ブラックペンタゴンの一室。
機器が林立し駆動音が木霊する工場エリア。
ネイ・ローマンとメリリンのふたりはその場で黙して、流れる放送に耳を傾けていた。

無感情な電子音。
それを合図に、施設中に響く定時放送が終わりを告げた。
数秒の沈黙のあと、ローマンがふっと短く息を吐く。

「そうかい。くたばっちまったのか、ローズ」

椅子に腰をかけたまま、彼はただ事実をなぞるように呟いた。

スプリング・ローズ。
『アイアンハート』と敵対するストリートギャング『イースターズ』のリーダーを務めていた女。

敵対する存在として、これまで幾度も火花を散らしてきた。
ローマンにとっては宿敵とも言っていい相手だ。
だが結局、直接の決着はつけられずじまいだった。

哀悼を捧げるような関係ではない。
むしろ顔を合わせれば、間違いなく殺し合っていた間柄だ。
それでも一つの関係が終わってしまった事実に、ほんのわずかな感傷が滲む。

「……沙姫」

メリリンが小さく、別の名を呟いた。

舞古 沙姫。
かつて何度も取引を交わし、簡易ながら共同の技術開発も行ったこともある相手だ。
オンライン越しの付き合いで、直接会ったことは一度もないが、この業界で貴重な信頼に値する相手だった。
そんな稀有な存在の死が、胸の奥を静かに軋ませる。

だが、彼女にとって何よりも衝撃だったのは、ドン・エルグランドの名が呼ばれたことだ。
面識などあるはずがない。
それでも、ラテンアメリカを根城にしていたメリリンの耳には、カリブ海を支配した大海賊の名は幾度となく届いていた。

曰く海賊王。
嘘のような武勇伝。神話めいた逸話を幾つも残した伝説の略奪者。
そうした語り草の中にあった男の死が、ただの情報としてあまりに無機質に告げられた。
そのギャップは、ずしりとした重みを伴って胸に沈んでくる。
重々しく静まり返った空気の中で、それを打ち破るようにローマンが口を開く。

「放送は終わったみてぇだな――で、続けるか?」

椅子の背にふんぞり返り、ニィッと挑発的に唇を釣り上げる。
まるで、直前まで交わされた攻防など忘れたかのような軽い調子。
その目は冴えたように鋭く、メリリンを射抜いていた。

「……決まってるでしょ。こっちは完全に優位なんだから」

ローマンの周囲には取り囲むようにドローンが浮遊し、床ではラジコンユニットが蠢いている。
取り付けられたその銃口は全て、中央の男を正確に捉えていた。
だが、応じた言葉に、ローマンが吹き出すように笑う。

「ハッ、そりゃそうだ。この状況だけ見りゃな。
 だがまぁ、実際、良い線まではいってたぜ。そこは認めてやるよ」

絶体絶命ともいえるこの状況で、なおも上から目線の言葉を吐く。
その度胸は大したものだが、そんなものは強がりでしかない。
少なくともメリリンの目にはそうとしか映らなかった。

だが、状況を気にした風でもなくローマンは同じ調子で続ける。
そして数える様に指を折りながら、静かに言った。

「だがな。二つ、致命的なミスがあった」
「……は?」
「ひとつは、初手でオレを仕留め損ねたことだ。
 不意打ちは、殺しきって初めて意味がある。中途半端な奇襲は、ただの警告にしかならねえ」

言葉と共に、右手の傷をさすりながら、彼は口の端を吊り上げる。

「二発撃つなら。最低でも、殺すための一発と、しくじった時の為に相手を削ぐための一発を分けて打つべきだったな。そうすりゃ次で殺せる確率が高くなる」

撃ち込まれた2発のボルトは両方とも頭部を狙っていた。
これに関しては頭部の狙撃を防いだローマンが上手だったという話だが。
必殺を狙うなら確実に殺せる攻撃を仕掛けなかったのは彼女の落ち度だ。

「そして、二つ目。まあこれは一つ目にも繋がる話だが」

そう言いながら、ゆっくりとローマンは椅子から立ち上がる。

「死角から攻撃してくる何かがあるってことをオレに知れちまったっってことだ。要はテメェの手の内はもう割れてんだよ」

その目に、じわりと残酷な光が宿る。
その光に射抜かれメリリンは思わず息を飲んだ。

「だ、だからなに? それを知ったところで……」

そう簡単に対処できるわけじゃない。
そう言おうとした言葉を、やれやれと言った風に静かに首を振って否定する。

「意図は分かるさ、脅し文句って奴だ。自分の優位を見せつけて、敵を精神的に揺さぶる。よくある話だ。
 だがな、手の内ってのは割れても問題ない物と、割れるとマズイ物がある。小細工を弄する方法ってのは大抵が後者だ」

まるで素人に戦い方を教える教官のような言い方だ。
淡々と語るその声は、圧倒的な実戦で培われた経験の違いを物語っている。

「小細工を弄するなら手の内は隠せ、手の内を晒すなら更に上の奥の手を持て
 そうじゃないなら手の内が割れた時点で、なりふり構わず全力で潰しに来るべきだった。猶予なんて与えるべきじゃなかったんだよ――――お前は!」

その言葉が終わると同時、ローマンが動いた。
目の前の金属製作業台。その端に足を引っ掛けたかと思えば、豪快に蹴り上げる。
50㎏を超える作業台は縦に跳ね上がり、ドン、と鈍い衝撃音と共にその勢いのまま立ち上がる形で地面に固定された。

「くっ……!」

その動きにメリリンも反応する。
殆ど反射的に一斉掃射の命令を出し、計七機のドローンとラジコンが一斉に火を吹く。
空中から、地上から、殺到する火線――――だが。

それよりも早く、ローマンは一瞬の遅れもなく、縦置きになった作業台に背から滑り込み、即席の盾とした。
ローマンの背後から飛来しだ弾丸は、鋼鉄の盾に悉く叩きつけられ、甲高い音を立てて弾かれていく。
死角を削り、攻撃角度を制限されたことで、射線の優位は失われた。
そして、盾の外――制限されたローマンの視界に入った敵機たち。

「――――消えろ」

その一言とともに、ローマンの前方に、凄まじい衝撃が走る。
目に見えているのなら相手の敵意の有無など関係がない。
敵を撃ち落とすのはローマン自身が放つ破壊衝動だ。

ボルトの弾丸が嵐の様な衝撃に飲み込まれ、ドローンが弾かれるように吹き飛ばされた。
地を這うラジコンは、隠れ潜む機器ごと巻き込んで跳ね上がる爆風の中で歪むように破壊される。

「……くそ……!」

メリリンが思わず悪態をつく。
一瞬で、メリリンが用意したガジェットの半数が壊滅した。
残るのは背後側に展開した半数、それも小さな銃身では鉄の作業台は撃ち抜けず、かと言って前に出せば即座に撃ち落とされるだろう。
作業台をどうにかしようにも、メリリンの操作できるのは自身の体重の半分まで。盾となっている鋼鉄製の作業台はメリリンが操作するには重すぎる。

絶対有利の状況が僅か一手で覆された。
これは超力の力だけの話ではない。
戦闘に対する経験が、踏んできた場数が、技術者であるメリリンとは余りに違う。

「で――もう一度聞くぜ。まだ続けるか、メカーニカ?
 死ぬまで続けるってんなら止めはしねぇが、せっかくせっせと拵えたんだ、全部ぶっ壊れる前に降参しちまうのがお勧めだぜ?」

視線を外さず、あくまで静かに問いかけるローマンの声は、もはや軽口ではなかった。
気に入った相手だろうと続けるのなら殺すと、殺意を纏った熱が滲んでいた。


鉄と紫花の庭園から抜け出した四葉は、疲弊した身体を引き摺るようにして通路を進んでいた。
足取りは重く、呼吸も荒い。
破損した甲冑の断片が歩くたびに軋み、銀片が床に落ちては不規則な音を響かせる。

「ったく、アホみたいに強ぇな……チャンピオン……」

肩で息をしながらも、どこか満足そうな笑みを浮かべていた。
鼻血は乾き、口内に広がる血の味も次第に薄れていく。
それでも全身の痛みは消えず、肋骨が何本かいってることに彼女自身も気づいていた。

そんな時だった。
通路の天井に設置されたスピーカーから、あの無機質な声が響いた。

「……あらら。無銘さん、死んじゃったのね」

四葉は立ち止まり、少しばかり間の抜けたような声で呟いた。
軽口に聞こえるその口調に、取り繕うような気配はなかった。
ただ、それ以上でもそれ以下でもないそんな淡白な響き。

それから少し、記憶を辿るように瞳を細めた。

あれは、どこの国だったか。
乾いた大地と、鉄錆のような風が吹く、陽炎の街。

鉄柵に囲まれた荒野で、四葉と無銘は出会った。
言葉少なな男だったが、瞳の奥には確かな熱を宿していた。
まともな武器も持たずに、素手で四葉の甲冑を砕きに来た変人。
戦闘狂(バトルジャンキー)という言葉を、まるで鏡で見たように理解できる存在だった。

一合目で、四葉の肩口を砕かれ。
二合目で、無銘の顎に剣の柄を叩き込んだ。
三合目は――記憶も曖昧な、ただの混沌だった。
最終的には、互いに戦闘不能でその場に転がった。

「いやあ、楽しかったなぁ。あの喧嘩は」

壁にもたれかかり、四葉は息を吐いた。
その表情に、悲しみはない。
驚きすら、ない。

自身の命をベッドしてスリルを買う。
そういう生き方しか、してこなかったのだから。
彼も自分も、どちらかが先に死ぬのは当然の成り行きだった。
けれど。

「もっかいやりたかったなあ……」

そう呟いた声には、ほんの僅かな未練があった。
ただ、戦闘という快楽の続きを楽しめなかったことに対する、本能的な残念さ。
強者と交わす一手、それこそが四葉にとっての対話だったから。

「ま、しゃーないか。次に殴り合う相手に、もっと期待するだけだよね!」

自嘲気味に笑いながら、四葉は再び歩き出した。
どこかにまだ、面白い奴がいると信じて。

血と鉄と毒花の残り香を背に――内藤四葉は、前へと進み続けた。


ブラックペンタゴン・南ブロック1F。
巨大なエントランスホールは、相変わらずの無機質な美しさを湛えていた。
天井から吊るされた照明は、白く静かな輝きを放ち続け、黒曜石のように磨かれた大理石の床が光を受けて、歩く者たちの姿を鮮やかに映し出していた。

その鏡のような床を踏みしめ、甲高い足音を響かせながら、一人の少女が血と破片の痕を引きずるようにして、ホール中央へと四葉が姿を現した。
砕けた甲冑、欠けた指、乾きかけた血の痕が頬を汚し、鋼の装いは半ば崩れていた。
だが、それでも彼女の口元には飢えを満たされた肉食獣のような、満足げな笑みが浮かんでいる。

「よぉ、ヨツハじゃねぇか」

それとタイミングを同じくして、向かいの扉からエントランスホールに姿を見せたのは、白髪のギャングスター、ネイ・ローマン。
目の奥に宿る血の気を隠すことなく、気怠げに口元を吊り上げる。

その背後には、オイルと煤に塗れたプレートアーマーを纏った女、メリリンの姿もあった。
無表情ながら不満げな態度で、ローマンの後ろに従っている様子だ。
現状を見据えながらも、四葉の姿に視線を留める。

「うへぇ……ネイじゃん。入れ食いだねぇ。ちょっと今、お腹いっぱいなんだけど」

ブラックペンタゴンという怪物の胃袋は、次から次へと名の知れた猛者を吐き出してくる。
戦闘狂にとっては垂涎ものの楽園たが、満腹の状態で満漢全席を出されても、食べきれないのでもったいない。

「でも、食べないのはもっともったいないよねぇ…………!」

そう言って、欠けた歯を剥き出しにして、狂犬は笑う。
死線の果てでもなお、彼女の飢えは尽きていない。

「さかるなよ、駄犬。俺ぁテメェとやり合う気なんざねぇんだよ」

ローマンは構えすら取らずに吐き捨てる。

「ちぇ。そりゃ残念」

四葉が舌打ちまじりに肩をすくめる。
四葉としてもやれればラッキーくらいの提案だったのだろう。
即座に引いたあたり、自分の体力的に限界なのは理解しているようだ。

「あれ、そっちの人って……」
「ウチの新人だよ。メリリン・"メカーニカ"・ミリアン」

紹介の言葉に、メリリンが不満げながら軽く会釈を返す。

「そりゃ知ってるけど、あれ? 『メルシニカ』と『アイアン』とはバチってたんじゃなかったっけ?」
「ま、色々あったのさ」
「ふーん。そういうこともあるか。どうでもいいけど」

四葉は興味のなさげに適当に相槌を打つ。
その関心は、他人の因縁や経緯にはない。
彼女の関心はただ一つ、目の前に喧嘩の匂いがあるこどうかだ。

「それにしても、いいザマだな。誰にやられた?」

ローマンの視線は、四葉の欠損した指、砕けた甲冑に注がれていた。
そこに侮蔑も同情もない。ただの純粋な観察だった。

ローマンは四葉の実力をよく知っている。
一方は己が信念のために、一方は、ただの愉快犯として。
理由は違えど、互いに『キングスディ』の縄張りを荒らし回った者同士だ。

今どき欧州の裏の支配者に真正面から喧嘩を売る阿呆など、数えるほどしかいない。
そういう意味でも、ローマンからしても四葉のことはそれなりに気に入っている。

そんな彼女をこれほどまでに追い詰める相手とは何者か。
もしかしたら探している標的かもしれない、という期待も込められていた。

「……エルビス・エルブランデス。あの『ネオシアン・ボクス』のチャンピオンだよ」
「エルビス……」

その名に、メリリンが一瞬、息を呑む。
彼女はかつてラテンアメリカで、メルシニカの仲間に連れられネオシアン・ボクスの試合を一度だけ目にした事がある。

超力全盛のこの時代において、拳ひとつで相手を競い合わせる、合法的な“殺人ショー”。
技術、理性、戦術、そんなものが吹き飛ぶほどの、剥き出しの暴力がそこにあった。

その中で、圧倒的な静けさをもって、君臨する王者。
派手な挑発もなく、過剰な演出もなく。
ただ、出てきた相手を順番に叩き潰す。淡々と、黙々と。
機械のようで、人間のようで、どこか幽霊のようだった。

その男が放つあまりにも純粋な暴力に、メリリンは熱狂よりも恐怖を感じていた。
あの静かな恐怖が脳裏に思い出された。

「おいおい、俺の前で他の男のこと考えるなよ? 妬けちまうぜ?」
「……は? 気持ち悪。死ね」

無表情で即答。鋭利な切れ味。
ローマンの戯言は一瞬で切り捨てられ、隣で四葉が吹き出す。

「振られてんじゃん」
「うるせぇよ」

ローマンは気にした風でもなく肩をすくめて軽口を受け流す。

「エルビス、か。噂は聞いていたが……その様子じゃ、本物だったようだな」

ローマンは薄く笑い、満身創痍の四葉を上から下まで見やった。
その傷からエルビスの脅威を測っているような視線だった。

「エルビスなら、あっち。階段の前で誰彼構わず待ち構えているよ。やるんでしょ?」

わずかに顎をしゃくり、ホールの奥、階段の部屋に繋がる扉を示す。
その四葉の目は期待に輝いていた。
ローマンの背後で、メリリンが無言で眉をひそめる。

『ネオシアン・ボクス』のチャンピオンと『アイアン・ハート』のギャングスタ―の対決。
この一戦が実現するなら、それは間違いなくバトルマニアなら何をおいても是非とも見てみたい、涎垂もの好カードだ。

「アホか。やらねぇよ」
「えー、なんでさ。やろーよー」

ローマンの回答はあっさりしていた。
期待を外され四葉は口を尖らせてぶーたれる。

「俺は喧嘩屋じゃねぇんだよ」

ローマンは素っ気なく言い放つと、肩を回して軽く首を鳴らす。

「あいつ階段塞いでるよ? 上の階に用があるんじゃないの?」
「ねぇな。生憎と俺の目的はここの探索じゃなくて人探しなもんでね」

戦闘自体を目的とする戦闘狂と違って、ローマンにとって暴力は手段だ。
それを振るう事を躊躇わないが、無用な戦闘をしたいとは思わない。

「人探し? まーたキングにちょっかいかけようとしてるの?」
「当然だろ? ローズの奴もくたばったってんなら、残る標的はあの老いぼれだけだからな」

ローマンの眼に宿る光が、僅かに鋭くなる。
彼にとっての目的は、常に明確だ。
キングの殺害、それだけである。

「恩赦に興味はないのー?」
「もちろん、頂けるんなら頂くさ。ただな、物事には優先順位ってのがあるんだよ」

標的はあくまでもキングだ。
恩赦を狙うにしてもそれが終わってからである。
奴とやりあうまでに不要な傷は出来る限り負いたくない。

「だが、エルビスが階段を抑えてるってのはいい情報だ」

ローマンがブラックペンゴンを訪れた目的は施設の調査ではない。
そこを訪れた人間の中にキング、もしくはキングの行く先を知る人間がいるかの調査だ。
2階への入り口が塞がれているのなら1階を調べるだけで事足りる。

「邪魔したな」

そう言って踵を返そうとしたその時。

「待ってよ。こっちの話だけ聞いて、情報だけかすめ取って終わりってのはアンフェアじゃんか。
 せめて、こっちにも何か置いてってよ」

言って、四葉が口元に悪戯っぽい笑みを浮かべる。
言い分に一理あると感じたのか、はぁとため息つきながらもローマンはめんどくさそうに振り返った。

「……なにが欲しい。知りてぇことでもあんのか?」
「この場で出会った強者の話とかさ。あんたが見た面白いやつ、教えてよ」

一拍。ローマンが目を細める。

「強者ねぇ……」

その脳裏に浮かんだのは、一人の漢女の姿だった。
揺るがぬ膂力、正々堂々たる立ち姿、戦うことに一分の曇りもない『本物』だった。

「そういや……大金卸樹魂ってのに会ったな」

ふいにローマンが呟いたその名に、四葉の全身がぴたりと固まる。
ついで、首が勢いよくこちらを向いた。
これまで以上に瞳孔が爛々と輝いている。

「……今、なんて?」
「大金卸だよ。作業の開始直後くらいに、工場跡地辺りでな」
「マジで!? マジで!? あの、漢女の!? 重機女の!?」

声のトーンが一気に跳ね上がる。まるで雪の中をはしゃぎまわる犬のような高揚だ。
四葉は瞬時に興奮の坩堝と化し、傷だらけの身体を構わず前のめりになる。

「えっえっ、それで!? 戦ったの!? どこまでやったの!? 手ェ出した!? アンタの腕、無事!?」
「落ち着けよ駄犬、多少は小競り合いはあったが、途中でやめたから殺し合いまではしてねぇよ」
「ハァ!? バカじゃないの!? もったいないよ! 最後までやれよ!!」
「おいコラ、お前のテンションについてけねぇよ」

ローマンが苦々しく眉をひそめる。だが、四葉の熱は止まらない。
まるで恋人との再会を願う少女のような顔で、四葉は切実に言った。

「……ねえ、その人、なんて言ってた? あんたのこと、どう思ってた?」
「知らねぇよ。けど、お前のその反応を見るに、知り合いだったか? 初めて聞くぞ」
「昔ね。11年前、港湾の倉庫で。一発で心臓撃ち抜かれた感じ? いや、ぶっちゃけ恋した」

目を細め、遠くを見るような視線をしたかと思えば、すぐに獰猛な笑みに戻る。
四葉にとって、あの出会いはすべての始まりだった。

「いいなあ……羨ましい……! ねえ、ねえ、詳細もっと教えてよ! どんな感じで現れた!? 何発くらい撃ち合った!? 私より強かった!?」
「ああ。悪いが、お前なんかより遥かに強かった。てか、オレのネオスすらろくに通らなかった」
「うへえ、相変わらずだねあの人!! もう、ほんとに大好き……!」

四葉がとろけそうな顔をして呟く。
だが恋する少女と呼ぶには凶悪すぎる笑顔だった。
メリリンはそんな様子を見ながら、小声でローマンに耳打ちする。

「……彼女、少しおかしくない?」
「今更かよ」

ローマンが肩をすくめて応じる。

「で、どうしたんだよ。途中でやめたって言ってたよな? ビビった?」
「違げぇよ。あいつの方から止めたんだよ。今のオレじゃ本調子じゃねえって、見透かされてな」
「見透かされた!? あの人、相手の中身までスキャンできんの!? ああもう、ほんと最強じゃん……!
 ッはー!!ああもう、私もまた会いたいあぁ……! ていうか、会ったら次はガチで殺しに行く……!!」

まるで尊敬するヒーローに挑みたいと熱望する子供のように、四葉は拳を握りしめた。
その目には、純粋なまでの闘志と憧れが宿っていた。
それが最終的に殺意に落ち着く辺り、狂犬めいている。

「……もういいか?」

ローマンが吐き捨てるように言った。
四葉の暴走トークにつき合うのも、そろそろ限界だったらしい。
気だるげな口調に滲むのは、明らかにそろそろこの場を立ち去りたいと言う本音である。

「あっ、そうだ。忘れてた、私もトビさんと合流しないと。ネイも出会っても襲わないでよトビさん」
「そう言いや、脱獄王と行動してんだったかお前。どういう組み合わせだよ」

ルメスたちから聞いた話を思い返し、呆れたようにローマンが返す。
その時だった。

ギィィィィ、と言う耳を抉るような金属音が、ホール全体に響き渡る。
まるで長く封じられていた蓋が、ついに開け放たれたような、冷たく重たい音。
三人の視線が同時に入口へと引き寄せられる。

ゆっくりと、じわじわと、開かれる扉の先。
現れたのは、頼りなさげな一人の男だった。

だがその姿は、まるで異物だった。
妙に角度の定まらない首、重力に馴染まない足取り。
まるでこの世界のルールに順応しきれないかのような、居心地の悪い違和感を纏っていた。

男は足を止め、キョロキョロと辺りを見渡す。
その仕草は、迷い込んだ草食獣のようであり、空っぽの操り人形のようでもあった。

「――ッ……!」

だが、その男を見た瞬間、メリリンの息が止まった。
一歩、思わず後ずさる。
指先が震え、無意識にその男を指し示す。

「……こいつが……サリヤの、亡霊……ッ!?」

その声は、告発であり、悲鳴であり、怨嗟だった。
凍てつくような怒りと、喉の奥を掠める怯えが混じり合う。

忘れもしない、忘れるはずもない。
そこに立っていた男は、アビスで見つけた彼女の親友サリヤの姿を纏っていた日本人の男だ。

「へぇ……こいつが」

ローマンは一歩下がるような立ち位置を取りながらも、口元に冷えた笑みを浮かべた。
四葉はといえば、既にいつでも飛び掛かれる距離と姿勢を保っている。
動揺と困惑を残すメリリンと違って、ローマンと四葉が一瞬で臨戦に入っていた。

「……えーと……えーと、こんなことになるなんて困ったなぁ、誰の……に、したらいいんだろう」

男――本条清彦は、見つめる三人の圧に押されるようにその場に立ち尽くし、困ったように眉を寄せた。
ぽつりと呟くその声は、外ではなく内側、自分自身に問いかけるような独白だった。

「サリヤ……無銘さん……それに、ローズ……ああ……ごちそうだらけで……まるで、満漢全席みたいだなぁ……」

ぽつり、ぽつりと零される単語。
呆けたように笑いながら、本条は苦悩するように頭を抱える。

その目の奥底で、無数の異なる光がちらちらと点滅しているかのようだった。
次の瞬間、その顔が――変わる。

一枚、また一枚。
ロトスコープのように仮面が、滑るようにめくられていく。

眼差し、口元、皺、角度。
見たことのある者たちの「一瞬の断片」が、男の顔の上に幾度となく現れては、消える。
それはまるで、肉体という舞台に立つ亡霊たちが、交代で仮面を被るかのようだった。

ぞわり、と。
その仮面を覗いた三人の背中に、得体の知れぬものが這い上がる。
それは恐怖ではない。
ただ不快なざわつき。得体の知れない圧力がある。
そして、過去と言う名の亡霊の気配が不気味な男から漂い始めていた。

「ネイ、今のって……」
「ああ、こいつぁ死者を纏う。ハイヴのご同類らしいぜ?」

ローマンの静かな声がホールに落ちる。
その言葉に、四葉が愉悦と狂気の入り混じった笑みを浮かべた。
血と狂気に塗れた顔に浮かぶのは、まさに戦闘狂の笑み。

「そりゃいいね。ローズとネイがやっちゃったから、私、戦れなかったんだよねぇ………!」

まるで、お預けにされていた肉を前にした狂犬のように。
四葉の瞳が、殺意の色に染まっていく。

EU圏を荒らしまわった死者を取り込み力を増す、ハイヴを名乗る軍勢(レギオン)。
四葉がその噂を聞いたのは事が終わった後だった。関われなかったことを悔しがったものだ。
軍勢型の超力者だけではなく、そこに巣食うう亡霊ともも含めて、こうして再戦の機会を得た。

「おいおい、脱獄王の所に帰るんじゃなかったのか?」
「イジワル言わないでよ。遊ばせてよ」

細められた目が、きらきらと嬉しそうに揺れる。
敵を前にした者特有の、飢えた視線だ。

メリリンには、喰われた親友への怨嗟が。
ローマンには、因縁を終え損ねた宿敵への殺意が。
四葉には、一度殺し合った好敵手を、再び屠る機会への高揚がある。

緊張と殺気、記憶と因縁。
空気が凍り付き、空間そのものが沈んでいくような錯覚。
空気に溶け込んでいた瘴気が、じわじわと視覚化されるほどに空間を蝕んでゆく。
この均衡は、その感情を溢れさせた誰かがほんの一歩の踏みだせば即座に崩れるだろう。

「ねぇ……どうしよっか……誰からがいいかな……」

本条はなおも呟き続ける。
目の前の三人など見えていないかのように、自身の中に語りかける。

その声には、喜悦も憂いも、悲壮すらない。
まるで、自分が何者であるかを決めかねている亡霊のよう。

「―――――決めた」

挙動不審で不安定だった男の体がビクンと跳ねた。
空虚な器が中身を選び弾倉が回る。
因縁を食らう弾丸が装填された。
放たれる時を待っている。

【E-5/ブラックペンタゴン南・エントランスホール/一日目・朝】
【ネイ・ローマン】
[状態]:両腕にダメージ(小)、疲労(中)、右手首にボルトによる刺し傷
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.やりたいようにやる。
0.ハイヴ紛いの男に対応。
1.ブラックペンタゴンでルーサーを探す
2.ルーサー・キングを殺す。
3.スプリング・ローズのような気に入らない奴も殺す。
4.ハヤト=ミナセと出会ったら……。
※ルメス=ヘインヴェラート、ジョニー・ハイドアウトと情報交換しました。

【メリリン・"メカーニカ"・ミリアン】
[状態]:全身にダメージ(小)、フルプレートアーマー装備、軽い打ち身
[道具]:デジタルウォッチ、生成ドローン2機、ラジコン1機、設置式簡易ボルトガン。
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.生き延びる。出られる程度の恩赦は欲しい。サリヤ・K・レストマンを終わらせる。
1.サリヤ・K・レストマンを終わらせる。
2.ローマンに従いブラックペンタゴンを調査する?
3.山頂の改編能力者を警戒。取り敢えずドミニカに任せる。
※ドミニカと知っている刑務者について情報を交換しました。

【内藤 四葉】
[状態]:疲労(極大)、左手の薬指と小指欠損、全身の各所に腐敗傷(中)、複数の打撲(大)
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.気ままに殺し合いを楽しむ。恩赦も欲しい。
0.なんか楽しそうな流れに対応。
1.トビと連携して遊び相手を探す、または誘き出す。今はトビと合流する。
2.ポイントで恩赦を狙いつつ、トビに必要な物資も出来るだけ確保。
3.もしトビさんが本当に脱獄できそうだったら、自分も乗っかろうかな。どうしよっかなぁ。
4.“無銘”さんや“大根おろし”さんとは絶対に戦わないとね!エルビスともまた決着つけたい。
5.あの鉄の騎士さんとは対立することがあったら戦いたい。岩山の超力持ちとも出来たら戦いたい!
6.銀ちゃん、リベンジしたいけど戦いにくいからなんかキライ
※幼少期に大金卸 樹魂と会っているほか、世界を旅する中で無銘との交戦経験があります。
※ルーサー・キングの縄張りで揉めたことをきっかけに捕まっています。

[状態]:全身にダメージ(中)、現在は???の姿
[道具]:なし
[恩赦P]:18pt
[方針]
基本.群生として生きる。弾が減ったら装填する。
0.誰を出してあげようか?
1.殺人によって足りない2発の人格を装填する。
2.それぞれの人格が抱える望みは可能な限り全員で協力して叶えたい。
3.ブラックペンタゴンへ行って“家族”を探す。

※現在のシリンダー状況
Chamber1:本条清彦(男性、挙動不審な根暗、超力は影が薄く人の記憶に残りにくい程度 睾丸と肛門にダメージ)
Chamber2:欠番(前2番の山中杏は無銘との戦闘により死亡、超力は口づけで魅了する程度だった)
Chamber3:無銘(前3番の剛田宗十郎は弾丸として撃ち出され消滅、超力は掌に引力を生み出す程度だった。睡眠中)
Chamber4:欠番
Chamber5:サリヤ・K・レストマン(女性、詳細不明、超力は指先から空気銃を撃ち出す程度)
Chamber6:スプリング・ローズ(前6番の王星宇は呼延光との戦闘により死亡、超力は獣化する程度だった)

079.Whatever it is, that girl put a spell on me 投下順で読む 081.絆の力
時系列順で読む
Scrapper ネイ・ローマン ROULETTE
メリリン・"メカーニカ"・ミリアン
BUY OR DIE? 内藤 四葉
Revolver 本条 清彦

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最終更新:2025年06月04日 18:37