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昼の空に花火が打ち上がった。

その花火が打ち上がった下に向かって二人の少女が駆けていた。
それは夏祭りに向かうような楽しい足取りではない。
向かう表情には剣呑さが張り付き、強い決意がその足を動かしていた。

爆発したのは焔花珠夜の爆弾である。
彼と過ごし心を交わしたからだろうか、爆発を見ただけで善子とアイナにはそれが理解できた。
彼の爆弾が悪用されているのならば止めねばならない。
人を傷つけないという彼の矜持を汚す事だけは許さない、それが彼に命を救われた者としての義務である。

「待って」

だが、その途中。
先行していた善子が足を止める。
僅かに遅れてアイナがつんのめりながらも足を止めた。

「誰か来るわ」

爆発に誘われたのだろうか。
あれだけ派手な爆発だったのだから周囲にいた者ならば目にしていてもおかしくはない。
恐らくは善子たちと同じく、爆発の下を確かめに向かっている誰かだろう。

その誰かれが安全であるとは限らない。
最大限に警戒をしながら相手の姿を確認する。
息を切らせた善子たちと違い、急ぐでもない優雅な足取りでその女は現れた。

「あなたは……ッ!」

その顔を認識した瞬間、善子の全身が総毛立つ。
見覚えがある、どころの話ではなかった。

「アイナちゃん! 下がってッ!」

咄嗟に善子がアイナに向かって叫び、すぐにでも飛びかかれるよう戦闘態勢を整えた。
だが、相手の反応は鈍く、淡白なモノだった。

「あら、初対面の相手に随分な態度ね」

まるで野生の猛獣にでも出会ったような態度を取られ気分を害したのか、心外と言った風に肩を竦める。

「初対面ですって? 忘れたとは言わせないわよ」
「なんの話かしら?」
「あなたが私たちに襲い掛かってきたでしょうが!」

怪物の様に姿を変えて襲い掛かってきた少女。
その怒りを持った叫びに、女はああと納得したように頷き、薄い笑みを浮かべる。

「そう――――妹(ゆみ)に会ったのね」

そう言って本当に嬉しそうに女が笑う。
それを見て訳もなく、アイナは息を飲んだ。

何の穢れも醜さもない、完全な美を体現したような美しい笑み。
どのような物であれ、閾値を超えると畏怖を孕む。
その美しさはそんな類の魔性だった。

「……そう言えば、あの子も姉を探していると言っていたわね。あなたがそのお姉さんという事かしら?」
「ええ。私が姉の愛美よ。妹がご迷惑をお掛けしたようね」

言われて見れば、顔は同じだが、同じなのはそれだけだ。
身に纏う衣服、細かな仕草、漂わす雰囲気、感じる印象。何もかもが違う。
こうして改めて観察して見れば、むしろ双子であると言う事が信じられないくらいに別の人間だった。

「どうやら誤解があったようね。ごめんなさい」

非を認め善子は頭を下げる。
アイドルを奪われてから、どうにも気が立っているようだ。

「気にしないで。あの子に近づいていると分かったのだもの、むしろ嬉しいくらいだわ」

気にするでもなく愛美は上機嫌にステップを踏んだ。
その嬉しそうな様子をみて、善子は沈痛な顔をして押し黙った。

「そう……あなたも妹さんを探しているのね」
「ええ、当然でしょう?」

お互いを探し合う姉妹。
それは当然の行為であるだろうし、この状況でもそれを続けるのは美談ある。
だが、それはお互いまともな状態であればの話だ。

「やめておいた方がいいわ」
「あら。それはどうして?」
「こう言っては何なんだけど…………あなたの妹さん、まともな状態じゃなかったわよ」

肉体的にもそうだが、それ以上に精神的に壊れていた。
あの醜態を肉親に知らせるのも憚られるが、あの状態を知らずに接触するような事があればそれこそ悲劇だ。
善子の言葉に愛美は興味深そうに眼を細める。

「へぇ。そう……そのお話、詳しく聞かせてもらってもよくって?」


爆弾を打ち上げた枝島トオルは祈る様に手を合わせていた。
どうか、この合図に気づいた高井が引き返してくれますようにと、額に汗がにじむ程の必死の祈り。
それも当然である。生徒の命がかかっているのだ、真剣にもなるだろう。
枝島に今できる事と言えばこうして果報を待つしかない。

待つ。
それしかできないと言う状況は苦しいものだ。
苦悶の時はどれほどだったのか。
永遠の如き一瞬はしかし、一つの呼び声によって破られる。

「――――先生」

その声に振り返る。
先生と自らを呼ぶ人間は限られる。
だが、そこに現れたのは高井丈美ではなく。

「やっぱり生きていらしたんですね白井先生。
 それとも私の頭がおかしくなってしまって死者の幻影を見ているのかしら?」
「陣野…………」

そこにいたのは陣野優美である。
彼女が薄い笑みを張り付け、後ろ手を組んで穏やかに佇んでいた。
ジクリと彼女に刺された下腹部に幻痛が奔る。

「先ほどの近くでおきた爆発が気になって足を運んでみたのですが、先生もそうなんですか? それともひょっとして先生が?」

穏やかな笑みのまま、何気ない動作で一歩、距離を詰める。
知らず、枝島は後ずさっていた。

優美の元に向かう高井を引き留めるための爆弾だったが、結果として優美を引き寄せた様だ。
だが、そうなると高井はどうしたのか。
花火に気づかず入れ違いになったのか。
あるいは……。

「高井とは出会わなかったのか?」
「丈美? ええ。出会いましたよ」

あっさりとこれを認める。
だが、周囲に高井の姿はない。
優美が単独で枝島の前に現れた時点で、事前に想定していた希望的観測はほぼ潰えている。
想定していた最悪の想像が頭をよぎった。

「高井は…………どうした?」

その疑念を振り払うようにして問う。
優美は特に躊躇うことなく、まるで授業であたられた生徒のように答える。

「殺しました、バレーで」
「なっ……ッ!?」

バレーで殺した?
バレーで人が死ぬのか?
選手生命を殺したという意味か?
それとも比喩的な何かなのか?
その答えの意味が理解できず枝島が混乱する。

「……バレーで殺した? どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ」
「そのままの、意味……? どういう…………意味だ?」

情報を処理しきれず枝島がさらに混乱する、
話が通じず、めんどくさそうに肩を竦ませ優美はため息を漏らす。

「もういいわ。私が丈美を殺した、それだけ解かればいいでしょう?」

殺し方など些末な事だ。
解からないなら解からないでいいだろう。
どうでもいい相手の混乱を解くために、わざわざ言葉を尽くす必要性を感じない。

「どうして、そんな事を……」
「どうして?」
「お前を慕っていた後輩だろう……! どうして殺す必要があった!?」

枝島は二人がどんな関係だったのかは直接的には知らない。
だが、それでも危険だと知りながら優美の元に向かった高井がどれほど彼女を慕っていたかは見て取れた。
そんな相手をどうして殺すことができるのか。

「私がどんな目にあってきたかはもう先生にはお話したでしょう?」
「それと高井は関係ないだろう!?」
「――――関係あるわよ」

ピシャリと断言する。
その語気の強さに枝島は息を飲んだ。

「世の中に関係ないものなんてないのよ先生」

自分を滅茶苦茶にした世界そのものに対する憎悪。
全てを破壊しようと言う憎悪は、この悪趣味なゲームによって元の世界をも巻き込んだ。

「私は全てに復讐すると決めたの、だから丈美もその中に含まれていたと言うだけ。
 それに、私があれだけ辛い目にあったのだから、少しはわからせてあげないと」

もう止まれない。
もう壊すしかない。
そんなところまで来てしまっている。

その言葉を聞いた枝島は苦し気に目を閉じた。
そして静かに首を振る。

「…………君はきっと誰よりもつらい目にあったんだろう。君の絶望は僕には、いや誰にだって理解できないのかもしれない。
 だからと言って、それが君が誰かを傷つけていい理由にはならなない。それはただの八つ当たりだ」

自分が被害者になったからと言って、誰かを被害者にしていい訳ではない。
自分が辛いからといって、誰かを傷つけてはならないのだ。
それが真っ当な道徳観だ。

綺麗事ともとれる教師の言葉。
優美は激昂するでもなく酷く醒めた表情で受け止め「そうね」とだけ呟き、僅かに俯いた。
だが、次の瞬間、勢いよく上げた顔に張り付いていた表情は。

「けど――――だからなに?」

悪辣なもの変わっていた。
歪に口端が吊り上がる。
侮蔑を込めた見下すような目つきで枝島を睨む。

「八つ当たりして何が悪いの? 世界を呪って何が悪いの? それって私が悪いの?」

呪詛の様に言葉を吐く。
悪意と害意と敵意と殺意を込めて。

「――――――私が悪かったとして、何が悪いの?」

道徳を説くなんて見当違いである。
清く正しく道徳的になんて学校で唱えるお題目なんてクソ喰らえだ。
正しき倫理観などこの世界では何の意味もない。

「私は復讐が果たせるのなら、何だっていいの。あいつらを殺せるならなんだっていいの。
 誰が何と思おうが、誰がどうなろうが、どうだっていい!
 私がそうすると決めたから、そうするだけよ!」

そのためなら自分を慕う後輩だろうと殺す。
正しく在りたい訳ではない。
間違っていても、構わない。
復讐を果たせるのなら悪でも、それこそ正義でもなんでもいい。

「それでも! 言い続けるぞ、正しい事を! 俺は教師だからな!!
 お前にやってる事はいけない事だ、陣野ッ!!」

だが、少女の悪辣さを真正面から受けながら枝島は引かなかった。
白井杏子をなぞった演技ではなく枝島トオルとして言葉を叫んだ。


「あの子ったら、そんな事になっていたのね。面白ぉい」

全ての話を聞き終え、女は淑女の様に上品な仕草でクスクスと嗤った。
人を捨てた妹の醜態を嘲笑うのでなく、その愚かさを愛でるように。

「面白い、だなんて……そんな言い方ッ!
 あの人は、あの人の心は、誰かを恨んでボロボロで……それだけで一杯になってて!
 自分自身すら傷つけるような悲しい心をしていたのに」

青ざめたような表情でアイナが訴えかける。
恨みと憎悪に塗りつぶされた漆黒の心。
あんなにも激しく悲しい心をアイナは見たことがない。
同情するような関係ではないけれど、それを面白いなどと嘲笑うのは余りにも可哀想だ。

「恨みで一杯……そう、それはつまり…………」

アイナの訴えに愛美が表情を変える。

「あの子は私の事だけを考えているのね」
「え…………」

甘美に浸る恍惚とした表情。
その顔を見て背筋がゾッと凍った。

その思考回路がアイナにはまるで理解できなかった。
死を纏ったような直接的な敵意を持った怪物とは違う、理解不能な怪物。

心を読んでしまえばその正体不明は晴れるのだろう。
だが、アイナの心には深い葛藤があった。

昔読みとった変質者などとは次元が違う。
触れただけで意識を失う程の人間の闇を見た心的外傷。
そんな心的外傷を抱えて同じ顔の相手に読心を仕掛けるには勇気がいった。

強く唇を噛む。
事が自分だけの問題ならばそれでもよかったのかもしれない。
だが、善子にも危機が迫る可能性もあるのだ、躊躇っている場合ではない。
アイナは決意をもって目の前の相手に読心を試みた。

瞬間。






             白。







どこまでも広がる渺茫とした世界。
その人だけで完結している心は何度か見たことがあるが、これは違う。
完全な完成した世界だ。

まるで底のない海の様。
どこまでも深く、どこまでも高い。
読めないのではなく、読み切れない。
これ以上、読んでいればまるで自分の方が呑み込まれてしまいそう。

こんなのは初めてだ。
心を読んだのに相手の心が何もわからない。
ただ一つ分かるのは。

「混じって、る…………?」

大人の男の声。
子供の男の声。
広い世界の至る所から声がする。
それが正体不明の正体……?

「あら。よくわかったわね」

その呟きに愛美が答える。
賞賛の笑顔を向けられたアイナの全身に怖気が奔った。

「『ソレ』はここで得た力なのかしら? それとも自前?
 だとしたらそんなものを見続けて未だに美しくいられるのだから、面白いわあなた。私、綺麗なものは好きよ」
「あ…………あっ」

微笑みのまま、愛美がアイナへと歩を進める。
アイナの全身は金縛りにあったように動かなかった。

それはさながら神を前にした人の如し。
規格外の存在を前にした矮小な存在は畏れ慄きひれ伏すしかない。

「そうね。妹の件もあるし、あなたにご褒美を上げる」

動けないアイナへと手が伸びる。
白魚のような手。
その細い指がゆっくりとアイナの小さな喉にかかる。

そこにパチンと弾けたような音が響いた。
割り込んだ善子がその手を払った音である。

「乱暴ね」
「何をするつもり」

睨み付ける善子と払われた手を押さえる愛美の視線がぶつかる。
優美と同じ顔をした相手だったからこそ警戒を緩めなかった善子はすぐに動けた。

「言ったでしょう? ご褒美をあげるって」
「そのご褒美とやらが何かって聞いてるんだけど?」

女はフフと笑うと、蠱惑的に赤い舌をのぞかせ自らの指先をぺろりと舐める。

「私と一つになるの」
「…………どういう意味?」

怪訝な表情で善子が問い返す。
愛美は両手を天に掲げ謳うように答えた。

「私の完全魔術はね、相手の存在を取り込み一つになれるの。
 私と言う完全な存在となれる至上の幸福を味わえるのよ」

神との一体化。
イコン教徒なら垂涎もののご褒美だ。
だが、善子もアイナも信徒などではない。

「あなたと一体になるのが至福? とんだナルシストね。
 本気でそんなものが幸せだと思ってるの?」
「そんなの決まってるでしょ」

皮肉気に吐き捨てる善子の煽りに。
愛美は当然の様に。

「もちろん――――思ってないわよ」

そう答えた。
その解答に意表を突かれたのか、善子が目を丸くする。

「えっと、なんだったかしら、イ、イ、イー、そうイモン教団。違った? イコンだったかしら? まあどちらでもいいのだけれど。
 私を神と称える教団の教義らしいのだけれど、笑っちゃうわよね」

そう言って嘲笑う。
これまでの妹に向けられた笑みとは違う、純粋な嘲笑だった。

「正直、あなたたちの幸せなんてどうでもいいのよね。
 私は私が良ければそれでいいの、それだけでいいの」

徳を積み自分を磨いた者のみが供物として神の一部となれるという、イコン教団の掲げる教義すら神(あみ)にとってはどうでもいい。
それも質のいい魂を喰らうために、都合がいいから利用しているだけに過ぎない。
イコン教団だけではない、アミドラドという世界自体が彼女が作り上げた都合のよい餌場である。

自分の周りをよりよくするために周囲の世界を変える。
大なり小なり誰だってやっている事だが、愛美の場合は度が過ぎる。
自分に都合のいいように世界を塗り替える事に長けた侵略者。
それが彼女だ。

「私が決めた、私がそうする。それ以上に理由が必要かしら?」
「…………姉妹揃って、まともじゃないみたいね」
「ふふっ。褒め言葉として受け取っておくわ」

姉妹一まとめにされた愛美は上機嫌に笑う。
妹に比べればまともな人間かと思ったが、姉の方も十分に異常である。

「と言う訳で、あなたを貰うわお嬢さん。私がそう決めたのだからいいわよね?」

そう言って神は穏やかにほほ笑む。
これまでと変わらぬ美しい笑みだった。


「いけなかったらどうするってのよ!? 止める力もない癖にィィッ!!」

優美の右目と右腕にビキビキと分厚い血管が浮きあがる。
獣の様な右腕が奔り、枝島へと襲い掛かった。
乱暴に振り回された腕を避ける事でも出来ず、何とか両手でガードできたものの吹き飛ばされる。

「くっ、うぁ!?」
「どーしたのぉ!? ひゃっはっはっははははははははははははははははははははははは!!!」

地面を転がる枝島に、あっさりと追いついた優美がその顔面を掴んだ。
万力の様な力で顔面を固定し、片腕で振り回す。

「そぉ――――っれッッ!!」

プロペラみたいに回って、そのまま放り投げる。
バレーボールみたいに飛んで行った枝島の体は背から地面に叩き付けられ、そのまま地面を削った。

「どうされました先生? まだ始まったばかりですよぉおお!? もう立てませんかぁあ???」

ケタケタという笑い声が響く。
勝負にすらならない。
優美の言う通りだ。
枝島に優美を止める力など無い。

「くぅっ…………」

それでも何とか立ち上がる。
既にダメージは甚大だ。
ふら付く視界で、目の前の少女を見る。

血走った赤い瞳と大男の様な右腕をした怪物と化した少女。
優美はもう救いようがない。
誰の目から見てももはやそれは明らかだった。

枝島が悔しさに奥歯を噛む。砕けるほど強く。
それは、自身が追い詰められているこの状況にではない。
目の前の少女一人救えぬ自らの弱さが悔しかった。

間違い続ける事しかできないのなら、これ以上間違いを重ねる前に、ここで止めてやるのがそれが彼女のためだ。
そんな彼女のために枝島ができる事と言えば、せめて。

「一緒に死んでやるからな、陣野…………ッ!」

枝島が駆ける。
その手元には爆弾砲台が握り締められていた。

先ほど空中に打ち上げた爆弾をこの場で爆破させる。
大弾と中弾の同時爆破。
地上で爆発させれば辺り一帯は無事ではすむまい。
その爆発には勿論、枝島も巻き込まれるだろう。

殺すことでしか救いをもたらせない。
それほどまでに彼女は終わっていたし。
そんな方法しか思いつかないのは自らの未熟を恥じる。

「うおおおおおお!」

爆弾を抱えて特攻する。
教師としての信念に殉じる事に悔いはない。
心残りがあるとするのなら愛しき人を婚前に未亡人にしてしまう事だけだ。
どうか、幸せに。願いはそれだけだ。

連続した爆発音が辺りに響き渡る。
鮮やかな炎は辺り撒き散って、一帯は火の海に包まれた。


真っ先に動いたのは善子だった。
先手必勝。後手に回っては敗北すると本能で察した。
稲妻めいた動きで距離を詰めると、躊躇いなく顔面を蹴る。
奇襲は成功し、蹴りは頭部に直撃した、だが。

「……重ッ」

重い。
蹴った足の方が痺れるようだ。
華奢な少女ではなく、まるで象でも蹴ったようだ。
最上級の耐久度に大地の力が加わり、生半可な攻撃などでは大地を踏みしめた足を動かせもしない。

「あら、乙女に対して失礼ね。けどそうね、ここは魂の世界なのだから、魂の総量が多い私の重さは相応なのかしら?」

そう言って僅かに裂けた頭部からの血を指先で拭う。

「あんたみたいなナルシストは顔を傷つけられたら怒る思ってたわ」
「そんな事では怒らないわよ。私はどんな私でも愛しているもの」

傷が付いた程度で自分を愛せなくなるほど彼女の自己愛は浅くない。
完璧な自分だけではなく、傷付こうが醜かろうがどんな自分だろうと愛せる。
それが彼女の自己愛だ。

「けど、痛いのはムカついたわ」
「ッ!?」

何かが投げつけられ、善子は咄嗟にそれを叩き落とす。
地面に壊れた掃除機が叩きつけられ砕けて破片となった。
瞬間、その破片の隙間から横合いに回り込んだ愛美の姿が見えた。

投擲で気を引いた隙に横合いから殴りつける。
拳も握った事のない令嬢かと思ったが、思った以上に喧嘩なれしていた。

「がはっ…………!?」

呼吸が止まる。
脇腹に強い衝撃を受け、その場に膝を付いた。
肋骨が何本かイカれたかもしれない。
細腕とは思えぬ凄まじい力だ。

「や、やめて!!」

立ち上がれない善子をかばうようにしてアイナが静止に入る。
勇気を振り絞って固まっていた体を動かし、目端に涙を滲ませながら愛美の前に立つ。
その様子を愛美は変わらぬ笑顔で見下ろす。

「ダメ……アイナ、ちゃん………逃、げて……」

絞り出すような善子の声。
だが、その願いも虚しくアイナの首が絞め上げられた。

「ごめんなさいね。ある程度は弱らせないといけないの」

誠意など無い謝罪の言葉。
両手で掲げるようにして小さな体を浮き上げる。
持ち上げられた両足がバタバタと暴れた。
もちろん、その程度で愛美が手を放すはずもない。

「ダメよ。あまり暴れないで、殺さない程度に加減するのが難しいの」

必死でもがくアイナに、子供のやんちゃを窘めるように言う。
苦悶の中、アイナは手元にロングウィップを出現させる。
アイテムはこの状況でも取り出せるのは強みだが、まともに振れない鞭など脅威にはなり得ない。
ゆらりと振り回された鞭の先端が、愛美の顔に力なく巻きついた。

鬱陶しく髪にかかる鞭をアイナの首を絞める片腕を外し振り払おうとした、瞬間。
何か見えない衝撃が愛美の頭部で弾けた。

M・クラッシュ。
精神波を物理的衝撃として叩き込むスキル。
本来対物用スキルであるのだが、生物に使用すれば確率で意識をシャットアウトさせる。
そのスキルを、鞭を通して発動させたのだ。

だが。
意識を失い落ちるはずの手は落ちなかった。

「ぐ…………あっ」

むしろ、首を絞める力が強まっていた。
耳と眼からツゥーと血をながしながら、血で汚れようとも穢れない美しさで笑う。

「いいわね。あなたますます気に入ったわ」

アイナの顔が青紫に染まる。
その様子を見て、善子が痛みをこらえ歯を食いしばって立ち上がった。
無理に動けば状態が悪化するだろうが知った事ではない。

「この……ッ。アイナちゃんを、離せ……ッ! 離せぇ…………ッ!!」

アイナの首を絞め続ける愛美の体を背後から殴りつける。
だが、それでも愛美はその場に杭でも打ち付けたように動かなかった。

ダメージで上手く力が入らないとはいえ、長年空手を収めた善子の打撃だ、全く効いてない訳じゃない。
僅かだろうが確かにダメージはある。
だが、そのダメージをまったく気にしていないのだ。

「…………なんなのよ、あんたら姉妹はッ!
 アイナちゃんを離してッ! どうせ殺すなら私にしなさいよ!」

何度殴りつけても、まったくと言っていいほど状況は動かない。
絶望のまま半ば自棄になって善子が叫ぶ。

「嫌よ。だって、あなたには微塵も魅力を感じないもの」

あっさりと冷たく切り捨てた。
美空ひかり(アイドル)が失われた美空善子には見向きもしない。
愛美の目には何の価値も感じられなかった。

「ひ……かり、ちゃん」
「あっ」

絶望に彩られた瞳でアイナが震える手を伸ばす。
善子がそれを迎えに手を伸ばした。
だが、

「ごちそうさま」

その手は取られることなく、愛美の中に呑み込まれた。

「あっ…………あぁっ」

善子は何も掴めなかった自らの手を震わす。
そして悔しさのまま血を滲ませる程の力で拳を握り締める。

「ああああああああああああああああ!!!!!」
「あなたの声がよく聞こえるわ」

絶叫のまま、愛美へと襲い掛かる善子。
その様子を眉一つ動かさぬまま愛美は見送り、どう動くかが手に取るようにわかっているかのような動きで躱した。

「あなたは、つまらないわね」

すれ違いざま突き抜けるようなボディブローが叩き込まれる。
その一撃は鳩尾から体内を突き抜け、その意識を刈り取った。

パンパンと服の汚れを払う。
殺すことも同化することもできただろう。
そうしなかったのは偏に、本当に自分にするだけの価値を感じていなかった。

「それでは、さようなら」

意識を失った善子を置いて愛美はその場を後にした。


色とりどりの爆炎が辺りを包んでいた。
あらゆる生命活動など許さぬ煉獄の世界。
全てを焼き尽くす炎の揺らめくさまはどこか美しさすら感じられる。

だが、その中心にいる枝島トオルはどういう訳か生きていた。
何故自分が生きているのか枝島自身にも理解できていない。

彼は焔花珠夜という人間を誤解していた。
枝島からすれば焔花という男はニュースで見た爆破犯であり、ただの犯罪者に過ぎない。
その思想も信念も、何一つ知りはしない。

この爆弾は殺傷目的で作られたものはない。
むしろ、低温で燃える冷炎を中心とした人を傷つけない爆弾である。
流石に爆心地にいては無傷とまではいかないが、枝島ですら無事で済む程度の爆発で、優美が死ぬはずもない。

「信じてたのに! 綺麗事を並べ立てても結局殺そうとするなんて、酷い!!」

爆炎の向こうより怪物が炎を切り裂き姿を現す。
小鳥の歌うような声は嗄れた怪物の物となり、見目麗しい少女は見るも無残な怪物へとなり果てた。

悪辣。
信じてたなどと言う言葉は、相手を憎悪をするための後付けの理由でしかない。
最初から信じてなどいなかった。
だが、その言葉を誰よりも少女自身が信じていた。
この矛盾。

自分の周りをよりよくするために自分の世界を変える。
大なり小なり誰だってやっている事だが、優美の場合は度が過ぎる。
自分に都合のいいように自分を塗り替える事に長けた欺瞞者。
それが彼女だ。

炎を纏った怪物が襲い掛かる。
切り札を失った枝島になすすべなど無い。
交通事故めいた衝突に地面に引き倒され、意識を朦朧とさせる。

「そう簡単には殺さないわ。もう二度と復活しない様に、徹底的に殺してあげる」

刃の様に鋭い爪先が振り下ろされ、サクッと小指の先端を縦に切り裂いた。

「うっ…………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!?」

端から裂きイカのように指を裂いてゆく。
全身を突き抜けるような痛みに意識が覚醒し、地獄の断末魔が響く。

一思いに殺しはしない。
なにせ殺してしまえば消えてしまう。

あの時復活を成し遂げたコンティニューパペットはもう存在しない。
コンティニューパペット使用による制限により、いかなる手段をもってしてももう復活することは叶わないのだが、そんな事は優美は知らない。
丹念に、念入りに、必要に。
殺して殺して殺しつくすだけだ。

「大丈夫。殺さないように殺すやり方なら、誰よりも詳しいから…………ッ!」


『おめでとうございます!
 勇者殺害数が3名に達しましたので、【強者】として認定されました!』

優美の目の前に電子妖精が現れた。
鬱陶しそうに眉間に皺を寄せ目を細める。
構うのも面倒なので無視して進もうかとしたが、次の言葉に足を止めた。

『【強者】認定されました勇者には特典があります。特典を選択して下さい』

提示された選択肢はGP100ptと専用装備とゲームヒント。
頂けるものがあるのなら頂こう。
目的のために。

ヒントはどうでもいい。
必要なのは姉を殺すための力だ。
そうなるとGPもありだが、それよりも――――。


「そうねぇ」

電子妖精を前に愛美が悩まし気に頬に手をやる。
彼女が迷う事が珍しい。
別段迷うほどの大した選択肢でもないのだが。
少しだけ予感がある。

「決めたわ――――」


僅かに離れた異なる地で同じ音の二つの声が重なる。

「「――――専用装備を」」

妹が手にしたのは乾いた血の様な黒いナイフ。
姉が手にしたのは神々しい輝きを放つ純白の杖。
姉妹はそれぞれの武器を手にした。

目的は同じ。
姉妹との出会うその時のための準備品。
昼の花火に導かれた運命の双子。
離れていても繋がっている。

その形がどんなものであったとしても、その絆だけは確かに。

[田所 アイナ GAME OVER]
[枝島 トオル GAME OVER]

[D-4/湿地帯近くの草原/1日目・昼]
[陣野 優美]
[パラメータ]:STR:E→B VIT:E→C AGI:E→C DEX:E LUK:A
[ステータス]:状態異常:興奮、軽い火傷、疲労(小)
[アイテム]:復讐する者(E)、バリアブレスレット(E)、爆弾×2、ライテイボール、不明支給品×5(確認済)、鉄球(個数不明)
[GP]:120pt→150pt(勇者殺害+30pt)
[プロセス]:
基本行動方針:全部、消し去る。
1.姉(陣野愛美)は絶対に殺す。
2.自分に再び勇者を押し付けたシェリンも、決して赦さない。
※スキル「憎悪の化身」によるパラメータ上昇は戦闘終了後に数分程度で解除されます。また肉体の変質によって自己再生能力もある程度上昇します。

【復讐する者(アヴェンジャー・エッジ)】
『陣野優美』専用装備。
みすぼらしく血を固めた様にどす黒い片手ナイフ。
装備者の憎悪の感情によって形状が変化し、段階が進めば装備者と一体化する。
またダメージを受ければ受けるほど攻撃力が向上する復讐の刃。

[D-4/草原/1日目・昼]
[陣野 愛美]
[パラメータ]:STR:A VIT:A AGI:B DEX:B LUK:B→A
[ステータス]:ダメージ(小)
[アイテム]:愛喰らう者(E)
発信機、エル・メルティの鎧、万能スーツ、魔法の巻物×4、巻き戻しハンカチ、シャッフル・スイッチ
ウィンチェスターライフル改(5/14)、予備弾薬多数、『人間操りタブレット』のセンサー、涼感リング、コレクトコールチケット×1、防寒コート、天命の御守(効果なし)、ゴールデンハンマー、ロングウィップ、不明支給品×10
[GP]:90pt→120pt(勇者殺害+30pt)
[プロセス]
基本行動方針:世界に在るは我一人
1.妹に会う
[備考]
観察眼:C 人探し:C 変化(黄龍):- 畏怖:- 大地の力:C テレパシー:B M・クラッシュ:B

【愛喰らう者(アモーレ・プレデトーレ)】
『陣野愛美』専用装備。
見る者の心奪う神々しい意匠の純白の聖杖。
掲げることで聖なる光を放ち相手の心を奪い尽くす【魅了(A)】の効果を放つ。
また、手にしている限り【回復(A)】をの効果を得る。
非常に丈夫であるため鈍器としても使用可能。

[美空 善子]
[パラメータ]:STR:B VIT:C AGI:C DEX:B LUK:B
[ステータス]:気絶、左肋骨にヒビ、疲労(中)
[アイテム]:不明支給品×3
[GP]:10pt
[プロセス]
基本行動方針:殺し合いには乗らず帰還する
1.アイナちゃん……
2.危険人物がいたら撃退する
3.知り合いと合流
※『アイドルフィクサー』所持者を攻撃したことにより、アイドルの資格と『アイドル』スキルを失いました。
GPなどで取り戻せるかは不明です。

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美空 善子 歌声は届く
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2.15(前編)~Let’s Play Volleyball~ 陣野 優美 Sister War
歌の道標 陣野 愛美

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最終更新:2022年05月31日 22:45