すっかり日は登り、時刻は昼過ぎ。
闇の気配は完全に身をひそめ、すっかり明るくなった工場地帯近くの道のり
そこを進むのは一人の少女である。

日本の誇る歌姫、大日輪月乃。
聖女のような女との不思議な会遇を経て、彼女は自らの足で歩き始めた。

これまでは、同行していた秀才が行動方針を定めてくれた。
早々に信頼がおけて頼れる相手と合流を果たせた月乃は、今思えば幸運だったのだろう。

だが、今は違う。
全てを自分で決めなくてはならない。

念のためメールを確認する。
あれからしばらく経っているが、秀才からの連絡はない。
この状況では便りがないのはいい便りとはいかないだろう。
信頼はしているが心配は募る。

やはり、待っているだけじゃだめだ。
合流は最優先で目指すべきだが、そうじゃなくても役に立てるよう何かすべきである。
秀才を信じているからこそ、その時のために月乃からも動かなくてはならない。

どうすべきなのか。
どう動くべきなのか。
何がベストなのかなど誰にもわからないのだから。
己の心に従い、何がしたいのかで決めるべきだという愛美の言葉。

それに従うにしても、その為には自分が何をしたいかを明確にしなければならない。
曖昧なままではだめだ。

自らに問いかけ、月乃は考える。
そして結論として出たのはシンプルな答えだった。

誰にも傷付いてほしくない。
月乃の望みはそれだけだった。

秀才と共に定めた、歌による争いの根絶という目標だって、結局のところそのための手段である。
ただそれだけの事なのに、この世界ではそんな事が最も難しい事になっていた。

月乃は小さい頃、男の子たちによくイジメられていた。
それは気を引きたいがための、からかい程度の物だったが。
そんな時はすぐさま太陽が助けに来て、イジメっ子たちから守ってくれた。
その度に、月乃は大泣きしてしまうのだった。

自分がイジメられたからじゃない。
兄が助けてくれて嬉しかったからでもない。
兄といじめっ子が喧嘩になったのが悲しかったからだ。

平和主義という訳ではないと思う。
ただ、みんな仲良くできるのなら争うよりその方がいい、誰だってそうだろう。
だから、いつだって歌って仲直りできるような、そんな世界がいい。
そしてその対象は、彼女も例外ではない。

――――ユキ。

月乃と秀才を襲い離別の原因となり、兄の死の一員となったと言う少女。
「彼女に復讐を望むか?」と問われれば、月乃は迷わず「そうではない」と答えるだろう。

だって、月乃まだ彼女の事を何も知らない。
彼女の事を知る前にあんなことになってしまった。
彼女の凶行だけではなく、その理由まで知らなくては恨むべきかすらわからない。

彼女を知らなければならない。
そうでなければ、どうしたいかも決められない。

何より、彼女がどのような人間であったとしても、こんな事に巻き込まれなければ凶行に及ぶことはなかったはずだ。
それだけは事実だろう。
恨むべきはユキではなくこんな事を始めた誰かである。

ユキともう一度話がしたい。
どのような結末になるにしても、それは避けては通れないだろう。
自分はどうするのか、自分がどうしたいのか。
それは、その時に決まるのだろう。

だが、こちらの気持ちが定まったところで、あちらはそうはいかない。
会いに行ったところで、ユキが話し合いに応じるとは限らない。
またしてもユキに襲われてはどうしようもない。

白馬に乗った白い騎士。
いや、それに似た形をしたモンスター。
スキルかアイテムかは不明だが、間違いなくあれがユキの切り札だろう。
あれをけしかけられてはひとたまりもない。

だが、逃げる以外なすすべもなかったあの時とは違い、それが知れていると言うのは大きい。
少なくとも不意打ちは避けられる。

まあだからと言って、月乃に対応出来るとは思えないが。
喧嘩など昔からからっきしだ。
心構えが出来ているだけ、いくらかマシかもしれないという程度である。
彼女と対話するにしても何か欲しい所ではあるのだが、今のところその方法はない。

もっとも、ここで悩んだところで出会える当てがある訳でもないのだが。
出会った時に、心構えをしておこうというくらいの話である。

なにせ秀才との合流を目指すにしても、ユキとの対話を目指すにしても、二人がどこに居るのか分からないのだから避けようもなければ目指しようもない。
ワープ前の元の場所に戻ると言うのもありだが、あれから時間は立っており既に別の場所に行っている可能性は高い。
何より、ユキとの対話は望んでいるが、危険性を考えると対策する手立てのない今はまだ対面は避けたいところだ。

まずは、自分一人でもできる事をすべきだろう。
そのために具体的にどこに向かうべきのか。

歌を世界に届けるという目標は変わらない。
その為に自分にできる事はなにか。
そう考えるなら、まずはやろうとしていた事を成し遂げるべきだろう。
つまり、向かうべきは一つ。

――――放送局へ。

[D-6/工場地帯沿い/1日目・昼]
[大日輪 月乃]
[パラメータ]:STR:E VIT:B AGI:D DEX:D LUK:A
[ステータス]:健康
[アイテム]:海神の槍、ワープストーン(1/3)、ドロップ缶、万能薬×1、不明支給品×1(確認済)
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:歌で殺し合いを止める。
1.放送局に向かう
2.秀才との合流
3.ユキともう一度話したい


閑散とした放送局のロビーで三土梨緒は佇んでいた。

梨緒の傍らには窮屈そうに室内に押し込められた人馬一体の白い騎士。
そして、受付には笑みを張り付けた小さな電子妖精。
異物に囲まれ、このロビーでまともなはずの梨緒の方が浮いているようだった。

梨緒は先ほど小競り合いになった宗教女を警戒して、放送室からここまでの狭い通路を、白騎士を引き連れて歩いた。
そのおかげでロビーまで戻るのに思いのほか時間がかかってしまった。

ロビーから放送室までの通路を振り返る。
無理矢理白騎士が押し通ったせいで、壁際には引きずったような跡が刻まれ所々が崩れていた。
このまま完全に通路が塞がれ通れなくなるかもしれない。
そうなったところで梨緒の知った事ではないが、この施設自体が崩れてしまわないかは心配になる。
施設の倒壊に巻き込まれるのはごめんだ。

「…………施設の、倒壊」

一人呟く。
崩壊寸前の廊下の様子を見て梨緒の中で思い付きがあった。

歌を届けるなんてお花畑な目的が現実可能かどうかは問題ではない。
島全体に声を届けると言う目的である以上、この施設を利用することは間違いないのだ。
ならば、あの女に使わせないために、先んじてこの施設を破壊すると言うのはどうか?

そうすれば、その目的はご破算である。
それは梨緒に得がある訳でも目的に繋がる訳でもない。
純粋な嫌がらせでしかない発想である。

本来、月乃を消すという行為は自身の悪行を知る存在を消すと言う、目的達成の障害を取り除くための手段である。
だがその手段が目的にすり替わり、梨緒の中で月乃への逆恨みめいた憎悪が育ちつつあった。

「施設を破壊した場合って、ペナルティはあるの?」

先ほどの宗教女との小競り合いや、無理やり狭い通路を白騎士に移動させたため、既にそれなりに壊してしまっているが。
念のため受付のシェリンに確認する。
こんな事で下手にペナルティなど与えられても困る。
梨緒の問いにシェリンが答える。

『戦闘の余波で破損することもあるため多少の破損は黙認されます。
 施設の破壊を目的とした攻撃は推奨されません』

推奨されない。
施設を運営するNPCの立場上の言葉と思えば当然そうなるなという回答である。
禁止でもないし、ペナルティに言及されてたわけでもない、なんとも曖昧な答えだ。
別段攻撃しても問題ないようにも思えるが、万が一を考えるとどうしたものかと梨緒は僅かに考え込む。

そしてしばらく思案した後、結局白騎士に攻撃を命じる事はしなかった。
こんな事でリスクなど負いたくない。
放送局を使った悪評の流布といい悪辣な発想こそ浮かぶものの、保身が上回り実行に移せない小悪党。
これが三土梨緒という少女の本質である。

ひとまず放送局の破壊は取りやめだ。
そうなると、次に何をするべきか。
取るべき道は二つ。

月乃をここで待ち伏せるか。
月乃を探しに打って出るか。
判断を迫られる。

ワープで直接ここにたどり着き既に用件を終え立ち去った可能性。
月乃がそもそもここを目指さない可能性。
待っていても意味がない可能性はいらでも考えられる。

だが、仮に探しに出るとして、その場合はどうするのか。
それほど広い島ではないが、何の当てもなく人一人探し出すなど本当に可能なのか?

どうすればいいか、ここ以外の場所などまったく心当たりがない。
当然だ。何せ一時の縁でしかない。
相手の事を利用しようとは思っていたが、知ろうともしなかったのだから。

梨緒はテレビ画面越しのTSUKINOしか知らない。それも大して詳しい訳でもない。
まあそれだけでもポヤポヤとした気に喰わない女と言う事だけは解かるが、こういう場合にどう考えるかなど読めない。
そんな相手を探し当てるなど、その難易度に改めて絶望する。

ガシガシと頭を掻いて、梨緒はロビーのソファーに腰かけた。
結局、梨緒は放送局で待つことにした。

決して当てもなく探すのが億劫になった訳ではない。
七三眼鏡は最後に女に向かって「何とかする」と言った。
結局なにも策などなく、ただのハッタリだったようだが、その言葉をあのお花畑は信じたはずだ。
ならば、先んじてここにワープしていたのならあの七三眼鏡の到達を待つはずである。
つまり、ここにいないと言う事はまだ来ていないという可能性が高い。

あの女がここを目指しているのならば、存在しない待ち人を待つ以上必ずここで克ち合う。
ここ以外を目指していた場合はお手上げだが、そうなったら探し出しようがないのだからどちらにせよお手上げだ。
少なくとも、次のメールで七三眼鏡の死亡を知るまではここで待つと言うのは分の悪いかけではないだろう。

傍らに白騎士を侍らせ、固いソファーに深く腰を落ち着け、眼を閉じる。
大丈夫。上手くいく。大丈夫。上手くいく。
心を落ち着けるべく心の中でそう唱える。

この苦難を乗り越え、梨緒は辿り着く。
これはその為の試練だ。

――――栗村雪。

ただヘラヘラ笑ってるだけでチヤホヤされてるアイドルなんかとは違う。
誰よりも明るく美しい本物の少女。
イジメられていた梨緒に声をかけて優しくしてくれた。掬いだしてくれた。
根暗で陰湿な梨緒なんかとは違う、永遠の憧れ。

どうしようもない梨緒に与えられた、これはチャンスだ。
美しいものになるために、どんな汚いことだってする。
梨緒は幸せになるのだ。

[F-7/放送局/1日目・昼]
[三土 梨緒(ユキ)]
[パラメータ]:STR:E VIT:D AGI:C DEX:D LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:人間操りタブレット、隠形の札、不明支給品×1(確認済)
M1500狙撃銃+弾丸10発、歌姫のマイク、焔のブレスレット、おもしろ写真セット
[GP]:36pt
[プロセス]
基本行動方針:優勝し、惨めな自分と決別する。
1.次の定時メールまで放送局で大日輪月乃を待ち伏せる
2.正義と合流して守護してもらいたい
※演説(A)を習得しました

070.泳ぐサメの話 投下順で読む 072.双子座に昼花火の導きを
時系列順で読む
歌の道標 大日輪 月乃 歌声は届く
神に至る病 三土 梨緒

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最終更新:2021年07月23日 02:12