◆
────踊る、踊る。
────歌う、歌う。
────回る、回る。
舞台は人生、主役は自分。
鑑日月という“偶像(アイドル)”の独擅場に、ジャンヌが踏み込む余地はない。
《鏡の中の私は いつも笑ってる》
撫でるような手付きを、死に物狂いで避ける。
踊るような足を、形振り構わず防ぎ止める。
それに触れればたちまち死に至るとりんかが教えてくれたから。
焔を纏う聖女は、全身全霊で日月の舞踏を拒絶する。
《角度も光量も 完璧に調整済み》
宵闇に踊る黒蝶は、はばたき一つが死を運ぶ。
数多の力を受け継ぎ、進化したジャンヌでさえまるで寄せ付けない。
互角の戦いとは程遠い、圧倒的なまでの一人舞台が繰り広げられていた。
《一ミリの狂いもなく》
今の日月は、“無敵”に近い。
銀鈴や樹魂のような“絶対者”でも、キングやネイのような“到達者”でもないのに、偶像としての在り方一つで最強の座位へ躍り出た。
単純な脅威度ならば、最高出力の怨沱(エンダ)にも比肩すると言っても過言ではない。
《ninety度のお辞儀》
しかしそれは、あくまで“今”の話。
鑑日月が無敵でいられるのは、彼女自身の精神に由来するから。
《今日も「綺麗」の雨が降る》
自分はこの世界(ステージ)の主役。
この舞台で一番輝けるのは、鑑日月を置いて他に居ない。
心の底からそう思い込み、完全無欠なマインドセットを終えているからこそ、日月はジャンヌを圧倒できる。
《誰も知らない この仮面(えがお)の下で》
けれど日月は人間だ。
運動すれば汗をかき、疲弊すれば息も切れる。
火傷隠しのメイクは剥がれ、歌声の艶やかさには翳りが見える。
おまけに聖女の高熱纏う紅蓮は、夜風を忘れさせるほど気温を上げてゆく。
偶像としての理想(パフォーマンス)は緩やかに、けれど確かな死を遂げている。
《秒針の錆びる音が響いてる》
だからこれは、時間との戦い。
鑑日月が輝いていられる間に、聖女を越えなければならない。
《誰も知らなくていい 私だけの色》
タイムリミットは、この曲が終わるまで。
日月もジャンヌも、言葉にせずともそれを理解する。
《────パーフェクトブルー》
曲名は、“パーフェクトブルー”。
またの名を、完璧な憂鬱。
演奏時間は3分55秒。
それが、鑑日月が無敵でいられる時間だった。
◆
◇
暗い、暗い道を歩いていた。
一寸先も見えないような深い闇。
右も左も分からず、目印になるようなものもない。
奥行きも高さも幅も奪われたような世界を、葉月りんかは進んでゆく。
「やっぱり、そっか」
りんかはこの光景を、一度見たことがある。
だからこうやって、躊躇いを捨てて進んでいられるのだ。
「私、死んじゃったんだね」
ぽつりと、呟いた声は何処ぞに消える。
実感がないような、あるような。そんな複雑な面持ちのまま少女は歩みを止めない。
あてなんかない。
あの時は、愛する家族に出会えた。
けれど今の自分はきっと、両親や姉とは別の場所に行くのだろう。
姉や紗奈の祈りを無視して、自己犠牲の道を進んだ悪童なのだから。
だからこうして、罰を受けるのだ。
涙は出ない。受け入れた。
進み続けることが、贖罪だから。
そう、決めていたはずなのに。
「────りんかちゃん!」
その声を聞いた瞬間、悲哀と決意に染まった顔が崩れ落ちる。
一度剥がれたメッキは戻らずに、反射的に溢れる涙が視界を滲ませた。
「……美火、ちゃん…………?」
ああ、神様はなんて残酷なんだろう。
なんでこの子を、こんな場所に連れてきたんだろう。
一番会いたくて、一番会いたくなかった人が──確かに、そこに立っていた。
「みてたよ、りんかちゃん。すぅーーー……っごく! 頑張ってたね!」
「なんで」
「アタシ嬉しいよ、りんかちゃんがあんなに一生懸命人を助けようとしてくれて──」
「──なんでっ!!」
黒髪のショートカットが特徴的な、ボーイッシュな女の子。
羽間美火の言葉を遮るように、りんかの声が闇の中を木霊した。
「なんでっ、美火ちゃん、まで……ここにいるの……っ!」
子供のように泣きじゃくり、涙を袖口で拭いながら、りんかは問う。
美火はほんの少しだけ困ったように笑って、たっぷり数秒吸い込んだ息を吐き出した。
「アタシも、りんかちゃんと同じだから」
「え……?」
「人を救う道しか、歩けなかった」
羽間美火は、罪を犯した。
15人殺しの冤罪を掛けられて、アビスへ投獄された──そんなものは、政府を悪に仕立てたい者が勝手にでっち上げた一人歩きの噂。
「目の前の人を救わずにはいられない。
身勝手な自己犠牲を、他人にも押し付ける。
それが、アタシの犯した罪なんだと思う」
差し向けられた半グレが“根回し”されたものだということは、自警団の調べで分かっていた。
裏に潜む反社会勢力に手を出せば今よりも被害が甚大になるのは、明白だった。
──絶対に手を出すな、今は我慢しろ。
そんな周囲の忠告を無視して、一人戦い続けた。
結局のところ美火は──利用されていることを理解しながら、己の《偶像》を貫き通した。
それが例え、他人を巻き込む形になろうとも。
「アタシはね、りんかちゃんが思ってるほど立派なヒーローじゃないんだよ」
人を助けたいという純粋な思いも、確かにあった。
けれど根っこにあったのは、恐怖だった。
羽間美火は、最善の為に誰かを切り捨てる勇気がなかったのだ。
とうに記憶の奥底に封じ込めたはずの両親の圧力に逆らえなくて、人助けという安息に逃げる。
だからこうして、最悪な深淵に叩き付けられるのだ。
「アタシも所詮、悪人だから──」
「ちがうよ」
だけど、本当にそうなのか。
人助けをすることは、悪いことなのか。
「美火ちゃんは、悪人なんかじゃない」
いいや、違う。
他ならぬ葉月りんかだからこそ、断言できる。
「私にとっての美火ちゃんは、最高のヒーローだよ!」
それは、地獄に落とされた一滴の希望。
最後の最後で、羽間美火の人生は間違いじゃなかったのだと教えてくれた。
美火にとってそれは、何よりの救いとなった。
くしゃりと顔を歪ませて、二人は強く抱き締め合う。
みっともなく声を上げて泣いて、泣いて、泣き喚く。
時間も忘れるくらいにそうして、ようやく泣き止んで、お互いに少しだけ照れ臭そうにはにかんでから身体を離した。
「──お二人とも、よろしいでしょうか」
そんな二人へ、見計らっていたかのように淡白な声が掛かる。
視線を向ければ、神父服に身を包んだ背の高い男が、凛と佇んでいた。
「私(わたくし)、夜上神一郎と申します」
◇
◆
──歌劇は続く。
観客はいない、演者と演者の衝突。
血生臭い死闘とは程遠い、華麗なる舞踏。
どんなに金を積んでも拝める事の出来ない超一級の公演は、こんな草原でさえ上等なステージへ昇華させる。
《触れようとする手 優しく受け止めて》
ジャンヌは、言葉を挟めない。
問答が無駄だと悟っているのではなく、余裕がないのだ。
全身全霊の力を以てしても、死の気配は俄然濃厚に迫っているから。
全身を汗で濡らし、焦燥に息を呑みながら、ジャンヌは黒鳥の踊りから逃れる。
《「大好き」って言葉 もっと聞かせてよ》
日月がステップで距離を取った。
反撃の好機と見たジャンヌは、炎剣の刺突を放つ。
大振りで愚直ながら、焔と翼の推進力を借りた速度はローマンの衝撃波をも凌ぐだろう。
《仮面の下で震えてる心》
なのに、日月はその刃を優雅に取って。
ほんの僅かな手首のスナップで、ベクトルを逸らす。
空振る聖女は地面を転がりかけて、石肌に受け止められる。
まるで空間そのものが日月の味方をしているように、ジャンヌの身体を傷付けてゆく。
《誰も気づかないままじゃ 息ができない》
人並外れた決意、闘志、覚悟。
散り逝く者達が与えた力、進化、変化。
それら全てを無意味だと嘲笑うかのように、日月の肌にも衣装にも煤一つ見当たらない。
《パーフェクトブルー もっと愛して欲しい青》
──転調。
日月の動きが変わる。
《完璧な憂鬱が 私を焦がしてる》
完璧な振り付け、完璧な笑顔。
完璧な歌声、完璧な殺意。
《誰も近づけない?》
警鐘に導かれるまま、ジャンヌは飛び退く。
視認よりも感知よりも速い、本能的な衝動。
コンマ一秒の誤差を以て、彼女のいた空間が切り裂かれた。
《違うよ、来てよ》
焔の翼で飛翔を試みる。
いかなる脅威といえど、空中ならば届かない。
そんな目論見は、次の瞬間に潰えることとなる。
《この仮面剥がして 本当の私を見つけてよ》
熾天使の右足、強く踏み込まれた土が陥没した。
時間に数えるのも馬鹿馬鹿しい刹那の隙が、聖女の行動を妨げる。
《ねぇ、求めて────》
その致命的な隙を、日月が逃す理由はない。
《求めて────》
不吉の象徴、黒い蝶。
残酷なまでの美貌が、獲物を誘き寄せる。
闇夜の中で映える白いラインは、彼女のための通り道。
《求めて────》
目が合った。
切実で、狂おしい光を宿した瞳。
その隙が、“1%の致命”を手繰り寄せる。
《愛して────》
長い髪が風に煽られて、まるで黒い絹の旗のように大きくはためいた。
透き通った白い手が聖女の身体に伸びる。
それを防ぐ手立てを、ジャンヌは知らない。
《愛して────》
────“貴女は選ばれし者だ……唯一無二の聖女だ……!!”
その瞬間、奇跡が起きる。
ジャンヌの左足が、まるで“氷”に足を取られたかのように滑る。
体勢が崩れたことで心臓を狙った手刀は空を切り、両者の目が見開かれた。
絶対領域、その極地にて。
鑑日月という偶像は、有り得ない物を見た。
絶対的な法則、確立された因果律を飛び越えて、ジャンヌはいまだ生き永らえている。
《愛して────》
それは、奇跡と呼ぶ他ない。
今となれば、誰も知る由もない。
今まさに彼女達が舞踏を刻むその地にて、葉月りんかと交尾紗奈が、ジャンヌによく似た“氷使い”と交戦していたなど。
そしてその戦いによって生じた氷の床が、早朝から今にかけて残っていたことなど。
一体、誰が予想出来ただろうか。
《────抱きしめて》
闘いは佳境へ突入する。
動揺や困惑なんてノイズは振り払い、日月は再び流麗に舞う。
細く長い足が地面を蹴る度に、ヒールの音が鋭く刻まれる。
こんなことで立ち止まっていたら、聖女を越える瞬間は未来永劫訪れない。
スポットライトの光は、途切れかけているから。
それを物語るかのように、日月の胸はわずかに上下する。
淡い月光を反射した汗の粒が、宝石のように煌めいていた。
◆
◇
「こちらです」
「あ……わざわざありがとうございます! 夜上さん!」
「ほんと、助かりました! ここ看板とかないから、一人だったら絶対迷子になってましたよ……」
夜上に導かれ、美火とりんかは光の方へ辿り着いた。
巨大な扉の形をした純白の輝きを前に、二人の少女は息を呑んだ。
「これが、輪廻転生の扉……」
ぽつりと溢れたりんかの呟きは、信じ難い光景を目にしているかのようだった。
隣に立つ美火もまた、同様の面持ちで扉を見上げている。
「この光を潜れば、貴女方の魂は別の場所へ運ばれます。
己の犯した罪の度合い。それに対する意識。
それら全てを鑑みて、別の肉体へと魂が宿るのです」
「夜上さん、詳しいんですね」
「職業柄、こういったことには知見がありますので」
なるほど、と納得する美火。
聖職者がこの深淵にいる時点で少し訝しいとは思っていたが、その態度を見て改めざるをえない。
「いこっか、りんかちゃん!」
「……うん」
美火に促される形で、りんかは扉の前へ踏み出す。
不安や後悔とは違う、なにか気になることがあるような面持ちだった。
「りんかちゃん?」
「あ、ううん! 生まれ変わっても、また美火ちゃんに会いたいな」
「え~~? 嬉しいこと言ってくれるねぇ、アタシも同じ気持ち!」
顔を覗き込む美火へ、りんかは笑って返す。
これから輪廻転生という時に、彼女を立ち止まらせたくない。
些細な心残りだって、連れて行かせたくないから。
「夜上さんは行かないんですか?」
「生憎、私はそちらへ行けません。ここから先に立ち入る資格を、どうやら持ち合わせていないようだ」
「……それって」
ふと、後ろを振り返った美火が問う。
けれど夜上は、まるで見えない境界線がそこにあるかのように立ち止まっていた。
「罪を犯しすぎたのかもしれませんね」
穏和な笑顔を浮かべたまま、神父が答える。
己の罪を受け入れていなければ出来ないような顔に、少女達は言葉を失った。
「ありがとうございました、夜上さん!」
「いいえ。どうか、神のお導きがあらんことを」
なにを言っても野暮になると判断して、美火はぺこりと頭を下げる。
対して神父は相変わらず感情の読めない笑顔で、一礼を返した。
「──あのっ!」
そんな最後のやり取りへ、りんかが待ったをかける。
どうしても聞きたいことがあった。けれど、これを聞くのは少し怖かった。
「小さい子が来ませんでしたか?
紗奈ちゃんっていって、黒髪の女の子で……」
──交尾紗奈。
彼女は、自分よりも先に来ていたはずだから。
不安げな顔のまま、神父の返事を待つ。
「その子ならば、先に行きましたよ」
「……そっか……、そっかぁ……!」
安堵に声が震える。
ああ、ちゃんとあの子は救われたのか。
地獄なんかに行かなくて済んだのか。
ずっと心の底に沈殿していた何かが取り払われたような清々しさだった。
ややあって、ようやく二人は輪廻転生の扉を潜ることを決意する。
生まれ変わっても一緒にいられるようにと、手を繋ぎながら。
「ねぇ、美火ちゃん」
「なあに?」
迎えるのは、終わりじゃない。
新しい人生のやり直し。
「私、偶像(ヒーロー)になれたかな?」
だから最後にこれだけは、聞いておきたい。
自分が生きた証は、間違いじゃなかったと思いたいから。
「──最っ高の偶像(ヒーロー)だったよ!」
穏やかで、優しい微笑み。
あの時公園で見たものと同じ光景。
深い深い記憶の海に包まれるような感覚の中で、二人の偶像(ヒーロー)は輝きに呑まれる。
その中心で、彼女達は笑っていた。
「……やれやれ」
輪廻転生の見届け人。
神父はひと仕事終えたあとのように息を吐き、自身の頬に掌を添える。
「────“トランス・ビルド”」
その呪文を唱えた途端、神父は顔を変える。
人当たりの良い風貌、帽子とメガネが良く似合うナイスミドル。
偶像を育て上げることを生き甲斐とした男が、そこにいた。
「葉月りんかに羽間美火。お前らにゃそっちがお似合いだ」
虚空へ向かってぽつりと呟く。
神父なんて柄じゃなかったな、なんて。
人を導く道を投げ出した男は、それでもこうやって未練たらしく“過去”を想起する。
それが、彼の抱くどうしようもない“エゴ”だった。
◇
◆
《ステージの上で 一番孤独な場所》
1%の致命、1%の必殺。
彼女が得た『殺人の資格』は、ほんの片鱗しか効果を発揮しない。
《歓声が響くたび 渇きが募る》
けれど、たかが1%と侮るなかれ。
最高の偶像と化した日月は、天運さえ操作する。
運命そのものが、鑑日月の勝利を確約させるのだ。
《ファンレターの山に埋もれながら》
美貌、歌声、舞踏。
視線まで操るかのように理想的なそれらは、聖女の回避を許さない。
防戦一方のジャンヌは、常に“1%の死”を押し付けられている。
《「私を ちゃんと見て」って叫びたいのに》
だからこそ、おかしい。
この状況は、明らかにおかしい。
《完璧でいなきゃ 愛されないって》
ジャンヌは死んでいない。
嵐のように見舞われる致命の一撃の中を、ギリギリで掻い潜っている。
全身を泥で染め、滝のような汗を流し、至る箇所から出血をしながらも、熾天使は生きている。
《そう思い込んで 仮面を厚くした》
死なないのではなく、殺せない。
『殺人の資格』は問題なく機能しているし、日月の覚悟が鈍っているわけでもない。
どうしても、彼女を殺せるほどの攻撃を当てられないのだ。
《でも本当は怖いんだ 一人になるのが》
──何故なのだろう。
圧倒的な優勢であるはずなのに、日月の胸を焦燥が駆り立てる。
曲の終わりが近づくごとに、心拍数が上昇してゆく。
《もっと必要として もっと求めてよ》
────“貴女はソフィアの為に生きて、私の為に”。
“黒炎”により生じた陽炎が、日月の目測を見誤らせる。
心臓を狙った手刀は、囚人服ごと胸元を浅く切り裂いて終わった。
日月は動揺を誤魔化すかのように、息継ぎと共に次なる死の舞踏へ移る。
《「月が綺麗」なんて 洒落た言葉はいらない》
────“りんかを悲しませるような真似したら、承知しないからね”。
お前が拒絶するならば、避けた先へ死を贈ろう。
完璧な先読みによる断頭の蹴りは、腕に絡まった植物に聖女が気を取られたことで、不発に終わる。
まるで“リボン”のようなそれは、役目を終えてはらりと千切れ落ちた。
《「愛してる」って 言って欲しいの》
────“私は、走り続けます。それが望みですから”。
ならばと、日月はジャンヌの背後へ回り込む。
聖女が目で追うよりも早く、完全なる死角から後頭部へと研ぎ澄まされた一撃。
それが触れる直前、“六枚の焔翼”が猛々しく噴出したことで、日月は後退を余儀なくされた。
《そのためなら私》
──覆る、覆る、覆る。
確定された運命が、ことごとく覆される。
違和感は確信へ昇華し、戦慄が走る。
白銀の月が、紅蓮の太陽に覆われる。
皆既月食さながらに、輝きを喰われてゆく。
《────「死んでもいいわ」》
それでも日月は、踊り続ける。
なにかに掻き立てられるように、孤高の偶像を演じる。
胸の奥に宿る一抹の不安を見ないふりして。
白と黒の鳥は、羽ばたき続けなくちゃいけない。
輝けないのは、死ぬよりも辛いから。
◆
◇
「──ちゃんと、行けたんだね」
男の傍らに、少女が現れる。
長い艶やかな黒髪は、闇の中でも特別な存在感を放っていた。
可憐ながら凛々しさの残る顔は、光の残滓を見つめている。
安堵のような、寂寥のような。どちらとも取れない表情だった。
「お前は行かねぇのか、“交尾紗奈”」
「……私はあの子たちとは違う。自分の意思で、沢山の命を奪ってきたから」
だから地獄(こっち)に行くんだと。
自分自身を納得させるかのように、そう答える。
とうに神父の姿は捨てたのに、男に向ける少女のそれは懺悔のようにも見えた。
「それに、私はりんかに“呪い”をかけた。
きっとりんかには、凄く辛い思いをさせちゃったから……今更合わせる顔なんてない……」
「呪い、ねぇ」
優しい彼女のことだ。自分が死ぬ時に残した“呪い”に苦しみ、悩み、葛藤しただろう。
自ら死にゆく様を見せつけて、心に深い傷を負わせてしまっただろう。
実際のところ、その“呪い”は救済の道筋への助けとなった。
紗奈がりんかに負い目を感じるなど、見当違いも甚だしい。
要するに、今の紗奈は自分が地獄に落ちる理由を絞り出していたのだ。
地獄に落ちるとあれだけ力強く宣言してしまったから──なんて、年相応のプライド。
そんな人間らしい感情に苛まれて、紗奈はどうしても踏み出せなかった。
「彼女たちを送ってくれてありがと。
じゃあ、今度は私を地獄に連れて行って」
「……あぁ、わかったよ」
転生の扉が閉じ始める。
これが完全に閉じたら、もう戻れない。
せめて最後まで見届けようとして──不意に彼女の身体が突き飛ばされた。
「えっ?」
突然の浮遊感に逆らえず、紗奈は転がる。
閉じかけた扉の隙間を潜り抜けて、光の中へと呑み込まれた。
辺り一面に広がる白に、閉じゆく扉から覗く一筋の黒。
その中心で、不敵に笑うナイスミドルと目が合った。
「なんで……っ! 騙したの!?」
「おいおい、忘れたのか? “嘘”は俺の十八番だぜ?」
もう、紗奈の身体でも通れないほどの隙間しかない。
交尾紗奈は二度と、地獄に行くことができなくなったのだ。
「あいつらに会ったら、よろしく言っといてくれよ」
紗奈がりんかに残したものが“呪い”ならば。
きっとこれが、紗奈の受ける“罰”なのだろう。
呪いを振りまいた少女は生まれ変わり、平穏な日常を生きる。
何一つ紗奈の思い通りにならない、“幸せ”という報いなのだ。
「──チャオ♪」
背中を見せ、後ろ手を振る男。
その姿が完全に見えなくなって、紗奈は光の中に取り残される。
「う──ああ、……うああぁ────!」
やがて、小さな身体を純白の輝きが覆い始めた。
光に包まれながら、紗奈は声を上げて泣きじゃくる。
今まで抑え込んでいた感情を爆発させるように。
今まで許されなかった年相応の振る舞いをするように。
そうして交尾紗奈は、転生(リンカネーション)を迎えた。
◇
◆
《もし仮面が落ちたら 何が見えるの?》
曲の終わりが近い。
なのにやはり、ジャンヌは立っている。
両足を付けて、戦闘開始から一切衰えない覇気を纏って日月と対峙している。
《きっと脆くて 醜くて 愛されない私》
これは、第二段階の影響か。
到達者(プレシード)となったことで、ジャンヌの超力が変質を遂げたのか。
《それでもいいから 一度だけ》
いいや、違う。
ジャンヌは熾天使の力を開花し、“正義の味方”として完成された心身を獲得した。
けれど葉月りんかのような拡張性も、北鈴安理のような変質も遂げていない。
あくまで出力と身体機能の強化に留まっている。
《本当の私を 愛してほしい》
ならばこのカラクリはなんだ。
なぜこの聖女を殺せない。
募り重なる困惑と動揺、焦燥が日月の神性に亀裂を走らせる。
《────お願い》
まさか、ジャンヌは自力で“奇跡”を引き起こしているのか。
そんな理屈はまかり通らない。そんな天運の持ち主ならば、そもそもアビスに落ちていない。
ならば、なぜ────
《パーフェクトブルー 永遠(とわ)に続く渇きの青》
第二段階だとか、熾天使の加護だとか。
そんなものではなく、理屈はあまりにも単純だった。
《完璧な憂鬱は 愛を求めてる》
それは、鑑日月も知らないことだった。
“空間対象型”の超力、『偶像崇拝(アイドラドリィ)』。
自己暗示によって“舞台”を作り出し、その領域内で“世界改変”を行う超力。
理屈で言えば、あの銀鈴と同類である。
《誰も救わなくていい?》
つまり、超力影響を受けるのは日月だけではない。
領域内に存在するもの全てが対象。だからこそ、絶対的な天運を手に出来る。
けどそれはなにも、日月と無機物に限定された話ではない。
それは、要するに────
《違うよ、救って》
────“ジャンヌも影響を受けている”。
奇襲の際、ジャンヌやりんかが日月の存在に全く気が付けなかったように、空間内の生物も効果を受ける。
日月の超力は、舞台の上で偶像が最高のパフォーマンスを発揮出来る異能。
仮に、鑑日月に匹敵するような“偶像”が領域うちに存在するのならば──恩恵を得るのも、理論上は可能である。
《この青が溶けるまで 抱きしめて》
けれど、そんな存在はいない。
鑑日月という神懸かり的な偶像(アイドル)に比肩する者など、この世にいない。
だから所詮は机上の空論。学者を100人集めても証明出来ない事象だった。
《ねぇ、笑って────》
けれど、それは“昔”の話。
その存在しないはずの“偶像”は、ついさっき誕生したのだ。
フレゼアの力を継承し、葉月りんかの加護によって最後のピースを埋めた。日月に対抗出来る世界でただひとりの存在。
──それこそが、ジャンヌ・ストラスブールである。
《笑って────》
英雄、聖女、正義の味方、熾天使。
数多の栄光を冠する彼女は、脇役などではない。
鑑日月という主役をも喰らいかねない、圧倒的な勇猛さと迫力を兼ね備える。
だからこうして、日月と対等に踊れているのだ。
《笑って────》
汗が滴るたび、メイクが落ちて火傷が顕になる。
疲労が溜まるたび、振り付けのキレが失われる。
息継ぎの頻度が増えるたび、歌声から神秘性が欠けてゆく。
秒針の錆びる音が、脳内で煩く響いている。
《愛して────》
そんなんだから、ジャンヌの反撃を許す。
返しの横一文字の刃、あまりに華麗な焔の斬撃。
燃え盛る業火の一撃に、汗を飛ばしながら後退する。
《愛して────》
両腕を大きく広げ、風を孕んだドレスの裾が翼のように揺らめく。
そのまま低く身体を沈ませて、はばたくようなフラッシュキック。
純白のヒールが闇を切り裂いて、まるで満月のような軌跡を描いた。
けれどそれは間一髪、ジャンヌの前髪をはらりと落とすだけに終わる。
《愛して────》
隙間を縫って放たれた轟速の刺突。
日月は右足を軽く軸に、左足を後ろへ流すようにステップ。
熾天使の刃が空を切った刹那、左手の掌底が顎の真下へ滑り込んだ。
しかしジャンヌは、即座に首を引いて回避。
追撃と反撃を警戒し、互いに距離を取る形となる。
《────救って》
誰がどう見ても互角の舞踏。
当初の優勢さは息を潜め、“互角”にまで落ちぶれている。
鑑日月のパフォーマンスは、それほどまでに翳りを見せていた。
《何より私を 見ていてよ》
ああ、終わる。曲が終わる。
刻一刻と迫るタイムリミットを前にしても、日月に諦念はない。
我武者羅に、けれど美しく、輝きという名の死を熾天使へ振りまいてゆく。
《仮面を外して いま》
だけどやはり、ジャンヌには届かない。
超力の理屈だとか、そういうのじゃなくて、日月はなんとなく察してしまう。
世界が味方をしているのはこの聖女なのだろう、と。
けれどそれを心から認めるような真似は、死んでもできない。
《終わらせてよ この飢えを》
藻掻くように手を伸ばす。
死を纏う細い指先は、聖女の心臓へ。
生涯届かなかった“それ”を、羨望するように。
息が詰まりながら、転びそうになりながら、流れる髪は黒い弧を描いてゆく。
《本当の私を いま》
爆発したかのような熾天使の跳躍が、日月の手を拒む。
この戦いで初めて、日月は背後を取られた。
バレエのピルエットのように優雅なターンを決めて、右肘を鋭く振り抜く。
振り付けの派生じみたそれは、熾天使の焔剣によって受け止められた。
《ねえ、愛して────救って!!》
フリルのついた袖が焼け落ちる。
右腕を引き、指の開いた左手を聖女の首筋へ、抱き寄せるように伸ばす。
これが最後の攻撃になると確信していたから、無意識に“首輪”へと狙いを定めていた。
そんな願望はジャンヌに読まれていて。
深く屈まれることで、白い指先は闇を撫でる。
《────パーフェクトブルー》
──魔法が、解けた。
演奏が終わり、瞬き一つ分の短い静寂が訪れる。
今の日月に、ジャンヌの反撃を避ける手段はない。
「は、ああああぁぁぁぁぁぁ──ッ!!」
熾天使の身体が跳ね上がる。
全身を螺旋のように捻りながら、右手の聖剣を抜き放つ。
爆ぜる焔の音が、鋭く短く響く。
残響か、未練か。
日月は咄嗟に身を引くが、躱せない。
左の脇腹から胸へ、胸から肩へ、滑るような紅蓮の一閃が軌跡を描いた。
罪を裁くかのような浄化の炎。
熱に浮かされながら、日月は思う。
──ああ、やっぱり届かなかった。
最初から、勝ち目なんてなかったのかもしれない。
観客のいない場所で踊っている自分と、何人もの想いを背負ってきた彼女とでは、舞台が違った。
ジャンヌのことを死者とばかり踊ると比喩したが、自分は誰とも踊れていなかった。
誰かが“頑張れ”って言ってくれれば。
アイドルとは、それだけで輝けるもの。
誰かの応援があるから、立ち向かえる。
自分はずっと孤独だったから。
自分自身で鼓舞するしかなかったから。
その限界が、これだったというだけなのだ。
────“よかった……よかったです!”
本当に、そうなのか?
鑑日月は孤独だったのか?
────“すっごい、素敵だった……!”
いいや、居たはずだ。
なんの打算も裏表もなく、着飾らぬまま心から褒めてくれた存在が。
愛想が良くて誠実で、弱音を吐かない──そんな完璧という仮面を外した鑑日月を、認めてくれたひと。
遠く懐かしく感じるミニライブの記憶が、日月の脳裏を駆け巡る。
「う、あ──」
仰向けに倒れかけて、踏みとどまる。
感覚のない両足に力を込めて、ガクガクと震える身体を意地と矜恃で抑え込む。
「アアアアアアアァァァアアア──ッ!!」
────それは、異様な姿だった。
────それは、神域の姿だった。
髪はボロボロ、汗でメイクが落ち、大規模な火傷が肌を染め、衣装は汚れと焦げで台無し。
およそ“偶像”からはかけ離れた壮絶な姿なのに──あまりにも、美しかった。
周囲の全ての「美」が無効化される。
これまで美しいと思っていたもの全てを、遠い過去のものに塗り替える。
この世のものとは思えない、禁忌に近い「美」の概念がそこにあった。
ジャンヌはぴたりと動きを止める。
時が止まったかのような、何かが破壊されるような感覚に陥り、脳の理解が遅れる。
揺るがぬ決意は弾け飛び、日月に見入ることを何よりも優先した。
「────っ、……!」
だから、反応が遅れた。
左胸へ研ぎ澄まされた手刀を繰り出す日月に、コンマ数秒の猶予を与える。
即座に返しの刺突を放つが、間に合わない。
偶像の手が、聖女の胸へ到達した。
◆
◇
「──よぉ、嬢ちゃん」
「どうも」
「素っ気ないね。まぁ、当然か」
「……アイちゃんを送ってくれて、ありがとうございます」
「いいさ、少し昔を思い出せた」
「なら、よかったです」
「…………」
「…………」
「……なぁ、嬢ちゃんは地獄(こっち)でよかったのか?」
「いいんです、暫くは特等席(こっち)で見ていたいから」
「ハッ、もの好きなもんだ」
「それに、約束したから」
「約束?」
「はい。一緒に地獄に堕ちるって」
「……そうかい」
「なにか言いたそうですね」
「…………嬢ちゃんは、俺を殺したいほど憎いんじゃねぇのか?」
「だって、死んじゃってるじゃないですか。お互い」
「そりゃま、そうだけどよ」
「…………復讐は、やめたんです」
「やめた?」
「私のやりたいことは、復讐なんかじゃない。
ただ、寂しさを抱える人に寄り添いたかった」
「…………」
「あなたも、寂しそうだったから」
「なんだそりゃ」
「……ねぇ、それよりもほら」
「うん?」
「私の“友達”、綺麗でしょう?」
「──あぁ……、本当にな」
◇
◆
何かが砕ける音を聞いた。
それが耳に届いた瞬間には、決着がついていた。
倒れ込む影を、もう一方が支える。
抱き寄せるように、優しく受け止める。
脇腹を貫かれた“日月”は、血を吐きながら聖女の身体へ凭れかかった。
"Esta manana me ha contado el gallo……
Que el elefante le contó al castor……"
聖女の左胸のポケットから、子供の歌声が流れる。
まるで壊れたラジオのように、ノイズ混じりのそれが静寂の中で虚しく鳴り響く。
あの瞬間、先に攻撃が届いたのは日月だった。
けれど左胸のポケットに入っていた流れ星のアクセサリーが、コンマ数秒ジャンヌを延命させた。
超力の影響など関係ない、純粋な“奇跡”が、ジャンヌ・ストラスブールの命を救ったのだ。
「……フレゼア、…………」
けれどきっと、偶然などではない。
自身の命を救ってくれた少女の名を、ジャンヌが呟く。
その呼び声に応えるように、壊れたアクセサリーは音楽を止める。
「…………ああ、わたし……まけたんだ」
ジャンヌの腕の中で、声がする。
名残惜しむような、それでいてどこか解放されたような。
淀みのない声色が、日月の喉奥から掠れ出た。
「日月さん」
力を振り絞り、日月が顔をあげる。
「どうしてっ……どう、……してっ!」
ジャンヌは、泣いていた。
みっともなく顔を歪ませて、英雄像を投げ捨てて、20にも満たない少女は涙を流していた。
そこにあるのは聖女として神格化された者の姿ではない。
数え切れないほどに託されてきた想いに押し潰されかけている、ただの人間の姿だった。
「あんたでも、そんなかお……すんのね」
そこでようやく、日月は理解する。
ジャンヌは特別な存在だと思っていたけれど、違った。
彼女は一人の人間であり、“聖女”になるしかなかった運命の被害者なのだと。
彼女もまた、民のために仮面を被らなければいけなかったのだ。
こんなことを言うのは烏滸がましいかもしれないけれど、彼女は自分と同じなのだ。
進む道が違えば、自分もこうなれたのかもしれない。
鏡写しのようでどこか違う二人は、静かに見つめ合う。
「ねえ……ジャンヌ」
「っ、はい」
「わたしの、うた、……きいて」
震える指で、日月はイヤホンを外す。
ゆっくりと手渡されたそれを、ジャンヌは右耳につけた。
──目を閉じる。
遠くで水が滴るようなドラムの重低音、ベースによる永遠に続く低音のうねり。
一音弾くごとに音が青い残像を残すような、何重にも重なって消えてゆくギター。
本当の自分をさらけ出すかのように、段々と音が厚くなり──途端に全部消える。
ベースの残響だけが、取り残されていた。
ボーカルはない。
けれど、確かに聞こえてくる。
さっきまで聞いていた、まだ耳の奥に残る鑑日月の歌声が、ぴったりと演奏に重なる。
音楽に疎いジャンヌでも、聞き惚れるほど完成された一曲だった。
「とても、いい曲です」
微笑みながら、率直な感想を述べる。
でしょ、と言おうとして、日月は咳き込んだ。
もう、遺された時間は少ない。
「ねえ、ジャンヌ」
だから、聞きたい。
他ならないジャンヌにだからこそ、聞きたい。
「私、偶像(アイドル)になれたかな?」
寂しそうな笑顔で、日月は問う。
生まれ持った才能と美貌に苛まれ、稀代の悪女として堕ちる人生。
その中で見つけ出した、偶像(アイドル)というたった一瞬の輝き。
こんな地獄の底でも、あの時見た世界を追いかけられていたのか、聞きたかった。
「私は未だに、アイドルというものがどういう存在なのか分かりません」
嘘でもいいから、なれていたと言うべきなのかもしれない。
けれどジャンヌは、アイドルへの理解が不明瞭のまま答えるのは日月への侮辱と捉えた。
「ですが──」
だから正直に。
だから無垢に。
ありのままに答える。
「世界で一番、輝いていました」
それを聞いた瞬間。
少女は心から救われたように笑う。
そうして鑑日月は、糸の切れた人形のように動かなくなった。
◆
◇
「──日月ちゃんっ」
「……ばかね、あんた」
「なっ……会って早々ひどい!」
「ばかよ、ばか。近年稀に見る大ばかよ」
「そんなばかばか言わないでよ~……折角待ってたのに」
「だってそうでしょ。私は、あんたやアイを切り捨てて……身勝手な道を進んだのに」
「そうだね、ほんっとーに傷ついた」
「……じゃあ、なんで」
「それでも日月ちゃん、寂しそうだったから」
「寂しそう?」
「うん、すごく」
「だから、ここに残ったって?」
「そういうこと」
「…………」
「でもね、それだけじゃないよ」
「え?」
「どんな罪を犯そうとも、人は必ず、抱きしめて許してくれる人を求めてる。
……前に言ったこと、覚えてる?」
「……覚えてるわよ、もちろん」
「だから、私は日月ちゃんを許すよ。
そうすれば、こんな地獄でもちょっとは救われるでしょ?」
「……なによ、それ」
「今度は、私が日月ちゃんを抱きしめるから」
「────……ありがとう」
【鑑日月 死亡】
◇
◆
葉月りんかと鑑日月、二人の遺体を“慈悲の炎”で弔う。
燃え滾るような激しい炎ではなく、静かで穏やかな炎が二人の身体を包み込んだ。
聖女はその光景を静かに見届ける。
往くべき場所へ、神の御元へ届きますようにと、願いを込めて。
哀悼を終えて、遺された二人分の首輪。
その内の片方、鑑日月のものへデジタルウォッチを近付ける。
ジャンヌはこの刑務で初めて、恩赦ポイントを獲得した。
アビスの暮らしを受け入れようとしていた自分には必要ないと思っていたから。
だから、こんな機会は訪れないと思っていたのに。
それでも、他ならない日月が望んでいるような気がしたから。
だからこうやって、デジタルウォッチを眺める。
選んだのは、楽曲のDL。
歌手名は鑑日月、曲名は『パーフェクトブルー』。
それをデジタルウォッチに落とし込み、ワイヤレスイヤホンからは音楽が流れ始める。
この曲を忘れないこと。
それが、なによりも鑑日月の生きた証明になるとジャンヌは思い至った。
そしてもう一つ。
りんかが持っていた治療キットと紗奈の手錠、そしてハヤトの手錠。
加えてりんかの首輪を持っていくことを考えれば、とてもではないが手で持ち歩ける量じゃない。
デイパックを選択し、壊れたアクセサリーとイヤホン以外の物を詰め込んでゆく。
「りんかさん、日月さん。貴方がたの力を借ります」
立ち上がろうとして、思わずよろめく。
蓄積された疲労とダメージが、休息を求める。
けれどもう、刑務終了まで時間がない。
悲鳴を上げる肉体を黒炎で無理やり治癒し、ジャンヌは噴炎によって加速する。
まだ、やることが残っている。
エンダの黒蝿が導こうとした場所へ、赴かなくてはいけない。
目指すは北側、C-3。
そこに居るであろうルーサー・キングと決着をつけなくては。
激痛を耐えしのぎ、決意を固めるジャンヌは知らない。
今まさに、ネイ・ローマンとルーサー・キングの一騎打ちが行われていることを。
【D-3/草原/一日目・夜中】
【ジャンヌ・ストラスブール】
[状態]:疲労(極大)、全身にダメージ(大)、全身に激痛(中)、超力進化(六枚羽の焔翼)
[道具]:流れ星のアクセサリー(破損)、ワイヤレスイヤホンマイク、デジタルウォッチ(『パーフェクトブルー』DL済み)、デイパック(葉月りんかの首輪(未使用)、治療キット、紗奈の手錠&鍵、ハヤトの手錠)
[恩赦P]:94pt(鑑日月の首輪 +100pt デイパック -1pt 楽曲DL -5pt)
[方針]
基本.正義を貫く。
1.ネイ・ローマンと結託し、ルーサー・キングを討つ。
2.刑務の是非、受刑者達の意志と向き合いたい。
3.嵐求士堂…忘れません。決して。
※ジャンヌが対立していた『欧州一帯に根を張る巨大犯罪組織』の総元締めがルーサー・キングです。
※ジャンヌの刑罰は『終身刑』ですが、アビスでは『無期懲役』と同等の扱いです。
※流れ星のアクセサリーに保存されていた『フレゼア・フランベルジェ』の超力を取り込みました。
また、葉月りんかの『希望は永遠に不滅(エターナル・ホープ)』の加護を受けて、第二段階(超力名不明)へ到達しました。
火力と身体能力が強化されており、見る者を圧倒する神々しさを兼ね備えています。
※ルクレツィアの超力が上乗せされ、ジャンヌの超力が変質しました。
傷を癒す、黒煙を噴き上げる黒ずんだ炎を出せる様になりました。
但し、この炎で傷を癒すと、凄まじい激痛が生じます。
最終更新:2026年03月26日 09:40