけねえ。
ただ、もしもチャンスが巡ってきた時、コイツに出し惜しみはしたくねえんだ。だから……」
だから、相対が成った時、おそらくローズは安全装置(リミッター)を外すだろう。
超力の最大出力、その発露。
つまり6番目の弾倉が再び射出され、空になることを意味する。
それは我儘であると、分かっていたからこそ。
「私たちに、素直な気持ちを伝えてくれてありがとう。
大丈夫、ローズちゃん。
この会議はそういう気持ちを、ちゃんと共有しておく為の場なんだから」
「強者と存分に戦いたいという望みは、俺にも理解できる」
誰一人反対意見が出ず。
全員が協力を申し出た時、ローズは本当に嬉しかった。
「せ、先代の6番も……自分の望みに殉じたよ。
でも、それは何も、恥ずべきことじゃない、君もね」
言葉にせずとも、心だけで伝わることだったとしても。
「僕らは、生きていたい。できればずっと、一緒に生きていたいと思う。
だけど同じくらい僕らは、僕らの願いを叶えてあげたい。
そのために、全員が全員のために力を尽くす。
結果として君が居なくなるのは寂しいけど、君の心からの願いの為なら、僕らは協力を惜しまない」
「……そっか……ありがとな」
照れたように顔を背けながら、ローズは何年ぶりかも知れない、素直な礼を言葉にした。
礼、なんて。非を認めるなんて。自分だけの我儘を訴えるなんて。
ギャングの頭としての立場にあっては、決して出来なかったことだ。
「アタシも……その分ちゃんと、お前らの力になるよ、家族(ファミリー)として……」
ナメられてはならない。
弱みを見せてはならない。
足を掬われないように、絶え間なく強さを誇示しなければならない。
ずっと晒されていたそんなプレッシャーは、今やない。
だって、繋がっているから、血よりも固い絆で、魂の結びつきで感じているから。
彼らが真に味方であり、心からローズの家族であり続ける事を、理屈を超えて知っているから。
『―――君には、生きてほしいと―――』
かつてない多幸感の中で、ほんの一瞬、過った寂しさは、未だ埋まらぬ2発分の弾倉から吹き抜ける隙間風か。
あるいは―――
「ああ、そうだ。ついでに、もう一人」
少し湿っぽくなった空気を変えたくて、口調を崩してその名を告げる。
過った寂寥はほんの一瞬の事で、もう何だったのか、残影には分からない。
「アンリ・ホクレイ、だっけな。
こいつに会う機会があったら、家族に加えてやっても良いと思う」
「へ、へえ、ローズちゃんの推薦かあ……い、良い子……なの?」
「いいや? オカマ臭え、変体ホモ野郎だよ。キヨヒコ程じゃねえが、気持ちわりいヤツだ」
「……ひどい」
「だが……まあ……」
影は影に飲み込まれ、蠢きながら進んでいく。
それはもう、終わってしまった物語の、その先にあるモノだ。
「機会があるなら、アタシの弟にして、腐った根性を叩き直してやってもいいかもな」
―――なあ、アンリ。
物語の終わった先で、終われなかった何かが蠢いている。
正しく終われなかった誰かの魂が、奈落の底から手を伸ばす。
―――ここは悪くないぜ。
キリキリと鳴る。
狭苦しい弾倉の中で。
それは、開放の時を待っている。
―――辛えならさ、お前も来いよ。
スプリング・ローズは、銃弾になった。
『――俺は誰だ。お前は誰だ。此処は何処だ。今は何時だ。全て、どうでもいい。闘ろう』
――無銘(Chamber3-Memory)
ルーサー・キング、ネイ・ローマン、ハヤト=ミナセ、イグナシオ・"デザーストレ"・フレスノ、北鈴安理。
ハヤト=ミナセはローマン程の宿敵ではないが、かつてローズの縄張りに不用意に踏み込んだ野良犬。
イグナシオ・"デザーストレ"・フレスノは北鈴安理と同行していると思しき〝災害〟。
スプリング・ローズは知る限り一通りの名前を上げた。
もっとも新参の少女の話が終わった後、視線は彼の元に集まっていく。
「なるほど、次は俺か」
三番目、『叁』の席に座る男、ローズの対面、黒い長髪を頭の後ろで束ねた武闘家だった。
「あんた……中華圏にルーツでもあんのか?」
ローズの問いは彼の席次に記された文字を見てのものだろう。
しかし、無銘はゆっくりと首を振る。
「悪いが憶えていないな。それに今や興味もない」
「みたいだな、続けてくれ」
ローズもそれ以上は追求することはなかった。
精神的に繋がっている彼女にも、それが嘘でないことが伝わったのだろう。
事実として、無銘は自らの出自の詳細を曖昧にしか憶えていない。
その名前すらも、誤魔化しているわけではない。
彼は本当に、自分の名前を憶えておらず、どうでもいいと思っている。
「見ての通りの有り様だ。方針を示せるとは思えない。
俺がこの地で戦ったのは、お前たちの他には……なんといったかな。
虫の使い魔を扱う超力の女くらいか……そういえば名前も聞いていなかったな」
つまり、他者の名前も同様に。
闘争のみに先鋭化された精神は余計な情報のストックを必要としないのか。
彼から共有される情報、狙うべきターゲットが示されることに期待はできない。
「ただ……そうだな。お前たちのことは、家族としてちゃんと守るさ。そのうえで……」
しかし彼は彼で、確固たる信念がある。
その在り方は、群生の一部と成った後も変わっていない。
「俺は強い奴と戦いたい。それが俺の望みになるだろう」
男は戦いを欲している。
それは生の尽きた後も続く男の在り方。
「その意味では、あの武人は素晴らしかったな」
「も、もしかして……剛田さんのこと?」
「ああ、彼はもう居ないのか?」
「剛田宗十郎さんは、貴方を倒すことと引き換えに発たれました。先代の3番ですね」
「そうか……ここに座っていたのか」
無銘は改めて、己が椅子に深く腰掛ける。
彼らしい、背もたれのない、石を積み上げて出来た無骨な椅子だった。
僅か数刻前の戦いを思い出しながら、男は味わうように感慨に耽っている。
「あの寝技は見事だった。願わくば、全盛期に立合いたかったものだ」
「へぇ、アタシより強かったのか? そいつは?」
ふとローズから向けられた視線に、無銘は表情を緩ませる。
彼自身、そんな経験は初めてのことだった。
「そうだな、単純な腕力はお前の方が強い。しかし技は、かの御老体が上回っていた。
俺がお前に勝った理由であり、御老体に負けた理由でもある」
「なるほどなあ……あ? まて、誰が誰に勝ったって?」
「うん? 俺がお前に勝ったという話だが」
そして誂うように口角を上げる。
「おーいおいおい、人の名前は忘れても勝敗結果だけは忘れんなよ。
テメエ最後は気絶しただろ。完全にアタシが勝ってただろうが」
ローズは憤懣やる方ないと言った様子で腕を振り回している。
それをあしらう兄のように、無銘は飄々と話していた。
「そうだな。で、その後お前はどうなった?」
「……アタシを殺したのはサリヤであって。お前じゃねえ」
「一緒のことだ。俺達は一体だからな」
「けっ……納得いかねえ。……同じ肉体になっちまって残念だ」
「それについては同意しておこう。お前とも、もう一度、闘ってみたかった」
彼もまた群生の一体。
名無しの男は、しかし最後に一つだけ付け加える。
「ああ……ただ……あれだな」
「ど、どうしたの?」
「内藤四葉に会う機会があれば、必ず俺に闘らせてくれ」
ただ一人、唐突に。
家族以外では、初めて無銘の口から発せられたフルネームに、にわかに全員の興味が集中した。
「へ、へえ、あなたから個人名が出るなんて珍しい。そ、その子、良い子なんですか?」
「無銘さんって、人の名前憶えられたんですね」
「どういう関係なんだよ」
「あのなあ……」
精神的な繋がりから、おおよそ答えの分かっている筈の問いを四方から浴びせられ。
無銘は肩をすくめ、苦笑いながら答えたのであった。
「自分の名前も忘れた奴が、そんなこと憶えてるわけないだろう」
『――ねえ、メリリン。本当の悪ってなんだと思う?』
――サリヤ・K・レストマン(Chamber5-Memory)
「私の番ですね」
やがて、目を閉じて押し黙った無銘の後を引き継ぎ、話し始めたのは第5席の女。
それは成熟した女性のようにも、儚げな少女のようにも見える。
見る角度によって印象を異にする、独特の雰囲気を纏う女性だった。
左右に紫水晶(アメシスト)と琥珀(アンバー)の色を湛えたオッドアイ。
綺羅びやかな薄紫色のウェーブヘアをハーフアップにしている。
「無銘さんがお疲れなので端的に。ローズちゃんにはもう話したけど、ここに親友がいるの。だから迎えに行ってあげたい」
年上と年下で敬語とタメ口を使い分ける口調。
さりとて堅苦しいわけでもない、朗らかな話し方。
サリヤ・K・レストマンは穏やかに微笑みながら、家族に向けて語っている。
「メリリン・"メカーニカ"・ミリアン 。あの子は多分、塔に向かってる」
「ぶ、ブラックペンタゴンか……た、たくさん人が、あ、集まってそう……だね」
「機械好きで、なんだかんだ好奇心には素直なあの子のことだから。
工業地帯に居ないのなら、もう中央を目指してる可能性が高いでしょう」
それに私も、あの塔には個人的な興味があるしね。
と、付け加え、サリヤは円卓を見回した。
「アタシは異議ねえよ。目立つ場所だしな。アタシの標的も向かってるかもしれねえ」
「強者が集う場所に行くのだろう、是非もない」
「ぼ、僕も賛成だよ……み、みんなで、む、迎えに行ってあげよう、サリヤちゃんのお友達を……」
提案された進路は満場一致で受け入れられた。
恭しく一礼したサリヤは、ああそうだ、と思い出したように。
「私からも、反対に、幾つか警戒すべき名前を挙げておきますね」
不意に、自らの唇に人差し指を当てたその動作を見て、隣の席のローズがぴくりと反応する。
「イグナシオ・"デザーストレ"・フレスノ、そして恵波流都。この二人には、特に注意してください」
内一人の名前が挙がるのは本日二度目だ。
ローズはポンと手を叩いて、仰け反ってみせる。
足を投げ出して円卓に乗せた体制はとても行儀が悪かったが、この場で咎めるものはない。
「そっか、あんた……やっと思い出した……!
誰かと思えば〝メルシニカ〟の元頭領じゃねーか」
「そうね、〝イースターズ〟の頭(リーダー)さん。不思議ね、これも縁かしら」
「てことはアレか、メカーニカってのが例の相棒(おかかえ)技術者かよ」
かつて、ラテンアメリカの僻地にて、サリヤ・K・レストマンの立ち上げた組織。
非認可かつ非合法の機材を生産販売するブローカー紛いの彼女らが、突如として飛躍的な成長を遂げたのは、ある技術者の加入によるものと噂されていた。
〝メカーニカ〟天才メカニックたる彼女の才能と、サリヤの〝前職〟で培った科学知識の合一によって、ステルスドローンを初めとした様々なオーバーテクノロジーを闇市場に流通させたのだ。
後に彼女らは『メルシニカ』と呼ばれた。
メカーニカとシエンシアの合一。サリヤの親友と母親の名を組み合わせて出来たコードネーム。
闇市場にひたすら開発品をばら撒く者たち。その功罪は計り知れない。
彼女らが開発した不法機器は善行にも悪行にも使われている。
怪盗『ヘルメス』の義賊的な行いに役立つこともあれば、その反対も。
ローズがリーダーを努めていたギャング―――イースターズも、間接的な得意先と言えた。
「アタシも直接やり取りしたことはなかったけどよ。
こっちに流れてきた商品は上手く活用させてもらってたよ。
おかげさまで、ヤクの取引が随分やりやすくなったもんだ」
ステルスドローンは当時、イースターズの取引を潰そうと躍起になっていたローマン率いるアイアンハートの目を欺き。
ヨーロッパ圏での違法薬物の流入加速に一役買っていた。
それはメルシニカの意図した事ではないが、彼女らの行いが間接的に為した事象ではある。
「なるほど、ラテンアメリカの犯罪組織、か。それで"デザーストレ"を警戒してるわけだ」
「ええ、さっき名前を挙げた二人は、私の仕事上で関わりのあった者達。
だからその危険性は熟知しているの。遭遇した場合は優先的に排除すべきね」
都合の悪いことを知る者、あるいは知り得る者達。
味方になれば心強いが、敵に回れば厄介な存在。
「め、珍しいね、サリヤちゃんが、敵視するなんて」
「まあ確かに"デザーストレ"は厄介な奴だったな」
「強いのか……そいつらは?」
そうして、家族や親友を語るときとは正反対の、氷の如く玲瓏な笑顔でサリヤは締めくくった。
「ええ、見つけたら殺すことを勧めるわ。
……たとえ、シリンダーに空きがなくてもね」
『――生涯をかけて、幸せな家庭を築くことを誓います』
――本条清彦(Chamber1-Memory)
「あ……そ、そ、そっか、ぼ、僕が最後なのか」
全員の視線を集めている事に気付いた第1席の男は、たじろぎながら背筋を伸ばした。
慌てて左右をキョロキョロと見回しつつ、本条清彦は口ごもる。
話すことを考えていなかったらしい主人格は、情けない様相で頭を掻いている。
「ご、ごめん、いつもた、頼りなくて……」
その視線はつい左側に流れてしまっていた。
『二』の席。先の戦いで主を失った椅子、今も空席となったままの弾倉。
今、彼女が居ればなんと言っただろうか。
きっと笑っただろう。
笑いながら、馬鹿にしながら、それでも本条の背中を叩いて、励ましてくれた筈だ。
「さびしい?」
「え……?」
顔を上げると、サリヤがいつもより、ほんの少しだけ細めた目で本条を見ていた。
「杏さんが居なくなって、さびしい?」
「そう……だね、うん、寂しいよ」
強がることに意味はない。
全ては言葉にせずとも、家族には伝わっているのだから。
「だけど、大丈夫。
今は、無銘さんも、ローズちゃんも、サリヤちゃんも……一緒にいて、くれるから」
だからこの気持ちも、伝わっている筈なのだ。
家族に対する心からの信頼と親愛。
そして、同じように伝わってくる。
「俺達は家族だからな。共に往くのは当然のことだ」
「シケたツラしてんじゃねえよ、キヨヒコ。このアタシがついてんだぜ。何を怖がることがある?」
「ほら、みんな貴方の味方だから。ね、元気を出して、清彦さん」
愛すべき家族(ファミリー)達の心。
本条が彼らに与えるものと同じだけの―――いや、三倍もの、信頼と親愛。
「あ、ありがとう、みんな。
こんな良い家族に囲まれて、僕は、し、幸せだなあ……!」
ここに、確かなる幸福の形がある。
閉じた輪の中で、それは紛れもない楽園を生み出した。
「それでだ本条、結局お前は何か言っておくことは無いのか?」
「あ、そっか、僕からみんなに共有すべきこと……か。
うーん、でも僕みたいな根暗に、大した知り合いなんて居ないしなあ……あー、いや、知ってる人はいるけど……」
「んだよ、煮え切らねーな。なんかあんなら言っちまえよ、キヨヒコ」
出し抜けに、ローズが椅子ごとぐいっと左側に寄って、本条の肩を掴む。
「ほら、言えよ。男か? 女か?」
「えっ、あ、その」
「その感じは女だろ? 誰だよ、惚れた女か? 抵抗すんなよ、アタシらに隠し事が出来ると思ってんのか?」
赤髪の少女は、本条の背中をバシバシと叩きながら囃し立てた。
その様子を、他の二人は微笑ましく見守っている。
「い、いや、で、でも、ほんとに知り合いとかじゃないんだって!」
「オイ、いい加減みっともねーぞテメェ、さっさと言わねえとまた股間蹴り上げんぞォ!?」
「ひィィィィ……いじめっ子が居なくなったと思ったら……もっと凶暴ないじめっ子が来ちゃった……」
キリキリ、カラカラ、音が鳴る。
くるくる、ころころ、鉄が回る。
カチカチ、キチキチ、槌が昇る。
「……ひ、ひーちゃん、だよ」
「はあ?」
薄暗い部屋の中央には、大きな円卓が鎮座している。
それを囲む六つの椅子(チャンバー)。
現在、装填された弾丸は四発。
「ひーちゃん……鑑日月。アイドルだよ。ファンなんだ、僕」
「んだよ、そりゃ、見た目通りのネクラキモオタクかよ……」
残る空席はあと二つ。
「しょうがねえなぁ! じゃそいつ見つけたらよ、姉ちゃんがアイドルの家族をプレゼントしてやるか!」
「そ、それは嬉しいけど……ええっと、僕、い、一応君より一回りくらい年上なんだけど……」
「ああ? っせーなテメエ、精神年齢が遥かに下なんだよ」
そして―――
「じゃれ合うのも程々にしておけよ。俺はもう少し寝る」
円卓の中央、くり抜かれたような内円の真中に。
「ハイ、では、皆さん。会議はこのくらいにして」
まるで、引き倒されたように。
「そろそろ行きましょうか。
……ほら、ちょうど目的地が見えてきましたよ」
転がった何かの残骸が―――
『―――I shot the sheriff,(保安官を撃ったのは俺さ)』
寂れた路上を、蠢く人影が進んでいく。
昇り始めた朝日の下、小さく歌を口ずさみながら。
『―――but I didn’t shoot no deputy.(でも副保安官をやったのは俺じゃない)』
その影は大人のようでもあり、子供のようでもあった。
その声は男性のようでもあり、女性のようでもあった。
『―――I shot the sheriff,(保安官を撃ったのは俺さ)』
銃弾は放たれる。それぞれの標的に向けて。
回り続けるシリンダー。目前には黒き塔。
『―――but I didn’t shoot no deputy.(でも副保安官をやったのは俺じゃない)』
今はただ、着弾の時を待っている。
【F-4/北部路上/1日目・早朝】
【本条 清彦】
[状態]:全身にダメージ(中)、現在は本条の姿
[道具]:なし
[恩赦P]:18pt(スプリング・ローズの首輪から取得)
[方針]
基本.群生として生きる。弾が減ったら装填する。
1.殺人によって足りない2発の人格を装填する。
2.それぞれの人格が抱える望みは可能な限り全員で協力して叶えたい。
3.ブラックペンタゴンへ行って“家族”を探す。
※現在のシリンダー状況
Chamber1:本条清彦(男性、挙動不審な根暗、超力は影が薄く人の記憶に残りにくい程度 睾丸と肛門にダメージ)
Chamber2:欠番(前2番の山中杏は無銘との戦闘により死亡、超力は口づけで魅了する程度だった)
Chamber3:無銘(前3番の剛田宗十郎は弾丸として撃ち出され消滅、超力は掌に引力を生み出す程度だった。睡眠中)
Chamber4:欠番
Chamber5:サリヤ・K・レストマン(女性、詳細不明、超力は指先から空気銃を撃ち出す程度)
Chamber6:スプリング・ローズ(前6番の王星宇は呼延光との戦闘により死亡、超力は獣化する程度だった)
最終更新:2025年05月13日 22:12