「躾の時間だ、野生児…………!」

言って、特殊部隊の狙撃手、成田三樹康はホームセンターの屋上を睨み付けた。
彼の視線の先には成田を屋上から駐車場まで叩き落としてくれた野生児がいる。

落下の際に打ち付けた背の痛みは動けなくなるほどではないが、全く気にならないともいかない。
機動力は3割減と言ったところか。もっとも余り動き回るようなスタイルではないのでさほど支障はないが。

屋上のクマカイは成田を蹴落としたことに満足してそのまま去っていく可能性もある。
だが、奴が狩人ならば、仕留め損ねた獲物を放っておくはずがない。
とどめを刺すべく降りてくるはずだ。

このまま成田もホームセンターに突入すれば中でかち合う事になるだろう。
射撃戦なら障害物の多い室内戦は悪い選択ではない。
撃ち合いであれば大抵の相手であれば成田が勝つ。

だが、敵は徒手空拳。
こちらの銃撃を掻い潜って近接を狙ってくるだろう。
死角や遮蔽物の多い室内戦が有利に働くのは相手の方だ。

狙撃手にとって有利な地形は射線が通り、身を隠す遮蔽物がある地形。
すなわちこの駐車場である。

こんな小さな村で必要なのか? と思うほど広大な駐車スペースが広がっていた。
「ワシントン」の看板を確認する。ホームセンターの営業時間は~22:00。
地震発生が深夜であったためか駐車場に停められている車は少なく、翌日の商品補充のためか運搬用トラックが止まっている。
落下した成田のクッションとなった車は駆け込みの客が駐車したものだろう。

成田は自分が潰してしまった車から離れ、隣に駐車されていた車へと移る。
装備を狙撃銃からハンドガンに持ち替え、特殊部隊の狙撃手はボンネット越しに銃口を構えた。
出てきた瞬間に頭を打ち抜くつもりで、照準はホームセンターの正面入口に合わせて野生児を待ち受ける。

だが、その想定は甘い。
あのクマカイが、素直に正面入り口から出てくるはずもない。

成田を蹴り落した際に壊れたフェンスから、クマカイが飛びだした。
頭から真っ逆さまに墜ちるように、ホームセンターの屋上から落下する。
殆ど飛び降り自殺だ。怖いもの知らずにもほどがある。

だが、クマカイにとってビルの側面を降りることなど階段を歩くも同じことだ。
ホームセンターの僅かな凹凸に手足を引っ掛け、四つ足のままで駆け降りてゆく。

「階段使えよ、野生児!」

H&K SFP9からレミントンM700に持ち替え直し、落下するように落ちてくるクマカイを狙撃する。
それを読んでいたかのようにクマカイは壁際に触れていた手を離して、下に向かって壁を蹴った。
地面に向かって加速する。その急激な速度変化を追いきれず弾丸は壁に銃痕を付けるに留まった

飛び降りても受け身のとれる高さであると判断したのだろう。
それでも2階ほどの高さはあるが、この野生児にとってはその程度苦でもない。
クマカイは駐車場のコンクリート地面にネコ科動物ようにしなやかに着地した。

その着地を狙って成田が再び持ち替えたハンドガンで銃撃を行う。
だがクマカイはいち早くその場を飛び退き、近場に駐車されていた運搬用のトラックの影に隠れた。

着地狩りを読んでいた、と言うより勘がいい。
人間ではなく野生の獣を相手にしているようだ。

成田は拳銃を構えたまま照準越しに敵の隠れるトラックを睨み付ける。
無理に回り込んだりせず、次の動きがあった瞬間に蜂の巣にするつもりで敵の出方を窺う。
機を待つことに関してスナイパーに勝るモノなどいない。
相手が焦れて飛び出した瞬間が終わりである。

その予測を裏切らず、堪え性のない野生児が動いた。
トラックの荷台からクマカイが勢いよく飛び出す。
狙いすましたように撃ち込まれた弾丸が、標的に直撃した。

だが、その弾丸は金属音に弾かれる。
飛び出したクマカイの手には、搬入トラックにあったであろう金属製のドアが握られていた。
全身を覆い隠すようなそれを盾にしながら一直線に強引な突撃をしてくる。

その足を止めるべく、数発弾丸を撃ち込んだがハンドガンでは金属扉を撃ち抜けない。
成田はすぐさまハンドガンを収め、扉ごとぶち抜ける狙撃銃に持ち替えるが、クマカイの方が一手早い。
距離を詰めたクマカイは盾にしていた扉をそのまま成田に向かって投げ付けた。

狙撃手は構えを取ったまま身を屈め、潜り抜けるようにして投げつけられた金属扉を避ける。
だが、その後ろに追従するように距離を詰めていたクマカイがいた。
素手の距離へと間合いが詰まる。

「シャ―――――ッ!!」

クマカイが凶爪を振り抜く。
狙いはマスク。爪先でも掠めれば、どこかに引っ掛けて跳ね飛ばせる。
振り上げるようにして特殊部隊の弱点を攻撃した。

「ッッ!?」

だが、その一撃は間に差し込まれた腕によって防がる。
成田は遠くから眺めていた乃木平との闘いから、そう来ることを読んでいた。
半端な刃物よりも切れ味が鋭いクマカイの爪も防刃効果のある防護服を切り裂くには至らない。
彼女の野生は科学の粋には届かなかった。

戸惑うクマカイを成田は前蹴りで引き剥がすと、バランスを崩した相手に向けて手にしていた狙撃銃を構える。
この間合い、バランスを崩した状態であっては如何に超人的な身体能力を持つクマカイとは言え避けられない。
引き金に指をかけ、とどめを刺そうとした。瞬間。
成田の持つ狙撃銃がバトントワリングのようにクルリと銃身を回転させた。

「「!?」」

困惑は双方から。
クマカイを狙っていた銃口が成田の顔面に向けられる。
戸惑いの暇もなく狙撃銃の引き金が引かれ、朝の駐車場に銃声が鳴り響いた。

「ッ…………!」

だが、成田は自らに向かって弾丸が放たれる直前で銃口を払いのけ、ぎりぎりで回避に成功する。
放たれた弾丸は防護マスクを逸れ明後日の方向へと飛んで行った。
取り回しの悪い狙撃銃だったからこそ避けられたが、
小回りの利く拳銃だったら避けようがなかっただろう。

目の前で引き起こされた光景にクマカイも呆気に取られていた。
己が狩られると覚悟した瞬間、突然の前の相手が狙撃銃で自殺を始めたと思いきや自らそれを防いだ。
傍から見れば訳の分からない行動である。
当然だ、なにせ成田自身ですらわかっていない。

これが異能による攻撃であるのは明らかだった。
だが、クマカイの異能は食人によるコピー能力。
このような現象を起こせるはずがない。

ならば、答えは一つ。別の異能者がいる。
それを瞬時に理解した狙撃手の視線が駐車場を這い、その姿を認めた。

黒の祭服が風に揺れる。
まるでこの世ならざる枯れた幽鬼。
駐車場の入り口にその男は立っていた。

「―――――物部天国」

成田がその名を呼ぶ。
国際指名手配された日本の破壊を謳うテロリスト。

直接SSOGに任務が下った訳ではないので詳細な情報までは降りてきていないが。
天国が率いるテロ組織に最近怪しい動きがあるという程度の話は公安筋から耳に入っていた。
それがまさかこのような場所に居ようとは、思いもしなかった。

「…………国ぉ家のぉ……狗めぇが…………ぁッ!」

地獄の底より響く呪詛のようなしゃがれた声。
狂気を汚濁で煮詰めたような酷く澱んだ眼が特殊部隊を見つめる。
そこに込められた侮蔑と憎悪はそれだけで人を殺せるほどの圧があった。

その姿を認めた天国の脳が疼く。
脳の根本に残留する弾丸が発火するように熱を帯びる。

忘れもしない。
壊れた脳裏に焼き付いて離れない。
マスクの下より覗く、切れ長で爬虫類のような冷たい目。

嘗て公安によって行われたテロ組織掃討作戦。
混乱に乗じて逃げ延びた組織の首領。
それが物部天国であり、そのネズミ狩りに駆り出されたのがSSOGである。

隠れ家である下水道を逃げ回っていた天国を追いつめ、その頭を打ち抜いた狙撃手こそ、成田その人だ。
下水に流され糞尿と汚物に塗れたその恥辱と痛みと恨みを、天国は決して忘れはしない。
そして成田にとっても仕留めそこなった獲物だ。狙撃手として目の前の相手の生存は恥辱である。

天国が指の欠けた手で、銃口を向けるように自らを撃ち殺した狙撃手を指差す。
しわがれた喉から、最もありふれた呪いの言葉が吐き出される。


「――――――――死ね」


その言葉に呼応するように成田の手が動いた。
ボルトアクションによって薬莢を排出すると、コッキングを行い次弾を装填。
再び銃口を自らに突きつけ自殺の様に引き金を引く。

だが成田は身を仰け反らせ、あっさりとそれを避ける。
そもそも狙撃銃での自殺など、やろうと思ったところでそう簡単にできる事ではない。
長い銃口を固定するのは困難であり、引き金は手から遠くそれを引くのも無理な体制となる。
そのような不安定な狙撃など避けるだけなら大して難しい話ではない。もちろん特殊部隊基準の話だが。

だが、疑問は残る。
これはどういう異能だ?
自殺願望を植え付ける異能?

成田は脳内に愛する妻と可愛い娘の顔を思い浮かべ自らの精神状況をセルフチェックする。
今度の休日には娘が初めての手料理を披露してくれる約束だ。待ち遠しくて仕方ない。
成田の心は愛と希望、生きる気力に満ち満ちている。精神状況は正常だ。
この自殺行為は精神から来るものではない。

ならば異常は成田ではなく狙撃銃に起きているのか?
狙撃銃自体が暴走しているとするのならば対処は簡単だ。今すぐに狙撃銃を捨ててしまえばいい。
引き金を引くものが居なければ弾丸が打ち出されることはないのだから。

だが、成田はそうしなかった。
狙撃銃から狙われ続ける現状維持を良しとした。

何故なら、そうであると言う確証がない。
現状が対処不可能な危機的状況であるのなら博打を打つのも一つの策だが
そうでないのなら状況が悪化する可能性のある行動をとる必要はない。

そして、結果から言えばその選択は正解だった。
物部天国の異能。
それは自らの持つ武器が自らを襲う、自業自得の罰を与える自滅の呪い。
最も強い武器が己を殺す呪いの対象となる。

スナイパーにとって最も強力な武器は狙撃銃に他ならない。
だからと言って仮に狙撃銃を捨てていたのなら次に選ばれるのは小回りの利くハンドガンになっていただろう。
そうなれば呪いによる拳銃自殺は回避不可能となっていただろう。

成田は自らを狙う狙撃銃を持ち続ける決断を下した。
それはつまり片腕を封じられた状態でクマカイと天国の相手をするという事だ。
自らを殺そうとする自分の片手と合わせて、実質3対1。

だが、何の問題もない。
この程度の窮地、乗り越えられずして何が秘密特殊部隊か。

「…………死ね――――死ね、死ねぇッ!!!」

特殊部隊の狙撃手に向けテロリストから散弾の様に呪いの言葉が投げつけられた。
その言葉に従い、自らを殺すべく成田が狙撃銃に次弾の装填を始める。
同時に、テロリストの逆方向から地を這うような四つ足の野生児が襲い掛かった。

最悪の挟撃。
だが、成田は慌てることなく、その全てに対応した。

熟練した狙撃手である成田はボルトアクションを片腕で行う事が出来る。
その特技を生かし、狙撃銃をあえて利き腕とは逆の左手で持つ。
両手を塞ぐことなく呪いを左手に集約させ、フリーな右手にハンドガンを持った。

そして成田は自らの指差の動きに集中し、狙撃のタイミングを検知。
それに合わせてハンドガンの底でトンと狙撃銃の銃口を叩いて狙いを逸らすと、そのまま右手のハンドガンを滑らせ迫りくるクマカイの足元を撃つ。
クマカイは足を止め飛び退き、車の影に隠れた。
次いで身を反転させ天国を狙うが、既にクマカイと同じく車の影に隠れたようだ。

この状況で圧されているのは、むしろクマカイと天国の方だ。
成田を取り囲みながら近づくこともできず、駐車されている車の影に隠れて様子を窺う事しかできなかった。

当然、そのような状況を良しとするクマカイではない。
狼の様に機敏な動きで駐車されている車の影を伝っていくと、成田の後ろへ回り込んだ。

そして成田が振り返るよりも早く、その背後へと襲い掛かる。
成田はそれを振り返るでもなく、仰け反るようにして僅かに首を傾けた。

「ぉぐ…………ッ!?」

するとそこから飛び出した弾丸がクマカイの脇腹を掠めた。
狙撃銃の威力は掠めるだけでも肉を抉る。
飛び掛かろうとしたクマカイが腹部を抑えながら後方に飛びのいた。

狙撃銃による呪い。
成田にもこの異能の特性が分かってきた。

狙撃銃による呪いは常に必殺を狙い頭部を撃ち抜こうとして来る。
天国の意思を具現化したような大した殺意だが、撃ちやすい手足ではなく無理な体制でも頭部を狙い続けるのは余りにも単調だ。

駆け引きもなく、ただ頭を狙ってくるだけ。
そう分かっていれば避けることはそう難しい事ではない。
それどころか自らの頭部を狙う弾丸の射線上に敵を置き、呪いを利用して避けた弾丸で狙い撃つ。
このような曲芸も狙う事が出来る。

続けて、成田は仰け反った体制のままハンドガンの照準を合わせる。
狙うのは天国。車の影から飛び出した頭部目がけて引き金を引く。
放たれた弾丸はかつての再現の様に脳天目がけて吸い込まれて行った。

弾丸が直撃し、衝撃にたたらを踏み天国が仰け反る。
ヘッドショットが決まり、完全に仕留めた。かと思いきや、天国がすぐさま跳ね起きた。

自らの頭部を狙った弾丸を、天国はその手で受け止めていた。
無論、素手と言う訳ではない。
その手には何か粘土のような塊が握られており、それで弾丸を受け止めたようだ。
それが何であるかを認識した成田の背筋が凍る。

そして天国は手にしていた粘土に小さなパイプを刺すとそのまま目の前へと放り投げた。
成田はすぐさま身を翻し、飛び込むようにして近場の車の陰に逃げ込んだ。
それが何であるか分からぬクマカイは一瞬反応を遅らせたが、成田の慌てた様子と危機を知らせる野生の勘に従い、僅かに遅れながらトラックの影へと飛び込む。
それとほぼ同時だった、突き刺されたパイプが地面に触れたのは。

瞬間、駐車場に爆風が吹き荒れ、轟音が響き渡った。

凄まじい爆発が巻き起こる。
炎と破片が空に舞い上がり、盾となった車越しに衝撃が伝わる。

C-4爆弾。
軍事や民間で広く使用されているプラスチック爆薬で構成されている非常に強力な爆発物だ。
粘土の様な可塑性があり、その爆発力から爆破工作や建物破壊などの様々な軍事作戦に使用されている。

C-4の特徴として衝撃や熱に対して高い耐性を持っている安定性が上げられる。
そのため弾丸を打ち込んでも誤爆することはあまりない。
だとしても、爆弾で弾丸を受け止めるなど正気の沙汰ではない。

狂人。
そう称するに相応しい狂い果てた男。
それが物部天国だ。

爆破により破損し盾としての役割を果たせなくなった車の残骸から成田が離れる。
そして周囲に駐車されている車から離れ、周囲に駐車された車のない中央へと移動した。

敵が爆薬を持っているという事実は戦況を変える。
何故なら、駐車場の車に既にC-4が仕掛けられている可能性があるからだ。

天国がどこをどう動きどの車に触れてきたのか。
活発なクマカイの動きに気を取られ、天国の動きまでは完全には追いきれていない。

爆弾がどこに仕掛けられているかもわからない。
そもそも仕掛けられていないかもしれない。
だが、仕掛けられている可能性がある以上、下手に近づくことができない。

爆破の盾として逃げ込んだ先が爆破されるなんてことは戦場ではよくある事だ。
成田が優秀な特殊部隊員であるからこそ、その可能性を無視できない。

だが、車に近づけないという事は、今C-4爆弾を投げ込まれたら車を遮蔽物として隠れることができないと言う事だ。
あまりにも危うい危機的状況に置かれていた。

だが、この危機的状況よりも気にかかる事が成田にはあった。
物部天国が爆弾を持っていたと言う事実。
そこがどうにも引っかかった。

交通機関や建造物の爆破はテロの常套手段。
爆弾はテロリストが持つに相応しい武器だろう。
そこに疑問はない。

成田が引っ掛かっているのは別の所だ。

物部天国。
日本転覆を目論むテロ組織の首領。
公安がマークするテロルのカリスマ。

そんな男が何故こんな辺鄙な村にいるのか。
いくら物部天国が狂人であろうとも何の目的もなしにC-4を持ち歩くわけがない。
ならば、なんの目的でここに居て、この爆弾で何を爆破するつもりだったのか?

それとも――――既に何かを爆破した後なのか?


山折村に秘密裏に作られた地下研究所。
日の届かぬ灰被りなその資料室に似つかわしくない美しい一人の巫女がいた。
彼女こそ、この村を救う事を使命とした女王、神楽春姫である。

巫女は重厚な書棚に囲まれた空間で、優雅に本を手に取り、そのページをめくっていく。
書物のページをめくる音はまるで知識のささやきのようだ。
彼女の指先は繊細に、そして確かに書かれた言葉を辿っていく。
黒曜石のような目を滑らせ黙々と知識の海に向き合っていた。

と言うのは嘘である。
春姫は仮眠室のベッドでゴロゴロと寝ころんでいた。
怠惰な休日さながらの様子で、漫画でも読むように資料室から適当に持ち込んだ資料に目を通していた。
ちなみに元から仮眠室にいたゾンビたちは彼女の神気に中てられて部屋の片隅で大人しくしている。

しばらくそうしていたが、読んでいた資料を閉じると枕元に積んでいた山の上に置く。
ひとまず何冊か資料に目を通したが、結局爆薬の作り方など分からなかった。
無駄に細菌と脳科学について詳しくなっただけである。

資料室には世界各国多様な専門書があったが無秩序に集められたと言う訳ではない
この研究所で行われているのは兵器開発ではなく細菌研究だ。
細菌兵器である可能性もあるが、どちらにせよ爆薬とは縁遠い。
爆薬の作り方が書かれているような資料は用意されていなかった。

こうなってくると下層に突入するには正規のカードキーを探し当てるという正攻法しかない。
だがそんなモノどこで手に入れればいいのか。
ここにいるゾンビは下級職員ばかりなのか持っていそうな気配はない。
このままでは手詰まりだ。

どうしたものかと、うーんとあくびをするように両手を伸ばして寝返りを打つと、その拍子に壁際に立てかけていた宝剣が倒れた。
ガンと、倒れた宝剣がフローリングに打ち付けられ、僅かなへこみが出来る。
それを見て、ふむ。と頷いた。

そして何を思ったのか春姫はベッドから飛び起き仮眠室を出ると、真っ直ぐに研究所の最奥へと向かう。
その扉を開くと、ひんやりとした空気の漂い、打ちっぱなしのコンクリートが春姫を出迎えた。
別のフロアに繋がる階段の踊り場である。

そのまま彼女は地上に戻るのではなく、地下向かって階段を下って行った。
定石を守らぬ女。段階を踏むなどと言う発想がそもそもない。
B2の踊り場を通過し、そのまま最下層のB3へ。

最下層であるB3の扉の前に立つ。
そこにはキー認証と番号入力のみならず、上層では見られなかった新たな装置が加わっていた。
どうやら網膜による生体認証のようだ。より厳重な管理体制が敷かれていることかから中の設備の重要度が伺える。

だが、ここに来たところでどうすると言うのか。
当然鍵など無く入る手段などない。
入力する番号とて同じとは限らない以上、その何一つとしてクリアできていない。
これに対して春姫の示した答えは、これだ。

「っ………………せぃッ!!」

掛け声とともに、扉に向かって振り上げた宝剣をガンガンと打ち付け始めた。
剣術の達人の様に華麗に斬鉄とはいかずとも鈍器のように叩き付けることはできる。
春姫自身、宝剣を儀式用の飾り剣だと思っていたが、思いのほか頑丈であることが分かった。
故に、このような強硬手段に出た。

だが、相手はただの扉ではない。
秘密裏に行われていた地下研究所の秘密を守護する扉である。
その材質は銀行の金庫扉にも使われているような合金が使用されている。
ドリルや溶断機を使おうともそう簡単に破壊できるものではない。
そんな扉を刃物で破壊しようなどと、本来であれば徒労に終わる浅知恵にしかならない発想のはずだったのだが。

ガキンという音。
何度か打ち付けたところで、削れて開いた隙間に刃先が入った
全てを破壊する必要はない、どんなカギだろうと閂になっている所を壊してしまえば開くものである。
入った隙間を軸にテコの原理で宝剣に全体重を乗せたり柄頭を蹴りつけたりして損傷を広げていく。

本来であればこれはありえない事だ。
だが、今のこの宝剣は、異世界を救った聖剣の力を宿していた。
切れ味と頑丈さは伝説級のそれである。

その力を利用して削り、抉じ開け、扉を開く。
伝説の剣を草刈り機やピッケルにするがごとき所業だ。
異世界の人間が見れば卒倒するような聖剣に対する扱いである。

「…………………よしっ!」

一仕事終えた春姫が額の汗をぬぐう。
最奥の秘密を守護る扉は錠の部分がボコボコに破壊されていた。
役目を果たす事も出来なくなった扉がゆっくりと開かれる。

研究所の最奥。
過程も定石も常識も完全に無視した女によって、一連の騒動に纏わる深淵への扉はこうして開かれた。

春姫が壊れた扉を押し開く。
その扉を開き、そこに広がっていた光景を目にした瞬間。
春姫が目を見開き動きを止めた。

――――――死体だ。

そこには大量の死体が転がっていた。

地獄と化した山折村において、死体などもはや珍しくもない。
だが、目の前で広がっている光景は、それにおいても異様だった。
死体たちは死に際する恐怖と絶望、あるいは歓喜に顔を歪ませていた。

ウイルスとゾンビが溢れる地上とはまた違う地獄が広がる地下。
誰もが侵入を躊躇うような空間に彼女は恐るべき蛮勇で踏み出してゆく。

春姫は不愉快そうに眉を歪めながらも周囲を観察する。
死体はその大半が銃によって死亡しているようだ。
そしてその服装から3つの所属に分かれているのが見て取れた。

一つは、白衣を着た死体。
研究所の研究員だろう。この場に居て当然の存在である。
彼らは逃げようとした所を撃たれたのか、その大半が背を撃たれており、白衣を赤に染めていた。

もう一つは、B1の監視室にいたゾンビたちと同じ服装をした死体。
この研究所を守護る警備員だろう。
彼らは研究員たちを守ろうとして襲ってきた何者かと争い、職務を果たし殉職したようだ。

そして最後の一つ。
それはここまでで見たこともない神父のような祭服を纏った男たちだった。
彼らの死体にはどこか狂気じみた笑みが張り付いており、信仰に殉じた殉教者のように見える。

いや違う。
この服装。春姫は見たことがある。
それはこの研究所の中ではなく、この研究所にたどり着くまでの道中だ。
春姫に不敬を働いた気狂い。奴の服装に似ているのだ。

状況を鑑みるに、この祭服連中が研究所に攻め入ったのだろう。
警備員たちと銃撃戦になって相打ちになったと言ったところだろうか。
だとしても全員が綺麗に全滅したとは考えづらい。
生き残り最後にとどめを刺した人間いるはずだ。それがあの気狂いなのだろうか?

ひとまず中に踏み込んだ春姫は、まず近場に転がっている研究員の死体に触れた。
死体は冷たく、体温は既に失われている。
人間と言うより冷凍から解凍された直後の肉の塊に触れたようだ。

それ以上に印象的なのはその硬さだ。
死後硬直と言うヤツだろう。関節が固定されたように動かなくなっている。

確か死後硬直は10時間前後がピークであり、ピークを過ぎると硬直は和らぐと聞く。
腹の具合からして、現在時刻はもうすぐ8時になろうという頃合いだろう。
地震発生は確か昨日の22時前だったと記憶している。

となると死亡推定時刻から考えるに彼らが殺し合ったのは地震発生の前後の事だろう。
だが、それは少しおかしい。
この事件はバイオハザードを機にして起きたのではなかったのか?
それより前に殺し合いが行われたのはどういうことなのか?

様々な疑問を抱えながらも春姫は一旦死体から離れる。
そして死体の転がる地獄のような廊下を進んでゆく。

『脳神経手術室』『新薬開発室』『感染実験室』『動物実験室』

B1と違って防護服もなしに突入するのは躊躇われるような物騒な名前が立ち並んでいた。
春姫は根拠のない自信で突き進む女ではあるが、危険とわかっている場所には踏み込む阿呆ではない。

防護服を死体から剥ぎ取ってもいいのだが、銃撃で穴が開いていては使い物になるまい。
何より、洗濯もしてない他人の着古しなど春姫が着るわけがなかった。
そうして、廊下を進んでいくと『細菌保管室』と書かれたプレートの前にまで辿り着いた。

細菌保管室の壁には大きな穴が開いていた。
ウィルスはここから漏れ出したのだろう。
ここがバイオハザードの発生地点。全ての始まり。グランドゼロ。

その穴が地震によって崩れモノではないのは春姫の目にもすぐに見て取れた。
何故なら、穴の周囲は黒く煤焦げた跡が残っており、この壁が爆破によって破壊されたのは明白だったからだ。
状況から見れば祭服の男たちの仕業だろう。

祭服の男たちは何者だったのか。
何のためにこんな事をしたのか。
分からない事だらけだが。
分かった事実が一つ。

このバイオハザードは、地震によって引きこされた天災ではない。

人為的に引き起こされた人災である。

【E-1/地下研究所・B3 細菌保管室前/1日目・午前】

神楽 春姫
[状態]:健康
[道具]:血塗れの巫女服、ヘルメット、御守、宝聖剣ランファルト、研究所IDパス(L1)
[方針]
基本.妾は女王
1.研究所を調査し事態を収束させる
2.襲ってくる者があらば返り討つ
※自身が女王感染者であると確信しています


「まさか――――――お前が元凶か? 物部天国」

成田は、その結論を得た。

この村で天国のテロの対象になりうるとしたら、それは研究所以外にないだろう。
日本の国家転覆を狙う天国の目的と研究所の破壊がどう繋がるのかまでは分からないが。
もし、すでにそのテロ行為が完了しているとしたら。
そのテロ行為によって研究所のウイルスが漏れ出したのだとしたら。

この地獄は物部天国の作り上げた地獄と言う事になる。

SSOGの任務はあくまで事後処理。
原因究明は二の次ではあるのだが。
目の前に元凶がいるとなると流石に話も変わってくる。
それが自分の仕留めそこなった男であるというならなおさらだ。

「お前はここで死ぬべきだな、物部―――――!!」
「――――――ぉ前が、死ねぇ!」

言って、天国の手からC-4が投げ込まれた。
爆弾の有無を理解している天国と、脅威が潜んでいる可能性すら理解していないクマカイは車のバリケードに隠れている。
このまま爆発すれば、遮蔽物もなく身を晒している成田一人が死ぬことになるだろう。

だが瞬間。呪いによる狙撃銃による自殺と交錯するように成田のハンドガンが火を噴いた。
まるで二つの体があるように自殺を避けながら標的を撃つ。
0.2秒の早打ちが放り投げられたC-4へと直撃する。

だが、C-4は弾丸を打ち込んだところで起爆するようなことはまずありえない。
多少の軌道が逸れた所で無防備な成田が被害を受けるのは変わらぬ事実だ。

当然、そんなことは成田も理解している。
だから、狙ったのはC-4そのものではない。
そこに差し込まれた小指ほど小さなパイプ、すなわち雷管である。

「ぐぉおおおおおおおおおおおおッ!!」

雷管が弾け、C-4爆弾が爆発する。
成田は咄嗟に地面に落ちていたクマカイが投げつけた鉄扉を拾い上げた。
直撃を防げるほどの強度はないが、遠目の爆発であればこれで十分防げる。

天国も車をバリケードとしていたが、投擲の直後の近接による爆発では熱と衝撃を完全に防ぐことなどできない。
炎と熱が天国の身を焼き、その動きが僅かに止まる。
爆風の中、成田も小さな盾を構えるのに必死で動くことはできない。

故に、そこで動けたのはクマカイだけだった。
無知故の怖いもの知らず。
野生故の勝機を逃さぬ嗅覚。
車の影を伝うように獣がごとき速度で駆け抜ける。

その向かう先にいるは成田ではなく――――天国。

これは元より包囲網ではなく三つ巴。
始めから味方などおらず、ここにいるのは全員が敵だ。

クマカイがこれまで天国を狙わなかったのはこの場でもっとも強いオスが成田だったからだ。
それを狩るために天国を利用していたが元より協力関係ではない、ただの利害関係だ。
だが、先の爆発に巻き込まれかけたクマカイは天国を脅威として認識した。
故に隙を見せれば狩るのみ。

駆け抜ける勢いを乗せた飛び蹴りが天国の胸部に叩き込まれた。
メキメキと樹木がヘシ折れるような乾いた音が響く。

「ごふぅ…………ぉ前ぇはぁ――――」

水気を含んだしゃがれ声。
塊のような血を吐きながら、胸部に突き刺さったクマカイの足を天国が掴んだ。
やせ細った非力な男の拘束などクマカイの力であればすぐさま振りほどける。

だが、それよりも早く、枯れた枝木の様な指でクマカイを差した。
日本人を呪うテロリストが潰れた喉で声を放つ。

「――――――違ぅなぁ」

指さしていた手を伸ばし、指の欠けた痩せた手のひらがクマカイの頭を優しく撫でた。
あまりに予想外のその行動にクマカイもあっけにとられて動きを止める。

物部天国は狂人である。
だが、いや。だからこそ殴られたから殴り返すなどと言う程度の低い次元で生きていない。

憎悪で身を焼かれ続けながら。
恨みで脳を焦がし続けながら。
それでも忘れぬ信念がある。

全ての日本人を滅ぼす。
嶽草優夜に擬態した黄緑の髪に騙されたという訳ではない。
彼の唱える日本人とは血筋の話ではない。
飼いならされた精神の話だ。

誰にも侵されていない。
誰にも飼いならされていない。
その心は自由だ。
ならば、天国にクマカイを害する理由はない。

己の生存と言う野生の絶対命令を上回る信念と言う名の狂気。
人の世という汚濁で濁り切った眼の色。
男の奥底にある野生の世界に存在しないその在り方にクマカイは慄いた。

人喰い熊にも正面から向かい、銃を持った狩人にすら背を向けた事がない。
そんなクマカイが、目の前の相手を恐ろしいと感じている。

それが屈辱であるとすら感じる余裕すらなく、クマカイは駆け出した。
敵に背を向け、この場から逃れるためだけに駆ける。
それは次に勝つための一時的な撤退ではなく、純然たる恐怖による逃亡。
クマカイにとって初めての経験である。
そのままクマカイは脇目も振らず逃げ出していった。

炎が舞い上がる。
去っていく野生児の背を見送り、血濡れのテロリストが爆発を受け炎上する車から離れた。
その胸骨は砕け、大量の吐血をしながらも、その眼は変わらぬ暗い光を宿したままだ。

カランという音が鳴る。
焼けこげた鉄扉を投げ捨て狙撃手が立ち上がった。
左手は別の生き物のように次弾の装填を続けている。

下水道で生まれた因縁がこの駐車場に集約する。
秩序の守り手と秩序の破壊者が揺らめく炎を挟み対峙した。

「よぅ。テロリスト。この地獄は、お前が作り上げたって事でいいのかい?」
「違ぅなぁ……私ぁ欺瞞に満ちぃた虚飾をぉ破壊しただヶだ。こぉれがぁ世界のぅ真実の姿だ」
「真実……?」
「そぅだ。救世なぁどと言ぅ戯言を唱ぇる愚者の城を爆破し、私がぁこの世が地獄でぁる事を示したのだ!
 この地獄こそ我が怒ぃの具現、絶望の具現でぁると知れ…………!」

天国が何をするでもなく、始めらこの世は地獄だ。
天国が行ったのは、その事実を誰もが見える形に可視化したに過ぎない。

どこぞの辺境の地で秘密裏に世界を救う研究が行われているという噂を聞いた。
そのような誰もが切り捨てる世迷事を真に受け、壊しに来たのが天国だ。
今の日本に救う価値などない。
世界を救う研究を行っているのなら世界を破壊するまで。

狂人の妄言にしか聞こえないが、証拠が出るわけでもなし自供としては十分だ。
ここから先に言葉は不要。
爬虫類のように感情のない冷たい瞳と沈み切った汚泥のような漆黒の瞳が衝突して冷たい火花を散らす。

炎が弾ける音だけが響く僅かな静寂。
それを壊すように、今もなお続く狙撃銃の呪いが、合図の様に鳴り響いた。

刹那。成田の右腕が閃光のように揺らめく。
この距離の早打ちで成田に勝てる人間など世界広しと言えど5人といまい。
瞬きの間にH&K SFP9が構えられ、その銃口が”成田の”こめかみに突き付けられた。

天国の呪い。
その呪詛は天国の殺意によって強まるのか、あるいは異能の進化か。
ついにその呪いは左手の狙撃銃のみならず右手の拳銃までも操り始めたのだ。

皮肉にも、成田が一流の狙撃手であったため全ての動作は一瞬で完了した。
取り回しの悪い狙撃銃と違ってハンドガンは抵抗する間も与えずこめかみに突き付けられ、パンと軽い音が響きわたる。
頭部を撃ち抜かれた成田の体が力なく倒れた。

燃え盛る炎の前に立つは、黒き宣教師が一人。
赤く照らされる黒衣が熱風に揺れる。
狂った信仰を唱えるように、誰に言うでもなく世界に向けて高らかに声を上げた。

「私の怒りが貴様らに伝わっているか!? 私の憎悪が伝わっているか!?
 この国が私たちを苦しめ続けた限り、私の怒りは消えることはないのだ!
 この美しい国の裏側に潜む腐敗と欺瞞、それを隠蔽し続ける権力者たち! それに付き従うだけの狗どもよ!
 彼らはこの国を我が物顔で支配し、私たちを奴隷のように扱ってきた! 日本の体制が私たちの人間性を踏みにじり、尊厳を奪ったのだ!
 その腐敗にどれほど多くの人々が犠牲になったか知っているか? どれほど多くの家族が破壊され、人々が絶望に沈んでいるか?
 彼らは血で血を洗う戦争に私たちを引き込んだ! それは彼らの欲望のためだけだった! 彼らの利益のために、私たちの命が捧げられたのだ!
 このようなこと赦せるはずがない! だからこそ、私はこの国を転覆させるのだ!
 私の心には燃える怒りが宿っている!私はこの国を滅ぼし、彼らのこの国を支配から解放する!
 そのためには破壊だ! すべてを破壊しつくしか道はない! 今ある日本と言う国、国民、文化、秩序、その全てを破壊しつくす!!
 私はテロリストだと呼ばれるかもしれないが、私はテロリストと呼ばれることを誇りに思おう!
 私はただの復讐者ではない! 私はこの国に正義をもたらす存在なのだ!
 彼らが踏みにじった正義を、私は取り戻すのだ! この醜き日本に生まれたことを嘆いてもしょうがない! 私は選んだ! 私は下した!
 私は自らの運命を受け入れず戦う事を!  怒りを闘争のエネルギーとして、この国を変えるのだ!
 私はこの国を引きずり下ろし、悪しき支配者たちに裁きを下すだろう!
 私の手には爆弾があり、この国を揺るがす力を秘めている! 私はこの地にて正義を実行した! 今、この瞬間から、私の怒りがこの国を襲うだろう!
 世界の醜さを知らず安穏と暮らす日本人たちよ! 私の存在を知るがいい! 私の存在を恐れるがいい!!
 私は日本を転覆させ、新たな秩序を築く! 私の手でこの国を破壊し、再生させるのだ!
 私の正義が、この国を包む闇を照らすのだ! 私の叫び声が、この社会に真実の光をもたらすのだ――――――!」


「――――――うるせぇよ」


聞くに堪えない演説が、弾丸によって強制邸に停止させられた。

どこからか飛んできた弾丸が天国の頭部にぶち込まれる。
弾丸は頭蓋を貫き脳に達すると、その奥底に残留していた弾丸に衝突した。
そしてビリヤードのように弾かれ弾丸が後頭部から排出され、駐車場の地面にカランと落ちる。
天国の脳内で狂気を育てた憎しみの種は地面に赤い花を咲かせた。

この弾丸を放ったのは成田だ。
死んだはずの成田が倒れた体制のまま、天国の脳天を撃ち抜いたのだ。

成田は確かに自分のこめかみを撃ち抜いた。
だが、弾丸は成田を殺すことができなかった。
これこそが、今回の作戦にこの装備が選ばれた理由である。

隊員の安全性を考慮して持ち込む装備は防具となる防護服の強度を超えないモノに限定する。
真田副官のこの提言は強力な火器があってこそ本領を発揮できる狙撃手としては窮屈に思っていたが。
その決定に助けられた。副官は流石に慧眼であったという事か。

撃ち抜いたのがマスクではなく防護服に包まれたこめかみ部分であったのは幸運だった。
いや、あるいはかつて脳を撃ち抜かれた天国の殺意がそうさせたのかもしれない。

だが、弾丸の貫通は防げたが防護服は衝撃まで受け止められるわけではない。
そのため脳震盪により一瞬気を失っていたのだが、煩い声に目を覚ましたのである。

天国の異能は天国の殺意の具現だ。
既に殺した相手に殺意もないだろう。
天国が殺したと確信を得た時点でその呪いは解除される。
意識を取り戻した成田は、自由になった銃で高らかに演説する天国を撃ち殺したのだ。

天国の死亡を確認し、ふぅと息を吐いて立ち上がる。
このバイオハザードの元凶となった狂ったテロリストは仕留めた。
だが、それで何が解決する訳でもない。
このバイオハザードは元凶を仕留めたところで止まる類のモノではないのだから。
これは報告書に記述する文章が数行増えるだけの話でしかない。

正常感染者を一人仕留めた。
それだけの戦果だ。
事態は何一つ止まらず、彼の任務は続く。

せっかく手に入れた狙撃銃も随分と撃ち尽くされてしまった。
残弾は虎の子となる一発。おいそれとは撃てなくなった。
いざと言う時の切り札として切り所は考えねばなるまい。

そうして動き出そうとした所で、僅かに成田の足元がふらついた。
脳震盪はまだ完全に回復した訳ではないようだ。
回復するまでは大人しくしておいた方がいいだろう。
ひとまず、成田は身を隠して休息をとることにした。

【物部 天国 死亡】

【E-5/ホームセンター「ワシントン」駐車場/1日目・午前】

成田 三樹康
[状態]:軽い脳震盪、背中にダメージ
[道具]:防護服、拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフ、双眼鏡、研究所IDパス(L2)、謎のカードキー、浅野雅のスマホ、レミントンM700、.300ウィンチェスターマグナム(1発)
[方針]
基本.女王感染者の抹殺。その過程で“狩り”を楽しむ。
1.脳震盪が回復するまで休息
2.「氷使いの感染者(氷月海衣)」に興味。
3.「酸を使う感染者(哀野雪菜)」も探して置きたい。
4.ハヤブサⅢを排除したい。
[備考]
※乃木平天と情報の交換を行いました。
※ハヤブサⅢの異能を視覚強化とほぼ断定しています。

【E-4/商店街/1日目・午前】

【クマカイ】
[状態]:恐怖。右耳、右脇腹に軽度の銃創、左脇腹に銃創、肋骨骨折、内臓にダメージ(小)、嶽草優夜に擬態
[道具]:スタングレネード
[方針]
基本.人間を喰う
1.この場から逃げる
3.特殊部隊及び理性のある人間の捕食
4.理性のある人間は、まず観察から始める
※ゾンビが大きな音に集まることを知りました。
※ジッポライターと爆竹の使い方を理解しました。
※スタングレネードの使い方を理解しました

084.愛しの■■へ 投下順で読む 086.化け物屋敷
083.catch and kill 時系列順で読む
研究所探訪 神楽 春姫 山折村の歴史
対特殊部隊撃退作戦「CODE:Aurora」 クマカイ THE LONELY GIRLS
成田 三樹康 対感染者殲滅構想「OPERATION:TD」
導かれしモノたち 物部 天国 GAME OVER

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最終更新:2023年09月08日 21:33