「やっぱり、ここにいたんだ」
春茜に染められた山桜が群生する山折村南西部――旧八柳家修練場にて。
そこに穏やかな花風に乗せられた鈴を転がすような声が一つ。
木刀を一心不乱に振るっていた少年は手を止め、大きく溜め息をついて声のする方へと身体を向けた
「―――何だよ。今日仕事じゃなかったのか、茶子姉」
「仕事だよ。ちゃっちゃと終わらせて定時上がり」
ぶっきらぼうに答えるジャージ姿の少年、八柳哉太にスーツ姿の小柄な女性、虎尾茶子は小さく手を振って答えた。
茶子の手にはビジネスバッグと一緒にケーキ――「すい~と・お~くま」の新作スイーツの入った箱がある。
「…………わざわざここで食わなくてもいいだろ」
「だってあと一週間くらいで都内の学校に行っちゃうんだし。キミとの時間を大切にしたいんだ」
ほんの少しだけ物憂い気な言葉が未だ癒えない傷口をなぞり、少年は思わず姉弟子から視線を逸らした。
大切な妹分への暴力沙汰の疑い。幼馴染達との絶縁。ささくれ立った心は行き場を求めて彷徨い続けている。
嘆いて自分の殻に閉じこもるわけでもない。破壊衝動を激情の赴くままに発散させるわけでもない。かといって問題解決の糸口を見つけるために動くわけでもない。
気づけば自分は一人になれる場所に来て、慣れ親しんだことをして、頭の中の雑音を消す。そんなことをしても何の意味もないのに。
「昔から思ってたんだけどさ、そこそこ器用なくせに不器用なふりするよね、キミ」
「どういう意味だよ、それ」
「んー。直感で答え出せる癖に無理に言語化しようとして失敗する感じ……的な?」
「随分とふわっとした感じだな。前も同じこと言ってなかったっけ?」
夕暮れのログハウスの縁側で二人、並んで新作のシュークリームを頬張る。
飽きる程繰り返したようなありふれた何気ない会話。だけども二人にとっては大切な日常の一片。
あと一週間もすれば少年は山折村に遺恨を残したまま去り、姉弟子は一人村に取り残される。
気づけば日が完全に落ち、辺りが暗闇で覆われていた。
「茶子姉、もう遅いから早く帰った方がいいんじゃないか?」
「キミはどうするの?」
「…………ここに泊まる」
少しの沈黙の後、少年は姉弟子に向かって答える。帰ったところで回りは針の筵。彼の居場所は既になく、それに堪え切れるほど少年の心は成熟していない。
「だったら、あたしも泊まることにする」
「……………明日、仕事じゃないのか?」
不意に茶子が告げる。縁側に立って伸びをする姉弟子にちらりと視線を向けて問いかける。
「あたしが要領がいいの知ってるだろ?だから上手いこと仕事片づけて休み取れてるんだ。それに―――」
言葉の端で想い人は少年の方へと顔を向ける。月の光が差す柔らかな笑みを浮かべた横顔は儚げで。
「―――一人でいるより、二人の方がいいでしょ」
◆
人と魔の入り混じる逢魔が時。山折村の経済の中心であった商店街には既にその面影はない。
破壊を巻き起こす暴風が立ち並ぶ店舗をなぎ倒す。天変地異の前触れか、稲妻が街路樹を焼き尽くし、爆炎が周囲に轟く。
否、天変地異などではない。局地的な災厄はただ一人の存在によって引き起こされていた。
アルシェル。とある異世界における絶対的存在にして、憎悪に歪められた次期村長山折圭介の肉体を介して顕現した魔王(かみ)である。
彼はこの地にて人の業を娯楽(ゲーム)と称してかつて支配していた世界のように暴虐の限りを尽くす筈だった。しかし―――。
――――その名を騙る痴れ者に、祟りあるべし。
魔王が名を奪おうとした山折村の絶対禁忌『隠山祈』の呪詛。とある特務機関エージェントの置き土産。研究所特殊部隊最強の搦め手。
山折村が持ちうるありとあらゆる手段により、依代となった山折村の王はその王冠を剥奪され、漆黒の太陽は虚空に吞まれ失墜する。
しかし、どれだけ堕天しようとも魔の王たる看板に偽りなし。異界にて絶対者として振舞ってきた実力は、地球産の人間を遥かに上回っていた。
「たかだが二人、頭数が増えたところで差が埋まるとでも思っていたか?」
焦燥と怨念の入り混じった挑発と同時に、黄金の髪を持つ巨漢――魔王アルシェルの周囲を埋めつくすように黒曜石で作られた刀剣が展開される。
同時に魔王の巨躯から発せられる黒い閃光――凝縮された魔力が武装一つ一つに付与され、彼を守護する騎士のように切っ先が外敵へと向けられた。
対するのは八柳流ツートップの二人の若者――虎尾茶子と八柳哉太。それぞれ鈍らの妖刀と業物の聖刀を構え、かの恐ろしき異界の神へと同時に駆け出す。
その刹那、魔王を取り囲む黒曜石の刀剣が一斉に動き出した。魔力を流し込まれた数多の武装は縦横無尽に動き回り、創造主に逆らう逆賊へと斬りかかる。
守護の凶刃がその役割を果たすことはない。
魔王と対峙する存在は山折村の厄災を生き延びてきた剣の達人二人。鍛え上げた業にて刃の波を掻き分けながら進む。だが――。
「――――ッ!」
「来るよッ!」
姉弟子と弟弟子。同時に弾かれたように跳んで魔王との距離を取る。
その直後、魔王の周囲数メートルに黒い稲妻が奔り、砕かれた黒曜石が地面に散乱する礫やガラス片と共にまき散らされる。
仕切り直し。魔王アルシェルは依代となった山折圭介の肉体を介して祟りにより、本来の実力を封じ込められているが、数千年にも及ぶ戦闘経験により、達人二人を圧倒している。
八柳哉太と虎尾茶子はこの地に訪れた人々の仕込みにより人智を超えた厄災に立ち向かえているが、地力が足りず徐々に押し込まれている。
状況は劣勢。バイオハザード発生以来、生存者は個人につき一つのそれそれ異なる異能が発現していた。
対する魔王は地球と異なる法則の異世界から来襲した神の如き存在。一人一つしかない異能をいくつも所持していることと同義。
本来ならば、付け焼き刃程度の力しか持たぬこちらの世界の人間など、取るに足らぬ存在になるはずだった。
だが、哉太が目覚める前――虎尾茶子一人と対峙している最中、魔王は依代に呪弾を埋め込まれ、山折圭介の肉体を介して魂を汚染された。
呪詛に侵されて精神体そのものの構造が書き換えられ続ける最中、アルシェルはただ手をこまねいているわけではなかった。
呪いの進行を遅らせる抗体の作成。それと同時に魔術使用のボーダーライン――山折村の祟り神『隠山祈』の呪詛の目を潜り抜けられる制限を探し続けた。
その間にも呪いの進行により莫大な魔力の大部分は失われ、目覚める魔術(かのうせい)も悉く潰される。
逃走は不可。虎尾茶子によって植え付けられた呪い――『魂縛り』により山折圭介の死はアルシェルの消滅と同義となり、依代(アバター)の鞍替えを徹底的に封じられた。
植え付けられた『魂縛り』の解呪自体は可能。依代と入れ替わった『反魂』の時と同じようにすればいい。
だが、目の前の二人がそう易々とさせてくれぬだろう。故に打開策は眼前の二人の抹殺。そのために己が行使可能な魔術(ほんき)の見極め。
その第一歩は遂に―――。
「――――そろそろ、身体が馴染んできたか」
「……何に、だよ」
「そこの女に撃ち込まれた毒にだ。適応には程遠いが、使える魔術(ほんき)のラインが見極められたということだ、八柳哉太」
「わざわざ自分で言う必要あるんすかね。自己顕示欲高すぎだろ」
「…………チッ。相変わらず口の減らない女だ」
未だ警戒を緩めない哉太を嗤い、先程と変わらずせせら笑う茶子に苛立ちを感じつつも、二人を抹殺すべく、周囲に魔力を張り巡らせる。
「―――でもさ、魔王さん。大切なこと忘れてない?」
漆黒が形となるその刹那、魔力の轟きの間から聞こえる剣姫の澄んだ声。
それと同時にアルシェルを挟み撃ちする形で迫る鈍らの妖刀と業物の聖刀。
八柳新陰流、抜き風
八柳新陰流、這い狼
交差する二つの刃。すれ違いざまに聖刀が鋼の如き胴を裂いて魔力の流れを断ち、地滑りに這う妖刀が鏡のような足を打ち据えて身体のバランスを崩し、たたらを踏ませる。
人の領域を超えた速度。先程の小競り合いとは比べ物にならない身体能力になった理由を魔王は知っている。
「活性……アンプルか……!?」
山折圭介より前の依代――烏宿暁彦だった頃。地球を救う新薬開発の際、試作品の副産物として出来た偶然の産物。
山折村でバイオハザードが起きる数か月前、孤島の研究施設よりとあるエージェントが回収したサンプルを人体への悪影響を可能な限り抑えられるよう調整されたブースタードラッグ。
人智を超える魔王にすら届きうる力を得られる劇物は、剣士二人の力を極限まで強化させた。
そして、二人に劇物を渡した人物――回収したエージェントを市に持つ少年もここに。
二つの重い銃声が響く。
姉弟弟子二人の斬撃により体勢を崩した魔王の身体に二つの銃弾――研究所最大戦力に埋め込まれた銃弾と同じもの――対霊体特殊弾がめり込む。
山折圭介の肉体を介し、アルシェルの精神体を撃ち抜く激痛に呻き声をあげ、下手人に憎悪の視線を向ける。
魔王は目先の脅威に縛られ、その存在を忘却していた。剣士二人が囮の役割を果たす傍らで気配を消して好機を伺っていた。
そして機が訪れる。かつて魔王に故郷を滅ぼされた少年は、冷え切った思考を以て仇敵に狙いを定めた。
「天原……創……ッ!」
「―――残り三発」
◆
「魔王撃滅作戦。段取りは分かっているな、中坊」
「わかっているな、ちゅうぼう!」
「――――はい、分かっています」
道端に停めたスクーターに乗る茶子と彼女の真似をするリンの視線を受け、マウンテンバイクに跨る創は神妙な面持ちで答えた。
前線で魔王と戦うことになる茶子の持ち物は動きを阻害したいため持ち物は最低限に抑え、残りは待機組に任せている。
対して茶子のバックアップを務めることになる創の持ち物はほとんど変わらない。
「渡した六発の弾はジャック氏の呪弾。お前の銃じゃ規格が違うから撃てないことは理解してるよな」
「無論、承知しています。ですから虎尾さんが銃弾五発を撃ち尽くすまで気配を殺して待機。その間にリンさんと八柳さんを戦闘区域から離脱させます」
「OK。その後はあたしと魔王野郎の動きを注視しろ。不自然に思われないタイミングで銃を投げ捨てる。そこからが本番だ」
「貴女の銃を回収し、魔王ヤマオリに呪いの弾丸を全て命中させる……ですね」
師匠――青葉遥と同格と思われる女性工作員による若きエージェントの役割の再確認。
少年は手渡された六発の弾丸――
ジャック・オーランドの呪弾を制服のポケットから取り出し、掌の上で確認する。
六発の呪弾の効果は全て同一。怪異そのものを弱体化させる『失墜』の銃弾。魔王の神としての格は強大であり、それこそ一地方の土地神とは比べるべくもない程。
故に未だ力を取り戻していない内に『神』を『怪異』レベルにまで神格を堕とす。つい数時間前、烏宿ひなた達の時のように。
「『怪異に遭ったら、堂々とせよ。決して恐れるな。常に主導権を握り、てのひらで転がせ』。うさぎが言ってたことを忘れるなよ」
「ソウおにいちゃん、チャコおねえちゃんのじゃまをしちゃダメだよ!」
念を押すよう忠告する茶子に便乗するリン。二人の言葉に創は頷きで返答した。
既に茶子のスクーターはエンジンをふかしておりいつでも出発できる態勢を取っている。
出発の合図を出す直前。茶子は創の方を振り向かずに声をかけた。
「全弾命中させろ。そうしなきゃあたしらに勝機はない」
「了解」
「ブルーバードなら確実にこなせる仕事だ」
「…………ブルーバードは、どんな人物でしたか?」
純粋な疑問。言葉を交わさずとも既に創は茶子が青葉遥と対峙したことを知っており、茶子も創が青葉遥の関係者であることを知っている。
少年の問いに女性工作員は大きく溜め息をついた後、答える。
「―――最悪の敵だったよ。二度と会いたくないね」
◆
両断された看板が散らばり、かつて商品として並べられていたであろう物品が地面をカラフルに彩る賞店街大通り。その色彩は現在進行形で増え続けている。
その原因となっているのは黄金の髪を振りかざす異形の大男と刀を携えた二人の男女。大男を中心として二人の剣士が破壊の輪舞を舞い続ける。
その最中、合いの手を打つように銃声が鳴り響く。
「四発目」
創の静かで厳かな声。魔王と名乗る異形は顔を顰め、僅かに動きが鈍る。
辺りに吹き荒れていた吹雪の勢いが弱まり、魔力により生成・制御されていた刀剣の動きが止まる。
瞬時に聖刀を構えた哉太と妖刀を構えた茶子が肉薄する寸前――。
「来い、ゾンビ共……!」
依代である山折圭介の異能が発動。魔王の高濃度の魔力を流し込まれて圭介の異能が一時的に進化。効果範囲が拡張され、十数体のゾンビ達が戦闘区域に呼び寄せられた。
しかし二人の刃は止まらず、二つの裂傷が魔王の身体に刻み込まれる。だが、ほんの一瞬だけ空白が生まれる。
その一瞬だけで十分。創達を取り囲んだゾンビ達の身体が融け、銃火器を携えた戦士(ジャガーマン)へと新生する。
戦士達への命令(プログラム)は創造主を除く生者の銃殺。創は右手を、哉太と茶子は刀を構えて周囲の戦士達に向かう。
周囲に銃声が鳴り響く。エージェントの少年は右手で豹頭の戦士に触れ、異能製の頭を融解させて死体に戻す
八柳流の双翼はアンプルによって強化された身体能力て次々と銃火器を持った兵士を切り裂いていく。
三人の注意が逸れ、魔王に反撃の機会が訪れる。口角を歪め、魔術を行使しようとした瞬間。
くすくすくすくす。
魔王の耳元に少女の忍び笑い。同時に身体に漲っていた魔力の流れが断ち切られる。
「な……ゲホッ……!」
咳き込んで膝を付く。顔を上げると影法師の少女――『隠山祈』が魔王を見下ろしていた。
小さな影の指で驚愕する魔王を指差してくすくすと揶揄うように笑う。
『それ、禁止』
「何を……ぐォう……!」
魔王の口から黒い蛆が勢いよく吐き出され、少女の方へと向かう。
そのまま蟲は少女の身体に引っ付き、彼女の肉体へと取り込まれていく。
唖然とする魔王を他所に、少女は嬉しそうに再び口を開いた。
『これでもうアナタに眷属を生み出せる力は失われた』
くすり。嗤う影法師に歯噛みし、立ち上がる。
気づけば銃声は鳴り止んでいた。既に魔王が生み出した戦士達は仮初の命を失い、首のない肉塊へと化している。
影法師の言葉が本当であるのならば、もう己に戦士(ジャガーマン)を生み出す力は残っていない。奴に魔術式ごと奪い取られた。
『アナタから貰った力は全部有効活用してあげる』
悪意のないくすくす笑い。少女からヒトとは似て非なる価値観が感情から読み取れてしまった。
虎尾茶子の情報では、この少女――『隠山祈』は人間の女が神へと昇格した存在らしい。
だが、それにしては何かがおかしい。人間とは全く別の種族のようにすら思えてしまう。
一瞬だけ浮かび上がる疑問。その違和感の答えに魔王が辿り着く寸前。
二つの刃が迫る。硬質化が間に合わず、魔王の肉体に二文字が刻まれる。
同時に鳴り響く銃声。五発目の『失墜』の呪弾が魔王の肉体に埋め込まれた。
『失墜』により魔王の神格は堕ち、『隠山祈』の干渉により確実に弱体化している。
だが未だ脅威は健在。哉太と茶子二人の肉体ブーストが切れれば、戦況は一気に不利に傾く。
タイムリミットは薬の効果が切れるおよそ一〇分。未だ綱渡りの状態であった。
そして、六発目の銃声が鳴り響く。
「グ……これで打ち止めだな……!そして、お前達も……!」
「チッ…!」「クソ……!」
銃弾が撃ち尽くされると同時に哉太と茶子の動きが目に見えて落ちる。
活性アンプルのタイムリミット到達。目が霞み、全身の筋肉が悲鳴を上げる。
「回避に専念するぞ、茶子姉!」
「ああ!後は―――」
「させると思うか?」
魔王は未だ健在。ジャガーマンを生み出す力を失ったとはいえ、山折圭介の異能は健在。
使用は単純。効果範囲を拡大させた異能で生き残っているゾンビを呼び出し、全速力で二人に突撃させる。
同時に魔術を駆使してゾンビ諸共攻撃する。シンプルだが強力な波状攻撃。
波に呑まれつつ、哉太と茶子は刀を振るって凌ぎ続ける。
後は時間の問題である。このまま魔王は安全圏で攻撃を続ければ二人のスタミナは尽きてゾンビの餌食になるだろう。
だが、再び銃声が鳴り響く。寸でのところで魔王は身体に鋼鉄を纏って防いだ。足元に転がるのはマグナム弾。鑑定の魔術を使うも、呪いの気配はなし。
気配察知の魔術を使って新手を警戒するものの、生命反応は三つ。即ち――。
「やはり、貴様か……!」
「――――三日前、僕はジャックさんに呼び出された。いつものように恰好つけた後、『いつかオレの銃を継げるのまお前だけだ』って持たされた」
特務機関のエージェント『ジャック・オーランド』。戦闘に限れば最強とも噂される青葉遥と同期の男。
バイオハザードが発生する前に創へ接触し、彼なりの気障ったらしい激励と共に愛銃の予備弾が詰まったケースを渡した。
「銃刀法どこいった?」など突っ込みは幾らでもあったのだが、その前に颯爽と去っていったのを覚えている。
結局のところジャックが山折村へ訪れた理由を、茶子と接触するまで創が知ることはなかった。
厄災の討伐。特務機関からの任務はこうしてジャックから創へと愛銃と共に引き継がれた。
状況は劣勢から均衡へと戻る。魔王を中心として破壊音を楽譜に二人の男女が舞い、音頭代わりに銃声が鳴り響く。
目の前で起こる輪舞を前に影の姫君は想う。
―――これは何かに似ている。■■■と■■がしていた何かに。
◆
「うさぎ達は一度袴田先生宅で怪異を退けたことがあるんだな」
「うん」
最低限の荷物を整え出発準備を完了させた茶子の問いかけに神職の血筋たる少女――犬山うさぎは頷く。
思い出される数時間前。立ち向かった仲間達は様々な要因で命を落とし、うさぎただ一人だけになってしまった。
「その時、はすみ達は何か言ってなかったか?」
「……言ってた。『怪異に遭ったら、堂々とせよ。決して恐れるな。常に主導権を握り、てのひらで転がせ』って、お姉ちゃんが……」
「―――虎尾さん、魔王は貴女の言う『隠山祈』っていう怪異?と似てるって言いましたよね」
「うん。そう言ったつもりだよ、雪菜ちゃん」
「Namely、ウサギ達の経験がそのままAnti-demon operationに生かせるということかしら」
「ま、そう言うこと」
演劇少女――哀野雪菜と探偵少女――天宝寺アニカの問いに茶子は頷いて肯定する。
茶子と同行することになった共闘者である創は、この村に訪れた同僚のことを思い出していた。
「でしたら、僕もですけれど、魔王と直接対峙することになる虎尾さんはどうします?」
創の口か出た問い。短い間で散々話した戦闘の段取りではなく、どのような思考で戦闘に赴くのかということ。
額に二本指を当てて、「うーん」と唸った後、茶子はアニカに視線を向ける。
「……What?」
「アニカちゃん、魔王ってどんな性格か覚えてる?」
「そうね……プライドの塊のような存在で、私達を徹底的に見下していたわ。私達との力を見せつける度に―――あっ!」
「……何か思いついたかい?」
未だ顔を顰めている茶子と頭に疑問符を浮かべている創・雪菜・うさぎの三人。リンは茶子の真似をして同じように唸っている。
怪異にあったら決して恐れてはならない。それはアニカか過去に対峙してきた凶悪犯達にも当てはまり、彼らに弱みを見せれば付け込まれる原理と同じ。
魔王が彼らと同じ姿がお望みであるならばその隙を見せてはいけない。即ち――。
「――Ms.チャコ。プライドの高い相手を上手く転がすこと、アナタならできるわよね?」
「……ああ、なるほど。すごく簡単だ」
アニカの問いに茶子は笑みを浮かべて頷く。言葉のニュアンスが伝わったらしい。
少し遅れて創も「成程」と呟き、次いで雪菜もうんうんと納得したように頷いた。
「え?え?どういうこと?」
二人の様子を他所に、未だ買いに辿り着けていないうさぎはきょろきょろとアニカ達を見渡す。
唯一人困惑する妹分と保護者の真似をして分かったふりをしているリンに対して茶子は口を開く。
「魔王相手に怒ったり恐れたりしちゃダメって事さ。つまり、取るに足らない相手だって思い込めばいい」
「Yeah。もっと簡単に言えば魔王をLook down……徹底的に見下して怒らせるっていうことよ」
「それじゃ行ってくる。荷物の中にピッキングツールあるから移動手段(あし)の手配よろしく」
「Got it。私達の方でも何かできないか作戦を考えてみるわ」
「おっけ。期待しないで待ってるわ」
その言葉で会議を締めくくり、アニカは茶子・創・リンへと背を向ける。
雪菜は一度だけ創へと頷ぎ、創もまた雪菜に頷きを返してアニカを追い、うさぎも一瞬だけためらった後に彼女達に続いた。
哉太の荷物を回収してから役場の方へ戻り、無事であった送迎用のマイクロバスを見繕って乗り込んだ。
そして、うさぎから怪異退治の経緯を聞いて、受け取った情報を整理する。
「―――Namely、アナタ達は怪異にExternal concept……後付け概念を付与して退治したってことでいいかしら?」
「うん、そんな感じ。退治した後にお姉ちゃんに聞いたんだけど、ひなたさん達が一度追い払ったから効果があったんだって」
「つまり、アニカちゃんが言うには前例が必要っていう認識でいい?」
「that's right。それであってるわ、セツナ」
バスを動かす前に雪菜とうさぎを交えてアニカは作戦を構築していく。
既に探偵少女の中では茶子の魔王撃滅作戦の追加シナリオが見えつつある。
だが、あと一押しが欲しい。
「うさぎさん、この村には今月末に厄払いのための神事が行われるって聞いたんだけれど、どんな儀式なの?」
アニカが思考に没頭している最中、バスの運転席に座る雪菜からの問い。
演劇少女が親友の元へと訪れる直前、役場の案内ポスターで宣伝されていた山折村独自の祭事。
それは少女とその友人の一族――犬山家と神楽家によって催される神事。
当事者であるうさぎは探偵の聞き取りより早く反射的にその名前と概要を口に出した。
「――Got it。もしもこの概念を魔王に適用できれば……。でも問題は――」
「できない、かな」
結論は不可能。概念の再現どころか模倣にすらパーツが不足している。
その事実を確認した雪菜は申し訳なさそうな小さな声で呟く。
「―――伝奇小説で読んだことがあるんだけど儀式の真似事をするにしても要素が足りなかったり、途中で邪魔したりすると祟りがこちらに降りかかるって……。
ごめん、二人とも。何か力になれればって考えたんだけど、場を乱すようなことを言っちゃって」
「Never mind。参考になったわ。一応、プランの中に入れておくことにするわね」
落ち込んでハンドルに顔を押し付ける雪菜に慰めの言葉をかける。うさぎも同様に「気にしないで」と声をかけて励ます。
「作戦は当初の予定通りで進めるわね。それじゃ、Ms.チャコ達の元へ急ぎましょう」
店舗の解体工事が進む商店街へとマイクロバスが進む。
その道中、茶子達と一緒に戦場に向かった幼子――リンを加え、少女達は四人になった。
「――――え?本当に?」
「うん。そうだよ」
リンの口から報告を聞いた探偵少女――天宝寺アニカの青い瞳が大きく開かれる。
「とにかく、現場に行けば分かるから早く降りよう」
「一緒に……降りる?」
「……Thanks。大丈夫よ。一人で、降りられる
声を震わせる年下の少女――一時のまとめ役として気を張っていたアニカを気遣い、雪菜とうさぎは穏やかな口調で声をかける。
二人の声に促され、心配そうに見上げるリンの手を取ってバスから降りる。
破壊が進む商店街。時折響く銃声と金属音。それが雪菜とアニカ二人の大切な人の生存を現わしていた。
「雪菜さん、これ。リンちゃんもアニカちゃんに双眼鏡渡してもらえる?」
「わかったよ!ウサギおねえちゃん!」
「ありがと」「Thanks」
大切な人を想う二人を気遣い、うさぎはリンと共に雪菜とアニカに双眼鏡を手渡す。
軽く感謝の言葉を述べて、二人の少女は戦場の方へと双眼鏡を向ける。
そこにいるのは自分を守ってくれた少年。かつてのように剣を振るう想い人――八柳哉太。
そこにいるのは自分と共に戦うと誓ってくれた少年。出会いは最悪だったが、自分に寄り添って信頼してくれた大切な仲間――天原創。
安堵と歓喜。その他の言葉にならない感情が胸に満ちる。気づくと二人の少女の目から涙が零れていた。
「三人共、大丈夫みたいね」
「うん……。ありがとうね、うさぎさん。リンちゃんも」
二人揃って服の裾でゴシゴシと涙を拭いた後、心配そうにこちらへ見つめるうさぎとリンに双眼鏡を返す。
改めて四人で戦闘区域に目を向ける。思考を切り替え、現状を把握する。
魔王討伐の条件は整った。後は実行するだけ。
「Operation Start。達成条件は―――」
「―――魔王をここで祓う。誰も死なない、死なせないこと」
「うん!」「わかった!」
◆
炎が舞う。風が舞う。雪が舞う。稲妻が舞う。黒鉄が舞う。寂れた廃墟の中に自然ならざる天変地異が巻き起こされる。
異形たる破壊の化身によって生み出された極小の地獄。殺意を持った破壊は未だ精密かつ強大。
されど魔王の中に漲る無尽蔵の魔力は未だ底が見えず。祟り神の呪詛を受けても尚、減る様子が見えない。
彼に対峙する存在もまた只人では非ず。八柳流頂点の二人と最強の工作員唯一の弟子たる少年。
地獄を搔い潜りつつ、着実に魔王を追い詰めていく。しかし、その三人もまた人間。
一瞬でも気を緩めれば、彼らの体力が底をつけば、瞬く間にその場に転がる肉塊達の仲間入りを果たすであろう、綱渡り状態。
魔王が今の依代ごと討伐されるのが先か。はたまた綱渡りの縄が切れるのが先か。
奇しくも危うい状態のまま、魔王と勇士達の戦況は拮抗していた。そこに―――。
(なんだ……?)
茶子ら三人の戦闘の最中、索敵の魔術に引っかかる微弱な生命反応。敵の援軍にしては余りにも弱弱しい存在。
攻撃の魔術を使う傍らで視覚強化――鷹の目の魔術を行使し、周囲の様子を探る。
爆音の最中、土を踏む足音が魔王達の戦闘区域を囲むように三方向から近づいてくる。
「お前……達は……!!」
幼子は知っている。誰が一番強くて格好いい王子様なのかを。
故に宣言する。自分を大切に思ってくれた彼女が負けないことを。
「まおうなんかに、とらおちゃこはぜったいにまけない!」
金髪の剣姫の妖刀が異形の身体に深々と切り裂く。
探偵少女は知っている。今まで自分と共にいた彼は強い人なのだと。
故に宣言する。眼前の脅威を彼が打倒することを。
「八柳カナタは、異世界の魔王を討伐する」
黒髪の武人の聖刀が異界の支配者に鋭い斬撃を与える。
演劇少女は知っている。住む世界が違うと思っていた彼は自分と同じ思い悩む人なのだと。
故に宣言する。ただ強いだけの存在など苦難を乗り越えた彼に敵うはずがないのだと。
「魔王ヤマオリ・テスカトリポカは天原創の足元にも及ばない」
若きエージェントの銃弾が神の如き存在を撃ち抜いた。
「ぐ……おおおおおおおッ……!!」
少女達の口から紡がれる言祝。傍観者たる三人からの言霊は魔王の名を冠するアルシェルへの呪詛へと変化する。
かつて魔に取り憑かれた怪物へ犬山家の第一子たる巫女や魔王の子供が行った概念の付与。
ジャックの呪弾により神格を倒される怪異まで格を堕とされた今だからこそ再演できた怪異退治の物語。、
第三者の身勝手な解釈によって魔王アルシェルの天敵は虎尾茶子、八柳哉太、天原創へと紐づけされた。
それにより、名指しされた三人の戦闘者の攻撃は勢いを増し、反対に魔王の力は三人に対してのみ弱まっていく。
「―――ありがとう。リンちゃん、アニカちゃん、雪菜さん」
決意を持った澄んだうさぎの声。静かな声のはずなのに、未だ鳴り響く戦場の音よりも良く聞こえる。
犬山うさぎの射抜くような鋭い目が、魔王アルシェルの姿を見据える。
あれに言葉を発させては駄目だ。戦士三人の猛攻を捌き続ける魔王の本能が危険信号を発する。
出来損ないと呼んだ少女を抹殺すべく、魔力を練り上げて術式を発動させようとするも。
「させ、るかああああッ!」
八柳新陰流、三重の舞。天宝寺アニカの言霊による対魔王付与と聖刀に乗った怪異・異形特攻の付与。二つの相乗効果が乗せられた猛撃。
哉太の声と共に流れるように放たれる三つの斬撃が魔力の流れを断ち切り、発動を阻止する。
魔王が怯んだ隙に茶子の妖刀と脇差の二連撃、創の狙い澄ました銃撃が追撃として放たれた。
そして、犬山うさぎから言霊が紡がれる。
「魔王ヤマオリ・テスカトリポカは、山折圭介が異能に目覚めたときに生誕した怪異である」
「魔王の力は異世界における未知の力ではなく、山折圭介が研究所のウイルスによって目覚めた異能の力である」
あり得ざる荒唐無稽の妄言。本来ならば魔王に鼻で笑われた挙句、切り捨てられる言葉。
だが、魂としての格を徹底的に辱められた現在においてはそれを聞き届ける存在がいる。
くすくすくすくす。
依代に宿った土地神――『隠山祈』が嗤う。山折村の神職末裔の言祝を聞き入れて力を増した祟り神が妄言を現実へと押し上げる。
「――――ぁ」
魔王という存在に致命的な何かが訪れる。何もできぬまま、魔王の無尽蔵の魔力は瞬時に底を尽き、その力は依代たる山折圭介へ異能という形で譲渡される。
アルシェルという実態を持たぬ精神体は、性質の似通ったこの地における『巣食うもの』として他ならぬ神職の末裔に存在を定義させられる。
条件が整った。これより先は伝統の継承――古の退魔の儀。演者は眼前には魔王という怪異を討伐せんと立ち向かう只人三人。
呼吸を整え、山折村に根付く巫女の末裔として覚悟を決める。
「魔に取り憑かれし者の名は山折圭介」
「剣舞の演者は八柳哉太、虎尾茶子。両名と共にある狩人の名は天原創」
一つ一つの言祝を厳かな声で宣言する。毎年自分の両親達の宣告を思い出しながら、少しだけアレンジを加えて模倣する。
拡大解釈を加えられた言霊を、知覚できない『ナニカ』が聞いている気がした。
そして―――少女は告げる。
「犬山家が末裔、犬山うさぎの名を以て宣言する」
「この場にて執り行われたる儀式の名は――――『鳥獣慰霊祭』なり!」
それは語り継ぐ人間は最早誰もいない物語の断片。
この地に住まう一人の少女が一つの舞いを生み出した。
憧憬する武者のように剣を取り、継承する巫女のように舞う演武を。
神への貢ぐものとは言い難い、衆生の人々に捧げるための舞踊。
少女が成長すれば過去の産物として歴史の中に埋もれてしまうような荒唐無稽の舞いになる筈だった。
しかし、その運命は一人の少年との出会いにより、運命が変わる。
『―――美しい』
ただ一言。月下のもとで少女の舞踊を見た少年の口から発せられた言葉。
その日から、少女の踊りを見る人々の中に少年の姿も見えるようになった。
いつしか少女一人の舞いに少年の姿も加わって形も洗練され、神楽へと姿が変わった。
―――この舞いこそ現在に至るまで継承されてきた儀式『鳥獣慰霊祭』の原型である。
『隠山祈』は見ていた。
時代の移り変わりと共に継承された舞いに込められた想いが忘れ去られていくのを。
ささやかな祈りが王冠へと変えられ、歴史の中に葬り去られていく現実を。
しかし、転機は何の前触れもなく唐突に訪れた。
―――くすくすくすくす。
『わたし』と『わたし』を否定しないお祭りが催されている。
封じられてきた影の姫君が心から楽しそうに笑う。とても嬉しそうに笑う。
影法師の少女はパチパチと手を叩き、誰も聞いていないのを理解してる上で呟く。
『ありがとう、これでやっと―――』
◆
山折村の古き正統な血筋たる犬山家末裔、犬山うさぎにより宣言された退魔の儀『鳥獣慰霊祭』。
数多の呪詛・言祝を以て魔王(かみ)は存在を怪異『巣食うもの』と同一のものと認定され、異世界の魔術の全てを異能として形を変えられた。
魂に刻まれた力は全て依代たる山折圭介へ譲渡されるという形で剥奪され、アルシェルそのものの力は失われた。
異能へと変えた魔術が飛び交い、斬撃と銃弾が舞う。商店街の一画は未だ常人が立ち入れない危険区域である。
そこから少し離れた――『鳥獣慰霊祭』の余波がギリギリ届かない場所にうさぎとリンがいた。
彼女らと同じように言霊による支援を行った二人の少女――アニカと雪菜は戦闘区域を三角の形で囲むような陣形を取ってそれぞれ別の場所で祭事を見届けている。
当たれば即死と思われる魔王の攻撃は全て回避され、反撃として繰り出される斬撃と銃撃は確実に命中する。傷はすぐに回復するが、回復速度以上の攻撃が繰り出される。
戦闘は素人目から見ても茶子達三人が優勢。だけど、遠距離攻撃を持つ魔王の攻撃がこちらに向かう可能性はゼロじゃない。
視線を下げると茶子から託された小さな少女、リンと目が合う。ウサギの視線に気づいたのか、きょとんとした表情で見つめ返す。
しゃがみ込んで幼子と視線を合わせる。
「どうしたの?ウサギおねえちゃん」
「……リンちゃん。先にバスに戻って欲しいんだけど、いいかな?」
「どうして?」
ほんの少し、不満そうな顔をして首を傾げる。保護者達の無事を確認するまで見届けたいという気持ちは理解できる。
だけど、うさぎは思い出してしまう。役場で特殊部隊との戦闘が行われていた時に、自分と一緒に安全圏にいたと思われていたひなたが狙撃されて殺されたことを。
そんな光景(あくむ)をもう一度見るのは嫌だった。
「まだここは危ないから。もしかすると流れ弾でリンちゃんが怪我するのを見たくないの」
「でも、チャコおねえちゃんたちががいちばんあぶないばしょにいるんだよ」
「お願い。もしリンちゃんが怪我しちゃったら悲しいし、茶子ちゃんだって泣いちゃうかもしれないから、ね?」
「むぅー……わかった」
手を合わせて精一杯の「お願い」をすると、頬を膨らませながらも小さな少女はうさぎに背を向けて走り去っていく。
本当は同じ立場にいるアニカや雪菜もバスに戻って欲しかった。危ない場所に残るのは自分一人で良かった。
だけど二人の意志は固そうで、説得しても断られそうだった。ならばせめて皆の無事を祈ろう。
死神の刃が幾度となく迫る。命の狩人の鉛玉が殺意を向けて奔る。
力を根こそぎ奪われた己の身体が傷つく度に忌々しい笑い声が耳に届く。
くすくすくすくす。
声が聞こえる度に異能が強制的に発動し、魂の傷はそのままに山折圭介の身体だけが再生させられる。
異世界より数多の勇者達から簒奪した魔術の力はこの世界に適合した異能へと作り変えられた。
幸か不幸か、魔力を完全に失ったことで隠山祈の呪詛が己の魂を蝕むことはなくなった。だが、力を取り戻す余地はなくなった。
拠り所は山折圭介。異能として力を継承させられた人間。彼が異能を進化させ続ければ。
だが、呪詛によって彼では堪え切れぬ程の莫大なストレスを与えられて壊された。
思考が堂々巡りになる。生きとし生ける存在に、遊び半分で与えてきた死の気配が迫る。
真綿で徐々に首を締め付けられる焦燥が、アルシェルの精神を蝕んでいく。
左右から、背後から襲い来る魔の手。このまま続けば間違いなく。
―――瞬間、世界が白く染まった。
◆
戦闘区域から離れた場所――かつて特殊部隊随一のスナイパーが野生児やテロリストの首魁と戦っていたホームセンターの駐車場。
そこに雪菜達が乗車していたマイクロバスが停められていた。
「チャコおねえちゃん、はやくかえってこないかなぁ……」
バスの席に座り、ぶらぶらと足を揺らしながら退屈そうな顔でリンは大欠伸をする。
本当はもっと茶子の勇姿を見ていたかった。「がんばれ」って応援してあげたかった。
けれど、自分のことだけでなく茶子のことも心から心配してくれる優しいお姉ちゃん――犬山うさぎの言葉を無碍にできなかった。
「―――ん、なんだろ?」
どこかで何かが起こったような感じがして、幼子は窓の方に顔を向ける。
しかし、変わった様子は何もない。きっと気のせいだろう。
「………なんだか、ねむくなってきちゃった」
「くぁ」と可愛らしい欠伸と共に幼子に眠気が襲ってくる。
睡眠を何度も取っているとはいえ、夜型生活をしていたリンにとってこんなに長い時間、たくさん運動したのは初めての経験だった。
微睡みに逆らえぬまま、少女は夢の世界へと落ちていく。眠りにつく直前、ポケットにあった御守りが少しだけ淡い光を放ったような気がした。
『こんにちは』
何もない空間の中で誰かの声がする。
目を覚まし、辺りを見渡すと真っ黒な姿の女の子がいた。
こんにちは、と返すと彼女は無邪気な笑みで『こんにちは』と言ってくれた。
何となくあまり長い時間、ここで過ごせない――そんな気がする。
そう思っていると自分の身体が浮き始め、空に向かっていく。
あまりお話しできなかったな。せめて自分の名前を教えてあげたいな。
思い立ち、彼女を見下ろしながら自分の名前を教えて、「またあおうね」と言ってあげた。
想いが通じたのか、彼女も笑顔で返してくれる。そして、嬉しそうな声が聞こえてくる。
『ありがとう。わたしの名前は――』
◆
『キミが大人になったら一緒にお酒飲もう。だからさ、それまでは絶対に長生きするんだよ』
いつかの記憶。炎の中で自分を救ってくれた彼女はどんな事できる完全無欠のヒーローのように思えた。
だけど、彼女と同じ道を辿ることになってから見ると、彼女にも欠点があることを知った。
エージェントとしての仕事ぶりは一流だけど、外ではミステリアスを装って格好付けたがる見栄っ張りでお人好し。
自分の教官をやっているときは異様に厳しく、幾度となく叩きのめされ、ゴム弾で滅多撃ちにされた。
家では任務や訓練の顔はどこへやら。好き嫌いは多いし、結構な頻度で幼児退行してギャン泣きするしで彼女の醜態など上げればキリがない。
しかし、完全オフの状態でも時々自分の保護者としての顔は本物で、複雑な気分にさせられる。
そんな欠点塗れの格好悪い彼女のことを、僕は――――。
◆
――――きて。
遠い記憶を見ていた気がする。疲れが溜まっていたのか閉じた瞼を開けるのが億劫に感じる。
起き上がろうにも身体が重くてあちこちが痛む。自分は何をしていたのか中々思い出せない。
―――起きて。
幻聴なのか。もう二度と聞けないと思っていた声がする。
――――もう二度と聞けない?そうか、もうあの人は……。
その声が誰のものだったのか認識した時、意識ははっきりと覚醒する。
「――――皆さんッ!魔王は……!?」
現実を認識した時、少年――天原創は跳ね起きる。
急いで辺りを見渡すと倒れ伏す仲間達の姿が視界に入る。
一瞬、少年の心に絶望が満ち溢れる。
恐る恐る一番近くにいた金髪の女性――虎尾茶子の様子を伺う。
「……っ……う……」
「良かった。生きてる……!」
意識が薄れているようだが、見たところ目立った外傷はない。
共に戦った黒髪の少年――八柳哉太も同じく目立った外傷はない。
作戦に参加していた他の仲間達――哀野雪菜も、天宝寺アニカも、犬山うさぎも無事なようだ。
だが、先程まで対峙していた魔王の姿は影も形もない。
「―――誰だ……」
突如背中に感じる誰かの視線。エージェントとしての性質か、弾かれた様に振り向いた。
そこに佇んでいたのは創がよく知る女性。そよ風に揺れる長い青髪の美女。
お人好しで見栄っ張り。子供っぽい姿をよく自分に見せる癖に時々姉の顔をする変な大人。
優しい笑みを湛えた、もう二度と会えない大切な家族。
「――――師匠……!」
声が震える。視界がじわりとぼやける。
言いたいことが、話したいことが沢山あったはずなのに、それ以上の言葉が出てこない。
創を見つめたまま、導くように立てた人差し指を西の方を指し示した。少年に向けて、彼女の口が動く。
"いってらっしゃい"
「―――はい!いってきます!」
◆
「まだだ、まだ終わってなるものか……!」
夕暮れ時の小規模な飲食店が立ち並ぶ商店街の飲み屋街。その小道に一人ふらつきながら歩く金髪の異形の大男。
彼は酒の匂いに誘われて酔いに来た観光客ではない。かつて血と愉悦に酔っていた異形。今は力を悉く剥ぎ取られ、失墜した異界の支配者――魔王アルシェル。
追い詰められて敗北を悟った瞬間、最大の屈辱を噛みしめながらも生まれて初めて『逃げ』の選択を取った。
過去に暇潰しで滅ぼした村で、人々を逃がすために村の魔術師が使用した魔術――広範囲に広がる目晦ましの閃光と共に催眠の力をまき散らす複合魔術。
当時の魔王には効果がなく、手足を捥いだ勇敢な魔術師の前で守ろうとした村人を一人一人丁寧に嬲り殺しにしていった。
剥ぎ取られた彼の力は依代――山折圭介の異能へと姿形を変えられた。彼自身には既に力はない。
それ故に呪いを受けて以降、あれほど脱出を切望していた彼に縋りつかなければならない弱者へと身を落してしまった。
皮肉にも、茶子によって埋め込まれた『魂縛り』の呪弾によって、圭介の身体を自由に動かせている。
そしてたった一つだけ。現状を打破できる手段が残されている。
「手慰みに作った『願望器』としての権能が……最後の希望になるとはな……」
異世界の覇者として絶対的な地位にあった時代。退屈凌ぎのために無尽蔵の魔力によって己の中に生み出した魔力を必要としない万能の器。
欠点といえば自分の意志では使えないところ。勇者に討伐される前――全盛期においては願望器など必要とせず、魔力を操れば己の願いなど容易く叶えられていた。
この力はまだ忌々しき呪い『隠山祈』には奪われていない。依代はまだ壊れていいるが、彼を直す手段はまだ残されている。
異能の仕組みを理解し、工夫を重ねた過去のように精神をコントロールできる手段を生み出して、それで―――。
くすくすくすくす。
どこからともなく聞こえてくる、絶望の声。
反射的に魔王であった怪異は身構える。異能と化した魔術を行使し、周囲を探る。
くすくすくすくす。
くすくすくすくす。
くすくすくすくす。
四方八方。無人の居酒屋から、電柱の影から、雑貨屋の中から、コンビニエンスストアのゴミ箱からから聞こえてくる。
思わず後退りし、不意に下げた視線に映る割れた鏡が集まったような異形の足。欠片一つ一つに映るのは数多の目。その視線が一斉に魔王を見上げる。
「今更なんだ?怪異へと作り変えらえたお陰でオレを貶める貴様らの呪詛など効果は薄いぞ?」
忌々し気に顔を歪めながら、誰もいない虚空に向かって挑発する。
魔王の推察は正しい。植え付けられた呪詛により怪異とほぼ同一の存在に変異したため、逆にこの地に巣食う呪いに対して強い抵抗力ができた。
だが、それでも祟り神は止まらない。
コツコツと薄暗い夕暮れの小道に石畳を踏む音が響く。
『異界より現れし余所者よ。歪んだ物語を生み出した痴れ者共のように、わたしの存在を否定した支配者よ。お前は禁を犯した。
わたしの思い出を穢した者共……鴨出真麻達の時のような愚をお前は犯した』
行く手を阻むかのように、影法師の姫君が魔王の前に立ち塞がる。
魔力は喪失して異能へと変えられたが、霊体に対する攻撃手段は残っている。
生き残るため、圭介の中に新たに根付いた異能――『魔王』の力を使おうとした瞬間。
『―――だけど、もうわたしが手を下す必要はなくなった。お前の死神はすぐそこまで来ている』
その言葉の後、祟り神は魔王に背を向けて去っていく。
彼女の姿が見えなくなった直後、魔王の背後から誰かの気配が足音と共に近づいてくる。
振り向くと同時に異能を使用。身体機能を向上させ、来たる因縁――魔王カラトマリ・テスカトリポカから唯一生き延びた少年を待ち構える。
「来たか、天原創ッ!」
「ここで終わりだ、魔王ッ!」
◆
魔王アルシェルと天原創。異界より顕現せし破壊の厄災と厄災からただ一人生還した少年の因縁が数多の過程を経て、この地に収束する。
異能に書き換えられた身体強化の魔術が発動され、魔王の気配がつい先程のような圧し潰さんとするプレッシャーに変わる。
対する少年、天原創の手には液体の入った無針注射器――今は亡き彼の家族に渡された強化剤『活性アンプル』。
荷物と共に送られた手紙に『合流したら私達が使うから、キミは余程のことがない限り使うな』と書かれていた代物。
彼女は本当に創を心配していたのだろう。それでも―――。
(言いつけを守れなくてごめんなさい、師匠)
脳裏に過ぎる大切な家族の悲しげな顔。それを振り切り、自身の首にノズルを当てた。
注入される薬物が全身の神経に行き渡り、少年を極限値まで押し上げる。
最早互いに語る言葉は不要。互いに持ちうる力で因縁を打倒するのみ。
右手を握りしめ、少年は駆け出す。爆発的に上昇した身体能力は一呼吸のうちに魔王へと肉薄する。
しかし振るった拳は空を切る。異能による短距離のテレポーテーションが発動し、魔王は少年の背後を取る。
同時に魔王の前方に幾つもの黒鉄の槍が展開され、少年の背中に向けて一斉掃射される。
加速する少年の神経。背後から襲い来る脅威を察知し、少年のすぐそばにあるコンビニのガラス張りへと勢いよく飛び込む。
ガラス共に散らばる陳列された品々。ガラス片が降り注ぐ前に少年は体勢を立て直し、範囲外へと離脱する。
「―――ッ!」
第六感が危険信号を発する。創はすぐさま開きっぱなしになっていた自動ドアから外へと脱出。
同時に炸裂音が鳴り響く。一瞬だけ背後を見ると、降り注いだ数多の魔力剣が天井を突き破り、店そのものを串刺しにしていた。
安堵する間もなく、若きエージェントを中心とした全方向から風の刃が迫る。
右手を突き出して、周囲を払うように驚異的な速度で旋回する。形なき刃は少年の身体を刻むことなく、異能殺しの宿る右手によってかき消された。
遮蔽物の多い空間。異能によりノータイムで放たれるアウトレンジからの攻撃。魔王自身の隙の無さ。
他にも数多の悪条件が重なって銃を使えば例え命中しても有効打にはならず、魔王との戦いの経験からこちらを確実に抹殺する反撃が来ると判断。
故に特殊部隊の男との戦いのように近接戦闘が最適解と考えた。
少年のタイムリミットが刻々と近づく。
幾重もの攻防を経て、再び狭い小道で魔王と少年は対峙する。
アンプルによる効果の持続時間は残り僅か。ここでの激突が運命の分け目となるだろう。
魔王は創との戦闘が開始されてから虎尾茶子との戦闘経験を生かし、常に数秒先を読み取れる力――未来予知の異能を使っていた。
行動を先読みしていたお陰で、致命打となる創の右手の異能を回避し続けられていた。
次も同じ。創の攻撃を掻い潜り、反撃の一撃で因縁を断ち切るのみ。
アルシェルとと天原創。合図もなしに同時に駆け出す。
後退は愚策。学習を重ねた創は一息で距離を詰める。異能による迎撃も愚策。右手の力は玄宗の力を悉く打ち破ってきた。
故に未来予知にて右手の一撃を紙一重で回避して、近接攻撃での反撃が最善策。
瞬く間に両者の距離が縮まる。閃光のように魔王目掛けて疾走する創。右手の軌道を先読みし、反撃の一撃を加えるべく備える。
しかし、天原創は一人で戦っていたわけではない。
『魔王ヤマオリ・テスカトリポカは天原創の足元にも及ばない』
彼の無事を祈った少女――哀野雪菜の願い。対魔王への言祝。
始めから若きエージェントは祈りと共に戦ってきた。
未来を超える。確定された敗北が書き換えられる。
魔力の剣――カウンターの一撃を潜り抜け、少年の右手が振り抜かれる。
―――パキン、と何かが砕ける音がした。
依代と魂を結び付けていた楔――『魂縛り』の呪縛が右手の力で断ち切られる。
山折圭介とのつながりがなくなった今、取り憑く力すら失われたアルシェルは肉体から弾き出された。
「―――ぐ、おおお……」
断末魔すら残せないまま、無力な亡霊の気配は消え去る。
それと同時に身体が元に戻り始める。黄金の髪は毛先が茶色の黒髪に。巨体は一般的な成人男性相当に。怪物のような異形は元の人間の形に。
後に残るのは意識を失った依代の釣り目がちな少年。元の山折圭介の姿だけであった。
同時にアンプルの効果が切れ、糸が切れたように少年は膝を付く。
「―――終わった」
倒れた山折圭介の前で小さく呟く。アンプルの後遺症で目が霞み、全身が痛み出す。
そのままの姿勢でしばらく呆然としていると、創の背後から足音が二つ聞こえてくる。
「―――Ms.Darjeeling」
「お疲れ」
身体ごと振り向くと腰に刀を携えた金髪の女性、虎尾茶子。創の師匠――青葉遥と互角に渡り合った女性工作員。
茶子は与り知らぬことだが、最強のエージェントも手紙で『最悪の敵。二度と会いたくない』と全く同じ評価を下していた。
彼女の存在がなければ魔王は力を取り戻し、再び悪夢が繰り広げられてていたかもしれない。
「魔王は倒しました」
「見りゃわかる。圭介の野郎も元に戻っているみたいだしな。
それと中坊、ちょっと手を上げな。」
「……?はい」
言葉の意図が読み取れなかったが茶子に従い、軽く右手を上げる。
そのすぐ後創の掌に茶子の掌が合わさり、パチンと軽い音が鳴る。軽いハイタッチのようだった。
「よくやった。お前らの中の誰か一人でも欠けていたら全滅していた」
「――――そうですね」
思いもよらぬ言葉が茶子の口から紡がれる。正直なところ、創も彼女と同じ感想を持っている。
魔王を打倒できたのは自分達だけの力ではない。「呪い」と言う見えざる手や亡き人々の助力もあってこそ為された。
「それじゃ他の奴らも心配してることだし、先に行ってるわ。お前も早く戻って来いよ、中坊」
「…………待ってください」
「んあ?何だよ」
踵を返した茶子に思わず声をかけてしまう。古帰った茶子の顔は「まだ何かあるのか」と言いたげな不機嫌そのものな表情をしていた。
あるに決まっている。それは自分の中のちっぽけな反抗心。師匠と同格の彼女は出会った時から明らかにこちらを下に見ている。
「僕は天原創です。名前で呼んでください」
「……チッ、図々しい奴だな。分かったよ、天原くん」
舌打ちしながらぼやく茶子。まだ自分と彼女の差は大きい。それでも「天原創」という人間を侮れない存在として認識することを望んだ。
茶子は創から視線を外すと小走りで来た道を戻り始めた。それと入れ替わるように近づく新たな足音が一つ。
途中で二つの足音が止まり、短い会話がされる。その後にこちらへと駆け寄る足音の主――八柳哉太が創の前に現れる。
座り込んでいる創に、哉太の手が差しだされる。
「お疲れさん。立てるか?」
「…………立てます」
「無理はするなよ」
心配そうに見下ろす哉太の手を取らず、痛む体に鞭を打って立ち上がる。
特殊部隊との戦闘で共闘した少年。思えば彼はバイオハザード発生してから初めて協力関係を結んだ同性だった。
「自分で立てなければ、師匠に笑われます」
「厳しい師匠だな、その人」
「でも、最高の師匠ですよ」
「……だろうな」
顔を見合わせ、互いに苦笑する。哉太の方でも思い当たる節があるのか、茶子の去った方へと一度顔を向けた。
そのすぐ後に哉太は圭介の方へと足を進め、彼の身体を脇に抱えた。
「…………こいつを殺さないでくれて、ありがとな」
様々な感情が入り混じった声。創に背を向ける彼が今、その表情はどんなものなのか、うかがい知ることはできない。
茶子を交えた情報交換の中で、哉太と圭介はかつて友人同士だったことを知った。
「……魔王討伐の作戦会議の時、アニカさんが話したんです。圭介さんをできる限り殺さないで欲しいって」
「―――そう、か。あいつには感謝してもしきれないな」
「彼を、どうするつもりですか?」
どこか哀愁が漂う背中に問いかける。圭介に対しては創も思うところがある。直接手を下したわけではないが、彼の異能が遥の死に関わっている。
しかし、創はあくまで第三者。圭介と近しい哉太が答えを出さなければいけない気がした。
「―――こいつは俺の友達だったんだよ。一年くらい前までは揃って毎日馬鹿をやっていたんだ」
「………………」
「ガキの頃から何度も喧嘩して、何度も仲直りさせられてた。こ悪い所も良い所も知り尽くしていたつもりだった。
だからなのかな。こいつに俺がどれだけ否定されても、俺がこいつの事をどれだけ許せなくても、どこかでまだ嫌いになり切れていない自分がいる。
…………向き合うよ。今はまだ心の整理ができていないし、元の関係には戻れないかもしれないけど、山折の奴を一人にはしちゃいけない気がするんだ」
友人から否定された一人の少年の独白。振り返った彼の顔にはどこか寂しげな笑顔が浮かんでいた。
軽く頷いた後、圭介を抱える哉太と共に歩き出す。
「ところで茶子姉から聞いたんだけど、天原君……でいいよな」
「はい。八柳さん、どうしました?」
「俺、あんまり敬語使われていることに慣れていないんだ。無理にとは言わないけど、もっと普通に話してくれると助かるんだが。呼び捨てでも構わない」
「そうで……そうか。だったら君もそこまで僕に遠慮しなくてもいい。哉太さん、よろしく」
「ああ。よろしく、創くん」
◆
場所は変わり、商店街の中にある日本全国でチェーン展開されている某アパレルショップ。戦闘区域外にあったためか比較的無事な姿で生き残っていた。
創が目を覚ましてから少し経った後、茶子と哉太が目を覚ました。状況を確認した後、二人は同じく倒れていたうさぎら三人を起こして無事を確認する。
彼女らから事情を聞いた後、たまたま近くにあったアパレルショップで待っているように指示し、創の足跡を追った。
そして茶子・哉太・創の三人がうさぎらの待つ臨時集合場所に戻ると一悶着。
哉太に駆け寄るアニカと茶子。そして始まる無言の睨み合い。創に駆け寄る雪菜。目や鼻から流れる血を見た雪菜は創が止めるのも聞かず異能を使用して傷ついた神経を治す。
その姿にうさぎは亡き姉の姿を思い出し、彼女にしては強い口調で、雪菜の窘める。創もうさぎに同調する。そんな彼らに雪菜は素直に謝罪する。
そんなこんながあって、ようやく場は落ち着きを取り戻す。
「つまり、もう魔王は倒したってことでいいんだよね、茶子ちゃん」
「おう。圭介の身体を見てみろ。元の健康優良児に戻ってる。何となくだけど魔王の気配は消えただろ」
不安げな様子のうさぎの問いに茶子は穏やかな口調で答えた。
姉はすみの仇にして友人のひなたを蔑んだ元凶は、もうこの世界には存在しない。
茶子達三人のように直接対峙したわけではないため、どうも現実感がない。
「しかし、問題自体は解決していない。山折村で発生した生物災害の解決策はまだ見つけていない。それに―――」
「特殊部隊に連れ去らわれたスヴィア先生の無事を確認できていない。ですよね、天原さん」
雪菜のアイコンタクトに頷く創。場所がアパレルショップということもあり、うさぎら女性陣に勧められて敗れた制服から適当な服に服に着替えた。
情報は既に共有され、袴田邸を訪れた小田巻真理と碓氷誠吾は特殊部隊の協力者になったことは周知の事実となった。
茶子の諫言が現実になって小田巻ら二人が自分達を裏切ったことに哉太とアニカは渋い顔をし、うさぎは担任の碓氷の蛮行を知り、衝撃を受けていた。
「確定ではないけれど、解決策になりそうなものは見つけてある。アニカちゃん、スマホと一緒に羊皮紙写本を渡したこと、覚えているよな」
「Yeah。「イヌヤマイノリ」っていうキーワードと一緒に渡されたことを覚えているわ。あんなことがあった今、オカルトも否定できないElementに変わったわね。
このParchment manuscriptも関係あるんでしょ。Ms.チャコ、Have you read everything in this book」
「いいや、パラ見した程度さ。それっぽいキーワードは覚えているけど、詳しい内容はまだ把握していない」
アニカの問いに対し茶子は軽い口調で話す。軽薄な態度に見えるが彼女への好意の差はあれどこの中にいる全員、それが敢えて見せているだけのものだと理解している。
利害関係が一致している以上、少なくとも茶子が話した内容は事実。辛辣ながらも口先だけの理想論など語らない人間性だからこそ、信用はできる。
「カナタ、Mr.ヤマオリの拘束終わりそう?」
「……ああ、あと少しで終わる」
アニカの問いかけに哉太は手を動かしながら返事をする。
彼の目の前には手足をロープで縛られ、タオルによる目隠しと猿轡代わりに口にハンカチを詰め込まれたかつての親友、山折圭介の姿。
魔王との戦闘で心を壊したと茶子に謝られたが、介の所業によりはすみが殺され、パートナーのアニカが死の淵を彷徨ったこともあって責める気にはなれなかった。、
脅威が去った以上、圭介の死を表立って望む人間はこの場にはおらず、拘束し無力化してから、事態が収束するまで安全な場所に監禁することになった。
「………良し、終わった。後はこいつを閉じ込める場所だな。茶子姉、どこにする?」
「そうだな。車で少し走るけど、蛇茨の屋敷の―――」
―――くすくすくすくす。
時間が、止まる。意識のない圭介を除いた生きている人間全員が総毛立つ。生存本能から危険信号が発せられる。
『ナニカ』がこちらに近づいてくる。六人は一斉にゆっくりと、笑い声の法に顔を向ける。
―――くすくすくすくす。
停電により止まった自動ドアの前にいるのは実体を持った影法師。背丈は小さく、身体の形から幼い少女のようにも思えた。
「うぷ……げェ…。おえええぇ……!!」
「うさぎ……!」
えずいて空っぽの胃から胃液を吐き出すうさぎ。その音のお陰でいち早く正気を取り戻した茶子が駆け寄る。
「おい……!大丈夫か……!?」
「うぇ……あれは、私が前に見た熊の化け物……怪異じゃない……!!魔王みたいな存在でも……ない!!もっと、別の……おえ……ゲァ……うえええ……!!」
「しっかりしろ、うさぎ……!!」
恐怖のあまり吐き気を催すうさぎの背中を擦り続ける茶子。
一同の視線の先。自動ドアの隙間に黒い手らしきものが差し込まれる。
ずずずと、少しずつガラスの扉が開かれていく。
「ごめ……茶子ちゃ……。わた……しは、あれを、知っている気がする……。はや……にげ……ぐェえええ……!!」
「クソ……!全員急ここから離れるぞ!急げッ!!」
口を押えるうさぎに肩を貸し、この場の唯一の大人である茶子が未だ固まっている一同に向けて号令を出す。そして店の非常口に向かって歩き出す。
茶子の声で商機を取り戻した雪菜は芽生えた恐怖を押し殺して、顔を青ざめさせて腰を抜かしたアニカを背負い、茶子の後を追う。
創と哉太は女性陣が非常口から出るまで警戒しつつこの場に残ることにした。
――――くすくすくすくす。
ガラスの扉が開かれ、黒い影の少女が一歩、店内に足を踏み入れる。
二人の少年は非常口に目を向ける。ピッキングツールによって開かれた扉からアニカを背負った雪菜が外に出たことを確認。
「四人の脱出を確認できた!僕らもすぐに出るぞ!!」
「待ってくれ!まだ山折が……!!」
「馬鹿ッ!!抱える時間はもうないぞ!!」
創の鋭い罵声。既に黒い影は創達の数メートル先まで移動してきている。
未だ眠る圭介を抱えて奔る時間はない。
「――――クソッ!!!」
後ろ髪をひかれながら、哉太はかつての親友を置き去りにして創の後を追う。
後に残るのは―――。
『くすくすくすくす』
実体を持った祟り神―――『隠山祈』の名を持った異質の存在。
「とにかく診療所と距離が近い、安全な場所に向かうぞ。そこで話し合いだ」
荒れ果てた商店街の大通り。免許を持つ茶子の運転の元、マイクロバスが走る。
ドアのすぐ側の席にはそれぞれの得物を構える八柳哉太と天原創。
一番後ろの後部座席には未だショックが抜けきれないでいるアニカとうさぎを気遣う哀野雪菜。
バスの揺れで目を覚ましたリンは「わがままいったら、チャコおねえちゃんこまっちゃうだろうなぁ」と考え、大人しくしていることにした。
何気なく窓の外を覗くと夢で出会った影の姿の女の子が手を振っていた。
(あ、いのりちゃんだ!)
幼子は嬉しく思い、にこやかに見送る彼女に向かって小さく手を振り返した。
【E-4/商店街・北口アーケード付近/一日目・夕方】
【
虎尾 茶子】
[状態]:異能理解済、疲労(特大)、精神疲労(中)、山折村への憎悪(極大)、朝景礼治への憎悪(絶大)、八柳哉太への罪悪感(大)、????化(無自覚)、隠山祈に対する恐怖(小)、マイクロバス運転中
[道具]:ナップザック、木刀、長ドス、マチェット、医療道具、腕時計、八柳藤次郎の刀、包帯(異能による最大強化)、ピッキングツール、アウトドアナイフ、護符×5、モバイルバッテリー、袴田伴次のスマートフォン
[方針]
基本.協力者を集め、事態を収束させ村を復興させる。
1.有用な人材以外は殺処分前提の措置を取る。
2.顕現した隠山祈から一刻も早く離れ、安全に話し合いができる場所まで移動する。
3.天宝寺アニカに羊皮紙写本と彼女のスマートフォンを渡し、『降臨伝説』の謎を解かせる。
4.リンを保護・監視する。彼女の異能を利用することも考える。
5.未来人類発展研究所の関係者(特に浅野雅)には警戒。
6.朝景礼治は必ず殺す。最低でも死を確認する。
7.―――ごめん、哉くん。
[備考]
※未来人類発展研究所関係者です。
※リンの異能及びその対処法を把握しました。
※天宝寺アニカらと情報を交換し、袴田邸に滞在していた感染者達の名前と異能を把握しました。
※羊皮紙写本から『降臨伝説』の真実及び『巣食うもの』の正体と真名が『隠山祈(いぬやまのいのり)』であることを知りました。。
※月影夜帳が字蔵恵子を殺害したと考えています。また、月影夜帳の異能を洗脳を含む強力な異能だと推察しています。
※『隠山祈』の存在を視認しました。
※『隠山祈』の封印を解いた影響で■■■■になりました。しかし、自覚していません。
【リン】
[状態]:異能理解済、健康、虎尾茶子への依存(極大)、マイクロバス乗車中
[道具]:メッセンジャーバッグ、化粧品多数、双眼鏡、缶ジュース、お菓子、虎尾茶子お下がりの服、御守り、サンドイッチ、飲料水(残り半分)
[方針]
基本.チャコおねえちゃんのそばにいる。
1.ずっといっしょだよ、チャコおねえちゃん。
2.またあおうね、アニカおねえちゃん。
3.チャコおねえちゃんのいちばんはリンだからね、カナタおにいちゃん。
4.いのりちゃんにまたあえるかな?
[備考]
※VHが発生していることを理解しました。
※天宝寺アニカの指導により異能を使えるようになりました。
※『隠山祈』の存在を視認しました。
【
八柳 哉太】
[状態]:異能理解済、疲労(特大)、精神疲労(大)、喪失感(大)、隠山祈に対する恐怖(小)、マイクロバス乗車中
[道具]:脇差(異能による強化&怪異/異形特攻・中)、打刀(異能による強化&怪異/異形特攻・中)、双眼鏡、飲料水、リュックサック、マグライト、八柳哉太のスマートフォン
[方針]
基本.生存者を助けつつ、事態解決に動く
1.アニカを守る。絶対に死なせない。
2.顕現した『ナニカ』の謎を解く。
3.いざとなったら、自分が茶子姉を止める。
4.ゾンビ化した住民はできる限り殺したくない。
[備考]
※虎尾茶子と情報交換し、
クマカイや薩摩圭介の情報を得ました。
※虎尾茶子が未来人類発展研究所関係者であると確認しました。
※リンの異能及びその対処法を把握しました。
※広場裏の管理事務所が資材管理棟、山折総合診療所の地下が第一実験棟に通じていることを把握しました。
※8年後にこの世界が終わる事を把握しました、が半信半疑です
※この事件の黒幕が烏宿副部長である事を把握しました。
※夢の中で隠山祈と対話しました。その記憶はありませんが、何かのきっかけがあれば思い出すかもしれません。
※『隠山祈』の存在を視認しました。
【
天宝寺 アニカ】
[状態]:異能理解済、衣服の破損(貫通痕数カ所)、疲労(大)、精神疲労(大)、悲しみ(大)、虎尾茶子への疑念(大)、強い決意、生命力増加(???)、隠山祈に対する恐怖(大)、マイクロバス乗車中
[道具]:殺虫スプレー、スタンガン、斜め掛けショルダーバッグ、スケートボード、ビニールロープ、金田一勝子の遺髪、ジッポライター、研究所IDパス(L2)、コンパス、飲料水、医療道具、マグライト、サンドイッチ、天宝寺アニカのスマートフォン、羊紙皮写本、犬山家の家系図
[方針]
基本.このZombie panicを解決してみせるわ!
1.『あれ』をどうにかする方法を考えないと……But can you really do anything?
2.「Mr.ミナサキ」から得た情報をどう生かそうかしら?
3.negotiationの席をどう用意しましょう?
4.あの女(Ms.チャコ)の情報、癇に障るけどbeneficialなのは確かね。
5.やることが山積みだけど……やらなきゃ!
6.リンとMs.チャコには引き続き警戒よ。特にMs.チャコにはね。
[備考]
※虎尾茶子と情報交換し、クマカイや薩摩圭介の情報を得ました。
※虎尾茶子が未来人類発展研究所関係者であると確認しました。
※リンの異能を理解したことにより、彼女の異能による影響を受けなくなりました。
※広場裏の管理事務所が資材管理棟、山折総合診療所が第一実験棟に通じていることを把握しました。
※8年後にこの世界が終わる事を把握しました、が半信半疑です
※この事件の黒幕が烏宿副部長である事を把握しました
※犬山はすみが全生命力をアニカに注いだため、彼女の身体に何かしらの変化が生じる可能性があります。
※『隠山祈』の存在を視認しました。
【
犬山 うさぎ】
[状態]:感電による熱傷(軽度)、蛇・虎再召喚不可、深い悲しみ(大)、疲労(大)、精神疲労(極大)、隠山祈に対する恐怖(絶大)、マイクロバス乗車中
[道具]:ヘルメット、御守、ロシア製のマカノフ(残弾なし)
[方針]
基本.少しでも多くの人を助けたい
1.あの子こと、知ってる気がする……。
2.私は、誰なの?
3.茶子ちゃんの事を手伝いたい。
[備考]
※『隠山祈』の存在を視認しました。また、顕現した『隠山祈』に対して強い既視感を抱いています。
【
天原 創】
[状態]:異能理解済、記憶復活、疲労(特大)、虎尾茶子への警戒(中)、隠山祈に対する恐怖(小)、マイクロバス乗車中
[道具]:???(青葉遥から贈られた物)、ウエストポーチ(青葉遥から贈られた物)、デザートイーグル.41マグナム(0/8)、スタームルガーレッドホーク(6/6)、ガンホルスター、44マグナム予備弾(30/50)(ジャック・オーランドから贈られた物)、活性アンプル(青葉遥から贈られた物)、他にもあるかも?
[方針]
基本.パンデミックと、山折村の厄災を止める
1.魔王は倒せたが、それ以上の脅威が生まれてしまった……。
2.スヴィア先生を取り戻す。
3.スヴィア先生を探す。
4.珠さん達のことが心配。再会できたら圭介さんや光さんのことを話す。
5.虎尾茶子に警戒。
[備考]
※上月みかげは記憶操作の類の異能を持っているという考察を得ています
※過去の消された記憶を取り戻しました。
※山折圭介はゾンビ操作の異能を持っていると推測しています。
※活性アンプルの他にも青葉遥から贈られた物が他にもあるかも知れません。
※『隠山祈』の存在を視認しました。
【
哀野 雪菜】
[状態]:異能理解済、強い決意、肩と腹部に銃創(簡易処置済)、全身にガラス片による傷(簡易処置済)、二重能力者化、骨折(中・数本程・修復中)、異能『線香花火』使用による消耗(中)、疲労(大)、虎尾茶子への警戒(中)、隠山祈への恐怖(大)、マイクロバス乗車中
[道具]:ガラス片、バール、
スヴィア・リーデンベルグの銀髪、替えの服
[方針]
基本.女王感染者を探す、そして止める。
1.絶対にスヴィア先生を取り戻す、絶対に死なせない。絶対に。
2.私達は魔王より恐ろしい『ナニカ』を、生み出してしまったのかも……。
3.虎尾茶子は信頼できないけれど、信用はできそう。
[備考]
※叶和の魂との対話の結果、噛まれた際に流し込まれていた愛原叶和の血液と適合し、本来愛原叶和の異能となるはずだった『線香花火(せんこうはなび)』を取得しました。
※制服から着替えました。どのような服装かは後続の書き手様にお任せします。
※『隠山祈』の存在を視認しました。
◆
「これでオレは一巻の終わりというわけか。ハハハ、オレが卓袱台返しの対象になるとはな。最期になると全部どうでもなくなってきた」
『――――――』
「ああ、確かお前は『イヌヤマイノリ』だな。どうした、死体蹴りでもしに来たのか?」
『――――――』
「ま、そうだろうな。お前にとっては魔王の力だけじゃなく、烏宿暁彦の記憶も、科学の記憶も、オレ自身の記憶も喉から手が出る程欲しいものだろうな。
オレの全てはあいつ等の手によってお前が食いやすいように加工されたわけだが、得た力を以て何を為す?」
『――――――』
「は?お前の望みはそんな小さなものなのか?いや、オレも同じ上位存在だから気持ちは分からんでもない。だが、当事者たちに取ってはたまったものではないだろうな」
『――――――』
「じっくり話してみるとお前はどうも性質は人間寄りだな。まあいい。地獄があるのなら、そこで物語の顛末を見ることにしよう』
『――――――』
「ああ、さようなら。人々に捻じ曲げられた幼き神に安らぎあれ」
――――ばくん。
◆
西の白い建物に、わたしを見つけてくれた『あの子』がいる。
無邪気だったあの頃、何もなかったわたしに名前を与えてくれた『あの子』がいる。
身勝手な奴らにわたし達は歪められた。わたしは偽りの王冠に。『あの子』は不浄(わるもの)にされて大切な名前すら奪われた。
わたしの想いも、あの子の悲しみも全てなかったことにされた。都合の良い道具に変えられた。
いかなきゃ。『あの子』に会おう。そして―――。
わたしの目の前には、『裏切者』の男の子がいる。
せめて最後くらい、良い夢を見せてあげよう。
◆
―――長い長い夢を見ていた気がした。
大切な人を喪い、そして残された思いを裏切ってしまう悪夢を見ていた気がした。
――いちゃん、圭ちゃん。起きて」
いつも聞きなれた筈の――もう二度と聞けないと思っていた女の子の声と後頭部に感じる柔らかい感触。
ゆっくりと目を覚ます。膨らんだ布で空が半分に見える。そのすぐ後に、優しい顔――誰からも好かれそうな可愛らしい顔が自分の顔を覗き込んだ。
「ひか……り……?」
「もう、圭ちゃんったら。やっと起きた。躓いて頭を打って気を失っていたんだよ」
ほんの少しだけ怒ったような、とても綺麗な声。いつも通りの、日常の証。
声が詰まる。視界が歪む。「ごめん、心配かけた」と笑顔を見せようとしたが上手くできそうにもない。
「もう、心配かけて。怪我したと思って―――きゃ。ちょっと、圭ちゃ……ん?」
「うう……。ううう……ううううううううううううぅぅ………!!」
何故かわからないがあふれ出す感情。子供の時みたいにみっともなく泣いてしまう。
一瞬だけ彼女――日野光は驚いた声を出したが、圭介を抱きしめると子供をあやすように、彼が泣き止むまで優しく頭を撫で続けた。
「すごいことになってるな……」
「うん。地震のせいで、ひどいことになってるね」
原形をとどめていない店舗が立ち並ぶ商店街。人っ子一人いない大通りを少年と少女は手を取り合って歩く。
「光、ちょっとストップ」
「どうしたの圭ちゃん……あっ」
圭介が光を制止すると。数メートル先の道路に何かが落ちてきた。
「なんだろな」「なんだろね」と手を繋いだまま、現場へと走り出す。
そこにはプラスチックのフレームにひびが入ったドローン。何らかの原因で壊れた機体が落ちて来たらしい。
「ただでさえ瓦礫だらけなのに。不法投棄なんて嫌だよね、圭ちゃん」
「んー。この前テレビで見たんだけどさ。確か災害時には生存者をいち早く見つけるためにドローンが使われるようになったらしいぜ」
「ふーん。すごく便利な世の中になったんだね」
「そうだな。ところで、どこに向かっているんだ?」
「病院だよ。怪我したでしょ、圭ちゃん。念のために見てもらわないと」
「そこまで気にする必要あるかな?そういえば、あいつらはどうしたんだ?」
「みかげちゃんはガラスでおでこを切っちゃったんだって。諒吾くんは首の捻挫。碧ちゃんは膝を骨折したってお母さんが言ってた」
「……酷いな。早く治るといいんだけど……。珠は?」
「地震が起こってすぐに避難所に行ったよ。あの子も怪我してなきゃ員だけど……」
心配そうな声を上げる愛する恋人。友人達が怪我をしたと知り、圭介も心中穏やかではない。
早く治って欲しいと心から思っている。
「それから、哉太くんも帰ってきているだって」
「あいつが?」
「うん。鳥獣慰霊祭が近いから手伝いさせるって、おばさんが言ってた」
「そうか……。あいつも帰ってきてたのか」
「どうしたの?圭ちゃん」
思い悩む圭介を気遣ってか、光は隣を歩く圭介の顔を覗き込む。
少しだけ躊躇った後、思い浮かんだことを恋人に話し出す。
「俺さ、もう一度話し合ってみようと思うんだ」
「…………どうして?」
「喧嘩したままだとさ、何だか前に進めない気がするんだよ。それに、よく考えてみたらヘタレなあいつが暴力沙汰を起こせる度胸があるとは思えないし」
「…………うん」
「でもさ。俺、あいつにもう一度会ったら意地張っちまうかもしれない。だから、昔みたいに俺達の間を取り持ってくれないか?」
「―――うん!私はお姉さんだもん!昔みたいに喧嘩両成敗って二人に拳骨してあげる!」
「うわ、懐かしいな!頼むぜ、光!」
隣に彼女がいるだけでこんなに早く問題が解決する。今まで一人で抱え込んで悩んでいたのが馬鹿らしく思えて笑えてしまう。
大切な故郷はこんな有様になってしまったけど、光と一緒なら何とかなる。根拠はないけどそんな気がする。
「――――天国は、地獄の底にあるのかもしれないね」
「ん?どうしたんだ光。何か言った?」
「ううん、何でもないよ!早く行こう!『あの子』が待っているよ!」
「ちょ、ちょっと!急に走り出すなって!」
元気に走り出す
光に手を引かれる圭介。その手はもう離れない。
病める時も健やかなる時も二人は一つ。どうか■■■に祝福あれ。
【E-3/道路/一日目・夕方】
【
山折 圭介】
[状態]:健康、日野光
[道具]:日野光
[方針]
基本.光と一緒に診療所に向かう
1.光と一緒に皆のお見舞いに行く。
2.哉太と会ったらもう一度話し合ってみる。
[備考]
※VHは山折圭介の悪い夢でした。
※診療所には負傷した湯川諒吾や上月みかげ、浅葱碧がいます。
※山折圭介は日野光のものです。
※山折■■は日野■のものです。
※■■■■は■■■のものです。
※魔王の力はわたしのものだ。
くひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ
【E-3/道路/一日目・夕方】
【山折 圭介】
[状態]:『隠山祈』寄生とそれによる自我の完全浸食、異能『魔王』発現、虎尾茶子、八柳哉太、天原創に対する抵抗弱化(大)、虎尾茶子、八柳哉太、天原創、天宝寺アニカ、哀野雪菜、犬山うさぎ、リンへの好意(特大)、人間への憎悪(極大)、山折村への嫌悪感(絶大)
[道具]:日野光?
[方針]基本.光と一緒に診療所に向かう
1.光と一緒に皆のお見舞いに行く。
2.哉太と会ったらもう一度話し合ってみる。
3.願いを叶える。
4.診療所に向かい、『あの子』に会いに行く。
[備考]
※魔王の魂は完全消滅し、願望機の機能を含む残された力は『隠山祈』の呪詛により異能『魔王』へと変化し、その特性を引き継ぎました。
※魔術の力はこれ以上成長することはありませんが、別の何かに変化しています。願望機の権能は時間と共に本来の機能を取り戻します。
※魔王から烏宿暁彦だった頃の記憶を読み取り、彼の記憶と現代科学の知識を得ました。
※戦士(ジャガーマン)を生み出す技能は消滅しましたが、別の力に変化したのかもしれません。
※山折圭介の『HE-028』は別の何かに変化した可能性があります。
※『日野光?』は実体を持っています。
最終更新:2024年04月10日 21:27