「鈴菜さん!大変です!」
私、岩水鈴菜と同行者である犬山うさぎは、西南西の方に向けて歩いていた。
私が先頭に立ち、うさぎが後ろを歩いていたのだが、後方のうさぎの言葉に私は振り返る。
「どうした、うさぎ。ゾンビの群れでも出たのか」
「いえ、そうじゃなくて…ウサミちゃんが消えちゃったんです」
涙目で訴えてくるうさぎ。
私達には、もう1人…いや、一匹の同行者がいた。
それは、犬山うさぎの異能により召喚された兎である。
同じうさぎで紛らわしいということでうさぎがウサミちゃんと命名したのだが…ウサミちゃんはうさぎの腕に抱かれて、彼女に可愛がられていた。
出会った当初怯えていたうさぎも、大好きな動物と触れ合って落ち着いたようで安心していたのだが…
確かに彼女が言う通り、腕に抱かれていたはずのウサミちゃんがいない。
「どこかに逃げたのか?」
「いえ、それが腕の中にいたのが、急に透明になって消えてしまって…」
「ふむ…」
鈴菜は腕を組んで考える。
直前になにか変わったことが起きた覚えはない。
いや、もしかしたら気づいてないだけで何か起きて、それが原因で消えたという可能性もなくはないが。
「もう一度出てくるように祈ってみてはどうだろうか?」
「そうですね…ウサミちゃん、出てきて~」
そうしてうさぎは祈った。
そしてその数秒後…それは現れた。
「なああっ!?」
「どうしたんですか鈴菜さん、らしくもなく大声で……えええええ!?」
私は思わず驚きの声を上げ、目をつぶって祈っていたうさぎも遅れて驚いた。
「ぐぎゃああああああああす!!」
そこにいたのは…ドラゴンだった。
冗談としか思えないが、まるでゲームの世界から飛び出したような架空の生き物が、私達の目の前には存在していた。
一応補足しておくと、目の前にいるドラゴンの姿は、蛇のような長い身体を持つタイプではなく、ずんぐらむっくりな身体に、角や牙や羽を生やしたような、あっちのタイプのドラゴンである。
その全長は私達の3倍…5メートルはあるだろうか。
凶暴そうな牙を生やしながら、私達を見下ろしていた。
私とうさぎは、しばらくドラゴンを見上げていた。
どれほど時間が経っただろうか。
沈黙を破ったのは…新たな混沌を産む闖入者であった。
「今助けるぞ、うさぎぃぃぃぃ!!」
後ろから、声が聞こえて私とうさぎは振り向く。
そこにいたのは、イノシシとブタをミックスしたような化け物だった。
目の前のドラゴンほどではないが、やはりその身体は巨大だ。
イノシシブタは、こちらへ走ってきたかと思うと…ドラゴンに向かってタックルを仕掛けてきた。
「ぎゃああああああああああす!?」
ドラゴンは、イノシシブタの体当たりを受けて森の奥に吹っ飛ぶ。
そしてイノシシブタはこちらに…主にうさぎに向けて笑みを浮かべるといった。
「その様子…どうやらうさぎは正気の様子。さすがは我が聖女である」
妙にうさぎに対して友好的な態度のイノシシブタを見ながら鈴菜は思った。
ドラゴンにイノシシブタ…私たちは、異世界転生でもしたのか、と。
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「ぎゃあああああす!」
森の奥に吹っ飛ばされたドラゴンが、鼻息を荒くして戻ってくる。
私、犬山うさぎは状況に取り残されて未だ混乱から抜け出していなかった。
えっと、ウサミちゃんを出そうとお願いしてたら、出てきたのがドラゴンさんで…
びっくりしてたら、イノシシとブタを合体させたような人が現れて…
「むぅ、やはりあの程度では倒れなんだか。さすがは我が前世の世界にて最も狂暴と言われる種族、ドラゴン…!」
「ふしゅう、ふしゅう」
「正気を失った人間との道中の戦いで武器(木の柵)を失った状態で戦うのは厳しいが…しかし我は和幸、最も残虐なる種族、オークの戦士!我が聖女を守るため、戦い抜いてみせようぞ!」
「えっ、和幸って…和幸さん!?えっ!?」
目の前のイノシシブタさんは、和幸と…小中学校で飼っているブタの名を名乗った。
そういえば、イノシシブタさんが持っている袋…いつもトウモロコシを入れている袋だ。
あんなものを大事に持ってるってことは、やはりそういうことなのか。
(よく分からないけど…和幸さん、無事だったんだ。良かった!)
正体が分かると、急速に心が落ち着くのを感じた。
目の前にいるのは、姿形こそ随分と変わっているが、自分のよく知る、大好きな動物さん。
対峙するドラゴンも、きっと自分が生み出した動物さんだし、話せばわかってくれるはず。
うん、大丈夫。
目の前で起きているのは異世界の戦いじゃない。
学校では人間も動物もよくやる、喧嘩みたいなものだ。
そして自分は何度もその仲裁をしてきた。
「やめなさい!!」
私は大きく声を張り上げる!
ドラゴンさんも和幸さんも、驚いた様子でこちらを振り向いた。
「ケンカしちゃ、めっ!です」
人差し指を立ててうさぎがそう言うと、剣吞とした雰囲気は急激に消え失せた。
ドラゴンも和幸も、うさぎが大好きであった。
そんな彼女のふんわりとした𠮟責は、彼らを和ませ、落ち着かせたのだ。
隣の鈴菜が、驚いた表情でうさぎを見る。
「うさぎ、貴女はすごいな…」
「えへへ、動物も人間も、仲裁は慣れっこなので」
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「とりあえず、ここでは目立つ。一度森の中に身を隠そう」
場が落ち着いたところで、鈴菜は切り出した。
一触即発の状況は回避したとはいえ、やはりまだ状況が分からなすぎる。
かといって巨体二人がいる中、見晴らしのいい場所にたむろしていたのでは目立つ。
そこで、女子二人にドラゴンとオークという珍妙な一団は、北上して森の中に身を隠すことにした。
「さて、とりあえず状況を整理したいのだが…まず、お前は何者なんだ」
そういって鈴菜は和幸を睨む。
ドラゴンの方はとりあえず、状況的にうさぎが召喚したものだということで害意はないだろうからいいが、こいつについては素性が謎だ。
「鈴菜さん、この人は和幸さん、この村の小中学校で飼ってる豚さんです」
「…すまないがうさぎ、その説明で納得しろというのは私には無理だ」
「…ふむ、では我の口から説明するとしようか」
そうしてオーク…和幸は自身の素性を説明した。
自分の前世はこことは違う異世界の残虐なるオークの戦士であったのだと。
このVHが起こった際に、前世の姿を取り戻しこのような姿になったのだと。
「…その説明を私たちに、信じろと?」
「信じぬのは勝手だが、我は嘘などついておらんぞ」
「うさぎはどう思う」
「私ですか?うーん、和幸さんが嘘をついてるとは思えませんし…それに、村の人がゾンビになったり、ドラゴンが現れてるくらいですし、そういうファンタジーが存在しててもおかしくないんじゃないかなって」
「…そう言われてみると、確かに何が起きてもおかしくない気はするから不思議だな」
確かにうさぎの異能の力とはいえドラゴンが現れてるくらいだ、オークが現れたっておかしくはない…か?
釈然としないが、そう納得するしかなさそうだった。
「では和幸、お前は私達の…いや、うさぎの味方ということでいいのだな?」
「うさぎはこの世界に転生した我を温かく迎え、芳醇なるとうもろこしを味合わせてくれた恩人である。千紗は守れなかったが…せめて彼女のことは守りたい」
「千沙ちゃん…」
和幸から千沙や
デコイチの話を聞かされたうさぎは、俯く。
彼らはゾンビとなり、そして和幸の手で引導を渡された。
うさぎの脳裏には、自分を慕う少女と犬との思い出が浮かんでいた。
もう、彼女たちと遊ぶことはできない。
助かる可能性が残されている両親と違って、もう会えないのだ。
いや、千沙たちの状況を考えると、両親だって、殺し殺されを演じている可能性があるのだ。
和幸の話によれば学校にはかなり大勢人が集まっていたらしく、そのほとんどがゾンビになっている可能性があるらしい。
ウサミちゃんが示した場所での用事を済ませたら向かうつもりだったが…行くのは危険かもしれない。
「うさぎ…我を恨むか?」
「…いえ、和幸さんのしたことは、きっと間違ってなんかないです。デコイチさんだって…きっと和幸さんのしたことを責めたりなんかしてないです」
「…どうだかな」
しんみりした雰囲気の中、鈴菜が口を挟む。
「しかしお前は…自分のことを先ほど残虐なる種族と言っていた気がするのだが…」
鈴菜が懸念しているのは、果たして和幸が本当に味方として信用できるか、ということである。
残虐非道であるというなら、うさぎを慕っているふりをしているという可能性だってなくはない。
そんな鈴菜に対して、和幸は答えた。
「…転生した直後の我であったなら、己の欲望のままにこの村で蹂躙の限りを尽くしていたやもしれんな。しかし…そのような暴虐を働くには…我は少々、この村に愛着が湧きすぎた。今の我の頭を占めるは、とうもろこしの芳醇なる香りとおいしさ、とうもろこしを提供してくれる麗しき人間の姿のみよ」
「和幸さん…ごめんなさい、私今、とうもろこし持ってないんです」
「なんとっ!?…ううむ、うさぎに会えればとうもろこしを補充できると思ったのだが…とんだ誤算である」
「お家が倒壊しちゃったから、神社に戻っても用意するのは難しいかもしれないです」
「なんということだ…とうもろこしを補充できぬとは、これは由々しき事態である」
能天気な会話を繰り広げる和幸とうさぎの姿に、鈴菜は毒気を抜かれてしまった。
どうやらこのオーク、演技でなく本気でとうもろこしに脳を支配されてしまったらしい。
見た目こそあれだが、とても残虐な戦士には見えない。
「分かった、和幸。お前のことは信用しよう。これから…よろしく頼む」
「とうもろこし…とうもろこし…」
「…………」
鈴菜の友好の態度は、和幸に届いていなかった。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「ああっ!?ドラちゃん!?」
和幸の話が終わって、次の話題に移ろうとしたところで、うさぎが声を上げた。
鈴菜と和幸がそちらを見ると…巨大なドラゴンの姿が透明になり、今まさに消えようとしていた。
「おお、我と同じく異世界に住む戦士よ、どうしたというのだ」
和幸が声を上げる中、そのままドラゴンは消える。
鈴菜は、時計を確認する。
その時刻は、5時ちょうどであった。
「…なるほど、そういうことか」
なんとなくだが、うさぎの異能の正体が見えた気がする。
「うさぎ、もう一度召喚の為に祈ってくれないか」
「は、はい!ドラちゃん、後できればウサミちゃんも、出てきて!」
そうして祈ること数秒、出てきたのは…
「蛇さん、ですか」
「やはりそうか」
鈴菜は確信した。
うさぎの異能の正体を。
「うさぎ、貴女の能力だが…時間が関係しているらしい」
「時間?」
「ああ、そして、兎、竜、蛇…この並びに、心当たりはないか?」
「兎に竜に蛇…?……あっ」
うさぎも気づいたようだ。
そう、兎、竜、蛇…この順番は、干支。
犬山うさぎの異能は、1時間ごとに、干支の順番に沿って召喚できる動物が変わる能力なのだ。
「……………」
「鈴菜さん、どうしたんですか?何か気になることでも」
「いや、何でもない。ともかく、大まかな話の整理はついた。改めて出発するとしようか」
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
数時間前ウサミちゃんが向いていた方角…高級住宅街が近づく中、鈴菜は考える。
和幸が話していた学校での出来事を。
和幸の話から分かること。
それは、人間だけでなく動物も、このVHの影響を受けているということ。
デコイチという犬は適合できずゾンビになり、和幸という豚は適合して前世の姿を取り戻した。
この事実を受けて鈴菜は二つのことを考えた。
一つは、この村の外側の山のことだ。
此度のVHにおけるウイルス。
この山に四方を囲まれた村では、そのウイルスが外部に漏れる可能性は低いだろう。
だが…山の中はどうだ?
山中ならば、ある程度はウイルスが入り込んでくる可能性があるのではないか。
そして和幸と出会う前にうさぎから聞いた話によれば、山にはクマが出没することがあるという。
もしも複数のクマがウイルスに感染しゾンビになってしまったら…あるいは適合して異能を手に入れてしまったら。
考えるだけで恐ろしい。
そしてもう一つ気になることがある。
先ほども話したように、このウイルスは動物にも感染する。
(それならば…うさぎが召喚するこの動物たちは、どうなんだ?)
ここまでうさぎ、竜、蛇と出てきたが、いずれも正気であり、ゾンビになっている様子はない。
それは正常感染者であるうさぎの影響なのかもしれないが…
鈴菜はそこで、最低なことを考えてしまった。
もし、うさぎが召喚する動物がいずれも正気を失わないのなら…彼女が生み出す動物には、ウイルスへの抗体が脳に出来上がっているのではないか。
異能の発現という形で感染してしまっている自分たち正常感染者よりも強固な、免疫を持っているのではないか。
そしてその脳を専門家が解剖・調査すれば、ウイルスの治療薬を作ることだってできるのではないか、と。
(なんてことを考えているんだ、私は…)
勿論この考察には穴がある。
そもそもうさぎが召喚する動物が普通の動物と同じ身体構造・脳を持っているとは限らないからだ。
それに…もしも彼女が生み出す動物を解剖して脳を弄ったりした場合、召喚者であるうさぎ自身にも何かしら悪影響があるかもしれない。
和幸にドラゴンが吹っ飛ばされてうさぎ自身に何もないことから。単純な攻撃のフィードバックが存在しないのは確かだが、脳まで弄られて影響がないとは限らない。
(恐ろしいのは…同じことを考える奴がいないとも限らないということだ)
もしも自分と同じことを考えた奴がいたとして、そいつが自分なんかより非情な考えの持ち主であったなら…
そいつはきっと、うさぎを利用しようとする。
彼女がどうなろうと構わず。
「鈴菜さん、大丈夫ですか?青ざめてるように見えますけど…」
「あ、ああ…大丈夫だ」
このことは、今は話したくない。
今も自分を気遣う優しい彼女にそんな重荷を背負わせたくないし。
優しい彼女に、こんなことを考えていたなんて知られて…軽蔑されたくない。
「和幸、頼みがある」
「鈴菜、だったか。我に何を望む」
「…うさぎを、守ってやってくれ。彼女を狙う、悪意から」
今の自分に出来ることは、自分と同じ考えに行きつき、そして手段を選ばない輩の魔の手がうさぎに伸びないようにすることだけだ。
しかし自分にそんな戦う力はない。
彼に頼むしかない。
和幸は、私の言葉に呆れたような表情をしながら言った。
「何を言うかと思えば…そのようなこと、頼まれるまでもないわ」
【B-4/平原/1日目・早朝】
【
犬山 うさぎ】
[状態]:健康、蛇召喚中
[道具]:ヘルメット、御守
[方針]
基本.家族と合流したい&少しでも多くの人を助けたい
⒈ 高級住宅街の方へ向かう
⒉ その後避難所(学校)に向かう…つもりだったが和幸さんの話を聞く限りやめておいた方がいいかもしれない
⒊ 出来るなら多くの人達を助けたい
⒋ 鈴菜さんともう少し会話しておきたい
【岩水鈴菜】
[状態]:健康
[道具]:リュックサック、キャンプ用具(テントやライターなど)、傘、寝間着×2、制服、普段着×2、ロシア製のマカノフ、インスタント高山ラーメン、のりしおポテトチップス、ポテトサラダ、焼きうどん、冷凍西浦みかん×3、更にビックマック、AQUAの水500l×2、木製の子供用椅子
[方針]
基本.この地震が起きた原因を調べる
⒈ 高級住宅街の方へ向かう
⒉ 次に学校に向かう…つもりだったが和幸の話を聞く限り再考した方がいいかもしれない
⒊ 次に剛一郎が経営している寿司屋へ向かって彼の情報を集める。
4.ゾンビは家に閉じ込めて対処する。
5.剛一郎の危険性を多くの人に伝えながら、説得できる人と異能が強い信じられる人を探す
6.千歩果の知り合いがいたら積極的に接触したい、まず一人会えて良かった。
7.残り時間が少なくなってしまい、どうしようもない時は危険人物→善性殺戮者→自分の順番で死んでいくしかない、だが女王ウイルスを命に影響なく無力化する方も諦めず探したい
8. うさぎが召喚する動物でウイルスの治療薬を作ることが可能か?…しかし、今はこのことを誰かに話したくない
※閉じ師の技能が使えますが、この状況ではほとんど意味がありません。この立場は隠していくつもりです
1回異能を使うと20ml水を消費します。現在一本目の水の量は440mlです
【和幸】
[状態]:健康
[道具]:とうもろこしの入った袋
[方針]
基本行動方針:風の向くまま、村を散策する
1.犬山うさぎを守る
2.亡者になった知己は解放してやる
3.とうもろこし…
最終更新:2023年01月25日 22:27