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訂正された家永著作

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正論2006年9月号(産経新聞社・扶桑社)
靖国特集 
沖縄集団自決冤罪訴訟が光を当てた日本人の真実
弁護士 徳永信一


訂正された家永著作


『ある神話の背景』を発表して以後、曽野氏は沖縄のジャーナリズムから激しいバッシングを受けたという。しかし、沖縄県史を編集した沖縄史料編集所の大城将保元主任専門員は、『沖縄戦を考える』(ひるぎ社・昭和58年発行)の中でこう述べる。「曽野綾子氏は、それまで流布してきた赤松事件の神話に対して初めて怜例な資料批判を加えて従来の説をくつがえした。『鉄の暴風』や『戦闘概要』などの記述の誤記や矛盾点などをたんねんに指摘し、赤松元隊長以下元隊員たちの証言をつき合わせて、自決命令はなかったこと、集団自決の実態がかなり誇大化されている点などを立証した。この事実関係については今のところ曽野説をくつがえすだけの反証はできていない」。

『ある神話の背景』出版の翌年、『沖縄問題二十年』は絶版となった。そして、昭和61年に発行された家永三郎著『太平洋戦争』の第二版は、初版本(昭和42年)にあった「赤松隊長は、米軍の上陸にそなえるため、島民に食糧を部隊に拠出して自殺せよと命じ」の部分を削除、訂正した。いうまでもないが、家永三郎氏は、自らが執筆した教科書の南京虐殺、七三一部隊等の日本現代史に関する記述に付された検定意見に反駿し、教科書検定制度そのものを違憲であるとして訴えた家永教科書裁判の原告である。一連の裁判は昭和40年の第一次提訴から平成7年に下された第3次訴訟の最高裁判決まで実に32年にわたって続けられ、世界一長い民事訴訟としてギネスブツクに記録されている。この裁判では沖縄の《軍命令による集団自決》の有無も争点となっており、家永氏が、裁判継続中に、著書から《赤松命令説》を削除したのは、それが歴史に耐えられないものであるとの評価を自ら下したからにほかならない。これによって《赤松命令説》を記述する岩波書店の書籍は、大江健二郎の『沖縄ノート』1冊だけとなった。

しかし、もう一つの神語――座間味島の《梅澤命令説》――は、そのまま残された。『太平洋戦争』は、次のように書いている。「座間味島の梅沢隊長は、老人・こどもは村の忠魂碑の前で自決せよと命令し、生存した島民にも芋や野菜をつむことを禁じ、そむいたものは絶食か銃殺かということになり、このため30名が命を失った」。


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