「歌……ですか?」
とんだ夢物語だ。
秀才たちから計画の説明を聞いた梨緒の感想はそれだった。
歌による停戦計画。
そんなもので殺し合いが止まるものかバカめ。
やはり芸能人と言うのはお花畑なのか。
それに便乗する男の方の頭の程度が知れるという物である。
そう心の中で悪態を付く。
「そうなったら素敵ですね。素晴らしい計画と思います」
内心で毒づきながら、梨緒は笑顔で心にもない言葉を並べ立てる。
計画がどんな物であろうと梨緒にとってはどうでもいい事だ。
今は適当に話を合わせておくだけいい。
本気で計画に乗るつもりはないし、失敗したところで関係がない。
梨緒の目的は優勝である。その方針に変わりはない。
停戦計画が成功しそうなら逆に邪魔する必要があったかもしれないが、その必要もなさそうである。
自らが積極的に動いて参加者を減らすという方針はやめた。
序盤は消極的に生存を優先する。
こういう平和ボケしたお花畑連中の中に潜り込み守ってもらう。
そうやって終盤まで生き残り、最後に裏切る。
そちらの方が安全で確実だ。
勿論、参加者を減らすチャンスがあれば減らす。
だが、あくまでそれは確実かつ安全が確保されている場合に限る。
少なくとも三人で行動している間は動かないのが無難だろう。
「ユキさん、不躾な確認で申し訳ないのですが。貴女はGPを何pt所持していますか?」
唐突に秀才がそう切り出してきた。
梨緒ことユキは戸惑うような素振りを見せながらもそれに応じる。
「GP……ですか? 構いませんが、何故です?」
「実は我々には別行動をしている仲間がいまして、彼らと連絡を取るためにGPが必要となるんです。
シェリンによれば10ptでメールが1通送れるとの事です。ご協力をお願いできませんか?」
表面上は協力関係にある以上、こう言われては断りづらい。
えっとと躊躇うような暫しの間を置き、ユキはハッキリとした声で答える。
「0ptです」
「0pt?」
教えるつもりなど無い。
下手に増えたGPの出処を探られても面倒だ。
持ってないと答えるのが一番手っ取り早いだろう。
だが、その答えを受けた秀才はおかしいですねと呟き。
「最初のメールで10ptは貰えるはずですが、それは何かに使ってしまったと言う事ですか?」
その指摘にユキは慌てて誤魔化す様な微笑を浮かべる。
「ああ……すいません。10ptでした。そのGPの事をすっかり忘れてました。
GPが手に入るような事をしていないので勘違いしていました」
「……勘違いですか。まあそう言う事もあるでしょう」
人間なのだから勘違いくらいするだろう。
秀才は言葉の上では納得を示した。
だが、GPはメニューを開けばすぐにでも確認できる事だ。
確認をしなかったと言う事は逡巡するような間は別の意味を持つ事になる。
秀才が眉を顰める。
「ところで、その別行動をしている仲間ってどういう人なんですか?」
ユキが話を切り替えた。
むずかしい顔をしている秀才の代わりに月乃が答える。
「正義くんって言う私達と同年代の男の子とロレちゃんっていう小さい女の子の二人組だよ。
ロレちゃんは無口な子なんだけどほっぺがぷにぷにでねぇ、おもちみたいに伸びるんだよね」
「そうなんですか。ところで正義さんと言うのはどんな方なんですか?」
月乃が熱く語った幼女にではなくユキが喰いついたのは男子の方だった。
「……えっと、正義くんかぁ。
兄さんや秀才さんの後輩で、確かすごく強い武道の名門の家の人だったかな?」
どんなと問われても月乃はそこまで詳しい訳ではない。
秀才とのやり取りを聞きかじった知識を思い出しながら答える。
「そんなに強い人なんですか?」
想像以上にぐいぐいと来るユキに押されながら、詳細までは知らない月乃は直接的な知り合いである秀才へと視線を送る。
秀才は仕方なさげに眼鏡をクィと上げて応じた。
「そうですね。あらゆる武術に精通し同年代では敵なし。
腕っぷしだけではなく精神的にも非の打ち所のない。彼は真の意味での強者でしょう」
「へぇ、それは凄いですね」
ユキが本心から目を輝かせた。
強者と共にあると言うのは梨緒の目的に沿っている。
「でもどうして別行動を?」
「正義くんたちは塔の制圧やイベントの参加を行ってもらいGP集めをしてもらっています。
我々は月乃くんのお兄さんと合流を目指しながら、協力者を募っている所です」
「そうなんですね。なら私も協力者の一人と言う事なんですか。ご迷惑なっていないようでよかったです」
「そうですね、よかったです」
互いにハハと笑いあう。
流れるのは和やかな空気ではなくどこか空々しいものだった。
その空気に気づいているのかいないのか月乃が呑気な声で報告する。
「あ、何か来たみたいですよ」
「定時メールですね。もうそんな時間ですか」
言われて秀才とユキがメニューを開く。
そこには3通のメールが届いていた。
「確認しましょう」
秀才の確認に二人の少女が息を飲みながら頷く。
そこに彼に関わる死が記されているとも知らず。
■
親友の悲報を受けても、秀才の心は落ち着いていた。
感情が動かないのは冷静スキルの影響か。
いや、そうではない。
ただ単に実感がないのだ。
あの暑苦しい男の死が無機質なメールの一文で済まされるというのは余りにも実感がなさすぎる。
何にせよ冷静にいられるのは今はありがたい。
秀才にはなすべきことがあるのだから。
「月乃くん」
名を呼ばれビクッと月乃が肩を震わせる。
彼女もまた、実兄の死を知ったのだろう。
「な、何ですか出多方さん……?」
「……大丈夫ですか?」
「ッ。や、やだな出多方さん大丈夫ですよ……ッ!
このメール。キララちゃんや可憐ちゃん…………兄さんが死んだなんてそんなことある訳」
否定の言葉を捲し立てるがその瞳からは一筋の涙が零れた。
そのまま堪えきれず、両手で顔を覆って涙を流し続ける。
ユキが駆け寄り、慰めるように月乃の肩に手を添え秀才に向かって言う。
「こんな状態の月乃さんを引き連れて進むのはかわいそうです。
いったん引き返して正義さんたちと合流すべきでは?」
身内を失った月乃を慮った言葉だが、もちろんその真意は違う。
梨緒からすれば、太陽の死など、自分の命令を無視して勝手にツッコんだバカがやっぱり死んだのか、程度の物である。
正義との合流。
強者の庇護を求める梨緒は月乃を出汁に使ってその目的を果たそうとしていた。
「いえ、このまま進みましょう」
だが、秀才は非情な決断を下す。
「どうしてです!?」
「追加された放送局を確認しておきたい」
定時メールと同時に届いたアップデートメールに記されていた追加施設。
その中に、全体に声を届けることができるという放送局があった。
月乃の歌を島中に届かせる計画におあつらえ向きな施設だ。
計画に向けてこれの調査は必須である。
「だからってそんなッ!」
「………………いえ。私、行けます…………! 大丈夫です」
庇い建てるユキを静止して、月乃が涙をぬぐって気丈に振る舞う。
自分たちに課された任務の重要性は月乃だって理解している。
多くの命がかかっているのだ、止まってなどいられない。
だが、そうなると困るのは梨緒の方だ。
この二人は肉壁くらいにはなるだろうが、戦力的には頼りない。
有能な護衛である正義と合流する方向に向かって貰わなければならないのだから。
「無理しないで月乃さん」
「……ありがとうユキさん。けど、やらなくちゃダメな事だから。グズグズしてたら兄さんに怒られちゃう」
月乃は自信を奮い立たせるような強い言葉を吐く。
それに梨緒は内心で舌を打つ。
演説スキルを生かすには心配の言葉ではだめだ。
ある程度強引でも説得力を持つ理論を用意しなくては。
梨緒は僅かに思案し、説得の言葉を吐く。
「そうかもしれないけれど。やっぱり引き返すべきよ。
私たちには戦う力はない。太陽さんと合流できなくなった時点で護衛役はいなくなったのだから、すぐにでも正義さんと合流した方が安全でしょう。
お兄さんだって月乃さんを危険にさらしたいとは思わないはず」
感情をたっぷり込めて梨緒はそれらしい事を言う。
月乃も太陽を持ち出されては否定は出来ず、言葉を飲んで俯いた。
「太陽をご存じなんですが?」
背後からの秀才の問い。
この声にユキは僅かに動きを止めた。
「……いいえ。お二人のお話でしか知りませんが、ああ、名前ですか。名前なら名簿に載ってるじゃないですか
メールにもあった名前ですし、月乃さんと同じ苗字なので分かりますよさすがに」
月乃の兄としか説明されていない太陽の名前を知っていた事を追求したかったのかもしれないが、その程度の揺さぶりには引っかからない。
だが、そうではないと秀才は首を振る。
「違います。そうではなく、月乃くんのお兄さんと合流しようと思っているとしか説明していなかったはずですが。
どうして我々が太陽を護衛役として探していたと思ったんですか?」
「それは、当然…………ッ!?」
そこまで言って梨緒は自らの失態に気付く。
見るからに屈強な太陽を護衛役として考えるのはそれほど突飛な発想ではない、梨緒だってそうした。
だが、スラリとした美女である月乃の兄と言われて、あのゴリラを思い浮かべる人間は少ないだろう。
大抵は線の細い美男子を想像する。
大日輪兄妹が父と母の遺伝子が混ざらなかったとしか思えないほど似ていない兄妹であるなど、知らない限りは答えようがない。
「……話の流れで、そう判断しただけですよ。
月乃さん綺麗だからそのお兄さんも強くってかっこいいって幻想見ちゃってたのかもしれないですね」
「そうですか」
苦しい言い訳だが演説スキルの補正があれば言い分は通る。
少なくとも梨緒はそう認識している。
だが、実情は冷静スキルにより無効化されている。
月乃には有効だが、秀才には効いていない。
「ともかく、秀才さんは調査がしたい、けど月乃さんを引き連れるのはかわいそうだと思います。
なのでこうしましょう。私と月乃さんは正義さんと合流、放送局には秀才さん一人で行く。どうです?」
ユキが二手に分かれるという折衷案を出した。
双方が目的を果たせる、落としどころとしては悪くない提案だろう。
「いいえ、ダメです」
だが、秀才はにべもなくこれを却下する。
内心のイラつきを押さえながら、ユキがその理由を問う。
「どうしてかしら?」
「あなたと月乃くんを二人きりにするのは危険だからです」
確かに女二人では道中の危険度は高いだろう。
庇護を求めて正義たちとの合流を目指して、その途中で襲われたのでは話にならない。
「けど、それは秀才さんと同行していても同じなくて?
どこに行くにしても危険度はそう変わらないと、」
「違います。そうではなく」
幾度目かの否定の言葉でユキの言葉を遮り、秀才は告げる。
決定的な告発を。
「ユキさん。貴女――――太陽の死に関わっていますね」
「なっ…………!?」
完全に空気が凍り付く。
傍から見ていた月乃すら言葉を飲んだ。
言葉の矢尻を向けられたユキの心情はいかばかりか。
「そんな相手と月乃くんを二人きりにするなんてできないと言っているんです」
「……何を、いきなり」
「いきなりではないですよ、最初からあなたは疑わしかった」
最初に気づいた血の渇きのみならず、根拠は幾つもあった。
演説スキルが効かず、そのスキルを持っていると知らない秀才からすれば稚拙な数々の言動は目に余るほどだ。
出会いの時点でもそうだ。
闘技場の陰から飛び出してきたユキは森から逃げてきたと言った。
だが秀才がユキが飛び出してきた方向を確認したが、そちらには森はなかった。
真逆とまではいわないが、森はややずれた方向にあった。
襲われて混乱していた可能性は十分にあるだろうし、真っ直ぐ逃げてきたとも限らない小さな違和感でしかないが。
謎の襲撃者から逃げ着てきたにもかからず落ち着くのも早すぎだ。
負っていた傷自体は本物だったが、襲撃された直後であったというのは虚言であったように思える。
それら自体は追及する程の事ではない。
だが小さな疑惑でも積み重なると大きな疑惑になる。
何より決定的だったのは最初に出会った時の月乃に対するリアクションだった。
ユキは『TSUKINO』を知らない風な反応を示していた。
『TSUKINO』はアイドルランキング個人(ソロ)4位、総合9位の実力者だ。
特に『TSUKINO』は数々の楽曲がタイアップされており、街中でも彼女の歌声は流れているためランク以上に認知度は高い。
全国民が知っているとまでは言わないが、彼女の年代でTSUKINOを知らないと言うのは考えづらい。
緊急時だったとはいえ、何らかのリアクションがあってもいいだろう。
ここまでそれを追及はしなかったのは、ユキがそうする理由が分からなかったからだ。
月乃を知らないと装う必要性が分からず、もしかしたら本当に知らないだけなのかもしれないと自分を納得させていた。
だが、太陽の死で状況が変わった。
それを前提として考えると線が繋がる。
ユキが太陽を直接殺した、とまでは秀才も思っていない。
細腕の少女があの太陽を殺したというのはどうしても想像がつかないからだ。
だが、何らかの関わりがあった可能性は高い。
その関わりを隠蔽すべく、太陽から聞いた情報に知らないふりをした、というのなら納得がいく。
「僕の推論は以上です、何か反論があればどうぞ」
反論などあるはずもない。
何せ全て事実である。
仮に太陽に助けられ、自分を助けた太陽は死んでしまったとでも語っていれば秀才もお手上げだっただろう。
だが真実に嘘を織り交ぜるのではなく、嘘に嘘を重ねたからこそボロが出た。
これはスキル以前の梨緒自身の対人スキルの低さによるものだ。
「話にならないわね」
だからと言って、素直に認めるはずもなく。
述べられた秀才の推察をユキは鼻で笑い飛ばした。
「どう思う月乃さん?」
「え…………?」
秀才から視線を外し心配そうに二人のやり取りを見守っていた月乃へと向き直る。
ここまで来れば梨緒にだって秀才に演説スキルが効いてないことくらい理解できる。
だからこそ崩すなら月乃の方だ。
「あなたも私が太陽さんの死に関わっていると思う?」
戸惑う月乃を気にせず問いかける。
本当に月乃の心情を慮っているのならこんな質問をするはずもない。
そこにあるのは兄の死の遠縁になった女が、妹を骨の髄まで利用する最悪の構図だった。
「私は太陽さんの死に関わってはいないし、そもそも太陽さんと出会ったこともない。
信じてくれるわよね? 月乃さん」
信頼と言う暴力を強要する。
その問いに対して月乃の答えは決まっていた。
「……うん。ユキさんを信じるよ」
その言葉に梨緒が口元を歪める。
自身の言葉を信じさせる演説スキルの効果は絶大だ。
梨緒は七三眼鏡を切り捨てて月乃を伝手に強力な守護者を手に入れる。
「けど、」
だが、月乃は続ける。
「出多方さんも信じてる。理由もなく誰かを悪く言うような人じゃないから」
どちらかしか信じないのではない。
月乃はどちらも信じている。
「誤解があるんなら話して欲しい、ちゃんと話を聞くから。話し合いましょうユキさん」
少女は自身の兄の死の原因となったかもしれない女に笑いかける。
兄の死のショックが抜けきってはいないだろうに。
その笑顔を能面の様な無表情で見つめ、ユキが呟く。
「………………………………は? 何それ」
とんだ茶番だ。
何が信頼だ下らない。
梨緒はそんなものを信じていない。
このスキルを得るのにいくら払ったと思っている。
どうして無条件に私を信じないのか。
クラスの連中もそうだ。
私の言葉を信じなかった。
それどころか私を嘘吐きと罵り無視を始めた。
そんな中で雪だけが、雪だけ違った。
私の言葉を信じてくれた。
相手を無条件で信用する。
それが真の友情だ。
「もういいや」
感情のない声。
使えない奴ら。
それができない、利用すらできないこいつらはいらない。
計画を投げ出す程に気持ちが悪く、受け入れがたい。
「そうよ、太陽が死ぬ原因を作ったのは私」
開き直ったようにユキが告げる。
月乃が目を見開き、秀才が眼鏡の奥の目を細めた。
「あいつを洗脳して利用して、人を殺させたわ。生き残りたかったんですもの仕方ないでしょう?
けど信じて、遠くから銃で撃たれた所にあいつが勝手にツッコんでったのよ、私が指示した訳じゃないわ」
「なんて事を…………」
想像以上の悪行に秀才ですら言葉を失う。
月乃は悲しげな瞳でユキを見つめた。
「ユキさん……」
「何よ、同情したような眼で見てんじゃないわよ、怒り狂いなさいよ大日輪月乃!」
その視線にい無性に苛立ちを覚え梨緒が叫ぶ。
自分の兄を利用した相手、自らを騙していた相手にどうしてそんな目が向けられる?
偽善者っぷりに吐き気すらする。
「…………拘束します」
「あら? 私に暴力を振るう気?」
秀才の言葉を梨緒が皮肉気に笑う。
告発とはある種の暴力装置があって成立する。
秀才もそれは理解している。
秀才の見立てではユキに戦闘能力はない。
それはこちらも同じことだが、二人がかりなら制圧できると踏んでいた。
秀才のその見立ては正しい。
ユキには戦闘能力など皆無である。
そう、ユキには。
「―――――守って白馬の騎士様!」
ユキが叫んだ。
それがなにか異様な事であるのは秀才も月乃も気づいていた。
だからこそ、この時点で相手の命を奪う、最低でも昏倒させておくべきだった。
ここに正義がいたなら確実にそうしただろう。
だが、この二人は戦士ではない。
故に見送ってしまった。
唯一にして決定的な隙を。
梨緒の傍らの空間が歪み、そこに守護騎士が出現する。
剣と盾を構える白銀の異形を前に秀才も月乃も動きが固まった。
「もういいや。めんどくさい。殺っちゃえ白騎士」
容赦のない号令。
主の許しを得て人馬一体の騎士が駆ける。
四足で力強く地を蹴り流星の如き勢いで突撃する。
その先には少女が立ち竦んでいた。
「月乃くん!」
「きゃ…………!?」
秀才が飛びかかる様にして咄嗟に月乃を突き飛ばした。
そこに迫る白騎士の突撃。
突き出された剣が腹部に突き刺さり、そのまま振り抜かれる。
突撃の勢いのまま振り抜かれたその斬撃は内蔵ごと腹部をえぐり取り、その体を吹き飛ばした。
「出多方さん…………ッ!!」
歌姫の悲痛な叫びが木霊する。
地面へと転がる秀才の体。
即死ではないが、どう見ても致命傷、死ぬのは時間の問題だろう。
月乃が駆け寄ろうとするが、その前に蹄の音を立てて守護騎士が立ちふさがる。
「さあ! その女もやってしまえ白騎士! 兄妹諸共、私に使われて死ね――――!」
「くっ!」
迫る絶対の死を持った白い死神。
目の前の死を覚悟して月乃が目を瞑る。
だが、死は訪れなかった。
月乃がゆっくりと目を開ける。
どういう訳か、剣先は眼前でピタリと止められていた。
「そこまでです」
聞き馴染んだ声が響く。
見れば、秀才がユキを後ろから拘束し、その首をチョークスリーパーのような形で締め上げていた。
秀才の腹部を抉った傷は回復していた。
これは正義から譲渡された回復薬によるものである。
痛みの中でも冷静に行動できたのも幸いだった。
即死でなければ回復できる。
そうして、殺したと思って秀才から注意を逸らしていた梨緒はあっさりと背後を許してしまった。
白騎士は本来意思のない非生物ではあるが。
スキル名にある通り本来の役割は主の守護。
それに反する行動は出来ない。
「下手な動きを見せれば、首をへし折ります」
秀才は運動は苦手ではあるが
腐っても文武両道を旨とする大日輪学園の生徒である。
柔道の心得くらいはある。
「はっ。あなたに人が殺せるの? 出来る訳がない!」
「さて、どうでしょう。しかし自分だけならともかく。
月乃くんと、キミの命を天秤にかけて、できないと思いますか?」
「くっ…………!」
秀才は梨緒の命を、白騎士は月乃の命を。
互いに人質を取った状態となり、事態は膠着していた。
「月乃くん!!」
ユキを拘束しながら秀才が呼びかけた。
そして腕に付けた炎ブレスレットを見せつける。
それだけで伝わる物があったのか、月乃のが悲痛な顔で首を振る。
「嫌です! 秀才さん」
「大丈夫です。私は私で何とかします、だから信じてください、私を」
信じろと言われてしまえ信じるしかない。
いつも悲観的な男だったけれど、だからこそ月乃は秀才が信頼を裏切った事がない事を知っている。
グッと唇を噛んで決意を込めて叫ぶ。
「ワープ――――!」
叫びと共に月乃の姿が消えた。
ワープストーンによる空間転移。
こうなってはもう追いかける事も叶わない。
秀才はそれを見送って申し訳なさそうに笑みを浮かべた。
月乃には嘘をついてしまった。
最初で最後の嘘を。
その先の策など無い。
信頼を裏切ってしまうようで心苦しいが、だがそれも許してほしい。
「お………前ェ!!」
してやられたユキが顔を真っ赤にして激昂する。
その足元に何かが落ちた。
それはスタングレネードだった。
自分自身すら巻き込まれる距離。
故に使いたくはなかったが、激昂した梨緒はその選択を取った。
「白騎士ィ!!」
梨緒の叫び。
直後にスタングレネードが炸裂し辺りが爆音と閃光に包まれる。
目を焼く閃光も非生物である白騎士には関係がない。
光の中を白銀の騎士が駆け抜ける。
誰もを混乱させる、眩いまでの白の中。
秀才の頭は冷静だった。
「ふっ、私もここまでのようですね」
何も見えない。
冷静であってもどうしようもない白の闇。
麻痺した耳では馬の闊歩も聞こえない。
だが、何とか親友の妹を守ることができた。
自分の意思は頼りになる後輩に引き継ぐことができた。
十分だ。
何も出来なかったわけじゃない。
きっと自分の意思はそうやって引き継がれて続くのだ。
後を託すことのできる信頼できる仲間たちがいる、これほど素晴らしいことはない。
そうだろう? 親友。
「月乃くん、正義くん、ロレチャンさん、後は託しましたよ」
[出多方 秀才 GAME OVER]
■
「…………くそっ。あの七三眼鏡ぇ…………ッ!」
グレネードによる耳鳴りと涙がようやく止まり、梨緒が秀才への恨み事を吐く。
苛立ちのままあたまをガシガシを掻きむしりながら、霞みのとれた瞳で周囲を睨み付ける。
月乃を逃がしてしまった。
これは梨緒にとっては大失態である。
潜伏し誰かを利用する道を選んだ梨緒にとって、その真意を知る物がいるのは致命的である。
大日輪月乃は必ず殺さなければならない。
何としても、探し出して殺す。
これまでは誰かを使った間接的な殺意だった。
だが、今回は違う。
自らの手をもって殺すという絶対の殺意を持って梨緒は駆けだした。
[D-6/大森林北の草原/1日目・朝]
[三土 梨緒(ユキ)]
[パラメータ]:STR:E VIT:D AGI:C DEX:D LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:人間操りタブレット、隠形の札、不明支給品×1(確認済)
M1500狙撃銃+弾丸10発、歌姫のマイク、焔のブレスレット、おもしろ写真セット、万能薬×1
[GP]:36pt
[プロセス]
基本行動方針:優勝し、惨めな自分と決別する。
1.大日輪月乃を必ず殺す。
2.正義と合流して過ごしてもらいたい
※演説(A)を習得しました
[?-?/???/1日目・朝]
[大日輪 月乃]
[パラメータ]:STR:E VIT:B AGI:D DEX:D LUK:A
[ステータス]:健康
[アイテム]:海神の槍、ワープストーン(1/3)、ドロップ缶、万能薬×1、不明支給品×1(確認済)
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:歌で殺し合いを止める。
1.秀才さんと合流する。
最終更新:2021年03月11日 22:33