宇宙歴240年 秋 交易都市アーレント
chapter.4

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暗闇が世界を満たす。
深海の暗闇は世界に広がり。
そして街に呪いを残した。
悲劇は悲劇を生み、悲しみを代償とする。
これはある国の、悲劇の物語である。




「真っ暗ね」
四人が訪れた時、界隈には夜の帳が落ちていた。
それだけには及ばず、月も分厚い雲に覆われている。
前に来たことがあるのか道がわかるらしいメリルを先頭に殆ど見えない道を行く。
近くに海があるらしく、時折潮の音が耳に届く。
「うん。もうそろそろ見えてくると思うよー」
一体何回来たことがあるのだろうか、まだ街は見えていないのにそんな風に言う。
「おっ、あのシルエットは街だな」
ユークが一番に見つけた。どうしてメリルではないのか。
「まあ、とりあえずこれで休めるな」
「ついさっきまであんなに寝てたのに…」
フェイはついボソッっと言ってしまう。
確か起きてすぐ前の世界からこの世界に来たはずだが…。
ユークの普段の睡眠時間はどうなっているのだろうか。
謎だ。
「歩いたら疲れるよね、私も疲れた」
こいつらどれだけ眠いんだ。幼なじみなのにわからない。
「やっぱり周りが夜だと眠くなるよねー」
あれ?もしかして自分が珍しいのか?
どうでもいいことでとてつもなく不安になるフェイ。
「どうでもいいから早く行こうぜ」
「あ、待ってよ」「ちょっと待ちなさい
ユークが走りだすとそれを境に競争を始める三人。
「全く……、小学生みたいだな……」
フェイが一人つぶやく。
「おーい、早く来ないと置いてくよー」
さほど時間は経っていないのにかなり遠くから声が聞こえる。
「え、ちょっとどこまで行ってんの!置いていかないでよ」
そう言って走りだす。
走って行くのだから他の三人と同じだ。
人の事は言えないものである。




漁火も燃えない港町。灯台の光すら失われたような暗さである。
酷く沈んだ空気の町の中は、夜の空気を重く静かに湛えていた。
「なんか重い空気の町だな」
「光が少ないよね」
町には明かりが少なく、点いている街灯も少ない。
まるで何か見たくない物を映さないような様子だ。
「門番の人が頑なに国に入らない言ったのもわかる気がするな」
「それでもただ暗いだけとは何か違う気がする」
それはフェイも思っていたことだった。
不思議に思いながら先程の門番との会話を思い出す。




「旅の者か。久々の旅の者だし、ようこそアーレントへ、と言いたいのだが……。タイミングが悪かったな」
「タイミング?どういうこと?」
「いや、君たちは最悪のタイミングで来たのだよ」
「そ、そうなんですか…」
「街に入れなかったりするのか?」
「いや、そんなことはない。街には入れるよ。だが……」
「だが…?」
「だが……なんです?」
「今日は入らないことをオススメする。一晩野宿して明朝入ったらどうだい?」
「えー、そんなこと言われてもー…」
「走ったから疲れたしなあ…」
「…そうか。ならば止めはしない。」
「ほんと!?」
「ああ。でも早々と宿でもとってすぐに寝ろよ。万が一、何か不思議なことが起きても街の者に任せるんだぞ」
「あ、はい」

その後、とても不安な目で見送られ、そして今に至る。
フェイとしては、門番が最後に何を懸念していたのかが気になるところではあるが、それはこの街の禁忌かもしれない。
一応他の三人に話してはみたが、とりあえず触れないでおくことに固まった。
四人が今歩いているのは海岸線に設けられた道。
街全体が海に面しており、家は海を臨んで造られている。
海のすぐそばなので、波の音がここまで聞こえてくる。
メリルを除く港町出身の三人には心落ち着く懐かしい響きだった。
「……にしても人が全然いないな」
ユークが呟く。
確かに、ここまでかなりの距離を歩いたはずだが、人と全くすれ違わない。
街に人が少ないというよりも、家に無理矢理籠もっているという印象を受ける。
行く道は人がいないだけでなく、街灯も少ない。
月明かりも弱々しい今は、暗さだけが際立つ。
「暗いなあ」
レナが呟く。
――月は、まだ出ていない。

「…で、宿ってどこ?」
レナが不意に言う。
「そういえば聞くの忘れたな。辺りに人はいないし……、門番の人に聞きに戻るか?」
「いや、それだけは勘弁してほしいな」
本当にそれは勘弁してほしいと思う。
ここまでかなりの距離を歩いてきたのだし、今戻ったらもしかしたら街の外へ追い出されるかもしれない。
「んー……、じゃあさ、あの人に聞いてみなーい?」
「え…?」
メリルが指している方を見れば、確かに道に面したテラスに、赤ちゃんを抱いた一人の女の人が椅子に座っていた。
……しかしメリルは気付いているのだろうか。
その女の人は静かに泣いていることに。
「泣いてるけどいいのか…?」
「…え?……ああ、泣いてたのー…?」
やはり気付いていなかったようだ。
「でも他に人はいないし仕方ないんじゃないのー?」
「……それじゃあ宿の場所を訊ねるだけだぞ」
街人が他に見当たらないので彼女に聞くしかないようだ。
仕方なく四人はその人の元へと歩いて行くのだった。
それが間違いだったと気付いたのは事が起こってからの話である。

「あのぉ…すいません…」
こんな時に話し掛ける役割が回ってくるフェイは貧乏クジだと常々思う。
「…誰!?」
話し掛けるまでフェイ達に気付いていなかったのか、女の人は急いで目尻をこすってから顔を上げる。
今まで泣いていたことを表すかのように、目は赤かった。
もちろん誰もそれを指摘はしない。
「ああ、街の人じゃないのね……。それじゃあ知らないのも無理はないわ……。」
女の人は手元の我が子を見、少し時間を開けてから再び口を開いた。
「それで、私に何か用?」
「ええ、門番の人に急いで宿に行くように言われたのですが、肝心の宿の場所がわからないので教えてもらおうかと…」
「そう…」
言ってからうつむいた彼女は、フェイの目から見ても明らかに悲嘆に暮れていた。
「門番の人は急いで宿に行くように言ったのね…」
「あ、はい」
女の人は自身の腕の中にいる子供の頬を撫でる。
それだけで子供は生まれて間もない世界で、幸せに包まれているようにこの暗い夜に似合わない笑顔で笑う。
「急いで、ねぇ……」
手を止めて女の人が呟いた。
そしてこう聞いてくるのである。
「…今、何時?」
フェイは後ろにいるメリルの方へ振り向く。
この世界に来たばかりなので時計はまだ合わせていない。
メリルはコアクリスタルがどうこうでわかるらしい。
「今はー……、11時54分くらいねー…」
「そう……、じゃあもう間に合わないわね…」
「「「「えっ」」」」
四人がまとめて驚きの声を上げる。
「だって、もうじき12時ですもの」
女の人は自身の腕の中の我が子を見て酷く悲しそうにそう言い、そしてフェイ達に細々と微笑んだ。
フェイは、この悲しそうな笑顔はたぶんずっと忘れることが出来ないだろうなあ、と思った。
――刹那。
強い風が吹く。
海のすぐそばであるはずなのに潮は感じない。
何か不吉な風だった。
雲が、流れる。
暗い街の中に光が降り注ぐ。
酷く濁った、赤色の満月からの形容し難い光だった。
満月は毒々しく輝き、悪魔の光を暗闇に沈んだ街へと降ろす。
無慈悲で不可避な世界の普遍。
――恐ろしい。
フェイは不意にそう思った。
そう思わずにはいられなかったのだ。
普遍は呪いに支配され、信仰さえも存在していた月を下劣な形容へと変化させる。
皆が皆、月に釘付けになっていた。
目を離したら何かが崩れてしまいそうな、そんな気がしていたのだ。
肌のざわつきを感じる。
月光は不吉な全てを孕んでおり、風が悪い予感をどこからか運んでいるようだった。
ジンクスは人の予想の斜め上を行く。
だからこそだろうか、月に視線を奪われてしまい、ついには誰も気が付かなかったのは。
異変は身近に。
聞こえる絶叫。
フェイが視線を月から下ろすと、先程の女の人のすぐそばに魔物がいた。
緑色の鱗を持った、半魚人の魔物。
それを見て、四人は駆け出す。助けに行く為に。
「来ないで!!」
女の人が叫ぶ。
フェイは最初それは魔物に向けられているのだと思った。
しかし、最初にユーク。それからメリル、レナが止まって初めて気付いた。
それは自分達に向けられた言葉だということに。
「どうして…」
彼女は泣き、そして何かを伝えようとするが、果たして言葉にはならない。
「……っ!」
言葉にはならない叫びが発せられる。
音はないが、耳をつんざく何かがあった。
魔物は四人を一瞥し、女の人をほんの少し見て、そしてその身を翻した。
そして手近な水の中へ飛び込み、そのまま夜の闇の中へと溶けて行った。
雲が流れ、再び月は隠れる。
辺りは再び暗闇に閉ざされ、後に残ったのは静かな波の音だけだった。
四人が安堵した、その時、女の人は泣き、そして崩れ落ちた。
倒れる寸前に、近くにいたユークとレナが駆け寄る。
――彼女の腕の中に、子供はいない。
ただ消えた、などという楽観は持てない。
赤く呪われた月。
暗闇に呪われた街。
その夜、街の中に、波の音と、そして慟哭だけが響いていた。

その後、灯りを消し、気配すらも朧ろに家に籠もっていた町人達が続々と出てくるまで、四人の狼狽は続いた。
暗かった町に、一つ、また一つと灯りが点る。
子供が魔物になり、海の暗闇へと消えて行く。
そんなことが現に起こり得るのか、実際に見ても理解には及ぶべくもなかった。
「はあ…やっぱり巻き込まれるのかあ…」
ユークが愚痴っているが、この旅は元来そういう旅のはずである。
出てくる町人の中から町長が四人に歩み寄ってきた。
その後、町長に説明やら懇願やらいろいろされ、長い夜になったのは自然の摂理というものか。



夢を見ていた。
古ぼけた家の中、必要最低限の家具しか置かれていない狭い部屋。
今にも倒れそうな家、という印象を与える。
家の持ち主は今は二人。
その内一人は、たった今ノブに手を掛け、家を出ようとする青年。
もう一人は、その背を不安そうに見送る少女。
二人は兄妹であり、親は夙に亡くしていた。
「おにいちゃん、本当に一人で行っちゃうの?」
青年は粗悪な鎧を身に纏い、擦り切れた安物の鞘に収まった長剣を提げていた。
「仕方がないだろう、誰かがすぐに行かなくちゃいけないんだから」
「でも……一人でなんて、危ないよ……」
少女は心配そうに兄を見上げる。
「しょうがないだろう?すぐに行かないと見失ってしまうかもしれない。それに、俺が足止めしている間に町の皆が戦いの準備を整えて、すぐに加勢してくれるさ」
そう言って、青年はその手を少女の頭へポンと置く。
「だから、大丈夫だ。…な?」
「……うん」
少女は、力なく、小さく頷いた。
いい子だ、と笑って、青年は少女に背を向け、扉を開いた。
「……っと、そうだった」
「…?」
家の門扉を半ば出たところで、青年は踵を返した。
「お前にあげようと思ってな。これ、作ったんだ」
そう言って、青年はポケットから何かを取り出し、少女へと渡した。
「これは…?」
少女が貰ったもの、それは、簡素で、不恰好なネックレスだった。
「下手だけどな。大事にしろよ」
「うん」
そして青年は今度こそ扉を開け、出ていった。
少女一人を残して。
「いい子にしてろよ……」
一言だけを残して。

閉められた扉の前。
何もない家の中に、少女は一人たたずんでいた。
ずっとたたずんでいた。




翌朝、窓から差し込む光によって、フェイは目を覚ました。
こぢんまりとした部屋には簡素なベッドが4つ。
フェイはその一番端のベッドで、横たえていた身を起こした。
部屋を見回せば、3人は未だに夢の中にいる。
近いほうから、ユーク、レナ、メリルがベッドの上で寝ている。
そしてフェイはメリルで視線を留めた。
単なる夢だと一蹴も出来たが、やはり気になったのだ。
夢の中、少女が1人で佇む家から、出ていく兄は確かにこう言った。
「いい子にしてろよ……メリル」
と。

昨晩、町長に説明は受けた。
この町にかけられた呪いは、『町は毎晩、得体の知れない暗闇に覆われ、生まれた子供は生まれて最初に迎えた満月の深夜12時、魔物となり、どこか暗闇の広がる海へと消えていく』というものらしい。
昨日までならよくわからないとフェイは言っていたかも知れないが、幸か不幸か昨晩当事者になってしまっている。
「はあ…」
寝ている3人に聞こえないように小さくため息を吐く。
何が悲しくてこんなことをしているんだろう…。
呪いはかれこれ半年は続いているらしい。
どうして普通の漁村に育ったはずなのにこんな重い話に触れないといけないのだろうか…。
フェイはもう一度部屋を見回す。
なるほど、この3人、熟睡している。
この状況でよく安眠出来るものだ。
肝が据わっているのだろう。
それとも街に着く前に言っていた「疲れた」やら「眠い」は本当だったのだろうか。
どちらにしろ、色々な観点から尊敬に値する3人の行為に呆れながらも思わず含み笑いをするフェイだった。
それにしても、と窓の外を見てフェイは思う。
陽光は寧ろ清々しいそれ。
月の毒々しさは日の光からは微塵も感じられない。
光が溢れ、澄んだ青空を鳥が優雅に泳ぐ。
平和そのものに感じる。
昨夜、光を殆ど浴びていないので尚更そう感じるのかも知れない。
昼間の日の強さは、まるで夜の不幸を隠すように。また、夜の不吉を贄として、より明るくなっているようだった。
丁度、振幅が正と負、対象に増減するように。


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星空は暗く沈み、街は再三呪いに溺れる。
風は不吉に淀み、潮は暗がりにのみ波音を立てる。
それは街を出てもさほど変わらなかった。

あの後、結局他の3人が全員起きたのは昼過ぎだった。
その後、辺りにすっかり夜の帳が落ちるまで町長に延々と話を聞かされた。
痛い程懇願され、海底の調査に行くことになってしまったのである。
いきなり、老年期の爺さんにしか見えない町長に、海底に行けと言われた時は色々疑ったよ。
主に「こいつまだ厨二病と闘病中かよ…」とか「現実を見ろよ…」とか「長い厨二病だな…」とか…。
全部語尾に(笑)入れたかったよ…。
入れなかった自分は偉いと思う。
まあ、よくよく聞けば行く手段はあるらしい。
現地へ行くまで教えてくれないらしいが…。
さすがに潜水はしないよね…。
本来は海底になど行きたくなかったが昼過ぎから日が沈むまで同じお願いをずっとされれば仕方ないと思う。
きっと首を縦に振るまでずっと懇願してたに違いない。
本当にめんどくさい。

海の上に浮かぶ船の上。
周りには何も見えず、灯りも今乗っている船の漁り火のみ。
船の大きさは申し分ないのだが航海はイマイチだ。
順風満帆には程遠く、言うなれば、最悪の航海が続いた。
雨や靄がないのが救いだろうか。
目的地の大方の目処は立っている。
街の近海の海底に過去に沈んだ神殿の遺跡があるらしい。
場所を知っているのはわかるが、人間、そうそう割り切れるものではない。
この暗闇の中、ちゃんと辿り着けるのだろうか。
レナなんかいつもの活発な様子はなく船尾で震えて丸くなっている。
なんだこいつ、ギャップでなんか狙ってるのか?

どうでもいいが、海底はどうやって行くのだろうか。
いや、どうでもよくないか…。
船乗りの人達は現地に着くまで教えてくれなさそうなので、丁度近くにいたメリルに訊ねてみた。
「ねぇ、海底へどうやって行くの?」
「え、私に聞かないでよー」
「まさかの素潜りとかじゃないよね?」
「あー……、それはないよぉー」
「え、どうして?」
「私カナヅチだからー」
「……」
なんか冷めた。
なんか予測してたのかと一瞬期待した自分が馬鹿だった。
っていうかこいつカナヅチだったのか…。
ちなみにフェイ、ユーク、レナは湊町育ちなので泳ぎは自体は問題ない。
「えっ、もしかしてあんた達泳げるのー!?」
「そりゃ……まあ……」
「全員?」
「全員」
「そうなんだぁー……海底まで泳げるのかぁー…」
「…いや、そのりくつはおかしい」
海底まで泳げる人がいるなら連れてきて欲しいものである。
「着いたぞ」
船乗りのうちの1人が言った。
近海と言うが、かなり時間がかかった。
ユークはついさっき寝てしまったし、レナは丸くなったまま寝ている。
メリルもなぜか寝ている。しかもこいつに至っては船のど真ん中で寝ているのではないか?
船乗りの仕事の邪魔も甚だしい。
なぜ寝ている奴を起こす役目が大抵フェイに回ってくるのだろうか。
「場所はここで間違いないんですか?」
一応訊ねてみた。
「ああ、そうか。お前らアーレントの出身じゃないんだったな…」
「えぇと…そうですが…」
「あの街出身の人はなぜか皆神殿の場所がわかるんだよ」
「そうなんですか…」
その土地特有の何かだろうか。
「とりあえず、他の三人を起こして来てくれ」
「あ、はい…」
了承してから気づいた。あの三人はちゃんと起きるのだろうか。


まずはこいつかあ…。
船のど真ん中で寝るユークを見下ろしながら呟いた。
っていうか船のど真ん中で寝てたら船乗りの邪魔だ。
そのまま海に沈んでください、どうぞ。
「とりあえず起こさないとなあ…」
まずダメ元で揺すってみた。
「……」
起きない。
ぺしぺし、叩いてみた。往復ビンタである。
「……」
起きない。
軽く蹴ってみた。
「……」
起きない。
「はあ……」
なぜ起きないんだ…!
「こっの…!」
力任せに蹴ってみた。
「……」
起きない。
「ダメだこいつ…」
うん、相手が悪かったんだ。
よし、後回しにしよう。全員で殴ればさすがに起きるに違いない。
そう思い、フェイが立ち上がり背を向けた、その時、
「ふぁあ……よく寝た…」
睡魔の塊は自然に目を覚ました。


「つまり、海底へは誰でも行けるんだな?」
「うん、そうらしいよ」
「ふむ…」
そう言ってユークは考え込んでしまった。
場所は現在船尾。
レナの寝相が悪いことはもともと知っていたが、船尾は凄いことになっていた。
寝返りで海に落ちないのだろうか。その確率があっても良いように感じる。
「妙だな…」
「えっ…?」
思案に入っていたユークが唐突に口を開いた。
「ならどうして自分たちで行かない?町人を危険な目に遭わせたくないからだとしてもこの問題は看過できないはずだ」
フェイは周りを見渡し、船乗りの影が確認されないことを確かめてから返答した。
「それは…確かに…」
「ただ何もせずに見逃して手を拱いているのはおかしい」
「そうかもしれないけど…でも…」
でも、とフェイは続ける。
「僕はあの涙が嘘だとは思えない」
我が子を失う悲しみよりも、なおつらい。
自分のことを忘れ、姿が変わり、そして暗闇へと消えていく。
その時のあの涙までが偽りだとは思いたくない。
「ああ、俺もそう思う。だから…」
だからの後、一旦空白を置いてユークは言う。
「だから、何か企んでるとしたらお偉いさんたちだろうな。あの涙は本物だと思うぜ」
「嘘よ!!」
ユークの台詞に間髪入れずに第三者の声が入る。
フェイとユークはぎょっとして辺りを見回すと、寝ているはずのレナが何やらごにょごにょ言っている。
二人は顔を見合わせると、レナの口元へ耳を近づけた。
「町長の頭をもう一度よく見なさい!あれはヅラよ!!」
器用な寝言が聞こえてきた。


「遅かったな」
なぜか無性に疲れたフェイと、一眠りして機嫌が良いユークとレナが船首に戻ると、メリルはもう起きた後だった。
どうやら船乗りの人々に起こされたらしい。
どうでもいいが、レナはユークにやったのと同じ過程を本気で蹴るところまでしたところで目を覚ました。
ユークは「俺にもこんなことしてたのか…」と苦笑していたが、起きない人に文句は言われたくない。
「これで全員揃ったな。それじゃあこれから説明しよう」
船乗りの中で、一番健康そうな人が、四人を見渡し、全員いることを確認して、説明を始めた。
「深海へは潮の流れに乗って行く。夜12時は海面から深海へ。昼12時は深海から海面へと潮が流れている。その流れに乗って行けば海底神殿まではすぐに行ける」
「ちょっと待った」
説明にストップをかけたのはユーク。
「息はどうするんだ?俺たちは港町育ちだがそれでも持って2分だぞ」
至極尤もな質問である。
「息継ぎは心配いらない。潮の中と海底神殿の中では息ができる。原理は不明だ。一応、町以外の人間でも試したから大丈夫だ」
「なるほど」
なぜかそれで納得したらしいユーク。毎度ユークの納得の基準が謎だ。
「毎日昼の12時に、この近海に船を常駐させておく。出た後は船を捕まえてくれ」
「はあ…わかりました…」
言っていることが突拍子もなく、曖昧にしか返事できない。
「海底神殿へ向かっているのは確かなんだ…。頼む、子供たちを助けてやってくれ…」
船乗りたちは、その言葉につられたかのように一斉に頭を下げた。
「ああ、わかってる」
「ここで断るくらいならもう既に断ってるもんね」
助けたいという気持ちは事実なので、幼馴染の三人は快く引き受ける。
後ろで約一名、ずっと文句を言っているが、船乗りも合わせた全員が無視を決め込んでいた。

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「どうか、助けてやってくれ」
船乗りの半ば懇願の声援を背後に聞きながら、四人は水面に現れた渦へと身を投じた。
渦の中は水中であるのに息が出来、不思議な浮遊感が全身を包む空間だった。
視界は銀色と青色のコントラストで、見ているだけで微睡みの淵へと落ちて行きそうだった。
フェイは、自身が青く、暗い海の底に沈んでいく感覚を覚えながら、急速に意識が遠のいていくことに気が付いた。
睡魔は、払おうとしても執拗に付き纏い、ついにフェイの意識は途切れたのだった。
深海までの短い間、ほんの数刻の幻燈である。


To be continued...

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最終更新:2013年01月14日 03:15