――――デザイン・ネイティブ。
 人体実験によって生まれた“人工超力世代”。

 それは、欧州の裏社会で語られる都市伝説。
 それは、欧州の裏社会で密かに生まれた狂気。
 その実態は、アジア圏における“超力研究技術“が闇の世界に流入した成れの果て。
 人の悪意と欲望が作り出した、業の結晶である。

 非人道的な薬物投与や遺伝子改造によって、生まれながらにして“意図的な超力”を与えられた子供たち。
 特定の異能を生まれ持たせるために、胎児期からの細工や改造を行われた新世代の命。

 ――非合法的な稼業の開拓や穴埋めを担う為の道具として。
 ――暗殺や隠密活動など、公に出来ない任務のための尖兵として。
 そうした目的のために、彼らの開発は進められた。
 某国の製薬会社を隠れ蓑にした“製造元”は、裏社会との接点を持つ組織や機関からの支援を受ける形でデザイン・ネイティブの研究を行った。

 されど、超力はあくまで個々人の素養に大きく依存するもの。
 その原理を歪める形で行われる“意図的な改造”は、人体への多大な影響を齎すことになる。
 結果として、研究の過程で数多の命が“消費”された。

 超力の機能不全。
 身体機能の致命的欠落。
 知的機能の甚大な損傷。
 認知能力の著しい障害。
 基本的な発達機能の破綻。

 生まれてきた子供たちの多くは、“過度な人体実験”の結果として重大な後遺症を負った。
 十分な成果を出せず、実験データの回収も済んだ彼らは、最終的に失敗作として廃棄された。
 彼らの一部は“超力奇形児”という呼び名を与えられ、裏社会の人身売買ルートへと流されたとされる。

 麻薬ビジネスのために欧州へと投入された“ネイティブ・サイシン”は、そうした犠牲の蓄積を経て生まれた“完成体”である。
 ――デザイン・ネイティブにおける貴重な“第一世代”だ。

 彼らでさえも身体機能の欠陥や情緒の不安定と言った障害を背負っていたものの。
 それでも破棄されてきた失敗作達に比べれば、薬物投与などで“強引に封じ込める”範疇だった。
 その代償として、彼らは初めから摩耗した“消耗品”として生きることを余儀なくされた。
 いずれも成年を迎えるまで生き延びることは難しいだろう――そう目されていた。

 この世界は、廃棄品(スクラップ)で溢れ返っている。
 ヒトとしての価値を失った者たち、あるいは奪われた者たち。
 彼らという存在は、光さえも届かぬ掃き溜めで無造作に積み重なっている。

 生まれ落ちた命であろうと、人の手で作り出された命であろうと、変わりはしない。
 全能なる神は救いを与えず、指先で運命を弄ぶだけだ。
 開闢と繁栄の足元で、人間というものは混沌の渦に翻弄されていく。




「お久しぶりですね、“鉄の騎士”殿」


 ――その神(おとこ)は、眼前の相手を見上げていた。


「失せろ、神父。あんたはお呼びじゃない」


 銃頭の男は、威圧するように神(おとこ)へと告げる。


「これはこれは、随分と手厳しい歓迎だ。しかし慈悲と寛容の心を以て赦しましょう」


 されど神(おとこ)は、悠々とした微笑を崩さない。


「あんたの説教には興味が無い――そう言いたいのが分からないか?」


 “鉄の騎士”、ジョニー・ハイドアウト。
 彼はその頭部の砲口を突きつけるように、神(おとこ)へと吐き捨てる。


「神(わたし)の言葉を必要とするか否か、それを決めるのは貴方ではない。各々の内なる意思です」


 “神父”、夜上 神一郎。
 彼は銃頭の敵意を物ともせず、粛々と言葉を並べ立てる。

 二人の男は、至近距離で対峙する。
 互いに睨み合うように、それぞれの論理を突きつける。
 ――彼らは、“久方ぶりの再会”を果たしていた。

 そんな二人を一歩引いた距離から、若き怪盗が見つめる。
 両者の間にある確執。その実態を知らぬ彼女は、一触即発の状況に息を呑みつつ。
 それでも怪盗ヘルメス――ルメス・ヘインヴェラートは、神父へと話し掛ける。

「……夜上神父、貴方の話は聞いている。
 ラバルダさんの教誨にも立ち会ったことがあるんでしょう」

 オーストラリアの麻薬女王、“サイシン・マザー”ことラバルダ・ドゥーハン。
 先刻にローマンとの遣り取りでも上がった名前を、ルメスは言及した。

「ええ。彼女もこの刑務に居合わせてくれれば良かったのですが」 

 夜上は何処か含みを込めた返答を、温和な声色で紡ぐ。 
 ――模範囚であるとはいえ、夜上の立場は破格と言っていい。
 単なる一囚人でしかない男が、その教養と知性を買われて所内での“役割”を与えられているのだから。

「そちらのお嬢さん……“怪盗ヘルメス”ですね?
 貴女も今まさに“試練”へと直面しているようだ」

 そんな夜上は、飄々とルメスへと語りかける。
 透明な硝子細工のように澄んだ瞳が、若き怪盗の双眸を捉える。
 ――まるで心の奥底を見透かされるような言葉に、ルメスは思わず目を見開く。

「貴方が神を見出しているのか、あるいは未だに迷える子羊として彷徨い続けているのか。
 ――――神(わたし)は、そこに関心があります」

 つい先刻の会話が、彼女の脳裏に蘇る。
 若きギャングスター、ネイ・ローマンとの対峙。
 悪意の犠牲者である彼が語った残酷なる現実、人の欲望が生んだシステム。
 メカーニカ、ラバルダ・ドゥーハン。その片鱗に触れながらも、真実を掴みきれず――理想と善意に眼を眩ませていた己自身。

 弱者を救う怪盗としての活動が、社会の闇に次なる混沌を呼び寄せた。
 ネイティブ・サイシン。人体実験の成果として人為的に生み出された、麻薬生成能力を備えた子供たち。
 生半可な正義感では何も変えられない。世界の悪意は留まることを知らず、“仕組み”と化して歯車を動かし続ける。 

 込み上げる負い目に苛まれるように、口を噤むルメス。
 苦悩と葛藤が、その胸の内を刃のように突き刺していく。
 しかし――それでも彼女は、諦念に膝をつくことを拒絶する。

 迷いの霧は、今なお晴れていない。
 善意が悪意によって踏みにじられる。
 過去にも幾度となく繰り返してきた経験だった。

 だからといって、容易く絶望するつもりはない。
 理想と現実の狭間。不自由な生き様を貫くことこそ、怪盗ヘルメスなのだから。
 ――“延ばした手に、必ず意味がある”。
 師である叔父から伝えられた教訓は、今も胸の内で灯火として宿り続けている。

 僅かに振り返ったジョニーと、刹那の合間に視線を交わした。
 自身を案ずるような彼の素振りを前に、ルメスは一呼吸を置き。
 相手のペースに飲まれぬように気丈な意思を保ちながら、口を開いた。

「あなたは、此処で何を望んでるの?」
「無論、人間(ヒト)を見極めることです」

 そうして、夜上はさらりと打ち明ける。
 自らの素性を良く知るジョニーが居合わせているからこそ、彼は包み隠すことなく語る。

「正しき者には神の導きを。
 悪しき者には神の裁きを。
 ただ、それだけですよ」

 ――涼しげに語る彼は、微笑みの裏に狂気を宿す。
 夜上神一郎。神父にして凶悪犯。
 “キルケニーの葬者”と称された連続殺人鬼。

 いかに刑務所内での信頼を勝ち取ろうとも。
 彼のことを知る者ならば、誰もがその悪名を知る。
 そのうえで尚、彼は一部の刑務官や囚人から崇敬を得ているのだ。
 夜上との直接の面識を持たなかったルメスにとっても、それは警戒に値すべき事柄だった。

「……それは、神父として?」
「如何にも。それが生業ですから」

 だからこそ、彼の温和な態度は異様なものとして映る。
 自らの思惑を語ろうとも、夜上の佇まいは変わらない。

「神(わたし)は可能な限り、多くの受刑者との邂逅を望んでいます。
 この刑務を通じて罪人達が何を思い、何を選び取るのか。
 ――――それを見定めることが、我が使命です」

 彼はただ、粛々と己の目的を告げる。
 まるで信者に自らの想いを語りかけるように。
 聖書を読み解き、神の教えを諭すかのように。

 受刑者達と対峙し、彼らが各々の罪や神と如何に向き合うのか。
 その果てに何を選び取るのか。そして、彼らに“道を歩む”資格があるのか否か。
 それを見つめて、善悪を見極める――夜上は裁定者の如く振る舞う。

 彼は、その思惑に迷いを持たない。
 それが在るべき行いであると、疑いの余地を持たない。
 何故ならば彼は、己が宿す“神”を信じて疑わないのだから。
 自らの絶対的な法と掟に従い、人を裁くことに躊躇を抱かないのだから。 


「“イエスはこう答えられた”」


 そんな神父に対し。
 “鉄の騎士”が、口を開いた。


「“主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ――と記されている“」


 “マタイによる福音書”、4章10節。
 神の教義を基に、悪魔の誘惑を跳ね除けるイエスの逸話。
 廃材じかけの便利屋(ジョニー)は、その内容を呟く。

「なあ、神父。あんたは何に仕えている」

 そうしてジョニーは、返す刀で問い掛けた。
 彼の胸中に宿り続ける疑念の刃は、眼前の夜上へと向けられる。

 邪なる神父は――――ほんの一瞬、その表情から笑みが消え失せる。
 刹那の狭間、無言のままに“鉄の騎士”を射抜いた眼差し。
 硝子のような瞳が、沈黙の最中に訴えかけた。
 お前は何を訳の分からないことを言っているのだ、と。

 やがて夜上の訝しげな表情が、柔和な微笑みへと変わる。
 何事もなかったかのように、“温厚な神父”の顔へと戻る。

「奇妙な問いだ。“私”は神に仕える身ですよ」
「……そうかい」

 夜上の返答に対し、ジョニーは腑に落ちない態度で呟く。
 彼は夜上という男を知っている。彼が如何なる男なのかを、既に理解している。

 ――――神とは、個々の魂に内在するもの。
 夜上は自ら“神”を名乗りながら、“神”を偏在化させている。
 各々の秘める“内なる神”を掘り起こし、その信仰と価値を確かめていく。

「あんたは、御託を並べているが」

 自らが人を見定め、人に判決を下す立場にあると規定している。
 己こそが人を諭し、人を誅する者であると、傲岸なまでに確信している。
 なればこそ、この男は――――。


「信仰(かみ)を見失ったんだろう?」


 この男は、最早”神父“ではない。
 何故なら彼の思想は、然るべき”神の教義“から踏み外しているのだから。
 ジョニーは、そんな疑心を夜上へと突きつけた。


「いいえ、見つけたのですよ」


 対する夜上は、答えた。
 己はただ、信仰の在るべき姿を見つけただけだと。
 聖像のような笑みを浮かべて、何の躊躇いも無しに言い放った。
 酷く穏やかで、何処か非人間的に見えるほどの“仮面”を貼り付けていた。


 そんな彼の返答に対し、ジョニーは沈黙した。
 思いを巡らせるように、微笑む夜上を見据えながら。
 人のカタチを失った顔の裏側で、鉄の騎士は黙考する。

「何故、そのようなことを問うのですか?」
「こうしてまた顔を合わせて、気になったのさ」

 柔和な笑みを浮かべたまま、問いかける夜上。
 ジョニーは、ふぅと一息を付き――僅かな間を置いてから言葉を続けた。

「なんで“あんたが”人を裁くのか、ってな」

 そう告げるジョニーの声から滲み出る、不信と疑念。
 自らを神であると標榜する男に対する、確固たる嫌悪。
 そして“何がこの男を此処まで駆り立てたのか“という、ある種の哀れみ。

「この眼に、焼き付いたからですよ」

 “神父”は、酷く眼が良い。
 あらゆる存在を捉えてみせて。
 あらゆる真理を見通してみせる。

「“世界の歪み”というものが」

 ヒトの眩き光も、忌むべき闇も。
 尊ぶべき善も、裁くべき悪も。
 その網膜に刻み込まれている。
 瞳孔を蝕んだ澱みは、いつまでも消えない。

 この現世の本質を、悟ってしまったが故に。
 己だけがそれを理解していると、妄信の魔道へ突き進んでしまったが故に。
 夜上 神一郎は、自らの狂気が導き出す“神”を説くのだ。

 “神”は揺るがない。“神”は動じない。
 強固な意志へと昇華された狂信が、彼を怪物へと変える。

「……神(わたし)も、気に掛かっていたことがあります」

 故に彼は、動じることもなく。
 自らもまた、鉄の騎士に対して問い掛ける。

「なぜ貴方は、人の姿を棄てている?」

 夜上が見据えるのは、ジョニーの姿そのもの。
 全身に金属を取り込み、人の形をした“継ぎ接ぎの鉄屑”へと成り果てた怪人。
 己の肉体を改造し続け、人としての容貌を棄て去った異形の銃頭(ガンヘッド)。
 それがジョニー・ハイドアウトという男だった。

 人ならざる姿を“生まれ持ってしまった”亜人型、異形型の超力使いとは事情が違う。
 この鉄の騎士は、自らの意思で人の姿を“棄てている”のだ。
 己の出自も、人種も、アイデンティティさえも捨て去る行為に等しい。
 ともすればそれは、相応の決意か――あるいは狂気がなければ踏み越えられぬ一線だ。

 鉄の騎士は、口を閉ざしていた。
 静寂の中で、何かに思いを馳せるように。
 ――何故、人の姿を棄てているのか。
 突きつけられた問いに対し、やがてジョニーはただ一言だけ答える。

「まともじゃ居られなくなったからさ」

 彼はもう、聖書を振り返らない。
 錆びついた世界で、神は人を救わない。
 鉄屑の騎士は、そう考える。

「成る程。確かにこの罪深き俗世で、正気を保ち続けるのは難しい」

 そんなジョニーの意を汲んだように、夜上は目を伏せる。
 彼もまた、目の前の相手に対する僅かな憐れみをその瞳に抱く。
 鉄の騎士。無機物の肉体に包まれた奥底。そこに宿るものを、夜上は薄々と悟る。

「故に、だ」

 そうして夜上は、言葉を続けた。
 伏せていた目を見開き、狂信の月を輝かせる。

「道なき世界にこそ、信仰(かみ)の導きが必要なのですよ」
「信仰?あんたは“誰かを断じる自分自身”に祈ってるだけだ」

 己が絶対的に信じる道を指し示す夜上。
 されどジョニーは、そんな彼の施しを切って捨てる。

「あんたが人を救うのは、結果でしかない」

 ――何処か、己自身に言い聞かせるように。
 ――自らに対する、戒めを刻み込むように。
 ジョニーは、神父をそう断じる。

「結局のところ俺達は、社会の掃き溜めを生きる“悪人”だろう」

 夜上の顔から、次第に笑みが失せていく。
 否、その笑みの意味が切り替わっていく。
 柔和なる聖職者としての微笑みが、変質していく。
 傲岸なる眼差しを湛えた、冷酷なる破顔へと。
 巡礼の神父は、その仮面を変えていった。

「ましてや、屍の山を築いた男が――」

 そして、ジョニーの右腕が。
 まるで部品を組み替えていくかのように。
 鉄とパイプが、変形を遂げていく。
 右手の形状が、鉄板にも似た刀剣と化していく。

 “鉄の騎士(アイアン・デューク)”。
 ジョニー・ハイドアウトの超力。
 金属を無造作に取り込み、自身の肉体を改造する。


「聖人を気取るなよ」
「抜かせ、銃頭」


 騎士と神父。二人の悪党。
 両者の緊張が、限界を迎えるように。
 その敵意が迸り、“一瞬の交錯”が成った。




 ――夕焼けの空の下。
 日が落ちゆく中で、仄暗い灯火が燈される。
 悲哀を滲ませるように、世界が赤く染まる。

 朱色の光に包まれる、小さな丘の片隅。
 近場の町外れに位置する、質素な墓地。
 足元の雑草が、風に揺れ動く中。
 八つの墓標が、寂しげに建てられていた。

 簡素な墓石には、死者の名がそれぞれ刻まれて。
 申し訳程度の柵が、彼らの領域を囲んでいる。
 並び立つ墓標の前に立つのは、全身が鉄屑で構成された怪人。
 砲身の頭部を備えた異形の男――その表情は伺えず、しかし思いを馳せるように墓石の名を見つめる。

 この地に、彼らを勧んで弔う者達はいなかった。
 彼らとは何の縁も無く――その存在を知る者さえも、殆ど居ないからだ。
 故に此処を訪れる者は、ただ二人だけしかいない。

 “事件”に関わって事情を知り、彼らを弔うことを選んだ墓主の神父。
 そしてこの墓地で眠る者達の命を葬った張本人――今も近場の街に滞在する“便利屋”だった。
 それはアビスの刑務から、2年と数ヶ月前の出来事。

『今日も、弔われているのですね』
『ああ。そうさ』

 便利屋、“鉄の騎士”の後方から語り掛ける声。
 近隣の教会に務め、この小さな墓場を築いた老神父が、この場を訪れていた。
 ある事件を解決して以来、鉄屑の怪人は近隣の町に滞在していた。
 この地域を離れるまでの間、彼は“墓参り”を欠かさなかった。

『俺は神を信じちゃいないが』

 錆びた鉄屑の匂いと共に、金属仕掛けの口元から蒸気のような息を吐く。
 憂いのような感情を込めて、一呼吸を置いた。

『この子達の慰めには、神が必要なんだろう』
『……ええ。それが我々に出来る、せめてもの祈りです』

 この墓場に葬られているのは、人間の業の犠牲者たち。
 人の手によって作られ、人が命を弄んだ結果としての産物。
 混沌の時代が生み出した、禁断の果実。

 計8名の“デザイン・ネイティブ”。
 人体実験によって暗殺に適した超力を生まれ持ち、試験的に実戦へと投入されていた。
 彼らはいずれも十歳に満たぬ少年少女だった。
 その全員が、暗部の依頼を請けた“鉄の騎士”の手によって始末された。

 ――この時は知る由もなかったが、彼らは後に欧州へと本格投入されることになる“ネイティブ・サイシン”の前身である。

 鉄の騎士、ジョニー・ハイドアウト。
 彼はかつて、闇の一端に触れていた。

 そう、これはただの仕事。
 いつもと変わらない、汚れ役だ。
 元より大義なんか信じちゃいない。

 依頼を受けて、オーダー通りに任務を遂行した。それだけのこと。
 ましてや、欧州の暗部に流れ込もうとした“闇”を食い止めたのだ。

 されど――便利屋の胸中には、遣る瀬無さだけが纏わりつく。
 この件によって犠牲になったもの。踏み躙られたもの。
 自らが終止符を打った。彼らの死を以て、ケリを付けた。
 ジョニー・ハイドアウトは、人の罪によって生み出された少年少女達を葬ったのだ。

 子供達を罪から解き放った、と言えば聞こえはいいだろう。
 しかし目の前に横たわる事実は、そんな単純な言葉で割り切れるものではなかった。

 彼らは生まれながらにして、その生命を侮辱された。
 その尊厳を誰にも守られなかった彼らに対し、死という終着を与えることしか出来なかった。

 いつものことだ。いつも通りの世界だ。
 路地裏に廃材が積み上がるばかりの、掃き溜めの現実でしかない。

『……神父様よ。俺は、何をしてるんだろうな』

 それでも、便利屋は呟く。
 自らの罪を省みるように、懺悔の一言を零す。
 ――この狂気の世界を“生き抜く”ために、人の姿を捨てた。
 しかし意思というものは、そう容易く割り切れるものではないらしい。
 そんなジョニーの背中を、老神父は無言で見つめる。

 ――――死者の思念を取り込み、自らの精神世界に内包させる。
 それがこの老神父の“超力”。他者を吸収する群体型能力の変則的な亜種。
 彼自身にも制御の出来ない、自動発動型のネオスだ。

 神父として数多の死を見届けてきた彼は、夥しい数の思念をその身に宿している。
 鉄の騎士が仕留めた少年少女たちが何を思い、何を感じていたのか。
 この老神父は、それを知っている――されど彼は、自らが取り込んできた思念について断じて語ったことはない。
 死者達の尊厳を守るように、彼は強固な理性によって沈黙を続けていた。

 掃き溜めを生きる鉄の騎士が、誰かの死を踏み越えていくように。
 老神父もまた、誰かの死を背負い続けている。
 葛藤を覆い隠しながら、互いに歩んでいる。

『私には、貴方の是非を問うことは出来ない』

 やがて神父は、静かに語りかける。
 自らの思いを淡々と、噛み締めるように。

『しかし貴方の心には、彼らへの確かな慈悲が存在する」

 自らの罪を振り返る“鉄の騎士”。
 悔やむ彼の意思を、神父はその言葉と共に労う。

『それだけは間違いないと、私は信じています』

 それが正しき行いなのか、悪しき行いなのか。
 偶然にこの一件に関わっただけに過ぎない神父は、その答えを断じることは出来ない。

『貴方の胸中には……善き心がある』

 されど“鉄の騎士”が抱く想いは、決して否定されるべきものではないと。
 神父は確信を抱くように、彼へと告げていた。

 自らの懺悔に対し、有りの儘に答えた神父。
 そんな彼の言葉を噛みしめるように、ジョニーは沈黙する。
 暗闇へと向かう夕陽の下で、静寂が吹き流れる。

『……悪いな』

 やがて暫しの沈黙を経た後。
 “鉄の騎士”は、ただ一言の礼を告げた。
 引け目のような意思と、感謝の念を込めて。

 彼は、神を信じていない。
 彼は、神を望んでいない。
 この地の底に、神は救いを与えない。
 所詮は世界を弄ぶだけの虚像であると。
 掃き溜めの騎士は、神を否定する。

 しかし、人はなぜ神へと祈るのか。
 それだけは、理解できる。

 人には、慰めが必要なのだ。
 救いを信じるための“大きな器”が必要なのだ。
 だからこそ、彼は祝福を以て“子供たち”を弔う。
 神を見失った世界で、せめてもの安寧を願った。

『“騎士”殿』

 それから老神父が、再び口を開いた。

『彼らを葬ったのも、依頼を受けてのことだとお聞きしました』

 その声色からは、迷いや葛藤が垣間見える。
 彼の悔いを理解した上で、彼へと“話”を投げかける。
 それに対する負い目を、神父はその素振りから滲ませた。

 されど、ジョニーは神父を咎めなかった。
 ――何故、この墓地で自分へと声を掛けてきたのか。
 その理由を、彼は薄々と察していたからだ。
 ただ自分と共に子供たちを弔いに来ただけではないのだと、ジョニーは直感で悟っていた。

『……どうか貴方に、“調査”を頼みたい』

 そうして老神父は、依頼を持ちかけた。

『アイルランドのある地域に着任している“日本人の神父”』

 この“鉄の騎士”が報酬次第であらゆる依頼を引き受ける便利屋であることを見込んで、自らの事情を話した。

『彼の周辺で、多くの行方不明者が出ている』

 それは、まことしやかに囁かれる噂話に過ぎず。
 その男の信頼は厚く、誰もが彼を疑うことをしない。
 されど彼と旧知の仲である老神父だけは、疑念の眼差しを向けていた。


『――――名は、コウイチロウ・ヤガミ』


 夜上 神一郎。
 アイルランドの日系移民であるカトリックの神父。
 神学校では神童と謳われた敬虔な聖職者である彼は、若くして地域の中心的な教会の統括者となっていた。

 この老神父は、夜上との親交を持っていた。
 少年期から彼のことを知っているが故に。
 彼が抱える“歪み”のようなものを、察知していた。
 そして夜上の周辺で語られる“噂話”をきっかけに、その疑念を強めることとなった。

『神を見失って久しい、この世界ですが……』

 故に老神父は、鉄の騎士へと“依頼”する。
 この疑念の真偽を確かめるために。

『私はせめて、善が喪われていないと信じたい』

 神の祝福が、神への信仰が衰えつつあるこの世界で。
 せめて善悪には正しき報いがあることを、祈るために。

 老神父が語った“依頼”を、鉄の騎士は無言で聞き届けていた。
 彼の言葉に対し、その鉄仮面の下で思いを巡らせる。

『――“願わくは主が貴方を祝福し、貴方を守られるように”』

 それは聖書の一節。
 老神父に送る、祝福の言葉。
 世話になった礼を告げるように、鉄の騎士は呟き。
 やがて静寂の狭間を経て、静かに口を開いた。


『仕事の話をしようか』




 沈黙と、静寂。
 朱色に照らされてゆく草原の中央。
 朝焼けの中に、鉄の騎士が佇む。

 夜上の姿は、既にこの場には無かった。
 ほんの一瞬の交錯。刹那の攻防。
 その狭間を経て、彼は迷わず撤退を選んだ。
 彼はジョニーの実力を知っている。
 それに加えて、ルメスの介入を警戒したのだろう。

 彼は娑婆においても、鋭い危機察知能力を備えた人物だった。
 何の後ろ盾も持たず、自らの話術と工作を駆使しながら連続殺人を実行してきたのだ。
 ごく一部、彼に心酔した信者を手駒として利用もしていたが――隠蔽や偽装も含めて、その大半をほぼ単独で遂行し続けた。
 故に窮地への嗅覚は鋭く、今回も迷いなく“退くこと”を選んだのだろう。

 夜上を追撃することも考えたが、他の目的を優先するべきだろう。
 ジョニーはルメスと視線を合わせて、その認識を共有する。
 この刑務での生存。依頼の遂行。メカーニカとの合流、メアリー・エバンスの対処。
 互いに生き延びていけば、自ずとまた対峙することになるかもしれないが。
 それでも今のジョニーは、あくまで行動の優先順位を冷静に見極める。

「……悪いな、ヘルメス。頭に血が上っちまった」
「気にしないで、便利屋(ランナー)さん」

 ジョニーは、ルメスへと謝罪を述べる。
 自らの過去の確執に彼女を巻き込んでしまったが故に。
 しかしルメスは、あくまで微笑みで返す。
 彼を咎めることはせず、そして次の言葉へと繋げる。


「お互い様でしょう。この世界で、ずっと戦ってきたのは」


 ――――ジョニーが如何なるものを背負い、此処まで歩んできたのか。
 ルメスはそれを知らない。彼という男について、未だ多くを知らない。
 それでも彼女は、先程の夜上との遣り取りの中で、その断片を察していた。

 鉄の騎士。彼が神父へと向けた怒りは、単なる嫌悪のみに基づくものではない。
 彼もまた世界の理不尽を知り、その上で歩き続けている。
 それを直感のように見抜いたからこそ、ルメスはそう告げた。

 ジョニーは、鉄屑の顔の下で微かに驚愕を抱く。
 思わぬ労いを前に、暫し惚けるように沈黙をしていたが。
 やがて彼は、ふっと笑みの声を漏らした。

「……ああ。そうだな」

 鉄の騎士は、ただ一言。
 思いを抱くように、そう返答をした。

 互いの沈黙の中で、意思を交錯させる。
 決意と葛藤を、それぞれ振り返りながら。
 自分達が為すべきこと、止めてはならない歩み。
 それらを省みるように、静寂の中で世界を見つめた。

 そうして二人は、互いに視線を動かす。
 自分達が目指す地点を、改めて見据える。
 会場の中央に聳え立つ、漆黒の巨塔。
 ――――ブラックペンタゴン。

 ルメスが“メリリンの向かう先”として目星を付けた施設。
 刑務にまつわる手掛かりとして、あるいは彼女の好奇心の対象として。
 メリリンが目的地として選ぶ可能性は高いと、ルメスは踏んでいた。
 そしてルメスとジョニーもまた、この施設を調査する必要は大きいと考えていた。

 朝日が昇りゆく。夜は終わりを告げる。
 この刑務において、最初の夜明けが来る。
 ――放送の時が、近づいている。


【F-4/草原(北部)/1日目・早朝】
【ジョニー・ハイドアウト】
[状態]:健康
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.受けた依頼は必ず果たす
1.頼まれたからには、この女怪盗(チェシャキャット)に付き合う
2.脱獄王とはまた面倒なことに……
3.岩山の超力持ちへの対策を検討。
4.メカーニカを探す。見つけたらローマンとの取引内容も話す。
5.夜上神一郎への強い不信感と敵意。
※ネイ・ローマンと情報交換しました。

【ルメス=ヘインヴェラート】
[状態]:健康、覚悟
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.私のやるべきことを。伸ばした手を、意味のないものにしたくはない。
1.まずは生き残る。便利屋(ランナー)さんの事は信頼してるわ
2.岩山の超力持ち、多分メアリーちゃんだと思う……。出来れば、殺さないで何とかする手段が。
3.メカちゃんを探す。脱獄王からの依頼になったけど個人的にも色々あの娘の助けがいりそう。ローマンとの取引内容も話す。
※後遺症の度合いは後続の書き手にお任せします
※メカーニカとは知り合いです。ルメス側からは、取引相手であり友人のように思っていました。
※ネイ・ローマンと情報交換しました。

【夜上 神一郎】
[状態]:疲労(小)、多少の擦り傷
[道具]:デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.救われるべき者に救いを。救われざるべき者に死を。
1.なるべく多くの人と対話し審判を下す。
2.できれば恩赦を受けて、もう一度娑婆で審判を下したい。
3.あの巡礼者に試練は与えられ、あれは神の試練となりました。乗り越えられるかは試練を受けたもの次第ですね。誰であろうと。
4.“鉄の騎士”は、いずれ裁く。
※刑務官からの懺悔を聞く機会もあり色々と便宜を図ってもらっているようです。
ポケットガンの他にも何か持ち込めているかもしれません。

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あなたの神は何を選ぶ? 夜上 神一郎 「Desastre」
若きギャングスター ジョニー・ハイドアウト 無垢なる祈りは少女の夢を壊せるか
ルメス=ヘインヴェラート

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最終更新:2025年06月01日 19:24