私はその日、神の声を聴いたのです。
私は神に祈った事はない。
だって、祈ったところで何の意味もない事を知っている。
この世に神など居らず、この世に救いなどない。
この最果ての村に、祈りで手を塞ぐ余裕などないのだから。
運命を呪いはしなかった。
訪れる過酷を当然の物として受け入れてきた。
何故なら、それ以外を知らなかったのだから。
ここよりも良い世界も悪い世界も見たことがない。
大陸の北端にほど近い、常に吹雪が吹き荒ぶ極寒の地。
始まりの理由も廃れ、今はただ打ち棄てられたモノが集う最果ての村。
ここが
イコンと呼ばれる私の世界、その全て。
その村は今、滅びの運命に直面していた。
それは村人の一人ザナクが、勇者の子孫を殺害しその財を奪った。
その報復によってこの村は滅びを待つだけだった。
そう在るのならば、それも仕方がない。
運命は吹き荒ぶ嵐のような物。
恨まない。
抗わない。
望まない。
それが持たぬ者たちの信条だった。
それに逆らったのだから滅びは必然だった。
運命に飲み込まれるのならば、それは仕方のない事なのだろう。
世界と共に終わるのならば、それもいいのかもしれない。
達観したような心でそんなことを思った。
強い風が吹いた。
身を引き裂くような凍てつく空気に目を閉じる。
「……アイク兄さん?」
次に目を開いた瞬間、すぐそこに居たはずのアイクの姿がなくなっていた。
何処かに行ってしまったのだろうか?
それにしても何の声をもかけず音も無くいなくなるだなんてアイクらしくもない。
首を振って周囲を見渡すも影も形もないどころか、立ち去ったような足跡すらなかった。
まるで世界から消えてしまったようだ。
これまでに感じたことのないような黒い靄の様な不安が胸中に広がる。
まさかツキタの手勢が既に到達してしまったのだろうか?
ありえない。あまりにも早すぎる。
何より、いくら殺されたとはいえ死体は残るはずだ。
まるで消えたみたいに跡形もなくなるなんてことはありえない。
さっきまで話していた人間がいなくなるなんて事は、この最果ての村では珍しくはないけれど、これは違う。
人間がいきなり消えるだなんて、いくら何でも異常だ。
まるで、本当に運命その物に飲み込まれてしまったよう。
私は焦燥に駆られ、思わず駆けだしていた。
誰か生きている人間がいることを確認したかったのだ。
中央の広場に差し掛かったところで、焚火を囲み暖を取る数名の人影を見つけた。
私は声を上げる・
「オル――――――」
だが、その名を呼ぶよりも早く、オルディナの姿は私の目の前で音も無く虚空に呑み込まれるようにして消えた。
その隣にいたリルもガラもレイクも、断末魔を残す暇もなく次々と消えて行った。
何かが起きているのか分からぬまま、私は雪の世界に立ち尽くす。
異変は村中でおきていた。
遠くに見えるか影が消える。
室内から人の気配が消える。
私の世界から全てが消える。
私を残して。
『――――病人と老人ばかりで、味気がないわねぇ』
声がした。
風鳴りの音などではない。
明確な誰かの話声だった。
「だ、誰ッ!?」
戸惑い狼狽えながらイコンが辺りを見渡し声を上げる。
問われたこと自体が意外だったか、僅かに息を飲む気配があった。
だが見渡せどそこには寒々とした世界が広がるだけだ。
『あら。珍しいわねぇ、私の声が聞こえるの?』
天上の調べのような声が世界から響く。
それは直接脳髄を揺さぶる超常的な何かの声だった。
『クスクス。一番美味しそうだったのを最後まで取っておいただけなのだけど、まさかこんなことになるなんてねぇ。
魂を取り込み過ぎて”こうなって”から、”私”以外の人間と言葉を交わすのは初めてよ 波長が合うのかしら?』
この声の主が何者なのか。
この声を主が何を言っているのか。
何一つ私は分からない。
ただそれよりも気になるのは一つ。
「む、村のみんなは…………どこに……?」
呑み込まれそうになる心を奮い立たせ、震える声を絞り出す。
村人が消えた原因は間違いなくこの声の主によるものだ。それだけは分かる。
だから村のみんながどうなったのか、聞かねばならない。
『心配しなくても”ここ”に、居るわよぉ』
「ここ…………って?」
訳も分からず問い返す。
なにせ声の主の場所すらわからないのだから、ここと言われても要領を得ない。
『そうねぇ…………少し待ってねぇ……あ、居た居た』
雑多な荷物を漁って目当ての物を見つけ出したように声が弾む。
『イコン』
「アイク兄さん…………?」
響いたのはそれまでの調べのような声とは違うモノだった。
それは酷く聞きなれた、馴染み深い声。
声色、口調、抑揚の癖。そのどれもが紛れもなく先ほど消えたアイクの物だった。
『……ああ、心配いらない。皆もいる、大丈夫だ』
「皆も……? いったい、どこにいるのです!?」
彼らはどこかにいる。
だが、それはどこがどこなのか。
その答えはなく、またしても声が別人のものに変わる。
『俺の声が聞こえてるかい? イコン』
「無事なのザナク!?」
『無事? ああ、ここは素晴らしい所だよ……! ここに来てから調子がいいんだ。
こんなのは久しぶりだ。寒くない、飢えもない、痛みもない、苦しさがないんだ。
ああ……何て心地いい。幸福が溢れている。イコン、ここは正しく神の国――――天上楽土だ』
それが本当に幸せそうな声だったから私は理解した。
滅びるしかない運命だった彼らは、救われたのだ。
他ならぬこの――――神によって。
私はこれまで祈ったことはなかった。
神は何者も救わぬと、祈りに意味がないことを誰よりも知っていたから。
「私も…………私も、皆と共に神の国に連れて行って頂けるのでしょうか!?」
だが気付けば、私は跪き両手を合わせ祈りを捧げていた。
双眸からは随喜の涙が溢れて止まらなかった。
寒さではなく歓喜で全身が震える。
何よりも心が震えた。
『そうねぇ……いいわよぉ。けどその前にあなたにやって欲しい事があるんだけどいいかしら?』
「は、はい! 何なりと!」
そうして、私は御神託を受ける巫女となった。
私は特別な存在ではないけれど。
ただ当たり前に消えゆくだけだった存在だったけれど。
特別な存在に選ばれたのだ。
神の喋り方を真似、声質に近づけるよう努力を重ね、神の御心のまま生まれ持った顔も捨てた。
そうして神の代行者として、神の言葉に従えば何もかもが上手くいった。
なにせ本物の神がついているのだ、上手くいかないはずがない。
一年と経たず、神に供物をささげる事も忘れ、金と権力により腐敗したジンノ教を一掃し、新たなるジンノ神の教えを広めるイコン教を普及させた。
求めるのは金でも権力でもなく純粋なる神への奉仕。
その先に在るのは神と一体化すると言う腐敗のしようもない、完全なる信仰だ。
そうして今の私が、イコン教団教祖であるイコンがある。
神を信じて進んでいれば、私も辿り着けるのだ。
皆の待つ天上楽土へ。
■
「――――こんにちは」
激戦を乗り越え、動き始めようとしたソーニャと良子の前に風の様に一人の女が現れた。
隣島から全力疾走してきた女はソーニャたちの姿を認めると足を緩め立ち止まる
そして、汗に張り付いた美しい黒髪をかき上げ、笑顔を張り付けた顔を見せた。
放送局からここまで走り抜いてきた必死さを感じさせぬ優雅な振る舞いであった。
これに戸惑うのはソーニャたちである。
突然全力疾走で現れた女、唐突すぎて逃げることも叶わなかった。
応じるべきか無視して逃げるべきか。
先ほど手痛い出会いがあったばかりである。
我道を失った今、警戒するのも当然と言える。
何より、彼女たちをざわつかせたのはその顔だ。
丈美から聞いていた陣野姉妹の特徴と余りにも一致している。
片方は危険人物だが丈美の探し人。片方は関わらないほうがいいという極悪人。
どちらだったとしてもあまりいい結果になるとは思えなかった。
優美の方だった場合は丈美の事を話せばあるいは話し合いになるかもしれないが。
だが、今後誰とも接触せず無事に済ませると言う訳にもいかないだろう。
何よりHSFの生き残りと合流を目指しているソーニャとしては情報を得るため参加者とはできうる限り接触する必要がある。
「どうしたのかしら?」
「イエ。失礼しましタ。ワタシはソフィア言いマス。そちらのお名前、伺ってもヨロシデスカ?」
促され、ソーニャが口を開く。
不意打ちで仕掛けてきた奴らと違って、正面から話しかけてきたのだから少なくとも対話の余地はあるはずである。
危険を感じたらすぐ逃げる、良子とアイコンタクトを交わして頷きあった。
「私はイコン。よろしくね。ソフィアさん」
「イコン?」
その名前にソーニャが反応を示した。
想定したどちらの名でもない。
イコンはソーニャに隠れるようにして押し黙っていた良子へと視線を向ける。
「そちらは、魔族……ではなさそうですね。宮廷魔術師、いえ道化師かしら?」
道化師めいたド派手な衣服はイコンからすれば、これまで見てきた神の国の住民よりもアドミラドのそれに近い。
それ故の何気ない問いかけだったのだが、良子からすれば自らの理想の姿を道化扱いされたも同然であった。
警戒も忘れ憤慨するに足る嘲りである。
「道化師? 否! 否である! 我は†黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†
最終戦争にて片翼を封じられしもがが……ッ!!」
熱くなって設定を語り始めた良子の口をソーニャが両手でふさぐ。
「ちょっと派手な格好してマスけど、普通の女の子デース、気にしないでくだサーイ」
「普通の? そうは見えませんが」
「ソウ言う病気なのデース。大目に見てやってくだサーイ」
「……病気ですか。なるほど」
堕天使を名乗る普通の少女にイコンは気の毒な視線を向ける。
解放された良子は恨めしそうに抗議の視線を向けるがソーニャは無視した。
「ところで一つ尋ねてもよろしいかしら?」
「何でショウ?」
「あなた方はイコン教団をご存じかしら?」
そんな宗教など知るはずもなく、良子は首をかしげる。
当然の様に知らないと答えようとして、それよりも早くソーニャが口を開いた。
「ハイ。存じていマス」
ソーニャが返したのは意外な答えだった。
普通の日本人中学生である良子には宗教だとかはよくわからない。
三大宗教くらいしか知らないので、そう言う名前の宗教もあるのか、くらいの感想である。
漠然としたイメージで宗教はデリケートな問題な気もするので、あまり口を挿むべきではない気もしてひとまず成り行きを見守ることにした。
「なるほど。愚問でしたか。
それで、あなたたちはイコン教徒なのですか?」
「勿論デス! ヨモヤ教祖様とコンナ所で出会えるなんテ思いもしまセンでしタ!!」
そう言って雪の精のような少女は目を輝かせ感動に打ち震える。
だが、その感動をぶつけられたイコンの表情は変わらなかった。
信徒と出会えた喜びを感じていると言う風でもなく、むしろ訝しんでいるように見える。
「ドーしましタ?」
「いえ、何でもありません」
イコンの直感が不信を感じている。
アミドラドにも神を信じぬ不逞の輩は僅かながらに存在する。
そう言った輩が粛清を逃れるために信徒を騙るというのはよくある話だ。
「そうですね。信徒を騙る不逞の輩がいないとも限りません。一つ問答をしましょうか」
その真偽を問うべく教祖自らが裁定を行う。
さすれば自ずと真実は暴かれるだろう。
「我らが信仰する神の名を、答えなさい」
「我らが神の名はオイソレと口にスベキではありまセン」
「我らは何を神に捧げるべきか、答えなさい」
「祈りと信仰ヲ。富や財ナド不完全な俗世の生み出しタ不純物に過ぎまセン」
「では我らが神のため信徒の為すべき勤めを、答えなさい」
「イズレ来る日のタメ、研鑽を積ミ、己を磨き上げる事デス」
「神が我ら信徒にお与え下さる温情とは何か、答えなさい」
「愛ニよる救イを」
「救いとは何か、答えなさい」
「神と共ニ完全な存在となる事デス」
ソーニャは全ての問いに淀みなく答えを返した。
イコンからしても全てが完璧な回答であった。
その信仰が虚偽であれば不敬と断ずる事もできようが、虚偽と断ずる根拠もない。
「それでは最後の問いです。
完全なる存在となった先に、あなたは何があると考えますか?」
最後の問いを投げる。
それはこれまでの問いとは毛色が違った。
定められた答えではなく、ソーニャ自身の考えを問う内容だった。
淀みなかった回答に僅かな間が空いた。
しかしその逡巡も一瞬。
雪の精のような少女は真っすぐに目を逸らさずに、答えを口にする。
「仲間と、失ったモノともう一度出会える世界が」
イコンがその目を見据える。
故郷の雪景色を思わす青い瞳。
だからだろうか何者でもない少女だった頃の情景が思い出された。
『最後にはみんなと同じ場所に向かえたらいいのだけど』
それは、何も持たぬ少女が望んだ唯一の願い。
その答えに、イコンは感じ入るように目を閉じて、裁定を下した。
「嘘、ではなさそうですね」
イコンは一大宗教組織の教祖として多くの人間を見てきた。
少なくとも信仰に関する事ならば、相手が余程の役者でもない限り真偽を見定められる自信がある。
その真偽眼が今の言葉は虚偽ではないと告げている。
少なくとも最後の言葉は本心であると感じられた。
不審な点がないとは言えないが、嘘と断ずるには至らない。
「よいでしょう」
彼女らを信徒と認めたイコンはアイテム欄から何かを手元に取り出し視線をやった。
「では、D-4に向かいなさい、そこで我らが神よりお慈悲を頂けるでしょう」
神託を告げる巫女が導きを与える。
従順なる信徒は頭を垂れ、その神託を受け取った。
「アリガトウゴザイマス。スグに向かわさせて貰いマス。
ト、ソノ前に一つ、ヨロシイでショウカ?」
「構いません。なんでしょう?」
「リョーコとユカリという少女を知りませんカ?」
顔を上げ彼女の本題を切り出した。
だが、イコンはゆっくりと首を振る。
「残念ながら知りません。それはあなたにとってどのような者なのです?」
「ワタシの大切な、家族のような仲間たちデス」
「……そうですか。大切にすることです。
このような末世の地でも神は我々をお見捨てにはなりません。神と一体となった天上楽土で、いつか出会えるよう祈るのです」
教祖は両手を合わせ神への祈りを捧げる。
静かに祈るその姿は正しく聖女だった。
それは何物にも犯しがたい神聖さを感じさせる。
「あなたに方に救いが在らんことを」
敬虔なる信徒に祝福の言葉を贈って、教祖は立ち去ってゆく。
その背中をソーニャはやうやうしく頭を下げて見送った。
すっかり置いてけぼりだった良子も慌ててそれに倣って頭を下げた。
「ソレじゃ、行きまショウか。アルアル」
イコンが立ち去っていったのを確認し、ソーニャが歩き出した。
良子は戸惑いながらもその後ろを追いかける。
「え? え? D-4に行くのソーニャ?」
「え? 行かないデスヨ?」
足を止め、お互い顔を合わせて首をかしげた。
「けど、さっき……」
「アレは話合わせただけデース」
「う、うん? その割に詳しかった気がするけど」
ただ話を合わせたにしては迷いなき応答だった。
適当に話を合わせただけで納得するような相手には見えなかったが。
「Ага。それはコレのおかげデース」
「これって…………」
そう言ってソーニャが取り出したのは一冊のボロボロの本だった。
それは教祖であるイコン自身が書いたイコン教の教義をまとめた経典である。
ソーニャは一度目を通しただけだが、彼女の学習力があればそれで充分だった。
その内容を加味して、下手に刺激するよりはと話を合わせたのだ。
質問も解答も全ては教義に基づく物。
余りにも模範解答すぎた気もするが、どれだけ疑念があろうとも正しい内容である以上否定はできない。
だが、最後の質問だけは教義にない問いだった。
神との一体化したその先についてなど教義には書かれていない。
あれだけはアドリブが求められたが、どうにか対応できた。
「それにしたって慣れた感じだったけど……」
「マー、芸能界変な人多いですからネー。アア言うのも日常サ飯事デスヨ」
事務所がある程度は守ってくれるものの、それでも名が売れればおかしな知り合いも増える。
適当に話を合わせておく、なんてあしらい方も心得たものだった。
「ソレヨか。もうすぐ定時メールの時間デスネ」
「う、うむ。そうであるな」
「突然口調が戻りまシタネ。アレ? 何かもうメールが来てマスネー」
「うん? 刻限にはまだ早い様だが、我の所には来ておらぬが」
良子が確認するが定時メールは届いていない。
時刻もまだ12時には僅かに早い。
届いたメールの送信者を確認したソーニャが言う。
「ドウやらタケミからメールみたいデスヨ」
[F-8/草原/1日目・昼]
[ソフィア・ステパネン・モロボシ]
[パラメータ]:STR:C VIT:E AGI:C DEX:A LUK:B
[ステータス]:健康
[アイテム]:闘魂の白手袋(E)、予備弾薬多数、ヴァルクレウスの剣、魔術石、耐火のアンクレット、イコン教経典、不明支給品×3
[GP]:70pt
[プロセス]:
基本行動方針:殺し合いには乗らない
1.HSFのメンバーを探す
[有馬 良子(†黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†)]
[パラメータ]:STR:D VIT:C AGI:B DEX:C LUK:C
[ステータス]:右手小指と薬指を負傷(回復中)
[アイテム]:治療包帯(E)、バトン型スタンガン、ショックボール×6、不明支給品×1
[GP]:15pt
[プロセス]:
基本行動方針:†黄昏の堕天使 アルマ=カルマ†として相応しい行動をする
1.殺し合いにはとりあえず参加しない
[G-8/草原/1日目・昼]
[イコン]
[パラメータ]:STR:E VIT:B AGI:C DEX:D LUK:D
[ステータス]:腹部に軽傷
[アイテム]:青山が来ていたコート、受信機、七支刀、不明支給品×1
[GP]:0pt
[プロセス]
基本行動方針:神に尽くす
1.愛美の道を阻むものを許さない
2.何人かの参加者を贄として神に捧げる
3.陣野優美を生かしたまま神のもとに導く
【イコン教経典】
イコン教の教祖イコンが綴った経典
信徒に配られたモノと言うより、彼女個人の信仰をまとめた手記のような物である
最終更新:2021年09月29日 22:25