日が沈み始め夜の帳が落ちるとともに、片田舎の田舎道はさらに静寂を増していった。
マイクロバスのヘッドライトが唯一の光源となり、細い道を照らしながら、未知の闇を切り裂いて進む。
夜の帳が全てを覆う中、バスの進む音とエンジンの唸り声だけが、この静かな田舎町に響き渡っていた。
車体を揺らしながら整備の甘い地面を進むバスに乗り合わせるのは7人の勇者たちである。
運転席で苛立たしそうに歯噛みしながらハンドルを握ってるのは茶子だ。
彼女の操るバスの最後尾には体調を崩したうさぎが寝転がっており、雪菜が彼女のそばでその体調を看ている。
中央付近の座席に座るリンは、窓を全開にして風を受けながら、きれいに整えられた髪を風にはためかせ、外の景色を楽しんでいた。
その様子を見たアニカはリンが外に落ちないよう、急いで後ろからその体を支えていた。
そして2人の少年、創と哉太はバスの出入口付近でそれぞれが周囲を警戒し続けていた。
哉太はバスから身を乗り出すようにして影法師の立っていたバスの後方を睨み付けるように凝視しており。
創は身を低くしながら視線を絶えず動かし、周囲全体をくまなく警戒していた。
生物災害に端を発した片田舎にある小さな村の騒動は、気づけば異世界の魔王を呼び込み世界の存亡をかけた大事態にまで発展していた。
放置すれば世界を滅ぼしかねない残忍で強大な魔王に対して、彼らは知恵と勇気を振り絞り立ち向かった。
そして辛くもそれを退けた7名の勇者たちであったが、そんな彼らが行っているのは勝利の凱旋ではなく、敗走に近い逃亡であった。
「……ひとまず、追手はないようです。目視できる範囲は、ですか」
ある程度南にひた走ったところで創が区切りをつけるように報告する。
少なくともバスを追ってくるような影はない。
そもそも目視できるような相手かすらもわからないが、そうだったら諦めるしかない。
哉太も自身の目で安全を見渡し、ようやく緊張を解く。
深海から海面に出たようにプハァと止まっていた息を吐きだすと、堰を切ったように全身から汗が噴き出した。
僅かに呼吸を整えた後、哉太が端的な疑問を口にする。
「――――――アレは、何だ?」
小さな少女の影法師。
あらゆる災厄を凝縮したような、見るだけで祟られるようなナニカ。
霊感のない哉太ですらわかる。
あれは最悪の悪霊だ。
この世に存在してはならないような存在が何故こんな村に存在するのか。
哉太の発したその疑問に、運転席の茶子が振り返ることなく答える。
「アレが、――――イヌヤマイノリよ」
「…………イヌヤマ?」
哉太は告げられたその名を呟き、最後尾で寝転ぶうさぎを見つめる。
「うさぎとは字は違うけどね。隠すに山で隠山。ま、先祖筋ではあるみたいだけど」
「それって確か、茶子姉が魔王の弱体化に利用した、この村の絶対禁忌だとかなんとかの事だよな?」
あの時は緊急事態という事もあり詳細までは聞けていなかったが。
魔王討伐の鍵となった、村の絶対禁忌と呼ばれる者の名だ。
「結局何なんだ、その絶対禁忌って? 何であんな呪いがこんな村に」
自分たちの暮らしてきた足元に、あんなものが眠っていたのだとしたらぞっとしない話だ。
その正体を問う哉太の疑問に同意する声があった。
「…………それは私も、知りたい」
最後尾で寝転んでいたうさぎが上体を起こし話に加わる。
「犬山さん、無理は……」
「ありがとう、雪菜さん……私は、大丈夫だから」
顔色が悪いままのうさぎの様子を雪菜が気遣うが、やんわりとそれを制してうさぎは続ける。
「私はあの影を……知ってる気がする。それに。魔王も…………私を知ってるみたいに呼んでいた」
魔王はうさぎの顔を見てイヌヤマと呼んだ。
絶対禁忌と同じにして、うさぎの姓である。
何よりあの影を見てから焦燥のような胸騒ぎが止まらない。その原因をどうしても知らねばならなかった。
そんな必死なうさぎの様子を運転席からバックミラー越しに見て、茶子は仕方ないと言った風に鼻息を吐く。
「そうね。少し早いけれどそこも含めて話をしましょう。確かにこれはうさぎちゃんにも関わる事よ」
言って、茶子は道筋から逸れた草むらに向かってハンドルを切った。
路肩から飛び出し、タイヤが草原を巻き込みながら車体を大きく揺らす。
そして、ゆっくりとブレーキを踏んでマイクロバスを停車させた。
「アニカちゃん。私の渡した羊皮紙写本は解読できたかしら?」
「……Perfectではないけれどそれなりには」
「いいわ。ならアニカちゃんは解読を続けながら聞いて頂戴。
どちらにせよ『巣食うもの』ことイヌヤマイノリと対峙するのなら知る必要がある。
そして、あの呪いを知るという事は、この村の歴史を知るという事。そのために全員のカードを出し合いましょう。
隠し事はなしよ、いいわね?」
茶子は運転席から振り返り、バスの全員に向けて声をかける。
だが、それは全員と言うより主に創に向けられた言葉であった。
茶子は研究所に雇われた諜報員として、村に潜入した創の正体も把握している。
おいそれと機密を話せる立場ではないエージェントとしての制限も理解している。
その相手に対して、情報交換を申し出ているのだ。
「いいでしょう。その取引に応じます」
創はその意図を理解した上で、これに応じる。
既に状況はその段階を超えていた。
最強のエージェントである師も命を落とす地獄だ。
機密を超えて超法規的措置が必要な状況である。
創の了承に続き、全員が了解を示す言葉を投げた。
こうして全員の持つ情報を共有する報告会が開始された。
「ならまずは私から、『
ヤマオリ・レポート』についてお話ししようかしら。
哉くんたちには説明済みだけど、全員に共有するため改めて説明するわ」
そう言って、運転席から立ち上がった茶子の口から『ヤマオリ・レポート』の内容が改めて語られた。
第二次大戦中にこの村で行われた人体実験『マルタ実験』。
第一実験棟で行われていた『不死の兵隊』の研究。
第二実験棟で行われていた『異世界』の研究。
自身の暮らしてきた村で行われていた非人道的な闇の歴史。
既に説明を受けている哉太とアニカは改めて聞かされる村の醜聞を神妙な面持ちで噛みしめ。
相変わらずよくわかっていないリンは茶子の声を絵本の読み聞かせのように嬉しそうに聞ていた。
うさぎと雪菜は初めて聞く衝撃的な事実に、驚愕と困惑で言葉を失っていた。
特にうさぎにとっては自分の祖父や祖母が関わっていたかもしれない話だ、他人事ではない。
同じく初耳ではあるモノの、少女たちとは対照的に創は落ち着いた様子で話を受け止めていた。
彼が外から訪れた村の部外者と言うのもあるだろうが、元よりある程度は察しがつくだけの情報を持っていたのだろう。
とは言え、魔王戦を経た今となっては、魔王をこちらの世界に呼び込んだ実験である。
彼にとっては間接的に故郷を滅ぼした原因となった実験である、思う所はあるだろうがその心理を表に出すことはないだろう。
「『ヤマオリ・レポート』についての説明はこんな所ね。イヌヤマイノリとは直接関係ないかもだけど、村の歴史として参考程度に覚えておいて」
茶子が参考程度と言うには闇が深すぎる村の暗部を語り終えた。
全員が重い沈黙を返すばかりで拍手も返事もない。
当然とも言えるその反応を僅かな笑みで流して、茶子は役所仕事で慣れた議事進行役へと立ち位置を変える。
「それじゃあ、次の話に移りましょう」
「じゃあ次は哉くん。報告をお願い」
「え、俺?」
話を振られ哉太が首をかしげる。
いきなり報告をしろと言われてもどうすればいいのか。
「未名崎錬から聞いた情報を教えて頂戴」
「あぁ…………あれね」
茶子の提案により哉太とアニカは資材管理棟まで未名崎錬の話を聞きに行った。
求めているのはその報告である。
「未名崎錬?」
登場した未名崎の名に創が反応を示す。
「ええ、この村の高校裏にある資材管理棟に研究所の研究員である彼を『保護』していたの。
哉くんとアニカちゃんには、彼の話を聞きに行って貰ったのよ」
「『保護』ですか…………」
創はそこに含まれる意味を飲み込み、ひとまず納得を示す。
今そこを問い詰めたところで意味はないだろう。
「OK.ならexplanationは私から」
未名崎から得た情報はかなり取扱注意な代物だった。
話し方次第ではいらぬ問題や不和を生みかねない。
アニカがやや強引に説明を始めようとするが、そこに待ったがかけられる。
「待って。説明は哉くんから聞かせて、アニカちゃんは羊皮紙写本の解読を進めておいてくれるかしら?」
聞いた話を伝えるだけなら哉太でも出来る事である。
別の役割を任されているアニカがここで強く自分を推すのも不自然だ。
「いや、いいよ。アニカ。俺から話す」
アニカを宥めるように哉太が声をかける。
信じろ、と言う視線を向けられアニカは肩をすくめてため息をこぼす。
「got it.任せるわ」
アニカも哉太を信じて任せることにした。
とは言え、人前での演説や説明に慣れてない哉太は、何から話したモノかと、頭の中を整理しながらあーと唸る。
何かの本で読んだ記憶のあるプレゼンの仕方を思い返し、とりあえず一番重要な結論から話すことにした。
「結論から話す。と言っても、すでに聞いちまってる人もいるだろうけど。
なんでも――――もうじき世界が滅びるらしい」
世界が滅びる。
哉太の説明はそんな衝撃的な語り出しから始まった。
だが、荒唐無稽な内容に哉太の語り口もあるのだろう。
周囲は驚きよりも、何か心当たりがあるような反応を見せた。
「そう言えば……あの魔王も口にしてましたね『世界の滅び』って」
雪菜が思い出したように口にする。
あの場面では致し方ないことかもしれないが。
周囲への伝え方は考えるつもりだったが、元凶と思しき魔王相手に思わずアニカが問いただしていた。
「ああ。この情報を未名崎錬に伝えたのは烏宿さんのお父さん、つまりはあの魔王らしい」
哉太たちが未名崎錬から聞かされた世界の滅び。
情報の大本は魔王の依り代となった烏宿暁彦からだった。
魔王の人となりを知った今となってはその事実から受ける印象も変わってくる。
「研究所の目的はその滅びの回避にあって、未名崎錬たちは……そのっ……」
そこで哉太は言いづらそうに、口をもごつかせる。
アニカであれば滑らかに説明できただろうが、ここから先は伝え方を考えなければならない。
「――――そう、そう言う事」
だが、哉太が言葉を選ぶより茶子が察する方が早かった。
幼いころから見てきた少年の事だ。
言葉を詰まらせるその様子だけで何かを察したのか、聞くだけで凍るような冷たい声で納得したように呟く。
「ど、どういう事?」
理解が追いついていないうさぎが問う。
その問いに哉太ではなくその先を察した茶子が答える。
「このVHは地震で起こった事故じゃなくて、慎重な研究所の方針に反対した未名崎たち過激派が引き起こしたテロ事件だったって事。そうでしょ哉くん?」
「………………」
哉太は無言のままだが、その沈黙こそが答えだった。
世界を救う研究を進めるため、大規模な人体実験の場として山折村でのVHを引き起こした。
この悲劇が、事故ではなく人の悪意によってもたらされたモノであると言う事実にうさぎたちもショックを受けていた。
やはりこうなったかと、アニカが頭を抱える。
これは伝えるべきではない情報だった。
ショックを受けているうさぎたちもそうだが、それ以上に。
「つまりは、テクノクラートのテロもそうだったって事ね。知ってて伝えなかったなあのアマ……」
不機嫌そうに舌を撃って茶子が殺気を滲ませる。
その殺意は実行犯である未名崎と、その管理を茶子に任せた研究所実行部隊の長に向けられていた。
今すぐにも殺しに向かいかねない勢いだ。
「茶子姉」
「大丈夫よ。落ち着いてる。今ここにいない人間に殺意を向けたところで意味がない」
「今でも後でもダメだ。これ以上誰も殺さないでくれ」
殺気を放つ茶子を小さな声で哉太が咎める。
祖父を殺すべく悪鬼羅刹と化す、あんな姿はもう見たくない。
茶子はそれには答えず無言のまま視線をフロントガラスへと移した。
返事のない茶子の態度に哉太が僅かに語気を荒げた。
「……茶子姉っ」
「わかってるわよ」
「ちゃんと約束してくれ。こんな状況だ戦うなとは言わない。自衛以上の事はしないと」
視線を逸らす茶子を哉太は目をそらすことなくじっと見つめる。
「………………わかった。約束する。無駄な殺しはしない」
根負けしたようにため息とともに茶子がそう言った。
無駄な殺しと、だいぶ誤魔化したようなこの口約束がどれだけ信用できるかはわからないが、アニカのやり方では引き出せなかった言葉だろう。
誤魔化し伝えないのではなく、誤魔化さず伝えた上で相手を信じる。
哉太にとって信じるとはそういう事だ。
「……未名崎って人は、魔王の虚言に踊らされたって事なのかな?」
自らの村を滅ぼした男を憐れむようにうさぎが呟いた。
世界の滅びなど魔王の虚言だとするならば、ありもしない虚言に踊らされ世界を救うつもりで村一つ滅ぼしたという事だ。
あの魔王らしい実に悪趣味な嗜好である。
「確かに、そうかもしれないな」
未名崎より話を聞いた哉太も世界の滅びなど半信半疑だった。
その情報のソースが悪意を具現化したあの愉快犯であるとなると、話の信憑性は一気になくなってきた。
流れとして、この話は与太話として片づけられそうになるが。
「いいえ。それは事実です。世界は滅ぶ。8年後の未来に」
だが、魔王の虚言を肯定する声があった。
肯定するのは魔王に因縁を持ち、その決着をつけた少年、天原創である。
創の言葉に、羊皮紙の解析の手を止めアニカが口をはさんだ。
「そうaffirmationできる理由は?」
「それは、僕が政府直属の諜報局に所属する諜報員(エージェント)だからです」
根拠を示すべく、創は自らの正体を明かす。
国家の目と耳たる情報のスペシャリスト。
諜報局に属する天才エージェントがこの少年である。
この告白に対して、周囲からは驚きのような反応はなかった。
返ったのは、むしろ何かに納得したような反応である。
これまでの彼の活躍を想えば、ただの中学生で通る状況はとっくに過ぎていた。
「Mr.アマハラ。それ事実であると認識している人間はこの村にどれだけいたのかしら?」
「そうですね……哉太さんの話に出たテロリストたちを除くなら。
研究所の上級以上の研究員。研究所を誘致した村長、研究所に施設を提供した院長。
後は僕の同僚であるジャックさんに、この村に潜入している僕の師匠とその相棒くらいだと思います」
「そう。certain number of peopleは居たって事ね」
これだけいたのなら、その中から正常感染者が出る可能性は高い。
エージェントである創たちはともかく、そうじゃない連中の口から機密が洩れる可能性はある。
研究所としてもこの情報が漏れるのは看過できないはずだ。それを放置するのは少し解せない。
通信妨害で十分と考えたのだろうか?
「けど、世界が滅ぶって話が本当なら……それを避けようとする研究所は正しかったって事なのかな?」
村の地下で怪しげな研究を行う悪の研究所が諸悪の根源だとばかり思っていた。
だが、研究所が世界を救うために行っていたものならば話は180度変わってくる。
それに、この村でテロを起こしたのも魔王に誑かされた別派の犯行という事なら、彼らは被害者とも言える立場ではないのか。
「正しいかどうかなんて知ったことか、よ。奴らのせいで村に被害が起きたのは事実。そのケジメは取らせる、何としてもね」
だが、茶子の意見は違った。
どれだけ崇高な目的があろうとも、テロに見舞われた被害者であろうとも、そんなことは知ったことではない。
村をこんなにした遠因はこの村で研究を始めた奴らに確実にある。村の人間としてその責任は取らせる。
「それ、春ちゃんも言いそう」
「えぇ……お春と一緒にされるのはさすがに……」
膨れ上がりそうになっていた茶子の殺気が一気に萎える。
暗い顔の続いていたうさぎも不遜な友人の顔を思い浮かべて苦笑した。
「それで……未名崎って人はどうなったの?」
ここにいない情報源の安否を雪菜が問う。
「今も資材管理棟の牢にいる。鍵は……茶子姉が持ってんだろ?」
「そうね。流石に今は手元にはないけど」
「まぁ、あそこならゾンビに襲われることもないだろうし、VHが解決してから向かいに行けばいいさ、いざとなれば避難所にもなる」
村をめちゃくちゃにした切欠を作った一味とは言え、見殺しにするのは本意ではない。
このVHは最大でも48時間。飢えはするだろうが2日程度なら餓死はしないだろう。
その程度は罰として甘んじて受け入れてほしい所だ。
もっとも、哉太たちが全滅すればそうもいかなくなるのだが。
「まあ、ともかく俺が聞いた話はこんなところだ。次頼むぜ」
「改めて自己紹介を、僕は天原創。
この村を調査に来た政府直属の諜報局に所属する諜報員(エージェント)です」
創はバスの出入口から中に居る全員へと向き直ると、改めて自らの所属と目的を明かした。
「この村……って事は、研究所を調べに来たってことか?」
傍らの哉太が疑問を尋ねる。
山折村は何の変哲もない片田舎にある寂れた村だ。
わざわざ諜報員なんて大仰なモノがくる理由があるとするならば、それは秘密裏に作られた研究所くらいの物だろう。
だが、創はこれを否定するように静かに首を振った。
「いいえ、違います。僕が調査に来たのは研究所ではなく、この村、山折村についてです。
研究所以前の問題として、この村はおかしい」
天原創は研究所ではなく、山折村そのものを調査に来たエージェントである。
山林にはあり得ない生態系が蔓延り、北の山には明らかに異様な大空洞が存在している。
当たり前に町内で連続殺人が起きており、多くの犯罪者たちが楽園の如く謳歌している。
この時代に代紋を掲げたヤクザが堂々と事務所を構え、そこいらを掘り返せば武器が出てくる。
何より、これだけの異常を抱えながら、当人たちはこの村を何の変哲もない田舎町であると認識している。
このおかしさは異常に浸りきった村民たちにも、異常を目の当たりにすることのない一見の観光客にもわからない。
外部から深くこの村にかかわる転校生のような存在でなければ見て取れない異常である。
「で? 調査していたってことは結論があるんだろう?」
村を侮辱されたように感じたからか、やや不機嫌な声で茶子が問う。
これに対して表情を変えず創は頷いた。
「まだ調査途中ではありますが、ざっくりとした結論であれば」
仕切りなおすように僅かに間を取って、創は報告を開始する。
「この村で起きている多くの問題には、地形的な要素が大きく関わっています」
「……地形的な問題? まさか山によって隔離された陸の孤島は犯罪者の逃亡先に適してるって話か?」
言われるまでもなく村民だって、特殊な地形であることくらいは認識している。
山折村は山に囲まれた檻のような村だと、そう揶揄されることは少なくはない。
「それもあります。だが、地形的な問題と言うのはそれだけではない。
調査の結果。この村は立地的に犯罪が起きやすく、風土的に怪奇現象が起きやすく、認知の歪みを引き起こしやすい閉鎖された環境である。
偶然そうなったのか、意図的な物かはわかりませんが、そういう風にこの村はデザインされている」
「それって、まさか風水とかそういう話?」
怪訝そうな顔をする茶子にアニカが横からフォローを入れる。
「Ms.チャコ。feng shui(風水)やpractice superstition(縁起担ぎ)も馬鹿にできないわよ。
街灯のcolorで犯罪率が減増するなんて話はよく知られているでしょうし。
Houseのfurnitureのshapeやangleひとつで住民の気が狂うこともあるわ」
「別に馬鹿にしたわけじゃないわよ。ちょっと気になっただけ」
止めて悪かったという風に茶子は話の続きを促す。
「この村は細かなところで淀みの様な流れがあって、厄が底に吹き溜まるようになっています」
「それは知ってる。神楽のおじ様やお春が喧伝してる村の歴史書にも書かれてる。
神楽の先祖が厄の吹き溜まりである厄檻村に龍脈を通した、そのために作られたのが新山南トンネルだった、って話でしょう?」
「ええ。その通りです」
この辺の歴史に関しては周知の事実だ。
正しき歴史を喧伝するべく自ら進んで提供してくる神楽家の存在は、調査員からすればありがたい存在である。
もちろん鵜呑みにするのではなく、情報の精査は必要であるのだが。
「ですが、そうだとするならおかしいんです」
「おかしいって、何が?」
創は僅かに場所を移し、運転席の背後に張り出されていた山折村の案内図を指さす。
そして、トントンと地図上の2点を指先で叩いた。
「いいですか。厄の抜け道を作るのであれば、入口だけ開けても意味がない。
開けるべきは『入口』と『出口』の2か所でなければいけない。そうでなければむしろ厄が入りやすくなるだけで逆効果だ。
位置で言うのなら南のトンネルに対となる北側に厄の出口が作られていないとおかしいんです」
厄の通り道である龍脈。
通り道なのだから穴がひとつでは通らない。
ひとつではむしろ、空気は淀み詰まるモノである。
「そういうものなのか? 随分と詳しいんだな」
「まあ僕の専門ではないですが心霊案件も扱う部署でしたので。それなりの知識は」
創が所属しているのは、
ジャック・オーランドの様な怪異退治専門が所属している部署である。
創もまたその手の基礎知識程度は有していた。
「つまり、龍脈を作ろうって言いだした輩は、そんなこともわからねぇボンクラだったって事か?」
「いや、それはないでしょう。これだけ大規模な工事を打ち出せる立場の人間が無能であるとは考えづらい」
これを見出したのは当時においては天才的な陰陽師だったのだろう。
だが、偉大な先人たる天才の知識も後の世では一般的な知識に劣ることもある。
当時は存在しなかった正確な地図を元にすれば、この程度の結論は容易に出せた。
「けど、北と言っても、北の山を越えた先にあるのはただの山岳地帯だよ……?」
村の地形を思い返しながら雪菜が疑問を投げかける。
創はこれを否定するでもなく、頷きを返した。
「そう。そこにトンネルを開けたところで交通の便が良くなるわけでも経済的に発展する訳でもない。
何の意味もない。だからこそ、誰に顧みられることなく放置されていた」
北にトンネルを作ったところで風水的な意味合いを除けば何の意味もない。
もし何か別の意味のあったのなら龍脈と関係なく開通されていただろう。
「だけど、なんでそんなことに?」
「工事が行わたのは約600年前。日本でトンネル工事が始まる遥か以前の話だ。工事はまさしく命懸けだったでしょう。
死者が発生して新たな呪いを乱すようなことになっては本末転倒だ。工事は片方を完了した時点で中止するほかなかった。
いやあるいは、南トンネルの時点で既に立ち行かない程の死者が出ていた可能性もあるでしょう」
トンネル工事にかかる時間も費用も現代とは比べ物になるまい。
当時の人たちは南トンネルを作った時点で限界であり、それ以上の無理を強いる事が出来なかった。
故に、工事の責任者は「龍脈は通った」と嘘の報告を記録した。
「けど、それは推測だろ?」
「そうですね。状況から考えた僕の推測であることは否定しません」
工事が未完成であると言うのは創の知識と村の現状からの推測である。
今のところ、何か文献のような証拠があるわけでもない。
「constructionがinterruptionされたのだとするなら何かtraceがあるのかもしれないわね」
「北って言うと…………神社の下にある大空洞の事か?」
「いえ、忘れたの哉くん。あれは異世界実験の事故で出来た空洞よ。あの空洞は人為的なものではないわ」
北の大空洞が生まれた経緯は『ヤマオリ・レポート』にて共有された。
あれは戦時の第二実験棟で行われていた異世界研究によりできた物だ。
より正確に言えば、魔王の出現と共に消滅した空洞である。
「perhaps.それであってるわ。研究棟自体は元からそこにあったのでしょう?
わざわざmountainsを掘り進めてIn the mountainsに研究棟を建てたというのもおかしな話よ。
なら、そのhole自体は最初から在ったと考えるべきじゃないかしら?」
鉱物が採掘できるわけでもない山に開かれた人為的な横穴。
研究所のためにそこにわざわざ穴を掘ったと考えるよりも、元からあった穴を利用したと考えた方が自然である。
ならば、それは何のための穴だったのか?
「なら、それが…………」
「北トンネル掘削跡、ではないかと推測されます」
推測込みではあるが工事が未完成であると言う物証である。
「だけど、歴史書によればトンネルの開通後、多くの災厄は収まったはずよ?
未完成だって言うのならこれはおかしいんじゃない?」
茶子が創の推測に疑問を呈する。
龍脈の工事が半端に終わったことで村の歪みを生み出すこととなったと言うが、龍脈は開かれ災厄は治まったと村の歴史にはそう記録されている。
実際、様々な文献で疫病や災害などの不幸は収まったと記録されている。
この村がそのような地獄の窯の底であるのならそもそも数百年の時を永らえるとは思えない。
「ええ。それもおかしな点の一つです。確かに厄をため込む村の構造を思えば歴史上に表立った被害が少なすぎる。
細かな歪みはあれど、トンネルの開通後に大きく爆発したのは僕の調べた限りだと戦時中と今回の2回だけだ」
熊害、殺人、変態、誘拐、性被害、極道。個人単位の小さな不幸はあれど。
山折村の存続を揺るがしかねない大きな災厄は魔王の出現と、研究所の生物災害この2つだけである。
「そのため、僕はため込まれた厄を引き受ける避雷針の様な存在があるのではないか、と推測していました。
まだ詳細を調べられてはいませんが、僕の推測が正しければ北と南にそれらしきものがあるはずだ」
言われて茶子が何か思い至ったようにああと呟く。
「確かに、北の山折神社の奥に即身仏があったわね。それか……」
「え、家の奥にそんなのあったの…………?」
「なら、南のトンネルにも何かあるって事なのかな?」
不完全となった龍脈の変わりとして、即身仏が村の厄を吸収していた自己犠牲の人柱。
それが呪いを掻き集める集約機のようなものだとするならばいろいろと説明はつく。
「そうだとしても、前回から随分と周期が短くないですか?」
雪菜の疑問ももっともである。
魔王の出現が600年の蓄積の爆発だとしても、2度目はそこから80年である。
前回に比べて余りにも限界が早すぎる。
「それは都市開発の影響でしょう。ここ数年、山折村はかつてないほど外から多くの人や物を呼び込んでいましたから」
厄を呼び込み溜める地獄の釜。
その歪みは近年の外からの多くを呼び込む都市開発により加速した。
この事態の元凶である研究所も、言うなれば外から呼び込んだ厄そのものである。
「じゃあ、逆に言えば北の山に厄の逃げ道となる穴を開ければその……龍脈? というのが通って村の呪いや怪異が消えるってことですか?」
当時と違い現代の技術であれば人的犠牲を出すことなく工事は可能だろう。
龍脈を正しく『通り道』に出来るのであれば村の災厄に対抗できるかもしれない。
「どうでしょう…………あくまで流れを変えるための物なので、そこまで即効性があるかどうかは」
「それにtunnel constructionなんて一朝一夕で出来る事ではないわ。少なくともOpeningには数年はかかるはずよ」
「うーん……そっか」
長年こびりついた汚れを川の流れで洗い流すようなものだ。
不可能ではないにしても、目の前の問題の解決策としては長期的すぎる。
あくまで淀みが溜まらぬようにする処置でしかない。
だが、話を聞いていた茶子は上機嫌にふんと笑い飛ばす。
「だがまぁ、悪くない。呪いが発生する事もなくなるってのは今後を思えば有用な話だ」
「…………今後? それは、どういう」
「Mr.アマハラ」
アニカがその先の言葉を制するように首を振る。
それを見た創も全ては分からずとも何かしらの事情を察して口を噤んだ。
「ともかく、調査結果はこんなところです。僕からは以上となります」
「これで大体持ってる情報は共有できたみたいだけど、アニカちゃん。そちらの進捗はいかがかしら?」
「ちょうど一通りのDocumentを読み終えたところよ。あなたたちから聞いたStoryも併せて少し頭の中で情報をまとめたいわね」
羊紙皮写本、犬山家の家系図、そして全員から共有された情報。
今揃えられる村の歴史を知るための情報は揃ったと言える。
後はこの情報を頭の中で整理して再編するだけだ。
「なら、頭で整理しながらでいいのでお話ししてほしい事があるんだけど。
アニカちゃん。あなた『怪談使い』について調べていたはずよね? それについて聞かせてほしいの」
「What is...『怪談使い』ですって…………?」
アニカが意外な話題を振られたという風なリアクションを返した。
「えっと……『怪談使い』って?」
もしかしたら知らないのは自分だけなのかと思いながらも、雪菜がおずおずと手を上げながら疑問を尋ねる。
同じ疑問を抱いたのか、その横でうさぎも同意するように頷いていていた。
そんな2人の疑問に答えたのは、哉太である。
「どの学校にも『七つの怪談』ってのがあるだろ? その『怪談』を操る『怪談』がいるって『怪談』さ」
「なんかややこしいね……。そう言えば伊藤くんが校内新聞でそんな事を書いてた事があったようななかったような…………」
「まあ、東京の一部の学校で噂になってる程度の話だからな。うさぎちゃんが知らなくても無理はないさ」
ネットのある時代だ。ど田舎に東京の怪談が届いていてもおかしくはない。
だが、今このタイミングでその話題が出るのはどういう事なのか。
確かにアニカはクラスメイトの依頼で『怪談使い』について調べていた。
だが、それを茶子に話したことはない。
何故、茶子がその事情を知っているのか、その理由をアニカはすぐに察した。
「Ms.チャコ。あなた、私のスマホを見たのね…………?
……claimを入れたいところだけど、今はそれどころではないしno questionsとしましょう」
アニカのスマホを拾ったのは茶子だ。アニカに返す前にその中身を見たのだろう。
それに関して言いたいことは大いにあるが、今はそんな所に目くじらを立てているような状況ではない。
「けど、どうして今『怪談使い』を……? chatってtimingでもないでしょう?」
『怪談使い』はアニカの通う小学校、つまりは東京で発生した怪異である。
300km以上離れた岐阜県の山折村の話とは無関係に思えるが。
「実は関係あるのよ。『怪談使い』は、元はこの村の伝承で、『巣くうもの』によって生み出されたものなの」
「That's absurd...いや、そうか…………」
名探偵の脳に新たな情報がインプットされる。
茶子の一言でアニカの中で何かが結びついたようだ。
「そうね……まずはbackgroundから説明しておきましょうか。
私のClassmateのナナシコウタロウが『怪談使い』に乗り移られて、別のClassmateであるクジョウカズオが『怪談』に巻き込まれたの。
それで『怪談』に巻き込まれたClassmateであるカズオに調査を依頼された。その時は怪談なんて信じていなかったけどね」
クラスメイトの七紙光太郎が怪談使い『七不思議のナナシ』となり、その怪談に九条和雄が巻き込まれた。
アニカの通う小学校で過去にそういう事件があったのだ。
当時のアニカは超常現象やオカルトには否定的な立場だったためこれを怪奇現象であると信じず、科学的に説明のつく話であると思っていた。
しかし、今となっては宗旨替えせざるを得ない。
この世に怪奇現象は存在する。
「私は番組で共演したOccultistたちに話を伺って、ある程度のknowledgeを得た。
曰く『怪談使いは外から来た災厄である』。
曰く『怪談使いは大きな災厄の一部である』。
曰く『怪談使いとは被害者が加害者である現象である』との事よ」
「どういう意味だ?」
「『怪談使い』を発生させるfactorは『怪談使い』と成った者ではなく、『怪談』に巻き込まれた側が持っているという事よ」
重要なのは巻き込んだ側ではなく、巻き込まれた側。
つまり、七不思議のナナシとなった七紙光太郎ではなく、九条和雄に原因があったという事である。
「私はそれを依頼者であり被害者であるカズオに直接伝えた。
本人も心当たりはない風だったし、私もその時はoccultなんて信じていなかったから話はそこで終わった。けれど、」
ひとまず専門家からの話を九条和雄に伝え、その上でアニカなりの科学的に筋の通った虚構推理で納得させた。
だが、今は違う。
心当たりが生まれた、生まれてしまった。
「Ms.チャコの言う通り『怪談使い』が『巣くうもの』によって生み出されたものだとするならば……。
カズオは山折村にrelationshipがあり、そこから呪いを持ってきた可能性がある」
『巣くうもの』が『怪談使い』を生み出し。
『怪談使い』を生み出す原因が被害者である九条和雄にあるならば。
彼は『巣くうもの』に近い位置にいたことになる。
「と言っても、東京のクラスメイトなんだろ? この村とどう関係があるってんだ?」
「…………実はね、カズオのmamはこの山折村出身だったのよ」
山折村出身者の血筋。
東京の少年はこの村に大いに関わりがあった。
「けど、よく知ってたなそんな事。クラスメイトの母親の実家なんて普通は知らねぇぞ」
「普通はね。けど、きっかけはアナタの話題よ。話の流れでカナタとカズオの母親が同郷だってわかったの」
何で哉太の話題になったのかは置いておくとして。
知り合い同士の故郷が地方の片田舎と言うのは珍しい偶然であったため印象に残っている。
「そして、よそ様のfamily circumstancesを勝手に話すのは憚られるけど
カズオのご両親はdivorceしていて。カズオはdaddyに引き取られ、mamはlittle sisterを連れて山折村に帰郷しているはずよ」
「じゃあ、別居している母親と妹に会いに行ったときに呪いを受けた?」
「あるいは、母親か妹が強い呪いを受けて、血縁であるカズオくんが影響を受けたか、ですね」
創が呪術的な観点からの意見を差し込む。
強い呪い。すなわちそれは『怪談使い』を生み出す『巣くうもの』に他ならない。
「つまり、お母さんか妹さんのどちらかが『巣くうもの』に取り憑れていたってことですか?」
「けど、誰かに取り憑いたってんなら何で人を経由するなんてそんなまどろっこしい事を?」
「『巣くうもの』はこの山折村に根付いた地縛霊に近い性質を持っている。
だからこそ、外の世界に災厄をもたらすために『怪談使い』なんてものを使って中継しているんじゃないの?」
「なら、『怪談使い』は呪いを外に持っていくための運び屋って事か?」
『怪談使い』はこの土地に縛られた呪いが、外に領域を広げるため種子。
九条和雄は花の種子を運ぶ虫や風のように呪いを村の外に運ぶ『運び屋』の役割を担っていた。
「そうかしら? どちらかと言うとgas releasingのように思えるけれど」
「僕もアニカさんの意見に同意ですね。出口のない山折村の厄を外に出すための手段だったんじゃないかと」
アニカと創が支持するのは、凝縮された爆発寸前の呪いを少しでも外に逃がすためのガス抜きという説だ。
祟り神と言えども地縛霊であれば村自体が滅びるのは避けるだろうという考えである。
「どっちにせよ傍迷惑すぎんだろ…………」
「祟り神にせよ土地神にせよ神様ってそう言うものでしょう」
外への悪意か、中への善意か。
どちらにせよ、迷惑な話である。
「ちなみに、そのカズオと言う子供の母親と妹の名前は?」
「mamの方は聞いてない。お母さんとしか呼んでなかったしね。little sisterの方は母方の姓になって、確か名前は『
一色 洋子』」
「え、洋子ちゃん!?」
その名にうさぎが反応する。
よく知る少女だったというのもあるが、何より、うさぎには『巣くうもの』と洋子を結びつける心当たりがあった。
「袴田さんのお家を襲った熊ワニの怪異が語りかけてきたの、洋子ちゃんの声で……」
「なら、決まりね。『巣くうもの』は一色洋子に取り憑いていた」
茶子はそう結論付ける。
少なくとも、このVHが始まる以前の寄生先は推察できた。
そしてこの騒ぎに生じて熊ワニに転移したのだ。
問題は、今はどこいるのかだが。
「さっき出てきた影法師がそうなのかな?」
「それはたぶん違う。イヌヤマイノリには違いないでしょうけど、言ったでしょイヌヤマイノリは分割され2つに分かたれた存在だって」
一色洋子に取り憑いていたイヌヤマイノリは宿主を転移して、今も何者かに取り憑いているはずだ。
魔王を呪うべく商店街に出現したイヌヤマイノリは別だろう。
「けど2つに分かれたって、どういう事なの? 茶子ちゃん」
「どういう事かは、これからアニカちゃんが答えてくれるわ」
言って、茶子が視線をアニカに向ける。
アニカもその視線を、目を細めて見つめ返す。
「そろそろ推理はまとまったかしら?」
「Yeah...そうね」
『怪談使い』について説明しながらまとめていた、アニカの考えも形になってきた。
ついに話は村の歴史の核心について迫ろうとしていた。
「その前に一ついいか? そもそも何なんだその古紙は?」
アニカが話し始める前に哉太が尋ねる。
今から語られる情報の大本であろう、羊紙皮写本は何なのか。
答えるのは羊紙皮写本を持ち出してきた女、茶子である。
「この手記は山折神社の奥に眠る即身仏。
つまり、山折神社の初代宮司であり隠山祈の弟である隠山覚(いぬやま さとり)によって記されたモノよ」
「それって…………」
「そ。はすみとうさぎのご先祖様ね」
その名はうさぎも知っている。
犬山家の家系図は初代宮司である犬山覚から始まっているのだから。
「この手記には『降臨伝説』の真実が書かれている」
「『降臨伝説』って主に春ちゃんがいつも言ってる村の伝説だよね?」
山中に降臨した神が疫病に苦しむ村を救ったという村の始祖たる神楽の始まりの伝承。
神楽家の啓蒙活動により村の誰もが知っている話だ。
「そうね。けど、お春の話と違って、これは他ならぬ当事者の手で書かれた手記よ。信憑性は高いでしょう?」
『降臨伝説』の真実。
語り手であるアニカがこれから始まる長い話の前に、一つ咳払いをした。
そして、すべてを明かす探偵の手によって村の歴史が紐解かれようとしていた。
話は室町時代にさかのぼる。
隠れ里の巫女、隠山祈と京より派遣された陰陽師、神楽春陽の出会いより始まる。
出会いより互いに惹かれ合った2人は人目を憚り山中での逢瀬を重ねていた。
そして幾度目かの逢瀬の最中に、2人は山中で幼子を拾った。
その幼子こそ、降臨伝説における降臨者に当たる存在だった。
「それはただの捨て子だったのでは?」
「いや、地面に落ちていたのではなく。彼らの目の前で空が裂け、その裂け目から白い兎とともに現れたと書かれている。
よっぽど話を盛ってるんじゃなければこうは書かない」
羊皮紙の序章には目を通していた茶子が答える。
過剰演出の小説のような表現だが、異世界の存在が明らかになった今となっては異世界の裂け目だったのだろうと推測できる。
「なんか、かぐや姫みたいな話だね」
竹の中に赤子が居て、その正体は月からやってきた宇宙人だったという昔物語。
宇宙ではなく異世界だが、お伽噺めいた話である。
「幼子は神楽春陽に引き取られ、隠山祈によって名を与えられた。その名を神楽うさぎと言う」
「…………うさぎ」
自らと同じ名にうさぎが反応する。
それが友の名字と結びつくのはどうにも妙な気分である。
「神楽春陽は隠山祈と共に子を育み、愛を育んだ」
「素敵なお話だね」
疑似家族だが、そこから生まれる愛もあるだろう。
村の絶対禁忌となる災厄の話だと忘れてしまいそうになる。
「――――――だが、蜜月はそこまで」
元より春陽は都より隠れ里の調査に来た役人である。
調査を終えた春陽は里の構造的な欠陥を見抜き、近しい未来に訪れる災厄を予見した。
そして厄の抜け道である龍脈を必要があると考え、その施工を手配するため一時的に京へと帰京する事となった。
「第一のmisfortuneは、春陽不在の隙をついて神楽うさぎが留学という名目で飛騨の役人に拐かされた事」
「……誘拐されたって事? けど、どうして?」
「うさぎが『八尾比丘尼』である、とされたからよ」
「やおびくにって?」
「人魚の肉を食べて不老不死になった尼の事よ。確か、室町時代にこの辺を訪れたって伝承があったはずね」
室町時代に八尾比丘尼が飛騨国周辺を訪れたという記録がある。
不老不死たる八尾比丘尼の血肉は死者を甦らせ、生者に不死を与える万病の妙薬とされていた。
当時の飛騨国の役人たちも八尾比丘尼の噂を聞きつけた血眼になってこれを探したと言う。
そして、山中に現れた白髪。金色の瞳を持つ奇異な幼子の噂を聞きつけた彼らは彼女を『八尾比丘尼』であるとした。
役人と言う立場から言えば当然の義務ともいえるが、幼子の存在を報告したのが他ならぬ春陽だ。
飛騨の役人が京へと送られるはずだった文を盗み見てその存在を知る事となった。
娘が拐わかされたことを知った春陽はすぐさま京を離れ、その救出に向かったが、時すでに遅し。
神楽うさぎは生きたまま解体されており、妙薬と言う名の肉片となっていた。
怒り狂った春陽は役人たちを呪い殺し、恐るべき執念で権力者たちにバラまかれた娘の遺体を回収していった。
「そして、第二のmisfortuneは、疫病が里に蔓延した事」
天然痘と呼ばれる流行病が村へと蔓延したのだ。
元より春陽はこれを災厄として予期していたが、最悪なことに春陽が村を離れてうさぎの遺体を回収している間に病は蔓延してしまった。
そして疫病を恐れた村人は疫病に侵された人間を山の岩戸に隔離して閉じ込めていった。
不吉や災厄に蓋をしてなかった事にする、それが当時の村の信仰だった。
春陽がバラバラになった娘の死体を回収して里に帰ったのは約1月後の事だった。
その頃には全てが終わっていた。里は疫病によって半壊しており、生き残った村人から隠山祈の居場所を行き来だそうとしたが村人は頑なに口を割らなかった。
春陽は自力で岩戸に閉じ込められた隠山祈を発見したが、時には既に祈は事切れており、その妹と弟と共に岩戸の中で死亡していた。
全てに遅い、男だった。
「いや。待って下さい、それはおかしい」
アニカの語りに創が待ったをかける。
「この手記を書いたのは隠山祈の弟だったはずだ。それが死亡しているのは話が合わない」
「それは……弟さんが2人いたとかじゃないかな?」
「いいや、隠山祈には弟と妹が1人だけだ」
「弟である覚さんが後に宮司となっているのなら……死亡していたという記録が間違いだったんじゃないかな?」
そうでなければ、子孫であるうさぎが存在しないことになってしまう。
「それに関して具体的なdescriptionはないわ。だからここからは私のReasoningになるのだけど……」
少しだけ躊躇うようにアニカが言葉を切った。
だが意を決するように、たどり着いた結論を口にする。
「確かに春陽がたどり着いた時にはすでに隠山祈を含む多くの人間は死亡していた。
but...春陽の手にはcollectした神楽うさぎの肉片があった。生者に不死を与え、死者を甦らせると言う妙薬が」
その言葉の意味を理解して、全員の背筋にゾワリと悪寒が走る。
「まさか…………それを使ったってのか!? 義理とは言え娘の遺体だぞ?」
「ただのReasoningよ。証拠は何もない。けれど、もう取り戻せないモノと、取り戻せるかもしれないモノ。
どちらも大切で取り戻す手段が手の中にあったとするなら、そのjudgmentは責められるものではないと思うわ」
神楽春陽は己が陰陽道とバラバラになった娘の死肉を使い、岩戸の中に打ち捨てられた疫病で死亡した人間を蘇生させた。
血を吐くような辛い決断であったのは違いあるまい。
「……待ってくれ。じゃあ何か? 俺たちは最初から死の淵から蘇ったゾンビの子孫だったって事か?」
顔を青くしながら哉太が問う。
この村の先祖は死者蘇生したゾンビのようなものだった。
このVHより以前からこの村はゾンビの村だった。これが絶対禁忌だと言うのだろか。
「言ったでしょ、これは私のReasoningであって確証はないわ。
ただ、戦時にこの村で『マルタ実験』が行われていたのは、この村にそういう死者蘇生のanecdoteがあったからなのでしょうね」
時の権力者である山折軍丞も故郷に伝わるその伝承を知っていたからこそ、『不死の軍勢』研究に自身の村を提供したのだろう。
「確か……春ちゃんがよく話してる『降臨伝説』の内容って。
山中に突如として君臨した『神』が自らの血肉で疫病に苦しむ村民を救った、だったっけ」
異世界より現れた神楽うさぎがその死肉で疫病で死亡した村人と蘇らせた。
確かに大筋としてはあってると言えばあってる。
どの神楽がどういう手段をもって救ったか、と言う肝心な点が抜けているのだが。
「じゃあ、それで隠山祈も蘇ったのでしょうか?」
八尾比丘尼の肉で死者を蘇えらせたというのなら、そこに隠山祈も含まれているはずである。
だが、これにアニカはかすかに首を横に振った。
「Non...これ以降のrecordに隠山祈は登場しないわ」
これに関して詳細は不明だ。
岩戸の奥で世界を呪いながら死を迎えた隠山祈はその呪詛により既に怪異に身を堕としていたのか。
それとも、母である隠山祈だけはバラバラになった娘の血肉による蘇生を拒んだのか。
むしろその事実に世界への恨みを更に強め、蘇りの力を使って呪詛と怨嗟をまき散らす悪神へと転生をせしめたのかもしれない。
「かくして、疫病騒ぎは終息したって事ね。まぁ一度疫病で死亡した人間には抗体もついてただろうしね」
これにより隠れ里は疫病騒ぎを乗り越えた。
1人の少女の犠牲によってウイルスに苦しめられた状況を救うというのは今の状況の暗示めいている。
だが、疫病から逃れていた村人からすれば、打ち捨てなかった事にした疫病患者たちが復活したのだ。
それは彼らにとっては信仰、教義に反する不都合な奇跡である。
春陽は復活した村人に真実を言い出せなかった。
当然だろう。まさか娘の死肉を使ってあなたたちを甦らせましたなんて言えるはずもない。
それ故に村人たちは勝手な想像を膨らまし、この不都合な奇跡を引き起こした存在を自分たちがなかった事にした『隠山祈』であると考えた。
彼らは彼女を全ての悪を引き起こした名もなき祟り神として祀り、その役割を押し付けた。それが鳥獣慰霊祭の始まり。
だが、ここに一つの歪みが生じた。
「歪み…………?」
「信仰と事実の違い、ですね」
「そっか…………実際は疫病患者を救ったのは『神楽うさぎ』だったわけだもんね」
本物の『隠山祈』は恨みによって悪神に転じており。
実際に村人に祟り神として信仰の対象となったのは『神楽うさぎ』である。
この歪みにより同じ名を持つ2柱の『イヌヤマイノリ』が生まれたのである。
これが村の災厄誕生の真実。
村の災厄。絶対禁忌『イヌヤマイノリ』誕生の経緯は分かった。
だが、まだ一つ疑問が残っている。
「…………妹は? 妹はどうなったの?」
拳を握り締め、妙に力の入った声でうさぎ尋ねる。
神楽うさぎは祟り神となり、隠山祈は悪神と転じた。
隠山覚は死の淵から蘇り犬山と名を改め初代宮司となった。
では、妹はどうなったのか?
「I don't know.イノリと同じく、以後の記述には何の記録も残っていないわ」
「けど、アニカちゃんなら推理は出来るはずでしょう…………?
確証がなくてもいい……推理を聞かせて…………!」
うさぎが懇願するように頼み込む。
彼女の言う通り、非合理で飛躍しすぎた内容だが、推理はある。
「隠山祈のlittle sisterである隠山 望(いぬやま のぞみ)は『Spirited away(神隠し)』にあったのではないかしら?」
推理によってたどり着いた結論を告げる。
「どういう事だ?」
「異世界の魔王がこっちに来てるんだもの。こっちの人間がむこうに行っててもおかしくはないでしょう?」
「いやぁ……理屈で言えば…………確かにそう、なのか?」
戦時に異世界研究がなされていた事から、この村は異世界と違い位置にあるのは確かだ。
特に山折神社付近は異世界に近い場所である
昔から神隠しと言う名の異世界転移や異世界転生が起こっていた可能性は高い。
そして、その転移者の中にうさぎの先祖である隠山祈の妹がいたとしてもおかしくはないだろう。
「魔王はウサギの顔を見てイヌヤマと呼んだ。たまたま似た顔をした人間を知っていたとういpossibilityはあるでしょうけど、顔だけならともかく名前まで一緒っていうのは流石にありえない」
魔王の言動は意味不明なものが多かったが、特にうさぎに対する反応は意味深だった。
明らかにうさぎを知ってる風な反応を示していた。
ならば魔王が知っていたイヌヤマは異世界転移した隠山祈の妹なのではないのか。
「そして、ここからはさらに荒唐無稽な話になるのだけど……。
ウサギはその異世界のイヌヤマのRelated partiesなのではないかしら?」
異世界や転生を前提とした推理ともいえない推理もどき。
だが、恐らくこの荒唐無稽な推理は正しいのだろうと、探偵として勘がそう告げていた。
「推理と言っても無根拠ってわけじゃないだろ? そう思う根拠は?」
「このfamily tree(家系図)よ」
言ってアニカが提示したのは犬山家の家系図である。
それは、神楽うさぎの死肉より蘇りを果たしたことによる呪詛なのか。
犬山覚を頂点とする家系図は奇妙なことに女児が一人しか生まれない一子の呪いにかかっていた。
「犬山家にはgirl childが1人しか生まれない。そのruleから外れたウサキは別のruleによって生まれた存在だと推測できる。
そして、異世界より白兎とともに現れた神楽うさぎ。それと同じ名を持つウサギは同じOriginによって名付けられたのではないか? と言うのが私のReasoningよ」
本人の危惧した通り、名探偵らしからぬ荒唐無稽で穴だらけの推理である。
名前が同じになるなんてただの偶然の可能性の方が高いだろう。
女児が1人しか生まれなかったのだって、呪いなんかじゃなくてただ偶然が続いただけだったのかもしれない。
だが、当人であるうさぎの中でああそうなのかという納得があった。
知らずうさぎの頬を涙が伝う。
自身が何者であるのか思い出したような、暖かな涙だった。
■総括:今後の対応について
「村の歴史のお勉強はこれで終わり。あの呪いがどういうものか分ったでしょう?」
アニカが推理を語り終え、進行役だった茶子が聴衆にそう投げかける。
これで絶対禁忌をめぐる村の歴史は明らかになった。
後は、この情報を元にあの呪いをどう攻略するかだが。
「私は……助けたい」
最初に口を開いたのは自らの正体を知った少女、犬山うさぎだった。
だが、その言葉に茶子が冷ややかな反応を示す。
「…………助けたい?」
「そうだよ……! 助けなきゃいけない、私はきっとそのために…………っ」
ぐっと決意を込めたこぶしを握り、うさぎが声を震わせる。
使命感のようなものが彼女を突き動かしていた。
「ダメようさぎ。どちらのイヌヤマイノリであろうとも排除する」
だが、返るのは刃のように冷たい瞳と声だった。
村の存続を求める茶子は神殺しを宣言する。
「祟り神や悪神に墜ちた存在はこの村にとって害でしかない。哉くんも村の害になる祟り神まで殺すなとは言わないわよね?」
不要な人殺しはしないと約束したが、神までは約束していない。
何より、これは村の『未来』を思うのならば必要な事である。
「私はこの村を綺麗にする、私の山折村に神はいらない」
「そんな、ダメだよ茶子ちゃん……!」
これだけの集団になると祖語も出てくる。ともすれば、目的同士がぶつかることもあるだろう。
イヌヤマイノリの処遇を巡り2人はヒートアップする。
「待った。まだ方針の確認している途中だ。衝突も擦り合わせはその後にしましょう」
その間に創が入り衝突しかけた2人をとりなした。
創の言葉に、気づけば立ち上がっていたうさぎは頭を冷やしたのか黙って座席に座りなおす。
茶子も落ち着いた様子だが、睨み付けるように創に視線を向ける。
「そういうお前はどっちの意見なんだ、創?」
排除が救済か。
村の災厄に対するスタンスを問われ、創は回答する。
「そうですね。僕は村の呪いに関しては、そもそも解決する必要がない、と考えています」
これまでの議論のちゃぶ台をひっくり返す意見だった。
突然の暴論に慌てた様子で哉太が突っ込む。
「おいおい、そりゃないだろ。あれは放ってはおけない」
「ええ。そうですね。失礼しました。では言い方を変えましょう。あの問題を――我々が解決する必要はない」
生物災害は解決せねばならない。
そうしないと生き残れないからだ。
だが、あれは完全に生物災害とは別の事案だ。
解決せずとも巻き込まれさえしなければ生き残れる。
「あの怨霊は土地に根付いた地縛霊に近い性質と言う話だったはずだ。
ならば、あそこで止めなければ世界に害を漏らしかねない魔王と違って積極的に戦う理由がない。なら放置すればいい」
悪意を持って攻撃してくる相手ならば、自衛のために倒さねばならないが、あの呪いはそうではない。
そこに在り、特定の禁忌を侵した者だけを呪うシステムだ。
VHを解決してこの土地から離れてしまえば逃げ切れる相手である。
「けど、そうじゃない可能性もあるだろ? あれが外に害をもたらすかもしれない」
「確かに地縛霊であるというのはただの希望的な推測だ。だが、それが本当に世界の危機ならば然るべき部隊が派遣される」
彼らはただの村人だ、世界を救う義務など無い。
世界を救う義務を担った存在は別にいる。
その存在を、彼らは実感をもって知っていた。
「――――特殊部隊」
村の蹂躙者にして秩序の守護者。
世界を守護る特殊部隊だ。
「だが、相手は魔王を呪うような手合いよ。奴らで勝てるのかしら?」
異能には異能を。超常には超常を。
村の呪いに対処するのなら異能者となった正常感染者たちの方が適任ではないのか?
茶子は懐疑的な様子でそんな疑問をぶつけた。
「それは少し特殊部隊を侮りすぎだ。実の所、あのまま魔王を放置しても彼らが倒していたと僕は思います」
確かに、魔王は圧倒的な存在だった。
怪異殺しの呪詛に、村の呪いを利用して弱体化に弱体化を重ねてようやく勝てた相手である。
その手段を持たない特殊部隊など鎧袖一触にしてしまえる実力はあったように思えるが。
茶子はこの地でもテクノクラートでも自衛隊の精鋭たる秘密特殊部隊を接触したことがない。彼らを知らない。
故に、両者を知る者に問う。
「哉太さん。あなたは出現直後、弱体化前の魔王に一太刀入れている。そして燃える古民家で特殊部隊とも戦ったはずだ。
両者と戦った実感として、特殊部隊が魔王に勝てないと思いますか…………?」
弱体化前の魔王は確かに圧倒的だったが、一撃も与えられないような相手ではなかった。
出現直後の魔王はアニカの異能を乗せた哉太の一太刀で手傷を負った。
物理的に傷を負う相手である。
哉太は燃え盛る炎の中で戦った特殊部隊の男を思い返す。
狙撃手としての本領を発揮するでもなく創、哉太、圭介の操る遥の3人を相手取った強者。
もちろんその実力は魔王に及ぶべくもないが、あの実力を基準に考えれば、すぐに結論は出た。
「勝てる、と思う。もちろん1人じゃ話ならないだろうけど、装備を整えた特殊部隊が一個分隊もいれば十分に殲滅できたはずだ」
10名前後からなる分隊であれば魔王相手でも問題なく殲滅できた。
剣士として、哉太はそう分析する。
「つまり、顕現した隠山祈が魔王に近しい力を持っていたとしても、特殊部隊なら対処できるという算段か?」
「ええ。特殊部隊側も相応の被害を被るでしょうが、それが彼らの本来の仕事のはずだ、そこは全うして頂けばいい」
自分で殺すのではなく、殺せる状況を作る。
師匠の相棒が得意とするエージェントとしてのやり口である。
結果として殺せるのなら、茶子としても文句はない。
だが、散々村を蹂躙した特殊部隊の連中に、これ以上の介入を許すと言うのも気に食わない。
「アニカちゃんの意見は?」
「村の呪い(イヌヤマイノリ)の排除に関してはpassive approvalって所かしら。
私のpurposeはあくまでこのVHの解決。災厄は私たちのhindranceになるなら対処する。そうじゃないならMr.アマハラの意見に近いわね。放置するのもありだと思うわ」
アニカはイヌヤマイノリが来るのなら対処するが、そうでないなら関わらない。
そう言う消極的なスタンスである。
「哉くんはどう?」
「俺は…………村の災厄、隠山祈に関しては事情も知っちまったし、倒すっていうより何とかしてやりたいとは思う。
けどよ。それより……やっぱり俺は圭ちゃんを助けにきたい」
災厄の下に残してきた圭介の救助。
災厄を倒すかどうかよりも哉太の目標はそちらが優先される。
「すでに手遅れだと思うけど」
「それでも。最後まで諦めきれないんだ。直接この目で見るまでは」
恐らく最も困難な道だろう。
だが、それでも、目の前の友達の方が大事だ。
「私も、災厄の対処よりもスヴィア先生の救出を優先したい」
哉太の意見に雪菜も続く。
はるか昔より続く村の因縁や災厄の解決よりも、危機にある知り合いを助けたい。
そんなごくごく個人的な要望だが、彼女にとっては何よりも優先される大事なことだ。
茶子は冷ややかな視線を送るが、衝突もすり合わせも後ですべきと言う創の意見を受けての事か、何も言う事はなかった。
「んんぅ……おはなし……おわった?」
くぁぁと大きなあくびをしながら、いつの間にか眠っていたリンがよ目を覚ました。
「そうね。一応リンちゃんにも聞いておこうかしら」
「なんのおはなし?」
「イヌヤマイノリをどうするかってお話しよ」
「いのりちゃん?」
寝起きのリンはかわいらしく首をかしげる。
「なかよくできるんならいっしょに遊びたいな。
けどチャコおねえちゃんがしたいようにするのがリンはいちばんうれしいな」
そういって毒を含んだ白い花のように笑う。
「ありがとうリンちゃん。これで一通りの意見は出そろったかしら」
ひとまず全員が意見を出し終えた。
災厄に対するスタンスをまとめると。
茶子:村の災厄はすべて排除する。
リン:茶子の意見と同じ。
創:村の災厄は放置。特殊部隊に処理させる。
アニカ:VHの解決を優先。向こうから来ない限り村の災厄は放置。
雪菜:村の災厄の対処よりもスヴィアの救出を優先したい。
哉太:村の災厄はなんとかしたい。だがそれよりも山折圭介の救出を優先したい。
うさぎ:災厄である隠山祈を助けたい。
「…………見事にOpinionsがバラバラね」
方針が同じなのは茶子とリンくらいの物だが、これに関しては幼子であるリンが茶子に付和雷同しているだけなので参考にならない。
特に問題なのはうさぎと茶子の意見が真っ向から対立している事だ。
下手をすれば物別れになりかねない。
「ではこうしましょう。個別の目標ではなく全員の共通目標を確認しましょう」
創が提案する。
個別の目標ではなく、全体としての共通目標を洗い出す。
「そうね。意見がまとまらずFarewellになるよりは、まずは全員でClearすべきtaskを処理していきましょう。
災厄への対処はそれから。みんなもそれでいいかしら?」
村の災厄に対する方針が対立している以上、村の災厄の対処は後回しにして別の優先事項をこなすのがベストだ。
問題の先送りでしかないが、対立するにしてもその後でいい。
「俺は…………」
哉太は返答に詰まる。
哉太が望む、災厄の足元に残してきた圭介の救出は他の目的に比べて緊急性が高い。
出来るのならば一刻も早く助けに向かいたい。
「哉太さん。言い方は悪いですが、殺されてるなら置き去りにした時点で殺されている。
生きていることを信じたなら、その場から逃げ延びたと信じるべきだ」
「ああ。そう、だな」
哉太は圭介が生きていることに賭けた。
ならば、あとはガキ大将のしぶとさを信じるしかない。
「……わかった。俺もそれでいい」
哉太も納得を示したことによりひとまず、全員が共通する目標に向かって動く事に同意した。
「事後処理に関しては置いておくとして。バイオハザードの解決。村を封鎖している特殊部隊への対処。当面の目標はこれでいいですね?」
「確認するまでもねぇな」
そこに関しては最初から変わっていない。
VHに巻き込まれた全員が乗り越えるべき共通目標だ。
「VHのsolutionに関しては研究所に向かうしかないでしょうね。そこでMethodを見つけるしかない」
「研究所の入り口は把握しているんですか?」
「診療所裏に緊急脱出口がある。地下研究所にはそこから侵入できるはずよ」
「鍵(キー)は?」
「L2のIDパスがある。今はアニカちゃんに預けてあるわ」
「実際に使用したことは?」
「ないね。連絡は仲介役を介してたんでね、緊急脱出口については聞かされていただけで直接訪ねたことはない」
「なら、緊急脱出口には別の鍵(ロック)がかかっている可能性もありますね、まぁ行ってみないと分からないか……」
一応の懸念はあるが、ひとまずは侵入に問題はなさそうだ。
問題は研究所にたどり着いてからである。
そこから解決策が見つかるかは、出たとこ勝負だ。
「それなら、スヴィア先生の助けが必要だと思います、先生がいればきっと……!」
研究所に辿り着いた所で知識がなければ解決策も見いだせない。
アニカや創も工作員や探偵としてある程度の知識はあるが、やはり専門家である研究員であるスヴィアの力は欲しい。
スヴィアの救出も念頭に置く必要はあるだろう。雪菜からすれば個人目標とも一致して願ったり叶ったりだ。
「特殊部隊に関してですが、奴らは倒したところで意味がない。今の部隊がダメなら目的達成まで次が送り込まれるだけだ」
「根元から絶たないとってことだね……」
出会ったら終りと言える強さな上に無限湧き。
まともに相手にするだけ無駄だ。
「そのためにnegotiationが必要よ」
「一応、研究所には伝手がある。場があれば掛け合えるとは思う。だが、交渉しようにも通信妨害が邪魔だ」
「そうですね。通信妨害を乗り越える手段はこの村にはない」
特殊部隊の張った通信妨害を超える手段は村内にない。
あるとするならば、村の物ではない施設にあると、一縷の望みを託すしかない。
すなわち地下に広がる研究所である。
「どっちにせよ、研究所か……」
彼らの目的はそこに集約される。
村の地下に眠る未来人類発展研究所。
全てはそこに在るはずだ。
「なら、さっさと向かいましょう」
茶子がエンジンをかけなおし、アクセルを踏む。
ハンドルを回して大きくUターンすると、バスが走り出した。
目標は山折総合診療所裏にある非常出口。
闇を切り裂きバスが進む。
全員が前を向いて一つの目標に向かっていく。
そんな中一人、状況のよくわかっていないリンだけが窓から流れゆく景色を眺めていた。
「あ、ながれ星」
幼子の瞳は商店街に向かい、夜を飛ぶ流星を見た。
【F-3/草原・マイクロバス内/一日目・夜】
[全体]
※『ヤマオリ・レポート』の内容を共有しました
※『世界の滅び』及びそれを回避しようとする『研究所の方針』について把握しました。
※過去に行われた『龍脈』の工事は未完成である事を把握しました。南トンネルに北の即身仏に対を成す厄を吸収する何かがあると推測しています。
※羊皮紙写本から『降臨伝説』の真実を知りました。
【虎尾 茶子】
[状態]:異能理解済、疲労(特大)、精神疲労(中)、山折村への憎悪(極大)、朝景礼治への憎悪(絶大)、八柳哉太への罪悪感(大)、隠山祈に対する恐怖(小)
[道具]:ナップザック、木刀、長ドス、マチェット、医療道具、腕時計、八柳藤次郎の刀、包帯(異能による最大強化)、ピッキングツール、アウトドアナイフ、護符×5、モバイルバッテリー、袴田伴次のスマートフォン
[方針]
基本.協力者を集め、事態を収束させ村を復興させる。
1.有用な人材以外は殺処分前提の措置を取る。
2.顕現した隠山祈を排除する
4.リンを保護・監視する。彼女の異能を利用することも考える。
5.未来人類発展研究所の関係者(特に浅野雅)には警戒。
6.朝景礼治は必ず殺す。最低でも死を確認する。
7.―――ごめん、哉くん。
[備考]
※未来人類発展研究所関係者です。
※リンの異能及びその対処法を把握しました。
※天宝寺アニカらと情報を交換し、袴田邸に滞在していた感染者達の名前と異能を把握しました。
※羊皮紙写本から『降臨伝説』の真実及び『巣食うもの』の正体と真名が『隠山祈(いぬやまのいのり)』であることを知りました。
※月影夜帳が字蔵恵子を殺害したと考えています。また、月影夜帳の異能を洗脳を含む強力な異能だと推察しています。
※『隠山祈』の存在を視認しました。
※『隠山祈』の封印を解いた影響で■■■■になりました。
【リン】
[状態]:異能理解済、健康、虎尾茶子への依存(極大)、マイクロバス乗車中
[道具]:メッセンジャーバッグ、化粧品多数、双眼鏡、缶ジュース、お菓子、虎尾茶子お下がりの服、御守り、サンドイッチ、飲料水(残り半分)
[方針]
基本.チャコおねえちゃんのそばにいる。
1.ずっといっしょだよ、チャコおねえちゃん。
2.またあおうね、アニカおねえちゃん。
3.チャコおねえちゃんのいちばんはリンだからね、カナタおにいちゃん。
4.いのりちゃんにまたあえるかな?
[備考]
※VHが発生していることを理解しました。
※天宝寺アニカの指導により異能を使えるようになりました。
※『隠山祈』の存在を視認しました。
【八柳 哉太】
[状態]:異能理解済、疲労(特大)、精神疲労(大)、喪失感(大)、隠山祈に対する恐怖(小)、マイクロバス乗車中
[道具]:脇差(異能による強化&怪異/異形特攻・中)、打刀(異能による強化&怪異/異形特攻・中)、双眼鏡、飲料水、リュックサック、マグライト、八柳哉太のスマートフォン
[方針]
基本.生存者を助けつつ、事態解決に動く
1.アニカを守る。絶対に死なせない。
2.村の災厄『隠山祈』の下に残してきた圭介を救出したい。
3.村の災厄『隠山祈』を何とかしてあげたい。
4.いざとなったら、自分が茶子姉を止める。
5.ゾンビ化した住民はできる限り殺したくない。
[備考]
※虎尾茶子と情報交換し、
クマカイや薩摩圭介の情報を得ました。
※虎尾茶子が未来人類発展研究所関係者であると確認しました。
※リンの異能及びその対処法を把握しました。
※広場裏の管理事務所が資材管理棟、山折総合診療所の地下が第一実験棟に通じていることを把握しました。
※『隠山祈』の存在を視認しました。
【天宝寺 アニカ】
[状態]:異能理解済、衣服の破損(貫通痕数カ所)、疲労(大)、精神疲労(大)、悲しみ(大)、虎尾茶子への疑念(大)、強い決意、生命力増加(???)、隠山祈に対する恐怖(大)、マイクロバス乗車中
[道具]:殺虫スプレー、スタンガン、斜め掛けショルダーバッグ、スケートボード、ビニールロープ、金田一勝子の遺髪、ジッポライター、研究所IDパス(L2)、コンパス、飲料水、医療道具、マグライト、サンドイッチ、天宝寺アニカのスマートフォン、羊紙皮写本、犬山家の家系図
[方針]
基本.このZombie panicを解決してみせるわ!
1.『あれ』をどうにかする方法を考えないと……But can you really do anything?
2.「Mr.ミナサキ」から得た情報をどう生かそうかしら?
3.negotiationの席をどう用意しましょう?
4.あの女(Ms.チャコ)の情報、癇に障るけどbeneficialなのは確かね。
5.やることが山積みだけど……やらなきゃ!
6.リンとMs.チャコには引き続き警戒よ。特にMs.チャコにはね。
[備考]
※虎尾茶子と情報交換し、クマカイや薩摩圭介の情報を得ました。
※虎尾茶子が未来人類発展研究所関係者であると確認しました。
※リンの異能を理解したことにより、彼女の異能による影響を受けなくなりました。
※広場裏の管理事務所が資材管理棟、山折総合診療所が第一実験棟に通じていることを把握しました。
※犬山はすみが全生命力をアニカに注いだため、彼女の身体に何かしらの変化が生じる可能性があります。
※『隠山祈』の存在を視認しました。
【
犬山 うさぎ】
[状態]:感電による熱傷(軽度)、蛇・虎再召喚不可、深い悲しみ(大)、疲労(大)、精神疲労(極大)、隠山祈に対する恐怖(絶大)、マイクロバス乗車中
[道具]:ヘルメット、御守、ロシア製のマカノフ(残弾なし)
[方針]
基本.少しでも多くの人を助けたい
1.村の災厄となってしまった隠山祈を助けたい
[備考]
※『隠山祈』の存在を視認しました。
※自身が『隠山祈』の妹『隠山望』であることを自覚しました
【天原 創】
[状態]:異能理解済、記憶復活、疲労(特大)、虎尾茶子への警戒(中)、隠山祈に対する恐怖(小)、マイクロバス乗車中
[道具]:???(青葉遥から贈られた物)、ウエストポーチ(青葉遥から贈られた物)、デザートイーグル.41マグナム(0/8)、スタームルガーレッドホーク(6/6)、ガンホルスター、44マグナム予備弾(30/50)(ジャック・オーランドから贈られた物)、活性アンプル(青葉遥から贈られた物)、他にもあるかも?
[方針]
基本.パンデミックと、山折村の厄災を止める
1.全体目標であるVHの解決を優先。
2.災厄と特殊部隊をぶつけて殲滅させる。
3.スヴィア先生を探して取り戻す。
4.珠さん達のことが心配。再会できたら圭介さんや光さんのことを話す。
5.虎尾茶子に警戒。
[備考]
※上月みかげは記憶操作の類の異能を持っているという考察を得ています
※過去の消された記憶を取り戻しました。
※山折圭介はゾンビ操作の異能を持っていると推測しています。
※活性アンプルの他にも青葉遥から贈られた物が他にもあるかも知れません。
※『隠山祈』の存在を視認しました。
【
哀野 雪菜】
[状態]:異能理解済、強い決意、肩と腹部に銃創(簡易処置済)、全身にガラス片による傷(簡易処置済)、二重能力者化、骨折(中・数本程・修復中)、異能『線香花火』使用による消耗(中)、疲労(大)、虎尾茶子への警戒(中)、隠山祈への恐怖(大)、マイクロバス乗車中
[道具]:ガラス片、バール、
スヴィア・リーデンベルグの銀髪、替えの服
[方針]
基本.女王感染者を探す、そして止める。
1.絶対にスヴィア先生を取り戻す、絶対に死なせない。絶対に。
2.虎尾茶子は信頼できないけれど、信用はできそう。
[備考]
※叶和の魂との対話の結果、噛まれた際に流し込まれていた愛原叶和の血液と適合し、本来愛原叶和の異能となるはずだった『線香花火(せんこうはなび)』を取得しました。
※制服から着替えました。どのような服装かは後続の書き手様にお任せします。
※『隠山祈』の存在を視認しました。
最終更新:2024年04月28日 20:24