第三章 忘れられた亡霊
プロローグ
「アジャン…また、君を感じる…どうして…どうして来てくれないの…?」
「…そうか、来れないんだね…じゃあ、僕から会いに、行くからね…」
燃える大地
サポートフライヤーの推進機は古典的なロケットエンジンで、太平洋を横断するほどの航続距離はない。フライヤーのエンジンと揚力を使って高度を上げ、空気抵抗の小さい高度で一気に加速する、それがアジャンの勧めた方法だった。
マンタへ到着するまでの三時間、エルヴィンは体を休めながら、この謀略について整理しようとしていた。
「…レンダとMASEが手を組み、テロリストである幻獣軍の排除に当たる…我々にとってはそれが最も不利な展開…だからアジャンはその確率をなるべく減らすために巧みに動いた…だが、あちらはそれを読んでいた…それで総攻撃をかけたが、カイザーの介入もあって失敗に終わる…」
「次の一手として考えたのが、幻獣軍本拠地ハード・ハートへの攻撃…だがアジャンはそれを読んでいて、ハード島はもぬけの殻…しかしそれをなおあちらは読んでいた…わずかな手勢をハード島に送って自爆に巻き込ませ、油断した我々を一気に討ち取ろうとした…」
「ハード島に送られた戦力がレンダ軍だったことを考えれば、これはレンダの策略…率先してハード島を攻略したという事実を使ってMASEを動かし、総攻撃を行わせようとした…だがこれを読んでいたアジャンに先手を打たれ、エドワーズを先制攻撃されて失敗に終わる…」
「アジャンはそのままレンダ側も攻め、レヴィンスキーの作戦の遂行時間を稼ごうとした…だが、レンダはそれを読んでいた…MASEが総攻撃に参加しないと知るや、本国の戦力をわざわざ割いてマンタへ派遣…アジャンはそれに気づき、マンタを防衛させるために私を派遣した…か…」
「…これだけの謀略が立てられる人間がそう何人もいるとは思えない…MASEにも私の知る限りいない…となれば…やはりあの、女狐、か…」
エルヴィンはそこまで独りごつと身震いした。
「…私の頭ではそこまでは分かる…だが、いくらなんでも本国の戦力をマンタに割き、アジャンを呼び込むのは危険がすぎる…コウガはそこまでして幻獣軍を潰したかったのか?下手をすれば自分が危ないはず…カイザーの正体に気が付かなくても、強力なウィグルがもう一人現れたくらいは想像がつくはず…そんな大戦力を自国の首都に引き込んで、何を…まさか、自爆できるわけでもないし…」
その葛藤に答えを出す時間はなかった。マンタが燃えている…
「…間に合うのか…?アランブラ…持ちこたえろ!」
その数十分前のことだった。ペレルマンとアランブラはマンタ基地の司令塔にいた。
「レンダ軍…リトヴァック12隻だ。単純に考えるとMS72機…」
「…」
「…アランブラ君…」
「…俺はカルテルを討つためにここにいる…それなのに…ここで殺されるのか?それも、レンダに…」
「…」
通信が入る。
「隊長!MSはいつでも出れるぞ!」
「クルス…助かる!俺もすぐに行く!」
それだけいうとアランブラはMSハッチへ向かった。同輩には決して弱みを見せないアランブラの意地を見て、絶体絶命のはずのペレルマンは妙な安心感を覚えた。
まもなく、コクピットのアランブラから通信が入る。最後の会話だ。
「…隊長、我々も準備は万端です」
「…どんなに万端でも向こうは5倍の数がいるんだぞ?それに、こっちには基地砲台も殆ど残ってない…策の立てようもない」
「総帥からは、エルヴィンさんを派遣したとの連絡が入りました。あと1時間くらいはかかるようですが…」
「…1時間持たせたところで、エルヴィン一人でひっくり返せる戦況とは思えないな」
「…」
「…だけど…俺は…ただ殺されるつもりはない!!」
MS隊が出撃する。DAMASも砲台もほとんど破壊されたマンタ基地に、レンダのMS隊はいとも容易く上陸した。
アンジュの大群が、水浸しの滑走路を踏みしめて進んでくる。
「…今だ!ペレルマン!」
「了解…電源システム、フルパワー!!」
滑走路の上が青く光ったかと思うと、MSが次々と爆発し燃え上がる。海水だけは潤沢にあったマンタ基地の最後の抵抗だった。MSを半分は破壊しただろうか。
「…電源システム、ダウンしました」
「MS隊出る!地上にMSが降りてこないうちに艦隊を狙う!援護しろ!!」
ビームライフルを握りしめた白い
ベル・ドゥに続いて、10機ほどのベル・ドゥがMSドックから出撃した。幻獣軍の最重要拠点に残された最後の戦力だった。
「…当たれぇ!!」
MSを破壊され動揺の見えたリトヴァックの下方に突如出現したベル・ドゥ隊は上空へ向けて一斉にビームを撃った。まだMSを格納していたであろう後方の艦隊が狙われ、火を吹いて墜落する。
「…やった…アランブラ…!」
「MSが来る!地上戦に備えろ!!」
搭載機がまだ生きているリトヴァックは数隻だろう。だが、その中にあの男がいた。
「…リュウ様、仰った通りでした」
「ふん、あの少数でも諦めないつもりなら何かしら仕掛けているのは当然だ…
ケイローンガンダム、出るぞ!!」
一隻だけ後方に控えていたリトヴァックの左翼から、四つ足を折りたたんだ状態のケイローンガンダムが発進する。質量バランスを取ろうとしたのか、右翼からも二機のアンジュが出撃した。
「…!あれは…!!」
「全機撃て!あれを下ろすな!!撃ち落とせ!!」
彼らのビームが届くには距離がありすぎた。ケイローンガンダムは脚を展開すると、燃える大地に悠然と降り立った。
待ち構える悪意
追手を引き剥がして首都ベイジンに向けて突撃する幻獣軍。地上のDAMASはことごとくアジャンに狙い撃たれ、キト・アルマの道が拓かれる。レンダの心臓に幻獣の牙が迫ろうとしていた。
アレスがカタパルト上で待機する
ガンダムバルバロイに声をかける。
「…カイザー、奴らは俺達をハメたのか?」
「…」
その沈黙は肯定に見えた。
「…奴らの狙いは最初からマンタだった…それに気づけば、アジャンは引き返すだろうと奴らは読んでいた…だからアジャンはその裏をかいて突っ込むことにした、ってわけか」
「…とんでもねえことを考えやがる…」
ようやく気がついたケリーが砲手席でぐったりと座っている。
「ケリー、カイザーほどやれとは言わないが頼むぞ」
「…やれるだけはやるよ、ここまで来たらもう引き返せねえからな」
「ああ、首都を叩けなければ袋のネズミだ…もう逃げ場はない」
「…こんなバクチに出るハメになるとは…」
「最初からバクチだろ?こんなレジスタンスに参加するくらいなんだから」
「…まぁ、そうだけどさ…だけど、よく解んなくなってきたぜ」
「ん?」
「いやさ、こんな裏のかきあい…こうやってアジャンが戦線を突破するのだって何かの罠だったりしてな」
「…馬鹿な、首都にこの艦隊を引き込む罠なんてあるものか…ハード・ハートとはワケが違う、奴らの人民が住んでるんだぞ?」
「…いや、根拠があって言ったわけじゃねえよ」
「…」
「主席!首都近郊に
エターナルガンダムが出現しました!避難を…!」
「…ユエ基地司令のコウガ・イー少将です。主席とロン中将は司令塔で直接指揮を執られるとのこと」
「…コウガ少将?なぜここに…」
「話は後です、時間がありません…我々はシェルターに移動します。ロン中将の許可は得ています」
「ロン中将が…?」
「はい…急ぎなさい、時間が…」
鳴り響く雷の如き爆音。司令塔に幻獣軍が迫っている。
「…急ぎなさい!」
「は…ハッ!」
空中を回転しながら突き進み、無数のMSを、DAMASを正確に撃ち抜き破壊しながら一直線に首都の中心を目指すアジャン。その紅い目にレンダの中枢、レンダ大会堂が映る。広間の人々は白銀の騎士に恐れをなして逃げ惑う。彼の常人離れした動体視力は、手練の戦闘機パイロットですら目を回しかねない状況の中で、その一人ひとりの服装すら正確に視認した。軍服でもなければ議員らしい正装でもない、ごく普通の市民に見えた。普段は、この広場は市民に解放されている。
「…こんなところを攻めさせやがって!!」
アジャンはそのまま大会堂の上空を通り過ぎ、地上に背を向けて急激に上昇し始めた。追いすがるアンジュ隊は広場に展開し、無造作に踏み鳴らした脚が逃げ惑う市民を踏み潰す。その様子を見なければわからない彼ではなかった。
「…バカ野郎がぁぁぁ!!!」
アジャンは振り向くと両腕を地上へ向けた。地上から撃たれるビームが、アンジュ達の居場所を彼に教える。放たれた一際輝く二筋の光線は広場の大地を走り、アンジュ4機を斬り裂いた。そして、彼はそのまま右腕に光の剣を宿す。もう周囲に彼の邪魔をするMSはいなかった。
「…覚悟しろよ!このクズ共がぁ!!」
右腕のビームブレイドを発振したまま急降下するエターナルガンダム。そのメインカメラが大会堂の展望台―通称"司令塔"を捉える。その高級感ある内装は、相応の立場を持った人間の居室であることを如実に物語っていた。そして、その窓から倒れている男の姿が見える。
「…!!!」
アジャンはそのままビームブレイドを司令塔に突き立てた。その刃は司令塔を潰し、そのまま地下まで届いた。
「うわああ!!…司令塔、破壊された模様…!」
「落ち着きなさい、このシェルターまではさすがのアジャンも攻撃は届けられないはずです」
「し、しかし…主席が…」
「…心にも無いことを言わないことです…レンダを作っているのはあの老人たちではない、貴方方なのですよ?あの二人であれば、貴方方をシェルターに入れることはしなかったはず…しかし、貴方方が生き残ったのですから、この戦争は勝てるのです」
「…少将…」
「…レンダ全権主席ヒュー・ジンタオ大将、その腹心たるロン・ウェイ中将は名誉の戦死をされました…緊急事態につき、この戦闘の指揮は私が執ります!」
「…女狐…ぬおおおおおおお!!!」
アジャンの右腕が輝きを増す。彼の髪は逆立ち、コクピット内が光の粒子を帯び始める。
「…うっ!?」
「な、何だ!?振動が強く…」
「…まさか…」
白虎と玄武
「はああああああ!!!」
凄まじい出力のビームが大会堂だったものを燃やし尽くし、地盤さえも貫いた。そのさらに地下深くに女狐のいるシェルターはある。
「だああああああ!!!」
「…落ち着きなさい!ここまでは届かない!」
コウガのその言葉は明らかに虚勢だった。ウィグルではない彼女にアジャンの底知れない力は想像することもできなかった。しかし、この状況で虚勢を張れる事自体が彼女の素質を示していた。
「…!」
アジャンは突然ビームの発振を止めると空中へ飛び上がる。いつの間にか現れたMSが担いでいる大型のビームバズーカの火線を避けたのだ。右腕のビームジェネレータは過剰出力により機能不全に陥っていた。
「…危ねえとこだった…」
「リー、無事か?」
「アンキ!こいつがエターナルガンダムだぜ!」
「見えている…あの機動性、手強そうだな…」
近くに見えているバズーカ二丁を担いだガンダム、その後ろに両腕に鞭を備えたような特異な形状のガンダムが見える。
「…ハァ…ハァ…ガンダム?指揮官クラスか…?」
「凄まじいパワーだったが…流石に息切れだろう?覚悟してもらうぜ!!」
二丁のバズーカを携えた機体―ランチャーガンダムはもう一度右のビームバズーカを構える。アジャンはその発射さえも待たずに横へずれて狙いを外し、すぐさま左のビーム砲を撃ち込む。だが、その一撃はいとも簡単に躱された。ランチャーガンダムは地上へ落ちたがすぐさま体勢を整える。
その瞬間、もう一機―スレイヤーガンダムがビームウィップを振りかざして迫った。放たれた二本の鞭による斬撃は正確で、アジャンは下へ逃げざるを得なかった。着地し体勢を崩したエターナルガンダムは、その事をわかっていたかのようなランチャーガンダムの火線に狙い撃たれる。
「…はん!」
正面へ向けられたミスリルスラスターから真っ赤な共振粒子が吹き出し、ランチャーガンダムのビームを弾き返した。
「…おいおい、こいつまだアルス波を残してんのか?」
「…リー、こいつは噂以上だぞ…どうする?」
「俺とお前が組んで勝てねえはずがあるか!レンダの白虎と玄武と言われてんだぞ!」
「…ふっ」
あれだけの出力のビームが撃てるパイロットとなると、並のウィグルではない。それと組んでいるあの鞭使いも、並ならぬ正確さだった。
「…行け!」
またしてもスレイヤーガンダムが斬撃を放つ。その動きはまるで踊るように美しかった。アジャンはその鞭の軌跡の先にビームブレイドを構えて斬撃を叩き落とす。刃と刃が触れ合った瞬間、アンキの脳裏にアジャンの声が響いた。
「…半人前が二人で一人前になると思ったか?」
「…何?」
その声を認識した瞬間、ランチャーガンダムが左のバズーカを構えた。
「…こいつを俺に使わせるやつは久しぶりだぜ!!」
そのバズーカから放たれたのは実弾だった。アダマント装甲製MSが普及した現在、あまりにも時代遅れだった。
「…実弾?」
「遅い!!」
放たれた実弾はミスリルの薄い殻だった。それに包まれたビームが弾け飛び、拡散する。エターナルガンダムに雨のように降り注ぐ…
「…!?」
アジャンは逃げなかった。拡散するビームの、その根本に向かって突進したのだった。機能を失った右腕を掲げ、本体に飛ぶ光を遮ると滑り込むようにくぐり抜けた。
「くっ!」
ランチャーガンダムは右腕のバズーカをもう一度構えるが、突如上へ飛んだエターナルガンダムを追跡することはできなかった。
「リー!」
スレイヤーガンダムが跳躍し、上からランチャーガンダムを狙おうとしたエターナルガンダムの左腕めがけて右鞭を振るった。しかし、その左腕が狙っていたのはランチャーガンダムではなかった。
「うっ!?」
左腕から放たれたビームは、スレイヤーガンダムの左の鞭の根本を撃ち抜いた。アジャンは左右の重心が狂い、バランスを崩して大地へ落ちるスレイヤーガンダムの方を向くことさえしなかった。そのまま真下から撃たれたビームを回避すると、ランチャーガンダムのすぐ後ろへと降り立った。
「こっ…いつぅ!」
右腕のバズーカを背中へ回し、肩のビームサーベルを抜くリー。斬りかかるアジャンの左腕を間一髪で受け止めた。その瞬間、あの言葉がリーの脳内に響く。
「…半人前が二人で一人前になると思ったか?」
「…何だとぉ!?」
その怒りを爆発させる間もなく、左足に蹴り上げられてビームサーベルは弾き飛ばされ、腹部のコクピットめがけて正確に飛んだ右の蹴りを浴びた。その瞬間にミスリルスラスターが生み出した最大の加速力によって、ランチャーガンダムのコクピットは血塗れになった。
敗走する幻獣軍
アンキは立ち上がることもできず、吹き飛ばされたランチャーガンダムをただ見ていることしかできなかった。そのスレイヤーガンダムのもとにエターナルガンダムが刃を突きつけ、アジャンの思考が脳に響く。
「…そのガンダムを渡せ。さもなければコクピットごと焼き殺す」
「…俺を見逃すというのか?」
「…貴様程度のウィグル、生かしておいたところで大勢に影響はない…俺が欲しいのはそのガンダムだ」
「…貴様…」
「貴様はウィグルとしての才能の割にはよく努力したほうだ…だが、それでは俺は殺せん…その相棒と同じでな」
「…」
「ビームソードを使うだけのアルス波がないから鞭の先端にだけビームをまとわせる…鞭の修練を積めばビームソード以上の脅威になりうる…少なくともそう感じさせられる…それに怯んだ敵をあのアルス波だけの馬鹿が撃ち抜けば…」
「…」
「…分かったか?貴様では俺は殺せない…さっさとそこをどけ」
スレイヤーガンダムのコクピットが開き、パイロットが脱出する―その瞬間、エターナルガンダムのビームブレイドが彼の身体を蒸発させた。
「…生かしておいて意味のない人間を、生かしておく意味はない…」
その時、キト・アルマとガンダムバルバロイが大会堂に到着した。
「アジャン!無事か?もう四方を包囲されてる!これ以上は…」
「…アレス、艦を沈めるなよ…まだキト・アルマは必要なんだ…」
「沈めたくて沈めるバカがいるか!この艦なら宇宙へ逃げられる、急げば間に合うぞ!」
「…MSを二機手に入れた…回収して離脱する!」
周囲には雲霞の如きリトヴァック艦隊がキト・アルマを包囲していた。アジャンは二機のガンダムを引っ張り上げてハッチへ放り込むと、自分はカタパルトの上に立った。
「…南東側の包囲は薄いはずだ…そちらへ突破する!リバロ、ビームライフルを出せ!右腕のミスリルコアがイカれた!」
「ミスリルコアが?どれだけのアルス波を…ビームライフル出ます!」
ハッチからビームライフルが投げ捨てられるように射出された。それを右手で掴むとエターナルガンダムは再び飛び立つ。まさに永遠の名に恥じぬ桁外れの継戦能力だった。
「キト・アルマは高度を上げろ!リトヴァックを振り切るには2万mは要るぞ!リバロは機密エリアに退避!」
「各員衝撃に備えろ!上がれええ!!」
リトヴァック艦隊の射程圏内に入る。猛烈なビームの雨が浴びせられる―よりいち早く、アジャンが接近してきた艦隊を叩き落とした。
「くそ!空中じゃMSが…このDAMASの時代に空中戦になるとは…」
「…今更気づいても遅い!!」
艦隊ではエターナルガンダムを止められるはずがなかった。上昇するキト・アルマに攻撃を届けられないまま、艦隊は次々と叩き落され、レンダの大陸に落ちて民を傷つけた。
「コウガ少将、包囲部隊苦戦しています!敵艦は上昇を続け、間もなくこちらの射程圏外に…」
「…包囲部隊に通達、撤退して各基地へ戻りなさい…被害が広がるだけです」
「し、しかし、ここまで追い詰めたものを…」
「…
ブラッドガンダムを撃墜できたのは宇宙だったから…逃げ場がなかったからこそ落とせたのです…我々は地球の重力に縛られている…空へ逃げる彼らを追いすがる方法がありません」
「…」
「…DAMAS全盛の時代にあって、我々もMASEも空中戦を行う手立てを失っていた…アジャンはそれを、あのスラスターで解決し、そして我々の喉元にまで迫りました…我々も変わらなければならないということです」
「リトヴァック艦隊が後退していくぞ…逃げ、きったのか…」
「…ここからではこちらのロス粒子砲も届かないか…ケリー、砲を収容してくれ…ふぅ…」
生き残った安堵を感じる二人を、しかしアジャンの冷たい声が刺した。彼はまたエターナルガンダムのコクピットにいた。
「…俺は先に行く…おそらくエルヴィン一人でマンタは守れないだろう…」
「…レンダはそれだけの戦力を差し向けたのか?」
「状況から考えてそうとしか思えない…それに…」
「…それに?」
「…女狐め…この俺を利用した…」
アジャンはそれだけ言うと、カタパルトから発進した。最大限の速度を乗せたエターナルガンダムが、傷ついた翼を振るって南米へ飛ぶ。
「…どういう意味だ?カイザー…」
「…レンダの基地の戦力が少なく見えたのは、マンタへの派遣のせいだけではなかったということだ」
「…何?」
「現に最後、我々をああして包囲するだけの戦力を隠していた…女狐は、我々がベイジン南東基地を突破して首都の大会堂へ迫ることを最初から狙っていたようだ」
「…え?じゃあ、ケリーの想像した通り…」
ケリーが頭をもたげる。
「想像するだけなら馬鹿にでも出来る」
「…その言い方はねえだろうよ」
「…ククク、冗談だ…」
アレスの表情が歪む。
「…お前ら本当に親子だな…この状況で冗談が言える無神経さは…」
「…ククク、まあいい…とにかく奴はアジャンを利用して首都へ幻獣軍を引き込んだ…その目的はどう考えても一つしかない」
「…?」
「…女狐はおそらくもう地球に降りている…自分が戦闘の最前線に立つことによって味方を油断させ、そして、殺した…」
「…!?」
「奴の狙いは最初から、我々を利用してレンダの権力者たちを粛清し自分がその座につくことだった…それをまさか首都を盾にやるとは…」
「…おい、カイザー…それって、俺らは読み負けたってことじゃ…」
「…アジャンを首都に引き付けておきながら自分はどこかへ雲隠れ…あの様子じゃ、おそらく地下深くのシェルターってとこだろうが…そして、その間にこちらの最重要拠点のマンタを潰す…流石に首都を差し出したんだ、月のパワーバランスを考えればMASEも動かざるを得ない…」
「…それじゃあ」
「幻獣軍はマンタが陥落すれば事実上すべての拠点を失う…ハード・ハートは爆破したしキング・ハリドは場所が割れているからな…小惑星帯へ向かった部隊の意図に気づいているからこんな短期決戦を仕掛けたんだ…」
「…おい!カイザー、お前…まるで俺達が負けたみたいじゃないか」
「ククク…」
第三次マンタ攻防戦
「…ケイローン、ガンダム…!」
「…あれを俺達で…?」
四足の化け物が降り立った大地で、少年たちは恐怖に震えていた。並のウィグルが太刀打ち出来る相手でないことは明らかだった。手にした方天戟からは血のような紅の光が迸り、その尋常ならざる才能を醸し出していた。しかし、幻獣軍にもまた大槍を携えた勇者がいた。
「アランブラ!!」
「…エルヴィン!?」
サポートフライヤーを乗り捨てて空中から舞い降りた
ガンダムインテグラ。若き戦士たちの壁になるが如く、その大槍を人外の怪物に向ける。その姿は勇者のようでも、またドン・キホーテのようでもあった。
「…ほう?雑魚ばかりかと思っていたが…まだ貴様のようなのが残っていたか」
「…アランブラ…お前はクルスと艦隊を叩け!他の者は散開して回避だ!こいつは危険すぎる…!」
「…いいだろう!俺を楽しませて見せろ!!!」
脇目も振らず敵勢に突っ込むリュウ。その目には他の雑魚など一切映っていないかのようだった。大槍を構えて応戦するエルヴィン。かち合った刃から共振粒子が迸る。
「中々の使い手だな!貴様がMASEの…」
「言うな!私はもはや幻獣軍の一人!」
「ふん、同胞殺しが!」
エルヴィンの目の色が変わる。二の太刀は自分から浴びせにかかったが、リュウは悠々と片手で受け止める。エルヴィンの槍捌きも見事だったが、圧倒的な力と才能に裏打ちされたリュウの強さは技術の次元を超えていた。方天戟を振りかざし、受けの体勢をとったエルヴィンに前蹴りを叩き込む。エルヴィンもまたシールドで防いで距離を離し、即座に持ち替えたビームライフルを撃ち込む。リュウは一歩も動かず方天戟の刃でその光線を叩き落とすと、そのまま一文字に振り抜いて強烈な衝撃波を放った。
「くああああ!」
エルヴィンは逃げなかった。彼の後ろには基地本部がある。盟友ペレルマンのいる建物を背に自分の安全を確保するような彼ではなかった。振りかざした大槍でその衝撃波と打ち合わせ、自身と友を守る。しかし、その瞬間にケイローンガンダムが飛びかかり、引けないエルヴィンは一方的に格闘戦に持ち込まれた。リュウの突きを胸先で受け止めるエルヴィン。
「…それなりにやるようだが、その程度の力で基地を守りながら戦うのは無理だな」
「…守る?それは違うな…!」
「…何!?」
その瞬間、ガンダムインテグラは空中へ飛んだ。突きの力とスラスターの推力で空中へ逃げたのだ。
そして、視線の揺らいだリュウは自分の周囲に展開するMS隊に気がつく。逃げたはずの雑魚MSたちが、いつの間にか自分を取り囲んでいた。
「…!」
「戦争は一人でするものではない!…撃てぇッ!!」
ケイローンガンダムを包囲する銃口が一斉に火を噴く。
「…!?」
ビームを放った少年たちの目にケイローンガンダムは映っていなかった。
「…上?」
「…跳んだ!?」
ケイローンガンダムはスラスターも使わず、4つ脚で大地を蹴って飛び上がった。同時に振り上げた方天戟が空中のエルヴィンを襲い、大槍で受けたエルヴィンはそのまま後方へ弾き飛ばされた。
「な…!?」
「…散れ!!雑魚ども!!!」
ケイローンガンダムは方天戟を振りかざし、空中から大地へ叩きつける。彼を中心に共振粒子が迸り、生じた衝撃波が周辺に展開していたベル・ドゥたちを根こそぎ薙ぎ払った。
両雄決戦
「…させるか!」
エルヴィンは空中で体勢を立て直すと急降下して基地の前に大槍を突き立てた。その槍がまたも盟友ペレルマンの盾となる。
「…ペレルマン!撤退を!急げ!」
「エルヴィン!」
「ここはもう守れん!生き延びれば再起がある!!」
「…総員退避!アランブラとクルスを呼び戻せ!二人に脱出ポッドの回収を!」
エルヴィンには確信があった。自分はこのガンダムには勝てないが、間違いなく時間を稼ぐことはできる。
この作戦、レンダの目標はマンタ基地の破壊であってMSの制圧ではなかったはずだった。にもかかわらず、このガンダムのパイロットは基地の破壊ではなくMSの撃破に執着している。一人の戦闘単位としては強力でも、軍の一員としてはその無軌道さは隙になる。
「…ほう、まだやるか?ならば今度こそ楽にしてやる!」
エルヴィンはあえて接近戦を挑んだ。奴に隙を与えれば救助活動中の二人が狙い撃たれる可能性がある。
「せぇい!」
「ふん!」
二人の英雄はその得物を激しく打ち合った。ウィグルとしての力は確かにリュウのほうに一日の長があったが、エルヴィンの力も容易に押し負けるほどのものではなかった。激しい鍔迫り合いの最中、二人のウィグルはロス粒子を通じてその思考を伝え合う。
「やるな!この呂奉先の再来、リュウ・ベルベットと打ち合えるとは!!」
「…私は幻獣軍のエルヴィン・ジャスティ!」
「ハハハハハ!!その名、覚えておくぞ!せぇい!!」
ケイローンガンダムはまたも隙をついて前蹴りを放つ。ガンダムインテグラは左腕のシールドを構え、空中に浮いて衝撃を逃がした。それでもコクピットにはかなりの振動が走る。まともに喰らえば無事では済まないだろう。
「はぁぁーッ!!」
リュウが無双天雷撃を放つ。ガンダムインテグラは空中でそのままブーストすると上へ躱し、空中でビームライフルに持ち変えると足元を狙って放った。悠然と避けたリュウは、そのまま距離を取って走り始めた。
「…!逃がすか!!」
空中から追跡しにかかるガンダムインテグラ。だが、ケイローンガンダムは建造物に飛びかかると前足で壁を蹴り、反射でそのままエルヴィンの正面にまで飛び上がってきた。
「…何!?」
「消えろ!!」
振りかざされた方天戟の柄にシールドを当てて落下し、ビームの刃を避けたエルヴィン。空中で体勢を立て直すと着地し、空中からなおも斬りかかるケイローンガンダムを見据える。
切り落とす方天戟を後ろに飛んで避けると、上段から槍を叩きつけるエルヴィン。しかしケイローンガンダムは恐るべき瞬発力で方天戟を下から振り上げると打ち合わせた。
「ふんっ!」
ガンダムインテグラはそのままスラスターを噴射し、方天戟を支点にして飛び上がった。空中を一回転するとケイローンガンダムの背後に着地する。
「…!!」
「もらった!」
振り返りながら後ろ手に槍を突き出す―その目に飛び込んできたのはケイローンガンダムの後ろ足だった。頭部に強烈な一撃を叩き込まれたエルヴィンは、またしても血を噴いて後ろへ吹き飛ばされた。大槍から光が消える。
「…とどめだぁぁ!!」
悠然と振り返ったリュウは方天戟から赤い稲妻を放つ。体勢を崩したガンダムインテグラに雷撃が迫る―
「エルヴィン!!!」
吹き飛ばされたエルヴィンの目に光が戻る。逆手に持った大槍は再び輝きを宿し、雷撃を受け止めた。ガンダムインテグラはそのままはるか後ろへ押し出された。
二人の戦士
「…!エターナルガンダムか?」
「…アジャン…来てくれた、か…」
接近するエターナルガンダムに気づいた二人。既にビーム砲の射程に入っている。エルヴィンはそれを見ると気を失った。倒れ込むガンダムインテグラのもとにアランブラのベル・ドゥが駆け寄る。
「…間に合ったようだな…エルヴィン、よく持たせた!!」
「…ええい…次から次へと!今度は貴様だ!!」
着地したエターナルガンダムとケイローンガンダムは至近距離で睨み合う。イーグル基地以来の両雄の激突だった。左腕からビームを発振したアジャンが斬りかかり、悠然とリュウは打ち合わせる。
「…本国での戦闘でだいぶ消耗したようだな…その状態でこの俺に勝てると?」
「ちょうどいいハンデだ…貴様との勝負は長く楽しむに限る!」
「ぬかせ!!」
あの壮絶な連戦の後でなお、アジャンの刃は煌々と輝いていた。だが、リュウもエルヴィンを下してなお疲れさえ見せていなかった。当然のようにその勝負は長引き、二人の戦士は二人だけの世界に没頭していく。
アジャンは左腕のビームブレイドだけでリュウの攻撃を捌き続ける。リーチと出力に勝るビーム方天戟の斬撃を誘っては打ち合わせ、巧みに退いて基地への被害を避ける。
「どうした!時間ばかり稼ぎやがって!」
「…」
「そんなにこの基地が大事か?でぇい!!」
リュウは突如赤い閃光を方天戟から放つ。その稲妻はアジャンではなく基地を狙っていた。その光が放たれるより早く、アジャンはその切っ先に回り込んで稲妻を叩き落とす。
「…ふん!まだ力を残していたか!」
「…リュウ様!」
「…ん?」
「MASE軍が…MASE軍がこちらに!」
「…何?」
その会話を遮るように、アジャンが突如間合いを詰めて斬りかかる。その斬撃を防いだリュウの脳裏にアジャンの声が響く。
「…まだ気づかないのか?呂布の再来よォ…貴様らはあの女狐に囮にされたんだぞ?」
「…何だと?」
「俺は女狐の策に乗って本国を攻めた…レンダは本国を差し出してまで、幻獣軍のアキレス腱を無防備にした…これはMASEを乗せるための女狐の策…貴様らにこちらの防備を崩させて、MASE軍にこの基地を明け渡すための!」
「…ふざけるな!俺達が勝てば…」
「そうすればこの基地はレンダのものになった…だがこの基地は俺達にとっても要衝、素直に明け渡すはずがないとあの女狐は読んだわけだ…頑強に抵抗すれば貴様らといえども容易には制圧できない…こんな風にな!!」
アジャンの目が燃えるように輝き、呼応するかのようにビームブレードの出力が増していく。弾け飛ぶ共振粒子が二機のガンダムの装甲に散って焼き焦がす。
「女狐ははじめからマンタ基地をMASEに返すつもりだったんだよ!!ここまでの戦闘で基地の設備は半壊してる!その基地を明け渡したところで実害は少ない…恩も売れる…!そして何より…!!」
「リュウ様!脱出を!!」
「逃がすと思うか、リュウ・ベルベット!!レンダはMASEと違って人材の質にばらつきが大きい!貴様一人殺せば…」
「…テン、お前は急いで離脱しろ…まだ間に合うはずだ」
「リュウ様!」
「…俺は死なん!必ずだ!」
「…ご無事を…!」
テンの乗るリトヴァックが海へ去る。アジャンとリュウのアルス波の激突は壮絶を極め、迸る共振粒子が互いの装甲を焼き焦がしていく。それでも、方天戟の刃はあの残忍な白銀の騎士に最後まで屈することはなかった。気の遠くなるほど長い時間が過ぎていく。
「…!!」
「貴様などに殺されるか!俺は呂奉先の再来!最強の男だ!!!」
MASEのエクスプローラ艦隊が迫る。既にこちらを視認したらしい。共振粒子砲が放たれ、二人のそばを掠める。彼らにとってエターナルガンダムもケイローンガンダムも関係ないのだ。このマンタ基地を取り戻せるのならば、そこを制圧しかけたレンダ軍などいないほうが良かった。エターナルガンダムごと葬れるなど、千載一遇の好機だった。
「…残念だよ…貴様ほどの男を殺さなければならないなんてなぁ!」
「ぬかせ!!殺してみろ!!!」
「…殺すよ!!」
「…!?」
エターナルガンダムが宙に浮き、反動で後ろへ飛び退く。次の太刀を浴びせようとしたリュウの斬撃は空を切る。エターナルガンダムは砲撃飛び交う中、一人ひたすら空へ登り続けた。
「リュウ!生き延びたら今度こそ殺してやるよ!!ハハハハハハハ!!!アーッハハハハハハハハハハハハ!!!!」
煌々と吹き出す共振粒子の渦に守られたまま、白銀の騎士は宇宙へと吸い込まれていく。重力に縛られた武士は光の雨の中立ち尽くし、なおも砲撃をやめぬMASEの艦隊へ向き直る。
「…おおおお!最強を見せてやる!!!」
方天戟を高々と掲げた瞬間、大地に振動が走る。地が裂け、吹き出した炎が艦隊もろとも四つ足の怪物を飲み込んでいった。
化かし合い
破壊されたレンダ大会堂の地下にある司令センターでコウガは伝令の報告を聞いていた。
「…マンタ基地が自爆を?」
「は、突入したMASE軍は壊滅…当方の先遣隊も応答がありません」
「…」
「先遣隊は防衛隊との戦闘に入ったところまでは報告がありましたが、その後は何も…」
「…」
そこまで聞いた彼女は目を閉じて沈黙した。その思考は常人には追いつかないほど広く、深く、そして速かった。あえて言葉に起こすならばこのようになっただろう。
(…可能性として考えなかった訳では無い…キング・ハリドならばともかく、設備の整ったマンタ基地ならば自爆させることも十分可能だった…それはこちらも読めていた…)
(しかしハード島の本拠地を自爆させた時点で、MS工廠を含む大型の拠点は壊滅したはず…アジャンや他のパイロットとそのMSはたった一人で世界を相手に戦えるほどの…少なくともその望みを果たすだけの力は持たない…だからいずれは数を揃えての総力戦に持ち込まざるを得ないはず…)
(ならば重要なMS工廠を両方とも見捨てたのはなぜか?開戦当初ならばともかく、現状これだけ幻獣軍の活動が警戒されている状況下で大規模なMS工廠など確保できるはずがない…彼らにはそれだけの物資も人的資源も残っていないはず…)
(だから彼らは最も有効な一箇所を自爆させてこちらの戦力を削ぎ、もう一箇所を全力を投じて守る算段だった…私はそう読んで、一箇所の自爆を空振りさせ、もう一箇所の防御に戦力が割けないようにこのベイジンへ誘い込み、同時にレンダの指導者たちを始末させた…そこまでは私の読み通りだった…)
(アジャンの力は想像以上だったが…あの状態でMASEの大軍を相手にマンタ基地を守りきれる状態ではなかったはず…現に守りきれる状態ではなかったから基地を自爆させたのだ…結果的にはそこまでも私の思惑通りになった…)
(…私は、マンタ基地でエターナルガンダムを撃墜出来ると思っていた…最後のMS工廠である以上なんとしても守りきらなければこの戦争の勝ち目はなくなる…エターナルガンダムを地球上で撃ち落とすのは無理でも、何かの盾にさせれば…)
(…しかし、おそらくエターナルガンダムは生き残った…この状況で…もしこれが読まれているとしたら…)
ものの数秒の思考の後、彼女は静かに口を開く。
「…キング・ハリドへ向けた討伐隊は?」
「は、もうじき到着するかと…」
「…引き返しなさい」
「は?」
「急がないと危険です…撤退命令を!」
「は、はっ!」
「…キング・ハリド!聞こえるか?こちらはガンダムバルバロイのケリーだ!」
「…ケリーだ!こちらリウヴィル!無事だったか?」
「無事も何もあるものか!急いで戦闘態勢をとれ!キト・アルマが来るまでもたせるんだ!」
「え…キト・アルマがここに?」
「今あいつらはマンタへ味方を回収に行ってる!非戦闘員は人員と最低限の物資だけまとめろ!」
時間を少し戻して、マンタへ一直線に向かう洋上のキト・アルマ。
「…ケリー、動けるな?」
「…なんとかな」
「…いいだろう…ガンダムバルバロイでキング・ハリドへ向かえ…あの機体なら海上を通ってインド側から回り込むのが最短だ」
「…キング・ハリドに?」
「レンダ軍がおそらく討伐隊を向けているはずだ…我々はアジャンが時間を稼いでいる間にマンタの人員を回収してから向かう、アジャンの参戦と我々の到着まで時間を稼げ」
「…討伐隊が…なんでそんな事がわかる?」
「洋上で考えてみろ」
「…」
「…それで、考えて分かったの?」
「なんとなくな…案の定、アジャンはベイジンに誘い込まれたんだよ…それでいちばん重要なマンタへの総攻撃を許しちまった」
「…それじゃあ!」
「レンダ軍はその間にこっちも掃除する魂胆らしい…アジャンをわざわざ首都へ誘い込んで、幻獣軍の拠点をまとめて潰す魂胆だったんだ…多分」
「…それって、俺らは負けるって事…?」
「…いや、カイザーはそう言ってはなかった…今どっちが有利なのか俺達には全く分からねえが…負けそうな感じには見えなかった…」
「ケリー!MS隊準備できたぞ!防護柵もだ!」
「…MS隊って、何機いるんだよ」
「…2機」
「…へっ…しゃあねえな!リウヴィル!スコット!来い!!」
侵攻してくるリトヴァック艦隊が見える。ビームの火線が前線基地の防護柵を叩く。
謀略の勝者
「…流石に、疲れたな…」
マンタ基地の自爆の瞬間、上空へ逃れたエターナルガンダムは、いまや全速力でキング・ハリドへ向かっていた。その中で、14歳の少年が僅かな休息を取る。
ウィグルの力は20歳前後まで成長を続けるとされる。人工的にウィグルとしての力を覚醒させられた彼も、それは例外ではなかったようだ。ブラッドガンダムでL1の死闘をくぐり抜けたあの時よりも、彼のアルス波は強力になっていた。
「…女狐…大した奴だ…無能な味方は敵より怖いってか…?だが、俺はそうは思わない…どんな奴にでも、力を発揮する場所はある…問題はそこへ導くまでの時間を周りの奴らが許せるかどうかなんだ…お前らにそれを待つだけの力と器がないだけだ…」
「マンタの自爆で流石に気がついただろう…この戦争…この戦いで勝ったつもりだっただろうが…」
そこまで言うとアジャンは静かな寝息を立て始めた。
「…もう戦闘に入ってしまっていましたか」
「は、この状況で撤退させるのはかえって被害が広まると討伐隊は」
「撤退しなければ全滅しますよ?彼らは命令が聞けないのですか?」
「…は、し、しかし…」
「…良いです、どのみち…いえ、あなた達がいれば私は十分なのです」
「え…はっ!」
「…おそらく二時間しないうちに壊滅します…残念ですが、もう撤退は間に合いません…三基地に哨戒を怠らぬよう通達を…私は少し休みます」
コウガはそう言うと立ち上がり、敬礼する兵士たちに微笑みを返すと地下司令室を出た。すぐ隣に主席室がある。彼女は我が物顔でその部屋に入っていく。それを咎める主席もロン中将ももういない。彼女のライバルになりうるはずだった高官たちは、籠絡されたロン中将に追い払われた。主席の戦死がひた隠しにされるにしろ、形骸化した選挙で次の主席が選ばれるにしろ、いまレンダの権力の中心が彼女にあることは間違いなかった。彼女はそれを狙っていた。その意味で、確かにこの謀略の勝者はこのコウガ・イーに違いなかった。
入口のパネルを操作する。浴槽が自動で洗浄され、瞬く間に新鮮な湯が汲まれる。とても緊急時のために作られた地下シェルターの一室とは思えない設備だ。こんなものを作る場所があるなら、救える人間をもっと増やすこともできたはずだった。
彼女はその魅惑的な肢体を白く泡立った湯の中に沈め、薄い唇から長く息を吐く。
それだけ独りごつと彼女は口まで湯に沈めた。
(…MS工廠を手に入れた彼らが次に必要だったのはミスリルとアダマント…だが月は我々が掌握しているから、彼らは別の場所に活路を求めた…そのために唯一と言っていい艦隊を派遣し、おそらくはアステロイドベルトにまで出向いている…L1の大規模戦闘のせいでこちらも宇宙艦隊を大きく動かすことはできない、その隙を突いた策…)
(彼らには燃料の尽きないスラスターがある…それを前提とすれば資源衛星を引っ張ってくることも必ずしも夢物語ではないかもしれない…どの程度の時間がかかるのか定かではないが、アジャンの立場に立てば、自軍を持たせられるのはせいぜい数ヶ月…その程度の時間で帰ってこれると彼は見ている…)
(逆にその期間に戦力を根こそぎ削いで、MS工廠も破壊してしまえば帰還した衛星と僅かな艦隊など何の役にも立たない…アジャンはそう思っていたからこそ、レンダとMASEの連携を徹底的に妨害したうえで艦隊を送り出した…私はそれを読んで、ハード島を攻略する戦力をこちらから出した…ハード島の自爆の可能性はもちろん読んでいた…それをMASEへのポーズに利用するつもりでもあった…)
(それにMASEが乗ってこないようにアジャンはあの情報戦を仕掛けた…MASEはそれに引っかかって軍を出し渋ったが、そのあとのアジャンの動きを私は読んでいた…MASEが軍を出し渋れば、MASEを抑え込んで時間を稼ぐためにはレンダを叩くしかない)
(アジャンがどのタイミングで気付いたのかはわからないが、確かにどこかのタイミングで気づいてマンタに救援を送り、その後は自分も向かっている…私の狙いが最初からマンタだと気づいていたならわざわざ首都を攻める必要はなかったはずだ…私はこの時点までは完全にアジャンに読み勝っている)
コウガは火照った身体を湯から引き上げると、その脇にある木製のベッドにうつ伏せに寝転んだ。豊満な胸が木目に潰されてベッドの上に広がる。その前に両腕を並べると、鋭い顎をその間に挟んだ。
(だが…アジャンがこちらの狙いに気づいた瞬間…考えてみればその瞬間にもう私の勝ちはなくなっていた…過程はどうあれ結果的にはアジャンの送った救援により我々はマンタを制圧しそこねた…それどころかMASEの援軍が追いついてしまった…あれではたとえ討伐隊が生き残っていたとしてもMASEの軍勢に始末されたに違いない)
(そしてそれ自体がアジャンの狙いでもあった…アジャンは最初からマンタを囮にする覚悟があったのだ…そして私にそれを悟られぬよう、マンタが狙われていると分かった時点からマンタを全力で防御する振りをしてマンタを囮にした…それがあまりにも完璧だったから、私もMASEも信じ込んでマンタへの攻撃の手を緩めなかったのだ…)
(もちろん、アジャンとしては当初の狙い通りMASEが動かず、レンダが防御に徹して首都に籠もっている間にこちらの戦力を削げれば最善だったはず…そうすればマンタを自爆させる必要はなかった…だが、アジャンは必要とあればマンタを自爆させても良いと最初から考えていた…問題は、この状況でなぜそんな覚悟がアジャンにあったのか…)
(…答えは一つしか無い…私が前提としていたこと…地上の拠点と戦力をすべて失えばもうアジャンに勝ち目はないという、それが間違っていた…アステロイドベルトへ向かったあの艦隊の目的は資源の調達だけではない!)
彼女は少し冷えた身体を起こすと、シャワーの下に立った。熱い湯が体に残った泡を洗い落とし、続いて温風が吹き付けて湿り気を吹き飛ばしていく。身体を反らしてその長い髪を後ろに垂らすと、風がその髪を乾かしていく。
(…アジャンは当初これを隠したまま勝とうとしたはず…なんという男…今にして思えばヒントはあった…躊躇なくハード島を自爆させた…あそこには今使っている量産機のMS工廠があったはず…もしや、そのMS工廠は宇宙要塞でも利用できるよう初めから設計されていたとしたら…?)
(…しかし、結果的に私もこの事実を知ることになった…アジャンはマンタを自爆させるほかなかった、そこまで追い詰めていたからこそこの事実を引きずり出すことに成功したのだ…だが…我々はもはやアジャンの切り札を潰せなければ、開戦当初の物質的な優位はひっくり返されることに…)
(…潰し方は2つ…あの戦艦に乗ってどこかへ逃げるであろうアジャンを捉えて倒すか、あるいは切り札の宇宙要塞が地球圏へ来た段階で叩いて制圧するか…片方だけでも成功させなければ幻獣軍はもはやただのテロリストではなくなる…)
ローブを羽織った妖艶な女性が浴室から現れた。彼女はそのまま浴室の隣にある小部屋に入ると、誰もいない部屋に遠慮もなく甲高い水音を響かせた。
(もう一つ気がかりなのは…キング・ハリドで後ろから現れたあのガンダムとウィグル…あのリュウを止められるほどとすればアジャンにも匹敵するウィグルかもしれない…まさかとは思うが、ウェル・アジャンの名を考えれば…想起すべきウィグルが一人居る…)
(…アジャンが「ウェル」の号を使っているのは
ウェル・カイザーの再来を騙ろうとしているのだとの説もあるが、もしかするともっと深い関係があるのでは…?だとすると状況はより危険…宣戦布告のときのアジャンは子供のような若さだったが…まさか…)
やがて彼女は小部屋を出て、真新しいベッドに横たわる。バスローブがほどける。
「…ウェル・アジャン…私のところに来れば、可愛がって上げましたのに…」
キング・ハリド撤退戦
ガンダムバルバロイは両翼にベル・ドゥ二機を引き連れ、迫りくるリトヴァック艦隊に突撃していた。
「アジャンが来るまで死ななきゃいいんだ!艦隊を叩いてMSを地上に引きずり出すぞ!」
「了解!行け!」
ガンダムバルバロイが突入する。艦砲をホバーで巧みに避け、下からビームショットガンで砲台を撃ち抜く。両翼からMSが出撃してくるのを、ベル・ドゥ二機がそれぞれ狙い撃つ。
「…3隻18機…こんな基地一つに豪勢なことだ…」
「…MSの出撃は止められないね…それでも艦を沈めればプレッシャーになる…ごめんね!」
リウヴィルのベル・ドゥが空中を駆け、ケリーが砲台を破壊した一隻に肉薄する。左翼にビームショットガンが撃ち込まれ、左翼が爆発する。バランスを崩したリトヴァックが徐々に高度を下げ落ちていく。
「…凄いな、リウヴィル…」
「…落としたのか?各機続け!ベル・ドゥならMSを飛び越えられる!艦を叩けば奴ら何もできないぞ!」
スコットも空中を飛んで、出撃したアンジュらを飛び越えて行く。下からアンジュらの火線が迫る。
「お留守だぜ!」
空中のスコットに気を取られたアンジュ3機が後ろから迫ったガンダムバルバロイに刈り取られた。立て直した残りの3機がガンダムに向き直る。
「ケリー!」
空中からビームショットガンを構え、地上のアンジュ一機を撃ち抜いたスコット。しかしそのタイミングで後方の艦隊の共振粒子砲が直撃し、脱出ポッドが作動する。機体はそのまま爆散した。
「馬鹿!」
落下する脱出ポッドをガンダムバルバロイがキャッチした。残る2機のアンジュからビームが撃ち込まれたが、ミスリルシールドがそれを弾く。
「うっ!?す、すまない…」
「引くぞ!リウヴィル!」
墜落したリトヴァックの影から現れたリウヴィルがまたたく間に残る二機を撃ち抜く。
「二人じゃ無理だ!引くぞ!」
「了解…!アジャン、まだなのか?」
そこへ二隻のリトヴァックと出撃した12機のMSが迫る。
「リウヴィル!スコットを乗せて逃げろ!」
「ケリー!」
「このガンダムなら大丈夫だ…!」
ポッドを投げ渡すとケリーは艦隊に向き直った。向かってくる火線をシールドで防ぎながらビームショットガンを撃つが、間もなくショットガンにビームがかすって破壊される。
「くっそ!」
後退するケリー。すぐに歩いて逃げるベル・ドゥに追いついた。
「リウヴィル!ポッドを外せ!俺が運んで逃げたほうが速い!」
「ケリー…頼む!」
リウヴィルはコクピットにスコットを乗せ変えていた。ケリーは左のシールドの影に外れたポッドを抱えると、右手にはベル・ドゥのビームショットガンを持ってホバーで逃げ始めた。砂漠での機動力はアンジュとは比較にならなかった。
「キング・ハリドの場所は割れてるんだろ?」
「多分…俺らが逃げ切れても、あいつら基地に行っちゃうよ!」
「…どうすんだよ…」
「…わかんないけど見捨てるわけには行かないよ」
「…わーってるよ…基地へ行くぞ!」
レンダ軍は無邪気にもガンダムバルバロイとキング・ハリドを追い詰めた。その背後に流星が迫って居るとも知らずに。
悪夢
「アジャン!アジャン!モビルスーツがいっぱいきてる!」
「…この数は…さすがに親父でも…」
「そんな…」
「だってビームライフルがそんなに撃てないんだぞ!親父のアルス波があっても!」
「…じゃあどうなるの?ここは…」
「…地下に逃げるしかない…来い!ガンダムの格納庫の下の研究室が多分一番丈夫なんだ…!」
「エリザ様!何を…!」
「貴女はここで死ね!あたしのカイザーを奪った女!!」
「私はそんなことはしていません!そんな…!」
「死ね!死ね!!死ねぇ!!」
「食料は運び込んだか…」
「アジャン!母さんたちを連れてこないと!」
「…おふくろと、シスターをか…行くぞ!」
「アジャン!あれ…!」
「…おふくろとシスター?あんなところで何を…まさか…」
「母さん!かあさあん!!」
「…よせ!おふくろ!やめろ!!」
撃ち落とされたモビルスーツ、降り注ぐビームの雨。炎が二人の女性を包む。
「かあさあん!!」
「よせ!…もう、無理だ…」
「…ああああああああ!!!」
地下へ逃げ込む二人。間もなく轟く爆音。地鳴りは暫くの間続き、崩れ落ちる岩盤。そして不自然なほどの静寂。
「…アジャン…痛い…」
「待ってろ!何か、何か探してくる!…親父は?」
地上へ上がるアジャン。崩れ落ちた基地施設。島の地表は根こそぎ吹き飛ばされていた。
「…親父…?」
父の姿はどこにもない。
「アジャン…あの人はどうして母さんを…」
「…」
「どうして…どうして…」
「…」
「アジャン…僕を置いていくの…?」
「置いてなんか行きたくない…でもこのままじゃ…」
「アジャン…僕を独りにしないで…」
「……うあああああああ!!」
「はっ!?…はぁ…はぁ…」
エターナルガンダムのコクピットだ。もうじきキング・ハリドに着く。
「…ゆ…め?これが…夢?」
全身が汗で濡れている。こんなことは初めてだった。
「…なんで…まさか…フィレル…」
キング・ハリドが見えてきた。ケリー隊が戦闘に入っているらしい。
シート脇の給水器から水を飲む。
「…うおおおお!」
エターナルガンダムは急降下した。
飛び立つ流星
そこからの展開は説明不要だろう。空中から降り注ぐビームの雨に艦隊は沈み、左腕の光の刃にMSは切り刻まれた。
「ククク…ケリー、よく持たせたな!」
「…アジャン、ようやく来たか…」
「あと6時間ほどでキト・アルマが来る…MSはあと一機しか乗らないからベル・ドゥがいなくなってちょうどいい!全員積み込んで逃げろ!準備しておけ!」
「アジャン、乗り込んでどこへ行くってんだ?マンタも捨てたんだろ?」
「…先に言っとくが、貴様の期待したような場所ではないが…」
「…はぁ?」
「…カイザーの反乱のときの本拠地だ…俺達はキャプテンベースと呼んでる」
「…え!?」
「…その跡地だ、あんまり期待するなよ」
「…するなってほうが無理あるぜ、へへ」
「…まあいい、親父が来たら合流しろ、その後は指示に従え」
「了解!!」
そのとき、ケリーの抱えた脱出ポッドの中からの通信が入った。
「アジャン!」
「…リウヴィルか、スコットも…お前らもよく生き残ってくれた」
「…アジャン、どうしたの?なんか様子が…」
「…」
アジャンの様子に何か違和感を感じたのはリウヴィルだけではなかった。
「…汗だくじゃないのか?アジャン…この戦闘で消耗したんじゃないか?無理もない」
「…いや、まあ、そういうわけじゃないんだが…何にしても心配には及ばねえよ」
「…ならいいんだが」
「…」
「…アジャンは?来ないの?」
「…ああ、キト・アルマの移動先に奴らが気づかないように妨害するつもりだ」
「…エターナルガンダムもだいぶ消耗してるね…右腕のミスリルスラスターが動いてない」
「片腕で十分だ、今見せた通り」
「うん、まあそこは心配してないけど…気を付けて、何にしても」
「…ああ」
エターナルガンダムは踵を返して飛び立った。
「…共感力が高すぎるのも考えものだな…まあ、俺の望んだ通りなんだけど…」
「…女狐がこちらの意図を読んだとしたら、キト・アルマが宇宙に脱出する可能性は必ず考える…そいつらを引き付けられれば十分だ…そうしたら、後は…」
「…キト・アルマには4機のガンダムと一通りのパイロットがいる…エルヴィンは出られないだろうが他のメンツで十分に艦は守れるはずだ…その間…」
「エターナルガンダムが単独行動を?」
「ああ、キト・アルマから敵の目をそらすとか」
「……いいだろう、お前たちはこのまま合流しろ…狭いがしばらくの辛抱だ」
合流したカイザーの表情は険しかった。
飛来する悪夢
「…レヴィ!ミスリルコアの点火準備完了だ!」
「おつかれさま、セイバー…要塞上の全員は衝撃に備えて!セイバー、ミスリルコア点火!」
「おうよ!」
レヴィンスキー艦隊は、小惑星帯でミスリルとアダマントを豊富に含む大型の天体を発見していた。大型と言っても直径20kmほどで、おそらくは鉱物資源を豊富に含む天体に小規模な天体が衝突してできたものらしい。この手の天体はこの小惑星帯には豊富にあり、発見そのものは苦も無く達成できた。簡単な話で、艦隊やMSからビームを天体に撃ち込めばミスリルを豊富に含む天体であればビームの弾かれ方が違うのだ。
むしろ彼らを苦労させたのは、その内部にミスリルコアとMS工廠を建築するという仕事だった。特に無重力下でMS工廠を建設するのは人類初の試みだったと言っていい。現状、東西両国の生産能力を考えれば地球で作って宇宙へ運んだほうがはるかに効率が良い。宇宙空間ではMSの簡単な整備くらいは可能でも、実際のところ重力の異なる空間で利用可能なMS工廠を設計するという事自体が極めて困難だったのである。故に仕事に当たった彼らは、1Gの重力下でも無重力下でも稼働可能な自動MS工廠を、宇宙に出たこともないのに脳内だけで設計してみせたアジャンの知能に驚愕せざるを得なかった。
しかし、この仕事を達成した一番の功労者は言うまでもなくSLUの彼らそのものだった。ビーム兵器の扱いこそウィグルとしては最下層とされた彼らも、宇宙空間にてこういう作業をすることにかけては右に出るものはいなかった。
「……成功!成功だ!直結ミスリルスラスター稼働!」
「…これで地球に帰れる…スラスター稼働!徐々に加速!」
要塞表面に着艦したレヴィンスキー艦隊は、その加速度を身体で味わった。これだけの大質量にこの加速度を与えられるミスリルスラスターの出力は想像を絶する。
「…凄いな…本当にこんな要塞一つ動かすだけの出力があるんだねー」
「ミスリルスラスターかぁ…俺には原理がさっぱりだよ」
「俺も聞いただけだけどねー。普通のミスリルコアは…そう、ピスタチオってあるじゃん?あれの殻みたいな構造になってて、その中にロス連鎖を閉じ込めとくと、両方の殻に凄い高い電圧が出るって設備なんだけどねー。その殻の形を最適化して隙間を広げるんだって」
「…隙間を広げたらロス粒子が漏れ出さないのか?」
「そこなんだよねー。どうも電圧とロス粒子の共振度、これがロス粒子の生産量とトレードオフになってて、絶妙な幅にすると電力の代わりに未共振のロス粒子をとんでもない量得られるんだってさ。これを吹き出して反力で進むって話らしいよー。しかもこの幅を調整すれば粒子の生産量をいじれるってことにアジャンは最近気づいたってさ」
「…お前も、めちゃくちゃ頭いいんだな」
「まあねー。勉強するくらいしかやることなかったし」
ミスリルスラスターが稼働すると同時に、内部のMS工廠も活動を初めた。自立型のロボットが鉱石を掘り出し、精製し、それがMSに変わっていく。地球圏へ到達するまでの2週間で60機くらいは出来上がるだろう。
「…それにしても、今回は無事に終わってよかったよ」
「…今回は?」
「ああ、実は…月面基地には亡霊の噂があってな…5年ほど前だったか…そう、カイザーの反乱が起きてすぐくらいだったと思うが、基地で見慣れない子供を見たって話を急に聞くようになってな」
「…」
「それと並行して基地の設備が頻繁に変な壊れ方をするようになったんだよ、部材が何か凄い力で捻じ曲げられたような…一時期は犯人探しもしたけど、数週間くらいで収まったんだったかな…まあ、正直メンツはウィグルばっかりだったからやろうと思えばできたやつもいただろうし、誰かが憂さ晴らしにやったんじゃねえかと俺は思ってたけどな」
「…ふーん」
「ただ子供は気になるんだよなあ…最初はかわいい子供がって話だったんだけど、しばらくするとだんだん目の無い子供だとか空を飛んでたとかそういう感じの噂になってきて…集団催眠か何かだったのかなあ」
「…」
「そういえば、ちょうどその頃に悪夢をよく見るようになったって話も聞いたな。っていうか、俺も見た…目の窪んだ子供が鬼の形相でこっちを見てる夢…目が窪んでるから表情なんて分かるはず無いのにな」
レヴィンスキーは艦長席で首をすくめて縮こまっていた。
「…レヴィ?」
「…ん」
「…あれ?意外とこういう話には弱いのか?」
「…ばか」
そのころ、地球のレンダ軍大会堂地下では奇妙な会話が繰り広げられていた。
「コウガ主席!ユエ基地の定期便部隊から、大型の飛翔体が地球へまっすぐ向かっているとの報告が…」
「…来ましたか…」
「その上、エターナルガンダムらしき機影がその方向へ飛び立ったことも目撃されたようです」
「…その飛翔体が幻獣軍の宇宙要塞である可能性は確定的です…定期便に哨戒部隊を出させなさい、接近して様子を探るのです…MSでも出てきたら一斉攻撃を行います」
「…コウガ司令、いつの間にか主席になったんだな…」
「適任だよなあ…あの死に損ないのジジイが死んでくれてよかったよ」
「本当だよ、ああいう人が上に立てば世の中変わると思うんだよな」
「だよなあ」
「…で、あれが幻獣軍の宇宙要塞?」
「って可能性があるから調査するんだろ?」
接近した二機のアンジュとは、間もなく連絡がとれなくなった。まるで亡霊にでも魅入られたかのように。
流星と悪夢
不自然なほど一直線に地球へ向かって飛んできた隕石。レンダ軍が幻獣軍の宇宙要塞と勘違いしたのも無理はなかった。
その隕石に身を隠して、亡霊は最愛の少年のもとへ忍び寄っていた。そして、エターナルガンダムもまた静かにその隕石に向かう。
「フィレル…」
アジャンはいつの間にかパイロットスーツを着込んでいた。彼には確信があった。かつて幼少の時間をともに過ごした、親友という言葉では言い表せない愛情を抱く相手…フィレル。彼がどこから来たのかはアジャンは知らなかったし、当然フィレルも知らなかった。ただ、物心ついたときには少し小さい少年が一緒にいて、それからずっと時間を共に過ごしたことは覚えている。
どういうわけか父カイザーはフィレルを避けていた気がするし、母…ウェル・エリザもまた彼には妙に冷たかった。少なくとも彼はエリザの子供ではないような気がしていた。これもアジャンは経緯は知らなかったが、両親とともに小間使のような女性が一人居た。その人の息子だったのかもしれない、と思ったのは後の話だ。
アジャンはその女性をシスターと呼んで懐いていた。母エリザは物心ついたときから自分を愛していないように感じていた。シスターから愛情を感じていたわけではない。ただ、彼女は優しかった。幼いアジャンにはそれで十分だった。
「…フィレル…生きてたのか…?」
アジャンの異常に強化された知能は、物心ついたときから父カイザーのガンダム開発の手伝いが出来る程度には年齢離れしていた。一方、共感性に関して彼の発達はむしろ遅い部類だった。幼い彼は、自分の愛するフィレルが誰で、どこから来たのか、疑問に思うことはなかった。ただ目一杯自分の愛情を受け止めてくれ、自分を目一杯愛してくれる。両親―という単語さえ当時は意識したことはなかったが―に愛されなかった彼は、シスターに甘え、フィレルと愛し合って人間性を育んだのだ。
だが、彼は後にその愛するフィレルを"見捨て"、ハード島に移る。彼はそこでSNSアノニマスを通して人間の主要な感情、歴史、文化を学習する。彼はその異常な知性を使い、その貧弱で歪んだ人間性にハリボテの人格を貼り付けた。島を出て初めて触れ合った"他人"は彼には測りがたく、何度かズレたコミュニケーションをやってしまった。他の誰にも見せていないだけで、その記憶は彼の魂に棘のように刺さっている。
自分がズレた存在であるという確信が深まるほど、彼の魂は帰る場所を欲していた。あの時からずっと愛し続けていた少年の存在を。
「…フィレル…俺を…俺を…!」
隕石は思ったよりは小さかったが、直径数kmはあろうか。その中に誰かのアルス波を感じる。
接触どころかこれだけの距離で岩盤を隔ててなお、感知できるほどのアルス波を独りで放っているとしたら、やはり別格の…自分よりも優れたウィグルであることは確かだ。
「…俺を許さないならば…俺を殺してくれぇッ!!」
アジャンは左腕から渾身のビームを放つ。岩盤に直撃してデブリが飛び散る。
「先遣隊の二機、シグナルロスト!」
「おのれ!やはり幻獣軍の要塞か!?それにしては小さいようだが…MS出撃!距離を取って偵察しろ!」
「…隊長!エターナルガンダム接近!」
「何!?退避だ!この数では勝ち目がない!!」
「…エターナルガンダム…隕石に攻撃開始!」
「…何だと?どういうことだ…?」
岩盤に接触したエターナルガンダムは続けて左のビームブレードを発振し、岩盤を右上、左上へとX字に切り裂く。岩盤の傷は赤熱してただれ、隙間から中の邪悪が覗く。
エターナルガンダムは岩盤を離れると、メインスラスターを正面に向け共振粒子のバリアを展開した。
「…ぬおおおおお!!」
そのままホバリングスラスターをふかして切断された岩盤に突入するアジャン。壁が砕け散る。
「…フィレル!フィレルなんだろ!?」
隕石の中は空洞だった。その中に一機のMSらしきものが鎮座している。
「らしき」というのは、そのMSはもはやMSの体裁を成していなかったからだ。手足はもげ、コクピットがあろう胴体と完全に切り離されて、ただ並べられているだけだった。その上に頭がある。
崩れ落ちた装甲材からは判別しがたい。だが、どうも旧式の量産MSの部位をつぎはぎしたらしい。
ただ、頭だけはオリジナルだった。オリジナルと言っても、鉱石を彫り込んだ、いわば石の彫刻をただ載せている有り様だった。その顔はガンダムのそれだった。
プライマルガンダムにどこか似ていた。
「…フィレル…!」
「…ここにいるよ、アジャン…」
声が聞こえる。真空の宇宙でそんなはずはない。だが確かに聞こえる。
これは、ウィグルとアルス波で会話するときの感覚そっくりだ。今、エターナルガンダムはミスリルもロス粒子も触れていない。間違いない、フィレルはあのガンダムの中だ。あの中から、空間を介してアルス波をアジャンに届けているのだ。そんなことができるウィグルなど一人しかいない。
「…フィレル…」
「…やっと会えたね、アジャン…ずっと待ってたよ、ずっと…」
「…フィレル!俺は…」
「言わなくても分かるよ、アジャン…」
「俺には分からないんだ!!フィレル!お前は俺を…」
「…分からないの?」
「…ひッ」
恐怖で喉の奥が鳴った。これも初めてのことだった。
後を継ぐフィレルの声が歪んでいく。
「…教えてなんかあげないよ、アジャン…分 か る ま で 苦 し め」
煉獄の苦痛
周囲に散らばるMSの手足が浮かび上がり、周囲に黒い波動が満ちていく。おそらくは共振粒子だ。
この空間にはほとんどロス粒子が存在していない。にも関わらず粒子が叩き出され、共振していく。フィレルが自らのアルス波を空間にぶつけてロス粒子を生成しているのだ。それをこの規模で…明らかに世界に類する者のない異常な力だ。
ビームをまとった手足が、アジャンに向けて飛んでくる。アジャンはそれをビームブレイドで叩き落とした。それでもなお、次々と黒い愛憎をまとった四肢がアジャンに向かってくる。
「よせ!フィレル…!こんなことをしたら!」
「…アジャン…せっかく抱きしめようとしてるのに…僕にはもう手足もないんだよ?君を抱きしめるための…」
「フィレル…俺が…俺がお前を…」
「言わないで、アジャン…君は僕を見捨てたと思ってる…でも、僕はね、君の役に立てなくなったんだから、喜んで死ぬつもりだったんだよ…?」
「…っ!?何でだよ!何でお前はそんなに…!」
「理由なんかないよ…考えたこともない…僕は君が好きなんだ…それだけ…」
「それは!それは俺だって!!」
「でも…知ってるよ?君は僕を避けていた…」
「…ひっ」
動揺した隙に右腕がエターナルガンダムの頭部―アジャンのいるコクピットに組み付く。動力などとっくに失ったはずの右手がアジャンの視界のすべてを覆い尽くす。エターナルガンダムの左腕から光が消える。アジャンは呆然とその黒く輝く掌を見つめていた。
「あ…ああ…フィレル…ちがう…」
「違わないよ…君はキャプテンベースを去ったあと、一度も戻ってこなかった…本当は、君は…僕が怖かったんだ…瓦礫の下で死んだ僕を見るのが…」
「…な、んで…それを…おまえ、なんで、月に…」
「…僕ね、君がキャプテンベースを出て…そう、僕は死にかけた…その瞬間に、ウィグルになったんだ」
「…あ…あ…!」
「もう少し早ければ、君に連れて行ってもらえたのに…あのときは君もウィグルじゃなかった…君を…君の居場所を感じることはできなかった…アルス波で瓦礫を吹き飛ばして抜け出した僕は、君の行き先を知ることはできなかったんだよ」
「…フィレル…」
アジャンを焼き殺そうと思えば容易にできるような状況で、フィレルはひたすらMSの右腕を握りしめていた。アダマントの装甲がメキメキと音を立て、コクピットのアジャンにも伝わる。
「…君の目的は分かっていた…お父さんに、カイザーに、きっとそう思うように造られたんでしょう?君は逃げ出して、そして、次の力を得て、世界を変えるんだって」
「…」
「僕はその邪魔はしたくなかった…本当は君を探しに行きたかったけど…僕にそんな時間はもう残ってなかった…だから、最後に、君の役に立ちたかったんだ」
「…」
「僕は月へ行った…レンダの定期便に隠れてね…そして残っていた力をユエ基地とムーンベースにぶつけたよ…何もかも壊したくて…君の力になりたくて…」
「…」
「ある時施設の壁を壊したら、真空の外に吸い出されたよ…でも、僕は死ななかった…僕は真空でも生きられた…今考えたら当然だよね、呼吸するのはエネルギーが必要だからだもん…僕にそんな物は要らなかったんだよ…宇宙服だって要らなかったんだ…僕は自分で自分を守れるんだから」
「…お前…それは…」
「…そう、僕の身体はもう死んでたんだよ…そして脳が死ぬ、その瞬間に身体が自由になる…皮肉だよね…」
「…それで…月に…」
「…月の基地を…月を壊せば、君を助けられる…そう思ったけど、無理だった…僕には星を壊すだけの力がなかったんだ…それで待ってたんだ、月で…君が来るのを…」
「…フィレル…」
声が再び憎悪に歪む。取り付いた右腕に黒い波動が宿る。
「…君はキャプテンベースに来ることも、月に来ることもなかった…君は僕に会うのが怖かったんだ…自分が見捨てた僕に…自分の無力を象徴する僕に…」
「…フィレル…それは…」
「…ふふふ…君がこうして生きて、あの爆発でも生き延びてる…それで確信したよ…あの時の爆発…僕を殺した爆発…そう、カイザーもまだ生きてる…」
「…」
「…そう、ということは、君はキャプテンベースに行こうと思えば行けたんだ…でも、分かったよ、君はまだ、僕の痕跡さえも目にしていない」
「…」
「…僕の見せた夢…あれがなければ、君は僕を忘れることができた…そうはさ せ な い よ」
愛
漆黒に輝く右腕。
「よ、よせ…フィレル…」
「…いつの間にか、僕はこんな化け物になっちゃったよ…でも、いいんだ…これで君と、ずっと一緒にいられる…」
エターナルガンダムの頭部が溶け始める。瞬間―
「…!」
赤い閃光、弾け飛ぶ右腕。溶けて崩れ落ちたエターナルガンダムのコクピットから、パイロットスーツも着ずに、アジャンが右手をかざしている。自身が放射するアルス波で直接右腕を叩き落としたのだ。その身体からは燃えるような赤い波動が迸っていた。
「…本当だ…呼吸なんて、要らなかったんだな…」
「…アジャン…?」
「…フィレル…お前の考えはほぼ正しい…お前の言う通り、俺はお前に会うのが怖かったんだ…キャプテンベースに行かなかったのも、月へ自分で行かなかったのも…キャプテンベースに行けばお前が死んだかどうかが分かるし、俺のところに来ない以上、生きていれば間違いなく月にいる…どんなに低い確率でも、その事実を知ってしまうのが怖かった」
「…」
「…でも、それは…それはお前を忘れたかったからじゃない」
「…え?」
アジャンはエターナルガンダムのコクピットから飛び出した。
「俺がお前を忘れられると思うのかよ!フィレル!お前は俺にとって…俺にとってたった一人の…!」
糸の切れた操り人形のようなMSの、その中心へまっすぐ向かうアジャン。そこには最愛の人がいる。
右手の拳でその装甲を殴りつけると、音も立てずにその外壁は砕け去った。そこにあったのは…脳髄。不気味に黒く光る脳髄。その周辺はロス粒子に満ちていた。魂は脳の機能であると言ったのは誰の説だったか。
「フィレル!!」
アジャンは脳髄となったフィレルを抱きしめた。黒い波動が一瞬にして青く溶けていく。
「…アジャン…君は、僕を…」
「…言わなくても、分かるんだろ?」
「…うん…」
「馬鹿…こんな石ころに隠れて…俺に会うのが怖かったのはお前のほうじゃねえか」
「…だって、だって、僕、こんなになって…」
「どうなったってお前はお前なんだよ…でも、そんなに言うなら考えがある」
「え…?」
「…今は、帰るぞ…!」
「…隕石内に入ったまま、エターナルガンダム、出てきませんね…」
「…砲撃準備をして本国の指示を待つ…何かがおかしい」
レンダの定期便輸送艦、ウォン・ファンが共振粒子砲を開こうとしたとき、地球からの通信が入った。
「…コウガ・イーです」
「主席!」
「…発見した隕石内にエターナルガンダムが入っていったと?その後はどうですか?」
「それが、もう2時間は経とうというのに出てくる気配がありません…」
「…先遣隊のMSは撃墜されているのですよね?」
「…は、撃墜と言うか、連絡が取れません」
「…このまま行けば、地球に落ちるのですね?」
「…はい、あの大きさといい、資源衛星であるようには見えません、周辺に艦隊もいませんし…もしかすると幻獣軍の質量兵器なのでは?」
「……質量兵器だとして、地球のどこに落ちますか?」
「は、計算上は太平洋の真ん中あたりです」
コウガは一瞬目を閉じる。
(…質量兵器?そんなはずはない…あの大きさでは中が中空だろうと落ちれば地球に甚大な被害が及ぶ…ここまでのところ、アジャンは民間人への被害は極力抑えて戦っている…たとえ宇宙要塞の計画が頓挫するかしても、地球ごと滅ぼすような自暴自棄に出るような相手とは思えない…)
(それに、そうならばアジャンが中に入る必要も考えられない…現状の軌道では太平洋に落ちる…アメリカ大陸かこちらに落とすために軌道を変えるにしろ、中に小破したガンダム一機で入って何が出来るものでもないはず…できるにしても時間をかけすぎだ、軌道を変えるならば早ければ早いほど良いはずなのに)
(逆に破壊しようとしているとしたら?それも早いほうが良いのだから入って二時間も何も動きがないのはおかしい…第一、入らなくても外から攻撃すればよいだけの話だ…アジャンならばそれで十分…)
(…となると、自然に発生した隕石ではない…?しかし、あれだけの質量を推進機を付けずに加速できる方法などあるはずが…いや、まさか…?)
時間にして数秒の思考の後、彼女は再び目を開いた。
「…砲撃しなさい、ただ、射程ぎりぎりまで距離をとるように…エターナルガンダムが出てくるおそれもあります」
「…は」
「…無理はしないように…おそらくですが、あの星は落ちない確率のほうが高いです」
「…え?」
「しかし万一のことがあります、念のため外殻になるべく損傷を与えてください…しかし、危なくなったら逃げることです」
「…は」
通信を切ると、コウガは近衛兵に命じた。
「…東欧戦線のシャンロン特務兵を呼び出してください」
「…え?」
「…この国に残るウィグルの中で一番強力なのは彼です…彼に聞きたいことがあります」
レンダ艦隊の砲撃が始まった。二人だけの星に火線が迫る。外殻に着弾したビームは岩盤を砕き、中に振動を伝える。
「…ごめんね、アジャン…僕、この星を…地球に…」
「分かってる…俺のせいなんだ…エターナルガンダムを自爆させる、それでこの星を壊す」
「…ごめん、ごめんね…」
「謝るな!コクピットがもう無いからこいつを自爆させるにはアルス波でミスリルスラスターを暴走させるしかないんだ…フィレル!」
マントの中にフィレルを隠し、目を閉じたアジャン。次の瞬間、彼の右目は漆黒に染まっていた。それは紛れもなくフィレルの目だった。
「…幻獣よ!俺に力を貸せ!!」
流星の堕ちる先
主席室のモニターで、女狐は長い髭面の男と向き合っていた。
「…白虎と玄武は死にましたか…それに朱雀…リュウ・ベルベットも行方不明、と」
「…はい、私の力不足で…あなたには盟友を失わせてしまい、申し訳ありません」
「…盟友?ハハッ…奴らは私にとって好敵手ではあっても、盟友と思ったことは一度もありませんな」
「…そのお言葉は頼もしい限りです」
「…しかしあの二人はともかく、あのアジャンという男、リュウ・ベルベットをも倒したとでもいうのですか?あの男、確かに頭は足りませんが、戦って負けるなどとは…」
「…いえ、決闘に敗れたと分かったわけでは…ただ、マンタ基地の自爆に巻き込まれたので、いくらあれほどの男でもおそらく生きてはいないのではないかと」
「…」
「…シャンロン?」
「…ハハハ、主席…女性には…失礼、ウィグルでない者には分からない感覚というのがあります…それも、とびきり優れたウィグルでなくては分からない感覚というものが」
「…そうです、私はそれを聞きに来たのです」
「…ハハハハ…貴女は確かに、普通ではないようだ」
モニタに緊急通知が入る。司令室の近衛兵からだった。
「し、主席!」
「…失礼…なんですか?」
「隕石が…隕石が爆発しました!」
「…そうですか…破片は大気圏で燃え尽きますね?」
「あ…はあ、おそらく…」
「…結構です、艦隊は無事ですね?」
「…は、通信は生きています」
「…結構です」
近衛兵の慌てた様子に、女狐の冷静さは対照的だった。彼女は近衛兵の通信を切ると、シャンロンの画面へ向き直った。
「…失礼しました」
「…その御様子だと、大方お見通しで、確信を得るために私の話を聞こうとした、といったところですな」
「はい…ご承知のように私は女性で、ウィグルではありませんので」
「…ハハハ…並のウィグルより、貴女はウィグルのことをよくおわかりのようだ…レンダの行く末が楽しみになってきましたよ」
「…では、私の推測が正しいと?」
「…ありえなくは無い、といったところでしょうか…しかし、あれほどの隕石を動かすとなると、正直に申し上げれば、私や、おそらくはリュウでも難しいでしょうな」
「…アジャンならばやってのけると?」
「…容易とは思えません」
「…では、もし貴方がたや、アジャンをも上回るウィグルがこの世にいたとしたら」
「…貴女のご質問は、もし身長1kmの人間がいたら、どのような岩を持ち上げられるだろうか、というようなものです」
「…よく、分かりました…」
エターナルガンダムの自爆により、隕石は内部から破壊され、破片となって大気圏に降り注いだ。キャプテンベースでキャンプの設営にあたっていた面々は、宵闇の中、真上から降り注ぐ流星群を見た。その先にはアジャンがいるはずだ。
「みんな!あれ…!」
真っ先にその異変に気づいたのはリウヴィルだった。
「あれは…何だ?隕石?」
「アジャンの野郎!なんであいつはこう他人に心配ばっかかけるんだ!?」
アレスとケリーが交互に叫ぶ。現場の狂乱をよそに、ベトルーガは一人モニタにかじりついていた。彼はアノニマスの情報を必死で追っていた。
「…巨大隕石の襲来…アジャンが向かった方角は一致する…あの破壊がアジャンによるものかもしれぬが…」
その様子をスコットが見咎めた。
「…ベトルーガ、それはどういう意味だ?アジャンが自爆でもしたっていうのか?」
「…可能性は否定できん」
「…じゃあ、アジャンはどうなる?隕石から地球を守って死んだっていうのか?」
「…」
「…くっそ、アジャン…」
その喧騒の中心で、カイザーは憮然とした表情で宇宙を見つめていた。
誰もが英雄の死を信じた直後、数km先の洋上に一本の水柱が高々と上がる。
「…!?…アジャン?」
リウヴィルが叫ぶ。
「…アジャン!アジャンだ!生きてる…ウィグルのみんな、手を貸して!!」
彼は動ける者たちを連れ、洋上へ駆け出した。洋上に全裸で浮かんでいるアジャンを見つけたのは、捜索が始まって焼く20分後のことだった。
不死鳥と悪夢の龍
発見されたアジャンは呼吸をしていなかった。彼はすぐさま、キト・アルマの病床…エルヴィン・ジャスティの隣に運び込まれた。一糸まとわぬ彼の身体には大きすぎるジャンパーがかけられていた。リウヴィルの優しさだった。
「…アジャン!?なんで、こんなことに…」
「アランブラ君、手伝って!蘇生器を…息してないんだ!」
「え!?心臓は…」
「わかんない…脈はとれない…」
「…繋いだぞ!」
「…だめだ、心臓も止まってる…」
「リウヴィル離れろ!電気ショックを!」
ショックのスイッチを押そうとしたアランブラの手首を、死んだはずのアジャンの手が掴んだ。
「ひぃあ!?」
思わず情けない悲鳴をあげて飛び上がるアランブラ。状況が飲み込めないリウヴィル。
「…え?アジャン?」
次の瞬間、蘇生器の心臓モニタが拍動を認めた。
「…うげっ…ゲホッ…ゴホッ…」
「あ…アジャン?」
「ぜぇ…はぁ…ゴホッ」
「ど…どうする?なにか…」
アジャンはベッドの上で跳ね起きると、リウヴィルのジャンパーの上に大量の海水を吐き出した。さっき飲み込んだか吸い込んだかしたものらしい。
「はぁ…」
「…アジャン…?」
「…助かったぜ、リウヴィル」
「…あ、うん…」
「…これ、お前の?悪いな、塩水漬けになっちまった」
「あ、うん…それは、いいんだけど…」
「…さすがに宇宙から海面に落っこちたら水は口に入るよなあ」
「…」
腕を握られっぱなしのアランブラはずっと固まっていたが、ようやく口を開いた。
「…おい、アジャン…」
「…あ、アランブラ…エルヴィンは無事か?」
「…あ?ああ、重い怪我じゃない」
「…そうか…」
アジャンはそこまで言うと、アランブラの手を離してまたベッドに倒れ込んだ。
「…アジャン?何かいる?」
「…いや…寝る」
それだけ言うとアジャンは水浸しのジャンパーをリウヴィルに投げ返した。アランブラは嫌でもその特徴のない全身を見る羽目になった。
「…おい、アジャン?」
「…スゥ…スゥ…」
「…寝てる…信じらんねえ」
アランブラはアジャンの身体にタオルをかけてやった。
「…アランブラ、後をお願いできる?」
「…あぁ、こいつどうせ寝てるだけだろうし」
「…うん、ありがとう、よろしく」
リウヴィルが医務室を出たあと、アランブラはまたエルヴィンの横に座って長く息を吐いた。
「…災難だったな」
「…見てたのか」
バツの悪そうに答えるアランブラを、エルヴィンは優しい微笑みで見た。
「…宇宙から落っこちたって…それで生きてられるもんなのか?いくらウィグルでも…」
「…大気圏を突破したあとなら、宇宙服でも着ていて酸素があれば、物理的には不可能じゃないかもしれないが…」
「…あいつ、隕石を自爆で破壊したって言ってた」
「…じゃあ、大気圏の外で宇宙に飛び出したのか?宇宙服も着ずに?」
「…」
「…」
「…あのいつものローブに仕掛けがあるのかな」
「…かもな…」
「…寝るか、もう遅いし…なんかあったら呼べよ」
「…ああ、ありがとう」
アランブラは医務室のソファに横になった。幻獣軍の総員を収容するにはキト・アルマは狭い。各部屋に無理やり人を詰め込んでいる状態で、医務室が彼の寝床だった。
その夜、彼は夢を見た。会ったことのない黒髪と赤目の美しい少年が、眠るアジャンのそばに横たわっている。その身体には実在感がない。なんというか、どことなく、この世のものではないような、超然とした神秘的な印象を与える少年だった。正確に言えば、そのぼやけた輪郭と顔立ちからは性別さえまともに判別できないはずだった。にもかかわらず、アランブラにはこの少年が誰なのか、なんとなく分かるような気がしていた。
「…アジャン…アジャンの中、あったかいね…」
脳内にその少年の声が響く。彼の声など聞いたことはないが、たしかにその少年の声だとわかる。
そして、眠っているはずのアジャンの声が脳内に響く。
「…ずっと寒かっただろう?」
「うん…でも…もう大丈夫…アジャンと一つになれたから…」
アランブラはその異様な光景を呆然と見ていた。ふと気づくと、横にエルヴィンもいる。彼も同様に、状況を理解できない様子だ。
彼はエルヴィンに呼びかけようとした。しかし、口は動くのに声が出ない。掠れた、声にならない声が僅かに絞り出せるだけだった。彼は必死に声を上げようとした。
その様子にエルヴィンが気づいた。しかし、彼もまた声が出せないのか、ノイズのかかったような声が僅かに聞こえるだけだった。アジャンと誰かの声が大きすぎて、それは聞き取れなかった。
二人の声はどんどん大きくなっていく。
「…僕たち、ずっと一緒にいられるかな」
「…俺もそうしたい…けど…多分、無理だ」
「…やっぱり、無理だよね…一つの体に二人いるなんて…」
「…だから、もう一つ器がいるんだ…」
「…アジャン、そのために、僕を…」
アジャンの身体が燃えるような赤いオーラに包まれていく。それと同時に、少年の身体も黒い波動を帯び始める。やがてアジャンは燃え上がるような火の鳥に、少年は黒く長い龍へと姿を変えていった。黒い龍は飛び立とうとする火の鳥に巻き付き、やがて同化していく―
本当の力
「…はっ!?」
アランブラは目を覚ました。悪夢―というにはあまりにも幸福すぎる情景が、頭から消えていく。彼はなんとなくそれを忘れてはいけない気がして、消えかかる記憶を必死に反芻した。
気づくと館内の照明が明るくなっている。時計を見た。明らかに寝すぎだ。飛び起きた彼は病床を見た。アジャンのベッドは空だった。エルヴィンも今しがた目の覚めたところらしい。その彼と目が合う。
エルヴィンの表情もどこか憔悴していた。間違いなく同じ夢を見た、二人はそう確信した。間もなく医務室のモニターに通知が入る。アジャンが全軍に何かを呼びかけるようだ。二人は夢のことを語り合う暇もなく、モニターを見なければならなかった。
「…おはよう諸君!だいぶ動揺させてしまったが、俺はもう大丈夫だ!」
アジャンは屋外に立っていた。半日の休養で完全に回復したらしい。宇宙から落ちて半日で…
「レヴィンスキー隊と連絡を取るために宇宙に上がり、そこで地球へ落下する隕石を見た…あれを破壊するには内部でガンダムを自爆させるしかなかったわけだが、ローブを盾にしてアルス波で身を守りながら大気圏に落ちた…初めての試みだったがうまくいってよかった」
スポーツ選手のコメントのようだ。
「それはいい!諸君、良いニュースがある…レヴィンスキー隊は資源衛星の奪取および宇宙要塞の建設に成功した!わが幻獣軍はこの宇宙要塞をテスティクルと名付けた!テスティクルでは既に新型MSと艦隊の量産が進んでいる!これまで我々を苦しめた物量差はもはや存在しない!」
エルヴィンが引いた表情を見せた。
「…て、テスティクル?」
「…どうした?どういう意味だ?」
「…古い言葉で…まあ、睾丸、だな」
「…は?」
「…要は精巣、生殖器だ」
「…はぁ?キンタマ??」
「…MSの生産工場があるから名付けたのかも知れないが…」
「…ぶふっ…あいつ、名前をつけるのだけはからっきしだな」
さすがのアランブラも苦笑せざるを得なかった。その間もアジャンの演説は淀みなく続く。
「ここまでMASE、レンダ両軍とも我々を圧倒的に上回る物量を持ちながら、ついぞ我々を壊滅させることは叶わなかった!それが物量差を埋めたらどうなる?そう…我々を止められる因子はもはや存在しないわけだ!だからこそ連合軍は、ここを最後の攻撃のチャンスと見るだろう!我々とテスティクルの合流を妨害する…そのために、我々を抹殺するか、テスティクルを先んじて攻めるかのどちらか…あるいは両方だ!」
「宇宙にはMSはあるがパイロットが足りない…逆に、ここにはパイロットはいるが残されたMSはガンダムが4機だけだ!この状況を乗り切れば…ついに、我々の勝機が見える!!」
「…宇宙要塞?」
「…はい、残念ながら…」
レンダの地下壕―主席室で、コウガ女史はMASEのヴィクター・ストライドCAOと通信を繋いでいた。
「幻獣軍の艦隊が地球を出発して2か月…この期間で資源衛星を曳行してくるだけでもとんでもない大仕事だ…しかもそれを宇宙要塞に回収して、まだ世界のどこも成功していない宇宙空間でのMS量産を成し遂げていると…そう言いたいのか?それも月どころか、より無重力に近い小型衛星の上で…」
「…はい、最悪のシナリオとしては」
ヴィクターCAOは吹き出した。その表情は邪悪な怒りに満ちていた。
「…コウガ主席、もう何度目だ?そのような口八丁で我々に軍を動かさせようとするのは」
「…」
「しかも今度は宇宙と地上の同時攻撃だと?ふざけるんじゃない!!我々はマンタさえ取り戻せなかったのだぞ!?」
「…それについては、申し訳なく思っています」
「…ほう?」
「…私はマンタの自爆を計算に入れていなかったのです…アジャンが地上に最後に残されたMS工廠を自爆させるとは思っていなかった…MS工廠を宇宙に設けるということが可能と思っていなかったのです…今の貴方のように」
「…ほう、女狐も反省をするのだな」
「はい、アジャンの切り札を読みきれなかった…それは、アジャンが私に教えてくれたことでもあるのです」
「…アジャンが…教えた?」
「はい…私は曲がりなりにも、彼を追い詰めた…マンタを自爆させる選択肢しか残っていなかったからこそ、彼は私に切り札が見破られるのを承知でその札を切ったのです…彼は最初、これを隠したまま勝とうとしたのですよ?」
コウガはそこまで言うと、突然表情を変えた。まるで人間に撫でられていた狐が、突如野生の本能をむき出しにしたかのようだった。
「…ですから、つぎは貴方が反省する番です、ヴィクター・ストライド」
「…何だと!?」
声を荒げようとしたヴィクターだったが、コウガの目を見て彼は怯んだ。その隙に彼女は二の矢を継ぐ。
「貴方は結果的には、私の言うとおりに軍を動かした…それをしなければどうなっていたか分かっていますか?MASEが自国に閉じこもり、我々がマンタを攻めず、本国の守りに徹していたら…」
「…」
「…あの艦隊が引っ張ってくるのが要塞だと最後まで気づかなかったことでしょう…それどころか、アジャンには結局、マンタもハード島も残った状態…宇宙も含めて三箇所も拠点が揃っていれば、もう、絶対にアジャンを殺すことはできなかったでしょうね」
「…」
「…いい加減にアジャンの脅威を認めなさい、ヴィクター…貴方の才覚は否定しません、これだけの大組織で頂点に上り詰めたのですから…しかし、あの少年は、そんなものでどうにかできる相手ではない…貴方がその地位にあるのは、貴方自身の才覚もそうですが、何よりも時流に恵まれた事が大きいのです」
「な…」
「それを自覚できず、自分の力だけで勝ち上がったように錯覚しているから、本当の脅威に気づかないのです…本当の力というものに」
「き、貴様…言わせておけば…」
怒りに震えるヴィクターは意に介さず、コウガは冷たい声色で話し続ける。
「…それと、もう一つ…幻獣軍はアジャンに匹敵するウィグルが…まだ、います」
「…何?」
「前回の総攻撃でキング・ハリドを攻めたときに現れたガンダム…あれは明らかにカイザーの反乱のときの機体だったと聞いています」
「…!まさか…」
「…"ウェル"の号、偶然とは思えません…現に、レンダ本国を攻めたあの艦に、桁外れのウィグルは二人いました」
「…ウェル・カイザー…生きていたとでも言うのか…?」
「…アジャンとカイザーの関係は何だと思います?」
「…何?」
「…宣戦布告演説のときのアジャンの声…解析によれば子供の声である確率が高いようです…そして、カイザーは当時、自分の恋人とされた女性と失踪した…となれば…」
「…息子…」
そこまで言うとコウガは、モニタから視線を外してオイルマッチを擦って古い香炉の中に火を差し入れた。間もなく細い煙が上がり、部屋に独特の柔らかい香りが立ち込める。
「…才能というのは遺伝するものです…あの反乱を一人で起こした人間の子…只者と思うほうが変です」
「…その上、ウェル・カイザーまで合流したというのか…?しかも、宇宙要塞まで備えて…」
「…お分かりになりましたか?今我々が置かれている状況が…何も持っていないアジャン一人の状態から、我々は彼にあれだけ増長する隙を許してしまった…その彼が、今…」
「…分かった、分かった……今度ばかりは協力する…」
「…ご賢明なことです」
狐の手袋
「…しかし、コウガ、こちらの事情も分かってもらいたい…MASEはレンダと違って私に全権があるわけではないのだ」
「…もちろん、存じていますよ…周りの人間を説得するのに、私に言われたでは動けませんものね」
「…」
「…ご心配なく…多分そろそろ、アジャンのほうから教えてくれますよ…宇宙要塞のことも、多分その名前どころか、場所までね」
「…何?なぜそんなことを…」
「…本当に隠したいものが別にあるからです」
「…本当に?待て!」
予言めいた台詞を残すと、コウガはヴィクターとの通信を無言で切った。彼女は主席室の安楽椅子に腰掛け、天井を仰ぐ。
「…子供、か」
そして一瞬だけ、人間のような表情になる。
「…元気にしていれば良いのだけど」
すぐにいつもの狐のような冷たい表情に戻る。そして目を閉じ、また深い思索に落ちた。
(…エターナルガンダムが自爆したことまでアジャンの計算内とは考えにくい…ここまでのところ、あの男は何かを失うときには必ず何かを道連れにしている…隕石の破壊などと、慈善事業のために手札をわざわざ減らすような真似はしないはずだ…アジャンはあの隕石の中に入り、そして、その中がどうなっているかを見られないようにしなければならなかった…その中にあったものとは?)
(…あの隕石は明らかに自然物ではない…各国の宇宙望遠鏡には引っかからなかったし、定期便も見つけられなかった…おそらくはどこかにあって軌道上で安定していたものが突然動き出したのだ…何かの手によって)
(…シャンロンの言い分を信じれば、極めて強力なウィグルであれば推進剤を使わなくてもかなりの大質量まで動かせる可能性は否定できない…あの中にいたのは、もしやウィグルなのでは?それも、アジャンが迎えに行かなければならないほどの重要な…)
コウガは立ち上がり、主席室の酒棚の前に立った。古いスコッチを奥から取り出すと、ロックグラスに注いで氷を浮かべた。
(…ウィグルだとすると、アジャンが宣戦布告以前から関係を持っていた相手ということになるが…アジャンはカイザーの基地が爆発したあと、ハード島に籠もっていたと推測される…アジャンはその間、実際には外に出て社会との交流を持っていた?もちろん、その可能性が一番高い…物資などを完全に自分で調達するのはほぼ不可能だ…定期的になにか補給しながら基地を維持していたと考えるのが自然だ…)
(…しかし、宣戦布告前後でアジャンの正体を探る動きは随所に出たが、未だに決定的な説と呼べるものがない…アジャンが本当に子供であるならば、そんな者がこの戦乱の世をうろついていれば嫌でも目につく…にも関わらず、アジャンの目撃情報の類はいままで全く入ってきてはいない…)
(だが…アジャンが自分と父以外のウィグルに接する機会はもう一つある…)
氷が溶けてロックか水割りかわからなくなったようなウイスキーを、彼女は一口舐める。特に何の味も感じていないようだった。
(…息子というのは一人だけとは限らない…カイザーの失踪は24年前、反乱は6年前…息子は一人ではないことも考えられる…アジャンが15歳前後だとすると、すでにウィグルに覚醒して宇宙にまで出ているとなれば、…兄?)
(…おそらくはMASEかレンダの宇宙基地に紛れ込んだのだろう、スパイか破壊工作のために…そう言えば、以前ユエ基地で設備の破壊が頻発して騒ぎになったことがあったが…あれも当時はMASEのスパイを疑ったが、結局容疑者は出てこなかった…この私の目をすり抜けてスパイが入り込めるとは考えにくいように思うが…となると…)
もう一口酒を舐めると、すっかり氷が溶けた酒を惜しげもなく流し台に捨てた。まるでこの贅沢な酒を罰するように。
(…一応、すべての筋は通る…アジャンには兄か、それに匹敵する近しいウィグルが居て、それが何らかの形で宇宙にまで出たが、隕石にまぎれて帰還した…それを救出するためにアジャンは捨て身で突入し…おそらくはMSに搭載された脱出ポッドで、破片に紛れて大気圏へ突入した…)
(…これが本当だとすれば幻獣軍の戦力はまもなく3倍程度に増大する…そのうえ宇宙要塞と十分な資源を手に入れた…MSの性能も、ブラッドガンダムやエターナルガンダムなどとは比較にならぬほど強大にすることができるはず…)
(…しかし、アジャンもエターナルガンダムを失った…そうしても損にはならぬと思うほどの収穫はあったのだろうが…明確に今、幻獣軍には隙がある)
(…逆に言えば…合流を許せば、アジャンともう一人、もしかするとさらにもう一人のウィグルに、比較にならないほどのガンダム…事実上、次の戦いが決戦になる…我々はこれに負ければ、あとは…神風でも吹かぬ限りは…)
コウガの予言は当たった。翌日、アジャンはSNSアノニマスを通じて、全世界に宇宙要塞の存在を喧伝した。
聞け、世界よ!わが幻獣軍は、木星圏より資源衛星を輸送し、その内部をMSおよび戦艦工廠を備えた宇宙要塞に改装した!我々はこの資源衛星をプラセンタと名付け、内部の宇宙要塞をテスティクルと命名した!!
我々はたった一機のガンダムに始まり、今や二大国家をも脅かす存在であるが…確かに我々には国土がない!資源をもたらす月面基地もない!しかし、我々には最高の才能がある!それはこの俺、ウェル・アジャンの才能だけではない!我々は世界中のレジスタンスと弱者に味方する者、ありとあらゆる才能を得ている!それが今や宇宙の果実として実ったのだ!!
わが英雄たちはあと1週間ほどで地球圏に帰還する!我々はこの資源衛星プラセンタをラグランジュ点L2に投入する!月の反対側…両国の手の決して届かぬ場所だ!!来れるものなら来てみるがいい!!
宇宙要塞テスティクル
「あーあー、アジャンの奴、大々的に宣伝してくれちゃってー」
テスティクルの司令室で、ようやく繋がるようになったアノニマスから流れてくるアジャンの声をレヴィンスキーは聞いていた。彼はL2に向けて減速する要塞の中で、その加速度を利用して床に敷いたマットに寝ていた。
「…大丈夫なのか?行き先までバラして…」
「…アジャン、この戦いを決戦にするつもりなんだろうねー」
「…決戦…」
「だってそうでしょー?アジャンはたった一人、一機のガンダムしか持っていなかった状況から世界を相手にここまで戦った…MASE、レンダともども、ついにアジャンを滅ぼすことはできなかった…」
「…ああ」
「…そのアジャンが『星』を手に入れたんだ…国どころじゃない、星だよ?僕らがアジャンと無事に合流したら、もう誰も勝てないよ、彼にはねー」
「…」
「…だからMASEもレンダも、全力で僕らの合流を妨害しに来る…アジャンはそこに読み合いの隙を見出したんだ」
「…読み合い?」
レヴィンスキーはマットから起き上がった。
「前提として、この間の通信にあったように、アジャンはコウガさんに宇宙要塞の存在が読まれたと見ていた…この状況でアジャンが宇宙要塞の情報を何も明かさなかったらどうなる?」
「…どうなるって…あいつら、血眼になって探すだろ?」
「この宇宙を?」
「…無理か」
「そう、宇宙要塞の存在を読めただけじゃ、宇宙要塞を攻撃しようって思わないんだよねー、まともな感覚してたら」
「…じゃあ…」
「攻めるとしたら地球にいることが分かっているアジャンたちの方ってわけ…だからアジャンは自分も姿を隠すつもりだったんだろうけど、想定外のことが起きちゃった」
「…あの隕石?」
「そーゆーこーと…あの隕石が何なのかは通信には入ってなかったし、僕にもよくわかんないけど…でもアジャンはあの隕石を破壊するために自分のガンダムまで犠牲にすることになっちゃったわけだしねー」
「…戦力的にも厳しいってわけか」
「本当の問題はそこじゃないんだけどねー」
「え?」
「…あの隕石のコース、調べたら、キャプテンベース直撃だったんだよね…」
「…!」
レヴィンスキーはアルス波で軽快に立ち上がると、司令席に座った。
「…アジャンが通信をよこしたときに送ってきた座標と、エターナルガンダムの自爆の座標を調べたらそうなってた…あの隕石、もしかしたらMASEかレンダの質量兵器だったのかもよ?定期便艦隊も近くにいたみたいだしねー」
「…にしたって、あんな大きさの隕石…」
「直撃したらアジャンどころか地球がヤバイよねー…だからアジャンも捨て身で対応しなきゃいけなかった…コウガさんならそれくらいはやりそうだねー」
「…ああ…あの女狐なら…」
「ま、ただの推測だけどねー…あの隕石は不自然すぎるし、いろいろ可能性がありすぎて今の時点じゃ絞れないよねー」
「…」
「…たださ、アジャンにとっての想定外はガンダムがなくなったことじゃなくて…あの隕石がどういうわけかキャプテンベースにまっすぐ落ちるコースにあったせいで、たぶんコウガさんにバレちゃったんだよねー、アジャンの居場所」
「…あ!」
「アジャンは総攻撃されたら守りきれる戦力が無いと見ていたから、雲隠れして僕らの到着を待つはずだったのに、迷惑な隕石のおかげで居場所が読まれちゃった…これじゃあ作戦が台無しだよねー」
「…おい!それって、ヤバイってことじゃねえのか!?」
レヴィンスキーが糸目を見開く。
「…セイバー、ヤバイのは今に始まったことじゃないよ」
「…!」
それだけ言うと彼はまたいつもの細目になって続けた。
「…アジャンの行動の底にずっとあるのはこの考え方…どんな危険を犯しても、何もしないよりは危なくない…まるでそう言ってるみたいだよねー」
「…そうか…今回の演説も…」
「そー、わざわざ僕らの居場所を教えて、地上の総攻撃じゃなく宇宙に戦力を割かせようとしたわけだねー」
「…でも、これが女狐にバレてたら…」
「バレると思うよ?」
「…え?」
「どう考えてもわざわざ宇宙要塞の場所を教えるなんて不自然な行動、あのコウガさんが見逃すはずないもんねー…ユエ基地の司令のまんまならともかく、もうコウガさんは主席になってるって話だから、軍を全部動かせる立場にいるとなれば対応も打てる」
「対応って…」
「もちろん、キャプテンベースへの総攻撃だよねー」
「…」
「…それに気づいてないアジャンじゃない…ここから先は僕には分からないけど、あんな演説をやったってことは必ず次の手を考えてる…」
「…分からないって…こんなに筋が通る説明ができるのにか?」
「僕は起こったことから言えることを言ってるだけだよ…でもあの人達…コウガさんとアジャンは、何もないところから行動を決め続けてる…僕じゃまったく太刀打ちできないねー」
「…」
「それにコウガさんは政治しかやってないけど、アジャンはこんな要塞の設計までやりながらだからねー…強化人間って、そこまでできるもんなのかなあ?普通に考えたら、仮に計算が間に合ったとしても脳ミソが先にイカれちゃいそうだけどねー」
「…ああ、驚いたよ、この宇宙要塞…あいつ、頭の中だけでこれを設計したんだろ?もう、新型MSも100機くらいは生産されてるし、艦隊も…」
その時、地上からの通信が繋がった。キト・アルマと通信可能な距離まで近づいたのだ。
地下
「…へへ、これがキャプテンベース、か…」
ケリーは秘密基地を探検する子供のような気分で、夜のキャプテンベースの施設を歩き回っていた。もうじき連合軍の総攻撃が始まり、それに備えねばならないという状況ではあったが、好奇心のほうが勝っていた。
急ごしらえで整備された地下フロアの先に、崩れ落ちた階段が見える。
「…地下の研究所?まだ崩れてるな…」
整備された様子もなく、よく見なければ通路があることも見落としたかも知れない。彼は足元をライトで照らしながら、崩れかけた階段を慎重に降りた。まあ、ウィグルの彼は足を滑らせたところで、怪我をすることはなかっただろうが。
歪んだドアを押し開く。
「…ん?」
光が漏れてくる。青い光だ。
「…ベッド?」
上のフロアにあった研究所跡は、ガンダムやミスリルに関する研究をしていたのだろうと容易に想像のつく機械的なものだった。ところが、この部屋はどうだ?まるで病院のようだ。
俺は、強化人間だ――あのアジャンの声が脳内のどこかで残響する。
「…ひッ!?」
部屋の一番奥に、青く光る脳髄が浮かんでいる。…いや、培養器というやつなのか?ガラスの筒のようなものの中に、巨大な脳髄が浮かんでいる…正確に言えばその大きさは普通の脳髄と変わらなかった。ただ、ケリーのウィグルとしての才覚が彼に恐怖を覚えさせ、それがその脳髄の巨大さを錯覚させたのだ。直視するまでまったく気づかなかったが、あの脳髄は凄まじいアルス波を放出している。あれだけの波動が出ていれば、直視するまでもなく気づいたはずだったのに…
「ケリー」
「!?うわっ…」
腰を抜かしてへたり込んだケリーの背後に、アジャンが立っている。その表情はいつもの彼とは似ても似つかないほど無機質だ。
「何をしてるんだ?こんなところで」
「…お、おま、お前こそ…」
「…ここは俺の故郷だぞ?そして、僕の故郷でもあるんだ」
アジャンの左目が赤く染まっている。言葉の後半は誰の声か分からない。
「な、な、な…」
「…ケリー、だったね…ここは危ないよ?僕に飲み込まれちゃうかも」
「は…?」
「…だから、もう来るな、ケリー」
二人の声が交互に響く。
「…うわああああああ!!」
「はっ!?」
ケリーは目を覚ました。キト・アルマの自室のベッドの上だった。自室と言ってもこの大人数で、リウヴィルとベトルーガーとの相部屋なのだが。
「…夢?」
ただ事ではない様子のケリーに気づいたリウヴィルが声をかける。
「…おはよ?ケリー、どうしたの?」
「…いや、な、何でも無い…」
思わず起き上がろうとして手をベッドについた。着ているズボンの腰回りに砂がついている。
「…リウヴィル、俺、昨日部屋から出たっけ…?」
「え?夜散歩するって出てったけど、帰って来る前に俺先に寝ちゃった」
「…ベトルーガは?」
「…あれ?そう言えばいないね」
「…あいつ、どこに…?」
各室のモニタに通信が入る。艦長室のアジャンからだ。彼もまたカイザー、アレスと同室だ。彼の背後に二人が見える。
ケリーは、あの得体のしれぬ化け物共といっしょに眠れるアレスの気が知れなくなった。昨日の記憶らしきものは、ケリーの中からアジャンに対する嫉妬も、カイザーに対する畏敬も奪い去っていた。あるのはただ、恐怖だけだった。底知れない力と、自分の子にそれをねじ込んだ父親に、ただ怯えるだけだった。
「おはよう諸君!今後の作戦を説明する…まずは朗報だ!我が宇宙要塞テスティクルを擁する資源衛星、プラセンタ!これをラグランジュ点L2に投入することに成功した!この地点に攻め込むとしたら現在の連合軍では相当の時間を擁する!無尽蔵のエネルギーを持つ推進器―ミスリルスラスターを持つ我々でなければ容易に到達することはできない!事実上、我々はこの拠点に合流した時点で勝利が決まると言ってもいい!!」
「…だが!残念ながらその結末を得るにはもう少し壁を乗り越えねばならない…!それはおそらく、レンダの女狐コウガ・イー主席が、我々の状況を完全に読み切り、我々をキャプテンベースで一網打尽にしようと待ち構えている!あるいは我々が宇宙へ上がろうとも、定期便艦隊に包囲殲滅されるのがオチだろう!」
「我々はこの状況を打破しなければならない!6時間後…キト・アルマは出発する!目的地は…アメリカ大陸!MASEのワシントン本社だ!!!」
この演説の裏で、ベトルーガは一人キャプテンベース研究所跡の地下にいた。彼は昨晩、散歩に出たケリーを付けていた。彼は好奇心の強いケリーが、出発前にキャプテンベースの中を見学して回るだろうことを見抜いていたのだ。そして彼も、彼自身の目的を達するためにそこにいた。
「…おお」
老人は異常な目の輝きをもって、あの脳髄を見つめていた。照明もないのに青く輝く脳髄を見て、彼は恍惚とした表情で立ち尽くしていた。
「…そうか…ウィグルとは…そうだったのか…」
流星群
「主席!キャプテンベースを監視していた衛星カメラが、敵巡洋艦の発進を捉えました」
「…やはり動きましたか…大人しくしていれば良いものを…方角は?」
「東です…ただ、まだ回頭の可能性も」
「…狙いは宇宙か…地球を脱出されたら大気圏で撃ち落とす他ありません、高度には常に注意を…宇宙要塞と合流さえされなければこちらに勝機はあります」
レンダの司令室はいつになく緊迫していた。実際のところ、現状を「劣勢」と認識できている兵士は多くなかった。しかし、コウガの統率力は自らに心酔する者たちに有無を言わさぬ説得力を発揮していた。
「…ユエ基地の宇宙艦隊より入電、L2への遠征艦隊準備が整ったとのこと」
「…すぐに発進させなさい…今から出発すれば、要塞が軌道に乗る直前に叩けるかもしれません」
「…承知しました」
幻獣軍は宇宙へ脱出して要塞への合流を狙う、とコウガは見ていた。それで衛星軌道上に定期便で作る迎撃艦隊を配置してアジャンを地球へ釘付けにし、その間にL2に派遣した遠征艦隊で要塞を叩くのが女狐の策だった。遠征艦隊はMASEのビッグディッパーからの艦隊も含んだ、まさに史上最大の宇宙連合艦隊だった。しかし、L2は地球を挟んで月の反対側である。今から出発しても、アジャンの言う1週間後には間に合うかどうか。
女狐は内心で独りごちた。
(…アジャンの言うことを信用するのも考えものではあるが…わざわざ時期まで指定したというのは嘘にしては不自然だ…地上のアジャンにはとても一週間持ちこたえる猶予はないはず…ハッタリをかますならばもっと早い時期にすべきだ…)
「MASEより、ヴィクター・ストライドCAOです!」
「…つなぎなさい」
「…コウガ主席…貴様らは本国を攻撃されたというが、我々も地上の戦力はかなり厳しい状況だ…このキャプテンベース遠征に出せる戦力が最後だと思ってほしい」
「…まだ状況がお分かりではないようですね…この戦いでアジャンを逃がせば、戦力が厳しいとかそういう問題ではなくなるのですよ?」
「…クッ」
「…まあ、動かせる戦力がそれしかないというのなら仕方ありません…我々もヨーロッパ戦線から戦力を呼び戻す有様ですから」
「…ヨーロッパというと…あの、青龍か?」
「…よくご存知で…彼は私の旧知なのですよ」
「…呂奉先の再来とかいうのもいたな…レンダは人材だけは豊富なようで羨ましい」
「…」
コウガの指示に従い、MASEはキト・アルマ討伐の大艦隊を差し向けた。数え切れぬ敗北を経てなお、大国の威信は揺らぎを見せなかった。
キト・アルマは徐々に高度を上げながら南米大陸上空を飛んだ。やはり宇宙に脱出するつもりらしい。地上からはMASEの大艦隊が迫る。宇宙ではレンダの艦隊が網を張っている。
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最終更新:2026年06月07日 21:37