とある王国の中央にある大きな広場。
 憩いの場として、人々の交差点として、王国の平穏の象徴となっているその広場は、今日は普段と違う性質を帯びていた。

 設けられた高台。周囲には国軍の兵士ががっちりと固め、上にはギロチンが鎮座する。

「許すな!」 「殺せ!」 「涜神者め!」
 集まった群衆からは物騒な言の葉が飛び、憎悪のこもった視線が投げかけられる。

 ギロチンには一人の少女がつながれていた。
 晒された一糸まとわぬ裸身には、夥しい数の傷と穢れが、癒されも清められもせず付着していた。


「静粛に!!」
 傍らに立つ神官服の男が声を張る。

「これより、『攘勇志士党』頭目 マリン・モリカワの処刑を執行する!
 立会人は我らが神、アミ・ジンノ様が務めてくださる! 心して見届けよ!」

 高台の上、ギロチンから少し離れたところに置かれた豪奢な椅子から少女が立ち上がる。
 それと同時に群衆からは割れんばかりの歓声が上がる。

 アミとよばれた少女は軽く手を挙げ歓声に応える。
 すると歓声は更に大きさを増した。

「静まれ!」と神官服の男が声を上げるが、歓声に飲まれ誰にも届かない。

 歓声、拍手、指笛、感極まって泣く声が、たっぷり1分ほど広間を包んだ。

 会の収拾がつかなくなるほどのそれらは、アミが声を発しようと息を吸うや否や、嘘のようにぴたりと止んだ。

 先ほどとはうってかわって静寂に支配された広場で、アミが語る。

「この者、マリン・モリカワは、私たちと同じ勇者でありながら魔王と通じ、私たちの魔王討伐を頓挫せしめんとしたわぁ。
 また、魔王が討伐された後には魔王軍の残党と結託して『攘勇志士党』なる組織を結成し、私たち勇者によって世界にもたらされた平和を瓦解させることを目的とする破壊活動等を陰謀、実行したわぁ。
 逮捕起訴された後、公判により死刑が確定。
 本刑の執行はこの判決に基づき行われるものであることをここに宣言するわぁ」

 アミの言葉が終わると再び群衆が沸く。

 勇者の身でありながら魔の道に堕ちた不届者は誅されなければならない。
 群衆はそう無邪気に信じ、これから下される神罰に期待し熱狂する。

 アミもそれに応えるように手を挙げ軽く振るう。
 それこそがギロチンの刃を吊るすロープを切る合図だった。

 ピンと強く張られたロープに向けて、執行人でもある神官服の男が斧を振り下ろそうとしたその時である。

 一陣の風が吹き、砂塵が彼の目に飛び込む。
「ぐっ」と小さく短い悲鳴をあげてひるむ執行人に海嘯のような突風が襲い掛かる。

「うわあああ!」
 今度は大きな悲鳴をあげて執行人が吹き飛ぶ。
 突風はすぐに渦を巻きギロチンを中心に高台全てを呑み込んだ。
 真凛の持つ風魔法のスキルによるものだと気づいたときにはもう遅い。
 渦は竜巻となり、天高く昇っていき、余人の侵入を拒む風の結界が完成した。


「聞け!愚昧なるジンノ聖教国の民草よ!」

 結界の中から声が響く。
 隣の人間の叫びも聞こえないほどの風声の中、マリン・モリカワの声だけが群衆一人一人の鼓膜を揺らす

 彼女を黙らせようと国軍の兵士や神官が結界の排除を試みるが、近づくこともできずに吹き飛ばされていく。
 中空を舞う木端共にかまうことなく声は続ける。

「勇者を排斥せよ! 勇者を撃滅せよ! 勇者という存在を、この世界で一人たりとも生かしてはならぬ!
 キザス・ツキタの恐怖政治! カオル・ゴウダがもたらした金相場の崩壊! マコト・フユミの多重婚による近親婚の激増!
 これらの事象は諸君らの子々孫々の暮らしに暗い影を落とす! 必ずだ!
 刮目せよ! 耳を澄ませ! 見えるはずだ! 聞こえるはずだ!
 諸君らの、勇者への狂信に食い潰された未来で苦しむ子孫の姿が! 諸君らを呪う子孫の声が!
 憂う者あらば、我ら『攘勇志士党』の意志を継ぎ、勇者共を討滅せよ!
 諸君らの未来を、諸君らの手で掴むのだ!」



 一息に話した真凛は群衆に向けて吹かせていた風を止ませる。
 息を切らし、苦悶の表情を浮かべる彼女の耳に「ぱち、ぱち」と拍手が聞こえる。

「やるじゃない。真凛」

 人間を木の葉のように吹き飛ばす突風が渦を巻く地獄。
 その渦中にあって、突風を、まるでそよ風であるかのように平然とその身に受ける陣野愛美が、手を叩きながら真凛に歩み寄る。

「スキルの出力を抑制する呪いとスキルを使うと激痛が走る呪い。 両方付与しておいたんだけど、まるで形無しねえ」

 そしてそのまま、真凛の顔の前に屈み、指でつまむようにして顔を持ち上げる。

「改めて訊くわ、真凛。
 あなた、やっぱり私と一つにならない? この世界の民を慈しむあなたの心、とても美しいと思うわ。 私の中で、あなたの理想を叶えましょう? 」

 現人神となった愛美からの甘美なる救いの提案に「そうだね」と真凛は笑う。
 その声には、先ほどまでの戦乙女のような凛々しさはない。
 普通の、中学生らしい幼さの残る声色と口調だ。

「愛美ちゃんのスキルなら、私の望みを正しく、欠けるところもなく、理解できちゃうんだろうね」
「愛美ちゃんに取り込まれれば、私はすっごく安らかな心地でいられるんだろうね」
「苦しいことも、つらいことも逃げきれて、ぜーんぶ気にしなくていい、幸せが得られるんだろうね」

 わが意を得たりとばかりに笑いうなずく愛美。

「でもね」と続く真凛の言葉にその顔が曇る。


「私の望みを理解できても、愛美ちゃんが愛美ちゃんである限り、それは叶わないし、私も私で私の罪から逃げるわけにはいかないんだよ」


 交渉の決裂を悟った愛美が強引に真凛を取り込もうとスキルを発動させる。

 しかしそれよりも先にギロチンの刃を吊るロープが風魔法で断ち切られた。

 叩きつけられる刃により切断され、中空を舞う真凛の頭部。

 それでも尚、彼女の口は動いた。


「先に地獄で待ってるよ」



◆◆◆



 救いを拒否し、自らの手による死を選んだ老人を見て、かつての友を思い出した。
 彼女もまた、救いを拒否して自裁したので。

 けれどもう、それだけ。思い出すだけだ。
 あの妙に誇らしげな顔が少し癇に障ったけれど、己にならなかった人間などもはやどうでもいい。



 優美と出会うべく先を急ぐべきなのはわかっている―――が、しかし。
 愛美の注意は老人から回収したアイテムの、その中の一つに引かれていた。


「中に…何か入ってるわねえ……」

 そのアイテムは掃除機だ。
 説明に『使用済み』と書かれているため、入っているのはほぼ間違いなくゴミやほこりの類―――のはずなのだが、それにしてはこの掃除機、妙に重い。

 一般的な掃除機の重量は3.5kg程度と言われているが、これは床移動型と呼ばれるタイプの場合であり、いま愛美の手にあるスティック型の掃除機なら大抵2kg以内。最新のものだと1kgに迫るものもあるくらいで、逆に2.5kgを越えてくると『かなり重い』と評される。
 日本の掃除機は日進月歩で進化を遂げているのだ

 しかし老人から回収したこの掃除機、どんなに軽く見積もっても5kg以上はある。
 STRがAにまでなっている愛美にしてみれば枝切れのようなものだが、スティック型掃除機としては異様に重いのだ。


 その重量の『謎』に『観察眼』が反応している。
 普段の愛美であれば気づかなかった、気づいていたとしても無視していた程度の些細な違和感。

 スキルの影響か、それともそのスキルの元々の持ち主である青山征三郎の影響か。
 愛美は『謎』を解き明かし、その正体を確認したい衝動に、強く強く駆られていた。

「面倒なものをよこしてくれるわねえ」

 そう呟きながら掃除機を破壊し、ダストボックスを取り出す。


 掃除機に隠されしその正体とは――――。


[D-6/工業地帯/1日目・午前]
[陣野 愛美]
[パラメータ]:STR:A VIT:A AGI:B DEX:B LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:防寒コート(E)、天命の御守(効果なし)(E)、ゴールデンハンマー(E)、掃除機(破損)(E)
発信機、エル・メルティの鎧、万能スーツ、魔法の巻物×4、巻き戻しハンカチ、シャッフル・スイッチ
ウィンチェスターライフル改(5/14)、予備弾薬多数、『人間操りタブレット』のセンサー、涼感リング、不明支給品×7
[GP]:90pt
[プロセス]
基本行動方針:世界に在るは我一人
1.掃除機の中を確認。
[備考]
観察眼:C 人探し:C 変化(黄龍):- 畏怖:- 大地の力:C

057.炎の塔 ~ 行く者、去る者、留まる者 ~ 投下順で読む 059.信頼
056.お宝争奪戦 時系列順で読む 061.2.15(前編)~Let’s Play Volleyball~
最後の弾丸 陣野 愛美 歌の道標

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最終更新:2021年02月17日 00:13