―――それは、春の匂いが薫る3月下旬の頃、灯が消えた部屋の中で。
窓から垣間見える夜空は白と黒のコントラスト。真っ白なベットと毛布に包まれながら、夜桜舞い散る街景色を眺め続ける毎日が淡々と続く中でのこと。
清潔、そして夜の静寂の中で、ただただ死期を待つだけの人生。
世界がこんな汚れたものだと思える様になったのは、いつからだったか。
いつからだったか。一日、また一日。日を経るごとに、青い空がいつの間にか灰色の陰鬱なものに見えるようになったのは。
いつからだったか、毎日欠かさず開いていた携帯の電源をオフにしたまま放置したのは。
いつ、自分が死ぬのだろうか。夜にまじりながら飛ばされ何処か遠くへ流れていく、桜の花びらのように。
短く太く、そして満開の咲き誇って、風に吹かれて儚く散っていく。
そんな桜のような、綺麗に咲いて散っていくだけど人生を、恨んだ。
でも、恨んでもどうにもならない事は知っていたから、一頻り夜中に泣いて泣いて、ぐちゃぐちゃになった頭の中を無理やり丸め込んで。
両親と相談して、生まれ故郷で余生を過ごす事を決めた。田舎のきれいな景色で心を癒やしたかったとかそいうのではなく、ただ逃げたかったのだ。
恨みも、悲しみも、怒りも。――そしてどうしようもない後悔からも。その全てから逃げ出したかった。
たった一人の友達に、謝罪する勇気すらなく。罪悪感だけ押し付けて、逃げようとした。
そんな悔やんだ気持ちからも、逃げ出そうとした。
視線が過る。月明かりが照らした、何の変哲もない勉強机。
壁に掛かった、今まで行きてきた証、思い出のプリクラ画像。
書き留めていた台詞のメモに、化粧道具が入った化粧箱。
―――大したこともない、白いパワーストーン。
いつの頃だったのだろう、数年前のお誕生日で"あの娘"から貰った宝物。
なけなしのお小遣いで、柄でもないバイトで体を壊して。
そんな無理しなくても、気軽なやつで良かったじゃない、なんて軽く笑い掛けた、そんな思い出。
捨てようとした。あの娘に係わる何もかもを、忘れようとしたけれど。
何度も何度もゴミ箱の底を見つめて、投げ捨てようと腕を上げて。
腕が震えて、結局放っておいたままで、最後の最後まで捨てられなくて。
結局のところ、呪いのように、祝福のように、引っ越すその時になっても、放せないまま。
その白いパワーストーンは、「大切な人に会える」という謳い文句で売られていたもので。
半ば嘘八百と思われ、その手の商法の人間によって高値で売られてたもので。
哀野雪菜から貰ったそれを、愛原叶和は終ぞ捨てることはなく。
山折村に移り戻った後も、その生命が腐り落ちるその時まで、肌見放さず持ち続けたという。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
蝋燭の火の如き、朧気な少女ではあった。
所々に巻かれた包帯と、不自然ともいうべき肉を腐らせた様な火傷の痕。
煙水晶(スモーキークォーツ)色の濁った瞳が真に見据えるのは、目の前の二人ではなく、虚空の果てにあろう誰か。
行方知れずの未来を求めて、宛もなく彷徨う黒い亡霊(ざんがい)である。
「……誰、ですか?」
事実、今の哀野雪菜を説明するには亡霊というのはある意味正しい表現だ。
壊してしまったもののために、たった1つの残骸を抱えて、自殺衝動にも似た衝動で"女王"を探し続ける。
後悔したくないからと、出来の悪かった自分が今やれる唯一のことだと。
自分は無為で無価値で石ころで、そんな自分に目を付けてくれたあの娘すら、自分が殺してしまったと。
永遠に続く後悔を抱えて、今まで生きていた考える葦こそが、哀野雪菜ではあった。
「……お前こそ、誰だ。何が目的だ?」
天原創は冷静沈着だった。
先の登場に多少は反応したがそれはそれ。自分自身も兎も角で、先の日野珠の件で少々動揺しているスヴィアより先に、即座に対応。スヴィアもまた天原の対応から彼女の立ち位置を見定めようと一旦は黙って入る。
文字通り底の見えない、幽霊のような少女。喪服のような濃い黒のセーラー服が、昇る太陽の輝きを吸い込んでくような暗さを、彼女自身も文字通り抱えたままに。
「……哀野雪菜。女王を、探してる。」
無感情とも、興味なさげとも取れる、乾いた返答の声。
少なくとも天原創に哀野雪菜という人物に聞き覚えはない。小中高、大人も含めできる限り山折村の元から住人の情報は、潜入任務にあたり最低限手に入れている。彼女もスヴィア同様、村の外の人間、と言うのはある程度察しはついた。
その上で、女王を探す理由。無理に焼灼止血を試みた痕跡が見られるような少女を、そのまま放っておく、と言うのは多少バツが悪い。
「……探して、どうする?」
「――殺して、終わらせる。」
儚げな印象に反しての、明確な意思の籠もった一言。
「止めないと、いけないから。―――止めなきゃ、私が。」
哀野雪菜を突き動かすのは、二度と後悔したくないという衝動。
どうしようもなく行方知れずになった感情の止まり木を探したくて。
それは、恐らく彼女自身すらも、何処にたどり着くか分からないのだから。
「女王を探してこのパンデミックを何とかする、という目的はこちらも同じだ。」
少なくとも、女王を探す。パンデミックを解決する、と言う一点においては二人にとっても共通している。
「だが、女王の殺害でなんとかなるとは俺たちは思っていない。」
そう。その女王関係者というのが問題だ。
保有している異能も、まずそもそも誰が女王関係者であるのか。それを調べる切っ掛けすらろくに無い。女王関係者が他の正常感染者と同じである、という保証はまったくない。
「……そもそも、放送からしても、何かを誘う罠という可能性だってあり得る。あれが真実であるという保証は現時点ではない。」
まず前提として。あの放送を行ったのは誰なのか。
少なくとも、内容だけを掻い摘めば村人に対して起きてしまった惨事を沈静化させるための告発だろう。
だが、天原創は少なくともそうとは思っていない。地震という偶発的な自然災害があったとしても、研究施設が生半可な事でこんな惨事を起きるのか?
最低限の耐震設備は完備しているだろう、もしもの時は隔壁閉鎖やら何やらで多少の犠牲を払ってでも停止するはずだ。だが結果として、事故という経緯でウイルスが漏れ出し、放送は流れた。
「いや、仮に放送が真実だとしても、それによって起こる事が、本当にウイルスの死滅だけなのか?」
そう、それだ。女王関係者を殺せばウイルスは死滅する。だがその先は?
既にウイルスの影響を受け変質した脳や、その身に宿る異能が齎す結果はどうなるのか?
多少の後遺症が残る、とは言われていた。わかりやすい例えとすればスヴィアの異常な聴覚のように、発達した五感がそのまま残る類ならまだマシなのかもしれない。もし仮に異能そのものすら残ってしまうというのなら前提が覆りかねない。
そもそも、本当に女王を殺して解決するのか?
「それ以前に、あの放送。本当にその放送者当人の意思によるものなのか?」
天原創がこの村に潜入した経緯はそもそも山折村という厄災蔓延るパンドラボックスの中身を調査することだ。断じて研究所のウイルスが前提、という訳ではない。
引っかかったのは、あの時の日野珠の錯乱。上月みかげの異能に反発した結果のようにも見えた。
だが、錯乱の前の。意味の分からない単語。
これは憶測であるが、「日野珠は既に何者かによって記憶を弄くられていたのではないか?」と。
そうなると前提が違ってくる。もしかすれば、それこそが山折村に蔓延る厄災の正体なのかもしれない、と。
その上で、あの放送がもし「第三者の手引き」によって、引き起こされたのだとすれば。
「……研究所の不始末か、災害から連なった不可抗力か。それとも第三者の企み。」
―――本当の意味で、今なお惨劇の舞台裏でほくそ笑むであろう、黒幕の目論見か。
「はっきりと言わせてもらおうか。もし仮に女王関係者を殺したとして、ウイルス騒ぎが収まったとして。それが別の混乱の引き金かもしれないぞ。」
「………っ」
そう言い終えて、初めて二人の前で哀野雪菜の顔が少しだけ歪む。
言ってしまえば哀野雪菜の行動は衝動に満ちたもので、要するに八つ当たりの自己正当化に親しいもの。
これ以上後悔したくないという理由(エゴ)から零れた、ちっぽけなレゾンデートル。
「でも、止めないと。……私が。止めないと。」
だから、止まらない。止められるわけが、無いと。
今更そんな危険性を知った所で、それで足を止めてしまったら。
それこそ、それこそ本当に。
「……じゃないと、私は。あの子の思い出まで―――」
「キミはそれで、終わらせてどうするつもりなんだい?」
「哀野くん、と言ったね。ボクは、キミが早く楽になりたいようにしか見えないよ。」
「……どうして、ですか。」
針の筵を、土足で踏み込まれたような感覚。
スヴィアという"大人"は、雪菜が天原との問答をしている間、その体に残る傷を確認・観察した。
軽く組み上げた論理のパズルを、一つ一つ嵌め込むように、スヴィアは言葉を続ける。
「キミの体に残る傷は、包帯で隠れているのを除けば大体が裂傷に分類されるものだ。その上で服の傷と下半身の傷が少ないを鑑みるに、自転車を走らせている最中にガラス片に引っかかって転んだだとかだろう。」
「……。」
「だが、一つだけ明らかに原因が違うであろう腕の傷がある。他の傷跡同様焼灼止血を施しているが、傷の塞ぎ方を鑑みるに恐らくは咬み傷の類か。二つの目立つ窪みのようなものには酸でも流し込んだような不自然な跡。…もしかしてだが、既にゾンビを一人、殺しているのかい?」
「………!」
探偵みたいな推論は苦手なんだけどね、と溜息まじりに付け加える。
だが、凡そ当たっているであろう銀髪の天才の言葉に、思わず呆気となる他なく。
雪菜も根底の芯に刃物を突きつけられた肌寒い感覚が過っていた。
「……生憎、カルネアデスの板を説くつもりはないが、この状況下ではキミの説明次第で正当防衛も成立するだろう。」
スヴィアに彼女の咎をこれ以上追求するつもりはない。言った通り、このパンデミックという未知の災害、そしてゾンビに襲われるという異常事態。ゾンビに襲われ、無意識に慣れない異能を使ってしまったと言うならば、それは正当防衛が成立する十分な事由となる。
「だが、これ以上、例え不可抗力であったとしても、キミには人殺しは重ねてほしくはない。……これは、ボク個人の勝手な願いでしかないんだけれど、ね。」
「……何も知らない癖に、知る必要も無い癖に、先生みたいなこと言うんですね。」
「なって一年の新米だが、一応ボクは先生だよ。」
人の心に踏み込こまれる感覚が、己の後悔を暴こうとするその優しい声が、哀野雪菜にとっては苛立ちでしかない。相手に悪意など一切なく、何ならこちらを気遣っている。
いや、そういう人物なのだろう。鳥が空を飛ぶ事が当然のように、自分のような『子供』に手を差し伸べるような、聖人君子とまでは行かないが、その手のお人好しなのだろうと。
「キミのその『女王と殺す』という方針には納得できないが。『女王を探す』という事なら出来る限りは手伝おう。……このままだと、キミは使命感と罪悪感で雁字搦めのまま自ら壊れて――。」
「………いい加減にしてください。」
だから、哀野雪菜は我慢ならなかった。無性に怒りが湧いてきた。
取りこぼし続け、後悔し続けて、自己肯定が低い刹那の衝動に身を任せる彼女にとっては。
「あなたは、優しいです。優しいですよ。だったら私なんかよりも叶和を助けてくださいよ。」
「叶和、とはキミの親友?」
「……私はあの子に謝りたかったのに。嫌われてるかもって意気地なしで。他人に迷惑かけてばっかりで、そんな私なんかよりも、どうせなら叶和を助けてほしかったのに。」
我慢できなかった。耳障りの言い救いを並べる目の前の誰かの言葉が。
それに悪意も皮肉もないことはわかっている、真正面からの善意でぶつかってきているのは分かる。
その輝きは、自分には眩しすぎるものだと。後悔してばかりの自分には、要らないものだと。
「……哀野くん、キミは……。」
「誰にも分かって何てほしくないです。分かってもらえなくても良いんです。……私には後悔しか無いから、それすらも私から零れ落ちたら、私が生きている意味なんてないのにっ!!!!」
後悔だけが、哀野雪菜を繋ぎ止めている唯一だったから。友人と再び向き合うこと出来ない。そんな滑稽な人形(コッペリオン)だったなら。せめて、この感情(こうかい)だけは見失いたくはない。
既に苦い顔をしているスヴィア。哀野雪菜が抱えている後悔の根源は、人生経験から積み重なった自己肯定の低さからなるもの。
もはや、それは救いを拒絶し、自ら死出の旅という名の、女王関係者探しに駆り出す程のもので。前向きな自殺衝動にも近い、自傷行為。
「ごめんなさい。でも、そんな救いなんて要らない。救われなんていい人間じゃない。ずっと後悔ばっかしてきて、ずっと大切なものを取りこぼし続けた、悪い子だから………。」
「……っキミは!」
でも、やはり、やっぱり。見ず知らずの二人に前置きながらも謝ってしまう哀野雪菜は、何処までも拭いきれないものを背負った咎人。
相容れなく、救われる資格なんて無い。二度と後悔したくなくて、この後悔を捨てたくなくて、だから救いから手を払う。
意を決したように雪菜が両手をポッケの内側に突っ込めば、ほんの少し苦しい表情。ポッケから抜けば、その手は既に鮮血に染まっていた。
「――下がってください先生!」
「……ッだから。……だから、邪魔しないでっ!!」
様子を見守っていた天原創が叫び、駆けたのは少女の叫びとほぼ同タイミングであった。
手を血で染めた、つまりそれは何かの液体か、自らの構成物を媒介として発動する類の異能。
狙うのは血に濡れていない手首の付け根。恐らくポッケの中に刃物か、察するに道中で拾ったガラス片でも仕込ませておいたのか。兎も角、それも警戒するに越したことはない。
「……天原くん……っ!?」
「大丈夫です、すぐに終わらせる。」
もはやこうなっては致し方なし。只者ではないのは察せられているが、ここまで早い対応を見られては素性を隠すのは困難。事情は後で話そうと思考を切り替える、まずは目の前の彼女を抑える。
即座に手首を掴み、地面に打ち倒す。殺害が目的ではないので、地面が草原地帯なのはある意味良かったのかもしれない。
俊敏な動きに対応しきれなかった哀野雪菜は両手首を押さえられ地面に倒れ、天原創を見上げる形に。
「下手な真似はするな。怪我をしないという保証はないぞ。」
冷徹な目だと、哀野雪菜は実感した。
間違いなく、住む世界が違う。思わず恐怖で背筋が凍るような感覚。その気になれば、自分なんかあっという間だというのに。
でも、そのぐらいの覚悟がないと、女王関係者を殺すことが出来ないというのなら。
迷うなと、心の奥底でもうひとりの自分が叫んでいる。そうだ、だってもう一人殺してしまっているのなら。
「でも、それでも、私は……!」
脚を振り上げ、遠心力で靴を上空に投げ飛ばす。
天原創とて安々と嵌る訳がない、最小限の動きで回避しようとして。その為にほんの少しだけ手首を離して、掴み直して。その腕に浸る、赤い液体に気づかず。
「……わたしが、やらなきゃ……!」
「……ぐ……!」
哀野雪菜がやったのは、血に濡れた手を傾けただけ。
だが、哀野雪菜の異能は、その体液全てに腐食性を付与するもの。
天原創が掴み直した時に、ちょっとでも良いからそれに触れるように。
天原創の異能無力化はあくまで対象に触れる事が条件だが、『既に物質化されたもの』に対しては有効範囲外となる。触れられれば異能の発動は防げるが、既に発動した異能によって液体として物質化したものには無意味なのだ。
「ぐ、う………!」
「天原くん、大丈夫か!」
多少ながらも肉が腐る感覚に思わず手を抑え離れてしまう。
天原が離れたのを見越して雪菜は起き上がり、ガラス片を取り出して自らの血を付着させる。
血が触れた部分が既に腐り始めているが、簡易的なナイフとしては十分。
哀野雪菜にとって即興劇(アドリブ)は慣れ親しんだもの。異能の内容をある程度把握し、活用する。
異能とはある種『想像力』であるため、そういう事はある種の哀野雪菜にとっての得意分野だったのだろう。
「やあああああああ!」
そして、腐ったガラス破片のナイフを手に、突撃する。
少なくとも邪魔は出来ないようにすればいいと、そう思ってた。もし仮に殺すかもしれないとしても、既に一度やったことで。
「そっちがその気なら……!」
「……ッ!」
対する天原も、相手が『殺す気』であるなら手加減はしない。痛みを堪えマグナムを取り出し、構える。
既に弾丸は充填済み、上手く武器だけ狙えれば御の字だがそんな余裕はない。
ほんの少し動揺するも雪菜は動じはしない。一か八か、血液と接触した瞬間に弾丸を溶解できればと思考する。
既に火蓋は切られた、撃ち抜かれるか、溶かし穿つか。そして引き金は引かれて―――。
「――ダメだっ………!」
――雪菜、ダメ!!
「――――え?」
「……なっ!?」
何か見えないものに止められるように、雪菜の動きが止まり。
銃声と共に、鮮血が舞った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
これは、いつかの過去。
なんてことのない、人生の1ページ。
「間違いを選択出来るのも、また大事だと思ってるんです。」
スヴィア・リーデンベルグが教員採用試験しての数日後ぐらいだったかの話。
試験の際に知り合った教師の女性に食事に呼ばれて、他愛も無い会話を繰り広げていた時の頃。
「選択?」
揺れる青い髪が今にも印象に残る、彼女が残したある言葉。
「生き物はどんなに悩んでも、効率化しても、何れは間違いを犯してしまうものです。だからといって、正しい選択をし続けるのが良いものとは、私は思っていません。」
「どうしてそう思うんだい?」
それは、ただの人生の1ページだったのかもしれない。
あるいは、なんてことのない誰かの戯言だったのかもしれない。
元いた職場柄、スヴィア・リーデンベルグはその言葉を当時はいまいち理解できてはいなかった。
「私たちは、間違いを選ぶことが出来る生き物なんです。色んな間違いを重ねて、時には後悔を抱えて、それでも、だから、自分の選んだ、決して裏切れない何かの為に。例えそれが、大したものじゃなくても。……例えそれが間違った選択で、後悔を齎すものだったとしても。」
だからこそ、人間なんだと。間違いを選べる誰かだからこそ、苦しんだり、後悔する残酷な生き物だと。
それでも、一度決めた尊いものを、それを裏切らないままに。
例え無駄になったとしても、自分が自分であることを、最後まで貫く為に。
「だから、だから私は。――選択して、もしも何度間違ったとしても。今出会って話してるような、あなたのままでいてください。」
それを、スヴィア・リーデンベルグは覚えることにした。
そう、青い髪を揺らす、蒼海の如き瞳の彼女を。
妙にミステリアスながらユーモアに溢れたそんな彼女を。
――『青葉遥』と名乗った、そんな不思議な彼女の事を。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
硝煙だけが、漂っている。
世界は凪となり、吹き荒ぶ風はなく。
地面に流れる流血と、呆気にとられ座り込んだ少女。
カラン、と。拳銃が地面に落ちる音、震える手を見つめる少年。
「ま、全く……焦らないで、ほしいな。天原、くん………。」
スヴィア・リーデンベルグは、二人の間に割り込む形となり、結果天原創の放った銃弾に撃ち抜かれた。
幸いにも、割り込みに動揺した天原の照準がずれて、右肩を貫通する形とだけなったのは不幸中の幸いか。
「……な、ぜ……。」
少なくとも、スヴィアの行動はある意味『間違い』ではあった。天原が狙っていたのは彼女の脚で、撃ち抜くことでの無力化だ。
だから、ここで割り込む必要など無かったはずなのだから。先走った、と言ってしまえばそれまでだが。
一歩でも間違えたら、天原創がスヴィア・リーデンベルグを撃ち殺していた、という結末になりかねなかった。
なのに、だから、我慢ならなかったのだろう。無事脚だけ撃ち抜かれる可能性なんて分からない。いやそもそも天原創が銃を取り出した時点で、スヴィアは何も考えずに静止しにいったのだ。
その結果で、傷ついたのはスヴィア自身で。
哀野雪菜はその結果を、信じられないものを見るような目で、見つめるしかなく。
自分だけに聞こえた、自分を止める声が、死んだはずの彼女の声が、頭の中でぐるぐると回ったままで。
「……哀野くん。ボクだって、拭いきれない後悔を背負っているんだ。」
息を荒げながらも、右肩を抑えながらも、スヴィアは雪菜に語りかける。
それは、大怪我をしているにも関わらず、先生のような、そんな優しさで。
「……この村に来た理由だって、自分が止めていれば行方不明にならなかった誰かの為。さっき割り込んだのは、天原くんが『人殺し』になるだなんてダメだって、衝動的にさ。」
結局は早とちりだった、と乾いた笑いを浮かべた。
心配させまいと、できる限りの笑顔を浮かべた。
「間違ってしまっても、こうやって未だ情けなく生きているんだ。でも、行き急ぐ必要だなんてないんだよ。……そもそも、キミが殺してしまった友達は、本当にキミのことを、恨んでいるのかい?」
「―――それ、は。」
恨んでいる、と言おうとして、哀野雪菜の思考が止まる。
そう思い込もうとして、あの声を思い出して、言葉が詰まる。
もしかしたらただの思いこみかもしれない、罪の意識から逃げようとしただけかもしれない。
でも、本当に、あの声は幻聴には思えなくて。否定したくても、否定できなくて。
「でも、私が。私が止めないと。じゃないと、私。私、は―――。」
また、間違ってしまった。やっぱり、後悔を背負ってばっかりの人生だと。
勝手に勘違いして、突っ走って、こうして、またどうして嫌な気持ちになって。
「……哀野くん。このウイルス騒ぎを止めたいのは、ボク達も同じだ。……もし、後悔したくなんて無いって、失いたくないものがあるって思うのなら。ボクたちに、協力してくれないかな?」
「…………。」
また、そんな救いの手を、なんて思ったけれど。
でも、この人も、何か後悔して、間違えて、それでも前を見ている人だって思った。
私なんかと全然違って、後ろ向きな自分とは違う、そんな人だと、哀野雪菜は。
――いいんだよ、雪菜。あたしなんかに縛られないで、自由に生きても。
また、聞こえる。それは言葉どころか、音ですら無いかもしれない、心の中で浮かんだ何かかもしれないけれど。それでも、後悔を拭い切れるなんて思っていないけれど。
神様に嫌われた自分でも、そんな道を踏み出していいのだと、あの子が言ってくれたのなら。
「……いいんですか、私なんか。」
「いいさ。基本的に、去る者は拒まず、さ……ぐっ……!」
「……! …確か商店街の北口、ドラッグストアがあるから。」
気が抜けたのか、肩を抑えてスヴィアが苦しみだす。
やはり無理をしていたのだろうというのは明白。雪菜が咄嗟にスカートの裾を破り捨てて布を作り、患部を縛って出血を止める。
彼女の傷の状態を悪化させないためにも、示す行き先は商店街北口にある大手チェーンのドラッグストア。
「……先生、僕、は……」
「天原、くん。……悔やむ必要は、ない、さっ……。ボクが、先走ってしまったせい、でもあるんだから。……すまない、結局、こうなってしまった……。」
一方、半ば蚊帳の外になりかけた天原創は、情けなくも怪我人のスヴィアに諭された。
本当に、お人好しだと、動揺する心の中で、そう思うしかなく。
情けない無理をした笑顔を見せる、そんなスヴィアの顔が、天原創の目に焼き付いていた。
「はは、早く上月くんたちを、探さないと、いけないのに……ボクの、せいだな………。」
あの時と同じく、後悔ばかりだと。彼を止めなかった選択をしてしまった時と同じく。
あの子たちを追いかけるはずが遠回りになってしまった結果を自嘲して。
天原創に罪悪感を押し付けてしまったと後悔しながら。
哀野雪菜に肩を背負われながら歩く自分の情けなさと同時に、次の方針をどうするべきかと考えて。
それでも一人、ほんの少し前向きなれた哀野雪菜の姿に、スヴィアはちょっとは気が楽になったのだ。
「………何をしているんだ、僕は……」
そして、やりきれない気持ちと後悔に、拾い直した銃を握りしめて。
天原創は、ただただ苦い顔をしながら、二人についていくことしか、出来なかった。
【E-5/商店街/一日目・朝】
【スヴィア・リーデンベルグ】
[状態]:右肩に銃痕による貫通傷(止血済み)
[道具]:???
[方針]
基本.もしこれがあの研究所絡みだったら、元々所属してた責任もあって何とか止めたい。
1.先生は、生徒を信じて、導いて、寄り添う者だ。だからボクは……
2.ボクってば、情けないな……
3.上月くん達のことが心配なのに、このザマだと、探すことすらままならない……
※『去年山折圭介が上月みかげに告白して二人は恋人になった』想い出を真実の出来事として刻みました。ですが、それが上月みかげの異能による植え付けられた記憶であるということを自覚しました。
【
天原 創】
[状態]:健康、動揺(大)
[道具]:???、デザートイーグル.41マグナム(7/8)
[方針]
基本.この状況、どうするべきか
1.女王感染者を殺せばバイオハザードは終わる、だが……?
2.スヴィア先生、あなたは、どうして……
3.何をやっているんだ、僕は……!
※スヴィアからのハンドサイン(モールス信号)から、上月みかげは記憶操作の類の異能を持っているという考察を得ました
【
哀野 雪菜】
[状態]:後悔と決意、右腕に噛み跡(異能で強引に止血)、全身にガラス片による傷(異能で強引に止血)
[道具]:ガラス片(道端で拾ったのポケットにいれている)
[方針]
基本.女王感染者を探す、そして止める。これ以上、後悔しないためにも。
1.止めなきゃ。絶対に。
2.この人(スヴィア)をドラッグストアまで運ぶ。それから……?
3.あの声、叶和なのかな……?
4.叶和は、私のこと恨んでるの? それとも……?
5.この人(スヴィア)、すごく不器用なのかも。
[備考]
※通常は異能によって自身が悪影響を受けることはありませんが、異能の出力をセーブしながら意識的に“熱傷”を傷口に与えることで強引に止血をしています。
無論荒療治であるため、繰り返すことで今後身体に悪影響を与える危険性があります。
※止血の為にスカートを破りました。何がとは言いませんが見えるかどうか後述の書き手におまかせします。
※雪菜が聞いた『叶和の声のようなもの』に関して、思い込みによる幻聴か、もしくは別の要因のものであるかどうかは、後述の書き手におまかせします。
最終更新:2023年09月24日 01:55