ダストボックスの中に入っていたのは、当たり前と言えば当たり前だがゴミだった。
愛美とて参加者にランダムで配る支給品に必須級の重要アイテムが入っているとは最初から思ってはいない。
だが見つければ有利になるくらいの便利アイテムはあるのではないかと期待していたのだが、その期待は裏切られる形になった。
埃に紙屑、何かの袋、水っぽいなにか。
恐らくこれまでの掃除機の使用者が吸い取った物なのだろう。
その中に宝石が紛れていた、と言う事もなく、何の変哲もないごく一般的なゴミの山である。
ただ一点。このゴミにおかしな点があるとするならば、その量だ。
中から出てきたゴミの総量は明らかにダストボックスの容量を超えていた。
地面に撒き散ったゴミ山を見つめる。
確かにこれならばあの重量も納得だろう。
納得ではあるのだが、この小さなダストックスにそれだけの容量が入っていたというのは納得がいかない。
恐らくはこの掃除機は無限に吸い込めるというアイテムとしての特性なのだろう。
いちいちダストボックスの中身を交換するなんて現実的要素を持ち込む必要はない。
ゲームに持ち込むべきリアリティラインの話だ。
だが、かと言って吸い込んだものをそのまま消してしまえば、間違って大事な物を吸い込んでしまった場合に取り返しがつかなくなる。
最低限の安全性としてダストボックスをひっくり返せば中身を取り出せるように吸い込んだものは保持する必要がある。
この矛盾する要素を同時に実現した結果がこれだ。
質量は無視するのに内容を保持して重量は反映するだなんて、明らかに物理法則を無視している。
何らかの圧縮が行われていると考えるのが一番しっくりくるが、そう簡単にできるものではない。
逆に言えば、これがバーチャル世界だと言うのならその仕様に何の疑問もない。
圧縮も解凍も思うがまま、あって当然とすらいえる。
先ほどのメールに会ったように新しい建造物が瞬時に建てられることだって、ここがバーチャルならなんの不思議もない。
愛美はゲームなんかにはほとんど触れたことはないし詳しくないのだが、彼女の中には取り込んだ登勇太の知識がある。
その知識に照らし合わせて考えると、ここは間違いなくバーチャル世界であると言えた。
だが、そうなると別の知識から別の疑問が発生する。
完全魔術は言うなれば魂の融合である。
魂を喰らう事により相手の存在そのものを取り込む、あれはそう言う魔術(チート)だった。
それを扱う彼女は、ここにある存在が魂である事を理解している。
ここのいるのは魂であり、魂はバーチャルな存在ではない。
- ここにいるの参加者の魂である
- この世界はバーチャルである。
両方が真実だ。
矛盾した要素、というより、別の要素が両立している。
そんなことはありえない。
だが事実としてありえているのだから、それを実現できる理由があるはずだ。
それが何であるのか。
その心当たりが愛美にはあった。
いや、愛美だけではなく全参加者にあるだろう。
「不思議な世界ね」
朝日に照らされ、光り輝く世界を見渡し愛美は呟く。
現実、アミドラド、この世界。
愛美にとって都合三つ目の世界『New World』。
バーチャルであることやビルや工場などの建造物は現実に即している。
その一方で魂の扱いやスキルなどの魔法的要素はアミドラドに近しい。
二つの世界観が合わさった、集大成のような世界だ。実に興味深い。
陣野愛美という少女は在るべきを在りのまま受け入れる存在である。
そう在るのならばそれでいい、それを肯定した上で全てを取り込み自らの糧とする、それが彼女の強さ。
そこに疑問など持たない。興味すら持たない。
だと言うのに、そこが気になってしまうのは取り込んだ探偵の影響だろう。
だが、完全魔術は本来はそうではない。これは魂の比重の問題である。
この世界に顕現した時、愛美はまっさらな陣野愛美の魂だけになっていた。
この世界で取り込んだのは、まだ2人だけである。
アミドラドの神として10432人の魂を取り込んでいた時とは訳が違う。
1対10432と1対2では同じ1でも影響力が違う。
大きな1である愛美を覆すことはありえないが、若干ながら引きずられてしまう事もあるだろう。
もっとも、それも無視できる範囲の話でしかないが。
次々と取り込んでいけばそのうち紛れて消えてしまうだろうし、目的の邪魔にならない範囲で容認しているにすぎない。
仮に妹が目の前にいれば、こんな衝動は振り切って愛美は愛美の欲望を満たすだろう。
朝日に照らされる黄金の草原を、踊るような足取りで神は歩む。
踏みしめる大地の感触、頬を撫でる風が心地よい。
鼻歌でも歌いだしそうなその耳に、どこからか美しい旋律が届いた。
■
月乃が転送されたのはD-5エリアの草原だった。
直前の惨劇を思い返して両手で自身を抱く様にしてブルリと身を震わす。
兄の死に関わっているという少女。
そしてどこからともなく現れた白い異形の騎士。
月乃はワープにより難を逃れたが、残された秀才が心配だった。
今すぐに戻って助けに行きたいが、戻ったところであの白騎士に対抗できるだけの戦力がなければ先ほどの繰り返しになるだけである。
それでは逃げた意味がない、月乃を逃すために体を張った秀才を裏切ることになる。
彼を思えばこそ、今は自分の安全を確保する事こそ重要だろう。
それならまずは正義と合流して助けを求めるのも一つの案だ。
彼がいればあの白騎士を撃破して秀才を助けに行けるかもしれない。
だが、正義と合流してから駆け付けたのではどう考えても遅いだろう。
今は助けに向かう事を考えるより、あの場を切り抜けるという秀才の言葉を信じるしかない。
秀才と合流するためにメールを送るにしても月乃のGPは10ptしかない。
送れるメールは1通だけなのだから使い所は慎重に考えねばならないだろう。
秀才にメールを送って現在位置を知らせたところで、秀才の状況が分からないとなると、それで合流できるとも限らない。
折り返しで秀才にメールを送らせることになってしまえば、それこそ両方がGPを失い足を引っ張る結果になるだけである。
そんなのは嫌だ。
秀才の方から何らかのアクションがあるまでは月乃は下手に動かない方がいいのかもしれない。
どうにかしたい、という気持ちばかりが逸る。
今の月乃にできる事など何があるのか。
「―――――――♪」
月乃は歌う。
自らにできる、自分にしかできない歌を歌う。
自分を鼓舞するため。
あるいは願うように。
あるいは祈るように。
自分がここにいることを知らせるように。
月乃は小さいころからぼんやりとした子供だった。
道端で見かけた猫や蝶々を追いかけてはよく迷子になっていた。
一人ぼっちで寂しくなると自分を勇気づけるために歌を歌った。
いつだって、その歌声を目印に兄は月乃の下に駆けつけてくれた。
『ガッハハハ。お前の歌声はどこまでもよく聞こえるらな!
どこに居たって、兄はいつだって駆けつけるぞ!』
そう言って太陽みたいに豪快に笑って、大きな手でグリグリと頭を撫でる。
口にはしなかったけれど、無骨なその腕が月乃は好きだった。
月乃にとって歌は誰かに出会う道しるべ。
歌は多くの出会いを彼女に与えてくれた。
多くの友人。
学園のみんな。
アイドル仲間。
プロデューサー。
みんな歌が繋げてくれた大切な絆だ。
けれど、いつだって駆けつけてくれる兄はもういない。
この歌を聞いて駆けつけてくれることはないだろう。
そんな喪われた物に哀悼を込めて歌う。
それはこの場において誘蛾灯の如き役割を果たし、危険を運ぶだろう。
だが、歌う事こそ彼女の戦い。
争いを収める彼女の歌が本物ならば、運ぶのは悲劇ばかりであるはずがない。
どこまでも届くような伸びやかな声。
世界を魅了する歌姫THUKINOの歌声には何処か物哀しい切なさと、寄り添うような優しさ、そして励ます様な力強さがあった。
透き通るような朝の空気の中に美しい旋律が響き渡る。
そんな最中。
「――――綺麗な歌声ね」
それは現れた。
「あら、中断させてしまったかしら。気にせず続けて」
現れただけで世界が変わる、そんな女だった。
月乃が歌の女神(ミューズ)なら、それはさながら愛と美の女神(ビーナス)だろう。
穢れ一つない瀟洒な出で立ち。足音すら優雅に響かせ、艶のある黒髪を風に揺らす。
年は月乃と大差ないだろう、ともすれば月乃より年下かもしれない。
だが、月乃にはない様々な経験を経た成熟した女の色香が漂っている。
それは芸能界で多くの美男美女を見てきた月乃ですら思わず見惚れるような美しさだった。
アイドル顔負けの美貌もさることながら、何より纏う雰囲気が浮世離れしておりどこか神々しさすら感じさせた。
目を奪われるとはこのことか、その風格はアイドル界の頂点、ステージ上の美空ひかりを思わせる。
女はその場に止まると、ニコニコとした表情で歌の続きを促した。
少なくとも敵意や害意と言ったものは感じられない。
いずれにせよ、スキル効果を考えれば歌った方が安全なのは確かだろう。
その楽しそうな表情に促され、月乃は途切れていた歌声を再開させた。
■
パチパチと拍手が送られる。
「素晴らしいわ。まるで天上に響く賛歌のよう。女神を称える吟遊詩人もあなたには及ばないでしょう。
あなたの歌声はとても美しいわ。私、美しいものは好きよ」
歌姫の歌に女は惜しみなく称賛の言葉を贈る。
何の変哲もない褒め言葉がどういう訳かアワードの審査委の言葉の様に喜ばしく感じられた。
吐くその言葉がひどく光栄な物だと感じさせるような不思議な女だった。
女は月乃に歩みを寄せる。
伸ばした白い指先が月乃の唇に触れた。
唇から伝うように指先が降りてゆき、美しくシャープな顎をなぞって、歌声を震わす喉の上に止まる。
「私もそんな風に歌えたらって思うのだけど、どうかしら?」
「どう、って…………?」
百合の花の様なか細い首など力を籠めればたちどころに折れてしまうだろう。
歌姫の命を握られながらもゾクリとするような漆黒の瞳に囚われ月乃は動くことができなかった。
畏れとも恐れともつかない感情に戸惑う月乃の様子に、女はクスリと笑みをこぼした。
「けれど、芸術は私が生み出すものじゃなく私に捧げられるものだから、私にしたところで仕方がないのよねぇ」
女は悩まし気な仕草で軽いため息をついて、喉元から指を放して自らの口元にやった。
そして、弾むような足取りで一歩、後ろに下がると、よく顔の見える距離まで離れて楽しそうに微笑む。
「そうねぇ。残しておいてもいいかしら。あなたは顔も綺麗だし」
「? ありがとう」
よく分からないが、褒められたみたいなのでひとまず礼を返しておいた。
女は変わらぬ慈悲の笑みを浮かべたまま、自らを示す様に胸元に手を当てる。
「名乗りが遅れてしまったわね。私は陣野愛美、よろしくね歌姫さん」
そう言って握手を求めるように手を差し出した。
「あ、えっと。大日輪月乃です……よろしくね、愛美ちゃん?」
僅かに呆けていた月乃は慌てて名乗りを返して差し出された手を掴み返す。
全てを見透かす様な黒い瞳。
愛美と名乗った女は握られた手を掴んだまま、蠱惑的な甘い声で囁くように言う。
「先ほどの歌声は美しくも、悲しげな旋律だったわ。
何か悲しい出来事でもあったのかしら? 良かったら私に聞かせてくれない?」
■
「そうお兄様が、それは辛かったでしょうね」
兄の事。秀才の事。ユキの事。
まるで告解室で懺悔する罪人の様に月乃はここまでの事情を愛美に洗いざらい全て話した。
出会ったばかりの他人に話すような事ではなかったのかもしないが、愛美には思わず心中を吐露してう不思議な魅力があった。
「私もここに双子の妹がいるの。肉親を失う痛みはよく理解できるわ」
「そう、なんだ」
名簿に陣野の名は二つあった事を思い返す。
恐らくそれが妹なのだろう。
肉親が巻き込まれる奇妙な共通点に妙なシンパシーを感じる。
「それで、これからどうするべきか。迷っているのね、月乃ちゃん」
心中を言い当てられてドキリとした。
ここから先どうすればいいのか、月乃は迷っている。
月乃にできる事など歌う事だけである。
そして歌は愛美との新たな出会いを与えてくれた。
だが、その先は。
月乃に何ができるのか。
月乃は何をすべきなのか。
それが分からなかった。
そんな月乃に対して愛美は啓示を示す神の様に告げる。
「どうすべきかが分からない時は、どうしたいかで選びなさい。
己の心が欲するまま、己の心に従いなさい。
少なくとも、私はいつだってそうしているわ」
「自分がどうしたいか…………」
月乃はその言葉を受け止め、噛みしめる様に呟く。
そして、きゅと拳が握られる。
彼女の中で何か何かが固まった。
「ありがとう愛美ちゃん。上手くできるかわからないけど私やってみるよ」
「ええ、励みなさい。結果はついて来るものよ。どうなるかなんて、誰にも分らないのだから」
その言葉に背を推され月乃は心を決めた。
手始めに、目の前の少女に向かって、己の心をぶつけてみる。
「愛美ちゃん。私と一緒に行かない?」
協力者を求めるという方針は健在である。
底が見えない少女だが、少なくとも月乃の目には悪い人間ではないように見えた。
ここで仲間が増えるのならば、秀才や正義たちにとってもいい事だろう。
「せっかくのお誘いだけど、ごめんなさい。私これから妹に会いに行くの、あなたとは一緒にはいけないわ」
そう言ってこれまでにない嬉しそうな表情で微笑む。
余程大切な相手なのだろう。
それは超越者めいた女が初めて見せる少女らしさだった。
その気持ちは痛いほど理解できる。
だからこそ大事な肉親の元に向かうその足を止められるはずもない。
もう誰にも自分の様な気持ちを味わってほしくない。
「そっか、なら仕方ないね。けど妹さんの場所が分かるの?」
「ええ。私にはあの子の居場所が分かるの、双子の奇跡ってやつ?」
「そうなんだ!? 凄いねぇ」
月乃の素直な反応に愛美は驚いたように目を見開き、上品な仕草でクスリと笑う。
「ふふ。冗談よ。そう言うスキルを手に入れたの」
「え、そうなんだ? 真に受けちゃったよ、もぅ」
そう言って、お互いに笑いあう。
気の重くなるような事が続いていたけれど、この一瞬だけは少しだけ気が楽になった気がした。
「それじゃあ、あなたが生きていればまた会う事もあるかもね」
「そうだね。愛美ちゃんも気を付けて」
数奇な運命に巻き込まれた妹と姉。
不思議な会遇を終え、それぞれの目的へと向かって歩き始めた。
[D-5/草原/1日目・午前]
[大日輪 月乃]
[パラメータ]:STR:E VIT:B AGI:D DEX:D LUK:A
[ステータス]:健康
[アイテム]:海神の槍、ワープストーン(1/3)、ドロップ缶、万能薬×1、不明支給品×1(確認済)
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:歌で殺し合いを止める。
1.己の心に従う。
[陣野 愛美]
[パラメータ]:STR:A VIT:A AGI:B DEX:B LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:防寒コート(E)、天命の御守(効果なし)(E)、ゴールデンハンマー(E)、掃除機(破損)(E)
発信機、
エル・メルティの鎧、万能スーツ、魔法の巻物×4、巻き戻しハンカチ、シャッフル・スイッチ
ウィンチェスターライフル改(5/14)、予備弾薬多数、『人間操りタブレット』のセンサー、涼感リング、コレクトコールチケット×1、不明支給品×6
[GP]:90pt
[プロセス]
基本行動方針:世界に在るは我一人
1.妹に会う
[備考]
観察眼:C 人探し:C 変化(黄龍):- 畏怖:- 大地の力:C
最終更新:2021年06月03日 00:04