漆黒の空に、浮かぶのは淡く白い月である。
闇に輝く唯一の寄る辺。誇りをもって輝きを放つ孤高の光。
ならば月の見守る大地。黒い夜を反射する水面に浮かぶのは何か。

盗賊ギール・グロウは海流に流されていた。
沈まぬよう巨大な木製の槌に掴まりながら、思考でマップを操作して現在位置を確認する。
どうやら中央エリアと砂漠エリアの間を流れる川に差し掛かった様だ。

魔王の居る火山エリアからはそれなりに距離をとれた。
そろそろ安全圏だろう。
ギールは陸地に上がるべく岸に向かってバタ足を始めた。
だがどういう訳か、一向に岸へと近づかない。

(…………やべっ)

そこで気づく。
魔王から受けたダメージは思った以上に深刻だったようだ。
水流が激しいというのもあるが、それ以上に流れに逆らうだけの体力がない。

なんてマヌケ。
言い訳ではないが、いつもならこんなミスはしない。
本来の肉体と異なるアバターであることの影響か、何かが普段よりも劣っている。

ともかく、このままではまずい。
運よく岸に流れつくこともあるだろうが、そうならず積雪エリアまで流されてしまえば体温を奪われて衰弱死する。
いや、それ以前に浮き輪代わりの丸太槌に掴まっているだけの体力がなくなってしまえば、そのまま溺死だ。

魔王に一杯食わせたはいいものの、自ら海に飛び込んで溺死だなんて笑い話にもならない。
いや、なるかもしれないが、話す相手がいなくなる。
それは困るしつまらない。

どうにかしなくてはならない。
ならないのだが、どうしようもない。

体力もない、スキルもこの状況では役に立たない。
この危機的状況を都合よく脱せられるような道具もない。
もはや万策尽きたといっていい。

故に、ギールは考えるのをやめた。
川の流れに身を委ねる。
運に任せることに決めたのだ。

それは諦めの選択ではない。
自信の運を信じたのだ。

こんな最後は天下の大盗賊ギール・グロウの終わりに相応しくない。
大盗賊の終わりはお宝に埋もれて死ぬのだと相場が決まっている。
己はこんなところで終わる器ではない。

ゲームで設定されたLUKなどではなく。
ギール・グロウとう存在に賭けられた魂の運命力。
それを信じているからこそ、全てを手放して運に賭けられる。

何より分が悪い賭けは嫌いではない。


「見失ったぁッ!!」

川岸に男の叫びが木魂した。
裂帛する咆哮に足元の砂が弾けるように舞い上がる。

川に落ちて流れてゆく龍を追って、砂漠エリアの川沿いを駆ける琲汰だったが、エリアの分かれ道辺りで完全にその姿を見失った。
見通しの悪い夜とはいえ、あれほどの巨体を見逃す琲汰でもないのだが、どういう訳か完全に見えなくなってしまった。
それこそ煙にでもなったように唐突に影も形も消えてしまったのだ。
川の底に沈んだか、それとも本当に煙にでもなったのか。
龍の生態など知る由もないゆえに、そんな益体もない想像が浮かんでしまう。

どうする?
鋭い視線で流れる夜を写す黒い川を睨む。
本能だけで生きてきた琲汰が珍しく思案していた。

とりあえず勢いのまま砂漠エリアを走り続けてみたものの、逆側の積雪エリアの方に流れていったのかもしれない。
引き返してそちらの方に向かってみるか、それともこのまま砂漠エリアの川を探索し続けるか。
いっそ諦めて次の強者を探すというのも一つの選択肢としてはあるだろう。

琲汰は決断を下す。
愚直に進み続けるが武道である。
やはり、引き返すなどという選択肢は琲汰には似合わない。
火山エリア方向にむけて砂漠エリアの川沿いを進み続けた。

走りながら夜の水面を変化一つ見逃さぬよう凝視する。
そこで、何か水面に流れる大きな丸太のような影を見つけた。
見失った龍が返ってきたのか、と期待に胸躍らせながら駆けつける。
はっきりとそれが何であるのか目視できる距離まで近づき、叫ぶ。

「誰だ貴様あぁッ!!!」

だが、そこにいたのは龍ではなかった。
丸太に掴まりながら川を流れるバンダナを巻いた男である。
どうして龍じゃないのか? 琲汰は理不尽な怒りを吐き出す。

そもそも向こうから流れてきている時点で流れが違う。
つまりは見当違いの方向に向かって全力で走っていたという事になる。
琲汰がプルプルと怒りと悔しさに震えた。
龍に会いたくて震える琲汰を眺めながら、川を流れる男は言う。

「……いや、ともかく助けて貰えませんかね」


絞った服から滝のように水が滴り落ちた。
水を吸い込んだ砂が色を滲ませてゆく。

濡れた服をとりあえず絞れるだけ絞ったが、これ以上は自然乾燥を待つしかない。
割り切って若干重みを増した服を着なおす。
肌に張り付く感覚を我慢しながら最後にバンダナを巻きなおす。
これで、形だけはいつも通りの盗賊ギール・グロウの姿に戻った。じっとりしているが。

「いやぁ、助かりましたぜ、旦那」

自らを引っ張り上げてくれた格闘家、酉糸琲汰へと礼を述べる。
琲汰は強者とあれば見境ない男だが、性根の腐った悪人という訳でもない。
助けを求められれば助ける程度の良識はあった。
むろん、強者がいればそちらを優先することもあるだろうが、幸か不幸か龍は見失われてしまった後である。

「それで、ずいぶんと慌ててらしたようですが、旦那は何を? 誰かお探しで?」

先ほどの様子からギールが問う。
これに対して琲汰はどこか遠く闇の先を睨みながら、こくりと頷いた。

「龍(ドラゴン)を追っていた」
「ドラゴン? そいつぁ魔界でもそうはお目にかかれない大物だ」

ドラゴンは魔物の中でもかなりの上位生物である。
だが、ここはモンスターが生息するギールの故郷と違い、その世界はモンスターがいるわけではない。
つまりは参加者にドラゴンがいる、という事なのだろう。

そう言えばドラゴンなんて名前のついた参加者がいたことを思い返す。
まあ魔王がいるのだ、魔物の一匹や二匹いてもおかしくはないだろう。

「念のために聞きますが、何のために?」
「無論、この拳を交えるために」

当然のようにそう言って、格闘家特有の丸い拳を握り込む。
何かを殴り続けることによって磨かれた宝石の如き拳。
それは一種の芸術品の様である。

(おいおい、正気かこいつ)

だが、ギールは内心でその正気を疑っていた。
ドラゴンを単独で狩りにいこうなど正気の沙汰ではない。

目の前の相手を値踏みするように見つめる
盗賊として目利きは必須スキルである、人を見る目はあると自負している。
特に相手の強さを理解するというのは、生き残るための必須条件だ。

身に纏う雰囲気、立ち居振る舞いの隙のなさ。
ただモノではないのは感じられるが、それがどれほどのものなのか、その深さを測る。

基本的にドラゴン一匹を狩るには国家の正規軍、もしくは複数ギルドが協力した連合戦力が必要となる。
それこそ悪名高い勇者どもに匹敵するような実力者でもない限り、一人でドラゴンと戦うなど命を捨てに行くようなものだ。
龍と言っても幼龍なのか、それとも伝説級の武具でもあるのか。
少なくとも装備はないように見える、素手を主とする格闘士のようだ。
素手でそれほどの武力を持つモノなどギールの知識の中には存在しないが……。

「ッ!?」

気づけば、ギールは跳び退いていた。
ここまで彼を生き乗らせてきた生存本能が思考よりも早くその身を動かした。

「その動き。貴様、それなりに使えるようだな」

どうやら値踏みしていることを察せられたようである。
闘気を放ってギールを挑発した琲汰にまんまと乗せられた。

強者との戦いのためならいかなる手段、いかなる過程をも躊躇わない、あらゆる倫理を飛びこえる狂気。
助けた命、あるいは逆に命を助けてくれた相手であろうとも、強者であればブチのめす。
それが酉糸琲汰の生き方である。

「いやいや、やめてくれよ旦那。こちとらケチな盗賊ですぜ」

上げた両手をひらひらと振り、叩きつけられる闘気を風のようにいなす。
真正面から受け止めない、ひょうひょうと全てを躱しきる。
正々堂々などいらない、美味しい所だけ戴いていく。
それがギール・グロウの生き方だ。

「それよりも、旦那にいい話があるんですが」

話を切り替えるように切り出す。
一向に闘気を納めない琲汰の様子を見て、ギールはその性質を理解した。
勝つ事よりも戦う事を求める戦闘狂。
そう言う相手の食いつく話題も心得ている。

「龍の行方は知りませんが、強い相手を探してるんなら、いい相手を知ってますぜ」


琲汰は砂漠を駆けていた。
砂漠を超え向かうは荒涼たる大地、火山エリアである。
盗賊の言によればそこに琲汰の望む強敵が待つという。

『炎の塔を支配しているこの魔王ってのが、強いのなんのって』

心が躍る。
ギール・グロウの話は彼にとって夢の詰まった寓話だった。
一つの世界を力によって支配していたという魔王。
その実力は如何なるものか。

龍に次いで魔王。
現実ならざる世界であるが故に戦える強者たち。
そんな出会いを与えてくれるこの世界には感謝しかない。

琲汰は拳を極めすぎた。

俺より強い奴に会いに行く。
そう決意を固め日本中を放浪したが、そんな相手はついぞ出会えなかった。

いや、相手がいなかったわけでない。
天空慈我道のような強者や大和家などの武道の名門も確かに存在する。
だが、天空慈我道との戦いが近隣住民の通報により中断されたように、そもそも現代の日本国において命をとした決闘など不可能である。

だが、この世界ならば、そんな邪魔は入らない。
心行くまで闘争を楽しめる。
それだけでこの世界には価値がある。

ああ、なんと素晴らしき世界か。

[C-2/砂漠/1日目・早朝]
[酉糸 琲汰]
[パラメータ]:STR:B VIT:B AGI:B DEX:B LUK:E
[ステータス]:闘気充実、左腕にひっかき傷
[アイテム]:スイムゴーグル、支給アイテム×2(確認済)
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:ただ戦い、拳を極めるのみ。
1.魔王と戦うべく炎の塔に行く
2.強者を探す。天空慈我道との決着を付けたい。少年(掘下進)にも次は勝つ。
3.弱者は興味無し。しかし戦いを挑んでくるならば受けて立つ。


猛烈な勢いで走り去っていく琲汰の姿を見送ってギールは舌を出した。

あれだけのやり取りだったが、琲汰の強さは十分に察せられた。
恐らくギールでは彼には勝てないだろう。

だが、それを恥とは思わない。
ギールは戦士ではなく盗賊である。
別に正々堂々勝ち抜くなんてつもりはないし、勝つという結果があればそれでいい。
何だったら勝たずにお宝を得られるなら万々歳である。

魔王と格闘士。
どちらもギールでは勝てない強者である。
正面から勝てないような強者は強者同士でせいぜい潰し合ってくれればいい。
そうなるよう誘導はした、あとは結果をつばかりだ。

それよりもギールの注目は別の物に向けられていた。
先ほど届いたメール。
その内容が彼の琴線に触れた。

「砂漠のお宝さがし、ねぇ」

お宝と聞いては黙っていられない。
何より、このギール・グロウを差し置いて大盗賊を名乗るってのも気に食わない。
まあ煽り文句だというのは分かっているが、譲れないものもあるという事だ。

琲汰にとってそうである強さをギールがあっさりと放り出したように、譲れないものは人によって違う。
盗賊としての矜持。
これこそが彼の譲れない一線である。

ちょうどいいことに、ギールが現在地はイベントの開催されている砂漠エリアである。
大砂漠は目と鼻の先。
方向感覚を狂わすというその嵐の中に、ためらうことなく突き進んでいく。

そこにお宝がると言うのなら、向かうのが盗賊。
心躍るお宝探しの始まりだ。
勝ち残れば最後にさらに大きなお宝を得られるというのだ。
なんと、素晴らしき世界か。

さあ、根こそぎ頂いていくとしましょうか。

[C-3/砂漠/1日目・早朝]
[ギール・グロウ]
[パラメータ]:STR:D VIT:E AGI:B DEX:B LUK:B
[ステータス]:疲労(大)、全身にダメージ(大)
[アイテム]:破壊の丸太槌(E)、両手剣、アイドルCDセット&CDプレーヤー(HSFのCD喪失)、ドローンのコントローラー
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:この殺し合いで優勝し、報酬獲得を目指す
1.砂漠のお宝さがしに参加する。
2.他の参加者と出会ったらまずは様子見。隙があればアイテムや命を奪う。
3.「郷田薫」、「陣野愛美」、「魔王カルザ・カルマ」に警戒。
[備考]
1.CDを確認して参加者である「TSUKINO(大日輪 月乃)」、「HSF」のメンバー、「真央ニャン(黒野真央)」、
「美空 ひかり(美空 善子)」の顔を覚えました。

040.vent the anger… 投下順で読む 042.神様の中でお眠り
時系列順で読む
Dragon Slayers 酉糸 琲汰 炎の塔 ~ 行く者、去る者、留まる者 ~
GREAT HUNTING ギール・グロウ お宝争奪戦

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最終更新:2022年06月01日 00:22