不気味な夜の海を進む二人の少女があった。

一方は仰向けになって水中に浮かび、もう一方がそれに手を添え押すという構図である。
こうしてみれば一方が楽をして一方が尽くすという不平等な構図だが、やむにやまれぬ事情があるのだから致し方ない事だろう。

「あんた胸が浮袋みたいになってるわね」
「うっさいですねぇ、年下にサイズ負けてるからって僻まないでくださいよ」
「ぶっ飛ばすわよあんた」

海流を無視できる海王の指輪を装備している利江にとっては波のないプールを泳いでいるようなものだが。
そうじゃない由香里は利江に頼るしかなく、やることと言えば浮かぶことに専念するしかない状態である。
ならばと、せっかくなんで利江もその浮力をビート版のように利用して泳ぎの助けにしていた。

ある意味では相互補助の関係と言える。
おかげさまで、こうしてお互い顔を上げて会話するくらいの余裕があった。

そうして、しばらく海上を進んで、岩石海岸の小高い陸地が目視出来てきた頃。

「利江さん…………戻ってこないんですか?」

ぷかぷか海面を浮かぶ由香里がそんなことを言った。

「はぁ? いきなり何言ってんの?」
「いやまぁ何となく、その気はないのかなぁって」

由香里の僅かに揺らした足先が、ぴちゃりと水面を蹴った。
言葉は何の気ない様子を装っているが、その態度からずっと聞きたかった質問なのだろう。
利江がゆっくりとバタ足を続けながら答える。

「金に困ったなんて自分勝手な理由で辞めておいて、ユニットが売れたから戻ります、とは行かないだろ」
「けど……それは」
「ほら、馬鹿なこと言ってんなよ、もうじき陸地に付くぞ」

そう言って利江は会話を打ち切る。
これ以上この話題を続けるつもりはないという意思表示。
その意図を感じ、由香里もそれ以上は何も言わなかった。

固い岩肌へゆっくりと接岸する。
利江が岩肌を掴んで、先に陸地へと上がった。
上下合わせた紫の下着姿が露になり、全身から滴り落ちる水滴が岩の地面を色濃くにじませる。

「ほら、掴まれ由香里」

そして、振り返って海中の由香里へと手を差し伸べる。
だがどうしたことか。
由香里はその手を取らず、青ざめた表情で利江の姿を見上げていた。

「利江さん、後ろ!!」
「え?」

由香里の叫び声に振り替える。
そこには、

「――――オーライ」

金属バットを振り被った凄惨に笑う男の姿が。

ガキンという音。

何の躊躇いもない全力スイング。
金属バットで人の頭をボールみたいにヒッティングした。

血飛沫が舞う。
およそまともな倫理観があればできない行為。
目の前で繰り広げられた惨劇に由香里が声を失う。
そのまま力なく投げ出された利江の体は、今しがた上がってきた暗い海の中に水しぶきを上げて落ちていった。


「なんだよ、ハズレの方が残っちまったか」

つまらなさそうに桐本四郎は吐き捨てた。

先に出てきた方を、とりあえず全力でぶん殴った。

二人いるのだから一人は殺していい。
目の前で一人を殺せば残った一人の心も折れる。
そうなれば残った方で楽しみやすくなるだろう。

その程度の考え。
その程度の考えで、人の頭をカチ割った。

だが、違う楽しみ方ができそうなイイ女の方が先に出ててしまったようだ。
残念なことに残ったのは毛も生えそろってなさそうなガキである。

「おら、何やってんだよ。上がれよ」

水面で完全に固まっていた由香里の襟首を乱暴に掴む。
そのまま引っ張り上げると、固い岩石の地面へと放り投げた。

「ッ…………たぁ」

岩盤に尻を強かに打った由香里が痛みに声を上げる。
尻もちを付いた体制の股の間に金属バッドの先が叩きつけられ、岩と鉄がぶつかって火花が散った。

「ひっ…………!」

恐怖に顔をゆがめる由香里の髪が乱暴につかみ上げられる。
無理やりに視線を合わされた。
血走った瞳に正気の色などない。
その恐ろしさに気を失ってしまいそうになる。

「――――死にたくないか?」

地の底から響くような低い声で問われた。
恐怖のあまり声を失った由香里は、呼吸ができない魚の様に口元をパクパクさせる。

その様子に桐本はイラついたように舌を打つと、もう一度金属バットを振り下した。
振り下ろされたバットは由香里の足元、風圧すら感じられるようなギリギリを掠める。
一歩間違えば足の骨がぐちゃぐちゃにつぶれていたかもしれない。
その恐怖に由香里の表情がみっともないくらいに引きつった。

「聞いてんだよ! 死にたくねぇのか!? どうなんだ、あぁん!!?」

怒鳴り声に身を竦めながら、祈るように両手を合わせてこくこくと頷く。
恐怖にひきつったその顔を見て、桐本は満足そうな息を漏らした。
その顔に歪んだ喜びを称えた、笑顔を張り付ける。

カツンと杖みたいに鉄バットを付いた。
その音に、もはや恐怖が刷り込まれているのか、由香里の体がビクンと跳ねた。

「脱げ」
「え…………?」
「服を脱いで素っ裸で踊って見せろ。裸踊りが面白かったら殺さないでやる」

困惑と怯えを含んだ揺れる瞳が桐本を見つめる。
そんな約束を守るとも信じ切れていないのだろう。
その目には猜疑の色が含まれている。
だが従うしかないのだ。

桐本は無様に命乞いをする様を見るのが好きだ。
助かるためなら何でもする様を見るのが好きだ。

勿論面白かったところで殺すのだが。
その期待が裏切られた瞬間を見るのも大好きだ。

「早くしろ…………!」
「…………ひっ!」

怒鳴りつけられ目じりに涙をためた少女が、葛藤しながら震える指を伸ばす。
その指がアイドル衣装みたいな服の背中にあるファスナーにかかった。

羞恥と恐怖に彩られた顔色。
桐本は尊厳が踏みにじられる様を見るのが好きだ。
プライドやズタズタになった人間の媚びた瞳が好きだ。
自分が相手の命を思い通りに支配しているという万能感を得られる。

「っ………………ぅ」

ファスナーが下ろされてゆき、穢れを知らぬ少女の柔肌が露になろうとした、直前。

「どっ――――せいッッ!!」

下着姿の痴女が、横合いからミサイルみたいに飛んできた。


「ぐっ…………ごッ!?」

完全に油断していたのか、ドロップキックが桐本の脇腹に突き刺さった。
勢いに押し出されて、たたらを踏む桐本の体がそのまま海へと落ちた。

「走るよ!」
「え? え?」

現れた下着姿の女、滝川利江が呆けている由香里の手を取る。
戸惑いながらも手を引かれ由香里も走りだした。

「な、なんで無事なんです? 利江さん頭ホームランされてましたけど!?」

走りながら先を行く由香里が下着姿の女へと問いかける。

「無事だったから無事なんでしょ! 多分アバターの耐久にメチャクチャ振ってたからだと思うけど」
「耐久って、なんでそんなところ地味な所に!?」
「うっさい! 地味で悪かったな! 人生耐えられば何とかなるもんなんだよ!」
「うわっ。暗い! あまりにも発想が暗いですよ利江さん!」

利江と軽口を叩きあいながら、先ほどまでビビり散らかしていたことなど忘れたように由香里は調子を取り戻していった。
すぐヘタレるがすぐ持ち直すというのはこの少女の短所であり長所である。

しかし、まだ危機的状況が去ったわけではない。
一刻も早くこの場を遠ざかるべく、連れ立って海岸沿いを駆け抜ける。
どこまで行けばいいのかわからないが、少なくとも身を隠せる場所まで逃げ延びねばならない。
だが、その道半ばで、唐突に利江が膝をついた。

「ちょっと利江さん!? まさかもうバテたんじゃ…………!?」

そう悪態をつこうとする由香里だったが、利江の様子が尋常ではない事に気づき口を止めた。
見れば利江の顔色は青紫色に染まっており、明らかにただの体調不良などという様子ではない。

「ど、ど、ど、どうしたんです!?」
「……わからん。けどこれ以上はろくに動けそうにない。
 私を置いて逃げろ。落ちたって言っても岸の方だ。すぐに上がってくる」
「い、いやですよ! そんなの!」

いきなりそんなことを言われて、はいそうですかと従うほど由香里は薄情ではない。
むしろ感情には素直に生きているからこそ、好きな相手を見捨てるなんてできなかった。

「大丈夫だ。お前が逃げるくらいの時間はしがみついてでも稼いでやるから……」

ここまでにどれほどの無理をしていたのか。
もはや動くことすら苦しいのか、荒い息で悲壮な決意を口にする。
この調子の利江と共に逃げるのはどう考えても無理だろう。

無理でも利江とともに逃げるか、利江を見捨てて逃げるか
由香里は決断を迫られる。

考えている時間はない。
ここで迷っていればあの殺人鬼に追いつかれてしまう。
三条由香里は決断する。

「……戦いましょう。やっつけましょうアイツ」

この決断に驚愕したのは利江の方だ。
青い顔を押して大声を張り上げる。

「はぁ!? 戦うって、無理言うな! 私はこんなだし、お前殴り合いの喧嘩なんてした事ないだろ!?」
「大丈夫です! 弟たちと喧嘩したときプロレス技とかかけたりしてますから!」
「バカ! そんな次元の話じゃないだろ! ビビってんだろ!? ヘタレの癖にカッコつけてないでさっさと逃げろ!」

怒鳴りつける利江。
その言葉通り、由香里の手は恐怖に震えていた。
その恐怖は彼女の根元に刷り込まれている。
先ほど殺されそうになった相手だ、怖くないはずがなかった。

「そりゃ! そりゃ怖いですよ……。
 けど、多分……ここで利江さんを見捨てる方が、もっと怖いです……ッ!」

由香里が逃げたとして、残された利江がどうなるのか、想像するだけで恐ろしい。
由香里が逃げる時間を稼ぐために自死もできず、あの男を満足させる慰み者にされるのだ、確実に殺された方がましな目にあうだろう。

尊敬していた先輩をそんな状況に追いやるのと先ほど男に追い詰められていた恐怖。
どちらが恐ろしいかと問われれば由香里には答えられない。
同じくらい怖いのなら、利江が助かる方がいいに決まっている。

「だからって……!」
「だから利江さん!!」

それでも続けようとする利江の言葉を大声で遮る。
震えたまま、強がるように笑って。

「だから、頑張れって言ってください。逃げろじゃなくて頑張れって」
「由香里……」
「アイドルってそれだけで頑張れる職業なんですよ。誰かの頑張れで輝けるんです」

利江が言葉を失う。
誰がどう見ても強がりの言葉。
だが、アイドルに憧れた一人の人間としてそれを否定する言葉を利江は持たなかった。
溜息を洩らし、呆れたように言う。

「……それって誰の言葉?」
「ま、まぁ涼子さんからの受け売りですけど……! HSFのスローガンになってるので実質あたしの言葉と言ってもいいのでは?」
「ハハ。相変わらずね、あんたのそういうとこ」
「もう、笑わないで下さいよ!」
「……けど、変わったんだな、あんたたちは」

自分の知らないHSFのスローガン。
彼女たちは自分の知らない所で歩んできたのだろう。
その歩みを見せつけられたような気がした。

「それで戦うにしても勝ち目はあるのか?」

戦うことは受け入れた。
だが、何の手段もなければ自殺と変わらない。
この問いに由香里はどこか曖昧に笑うと、それでも確かに頷いた。

「なくはない……ですかね。半信半疑でしたけど、さっきの利江さんを見る限り本当っぽいんで」

言われて、心当たりのない利江が首を傾げた。

「私…………?」


海面より這い上がった桐本が彼女たちに追いつくのはあっという間だった。
桐本の敏捷性が最上級であったという事もあるだろうが。
それ以上に少女たちがそれほど遠くまで逃げられていなかったからである。

その理由を苦し気に息を吐く女の顔色を見て桐本は悟った。
恐らくは初撃により桐本の持つスキル、毒攻撃による毒が付与されたのだろう。
たった一発で付与されるなど、よっぽど運がないらしい。

顔色の悪い女を庇うように前に出たのは先ほど桐本に命乞いをしていた少女だった。
逃げるでもなく大鉈を構え、どうやら戦うつもりらしい。

「――――ハッ」

その様子に思わず吹き出す。
堪えきれず、そのまま笑ってしまう。

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!
 なんだそりゃ!? 本気かよ!? いいねいいね、最っ高じゃねぇのッ!
 お仲間なんて見捨てて逃げりゃよかったものをよお! 無意味なドラマに浸ってここで無駄に殺されるんだからなぁ!! ヒャハハハ!!」

ヒロイックな感情に流されて最悪な選択を取る阿呆。
その滑稽さは桐本にとって最高の見世物だ。

「いいぜ。そこの女。よく見てろよ?
 お前のせいでこれからこのガキは死ぬ。お前の目の前でゆっくりバラシて殺してやるよ。
 お前はその悲鳴を聞きながら無様に素敵に地面に這いつくばってろ」

バットの先を付きつけて、ホームランみたいに予告する。
それを利江は言い返すでもなく無言で睨み返した。
いや、その視線はそもそも桐本ではなく、立ち向かおうとしている少女の背に向けられていた。

「…………その前に聞かせて、どうしてこんなことをするの?」

由香里が問うた。
その問いに、桐本は下らないと言った風に乱暴に答える。

「どうしても何もねぇよ。お前らは俺を楽しませるためしか存在価値のない生き物なんだよ。
 だから、お前らは俺を楽しませるためにみっともなく喚いてりゃいいんだよ」

下卑た笑みを浮かべる殺人鬼。

「あたしたちはあなたを楽しませるためだけの存在…………」

突きつけられた言葉を反芻する。
それは恐ろしいまでの価値観の違い。
不条理な怪物を前にして、由香里は。


「――――つまり。あなた、あたしより格上って事ですよね?」


確認する様にそう、問うた。
桐本は少しだけぽかんとした後、当然のように応える。

「あぁ? 当然だろ。さっきからそう言って、」
「そう――――じゃああたしの敵じゃない」


三条由香里は思い込みが激しい。


その悪癖によって様々なトラブルを引き起こしてきたトラブルメイカー。
だが、今、この瞬間だけは違う。

下剋上スキル。
格上に対して優位を取る三条由香里の取得したスキル。
アバターの耐久度によって金属バットのフルスイングを耐えた利江の姿を見て、アバターの設定が本物であると確信したからこそ、スキルに賭けることができる。

このスキルの発動条件は相手が格上であること。
相手が格上かどうかの判定はスキル使用者の主観的認識に縛られる。
表面上ではなく、深層的な領域による判定であり偽証は許されない。
だからこそ、彼女の思い込みの激しさが意味を成す。

相手を大きく見れば見るほど、相手を恐れれば恐れるほど、スキルの効果は高まる。
すなわち、恐怖を強さに変えるスキルだと言える。
相手を恐怖し飲み込まれてしまえばいくら力を得ようともまともに戦う事などできないだろう。
先ほどの由香里がそうだった。

だが、恐怖に縛られ踏み出せない一歩は、背中を押してくれる誰かがいれば踏み出せる。

「由香里―――――頑張れええええ!!!」
「はい! 頑張ります!!」

滝川利江の最上級のアイドル(偽)スキルによる応援効果。
全てが上乗せされた、現在の三条由香里パラメータは――――。

「はっ!」

桐本が応援合戦をくだらないと鼻で笑って、バットを構える。
こんな茶番も絶望を引き立てるスパイスだ。
存分に味わって台無しにしてやる。

「行っ、くぞ―――――ぉ!!!」

少女が自らを鼓舞する叫びをあげて、やけくそ気味に飛び出していった。
支給品である大鉈を振り被った真正面からのただの突撃。

そんなものは桐本からすればただの絶好球だ。
イノシシみたいなその突撃を横に躱して、そのままバッドで脳天を叩き割る。
そうすべく、バットを振り被ったが、その狙いはしかし。

「ちィ…………ッ!」

舌を打つ。
桐本の目の前で火花が散った。
カウンターを取るどころか避けることすら叶わず、とっさに金属バッドを盾にして受ける事しかできなかった。

――――速い。
想定以上の速さに不意を突かれはしたものの、反応自体は間に合った。
速度(AGI)は遅れを取っていない
だが、受けた腕に僅かな痺れを感じる。

「ッんのおおおおおおおおおお!!」

小さな少女が声を上げた。
鍔迫り合いのような形から、そのまま強引に力を籠め、男を押し切る。
桐本は舌を打って、手首をひねって力を逸らすとそのまま後方に数歩引いた。

大の男が年端も行かぬ少女に単純な押し合いで押し切られてた。
速度(AGI)は互角でも、筋力(STR)で負けていた。

あり得ない。
こんな小娘に力負けするなど。

「……んなことが、あっていい訳ねぇだろうが!! オレが上で、テメェは下だろうが!」

桐本が吠えた。
捕食者と被食者。
この関係が覆っていいわけがない。
誰が相手であろうとも桐本は常に殺す側でなければならない。

「死ぃ―――――ねぇ!!!」

今度は桐本が攻める。
その烈火の如き気性をぶつける様に、金属バッドを手あたり次第に叩きつける。

「うっ…………くっ!?」

由香里はその猛攻を防ぎながら、ずるずると徐々に後退していた。
攻撃は見えるし正確な反応もできる。
だが、一発ごとに叩きつけられる殺意に身が竦む。
それを振るう恐ろしいまでの形相に飲み込まれそうになる。

「こらぁ! 腰が引けてるぞ! 負けるな! 由香里ィ!」
「ッ! はい!」

叱咤の声。その声に応じる。
応えようと心を震わせる。
烈火の如き打ち込みに対し、怒涛の如く打ち返していく。

「…………バカな」

応援などで何も変わることはない。
桐本四郎は、そんなことは現実にありえないことを嫌と言うほど知っている。
そんな奴らを殺してきた。
そんな奴らも殺してきた。
そんな奇跡はただの一度も起き得なかった。

だが、これは何だ?
あり得ないことが起きている。

桐本の一方的な連撃は、いつの間にか互いに攻め手を奪い合う打ち合いに変わっていた。
金属音と火花を散らし、金属バットと大鉈が幾度もぶつかりあう。
空中で弾け離れては、引き寄せられるように再度ぶつかる。

「ッぅううう…………!」

削られる。
手数は互角でも、正確性と一発の重さが違う。
体力(VIT)の差か、先に動きが鈍り始めたのは桐本の方だ。

このままでは押し切られるのはどちらなのか。
その答えは誰から見ても明白だった。

「こんな……事が…………ッ」

あり得ない。
あり得ない。
あり得ない。
あってはならない事が起きている。

桐本の目の前にいるのはどう見てもただの小娘である。
にもかかわらず野生のゴリラでも相手にしてる気分だった。
技術も何もない、ただ純粋に性能(スペック)が違う。

「…………ヒャハ、なるほどな。ヒャハハハハハハ」

追い詰められて桐本は狂ったように笑い始めた。

殺人鬼は学ぶ。
この世界は現実とは違うルールで動いていると。

通常の殺し方じゃダメだ。
この世界のルールに沿った殺し方が必要になる。

彼女たちが海岸に上がってきたときの最初の不意打ち。
スキルの発動条件を満たす前に不意打ちで殺しておくべきはこちらだった。
そうだ、あの時なら殺せた。
殺せたはずなのに。

残ったのは本当にハズレだった。

「理解した。理解したよ。ヒャハハハハハハハハハハ!!!」

「――――うるさい。そろそろ黙りなさい!」

言って、打ち出されたのは鉈ではなく、痛烈な後ろ回し蹴りだった。
まるでダンスのステップの様に踏み出されたそれを桐本は鉄バットでガードするが、衝撃までは殺しきれず体が大きく後方に飛んだ。

5メートル近く宙を舞った桐本の体は、そのまま海面を跳ねて、渦潮の中に叩き込まれた。
海に沈んだ桐本はすぐさま顔を出して、自らを蹴りだした女を睨んだ。

「ぷはっ。小娘ぇえ! お前は殺す。犯しながら指の先から解体して、殺す、がぼっ、ヒャハ、ハハハハハ、ごぽぽぽ、ハハッ」

不愉快な笑い声を残して、海流に飲まれて消えていった。


海岸沿いの岩盤を進む二人の少女があった。

一方は青紫の顔色で足元ふらつかせて歩き、もう一方がそれに肩を貸し支えながら歩いているという構図である。
こうしてみれば一方が楽をして一方が尽くすという不平等な構図だが、やむにやまれぬ事情があるのだから致し方ない事だろう。

「……利江さん、復帰の話、やっぱり本気で考えてみません?」

道すがら唐突に、支えながら歩く由香里がそんなことを言った。
支えられる利江は困ったような声で応じる。

「…………またその話? ……さっきも言ったけど戻る気はないって」
「まあまあ聞いてくださいって。
 知ってます? あたし達ランキングを駆け上がっちゃって今やユニットで3位なんですよ3位!」
「……知ってる。知ってるよ。ずっと応援してた」

HSFの活躍を、自分のことのように喜んでいた。
辛い日々も彼女たちの活躍に励まされてきたから耐えられた。

「だから利江さんは、あの反則みたいな1位と2位に勝つための切り札なんですって!」
「…………切り札ねぇ」

元気のよい声とは対照的に曖昧につぶやく。
HSFの一員として輝かしい舞台に立つ自分。
その姿を想像したことがなかったと言えば嘘になる。

「大丈夫ですって。可憐さんは受け入れてくれるだろうし、ソフィアさんはあの人楽しければ何でもいいでしょうし。
 キララは……まぁ、あいつそう言うの嫌いそうですけどぉ。あたしが説得しますって、大丈夫。あいつあたしの子分みたいなもんですから何とかなりますって」

楽しい未来を描く様に由香里は努めて明るい声で捲し立てる。
そうだったらいいなと利江もそう思う。
だけど。

「涼子さんは………………ま、まぁ何とかなりますって、絶対!
 全員で泣き落とせばあの人イヤって言えませんから、厳しいようでなんだかんだあたしたちに甘いので!」

クククと悪だくみをするように笑う。
毒が回って曖昧な頭でその顔を見つめて。

「立派にアイドルなんだなぁ、あんたも…………」

あの時。
殺人鬼に立ち向かうと決めた由香里を見て、そんなことを思った。

それが全てだ。
そう思った時点で利江はアイドルではなくなった。
誰か輝かせる側ではなく、その輝きを浴びる側の人間になってしまったのだと、あの瞬間残酷な事実を突きつけられたのだ。

もう彼女たちは自分とは違う。
それが嫌と言うほど理解できた。

まさかよりにもよって一番の問題児だった由香里の成長に引導を渡されることになるとは思わなかったけれど。
だからこそ、どこか清々しい心境だった。
ずっと燻っていた未練が晴れたような気がした。

「え、今の言動のどこら辺が?」
「……自覚あったのかよ、あんまり涼子や可憐に迷惑かけんなよ」

[H-3/海岸沿い/1日目・黎明]
[三条 由香里]
[パラメータ]:STR:D→B→A VIT:C→A AGI:B→A DEX:C→A LUK:B→A(下剋上の効果でLUK以外が一時的に2ランク上昇(上限A)、アイドル(偽)の応援効果により全ステータスが一時的に1ランク上昇(上限A))
[ステータス]:疲労大
[アイテム]:大鉈(E)、不明支給品×2(確認済)
[GP]:0pt(まだメールを開いていません)
[プロセス]
基本行動方針:HSFみんなと合流。みんなで生きて帰る。
1.利江を解毒する

[滝川 利江]
[パラメータ]:STR:C VIT:A AGI:C DEX:B LUK:E
[ステータス]:状態異常:毒(B)、衰弱、頭部裂傷、下着姿
[アイテム]:海王の指輪(E)、不明支給品×1(確認済)
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:HSFみんなと合流。みんなを生きて帰す。
1.解毒手段を探す
2.なるべく殺人はしない。襲われたら容赦しない。
※衣服及び暗視スコープはG-1東側の陸地に放置されています。
※毒(B)の効果を解除しなければ3時間ほどで死亡します、またこの制限時間はダメージなどの体力減少により短縮されます

[?-?/海中/1日目・黎明]
[桐本 四郎]
[パラメータ]:STR:B VIT:D AGI:A DEX:C LUK:B
[ステータス]:疲労中、ダメージ小
[アイテム]:野球セット、不明支給品×2(確認済)
[GP]:25pt
[プロセス]
基本行動方針:人が苦しみ、命乞いする姿を思う存分見る。
1.恥辱を味合わせた女二人を殺す。特に小娘(三条 由香里)は確実に殺す。
2.称号とか所有権は知らんが、狙えるようなら優勝を狙う。
※海流に流されました、どこかに流れ着くかそのまま溺死します

【野球セット】
金属バットとグローブと硬球の1セット。
セットと言いつつこれだけではノックくらいしかできない

【大鉈】
巨大な鉈。丈夫だが特殊効果などはない。

027.Blasphemous Detective 投下順で読む 029.「楽しくなってきた」
時系列順で読む
Water Hazard 三条 由香里 一番星目指して
滝川 利江
桐本 四郎 酔生夢死

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最終更新:2022年05月31日 23:55