「一体何がいけなかったというのか」
此処は現実味を帯びていながら、現実には程遠い世界。
きっかけは、とあるニュース。
「雨上がりの日、ある山のふもとで人が死んでいた。滑落死と見られている。」
たかがそれだけのニュースで、ウチ等の人生は大きく狂う。
「…嘘でしょう?そんな…嫌あああああ!」
それを見ていたのは、研究者を目指していた女。
そのニュースを見てからというものの、自宅にこもって何かをし始める。
まるで何かに取り憑かれたかのような女の言動は見ていられなかった。
ある日。自宅に藪医者がやって来ると、女は不意にこんな事を言い出した。
「別々の身体で生活した方が、きっと幸せになれると思うんです」
…言い忘れていたが、ウチ等は所謂「多重人格」。一方が表舞台に出ている間、もう片方は裏方へ回る。
「そうか。じゃあこの機械に入ってごらん、人格ごとに別の身体に入る事が出来る。」
藪医者はおおよそこんな事を言って、ウチ等を謎の機械に押し込めた。
機械が作動し、立ち眩みに似た感覚に襲われた直後、不意に身体が軽くなった。
…どうやら本当にウチと女を別々に出来たらしい。
「よし、もう出て良いぞ」
藪医者の声がして、機械の扉を開けた次の瞬間。
バンッという破裂音とともに、ウチの胸が紅く染まる。
「!何をした!?」
「…」
藪医者が振り向いた先には、女が笑みを浮かべながら銃を構えていた。
「ありがとうございます。お陰で邪魔者が居なくなるのですから」
その後、数発の銃声を聞いた後は、もう何も覚えちゃいない。
ああ、清々しました。
今まで勝手に人格が変わって、その度に部屋を荒らされたりしたものですから。
これで漸く「研究」に専念できる。そう思ったのです。
月日は流れ、他人からは理解されなくなり、国家権力に追い掛け回されても。
死んだとされるあの人を見つけ出すまで、どんな手を使っても「研究」を続けました。
あの人は、滑落死なんてヘマをする筈は無いのです。
ついに、その時はやって来ました。
あの人に関係ある物から、本人を探し出す機械。
理論を組み立て、一つ一つの部品を制作、収拾するのに、どれほど苦労した事か。
所々サビだらけだったり、血のりが付いていたりしますが…まあ良いでしょう。
早速写真を入れて、スイッチを押しましょう。
…おや?ちょうど私の真後ろ?機械の不具合でしょうか…
…あれ?
ついさっきまで誰も居なかったハズですが、其処には独特の雰囲気を持つあの人が居ました。
一体今まで何処に居たんですか?ずっと探してましたよ?
…けれど、少し見ない間に大分変わりましたね。目つきや顔色も少し悪くなったような…
え…どうしてナイフを此方に向けてくるんですか?私、貴方に怨まれるような事はしていない筈ですが…
…はい?「貴方とは面識が無いが頼まれたから仕方ない」?
そんなハズは無いですよ!だって貴方は私の大事な人ですから、思い出だって沢山あるはず…
それとも貴方ではないんですか!?そっくりの人…そうだ、本物ならこんな事しないでしょうに!
兎に角、私は死ぬのはまっぴらですからね!
雨上がりの山を歩いていたのは確かで、そこで死んだ事は事実。
ただ…私は滑落死ではなく、自殺をした。
何を考えてそのような行動に出たのか、死んだ直後もハッキリとは分からなかった。
そして、死んでも尚、吸血鬼の使い魔としてこの世界に留まっている理由も。
暫くして、私の知り合いだった人が次々と殺されていった。
犯人は程なくして、研究者を目指していた人だと知れる。
その人が何を考えているかは分かりたくもなかったが、何故そう思うのかも分からなかった。
だが、私がその人の前に現れたとき、全てが判明する。
その人はどうしようもなく狂っていて、手が付けられない状態だったが、
私にはずっと前からそうであったように思える。
どうやら私の事を好いている様だったが…私にとっては鬱陶しい事この上ない。
そうか、私が死ぬまでもなく、その人を消せばよかったのか。
…まあ、それ以前に「殺せ」と頼まれてるから問題ないけど。
無残に切り刻まれた死体。破壊されてガラクタと化した機械に、燃やされた書類。
世間はこの連続殺人犯の死を、どう捉えるのか。幽霊の仕業とでも言うのだろう。
少なくとも、私が罪に問われる事は無い。
…私は既に、死んでいるのだから。
最終更新:2014年02月16日 14:25