chapter1.焔の狐
宇宙歴689年 冬 リズラスノー
「あぢー…。もうむりー…」
レナがへばってしゃべり方がメリルみたいになっている。
「こうも暑いともう歩けねーよなー」
ユークもだだをこね始める。
フェイは汗を流しながらただただ苦笑いである。
メリルは一人、先まで進んでは振り返りため息をつき、三人のところまで戻る。を繰り返している。
「あんた達若いでしょー?ちゃんと歩きなさいよぉ」
「若いって言われても…」
「お前も同じくらいの年齢にしか見えねぇよ」
フェイがお茶を濁すとユークが堂々と聞く。
この辺はフェイが一番損な性格だなあと痛感する。
「はあ?同じくらいに見えても少なくとも私のほうが数百は年上だからねー?」
「…へ?」「…は?」「は?」
この時ほどフェイは他の二人の思っていることが理解出来た時はない。
つまりは『なんだ、ババアかよ』だろうなあ。と。
「「なんだ、ババアかよ」」
そして言っちゃうのがこの二人な訳で、メリルが二人をリンチにする時に巻き込まれる役割がフェイな訳で…。
「崩落の使徒、輝く紫炎を纏い、戦禍の雷光と成りて、楯突く傲岸不遜な輩の趨勢に光を下せ」
「へ?」「は?」「ん?」
いきなりメリルが意味のわからん詠唱を始めたので三人とも目が点に。
「エクスキューショナー」
静電気を帯びた紫色の魔方陣が足元に現れ、魔方陣の端から上空へと魔方陣を包むような円柱形の結界が張り巡らされる。
魔方陣の中心へとエネルギーが収束していき、そして執行の稲妻となり結界の中で紫電の余韻と空気を焦がす匂いだけを残して縦横無尽に駆け抜ける。
魔方陣の上に取り残された三人は…。
言わずもがな。
「あ、やりすぎちゃったー。まあいいやー」
いや、よくない。
フェイが目を覚ますと、覗き込む2人のシルエットがあった。
1人はユーク、1人はメリル。
蒸し暑い日差しの中、記憶が固まったかのように曖昧で、直前の記憶が思い出せない。
フェイはしばらく黄昏ていた。
ぼんやりしているとメリルが隣の人影の傍に移動した。
フェイが振り向き、それを見た時、記憶は唐突につながった。
黒焦げ。
ユークは反対隣で苦笑い。
メリルはと言うと、
「ヒーリング!」
どこかで聞いたことのある魔法を唱えた。
緑色に光る光の雨が降り注ぎ、光が触れたところから治癒が急速な活性化を見せる。
いくらかの時が経過した後、3人が見守る中、レナは目を覚ました。
「謝罪されてもなあ…」
先程、メリルが謝罪した時にユークが言った言葉だ。
こんな時ユークは寛大な器量で全てを許してしまう。
そのせいでフェイもレナも何も言えなくなるがユークはそれでも独断で許してしまうのだ。
もしかしたらユークが培ってきた、3人でいる時に役立つ豆知識のようなものなのかもしれない。
フェイは自分以外の3人の様子を見ながらそう思うのであった。
そんなこんなで、随所随所に見たことのない骨格の動物の骨が転がる。
恐ろしい。
†
干上がった土地を延々歩いて行くと、霧が薄くかかった先に、人為的な建造物のシルエットが浮かんできた。
氷雪都市リズラスノー。
高緯度の真冬に炎天下という異常な気象に見舞われたこの街は小さくも大きくもない。
しかし、人が如何せん少ない。
今まで歩いてきた荒地との相違点は動物の骨が少ないことと家が並んでいるだけくらいなものだ。
気象の変化に耐えられなかった人々は、土地と共に滅ぶか、または生まれ育った土地を捨てる。その二択しか選ぶ権利は残されていないのだ。
町の中は人が少なく、宿を見つけるだけで苦労した。
最終的に宿は、町の北側のシンボルとなる時計塔を臨む、町の中心街からは離れた場所になった。
もちろん、こんな時期に町やその周辺の観光に訪れる人は少ない。
部屋は驚くほどあっさりと取れた。
強烈に安かった。
人が町を出ていく時に町に入ってくる人は、その理由は殆ど考慮されず、第三者の目には異常に映る。
メリルがどこから出したのかわからないリズラスノー特有の通貨で支払いをしている時には店主は頻りに疑問を口にし、メリルに質問責めにしていた。
「どんな理由で来たんだい?」
「どこから来たんだい?」
「いつまでこの町にいるつもりなんだい?」
「こんな時に町に来るなんて珍しいね」
とりあえずいろいろ聞かれていたが、メリルは全て「えぇ」とか「はぁ…」で返していた。
いろんな意味で驚嘆だった。
部屋に向かう間にメリルが店主に聞こえないように小さく全員にこう言った。
「今日はちゃんと休んでおいてねー。大抵何か起こる前日に飛ばされるからー」
急激に明日を迎える気力がなくなった。
部屋はメリルの配慮か単に安かったのかわからないが、男女別室だった。
部屋に入ったのはいいが、やることがない。
「暇だな」
「うん」
ユークと二人で会話にもならない会話をする。
「そういえばユーク引っ越ししたはずなのにどうしてこのタイミングで戻ってきたの?」
「久しぶりに帰りたくなったからかな…、なんかよくわからないタイミングで帰ってきたことは自負してるさ」
ユークがあのタイミングで帰ってきて訳もわからず承諾しなければこんな意味のわからないことに巻き込まれなかった気がする…。
「いや、タイミングがご都合主義すぎるでしょ」
「まあ、引っ越してから暇だったしな」
そうなのか…。
もう、追及するのは諦めよう。
ご都合主義なんて実際にはよくあることなんだ。
自己暗示をかけるフェイだった。
「お前も引っ越しするって打ち明けた時には凄い怒ってたのに、また会うと素っ気ないな」
「えっ、そうだっけ?」
「泣いて怒ってたぞ。もっと早く言えとかな…そういえば無理矢理約束もさせられたな」
「ああ…うん、そうだった気がする…」
思い出すと恥ずかしいものである。
「変な約束だよなー。今度会ったら二度と…」
「お願いだからそれ以上言わないで…」
フェイがそう言うと、ユークはなぜか笑みを浮かべて自分のベッドに向かう。
「早く寝るように言われたんだろ?これ以上言われたくないなら明日に備えて寝ろよ」
「……そうする」
どうでもいいが、ユークの寝る早さは異常だ。
フェイがベッドに入って寝ようとする頃には既に隣のベッドから健康的な寝息が聞こえていた。
ちなみにユークは大の字だった。
†
翌朝、二人がまだ寝ていたのにメリルとレナが部屋に闖入。
半ば無理矢理叩き起こされた。
時計を見ると7時。準備も終わって起こしに来ている訳だから、女子勢は起きるのが早すぎる気がする。
「こら、起きなさい!」
「眠い…」
ちなみにフェイは、ユークの鼾によって睡眠時間を悉く削られた。
理不尽だ。
その日、午前。
気温が急激に上昇した。
昨日も30度は越えてそうな気温だったがそれよりも酷い。
例えるならサウナである。
室内なのに40度は届きそうである。
普通、旅人が訪れた次の日に気温が急激に上がれば旅人が真っ先に石を投げられるものだが、そうはならなかった。
その理由は簡単だ。
元凶が町の中央に現れたからだ。
町の中央は広場になっているらしいが、もちろん宿からは見えない。
北の端の宿だから町の中央までは走らなければならない。
「ねー、当たったでしょー」
この暑い中そんなことを聞いてくる。
そんなことはこの際どうでもいいのだが。
「あぢー…アイスほしー…クーラーほしー…」
レナが走りながらへばっている。
町の中央に近づく度に気温が上がるから無理はない。
「アイスくらいなら後でいくらでも買ってやるよ」
ユークが言う。さすがである。
「え!本当に!?よーし、頑張るぞー!」
それだけでいきなりやる気になるのだからレナもわかりやすいものである。本当に。
「……っ!」
誰かが息を飲んだ。
角を曲がり、広場が見えるとそこにいたのは限りない炎。
否、炎のように見える狐。
大きさは周りの建物ほど。
その熱さで辺りの水分は乾き切り、燃えやすい物は火を吹き、消し炭になっていた。
相貌は炯々として、静かにこちらを睨んでいた。
空は炎の照り返しで赤く光り、狐の足がついている地面はアスファルトが溶けている。
視界は陽炎。
太陽の光がいつもより強いように感じた。
「暑い…」
周りの温度がおかしい。
汗が自然に蒸発する。
――こんな奴をどうやって…。
倒せるとは思えない。
しかし、その時、
「くちゅんっ」
「ん?」
超高音のくしゃみが響く。
急いで振り返りレナとメリルを見るが、二人は訳がわからないといった様子で、首をかしげている。
「くちゅんっ!」
もう一度くしゃみが響く。
その直後、
ぼわわわーん。
形容し難い音が背後で響いた。
「まさか……」
振り向いて見ると、先程まで巨大な炎の狐がいたところに普通サイズの狐がいた。
「「「「………」」」」
四人とも無言。
心なしか周りが涼しくなった気がした。
「アレルギーなんだよぉ…ふえぇ…」
狐はまだ泣いている。
全くなんというオチだろうか。
「あー…、わかった、何がわかったかわからないけどとにかくわかったからもう泣くな」
この文章の文法がよくわからない。
それでも狐は泣き止みそうなのはなぜだ。解せぬ。
「……ぐず…」
今思ったらどうして狐がしゃべったり泣いたりしているのだろうか。
クロスゲートかアビスゲートでもくぐっただろうか。
とたんに不安になるフェイであった。
急に辺りを強い光が覆った。
「な、何!?」
レナが驚きの声をあげる。
気温が低下していく中、いきなり閃光が駆けた。
「ああ、ごめん、もう移動みたい」
メリルがいきなりそう言う。
「えっ!?」「へっ?」「はぁ?」
三人はもちろん驚きの声。
「じゃあこの狐どうするの!」
「そんなの知らないしー。次の時代の森に放してもいいしそのまま連れて回ってもいいんじゃなーい?」
そんな無責任な…。
光が次第に強くなる。
四人と一匹を囲み、周りとは隔絶される。
狐はまだ泣き止まない。
†
外は、冬の色を取り戻し、気温は下がる。
しかし四人はそれを知らない。
光が消え、何も残らない。
振り出した雪はアスファルトの焦げ跡を隠し、普遍は不変のまま街に残る。
冬はこれからである。
最終更新:2013年01月14日 00:39