「道を開けよ」
たった一言、透き通った清水のごとき声を風に乗せただけ。
それだけで、げに恐ろしき地獄の亡者どもが恐れ多きとその場にひざまずく。
「女王の御前である」
亡者の群れに一歩たりとも退かぬ、堂々とした振る舞い。
神の社より地に遣わされんは、一人の清らかな乙女である。
恐ろしいほどまでに白い、絹のような珠肌。
均整の取れた高い鼻梁。
月の光を照り返し、しだれ落ちる滝のような黒髪。
神格を帯びた宝剣を携え、穢れなき装束に身を包み、しゃなりしゃなりと歩んでくる。
乙女の名は、神楽春姫。
しゃらん、しゃらんと鈴の音が鳴り響くかのようなその優美な所作に、見惚れぬ者などおらぬだろう。
そのなりはまさに女王、いや、さながらこの世に顕現した女神といえよう。
仮に彼女が本当に神官の祈りに応えて世に現れた女神であるとするなら、
『無病息災』と書かれた白く丸く丈夫な冠の存在に、神官らは大いに困惑するに違いなかろうが。
当の本人は装束の歪みなど気にも留めず、泰然たる態度で亡者たちが蠢く下界へと足を踏み入れる。
亡者たちはその圧倒的な存在の差を前に、道を空け、ひざまずき、首を垂れる。
それはまるで巡幸に訪れた女皇を敬うかのようであり、彼女の道を遮る不遜な者は一人として存在しなかった。
■
公民館は高級住宅街のはずれに位置する。
ほんの数十年前、公民館は木造の集会場であり、高級住宅街は一面に広がる田畑であった。
しかし、山折厳一郎が村長となってからは、山折村の心臓部として著しい発展を遂げている。
ここに居を構えるのは、山折村でも比較的裕福な層や、村外から移り住んで来た者たちである。
村長の施策によって山折村に移り住む人間は徐々に増えており、ミナセ株式会社をはじめとした大手開発企業を中心に高級住宅街はいまだ拡張中だ。
剛一郎は建設中の住宅地、その工事現場から丸棒材を拝借し、それを片手に住宅街へと足を踏み入れた。
だが、幸か不幸か、剛一郎は正常感染者にも、特殊部隊にも出会ってはいなかった。
広川成太が安易に銃を使っていればこの時点で出会っていたかもしれないが、弾も無限ではないし、
何よりターゲットに銃声を聞かれて潜まれたら面倒だということで、極力ナイフと体術を主としていた。
故に、二人は出会うことはなかった。
ぽつぽつと路上をうろつくのは、剛一郎の村人のゾンビのみである。
そのすべてが顔見知り、顔見知り、顔見知り。
古くから村に住む中間層の住人か。
地震の被害の調査のため、住宅街に派遣した派閥の仲間たちか。
そして彼らの連絡を受けて公民館へと向かっていた、仲間の家族か。
いずれにしても積極的に絡み絡まれる必要はなく、まして争う理由など一切ない。
そもそもの話だが、高級住宅街の民家の多くは巨大地震に十分に耐えたのだ。
特に北西部。ここは拡大し続ける住宅街の外縁部にあたり、3年以内に建てられた新築物件が多い。
災害時に、自分はまだ大丈夫だと認知してしまうことを正常性バイアスというのだが、
この地域に限れば事実として問題のなかった住宅が大半である。
ゆえに公民館に避難してくる者も限りなく少なく、家の中に籠って夜明けを待つ者がほとんどであった。
耳をすませば、あちこちの住宅からゾンビたちの呻き声が聞こえてくる。
しかし、路上をうろつくゾンビの数は古民家群とは比較にならないほど少ないといえよう。
逆に、古民家群は住居そのものが全壊あるいは半壊し、家をなくした住民も多い。
彼らが最寄りの避難所、すなわち学校に逃げ込んだことで、学校はゾンビの密集地帯となっているのである。
剛一郎は顔見知りのゾンビを発見しては、角を曲がり、電信柱や車の影にて隠れてやり過ごす。
ゾンビたちは動きものろく、視線を振り切った先で姿を隠して音を消せば、ふらふらとどこかへ立ち去っていく。
二度も角を曲がれば、完全に行き先を見失ってしまう。
そうして二度ほどゾンビを振り切り、再び同じ要領で角を曲がったところ、偶然の挟み撃ち。
正面から見覚えのあるゾンビがよろよろと歩いてきた。
「六紋のオヤジ……。
アンタもそうなっちまったのかよ」
古くから山折村に住む者であれば、いや、最近越してきた者であっても、彼の顔を知らない者はそうはいないだろう。
仙人のような風貌ながら、それに見合わぬ人懐っこさと豪放さは、今やかけらもない。
彼もまた、ほかのゾンビたちと同じく、白目を剥いてよろよろと歩いていた。
さすがに今回は無傷ではやり過ごせないと、手に持つ棒材をがっちりと握りしめる。
だが、兵衛が襲い来ることはなかった。
「あ~」と間の抜けた声をもらしながら、何かに導かれるかのようにふらふらと南へ進んでいく。
腹を空かせた人間が焼かれた肉の匂いに引き寄せられるように、自身に満ち滾った男が極上の美人へと迫るように。
彼が内包する狩人の本能に誘われるまま、ふらふらと南へ、南へと歩いていくのである。
六紋兵衛は学生時代の先輩後輩の関係にあたる。
彼と近い世代の男性で、彼に連れられて山中を歩き回ったことがない者などほとんどいないだろう。
山のあちこちに作られた秘密基地を引き継いだこともあれば、獲物を振る舞ってもらったことだってある。
猟友会の裏の窓口としても、今に至るまで、色々と世話になっている人生の先輩だ。
襲ってこないのであればそれに越したことはない。
郷愁に駆られ、なんとなしに兵衛の背を見送れば、異様な光景が目に入った。
兵衛が、交差点で東の方向を向いて、ひざまずいている。
何事かと引き返せば、兵衛の向く先、うろついていたゾンビたちも、一斉にひざまずいているのである。
その先には、燦然と輝くような、いっそ神々しいまでの存在がある。
野生の勘など一切持たぬ剛一郎でさえ、感じ取れる圧倒的存在感である。
一体何者が、と、身震いするような感覚と共に住宅街の奥を睨め付けると。
「なんぞ、誰かと思えば郷田の家の者ではないか。
鬼が地獄の淵より這い出てきたのおったのかと思うたわ」
住宅地の奥から悠々と歩いてくるのは、神楽春姫。
剛一郎の親友兼悪友である神楽総一郎の長女であった。
■
正体が分かれば、先のは気のせいだったのかと思うほど、畏れがすっと引いていく。
郷田家も神楽家も村の重鎮、山折家も含めて、家単位での面識があって然りである。
剛一郎が神楽弁護士事務所にカチコミをかけることもあれば、総一郎が郷田寿司に乗り込んできて、嫌味を言って帰っていくこともあった。
剛一郎が借地契約や土地賃貸借契約で総一郎をたよることもあれば、総一郎がハレの日のとびきりの馳走を剛一郎に注文することもあった。
おおよそそのような関係である。
なお、春姫は越前蟹や鯛、甘海老を好む。
「何やら無骨なものを携えておるようだが、汝も妾を殺しに来たのか?
しからば、切り伏せてくれよう」
「待て、待て待て、なんでそうなるんだよ春ちゃん!?
いくらなんでも話が飛びすぎだ!」
宝剣をくるりと回して戦闘態勢に移行する春姫に対して、剛一郎は慌てて静止をかけた。
出会い頭に自己完結するのはおおよそ普段通りといえるが、それで一方的に返り討ちにされては堪ったものではない。
そんな剛一郎の思考は気にも留めないのか、春姫は眉をひそめる。
「妾は女王であるぞ?
うさぎといい、汝といい、この村の者はみな、先の言を聞いておらぬというのか?
喉元に劔を突き付けられてなお、見下げ果てた鈍重さよな」
心配をしているのか見下しているのか、判断に困る。
春姫の放言癖は村人であればだれでも心当たりがあろう。
今は村外で暮らす剛一郎の倅に、山折の跡取り息子。
いずれも、春姫の言動には振り回されていたものだ。
それでも子供の言うことだと剛一郎は気に留めていなかったが、此度の放言はとびきりである。
「放送を聞いてっから訳が分からねえんだよ!
春ちゃんの言う女王ってのはよ、女王感染者ってやつのことを言ってるんだろ!?
その言葉、ガキの冗談じゃ済まねえんだぞ!?」
「この期に及んで、つまらぬ冗談を言うと思うてか?
それとも、妾に前言を翻せと言うておるのか?
妾が命惜しさに、そのような見苦しい真似をするはずがなかろう」
剛一郎は春姫が冗談を言うような性格ではないことも知っている。
一度言い出せば、本人が納得するまでは決して引かぬ媚びぬ訂正せぬ。
殊に山折家や郷田家が相手であれば、テコでも意見は翻さぬ。
「自分が女王感染者だって、本気でそう言ってんのか……!
それが何を意味してんのか、本当に分かってんのか!?」
「くどい。女王は妾である。同じことを言わせるな。
それとも、我が神楽家こそが村の始祖たること、郷田の家のは未だに認めておらんという腹か?」
春姫の視線は、剛一郎を冷たく射抜く。
身長は、頭一つ分以上の差があり、春姫からは自然と見上げる形となるというのに、
剛一郎が思わず身を竦ませてしまうほどの気迫を伴った視線である。
しかし剛一郎とて、自分の子ほどの年齢の者に圧倒されて即座に引き下がるなど、プライドが許さない。
そのまま数秒、にらみ合いを続け。
「ああ、分かった、分かったよ。
百歩譲って春ちゃんが女王だとしよう」
折れたのは剛一郎だ。
こうなった場合の春姫の頑固さはよく知っている。
曲がりなりにも五十余年生きているのだ。
相手に譲らなければ立ちいかない場面があることも知っている。
だが、それはそれ、これはこれ。
「これからどうするつもりなんだよ?」
女王感染者であるならば、すべての正常感染者から狙われる立場にある。
誰かに殺されるか、村ごと焼かれるかのどちらかの運命しかないのだ。
今いるこの場所は神楽家の方向とも少々外れている。むしろ山折家への道中だ。
何の目的でこんなところをうろついているのか。
剛一郎の問いは、彼でなくとも、誰もが抱く問いであろう。
その問いに、春姫は一切の淀みなく答える。
「無論、知れたこと。
禍の元凶たる山折の首魁の征伐に決まっておろうが」
「山折の首魁……? 村長か?」
さも山折厳一郎がすべての元凶であるかのような堂々とした物言いである。
冷静に考えればそんなはずはないのだが、あまりに超然としすぎているため、剛一郎のほうが歯切れが悪くなる。
「ほかに誰がおるというのだ。
山折の跡取りなど、おなごに囲まれて悦に浸っておる猿山の大将にすぎぬ。
先代の老いぼれは歳の割には精強なれど、所詮は隠居人であろう」
常に自身を特別と置く春姫だが、山折家を語るときはそのトーンが殊更に強まる。
郷田家と神楽家も年中意見を戦わせているが、神楽家と山折家はそれ以上に折り合いが悪い。
村長という役職も村の名も、村の始祖を名乗る神楽家にとっては目の上のたんこぶのようなもの。
総一郎と厳一郎は同性の幼馴染ということもあり、最終的には協力し合える仲に落ち着いているが、それがむしろ例外。
春姫の山折家嫌いは先祖代々筋金入りといえよう。
仮に将来、圭介が悪政を敷こうものなら、春姫は即座に首を切って村長の座を明け渡させるに違いない。
「もっとも、汝の様子を見るに、山折の家のは、自宅ではなく公民館におったようだが。無駄足だったらしいな。
父上と相討ったか、あるいは山折の家のも、父上も、亡者に堕ちたか。
どちらだ?」
「……村長も総一郎も、正気を失っちまった。
部屋ん中に隔離したんでしばらくは無事だろうが、誰かが不用意に開けないとも限らねえ。
いつまで持つかは分からん」
「そうか、父上は堕ちたか。それがさだめなのであろう。
しかし、山折の家のが亡者に堕ちたとなれば、糸を引いておるのは他におるようだな」
春姫は神妙な顔で独り言つ。
しかし剛一郎には話の導線をさっぱり追えない。
もっとも、こうなった彼女の言葉を理解できるのは、実父の総一郎だけであろうが。
「待て待て、待ってくれ。
また話が飛びすぎてるぞ!
春ちゃんは何の目的で動いてんだよ!?
糸を引いてるってなんだよ!?」
「いちいち騒がしいぞ郷田の家の。
妾の目的と言うたか?
当然、騒動の収束に決まっておろう」
「収束って……女王感染者とやらを殺すってことだろ!?
女王が春ちゃんだってんなら、収束って何をするつもりなんだよ!?
訳が分からねえ!」
「ならば聞くが、汝は抗体や治療薬の類が一切ないと本気で信じておるのか?」
「……あん?」
「先ほど放たれた言の主は、研究所とやらの尖兵であろうがな。
そもそも、中央と密約を結んでおると聞いておらなんだか?
国家そのものを滅ぼしかねん研究に、中央がたずなを付けぬと思うてか?
これがならず者どもによる野放図な研究であれば、それこそ特殊部隊とやらが一切の痕跡すら残さずに殲滅するに決まっておるわ」
ウイルスが漏れ出せば、48時間後に特殊部隊が山折村を焼き払うという条約を結んでいる。
裏を返せばつまり、国家が『未来人類発展研究所』を承認していることにほかならない。
「仮にウイルスとやらが外に漏れ出た際の取り決めについてもきな臭い。
なぜ48時間もの猶予を授ける?
災禍が外へと広がらぬように、直ちに焼き払うべきだとは思わぬか?
焼き払われるのがこの山折村と思えば、腹が煮えくり返ることこの上ないがな」
「それは……なんだ、その、猶予期間ってやつじゃないのか?」
剛一郎の煮え切らない答えに、春姫は小さくため息をつき、視線をずっと先のほうへと動かす。
「村を囲む山々を見よ。
あれらは人の身では、そう容易くは超えられぬ。
しかし、鳥獣の類、あるいは羽虫どもであれば造作もなかろう。
それらの呼気に紛れてウイルスとやらが広がらぬとどうして言い切れる?
渡り鳥が一羽、ここから飛び立っていくだけで、天下が災禍に覆われる可能性すらあるのだぞ?」
もちろん、虫や鳥もウイルスに感染するのであれば、放送でその旨については確実に伝えられていただろう。
だが、直接の感染はないにしても、ウイルスを運ぶ可能性は否定できない。
人間を最も殺害する生物は、蚊だと言われている。
蚊に限らず、コウモリ、貝類など、ウイルスや寄生虫といった病のキャリアーとなる生物は枚挙に暇がないのだ。
「もっとも、研究員も中央も、そこに気が回らぬ無能とは到底思えぬ。
気候か、それともなんらかの特性ゆえに畜生経由では村外には広がらぬのか。
あるいは村外に広がらぬような処置が為されているのやもしれぬ。
いずれにせよ、何らかの調べはついているであろう。
それを探りに行くのだ。
研究所の位置も、ある程度は予想できておるしな」
山折厳一郎が騒動の首魁ではなかったが、春姫の目的地がなくなったわけではない。
研究所を開設できるほどの広い地下室に心あたりはないが、
神楽家の古文書か、あるいは弁護士事務所や役場に保管されているであろう借用書・契約書など、調べるあてはいくらでもある。
それに、怪しい場所にはすでに目星がついているのだ。
古くからあるにも関わらず村の外れに位置する大型の建造物はその最大候補であろう。
公民館や神社も村はずれに存在するが、こちらは総一郎や春姫本人が頻繁に出入りしており、取り立てて怪しいところはない。
古民家群は旧家も多いが、外部からの人間がこの一帯に頻繁に出入りしようものなら、それこそ剛一郎が黙ってはいないだろう。
これらを除外すれば、特に怪しいのは学舎や診療所である。
いずれも教師や医師など、外部からの人間が入り込みやすいこの二か所は、研究所の最有力候補である。
あるいは、放送を流した人物の顔を見てもよいかもしれない。
それが見知った教師や医師であれば、答えも同然なのだから。
放言と奇行の目立つ春姫ではあるが、そもそも彼女は村唯一の弁護士の娘である。
一部を除けば考え方そのものはロジカルだ。
この騒動に何らかの対策はあると言い切られてみれば、剛一郎としてもうなずける部分も少なくはない。
だが、それと同時に一片の可能性が脳裏をよぎっていった。
「待てよ、じゃあ何か?
御上や研究所のやつらは、俺たちの村を使って、人体実験をしてやがるってことじゃねえのか!?」
厳一郎は公私すべてを村の発展に捧げてきた。
政治家に頭を下げ、村の住人を説得し、企業には足元を見られ、ときには強引に事を運ぶこともあった。
その強引さは忌避されるべきだが、しかし対立する剛一郎から見ても、燃え上がるまでの情熱にはある種の敬意を感じたものだ。
そんな厳一郎に言葉巧みに近づき、自分たちに被害が広がらないことを確信したうえで、事故を装い山折村にウイルスをバラまいたのだとしたら。
非道な実験をひそかにおこない、最後には村丸ごと、実験台として使いつぶしたのだとしたら。
あまりに、あまりに非道ではないか。
だが、剛一郎のたどり着いた可能性について、春姫はふるふると首を横に振る。
「短慮なことよ。
人体実験とやらになっているのかもしれんが、そのようなもの、副次的なものに決まっておろう。
主たる目的はほかにある」
一切の迷いなく、きっぱりと言い切る。
これほどの惨状をして、副産物的な作用と言い切るのだ。
剛一郎は怒りを忘れ、息を凝らしてその続きに耳を傾ける。
「彼奴らの真の目的はな」
仰々しい様子で言葉を切る春姫。
剛一郎がごくりと唾を呑み込む。
「神楽家の、滅亡よ」
「………………?」
「もう一度言っておこう。
妾こそが女王である。
故に、この騒動の本質は、村ひとつ巻き込んだ弑逆に等しい」
(なあ、総ちゃん。
お前、子育てだけは、決定的に間違っちまったんじゃねえか?)
「神楽家が村の始祖であること、汝は認めずとも理解はしておろうが……。
旧き伝承によれば、我が血筋の源流は帝に連なっておる。
しかれば、我が神楽家が狙われるのも当然よな」
あまりに常識外からの解答に、思わず毒気を抜かれてしまう。
毒気どころか、全身の力すら抜けてしまうが。
ただ、もし対抗策があるのなら。
村人を犠牲にせずに済む方法があるのなら。
先の見えない暗闇の中に一筋の光が差した気がした。
「とにかく、春ちゃんの目的は分かった。
要は研究所に殴り込んで、高みの見物をキメてやがる連中を締め上げて、騒動を止める方法を探すってか。
なら、俺も行くぜ! 行かせてくれ!」
対立する郷田家と神楽家が再び手を組み、村を侵略者から守る。
剛一郎はそれを疑わず、春姫に対して手を差し出した。
それに対する回答は。
「汝の随伴は受け付けぬ。失せよ。
流されるままの意志弱き者など、随伴されても邪魔なだけよ」
春姫は差し出された手を払いのける。
明確な拒絶であった。
「何を……? どういうことだよ?
俺は、この山折村のみんなを守ろうと……!」
剛一郎は理解ができなかった。
またしても、いつもの自己完結か?
ここは手を組むべき場面ではないのか?
その言外の問いを、春姫は一切拒絶する。
「汝が真に村を守りたいのであれば、なぜ妾を弑せぬのだ?」
気炎を上げる剛一郎を前に、春姫はぴしゃりと言い切る。
「それで、この騒動は終幕よ。
父上が生きておれば、民草の支持を取り付け、必ず中央と研究所の無法を暴き、法を武器に戦い、勝訴するであろう。
仮に汝が民草を一人でも多く救いたいのであれば、今すぐ妾の命を絶つべきなのだ。
それが出来ぬ時点で、貴様の言は欺瞞よ」
視線そのものが温度を持っているのではないかと思うほどに冷たく、鋭い。
ただ視線を向けられただけだ。
なのに、全身から汗がぶわりと噴き出し、呼吸が粗くなっていく。
「無論、おとなしくこの命、くれてやるつもりもないがな。
妾が地に斃れ伏せば、神楽家の血は絶える。これでは奴らの思うつぼよ。看過できぬ。
先ほど申した通り、立ち塞がるのであれば返り討ちにしてくれよう。
さ、郷田の家の。どうするのだ?」
女神の威光に中てられた愚か者のように、剛一郎は立ち竦み、動けない。
村を守るには、女王を殺すしかない。
自称とはいえ、女王は神楽春姫であると認めたのだ。
村を守るのであれば、神楽春姫を見逃す道はどこにもない。
郷田剛一郎が村を守るのは、村人たちを家族のように思ってきたからだ。
逆説的に、村を侵略するよそ者は容赦なく排除できても、村人に手を出すことはできない。
まして、幼いころから親交のある友人二人の間にできた娘であるなら、なおさらだ。
そして、村を守るにはその娘を殺さなければならない。
剛一郎がいつか陥っていたであろうジレンマだ。
運命は容赦なく、剛一郎にその矛盾を突き付ける。
春姫は、行く手を阻むならばよそ者だろうが村人だろうが容赦はしない。
けれども、剛一郎はよそ者には容赦はしなくとも、村人には最大限の温情をかける。
春姫こそが女王にふさわしきを知るは、昔ながらの村人たちである。
ゆえに、春姫に襲い来る類の人間たちは、剛一郎が最も守りたい類の人間たちである。
春姫が女王とは限らない、そう主張するのも自由であろう。
先延ばしにした結果、さらに苦しい局面で必ず同じ課題を突き付けられる。
最も苦しい場面で、そのツケが必ず回ってくる。
剛一郎とて愚かで短絡的な男ではない。
けれども、厳一郎のように清濁併せ呑む狡猾さを持ち合わせているわけでもない。
ゆえに袋小路に陥るのだ。
剛一郎が春姫のことを知っているように、春姫とて剛一郎を知っている。
互いの家で顔を合わせたこともあるし、父親からも人となりを聞かされてきた。
剛一郎に従者としての利用価値がない。
足を引っ張る可能性のほうが高い。
春姫はそう判断した。
そして春姫は父親と違い、剛一郎に対する情など一切持ってはいない。
「うつけ者めが。
道を開けよ」
判断は下された。
硬直する剛一郎に、もはやかける言葉も情けもない。
立ちすくむ巨漢は、行く先々でひざまずく亡者と同じ存在へと落ちた。
春姫にとって、もはや彼は路傍の石にすぎないのである。
兵衛が立ち上がり、南へと歩を進めても。
春姫の道行く先のゾンビたちが、その姿が見えなくなったことで解散しても。
剛一郎は立ち尽くしていた。
住宅街のどこかに響いたダネルMGLの爆発を聞き、ようやく気を取り戻すが。
行く?
どこへ?
何をしに?
守ればいいのか。
殺せばいいのか。
それすらも定かではなく。
『後ろは俺に任せろ! 俺が村を守ってやる! お前らは前に進め!』
かつて友に語った誓いが、風に吹かれた砂の城のように、さあっと崩れ去っていくような気がした。
【C-3・B-4境界部付近/高級住宅街/一日目・黎明】
【
神楽 春姫】
[状態]:健康
[道具]:巫女服、ヘルメット、御守、宝剣
[方針]
基本.妾は女王
1.研究所を調査し事態を収束させる
2.襲ってくる者があらば返り討つ
※自身が女王感染者であると確信しています
【
郷田 剛一郎】
[状態]:健康
[道具]:丸棒材
[方針]
基本行動方針:ゾンビも含めて村人を守りたい、よそ者は排除したい
1.???
最終更新:2023年01月19日 23:13