三土梨緒は悔しそうに爪を噛んでいだ。
白騎士の力なら確実に殺せると踏んだが、失敗した。
小賢しい七三眼鏡に邪魔され、相手にはワープという切り札もありまんまと逃げられてしまった。
諦めと見切りが早いのは梨緒の悪い癖だ。
言いがかりをつけられ判断を早まってしまった。
学園生活も、それで何度しくじったことか。
日和った連中を利用する道を選んだ梨緒からすれば、悪評をまき散らされては立ち行かなくなる。
そうなる前に大日輪月乃を確実に見つけ出して絶対に殺さなければならない。
最大の問題はメールである。
七三眼鏡曰く10GPでメールが送れるという話だ。
正義にチクリメールを送られようものなら一瞬で終わりである。
なにせメールを出すなんて防ぎようがない。
だが、月乃には初期GPの10ptしかないはずだ。
塔の支配もせず、参加者の殺害を良しとしない奴らにGPを得る手段はない。
送れるメールは一通だけ。その一通を梨緒の悪行を伝えるためだけに使うか? いやしない。
安心を得るため、必死で否定材料を探す。
猶予はある。そう信じて梨緒は月乃を殺すために動く。
だが、どこを探せばいいのか。
走りだしたはいいが探す当てがなければ、動きようがない。
月乃が行ったワープが、どの程度の性能でどこまで跳べるものなのか。
情報がなさ過ぎて推測もたたない。
スキルか支給品かも不明である。
どうせならいっそ、沈んだ積雪エリアに跳んで海の中に沈んでいればいいのに。
もしくは地中か空中に放り出されてそのまま死んでくれれば楽だ。
まあそんな希望的観測を信じて、放置するわけにもいかないのだが。
確か、月乃たちは放送局を目的地にしていたはずだ。
そこに向かうかどうかでひと悶着あった、梨緒が責められる切っ掛けもその話だった。
ならば、月乃もそこに向かうかもしれない。
あのワープが位置まで指定できるとしたらならば、既に放送局にいる可能性すらある。
心当たりができてしまえば、そこに心が支配される。
逃げられてしまえば、梨緒は破滅だ。
立ち去る前に一刻も早く向かわなければという焦燥感に駆られる。
追い詰められたように目撃されるリスクも承知の上で梨緒は白騎士を呼び出した。
自分の痕跡を消すために痕跡を残す矛盾。だが、やらねばならない。
梨緒は幸せになりたいのだから。
その為ならなんだってやろう。
それに白騎士自体を目撃されるのは構わない。
正体不明のクリーチャーがいると知れたところで、それが梨緒と繋がらなければそれでいい。
騎士の背後で隠形の札を使っていれば身を隠せるばずだ。
白騎士の背後に登りしがみ付く。
隠形の札を使用して自らの存在が隠されたことを確認すると、白騎士を走らせた。
大森林をなぞるように草原を駆ける。
かつて狙撃手より逃げるために辿った道筋を、こんどは殺すために駆け抜ける。
風の如き馬の疾走はあっという間に中央エリアを抜け、諸島エリアにかかる橋に入った。
響く蹄の足音が石を打つ音に変わる。
軽快な音がテンポよく響き続ける。
そして再び音の種類が変わった時には、その建物が視界に入っていた。
それは海を臨む放送局だった。
小島に佇む小洒落たロケーションは殺し合いには似つかわしくない。
こじんまりとしたその建物の前で馬の足を止めさせる。
白騎士に頼らず意を決して自ら飛び降りた、おかげで今度は無事着地できた。
白騎士を消して、梨緒は放送局の押し扉を開き玄関を潜る。
月乃がいるかもしれない、そう考え出来る限り慎重な足取りで歩を進める。
放送局に侵入した彼女を迎えたのは受付にいたシェリンだった。
『はいはい。放送局のシェリンですよ。ご利用ですかぁ?』
場違いな呑気な声に苛立つ。
こいつがべらべらしゃべるんじゃ気配をひそめた意味がない。
「ここに大日輪月乃はいる?」
『このシェリンにご案内できるのはこの施設に関する情報だけです。他参加者の情報はお答えできませぇん』
使えない。
苛立ちを隠そうともせず舌を撃つ。
ならばと思考を切り替える。
「なら質問を変えるわ。今この施設に私以外の利用者はいる?」
『いいえ。現在ここにいる勇者はあなた様だけです』
最初からそう言えと言うのだ。
ともかくここに月乃はいないようである。
既にたどり着いて立ち去った後なのか、それともまだたどり着いていないのか。
その判断がつかない。
しばらくここで待ち伏せるべきだろうか?
だが、放送局のロビーでぼーっと月乃を待っているだけでいいのだろうか?
焦燥感に駆られた状態でジッとしているというは苦痛である。
何か手を打っていないと落ち着かない。
次に取るべき手段に悩む。
そこで、梨緒は何かに気づいたように周囲を見た。
自分が今いる場所を改めて思い返す。
梨緒は一つの手段を思いついた。
放送局。
全体に声を届けるというこの施設を使って月乃の言葉を信じるなと伝えるのはどうだ?
悪評を巻き散らされる前に先手を取って相手の悪評をまき散らす。
いきなり流れる声を信じる人間も少ないだろうが、梨緒には演説スキルがある。
スキル効果を考えれば可能だろう。
「シェリン。この施設の使い方を教えて」
■
『放送室はそこの通路を進んだ先ですよー』
案内に従い、受付の横にある細い通路を進んだ先。
その突き当りに放送室はあった。
何やら様々なスイッチがならんだ机の中心に一本のマイクが突き立っている。
学校の放送室もこんな感じだった、ような気がする。
まあ放送部でもないのではっきりとしたことは言えないが。
電子妖精より受けた説明によれば、なんでもエリア1マスに対して3GPが必要となるらしい。
つまり会場全体に声を伝えるには8×8×3で192pt必要となる計算だ。
沈んでしまった積雪エリアを無視するにしても、100pt以上が必要だ。
現在梨緒が持つGPで届けられる範囲は12マス。
中央エリアくらいならカバーできるが月乃がどこに跳んだのか確証がない。
悪評をまき散らすなら月乃がいる周辺でなければ意味がない。
確実に月乃を追い詰められるのならば踏ん切りもつくだろうが。
確実性のない方法に貴重なGPを使うのをもったいないと感じてしまう。
逡巡の末、やはり使えないと、そう結論付けた。
やはり引き返そうと放送質の防音扉を開く。
その時、梨緒の耳に扉が開かれる音が聞こえた。
気のせいではない。
誰かがこの放送局に来たのだ。
慌てたように手にかけた扉を閉じて放送室へと引き返す。
月乃がやってきたのか?
心臓が高鳴る。
思わず思わず放送室に戻ってしまったのは悪手だった。
月乃であろうがそうでなかろうが、放送局に来たのなら放送室(ここ)を目指すに決まっている。
ここまで通路は一つ、回避して逃げ出せる非常口もない。
放送設備以外何もないこの部屋で隠れるのは無理だ。
出会いは不可避である。
今のうちに白騎士を出しておくべきか。
そう考えて首を振る。
それは相手が月乃じゃなかった場合に面倒な事になる。
月乃を殺すのも急務だが、新たな寄生先を見繕う必要があるのだ。
出来る限り穏健派とは交流を深めキープはしておきたい。
だが、今の梨緒には月乃を排除する義務がある
それを終えるまで下手に手を組むこともできない。
面倒だ。
ああ本当に面倒だ。
「あら。先客がいたのね。こんにちは」
そうして迷っているうちに、それは現れた。
穏やかな語り口の黒髪の女だった。
月乃ではない。
だがそれに匹敵するほどの整った目鼻立ち、ひらひらとした露出の高い服。
見たことはない。売れない地下アイドルだろうか。
「…………こんにちは」
出来るだけ距離を取るように壁際に背を預けながら、ひとまず挨拶を返しつつ出方を伺う。
少なくとも、問答無用で襲い掛かってくるような輩ではなさそうである。
「あなたもこの施設が使いたくって来たのかしら?」
「……そういう訳じゃないわ。どんなものか見に来ただけ、使うんならどうぞ」
「そうなの。まあ私も様子見に来ただけなのだけど」
そう言って微笑む。
女はちょうど入り口を塞ぐ位置に立っている。
意図的なモノか偶然かわからないが邪魔なことこの上ない。
女は興味深そうにスイッチだらけのコンソールを見つめていた。
「神のお声を世界に届けるのにちょうどいいと思ったのだけれど、GPを消費するんじゃちょっと使いづらいわね」
神とか言いだした。
宗教家だろうか。宗教なんて胡散臭いイメージしかない。
怪訝そうな顔で押し黙る梨緒に気づいたのか、女は梨緒に視線を向けた。
「名乗り遅れたわね。私は
イコン教団の教祖
イコンです。
イコン教団、ご存じかしら?」
「……ごめんなさい初耳だわ」
どう返したものかと一瞬迷うが、正直に答える。
イコンは激昂とも落胆とも違う感情の動きを見せ、何かに納得したように一人頷く。
「知らない……そう、そうなのね」
小さな声でなにかをぶつぶつと呟く。
そして、改めて梨緒を見つめる。
「あなたは神の世界の住民という事ね」
「違うけど……」
電波なことを言いだした。
梨緒は引いたが、後方は壁だった。
この女には梨緒が神様にでも見えるのだろうか。
「よいでしょう。無知なる者に啓蒙するもまた巫女の努め。私があなたに神の教えを説きましょう」
心の底から素晴らしいものを語るように教祖は語り始めた。
「結構よ。宗教には興味ないの」
「無知は罪ではありません。知ろうとしない事こそ罪なのです。
神の世界の住民に神お教えを説く、これもまた天啓でしょう」
こちらの話など聞いていない。
その顔は自分を正しいと疑っていない人間の顔だ。
女がカツンと足音を立てて歩を進める。
「世界は不完全で人間もまた不完全な存在です。
生きとし生ける限り、人の生には様々な苦痛や苦悩があるでしょう。
古来より数多の神は人に試練を与えるのみで人を救いはしなかった。
けれど我が神は違う。全ての人間をお救いになられる。あれ程現実に人をお救いになられた神は存在しない。
何の学もない孤児も、何の力もない老人も、何の価値もない罪人も、わけ隔てない愛で、お救いになられるのです。
神は唯一無二の完全なる存在、我ら信徒は己が命を神に捧げることで自らも完全なる存在となれる。これほどの至福がどこにありましょう?
我が神こそこの世界の唯一の救い。不完全な人が、完全なる存在となれる唯一の道なのです。
貴女も我が神を信仰しその命を捧げる最上の至福を味わいたくはありませんか?」
恍惚とした表情で女は語る。
その演説に寒気がした。
女の話が理解できないからではない。
女の話が理解できたからだ。
不完全な三土梨緒を捨てて完璧な栗村雪になる。
程度は違えど、その理想の方向性は同じだった。
だから、この女の言葉は毒の様だ。
だが違う。
決定的に違う点が一つ。
それは生と死。
梨緒は生きるために完璧になりたいのだ。
死を前提として語るこの宗教女とは違う。
「興味ないって、言ってんでしょうが!」
その誘惑を振り払うように叫ぶ。
頭が熱狂する。
この女はダメだ。
利用できない。
ならば梨緒にとって無価値な存在だ。
ならば殺す。
殺していい存在だ。
白騎士を呼び出す。
恍惚とした表情で神を語る女を引き裂いてしまえ!
「うぐっ!?」
唐突に、梨緒の体が痺れるように固まった。
何が起きたのか分からなかった。
先手を取ったはずなのに、倒れているのは梨緒の方だった。
それは神罰。
神の供え物を攻撃とする者を問答無用で罰するカウンターである。
イコンすら認識していない不意打ちだろうと、攻撃を行おうとした段階で神罰は下る。
「ッ!?」
だが、驚いたように
イコンが飛び退く。
腹部の衣服ハラリと落ちる。
露になった白い腹に一本の紅い線が走り、つぅと雫を垂らした。
あと数センチ深ければ内臓が転び出ていただろう。
その目が敵を捕らえる。
梨緒ではない、それはこの狭い一室にあまりにも不釣り合いな巨大な異形だった。
「召喚獣!? いえ、ゴーレム!?」
人馬一体の白銀の騎士。
あるいは
イコンにとってはこの不可思議な施設比べれば見慣れた存在だったのかもしれない。
どちらにせよ、
イコンにとってこれはマズい。
使用者の意志を介さず攻撃を行う自立型の非生物。
敵意や攻撃の意志に反応する天罰の対象外。
召喚スキルは
イコンの天敵に他ならない。
神託の巫女。
直接戦闘は担当ではないが、あの激動の時代を生き抜いたのだ、荒事に巻き込まれることには慣れている。
神の威光を介さぬ愚かな敵対者に命を狙われることも少なくなかった。
その判断は早い。
身を反転させ、背を向けて出口へと向かう。
だが、白騎士の方が早い。
容赦なく馬上より稲妻のような斬撃が放たれる。
だが、その一撃は
イコンの背後の防音扉に引っかかって斬撃が僅かに遅れた。
その隙に身を低くして潜るようにして躱す。
この狭い室内で小回りが利かない巨大な白騎士は本領を発揮できない。
イコンは文字通り切り開かれた扉より抜け出てそのまま通路を駆け抜けた。
白騎士はその背を追わなかった。
馬体で狭い通路を駆け抜けるのが難しいというのもあるが、最大の理由はその背後。
麻痺している梨緒の存在だ。
白騎士の役割は梨緒の守護。
指示がない限りは敵の殲滅よりもそちらを優先する。
彼女がダメージを追って動けない以上、白騎士がこの場を離れることはない。
「ッ…………っ」
万能薬を使用した梨緒が立ち上がる。
傍らの白騎士を見つめ、取り逃したことを認める。
月乃に続き二人目の失態だが梨緒にそこまでの焦りはなかった。
要は、話の信憑性の問題だ。
危険人物の場合、梨緒と同じく集団に潜り込むようなスタンスでもない限り誰かに話すという機会自体がないだろう。
故に無暗に悪評をき散らされる可能性は低い。
何より、国民的アイドルの言葉ならまだしも、イカれた宗教女の言い分など誰が信じるというのか。
依然として、梨緒の優先目標は大日輪月乃だ。
梨緒は壁から離れると、念のため白騎士を侍らしながら放送局のロビーへと向かって行った。
[F-7/放送局/1日目・午前]
[三土 梨緒(ユキ)]
[パラメータ]:STR:E VIT:D AGI:C DEX:D LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:人間操りタブレット、隠形の札、不明支給品×1(確認済)
M1500狙撃銃+弾丸10発、歌姫のマイク、焔のブレスレット、おもしろ写真セット
[GP]:36pt
[プロセス]
基本行動方針:優勝し、惨めな自分と決別する。
1.大日輪月乃を必ず殺す。
2.正義と合流して守護してもらいたい
※演説(A)を習得しました
[イコン]
[パラメータ]:STR:E VIT:B AGI:C DEX:D LUK:D
[ステータス]:腹部に軽傷
[アイテム]:青山が来ていたコート、受信機、七支刀、不明支給品×1
[GP]:0pt
[プロセス]
基本行動方針:神に尽くす
1.愛美の道を阻むものを許さない
2.何人かの参加者を贄として神に捧げる
3.陣野優美を生かしたまま神のもとに導く
最終更新:2021年06月22日 01:15