プシュ、と炭酸ガスの溢れる気持ちのいい音が響き、黄金の飛沫が跳んだ。

新たな一本のプルタブを開き手を付ける
喉を鳴らして一気に煽ると、顔を赤らめ熱の籠った酒臭い息を吐く。

地下アイドル黒野真央は彼女は初めて人が死ぬ瞬間を目撃した。

いや、小学生のころ祖母の死に目に立ち会ったことがあるが、あれは穏やかな死だった。
恐らくあれが人としての正しい死なのだろう。

だが彼女が目撃したのはそう言う正しい死とは違う、誰かに殺害されるという間違った死だ。
なまじ顔を知っている相手だったというのもあるだろう。
その死に様が脳裏に張り付いて離れなかった。

なにせ、その死を生み出したのは他ならぬ真央である。
実行したのは相棒の正貴だが、正貴は真央の殺意を実行したに過ぎない。
自分の殺意によって人が死んだのだ。

その事実が酒を進ませる。
嫌な記憶を忘れるために酒を煽る。
嫌な事実を誤魔化すために酒を煽る。
どこれもこれも彼女にとってはいつもの事だ。

いつからだろう。
彼女が酒に逃げるようになったのは。

10代のころは自信に満ち溢れていた。
こんなにかわいい私がデビューすれば、すぐさまスターダムに伸し上がれると、酒は飲めなくても自分自身に酔っていた。

だが現実はそうじゃなかった。
6年たっても芽は出ることなく、いつまでも日の当たらない地下でくすぶっている。
これだけ冷や水をぶっかけられ続けてれば、誰だって酔いも醒める。

アイドルという商売は残酷だ。
商品である自分が売れないという事は、オマエじゃないと突き付けられるという事である。
自分の価値という物を嫌と言う程わからされる。
毎日毎日。

真央だけじゃない、アイドルなんてものは全員得てして自分に酔ってる。
そうじゃなければ、自分を商品とする業界になんて立っていられない。
だから、それでも立ち続けるのならば、酔っぱらうしかないのだ。
自分に酔えなくなったら酒に酔うしかない。

そう、立ち続けなくてはならない。
生き残るために。

「私は生き残るのよ。芸能界でも、この殺し合いでも……!」

空となった缶を投げ捨て口元を拭う。
生き残るためにはこれから、これを繰り返さなければならない。
直接手を下さずとも、己の殺意で人が死んでいくという事に覚悟を決めなくてはならなかった。

そんなのは、酔っぱらわないとやっていられない。
そもそも殺し殺されなんて素面のままやってる方が異常である。

「真央さん。さすがに飲みすぎですよ」

だが、酔いを深めるべく次の一本に手を駆けようとしたところで、それを止める手がかかった。

「っさいわねぇー」

振り払おうとして千鳥足をもつれさせふら付く真央の体を正貴が支えた。
悪態をつきながら、首元に手を回してそのまま撓垂れ掛るように体を預ける。

男を侍らせ酒も飲む。
お陰で今は気分がよかった。
不安を紛らわせるべく、男にも酒にも依存する。
黒野真央はそんな弱い女だった。

「多少飲酒はいいと思いますが、さすがに足取りまで不安定になるまで飲む問うのはどうかと。危険です」

多少の飲酒は気分を高揚させるという利点はある。
だが、ここまで行くと緊急事態に対応できなくなってしまう。
荒事は正貴が担当とはいえ、これはよくない。

「だいたい酔う訳ないでしょVRなんだから。あれ? けど酔っぱらっちゃってる?
 アバターなのに酔っぱらうとか。笑える」

そう言って、真央はケラケラと笑った。
どう見ても酔っ払いである。
だが、それを聞いた正貴は僅かに考えを巡らせた。

「確かに。VR酔いというやつでしょうか?」

自分で言って惚けたことを言ってしまったなと内心で正貴は反省する。
だが、正貴も飲酒したときにほろ酔いのような状態になった。
あの時は特に疑問に思っていなかったが、改めて考えると不思議な現象である。

VRで何に酔っている?
まあ痛みが感じられるのだから、酔っぱらう程度おかしくはないのだが。
いや、そもそも痛みを感じるのがおかしいのか?

「全然違うわよ。アバターでも酔っ払えるって書いてるんだからそうなんでしょ」

投げやりな回答である。
かなり酔っぱらっているのか思考能力の低下が見受けられる。
真央はぐでっと正貴にしなだれかかりながら体重を預ける。

「むしろ、あなたは平気なの?」

出来上がった声で、そう聞いた。

「平気とは…………?」
「…………人を殺して」

それが聞くべきではない問いであることは真央にだってわかっていただろうが、酒のせいか口が滑った。
恐らくこれが素面であれば問わなかった問いだろう。

「そうですねぇ」

問われた正貴は気分を害するでもなくそう相槌を打つ。
そして少しだけ感心したような顔で赤らんだ女の瞳を見つめる。

「真央さんは、なんと言うか……まともですよね」
「……は? それって褒めてる? それともバカにしてんの?」
「いえ。ステキだと思います」

ご機嫌取りの言葉ではなく男は本心からそう言った。
その言葉に、女は酒臭い息を吐き捨て笑う。

「はっ。これから全員殺してでも生き残ろうって女がまとも?」
「ええ。それはあなたが正しく状況を理解しているからだ。
 殺し合いなのだから、殺すのが正しい」

どのような状況でも絶対的な正義を貫く人間が正しいとは言えない。
むしろ異常な状況で、まともを貫いている人間こそ異常だろう。

人間とは決して善良なだけではない。
清濁併せ呑んでこその人間だ。
そう言う意味でも真央の在り方は正貴にとって好ましい。

「僕はね、ずっと正しく生きていこうとしてきたんですよ」

正貴は語りだす。
正しく生きなさいと、両親は口癖のように彼に言って聞かせてきた。
机に縛り付けられながら教育を叩き込まれ、彼もそう在ろうと精進しながら生きてきた。

「けれど、『正しさ』とは何なのかずっと分からなかったんです」

両親は教えてくれなかった。
だから、満たされないのは当然だった。

分からないまま、正しく生きようとしてきた。
分からないまま、正しさの執行者である警察官にもなった。
分からないまま、正しさを満たそうとしていた。

「……それで。今はそれが分かったのかしら?」

赤ら顔の真央が先を促す。
意外と聞き上手な人なのかもしれない。
なんて改めて好きな要素を一つ見つけたところで。

「――――待ってください」

唐突に正貴は話を打ち切り、抱えていた真央を丁寧に剥がすと後方へと視線を移した。
真央も釣られるようにその視線の先を追う。

「誰かいます――――」

視線の向けられた先は海岸だった。
そこには先ほどまでいなかったはずの人影が打ち上げられた。
どうやら海から流されてきたようである。

「……生きてるの?」
「生きてるのでしょう。忘れましたか? ここで死ねば死体は消えます」

言われて真央が口元を抑える。
忘れていた先ほどの殺害現場が思い出されて酒酔いもあってか吐き気がした。

と言うかそのまま吐いた。
どちらかと言うと死体のフラッシュバックより飲みすぎが原因の嘔吐だった

「ぅぷ。それで、どうするの?」

正貴に背中を擦られながら口元を拭う。
吐くものを吐き出してすっかり酔いが醒めたのか、赤みの薄れた顔で真央が問う。
肉体が残っている以上、生きているのだろうが意識を失っているのかピクリとも動かない。

「まずは確認しましょう」

及び腰になっている真央とは違い正貴は迷いがなかった。
この状況においても恐怖など微塵も感じていないような足取りで、意識のない漂流者に向かって歩いて行った。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。あまり先に行かないで……!」

真央も遅れてその後を追う。
足を緩めた正貴に追いついて背後からその袖口を掴む。
そのままペンギンの親子みたいな足取りで海岸までたどり着いた。

足を止めた正貴は足元に転がる人影を見つめ黙りこくった。
その様子を不思議に思いながら真央も正貴の後ろから顔を出し、倒れた人物を覗き込む。
そして、その顔を確認した瞬間、大きく息を呑んだ。

「…………桐本四郎」
「おや、ご存じでしたか?」
「そりゃそうでしょ。流石にアレだけ話題になった事件くらいは知ってるわよ」

桐本事件。
2年ほど前に連日ワイドショーで報道されてかなり話題になった事件だ。
あまりニュースを見ない真央も、いくら何でも知っている。
逮捕された時は顔写真付きで大々的に報道されていたのだから、ある程度の年齢であれば知らない国民の方が少ないだろう。

「真央さんってニュースとか見ない人かと思ってました」

正貴は真央が自分の起こした事件を全く知らなそうだった事から、そう予測していた。
だが、よく考えれば正貴自身、自分の起こした事件がどの程度報道されているのか把握していない。
逮捕されてテレビやネットが見られる環境になかったのだから当然ではあるのだが。

なにせ警察官の不祥事である。
必要以上にセンセーショナルに報道されたか、それとも身内に不祥事を嫌う警察からの圧力で最低限の報道となったかのどちらかだろう。
真央の反応からして恐らくは後者である可能性が高い。
流石に全く報道されていないという事はないとは思うが、もしかしたら適当なネットニュースくらいしか流れてないのかもしれない。

「失礼ね。まぁ確かにあまり見るほうじゃないけど」

ニュースは音がないのが寂しいから適当につけてるテレビから流れるものを流し見する程度だ。
新聞も取ってないし、ネットニュースもバズったモノしか見ない。エゴサはするが。

「意識はないみたいだし、今のうちに……」

そう言って真央が正貴に目配せをした。
意識のないうちに息の根を止めろという事なのだろう。
危険人物に出会った人間として正しい感情だとは思うが。

「助けましょう」

だが、真央の期待とは正貴は対極の結論を口にした。
信じられてないといった風に見開いた眼を向ける。
男の視線は倒れている男に向けられたままであった。

「……本気?」
「ええ。まだ始まったばかりなのだからこういう危険人物は放置すべきだ。排除するのはもう少し減ってからでいい」

40人近い人間を全員を殺し尽くすのは難しいだろう。
ある程度は危険人物に暴れまわってもらわなくてはならない。

「この男なら勝手に暴れてくれるでしょう」

危険だから排除するのではなく
危険だからこそ受容するべきである。
まともな状況ではないのだから、まともな判断を下していてはダメだ。

「けど、その矛先が私たちに向いたらどうするの?」

真央が問う。
やはり真央の発想はまともである。
歪んでいるのに歪みきっていない。
見ようによっては器の小ささではあるのだが、見ようによっては美点である。

「その時は、もう一度捕えるまでです」

淡々と述べられるその言葉には、本当にそう出来るのだろうという頼もしさがある。
その心強さに心酔する真央だったが、同時に僅かな引っかかりを覚えた。

「……もう一度?」
「ええ。彼を逮捕したのは僕なので」
「えぇ!?」

想像もしていない話が飛び出して、思わず品のない声でリアクションしてしまった。
元警察官とは聞いていたので、冷静に考えると犯罪者と関係があってもおかしくないのだが。

「……ひょっとして正貴さんってかなり優秀な警察官だった?」

あれほど話題となった凶悪事件を解決した刑事だというのなら相当なモノだろう。
だが、正貴はそうではないと首を振る。

「それは違います。僕一人で捜査していたわけでもないですし、犯人の潜伏先を発見できたのは捜査員全員の功績です。
 その最後の一手を担ったのがたまたま僕だった、というだけの話です」

謙虚なのか卑屈なのか、それとも単なる事実なのか、真央には判断のつかない意見だった。
真央としては最後の一手を任されている時点で相当だと思うが、本人が否定しているのだから、それ以上は言うのは野暮だろう。

「そう言う因縁があるのなら、なおさらやめておいた方がいいんじゃない? 狙われたりしない?」
「まあ、名前まで知られているわけではないので僕がいることは気づいてないでしょう」

武士の決闘でもあるまいし、尋常に名乗り合ったわけでもない。
最低限警察手帳は提示したが、いちいち覚えてはいないだろう。
取り調べをしたのも別の職員だったし、直接対峙したのは確保の瞬間だけである。

「ただ、流石に顔を合わせると面倒な事になるでしょうから、意識を取り戻さない程度の最低限の感じで助けましょう」

言いながら袖をまくる。
警察官として救助活動の講習は最低限受けている。
身をかがめ瞼を開いて瞳孔の動きを確認。
顔を近づけ呼吸と脈拍を確認する。

「だいぶ水を飲んでしまっているようだ。まずは水を吐かせましょう」


正貴は一つだけ嘘をついた。

いや、ただ言わなかっただけで正確には嘘ではないが。
正貴は真央を愛しているが隠し事がない訳じゃない。
そもそも連続殺人及び婦女暴行犯である事は黙っているのだ。
愛していても、言わなくていいことは沢山ある。

正貴が桐本四郎を生かそうとしたのは、殺し合いにおいて有利に働くから、という理由だけではない。
彼が正貴にとっての恩人だからだ。
流石に真央を勝たせる障害になる時には殺すが、この一度だけは見逃した。

笠子正貴が事件を起こした背景には、桐本四郎の影響が多分にあった。

直接対峙したのは一度きりだけど。
刑事として彼の事件を追う中で、調査資料を確認し事件現場を目撃した。
その足跡を追って、その悪性、その思想、その人生。沢山の彼に触れた。

捜査第一課として沢山の凶悪事件に携わってきたがその事件は何かが違った。
事件の足跡を追うだけでもわかった。

この事件の犯人は満たされているのだな。と。
誰かを殺すことで、満たされない何かを満たしている。

被害者は玩具のように弄ばれていた。
男も女も性器は抉られ、臓腑は芸術品のように並べたてられており、輪切りになった四肢はそこら中にゴミみたいに打ち捨てられていた。
だと言うのに、被害者は一様に顔だけは綺麗に残されていた。

その全てが絶望に染まった表情をして固まっていた。
きっと、それを見続けたかったのだろう。

それを見て、何だか酷く羨ましくなってしまった。

正しさも分からず正しさを満たそうとして恥の多い生涯を送ってきた。

だが、その瞬間、己は己が欲するものを知った。

正しさとは、誰かの定めたものではなく――――。

[H-7/海岸/1日目・早朝]
[黒野 真央]
[パラメータ]:STR:E VIT:E AGI:E DEX:E LUK:E→D(「ヴァルクレウスの剣」の効果でLUKが1ランク上昇中)
[ステータス]:酒酔い(嘔吐により多少緩和)、回避判定の成功率微増
[アイテム]:ヴァルクレウスの剣(E)、VR缶ビール10本セット(残り4本)、ボウガン、支給アイテム×1(確認済)
[GP]:10pt
[プロセス]:
基本行動方針:絶対に生き残って、のし上がる。
1.正貴を使って他の参加者を殺す。涼子は次見つけたら絶対に殺す
2.できる限り自分の手は汚したくない。

[笠子 正貴]
[パラメータ]:STR:C VIT:C AGI:B DEX:A LUK:C
[ステータス]:黒野真央のファン、軽い酒酔い(行動に問題はない程度)
[アイテム]:ナンバV1000(8/8)(E)、予備弾薬多数、支給アイテム×2(確認済)
[GP]:55pt
[プロセス]:
基本行動方針:何かを、やってみる。
1.真央の望みを叶える
2.真央を護ることを「生きる意味」にしてみる。
3.他の参加者を殺害する。
※事件の報道によって他の参加者に名前などを知られている可能性があります。少なくとも真央は気付いていないようです。
※『捕縛』スキルのチャージ時間は数分程度です。

[桐本 四郎]
[パラメータ]:STR:B VIT:D AGI:A DEX:C LUK:B
[ステータス]:気絶、疲労(大)、ダメージ小
[アイテム]:野球セット、不明支給品×2(確認済)
[GP]:25pt
[プロセス]
基本行動方針:人が苦しみ、命乞いする姿を思う存分見る。
1.恥辱を味合わせた女二人を殺す。特に小娘(三条 由香里)は確実に殺す。
2.称号とか所有権は知らんが、狙えるようなら優勝を狙う。
※応急処置を受けたため溺死は回避しました

044.土の竜と書いてモグラと読む 投下順で読む 046.虎尾春氷――序章
時系列順で読む
Stand by Me 黒野 真央 虎尾春氷――破章
笠子 正貴
バイバイ、アイドル 桐本 四郎 三度目の正直

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最終更新:2020年12月28日 23:25