「偉そうな口を利いていた割には、惨めな姿になったものよな、隠山祈」
春姫が、肉塊に戻った厄災を見下ろしながら言う。

「か、ぐら…… かぐらぁ……」
厄災は呪詛を囁くも、その言葉にはあまりにも力が無かった。

「恐怖に心折られたか。哀れな」
春姫は無表情にそう呟いた。

春姫の手の中で、聖剣が、討つべき厄災を滅せよとばかりに光るが、
「煩い。駄剣。少し黙れ」
春姫はその訴えを一蹴し、再び隠山祈に目を向けると、懐を探り出した。

「そなたを祈ってくれていた者に、感謝するのだな」
取り出したのは、白兎の御守。
転生し、異界に渡り、裏切者に名を堕とした彼女が託した、祈りの証であった。

「こやつの祈りを聞いておらねば問答無用で斬り捨てていたところよ。
 ………む」

春姫の手の中で、聖剣が再び光り出した。
その光が示す先、それは目の前の厄災ではない。
ここより東の方向から、これ以上の脅威が接近しつつある。
そう、聖剣は訴えていた。

「この感覚、そなたの分身か何かか。だが、邪気の格が違う。
 察するに、元凶はあちらの方か」
 それにしても、あやつの気に当てられ、またそなたがおかしくなられても面倒よな」

そう言って、春姫はひょいと肉塊をつまんだ。

「えっ――」

何をされるのかと、隠山祈が困惑する。
そんな彼女の感情など無視して、春姫は口を開け、
そして。

「なーーー!?」
「ここで大人しくしておれ」

ぱ く ん

神楽春姫は。
隠山祈を、
食った。

「な、な、な。あ、あんた、一体何考えてるの!?」
さしもの厄災も当惑する。自分が何者か知った上で、己の魂に寄生させるなど、正気の沙汰ではない。

「知れたこと。安全なところに匿ってやったまで。感謝せよ」
春姫はそうぬけぬけと答える。

なんなの。いったいこいつはなんなの。
しかもこの人が、あの春陽様の末裔らしいという事実が、なお腹立た出しい。
確かに春陽様は、外見ばっかり良くて、高慢ちきで、傍若無人で。
そういう意味ではこの2人はすごく似てるよ。
けど、けど! あの人は幾らなんでもこんな無茶苦茶な人間じゃない!!
こんな人に春陽様の面影を見たあの記憶を消したい!!。
あの子もなんで、こんな人に祈りを託したりしたの!!
肉体があれば、地団駄を踏みたいところだった。

春姫は、己の中で喚く祈の抗議の声を聴き流しながら、
それを取り込んだことで得た、彼女の記憶を吟味していた。

聖剣から流れ出した記憶。
絶対禁忌の縁者の記憶。
イヌヤマの名を持つ異邦人の記憶。
そして、隠山祈の記憶。

神楽春姫は、ここに、過去の因縁全ての記憶を手にした。

「隠山祈」
「……なに?」
春姫は、魂の中の彼女に問いかける。

「そなたの事情、全て知った。
 恨み捨てられず、なおそなたが神楽の断罪を望むのなら、我が魂くれてやる」
「そんなこと、今更ーー」
「ただし!!」
「っ……!?」

「これだけは覚えておけ。
 妾は、そなたが氷月のや与田めを殺したことを忘れてはおらぬ。
 全てが終われば、妾の名の下にそなたを裁きに掛ける。
 それを、ゆめゆめ忘れるでないぞ!」

春姫は、ぴしゃりとそう言いつけた。
隠山祈は、その威に、押し黙るしかなかった。

春姫は、踵を返すと、支部長室に入り、脱出口の階段を駆け上がる。
完全に廃墟と化した研究所地下三階、このVHの元凶の地を去る。


研究所の緊急脱出口に続くマンホールから、春姫がひょっこりと顔を出す。

「お帰り、春ちゃん。
 …………あ、やっぱり『そうなった』んだ」

珠がスヴィアの手当てをしながらそう言った。その右眼には黄金瞳が燦燦と輝いている。

(…………)
スヴィアは、手当を受けながら、何か言いたげに珠を見つめていた。
日野珠への違和感は徐々に強くなっている。
珠とスヴィア、そして気絶した春姫が研究所を脱出した後。
意識を吹き返した春姫が研究所に戻ると言い出したのを止めようとしたのは、
珠ではなくスヴィアだった。
珠はというと、あっさりと春姫の言い分を認め、彼女が死地に戻ることを許可した。
普段の珠なら、必死になって彼女を止めようとした気がするのだが。

「日野君。君はここまで『見えていた』のか……?」
「うん。でも、見えてるだけ。全然、力が足りないよ。
 ハッピーエンドを掴むって、そう誓ったのに。
 氷月さんも。与田さんだって…… それに、花子さんも今どうなっているのか……」

びゅうと、草原に風が吹く。

「とにかく、これからのことを考えようじゃないか。
 日野君。君が女王だと判明した以上、
 もし天原君と接触でき、彼の異能を君に適用できたなら、
 女王ウイルスは動きを停止し、このVHはひとまず終息させられることになる」

スヴィアの言葉に、珠と春姫の2人はうなずく。

「だが、問題は特殊部隊の動きだ。
 以前も話したとおり、たとえVHが終息したとしても、
 特殊部隊は村人全員を殺害するまで作戦行動を止めない可能性が高い。
 つまり、これ以上は研究所や特殊部隊上層部、あるいは政府とどう話を付けるか、という問題になる。
 まずは、研究所の人間と話すと言っていた花子さんがどんな話をしてくれたか、だ」

「花子さん、大丈夫なのかな……」
「彼女が厳しい状況にあることは間違いない、と思う。
 だが、花子さんも、特殊部隊の指揮を執っている隊員も、実益を考えられる人間だ。
 自分達の足下に未知の脅威がいると知ったなら、
 共倒れになるのを防ぐために一時停戦することもあり得る」

スヴィアの話は続く。

「何にせよ、今は当初の作戦を継続するしかない。
 ボクは、まず花子さんと合流を目指すけど、それが出来なければ特殊部隊の動きを出来るだけ抑える。
 キミ達は天原君との合流を目指してくれ」
「あ、スヴィア先生。そこなんだけど……」
「ん?」

珠が、突然手を挙げた。

「天原君に会う前に、私と春ちゃんは戦わなきゃいけない相手がいるの」
「戦う相手、だって?」
「先の厄災、その親玉よ」

春姫が珠の言葉を引き継いで言う。

「下にいた厄災は、妾の中に封じた。
 厄災はもともと隠山祈なる一人の小娘であったが、
 その人間一人を厄災に変じせしめた親玉が、妾を狙って向かってきておる。
 奴はもうすぐそこまで来ている。最早戦いは避けられぬ。」

それを聞いて、スヴィアが眉をひそめる。

「それが本当だとして…… 勝てるのかい? キミたち二人で。」
「はい」

珠が、即答する。

「…………それは、『そう見えたから』、かい?」
「はい」

同じく、即答。

その珠の様子に、かえってスヴィアは不安を覚える。
珠の、運命を見通すという異能がその通りなら、それを信じるしかない。
彼女の言う通り、本当に勝てるのなら、それで全く構わないが。
なんだろう、この薄ら寒さは。

そんなスヴィアに、珠がすっと近づき、耳打をした。
「それと先生。これは春ちゃんには内緒にしてほしいんだけど……」
「え……?」
珠がスヴィアに、何かを呟いていた。

最後に、珠がその異能で村全体をざっと眺め、残る光の数を確認した。
彼女が言うには、もう大きな光は3つほどしか残っていないという。

一つは研究所の中。恐らく特殊部隊。そして、生き延びていれば、花子さん。
もう一つは、商店街北側。車か何か利用しているのか、高速で北に移動している。
天原創が生存しているなら、ここにいる可能性が一番高い。
最後は、ここから東側にある光。
これは何よりも大きく、珠と春姫の言う厄災が待ち受けている。

珠と春姫はまず厄災を打倒し、その後、北に向かい天原との合流を目指すこととした。
2人はスヴィアと別れ、厄災との決戦の地に向かう。

「ところで、春ちゃん」
「なにか」
「あの、私が女王だって決まっちゃったみたいなんだけど、
 春ちゃん、それについて、何か思うことあるかな?」
「所詮は細菌。奴らに見る目が無かっただけのこと」
「そ、そう……」
「そもそも、何の道理があって細菌なぞに女王を決める資格があるのだ。
 誰が女王は妾が決める。妾こそが女王、神楽春姫である!」
「あ、はは、そう。そうだよ、ね」
流石というか、笑うしかない。
いつもと変わらぬ春姫に、珠は頼もしさを感じた。


西の空は紅く染まり、東から、宵闇が山折村を包む。
闇と共に迫りくるは、『隠山祈』にその魂を奪われし『王(ヴィレッジキング)』、山折圭介。
そして、その傍らに立つ『日野光』。

迎え撃つは2人の女王。神楽春姫と日野珠。
両者の決戦を遮るものは最早なく。山折の地に紡がれる因縁は渦を巻き、彼らを飲み込んでいく。

神楽春姫の中で、隠山祈は迷っていた。
『あの子』の力が、私の中でますます強くなる。『あの子』は、自分のすぐ傍まで来ている。
再会の時は近い。そしてその時、私も選択しなければならない。
かつて憎悪に堕ちた私を救ってくれた『あの子』か。
裏切者に身を堕としてもなお、自分を想ういのりを届けてくれた、白兎か、
「春陽、様。私は……」
厄災・隠山祈―― いや、少女・隠山祈は、想い人に、何を祈る。


「あれは一体、どういう意味なんだ、日野君……」

スヴィア・リーデンベルグは、自分で傷の応急処置を続けながら、
日野珠が先ほど耳打ちで伝えた、彼女のある告白を反芻していた。
彼女は、こう言っていた。

「実は、ハッピーエンドを手に入れる方法があるんだ。
 今はまだ力が足りないけど、私がみんなを必ずハッピーエンドに導く。
 氷月さんも、与田さんも。それだけじゃない。『Z計画』まで含めて」

みんなをハッピーエンドに導く。それを目指したいというなら、分かる。
だが、死んだ海衣や与田、更には『Z計画』まで含めるとは、どんな意味なのか?

スヴィアは、今回のVHの始まりまで遡り、考えることとした。
今回の事件の代表的なキーワードを上げるとすれば、
『ウイルス』『女王』『ゾンビ』の3つであることは間違いない。
『ウイルス』は明確な今回の事件の原因であるし、
更に今回、『女王』が日野珠であることが判明した。

では、『ゾンビ』とは?
今回の事件で発生したゾンビは、ウイルスの影響によって、あくまで脳機能に障害が生じた人間に過ぎない。
本来は夢遊病者か発狂者とでもいうべきで、ゾンビという呼称は、便宜上のものとしても全く相応しくないものだ。

だが、もし。
その『ゾンビ』の本来の意味が。
かつて未来人類発展研究所で成功させた、
文字通りの『黄泉還り』人のことを指すなら。
そして、『ゾンビ』の『女王』にこそ、それを為す力があるとするなら。

そして『Z計画』だ。
スヴィアは珠から手当てを受けている間に、彼女から説明を受けていたが、
その中で、その計画には大きな穴があることに気付いた。


田中花子が言うには、まず、全人類をウイルスに感染させたうえで。
ガンマ線バーストで荒廃した地球の環境を、異能を使ってリ・テラフォーミングするのだという。

だが、そのリ・テラフォーミングは、当然、環境激変が起こった『後に』行わなければならない、
つまり……

この計画を実行するには、まず、ガンマ線バーストによって生じる環境激変から、
“全ての人類を生き延びらせねばならない”のだ。
先進国だけではない、途上国、無政府状態の国々、更には未開の地に住む人々まで含めて。

その準備を、たった8年で?
無理だ。

約80億の地球人類を、全員、シェルターにでも避難させるのか?
考えるまでも無い。そんなことは、不可能だ。
しかも、計画を主導すべき主要国ですら足の引っ張り合いをしているという。
お話にならない。

この前提をクリアしなければZ計画も全くの空論だ。


だが。
もし。
女王の異能による『黄泉還り』を、この計画に適用できたなら。


スヴィアの脳裏にある光景が浮かんだ。
これから8年後、超新星爆発によるガンマ線バーストが地球に降り注ぐ。
これにより発生したカタストロフは人類の想定を遥かに凌ぐ規模であり、
生命を繋ぐシェルターも次々に破壊され、人類の大半が死に絶える。

だが、女王は死なず。
死の星と化した大地に女王が立ち、ハッピーエンドの祈りを捧げる。
その祈りが世界を包み込み、『ゾンビ』達がこの世に蘇る。
そして、その『ゾンビ』達の祈りが、地球を再生させていく――


「馬鹿なっ! 考えすぎだっ!!」
スヴィアは、自分の考えを否定するかのように叫んだ。
彼女の心中には、『女王』日野珠に対する深い安堵感が刻まれている。
だが、スヴィア自身の理性は、言い知れぬ不安を覚えていた。

「日野君…… 君には、一体、何が見えているんだ……?」


女王の目覚めと共に、世界の歪みは修正させられた。
この物語の運命は定められたのだ。
あとは、女王の眼差すハッピーエンドへ向かうのみ。
だれもがわらってむかえる、しあわせなけつまつ。

さあ、いこう。

ハッピーエンドへ。


神楽春姫が持つ、人と世界の守り手たる聖剣が鳴動した。
春姫は黙殺したが、聖剣の言葉はその耳にはっきりと届いていた。
それは、彼女にこう告げていた。
『我が担い手よ。一刻も早く、女王を―― 日野珠を討て。
 さもなくば、この世界は――』


【E-1/草原・地下研究所緊急脱出口前/一日目・夕方】

スヴィア・リーデンベルグ
[状態]:重症(処置中)、背中に切り傷(処置済み)、右肩に銃痕による貫通傷(処置済み)、眩暈、日野珠に対する安堵(大)及び違和感(中)
[道具]:研究所IDパス(L1)、[HE-028]のレポート、長谷川真琴の論文×2
[方針]
基本.もしこれがあの研究所絡みだったら、元々所属してた責任もあって何とか止めたい。
1.特殊部隊ないし研究所との交渉による事態収拾策を考える。
2.特殊部隊を欺き、犠牲者が出るのを遅らせる
3.犠牲者を減らすように説得する
4.上月や花子くん達のことが心配だが、こうなれば一刻も早く騒動を収束させるしかない……
5.……日野くん。君は……
[備考]
※黒幕についての発言は真実であるとは限りません
※日野珠が女王であることを知りました。
※女王の異能が最終的に死者を蘇らせるものと推測しています。真実であるとは限りません。
※『Z計画』の内容を把握しました。死者蘇生の力を使わなければ計画は実行不能と考えています。

【E-2/草原・地下研究所緊急脱出口よりやや東/一日目・夕方】

日野 珠
[状態]:疲労(小)、女王感染者、異能「女王」発現(第一段階)、右目変化(黄金瞳)、???
[道具]:H&K MP5(30/30)、研究所IDパス(L3)、黒い粉末、錠剤型睡眠薬
[方針]
基本.ハッピーエンドへ。
1.この物語をハッピーエンドへ導く
2.―――――――――
[備考]
※上月みかげの異能の影響は解除されました
※研究所の秘密の入り口の場所を思い出しました。
※『Z計画』の内容を把握しました。
※『地球再生化計画』の内容を把握しました。
※黒い粉末をそのまま吸い込むと記憶を失い、再度ゾンビになる抽選がおこなわれます。女王感染者はゾンビになりません。
※女王感染者であることが判明しました。
※異能「女王」が発現しました。最終段階では死者が生き返る異能を使えるようになると推測されますが、真実は不明です。

神楽 春姫
[状態]:疲労(中)、額に傷(止血済)、魂に隠山祈を封印
[道具]:血塗れの巫女服、御守、宝聖剣ランファルト、研究所IDパス(L1)、[HE-028]の保管された試験管、山折村の歴史書、研究所IDパス(L3)
[方針]
基本.妾は女王
1.目の前の厄災を討つ
2.この事態を収束させる
3.襲ってくる者があらば返り討つ
4.―――――ー
[備考]
※自身が女王感染者ではないと知りましたが、本人はあまり気にしていません
※研究所の目的を把握しました。
※[HE-028]の役割を把握しました。
※『Z計画』の内容を把握しました。
※『地球再生化計画』の内容を把握しました。
※隠山祈を自分の魂に封印しました。心中で会話が出来ます。
※■■■と女王(日野 珠)を討つべく宝聖剣ランファルトの力が解放されました。

118.対特殊部隊決死作戦「CODE:Horus」 投下順で読む 120.白き墓標にて
時系列順で読む
穢れ亡き夢/其は運命を―― スヴィア・リーデンベルグ 墓標を背に、今一度運命の決断を
日野 珠 女王覚醒
神楽 春姫
氷月 海衣 GAME OVER
独眼熊 GAME OVER
与田 四郎 GAME OVER

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最終更新:2024年04月04日 23:32