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パートIII 3 危険の確率を考える

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田母神俊雄 平成16年7月 ,9月
航空自衛隊を元気にする10の提言 パートIII

3 危険の確率を考える


 昨年12月、アメリカで狂牛病の牛が見つかり、日本ではアメリカからの牛肉の輸入を一時停止することになった。焼肉店や牛丼の吉野家などは牛肉の在庫が底をつき、牛肉を使わない料理で急場をしの凌ごうとしている。日本政府はアメリカに対し、肉牛の全頭検査を要求しているが、アメリカはそんなことは出来ないし、必要性も認められないと反論している。そしてアメリカの人たちは現在もアメリカの牛肉を食べ続けている。しかし日本は、危険であるとの理由で、アメリカからの牛肉の輸入禁止を継続したままである。

 また今年の初めに、中国及び東南アジアのタイやベトナムで鳥インフルエンザによる死亡者が数名発生したとかいう噂があり、これらの国から鶏肉を大量に輸入している我が国では、鶏肉を使った料理も食べられないと大騒ぎをした。しかし冷静に考えてみると、少し騒ぎ過ぎではないかという気がする。鳥エンフルエンザに感染した鶏肉を食べても、またその鳥が生んだ生卵を食べても人間が感染することはないと細菌学のお医者さんも言っている。鳥エンフルエンザに感染した鶏と濃厚に接触し、大量のウィルスを吸い込まない限りはまず安心だとか。

 もし牛肉や鶏肉を食べ続けた場合、いったいどれほどの被害が出るのだろうか。どれほどの人が命を落とすことになるのだろうか。私は多分亡くなる人は限りなくゼロに近いのではないかと思っている。殆ど人が死ぬことがないことに、どうしてそれほど気を遣うのだろうか。我が国においては交通事故で毎日20~30名の人が亡くなっているというのに。誰もそのことは大騒ぎしない。

 第2次大戦では人類史上初めて米国の原子爆弾が我が国の広島と長崎に投下され、多くの人たちが亡くなられた。このため我が国には原子力アレルギーが根強く残っている。国民は原子力がほかの何よりも怖いものだと思っている。従って海上自衛隊の潜水艦等のエンジンに原子力を使用することは出来ないし、原子力発電所の原子力の管理、運用に関しても、我が国の法令等は諸外国に比較してがんじがら雁字搦めであると聞いている。5年前に茨城県東海村でJCO社の臨界事故があった。確か作業中の3名の方が亡くなられた事故であったが、事故現場周辺の住民が避難するほどの大騒ぎであった。また現場周辺の野菜など農作物もあらぬ疑いをかけられて大量に処分されたと記憶している。しかし実際に危険にさらされたのは作業のため建物の中にいた人たちだけであり、放射線の強度で見る限り、建物周辺の人たちは全く安全であった。ましてその周辺で育成された野菜などは全く放射能に汚染されていることなどなかったのである。しかし現実には大騒ぎになった。

 原子力は安全であると思う。我が国は、これまで何十年も原子力を使用してきたが、原子力の事故で亡くなった人は先の3名以外にいないのではないか。少なくとも交通事故よりはずっと危険の度合いが低い。しかし日本人は風評に弱い。噂が広まると冷静な判断が出来なくなる。北朝鮮のミサイルが怖いという。しかし私は部外で講演するときなど、あんなものは殆ど恐れる必要はありませんと言っている。北朝鮮が核弾頭を持っているかどうかは明らかではないが、金正日だってもし核を使えば自分の身に何が及ぶかは知っている。日米安全保障条約が機能している限り、米国の核で報復を受ける。彼の身にどんなことが起ころうとも、彼らが滅亡する、死んでしまうというところまで追い込まれない限りは核を使用することは出来ない。核兵器は政治的な恫喝に使われるだけなのだ。もし我が国がミサイル防衛態勢を整備すれば、その恫喝さえも困難になる。中国や北朝鮮が専ら防御的なシステムである我が国のミサイル防衛に反対するのはそのためである。

 核ミサイルでない限りミサイルの脅威もたかが知れている。通常はミサイル1発が運んでくる弾薬量は戦闘機1機に搭載できる弾薬量の10分の1以下である。1発がどの程度の破壊力を持つのか。航空自衛隊が毎年実施する爆弾破裂実験によれば、地面に激突したミサイルは直径10メートル余、深さ2~3メートルの穴を造るだけである。だからミサイルが建物の外で爆発しても鉄筋コンクリートの建物の中にいれば死ぬことはまず無いと思って良い。1991年の湾岸戦争でイラクがイスラエルのテルアビヴに対し41発のスカッドミサイルを発射したが、死亡したのはわずかに2名のみであった。北朝鮮が保有しているミサイルを全て我が国に向けて発射しても、諸々の条件を考慮すれば、日本人が命を落とす確率は、国内で殺人事件により命を落とす確率よりも低いと思う。我が国では毎年1千200~1千400名の人が殺人事件の犠牲になっている。1日当たり3~4人がテロにより殺害されていることになる。しかし多くの日本人は、日本は平和で治安の良い国だと思っている。テロの恐怖におののきながら生きているわけではない。しかし北朝鮮のミサイルについては怖いと思っている。ミサイルが着弾すると東京中が火の海になるようなイメージを持っているからだ。決してそんなことはないのであるが。

 交通事故に目を向けてみれば、我が国では毎年、交通事故で8千名から1万名くらいの人が死亡する。事故発生から24時間以内に死亡する人を交通事故による死亡者というのだそうだ。毎日20名から30名の人が亡くなっている。事故発生からの時間を1か月に伸ばすと交通事故が元で亡くなる人はその2倍にも3倍にもなると聞いている。それでも交通事故が怖くて道路を通らない人もいないし、車の運転を諦める人もいない。これだけの死亡者がいるにも拘わらず国民には不安感はない。しかし北朝鮮のミサイルは怖い。だが冷静に考えてみれば北朝鮮のミサイル攻撃により命を落とす確率は交通事故の100分の1以下だと思う。だから北朝鮮のミサイルなんかに恐れおののくことはないのだ。いかなる国家政策も100%の安全を保障することは出来ない。交通事故以下の危険の確率についてはそれほど心配してもしょうがない。これを私は「タモちゃんの交通事故理論」と呼んでいる。

 自衛隊の業務を処理する場合も危険の確率を適正に認識しないと業務の非効率化を招き、いろいろな問題が発生する。これまで自衛隊機の墜落事故で、何カ月も、時には1年以上も航空機を飛ばすことが出来ないことがあった。部隊の練度や士気が低下し、その回復には長期間を要することになる。パイロットや整備員の心には、国家や国民から疎(うと)んじられているという深い傷跡を残すことになる。どれほど危険であるかは現場をあずかる彼らが一番よく知っている。民間航空だって、米軍だって事故原因がわかるまでフライトをしないなどということはあり得ない。当面の安全対策を終了すればフライトを開始している。自衛隊員には自衛隊の日頃の安全活動は諸外国の軍に比較しても決して負けてはいないという自負がある。事実、飛行時間当たりの航空自衛隊の事故率は諸外国の空軍に比較しても低い数字になっている。事故発生当初の一時的な飛行停止はやむを得ないとしても、フライトの停止が半年にも1年にもなってくると難癖をつけられているような気分になってくる。

 事故の原因が完全に究明されない限り飛行再開は認めないという人たちがいる。これを機会に自衛隊を虐めてやろうとか、何か得をしてやろうとか思う人がいると話は一層複雑となる。基地対策も困難を極めることになる。しかし事故原因の究明には通常数カ月を要することが多く、またそれでも事故原因が明確にならないことも多い。民間航空や米軍その他諸外国の軍では、事故原因の究明は飛行を継続しながら実施される。それは5年も10年も飛び続けている航空機が1機墜落しても続いて墜落する可能性は限りなくゼロに近いという判断に支えられていると思う。自衛隊の場合1機落ちたら、また落ちるかも知れないと考えるが、今日事故があったら、明日は多分事故はないだろうと考えるのが真理に近いというものである。自衛隊は事故等の発生に対しもっと楽観的になって良い。何も準備しないで楽観的になることは無責任というものであるが、自衛隊ほど悲観的に考えて各種の準備をしている組織はないと思う。各級指揮官は自衛隊という組織にもっと自信を持って良い。