きんいろのかみにあおいおめめ。ほうたいでぐるぐるまきだけどおにんぎょうさんみたいにとってもかわいいかお。
手をつないてくれているアニカおねえちゃんはまるでえほんからとびだした「ふしぎのくにのアリス」みたい。
あこがれていたアリスみたいなおんなのこといっしょのおさんぽはうれしいはずなのに、とってもさびしい。

『リンちゃんはもうだれにもしばられるひつようはない、なににこびるひつようもない、あなたはじゆうよ』

そういってだきしめてくれたチャコおねえちゃん。アニカおねえちゃんとおなじきんいろのかみのきれいなおんなのひと。
チャコおねえちゃんのことをかんがえるとドキドキするのに、アニカおねえちゃんにはそんなきもちにならない。
おなじきんいろのかみなのになんで?っておもってあるいていると、むこうがわからでてきたのは、

「やあ、またあえたね。リンちゃん」

うそつきの、ウノおじさん。


「リン、Have a closer look……えいっ」

掛け声と共にハンチング帽が宙に浮き、階段を降りるかのような緩慢な動きでリンの目の前まで移動する。
宙に浮いた帽子はぴょんと飛び跳ね、くるくる回り、ぴょこぴょことステップを踏む。

「ほわぁ、なにこれぇ……」

帽子が踊るという魔法のような不思議な光景。それを前に幼い少女は感嘆の息を漏らす。
しばらく踊り続けると、帽子は動きを止める。そして大きく飛び跳ね、リンの頭に着地する。
驚いて目を丸くしている彼女の頭から帽子を取り、得意げな笑顔を見せるリンと数年ほど年の離れた金髪の少女、天宝寺アニカ。

「どう?これが私のPSI『テレキネシス』よ。どう?すごいでしょ?」

数分前、蹄の音を背後にアニカはリンの歩幅に合わせながらはすみ達の待つ袴田邸へと足を進めていた。
その最中でリンに異能やこれまでの経緯について質問を投げかけていたが、彼女の返答は歯切れの悪いものばかり。
何故かと問い詰めるべくリンの方を向く。彼女は今にも泣きだしそうな怯えた表情を浮かべていた。そこでようやく己の失態を悟った。
現在の同行者は自分より年下の、それも小学校低学年と思わしき幼女。彼女から見ればアニカも十分大人である。
そんな大人に強めの口調で責め立てられたら子供はどう思うか。そんなの怖いに決まっている。
大人としての振る舞いを求められ、同い年の子供達には距離を取られつつあるアニカにとってそれは何よりも辛い。
リンから情報をスムーズに得るため、「怖いお姉ちゃん」というイメージを払拭するためにアニカは彼女に異能によるパフォーマンスを見せることにした。
そして、その目論見は―――。

「すごいすごーーい!もういっかい!もういっかいやって、アニカおねえちゃん!」

大成功。たちまちリンの表情は明るくなり、ぴょんぴょんと飛び跳ねてもう一度と帽子のダンスをせがむ。

「OK、いいわよ。それじゃあ、It's show time!」

愛らしい少女のアンコールに答え、アニカは再び異能を使用し、先程よりも激しく華やかにハンチング帽のダンスを披露する。
演目を終え、リンの表情を伺う。自分に向けられた笑顔は純粋に楽しんてくれたという満点の笑顔。
暗雲が立ち込めつつあったリンとの関係が晴れ渡り、アニカは安堵に胸を撫で下ろした。
屈みこんでリンと視線を合わせる。今度は怖がらせないように優しい言葉で、柔らかな笑顔を見せて問いかける。

「リン、私がMagicを使えるようになったみたいに貴女も特別なMagicが使えるようになっている筈よ」

言葉を選びつつ、リンの異能を聞き出そうとするとリンは再び大きく目を開いた。

「マジック?さっきのっててじななの?リンはてじななんてできないよ」
「ええと、これは手品じゃなくて異能……じゃ分かりにくいか。魔法、魔法よ」
「まほう!?リンもアニカおねえちゃんみたいなまほうつかいになりたい!」
「そこからか……」

リンの今までの挙動から推測すると、彼女はそこかしこにゾンビが闊歩しているという異常事態を正確に把握していないようにも思えた。
同行者であった虎尾茶子が現実を認識させないために動いていたとも考えたが、それはすぐさま却下された。
彼女をよく知る存在――自分のパートナーである八柳哉太曰く虎尾茶子は面倒見の良い自立した大人であることを聞かされている。
言葉通りであるのならば子供であろうとも、否子供であるからこそ現実を認識させるために行動すると考えられる。
現に茶子は肩に重傷を負っている。負傷した現場を間近で見たのであれば、自分を含めた知らない人間には強い警戒心を持つ筈だ。
だが、リンは大人たちの言う「いい子」のまま、このVHで生き延びていた。それも異能という自然の摂理に反した力の存在を理解せずに。
クールダウンした今だからこそリンの様子が「正常」であることに違和感を感じることができる。
ショッキングな出来事に遭遇したため、現実逃避をしているとも考えたが、アニカが見る限り、その様子は見当たらない。
リンの境遇、VH発生後からの経緯など数多の疑問が浮かぶ。それを解消するためには状況証拠だけでは足りず。
リンの口から語られる彼女が認識している現実という証言が必要だ。だがその前に―――。

「リン、怖がらせてしまうかもしれないけど落ち着いて聞いてね。今山折村では―――」

自分たちの置かれている状況を怖がらせないように、それでいて危機感を持ってもらうために言葉を選んで説明をした。
途中、リンは顔を強張らせたが、それでも最後まで「いい子」のまま話を最後まで聞いてくれた。

「―――これが私達が置かれているSituationよ。Sorry、怖がらせてしまったわね」
「………じゃあ、チャコおねえちゃんは、リンたちはこわい人たちにたべられちゃうの?」
「No problem。心配しなくていいわ。リンにも、おそらくMs.チャコにも私のようなSpecial PowerをGetしていると思うわ。
Special Powerを使えるようになれば怖い人達からきっと身を守れるはずよ。使い方を教えるから私の話をしっかりと聞くてね」


曰く顕現した異能は突然生えた第三の腕。呼吸と同様に無意識で発動するのもあれば最低限の己の意思決定がなければ発動しないものもある。
天宝寺アニカの異能は後者。己の意志決定により神経回路への働きかけというプロセスが最低限必要となる。
リンはどうか。情欲の沼で淀んだ栄養素を吸い上げ、「愛される」動きを自然体で行える幼き姫君にとって顕現した異能はどちらのタイプに分類されるのか。
その異能に気づき、意識的に使えるようになった彼女の選択は―――。


「――――ッ!」

瞬間、アニカの思考と意志を塗りつぶして脳に直接働きかける衝動。目の前で小首を傾げる華奢な少女に感じる強い庇護欲。
自分の命を投げ打ってでもこのか弱い少女を守らなければ。VH解決なぞ無視して、最悪殺人を犯して――――。

「―――はぁッ……!」

探偵としてのプライド。自分にとっての絶対禁忌。それらが異能による思考の浸食を押し留め、「天宝寺アニカ」としての己を取り戻させた。
異能のロジックを理解し、自分の意思を取り戻せれば解除は容易い。何度も己の中で自問自答を繰り返し、庇護の鎖から脱出する。
胸を抑えて荒く呼吸をするアニカの前には心配そうに表情を伺う赤い服の少女、リン。

「ご、ごめんなさい、アニカおねえちゃん!」
「No……problem。ちょっと眩暈がしただけだから心配しないで」

困惑し、駆け寄ろうとするリンの前に片手を突き出して「大丈夫」というサインを出す。一通り呼吸を整えるとアニカはリンに向き合う。

「リン、貴女のPSIは使った人に対して強い愛情を抱かせるPSIだと思うわ」
「リンのことをすきになってくれる……?」
「Yeah。でも気を付けてね。リンのPSIは使い方を間違えると貴女の大切な人を傷つけてしまうものになるから……」
「……うん」

思い当たる節があるのだろうか。アニカの忠告を聞いたリンは元気をなくし、俯いてしまった。
ともかく、これでリンは今の状況が異常であることも、自分の異能についても彼女なりに飲み込めたと思う。
落ち込んでいるリンの手を取り、袴田邸へと足を向ける。しかし、そこでアニカの脳に一つの疑問が浮かぶ。

(リンのPSIがBrainwashingの類だとすると、どうしてあの時、Ms.チャコはあっさりと手を離したのかしら?)

あの時の虎尾茶子の様子は焦燥はしていても、異能による影響は受けていないように思えた。
むしろ茶子の手を引いていたリンの方が茶子に依存しているかのようだった。違和感を解消すべく、脳内で映像と音声を巻き戻して再生する。
手を離した時の茶子の安堵の表情。茶子の手を離した時のリンの声色。手をつないでいた時のリンの表現しがたい笑顔。
再生、巻き戻し、ズーム再生、巻き戻し、スロー再生、巻き戻し……。
ほんの僅か、違和感の正体に指を掠めたその時。

「……どうしたの?リン」

目の前の何かから逃れるようにアニカの背後にリンが隠れた。彼女の怯えた様子から危機感を感じた探偵少女は視線を前方に向ける。

「やあ、また会えたね。リンちゃん」

農作業着を着た小太りの男が人の良さそうな笑顔を浮かべて歩いてきた。


「リンさま、しょうとうのおじかんですのでベッドにおはいりください」
「はーい」

きょうのねるまえのおべんきょうはいつもごはんをくれるおねえさん。
おまたをふいたあとにパジャマにきがえて、ちょうきょうしのおじさんにするみたいにありがとうのあいさつをする。

「リンをきもちよくしてくれてありがとうございます!」
「はい、リンさま。どうかよいゆめを」

おねえさんはでんきをけして、しろいいたにまほうのカードをかざしてドアをあける。
きもちいいことをしてくれるのはいいけれど、いつもぶーってしているからリンはきらい。
リンをばっちいものをみるめでいつもみてくるからおねえさんのめはだいっきらい。
だから、おねえさんにいたずらしちゃった。
きづかれないようにちかづいてスカートのポケットからまほうのカードをぬきとった。
とってもつかれているみたいだったから、カードをとられたことにおねえさんはきづいていなかった。
リンはもう7さい。あかずきんちゃんやふしぎのくにのアリスだってリンとおんなじとしでぼうけんしている。
いままでずっといい子にしていたから、いちどくらいならいいよね、パパ。


「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。ほら、子供だけだと今は危ないから一緒に行きましょう、リンちゃん、それと―――」
「天宝寺アニカよ。こんな状況だからこそAdult maleには警戒しているの」
「ああ、君があのアニカちゃんか。僕は宇野和義。山折村で農家をやっているしがない男です。
山折村には観光に来たのかな?安全な場所を知っているから僕と一緒に来て―――」
「No,I'm good。今私達は安全が保障されている場所に行くところなのよ、Mr.ウノ」

にこやかな笑みを湛えて歩み寄る宇野。それに対して一歩後退りながらアニカは対応する。
衣服の裾を掴んで彼から逃れようとするリンの様子からみるに、彼女にとって宇野は強い警戒心を持っているらしい。
改めてアニカは宇野の挙動や視線の動き、声色を確認する。
こちらを安心させるためであろう声色や柔らかな笑みは一見するとこちらを純粋に心配するものと考えてもいいほど穏やかで優しい口調だ。
顎にはガーゼで簡易的な処置が施された裂傷。布に沁みた血の跡から察するに傷を負ってからそこまで時間が立っていないようにも思える。
「農作業中についた」と言い訳が立ちそうな傷だが、下から一直線の傷から見るにその線は薄く、誰かとの諍いがあり、その最中でつけられた傷だと推察できる。
そして自分の背後に隠れているリンに向けられる視線。ねっとりと身体を舐めまわすような不快な視線。
自分が幾度となく晒されてきた視線が、自分より幼い少女に向けられていた。
日常生活であるのならば邪な心を持つ人間は存在しても実行する前に最低限の理性が働き、妄想だけに留めるであろう性癖。
しかし、現在はVHの真っ只中。どうせ長生きできないのならと凶行に及ぶ人間がいてもおかしくはない。
僅かな時間で行った宇野和義の簡易的なプロファイリング。それを以ってアニカは彼を危険人物であると判断した。

「安全とは言ってもねぇ……今の状況じゃ道中で危険人物と鉢合わせするかもしれませんよ。ですからここは男手が必要じゃないんですか?」
「だから土地勘のある貴方が道を案内するってことね。Don't worry。ゾンビの対処法は知っているし、危険人物と鉢合わせても私の異能なら対処できるわ」
「うーん、そっかぁ……それじゃあ僕はどうすればいいのかなぁ……」
「不安なら一緒に私達の拠点まで行きましょうか?」

その言葉に服を掴んでいる手が一層強く握りしめられる。「大丈夫よ」と宇野に聞こえぬような小さな声でリンに語り掛ける。

「それはちょっと厳しいですねぇ…。だって」

宇野の歩幅が大きくなり、アニカ達と距離が狭まっていく。

「それじゃあ」

宇野の右手が背後に回される。

「リンちゃんと」

宇野がアニカ達の数歩前で止まる。
アニカは異能を使用し、背中のショルダーバッグのファスナーを開ける。

「二人っきりに」

宇野の手には手には草刈り鎌。
ショルダーバックから催涙スプレーが転がり、宇野とアニカの間で静止する。

「なれないじゃないですかぁあああああああ!!」

頭上に振り上げられる刃。そのまま振り下ろされれば頭はざっくりと割られ、血の雨を降らせるだろう。
しかし、その惨劇は起こることはない。鎌を振り上げられたと同時に催涙スプレーが彼の眼前まで浮遊。そして勢いよくOCガスが噴射された。

「ぎ……あああああああッ!」

鎌を落としてのたうち回る宇野を尻目に、アニカはリンを背負う。

「アニカおねえちゃん!どうするの!?」
「あのDangerous personから逃げるのよ!」

アニカが向かう先は仲間達の待つ袴田邸ではなく、現在場所と目と鼻の先にある高級住宅街。
無理をして袴田邸へと向かい、ひなた達と協力して対処することも考えたが、男の危険性を考えて却下した。
距離的にも自分が追い付かれる可能性が高い上に、あそこには非戦闘要員が多数存在する。
特に男性恐怖症を患っている恵子には気喪杉禿夫とは別ベクトルの危険人物とは会わせたくない。
故に結論は一つ。自分が宇野和義を最低限の安全が保障された場所で再起不能にしたうえで、リンを連れて袴田邸へと帰還する。
勝算については現在の所持品や「テレキネシス」という己の異能から判断すると、宇野の無力化は可能だと考えた。

瓦礫を避けつつ高級住宅街へと数時間ぶりに足を踏み入れる。
アニカの運動神経は同学年の女子の中では上位に位置するものであるが、疲労とリンを背負いながらの疾走によりスタミナが尽きかけている。
対する狩人の宇野は現役農家。体力や足の速さは小学生女児とは比べるべくもない。
いくら催涙スプレーがクリティカルヒットしたとはいえ、調子が戻ればすぐにアニカ達に追いつく筈だ。
住宅地へ入った直後、己の足に代わる移動手段を探すべく辺りを見渡す。

「―――あった!」

とある一軒家の前に落ちている車輪付きの運動用具。

「アニカおねえちゃん、こののりものはなに?」
「スケートボード!現役小学生探偵のSuper Itemよ!」

足でボードを蹴り起こし、リンを背負ったままボードへと足をかけた。片足である程度の加速をつけた後にボードの上に乗り、疾駆する。
途中、瓦礫やコンクリートの亀裂でバランスを崩しそうになるが、持ち前のバランス感覚や異能によるボードの軌道修正により何とか乗り越えた。
高級住宅街の奥へ、奥へと潜り、宇野和義への対処が可能な家を探す。それなりに大きな家を見つけるとパワースライドでボードを静止させた。
「有磯」と表札が掛かっている家のガレージには軽トラック、庭にはシャベルや噴霧機を始めとした農作業具が置かれている。
宇野の武装になりそうなものが多かったが、追いつかれる可能性を考えると贅沢を言っていられる余裕はない。。

ガレージの横にスケートボードを立てかけて、リンを降ろす。心配そうにこちらを見上げるリンを安心させるために笑顔を見せる。
玄関の引き戸を開けようとすると案の定、鍵が掛かっていた。
武力担当の八柳哉太がいれば非常事態ということでドアを蹴り飛ばして住居へと入ることができたが、今この場にいるのは非力な子供二人。
数時間前にスクーターや乗用車のキーなしで動作させたときと同じように、異能を使用して開錠する。

「ここにかくれるの!?」
「No、ここでAmbushするのよ!」


おひるごはんをたべているとき、きのうのおねえさんがまっさおになってリンのおへやにはいってきていた。
あかいカーペットをひっくりかえしたり、ベッドのしたをみていたりでおおあわて。
リンのゆすって「カードキーをしりませんか!?」っていってきたけど、しらないっていったらかえるさんみたいなへんなこえをだしてでていった。
とってもいいきみ。リンをばかにするからだ。パパにおうちをおいだされちゃえ。

ピー。ちょうきょうしのおじさんにおやすみなさいをいったあと。つみあげたえほんのうえにのってまほうのカードでドアをあける。
リンがおへやをでるときはいつもパパかちょうきょうしのおじさんといっしょ。きょうはリンひとり。さあ、だいぼうけんにしゅっぱつだ♪
ドアがひらくとでんとうでめがちかちか。リンはとってもわくわく。リンのおうちはどうなっているのかな?
おとをたてないようにぬきあしさしあししのびあし。あかいふくをきているからリンはあかずきんちゃん♪
おおかみさんにみつかったらこわいおしおきがまっている。みつからないようにたんけんだ!
リンのおへやのとなりにはたくさんのおへや。ドアノブはみつからない。
まほうのカードであけようとしてもリンはちっちゃいからしろいいたにとどかない。あきらめてうえのかいをぼうけんしよっと。

とことこ、とことこ。かいだんをのぼると、まどにはおほしさま。おじさんといっしょのおさんぽでみつけたいちばんぼし。
リンがわるいことをしてるってわかるけど、そんなのわすれちゃうくらいきれいなおほしさま。
おほしさまにみとれながらろうかをあるいていると、「んーー!んーー!」ってへんなこえ。
リンのすぐとなりのおへやからきこえてくる。ちょこっとだけドアがひらいている。こっそりすきまをのぞきこんでみる。

そこにはリンがきらいなおねえさん。すっぽんぽんで×(ばってん)にはりつけにされている。
おくちにはリンのおべんきょうによくつかわれているボールギャグ。スポットライトにてらされていて、おねえさんのまわりにはカメラがたくさん。
リンがびっくりしていると、おへやのおくからおとこのひとがいっぱいでてきた。
おとこのひとはスーツのこわいかおのひと、あたまピカピカのひと、おなかでっぷりのおじさん。なかにはちょうきょうしのおじさんもいた。
おねえさんはくびをふってないていた。おとこのひとたちはたのしそうにわらっている。
きらいなはずなのに、おねえさんがかわいそう。おねえさんのまわりにいるおとこのひとたちがこわい。
おとこのひとたちがなにかはなしている。むずかしいことばばっかりでわからない。

ちょっとするとおしゃべりがおわる。それといっしょにおとこのひとたちのなかからひとり、おねえさんのまえにたつ。
おねえさんがなきやんでかおいろがすごくわるくなる。
――――パパ?なんでパパがいるの?なんでわらっているの?なんでナイフをもっているの?


「なん……なのよ……これ……!?」

転倒した家財道具や商品として出荷予定であった野菜や果物が散乱しているフローリングの床。
テーブルの上に置かれた包装された顆粒剤、乾燥茶葉、牛乳瓶に詰められスムージードリンク。それらを前に探偵少女は頭を抱えた。

ゾンビや危険人物がいないかなどの最低限の安全確認を行った後、アニカはリンの手を引いて有磯邸へと侵入した。
そこで宇野を安全かつ確実に行動不能へとするための手段を構築すべくリンと手分けして道具を集めることになった。
距離が取れたとはいえ、地面には靴やローラーの跡が残っており、宇野が自転車などの移動手段を手に入れることを考えると時間はない。
そのことを頭に入れながら有磯邸一階の探索を行っていた矢先に見つけたのが3つのアイテム。
顆粒剤は阿片。乾燥茶葉はマリファナ。毒々しい色彩のスムージーは前述の2つを含む多くのの違法薬物がブレンドされたもの。
「ラリラリドリンク」とラベルが貼られたそれは薬物事件に関わってきたアニカの目から見ても異質。
「山折村にはヤクザがいる」と哉太から聞いてはいたもののここまで大っぴらに薬物の取引がされているとは思ってもいなかった。

(発注書によるとCustomerはMr.アサカゲ、Mr.コロシアイ……不吉な名前ね。それにアサノ雑貨店。村の小売店にも卸されているみたい)

彼らが山折村の住民かつ正常感染者になっていれば危険人物である可能性が高い。
そう考えつつプリントされた発注書の束をペラペラとめくり名前を頭にインプットしていく。

(残りは二人……いえ、二ヶ所ね。山折総合診療所近辺と、確かこの住所は山折村のNortheast……Public square裏手の森林地帯のはずだわ)

最後の二枚に記述されている発注先にどこか違和感を感じる。発注量は個人で使う分には多いと感じるが、販売目的でならば浅野雑貨店のようにおかしな部分は見当たらない。
発注先の住所も別段おかしな部分はない。だというのに、この気持ち悪さはなんだ
そもそも「ラリラリドリンク」なる違法薬物の値段がおかしい。違法取引されている薬物の相場と比較して安価すぎる。
疑問がぐるぐる頭の中を駆け巡る。底なし沼の如く思考の深みへと沈んでいく。そして、

「――――ニカおねえちゃん、アニカおねえちゃん」

すぐ傍で聞こえる舌足らずな幼い声。ハッとして声の方へと視線を下げると服を引っ張り不安げな表情を浮かべた幼い同行者の姿。

「アニカおねえちゃん、だいじょうぶ?おかおいたくない?」
「……Sorry、リン。大丈夫よ。ボーッとしてたわ」

頭を撫でてリンを安心させる。そして改めて現状を確認する。
有磯邸にてアニカが集めたものは薬物商品を除くと使えそうなものは泡消火器に殺虫スプレー、バトニング用マチェット。
リンに持たせたエコバッグから二階から集めた物資を出すように促す。

「ごめんなさい、アニカおねえちゃん。つかえそうなもの、あんまりみつからなかった……」

申し訳なさそうに俯いたリンがエコバッグがひっくり返し、集めた物資が床に転がる。
ビニールロープ、農業雑誌、ファッション誌、化粧品の数々、家主のものと思われる女性ものの寝間着など。
リンの自己申告の通り、宇野の撃退にはあまり役に立たないと思われるアイテムが転がる。

「Shake it off。気にしなくていいわ。集めたものをうまく使ってDangerous personを撃退するのは私の仕事だから」

そう。今集めた物資を上手に使うのはアニカの仕事だ。己の異能は自分の近くに物が多ければ多いほど性能を十分に発揮できる異能。
宇野の異能が分からない以上、使用される前に戦闘不能にしなければならない。
二階の探索をリンに指示したのにも理由がある。探索途中に宇野が現れた場合、リンよりも先に自分に注意を向けさせるためだ。

「アニカおねえちゃん、リンにもできることある?」

上目遣いでアニカを見上げるリン。アニカが仕事をしているのに自分は何もしていないということに罪悪感を感じているのだろう。
彼女に異能を使用させて動きを封じるということが一瞬頭を過ぎったが即座に却下した。
護衛対象、それも危険人物のターゲットを危険に晒すなどできるはずもない。
かといって手持ち無沙汰にするのもリンが納得するようには思えない。そこでアニカはマチェットをリンに渡すことにした。

「Trapを作るとき、リンが見つけてくれたビニールロープを使おうと思うの。使う時になったら声をかけるからこれでロープをCutしてくれると助かるわ」
「……うん」

アニカの手助けというにはあまりにも小さな雑務。言外に何もするなといっているようなものだ。
リンは当然納得していないようだが、それ以上できることがないため、渋々といった感じで了承する。

「それじゃあ、早速Trap makingを――――」

じゃり、じゃり……と砂を踏む音が聞こえる。それが少しずつ、少しずつ有磯邸へと近づいてくる
アニカの表情が強張る。リンがアニカの後ろへと隠れる。
二階の階段への距離はそう遠くない。だが自分達が階段を上りきるよりも招かれざる招待客と鉢合わせするの方が先であろう。
足音が止まる。一呼吸置いた後に、ガラリと戸が開く。

「逃げちゃア……ダメじゃないですかぁ……リンちゃん?」


からだがうごかない。

「―――――――。―――――――」
「――――――!――――――!」

おねえさんをとりかこんだおじさんたちがわーわーってはしゃいでる。パパはなにかいってるみたい。
パパがなにをいっているのかわからない。わかりたくない。きみつほじ?いはん?ばっそく?いみがわからないよ。
すなっふ?うらビデオ?ひょうほん?おじさんたちのことば。わからないわかりたくないしりたくないしらない。
からだがうごかない。

そうしてパパがナイフでおねえさんのおなかを
あかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかひもあかあかあかあかおにくがこぼれあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあか
ひめいひめいひめいひめいひめいおへやにもどらなきゃあかひめいあかあかあかあかあかあかわらいごえひめいひめいあかうであしあかあか
あかひめいひめいからだがひめいあかひめいあかうごかないあしひめいひめいひめいひめいあかうでひめいあかあかあかあかあかあかひめい
みみをふさいでもひめいひめいひめいひめいひめいひめいきこえてくるあかあかあかあかにげなきゃひめいひめいあかあかあかあかあかあか
あかひめいひめいあかごめんなさいあかひめいひめいひめいひめいひめいあかひめいひめいゆるしてひめいひめいあかあかあかひめいひめい

おねえさんのめが、リンをみた。ボールギャグでふさがれたくちで、リンにいった・

「う  そ  つ  き」

うごけるようになった。はやく、はやくおへやにもどらなきゃ。ぼうけんなんてしなきゃよかった。まほうのカードをとらなきゃよかった。
ドアをカードであけてベットにとびこむ。アリスのおにんぎょうとあかずきんちゃんのおにんぎょうをだきしめてめをつぶる。

『うそつき』『どろぼう』『おまえのせいだ』『なんでわたしがこんなめに』『おなかをさいてやる』『おなかにいしをつめてやる』
『くびをはねておしまい』『むちでたたいてやる』『おまえもまっかにしてやる』『おまえもばらばらにしてやる』『おしおきしてやる』

あたまのなかでおねえさんのこえがきこえる。パパたちのうれしそうなこえがなんどもきこえる。みみをふさいでもきこえてくるこえ。
なんども、なんども、なんども、なんども、なんども―――――――。


ミシリ、ミシリとフローリングを踏む音が一歩一歩と居間へと近づいてくる。同時に聞こえる男の荒い息遣い。
背後には男の獲物である幼い少女。彼女の小さな手がアニカの服をぎゅっと握り締める。
幾度となく対峙した凶悪犯罪者達と酷似したプレッシャー。獣の如き嗅覚にて潜伏先を補足した事実に探偵少女は焦りを感じた。
道具は万全とはいかずとも及第点。しかし宇野の異能が分からず、罠の設置もできていないため準備は不十分。
宇野と相対せずに罠によって意識を落とす算段であったが、その目論見は泡沫と化した。であるならば自身が少女を守護する罠になるほかはない。

「いぃ~ま、迎えにいきますかぁ~らねぇ~」

宇野の間延びした声が家内に響く。声の大きさや歩行速度から、居間までの時間は10秒もないだろう。
異能を使用して消火器を宙に浮かせ、ドアの方へと歩みと共に移動させる。足音はすでにドアの一メートル先まで近づいてきている。
宇野がドアを開けるより先にアニカは異能によりノブを回してドアを開けた。

「はァ~~~い、アニカちゃ~ん。リンちゃんはどこに―――」

言葉が終わるより先にホースを宇野の顔面へと向けて泡を噴射させる。
しかしそれは先刻の二番煎じ。予測は容易い買ったであろう、宇野は両腕で顔を覆い、泡で視界が封じられることを防いだ。
宇野とアニカの距離は二歩半ほど。右手には鉈。振り下ろしには宇野は一歩の踏み込みが必要であるが、投擲であれば不要。
しかし、アニカのすぐ後ろには宇野の愛すべきアリスドールたる天使、リンの姿。投擲が誤りリンを穿てば悔やんでも悔やみきれない。
一時撤退は愚策。かの有名な天宝寺アニカであれば更なる手段を用いて己の愛を阻むであろう。
自身の異能はどうか?アニカとリンが密着している上、異能の発動には数秒であるが時間が必要だ。その隙に対処されては困る。
既に檻は、確実に対象を束縛するために罠として設置してある。故に結論は一つ。踏み込んで反応する前に踏み込んで少女の頭蓋を叩き割る。
決断するや否や宇野は視界を防いだまま一歩足を踏み込んで―――

「うわぁぁッ!」

リンが二階で集めてきた化粧品の一つ、化粧水の瓶を踏んで宇野は前のめりに転んだ。
それでも鉈からは手を離さず、丁度アニカの頭上に来るように刃が振り下ろされる。
鉈が振り下ろされることは既に想定済み。消火器を頭上に移動させて脅威から身を守り、リンの手を引いて後ろへ数歩下がった。
ドスンと宇野の巨体がフローリング上へと倒れ込む。5秒も満たない時間で宇野は起き上がるであろう。
行動するための武器は既にある。探偵少女はバッグからスタンガンを取り出す。
痛みに呻きながら立ち上がろうとする宇野。この距離では自分の腕の長さでスタンガンを充てることは不可能。
しかし、アニカの異能である「テレキネシス」はこの時のために存在する。

「あガ……ガガガガガガガガガガガガッ!」

両手をついた状態の宇野の首に充てられる強力な電圧により白目を向いて痙攣する。身体に浴びせられた泡が通電を促進させる。
アニカのスタンガンはワンオフ品。市販のスタンガンとは頑強さも電圧の出力も比べるべくもない。
電流の流れる時間は数秒程度。しかし、宇野の意識を刈り取るのには十分な時間であった。

「……アニカおねえちゃん。もう、だいじょうぶなの?」

5分にも満たない宇野との対決。本当にこれで終わりなのか、というリンの不安が伝わる。
異能で手に持っていた鉈を遠くへ飛ばした後、アニカは残心をとる。

「……Yeah、Mr.ウノは意識を失っているわ。私達の勝ちよ、リン」

その言葉と共にアニカとリン、両者に安堵の息が零れる。時間、準備、手段。ありとあらゆるものが不足している中での綱渡りの戦闘。
映画のように自分が望んでいたスマートな決着とはいかずともリンという託された少女の護衛ができた。


「……Mission complete。これでMr.ウノはもう動けないはずよ」
「ほんとうに、もうウノおじさんはリンたちをおいかけてこない?」
「……少なくとも私達が仲間に合流するまでの時間は稼げるはずよ」

アニカ達の目下には手と足をビニールテープで拘束されて転がっている危険人物、宇野和義。
ピクリとも動かないが呼吸が確認できていたため、死んではいないようだ。

「それじゃ、Dangerous personが目を覚ます前に家を出ましょう」
「はーい」

殺虫スプレーを始めとした宇野撃退のために回収した物資をバッグに詰め込んでいく。その最中、瓶詰のスムージーを前に手が止まる。

(ラレラレドリンク……こんなものが、平和そうな村で売られていただなんて……)
「どうしたの?」
「……なんでもないわ。行きましょう」

言葉と共にドリンクをバッグにしまい、リンの手を引いて部屋を後にする。村を闊歩するヤクザ。違法薬物の加工商品。その発注先。
過去、テロが起きた研究施設と同様の脳科学の研究を行っている未来人類発展研究所。極めつけは現在進行形で発生している災害。
闇が闇を招きよせ、ピタゴラスイッチのように連鎖反応を引き起こしている。
断言しよう。八柳哉太の故郷は―――山折村はおかしい。培ってきた経験が、探偵としての直感がそう告げる。
ともかく、事態収束のために自分ができることは情報収集と推理だ。一旦袴田邸へと戻り、聞き込み調査をしなければ。
そう考えつつ、玄関から一歩足を踏み出した瞬間。

「―――――――え?」

視界が闇に染まった。

ゆらゆらと宙に浮く感覚。異能が使用できず、音も触感もありとあらゆる感覚が黒く塗りつぶされている空間に漂う。
唯一動くのは己の頭脳。状況を理解し、打破するために頭を働かせて解を探し出す。
その答え合わせは数秒も経たないうちに訪れた。

「やあ、アニカちゃん」

天窓のように開いた暗闇に浮かぶ人の良さそうな中年男性の笑顔―――宇野の穏やかな笑み。
声を出そうと喉を絞り上げても出てくるのはヒューヒューとした掠れた呼吸音のみ。
その直後、アニカの身体に降り注ぐ火がついて煙を発する淡紅色の花。煙を吸い込んだ瞬間、アニカは咳き込む。喉が焼け、吐き気を催す。
理由を、花の名を悟り、アニカの心に絶望が広がる。

花の名は夾竹桃。「危険な愛」の意味を持つ山折村の象徴花である。


天宝寺アニカは持ちうる限りの知識と経験を活かし、できうる限りの最善手を尽くしたのであろう。
しかし、蓄積された疲労や異常事態における幼さゆえの焦りが僅かに彼女の持つ判断力を鈍らせた。
故に、宇野和義がなぜ異能をしようとしなかったのかという違和感には目を向けることはなかった。
結果、宇野が短時間で意識を取り戻し、長袖シャツの中に隠し持っていたカッターナイフの刃を発見できず、脱出を許したのであった。

自分から天使を奪った罪は重い。すぐにでも檻の中に入り、アニカの根を止めるために異能により作られた檻へと入ろうとしたが――――。

「――――――ウノおじさん」

天使が、自分を見つめていた。脳に叩きつけられる感情。艶やかな黒髪にぷっくりとした頬。細く、柔らかな手足。
監禁し、愛してきた少女達には感じたことのない暖かな愛情。父性本能か、母性本能か、性欲かも分からぬ感情。
想いが全て目の前の天使に埋め尽くされる。一秒たりとも彼女から目を離したくない。
もう二度とこの娘を奪われぬためにも邪魔者は消してしまわなければならない。
庭に植えてあるのは山折村の象徴花、夾竹桃。殺害手段はすぐに生まれた。

「リンちゃん……もう大丈夫ですよ。邪魔者がいない場所で、二人で最期まで一緒にねェ……」
「さいごまで?」

庇護者を求める幼く愛らしい少女。手に何かを持っているがそんなことは気にならない。
抱きしめると感じる体温。鼻孔をくすぐるミルクの香り。その姿はさながら芸術品。一挙手一投足、全てが愛おしい。
木更津閻魔達と一緒にいた時とは比べ物にならない思いが胸を駆け巡る。これからこの天使を独占する。誰にも邪魔させるものか。

「はい、さいごまで」
「そっか。ウノおじさん、リンをあいしてくれる?」
「もちろん。僕は最後までリンちゃんと一緒にいます」
「リンをまもってくれる?」
「……リンちゃんはもう誰にも怖がる必要はないよ。誰にも媚びる必要もない。君は僕がずっと守ってあげる」
「そう……」

首に回される細腕。幼い吐息が、小さな口が新たな守護者の口元へと近づいていき―――。


「う   そ   つ   き」

刹那、吹き出す血しぶき。


とことこ、とことこ、もりをあるく。リンはあかずきんちゃん。びょうきのおばあさんにぶどうしゅとチーズをとどけなくちゃ。
いっぱいあるいていくともりをぬけて、きでできたおばあさんのおうちについた。
ドアをあけるとそこにはべっどにねそべったリンのきらいなおねえさん。
おばあさんはどこ?おねえさんにきく。するとおねえさんはすごくこわいかおになった。

『おまえのせいだ』

おねえさんのおなかがぱっくりわれる。なにがなんだかわからない。
こわくなってにげようとしたけれど、ドアのまえにはナイフをもったりょうしさん―――パパがいた。

『おまえはうそつきだ』

こわいかおでパパがいった。パパとおねえさんにはさまれてにげられない。
ベッドのうえにおしたおされて、あかずきんとおようふくをぬがされた。

『うそつきにはおしおきだ』『うそつきおおかみのおなかにはいしをたくさんつめてやる』

じたばたしてもからだがうごかない。やだ……こないで……これからはずっといいこにするからゆるして……やだ……やだ……。

「いやあああああああああああああああああああ!!」

とびおきた。よかった、ゆめだ。きのうのこともきっとゆめ。わるいゆめなんだ。
リンのとなりにはあかずきんちゃんとアリスのおにんぎょう。そしてまくらのそばには―――。

「リン、どうしたんだい、そのカードは?」

びっくりしてとびあがる。びくびくしながらこえのほうをみるとだいすきなパパ。
パパのいうとおり、まくらのそばにはまほうのカード。

「きのうはねるまえにどこにいっていたんだい?しょうじきにいいなさい」
「あ、あのね、パパ。ききたいことがあるんだけど、いつもごはんをだしてくれるおねえさんは―――」
「わたしのしつもんがさきだ。しょうじきにいいなさい」

こわいふんいきでパパがきいてきた。いつものパパとはちがう。なんだがとってもこわい。
しょうじきにいったらどうなるんだろう。きのうおへやをぬけだしておねえさんを―――-。

「――――――ッ!」

ことばが、でない。きのうのはゆめ……じゃない……?

「しょうじきにいいなさい」

おねえさんのめがリンをにらみつける。おじさんたちのわらいごえがなんどもくりかえされる。

「しょうじきにいいなさい」

いつものやさしいパパじゃない。でもしょうじきにいったらどうなるの?

「しょうじきにいいなさい」

うそをついてもパパはとってもあたまがいいからリンのうそなんですぐバレちゃう。

「しょうじきにいいなさい」

だから、リンは「いい子」でいるためにこたえた。

「ごめんなさい、パパ。このカードはおへやにおちていたの。なんだろうってしろいたにくっつけたらドアがひらいちゃった」
「それで、どうしたんだい?」
「すごくびっくりして、おねんねしないでおへやからでたらパパにめってされるっておもったからこわくなっておねんねした」

パパはなにかをかんがえこんでいる。リンのこたえがまちがっていたらどうなるのかわからない。
もし、パパがリンを「わるい子」っていったら……きのうのおねえさんみたいに……。

「――――そうか、リンはいい子だ。しょうじきものでえらいぞ」

リンのこたえにパパはまんぞくしてとってもやさしくわらってくれた。いつものパパにもどってくれた。

「ああ、いつもリンにしょくじをはこんでくれるじょせいだね。かのじょはわるいことをしたからもうこのやしきにはいないよ」

やっぱりっていうきもち。パパにとっていい子じゃないと、リンは―――このおやしきのひとたちはパパにおしおきされる。

「リンがうまれるまえにもね、チャコっていうおんなのこがパパからにげだしたんだ」
「ずっといい子にしていたのににげてしまったからとてもざんねんだったよ」
「うそつきおおかみはわるいこだ。みつけたらパパのこわいおしおきがまっているからしょうじきものでいなさい」

パパはリンがいい子でいたらずっとやさしいパパでいてくれる。
しょうじきのなかのうそも、パパがうれしいってよろこんでくれるのならリンはうそをつく。
だからリンをずっとあいしてね、パパ。


パパはうそつきだ。いい子にしてたらやさしいパパのままでいてくれるっていったのにリンをたべようとした。
エンマおにいちゃんもうそつきだ。リンといっしょにいくっていったのに、リンをおいてっちゃった。
ウノおじさんもうそつきだ。エンマおにいちゃんとごうりゅうするっていったのに、リンにわるいことをしようとしてる。
だから―――――。

「うそつきおおかみさんのおなかには、いしをつめなきゃ」

くびをおさえているうそつきにぶつかってひっくりかえす。

「な……んで、どうし……て……ぼくは……リンちゃんを……あいして……まもって……」

リンのちからでリンがだいすきになったウノおじさん。チャコおねえちゃんのいうとおり、ウノおじさんはうそつきおおかみさんだ。
おなかにのっかってナイフをふりおろす。ぶたさんみたいななきごえがきこえる。うるさいなぁ。
えいってちからをこめておなかからおへそまでナイフをひっぱっていく。
ぶーぶーびーびー、とってもうるさい。リンのおようふくとおててがまっかっかになっちゃった。ばっちい。
あとはいしをつめなきゃ。でもいしがみつからないなぁ。しかたない、かわりのものでがまんしよう。

りょうてにちからをいれておなかをひらく。そしてまわりにあるものをうそつきおおかみさんのなかにつめこんでいく。
トマト、キャベツ、くつ、なす、きゅうり、スリッパ……わからないものも、いろんなものもいっぱいつめこむ。

「なにを……やっているのよ……」

おんなのこのこえがする。そのこえはリンにいろんなことをおしえてくれたとってもやさしい、とってもいい子のふしぎのくにのアリス。

「アニカおねえちゃん♪」


目の前の惨劇に言葉を失う。
唐突に宇野和義の異能が解除され、何事かと玄関から這って移動した先には、宇野の腹部にのしかかり、血濡れになっているリンの姿。
宇野和義は既に絶命している。周囲には彼の臓物と思わしき肉塊が散らばっており、地獄絵図と化していた。

アニカは命に係わるほど煙を吸っていたとは思えぬほど中毒症状が軽い。それでも自立歩行が困難な状況ではあるが。
その種は彼女が顔にミイラのように顔に巻き付けていた包帯に合った。
この包帯は犬山はすみが上限まで異能による強化を施し、再生機能を付与させた代物。
口を覆うまで包帯を巻いていたため、夾竹桃の毒煙による中毒症状を軽減させていた。
これがアニカの命が助かった要因の一つ。もう一つ。これこそが最大の要因。

「アニカおねえちゃん♪もどってきてくれてよかった♪」

手にマチェットを持ち、満面の笑みでアニカに駆け寄るリン。彼女が宇野から退いたことによりその惨状が明らかになる。
宇野の鳩尾から臍部にかけての深い裂傷。切り裂かれた腹部には果物や野菜など、手短にあった物体が詰め込まれている。
それはまるで童話「赤ずきん」の婆騙りの狼が猟師に石を詰め込まれたかのよう。

「な……んで……こんな……ことに……」

自分の目の前で殺人が起きてしまった。それも自分より幼い少女が起こした。しかもその殺人がなければ、自分は死んでいた。
天才美少女探偵としてのプライドがガタガタと崩れる音がする。今まで培ってきた正義感が否定されたかのようだ。

「だって、ウノおじさんはうそつきでチャコおねえちゃんとアニカおねえちゃんをじゃまものあつかいしたんだよ?」
「でも……だからって……」


アニカの嘆きを他所にリンは聖母のような優しい笑顔を今まで守ってきてくれた心優しいアリスへと向ける。

「アニカおねえちゃん、リンにとくべつなちからをおしえてくれてありがとう。まもってくれてありがとう」

くすり。言葉の端で浮かべる妖艶な微笑。それと共に脳に語り掛ける「リンを愛せ」という信号。
一度解除できれば精神がどれだけ弱っていても解除は容易い。瞬きの間に催眠から抜け出す。

「リンのちから、アニカおねえちゃんにはもうきかないんだ……ざんねん……」

ぶーと頬を膨らませるかつての守るべき少女。彼女はいったい何者なのか。その変貌が恐ろしい。
絶句するアニカを尻目にリンはスカートの裾をつまんで、令嬢のように一礼する。

「ばいばい、アニカおねえちゃん。チャコおねえちゃんのつぎにすきだよ」
「まっ―――――――」

その言葉と最後にリンの姿がだんだんと小さくなっていく。そして残されたのは殺人によって命を拾った正義の探偵。
もしリンに異能を教えていなければ。もしリンにマチェットを渡していなければ。もし―――――。
あらゆるIFが脳裏を駆け巡る。そして行き着く先は惨めな自分。自責の念が己を蝕む。

「リンを……追いかけなくちゃ……」

ふらつく身体に鞭を撃ち、天宝寺アニカは立ち上がる。
急いで追いつかなければ。これ以上あの子が惨劇を引き起こす前に。これ以上あの子が危険な目に合わないように。

【宇野 和義 死亡】

【C-4とC-3の境目/有磯邸/一日目・朝】

天宝寺 アニカ
[状態]:異能理解済、疲労(特大)、精神疲労(大)、精神的ショック(大)、後悔、夾竹桃による中毒症状(中、回復中)
[道具]:殺虫スプレー、スタンガン、八柳哉太のスマートフォン、斜め掛けショルダーバッグ、包帯(異能による最大強化)、スケートボード、ラレラレドリンク、ビニールテープ
[方針]
基本.このZombie panicを解決してみせるわ!
1.私がもっとしっかりしていれば……。
2.リンを追いかけなくちゃ。
3.Ms.チャコが地下研究施設について何かを知ってるかもしれないわね。
4.何なのよ、この村は……。
4.私のスマホどこ?
[備考]
※他の感染者も異能が目覚めたのではないかと考えています。
※虎尾茶子が地下研究施設について何らかの情報を持っているのではないかと推理しました
※異能により最大強化された包帯によって、中毒症状が治りつつあります。
※リンの異能を理解したことにより、彼女の異能による影響を受けなくなりました。
※浅野雑貨店、山折総合診療所、広場裏の森林地帯に違和感を感じました。


アニカおねえちゃんはとってもいい子だからすき。ふしぎのくにをぼうけんしたアリスみたいでとってもかわいいおんなのこ。
そして、リンをだきしめてくれたとってもきれいでとってもやさしいチャコおねえちゃん。
うそつきおおかみさんからリンをまもってくれたとってもかっこいい、リンのおうじさま。
リンがはじめてだいすきになったおんなのひと。わるいパパからにげてリンをたすけてくれたんだね。
チャコおねえちゃんのことをかんがえるとおむねがキュンってしちゃう。だきしめられたときのことをおもいだすとドキドキしちゃう。
チャコおねえちゃんがどこにいったのかはわからない。チャコおねえちゃんがいないとなきたくなっちゃう。
えほんだとおひめさまはおうじさまとキスをしてしあわせになるんだって。だから――――。

「まっててね、チャコおねえちゃん」

【C-3/高級住宅街/一日目・朝】

【リン】
[状態]:異能理解済、健康、虎尾茶子への依存と庇護欲、血塗れ
[道具]:マチェット、エコバッグ、化粧品多数
[方針]
基本.チャコおねえちゃんのそばにいる。
1.チャコおねえちゃんをさがしにいく。
2.うそつきおおかみさんなんてだいっきらい。
3.だいすきだよ、チャコおねえちゃん。
4.リンのじゃまをしないでね、アニカおねえちゃん。
[備考]
※VHが発生していることを理解しました。
※天宝寺アニカの指導により異能を使えるようになりました。

083.catch and kill 投下順で読む 085.元凶
081.忸怩沈殿槽 時系列順で読む 082.Zombie Corps
風雲急を告げる リン 山折村血風録・窮
天宝寺 アニカ
宇野 和義 GAME OVER

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最終更新:2023年07月12日 22:41