「お前はまだ、異児の意味を知らない」 
ゴーン...ゴーン... 
薄暗い部屋のなか、どこからか鐘の音が聞こえた。最後を告げる音を。魔神は使い慣れていない剣で異端児を救うために異能児に立ち向かう。異端児は死んだようにソファーに寝そべっていた。彼女の瞳の中は空ろのようだ。 
「あなたは彼女を好きなのではないのですか?」 
『彼女は僕と同じ異児だ。其れ故、様様な苦しみを背負わなければならない』 
互いの剣の刃が放つ金属音が響く。 
「苦しめているのは、あなたの方でしょう!」 
『勘違いしているな。異児は常に苦しみを受けている。勿論僕も』 
「あなたが苦しみを受けていると?」 
『僕は異能児、何も彼もが出来過ぎている。其れ故に楽しめない。僕にとっては苦しいことだ』 
異能児の刃先が魔神の剣を突いた。魔神は不意に蹌踉けるが体勢を整え、また構える。 
『異児は神が異(い)な者が育たないように殺されなければいけなかった。だが神は僕らを殺し損ねたようだ。だから僕らは死に…いや、朽ち果てなければならない。それが異児の宿命だ』 
「だったらわたくしがその宿命を壊してみせます!」 
『お前、自分が何を言っているのかわかっているのか?』 
「彼女は宿命から脱出したいんです!」 
決め込む魔神に異能児は少々ムッとした表情になる。 
『…魔神にも拘わらず異児を救うつもりか。いいだろう、現実の決闘と異端児の真相を見せなければいけないようだな』 
異能児は指をパチンと鳴らす。 
すると部屋の周りに棘がついた薔薇の茎が柱のように現れる。刺されたらとんでもない。 
「ハァ..ハァ....」 
『…トゥ!』 
異能児は突如魔神に剣を突き出す。魔神はとっさに身をかわし、相手の脚を狙うが…。 
ガキィン! 
『遅い』 
難無く剣を弾き、異端児の前に刺さる。異端児は驚きもしない。悲しそうな表情で二人の決闘を見つめていた。 
「タァッ!」 
飛び上がって異端児の前に着地し、剣を抜いた。 
「大丈夫ですから、必ずやあなたを解放致します」 
「…!」 
見開く異端児。 
『…』 
異能児はただ立ったままである。 
「てやあああああ!!」 
魔神は急激に異能児の方へ向かった。異能児は口元をニヤリと浮かべながらも攻撃を防ぐ。 
「…あ……」 
異端児はゆっくりとふらつき、二人へ近づく。 
『…中中だな』 
「あなたをライバルと見做して戦ってきましたから」 
『ライバル?甘ったるいな。生憎だが僕はお前をライバルだとか温いように思っていない。他人の宿命に抗うとどうなるのか、分かっているのか?』 
「分かっています!」 
不意に異能児から自分の剣を離し、突き出す。異能児は見開いたが一歩下がる。 
「わたしが彼女の王子様となるんでしょう!」 
『!』 
異能児は此の上無く見開いた。 
その瞬間、何かが崩壊する音が聞こえた。黒い破片が天から落ちてくる。 
異能児は無表情だが何があったかという戸惑いを隠し切れていない。 
「!」 
その隙に魔神は異能児に向かって攻撃してきた。異端児はまだ二人に近付いてくる。 
『この僕が遅れをとるとは…』 
魔神の勢いに何とだんだん劣勢になってゆく。今まで見たことのない焦りだ。 
「我が同じ姓を持つ者!あなたを必ず…!」 
止めをさそうと異能児を突きにかかる。異能児は奥の手かのように高く跳び、向こう側に着地した。異能児のいた場所には、異端児がいた。 
「あ…!」 
異端児は魔神を見て驚いた。魔神は異能児の方を向き、異端児を守るように片腕を広げる。 
『…もうじきか』 
異端児は魔神の後ろから彼の後ろ髪を見ていた。すると魔神の肩に手を触れ… 
サクッ 
「……!!」 
嫌な音がした。魔神は見開く。腹部から刃が飛び出ているのだ。 
「何故…」 
異端児は気味悪く目を細め、奥深く剣を差し込む。 
「どうして…どうして………」 
今まで優勢だった魔神に襲い掛かった突然の悲劇。彼は異端児に押され、ゆっくりと倒れてしまった。 
「どうして…」 
魔神は突然の行動を起こした異端児に問いた。 
「あなたは王子様になれない。何故ならばあなたは災いを起こす魔神だから」 
異端児はズボッと剣を抜き、放り投げる。
「くっ…うぅ……」 
ボワァン!! 
衝撃の一撃を喰らってしまい、魔神は本来の姿になる。今までの人間の姿は自分のチカラで変身していた姿だったのだ。 
『よくやったな、異端児』 
異能児は異端児に近付く。 
『行くぞ』 
しかし異端児に対してその命令は不服なのか、魔神を見下ろしている。 
『どうした、辛いのか?』 
異端児は何も答えない。 
『友達を傷付けてしまったことは実は僕も後悔している。こいつ等には異児には関わらないように諭したが…、全く我が儘な者ばかりだ』 
「……」 
『難しいと思っただろ?自分が他人と友達になるのは』 
「…友達は難しかったのですが、憧れはできました」 
『…そうか、それは楽しめただろうな。僕は先に行く』 
異能児は奥へ消えた。 
「行っては…ならない…」 
魔神は苦し紛れに言う。 
「……ご存知でしたか?私があなた達を見下していたことを」 
魔神を見下ろす異端児の眼に、光は宿っていない。魔神の動きが止まった。 
「彼らは【『わたし』は『わたし』だ】と慰めてくれました。ですがその【わたし】が何なのか、彼らは気づいていなかったみたいですね」 
「…そ…な…こと…」 
「私は異端なのです。皆さんは並外れた物凄いチカラを所持しているのに、私は違った。何もかもが違った。私は底無しの劣等感を持ちながら、自分の存在意義に常に疑問を感じていた」 
「くぅ…う…」 
「そんな強いチカラを持っているくせに、彼らはわたしに接してくれた。だけど…」 
異端児はクルリと背を向ける。 
「誰も【わたし】というのに気付いてくれた者はいなかった」 
魔神は巨大な手で異端児をそっと握る。 
「それは…」 
「彼らにお礼を言ってあげてください。『友達の気分は本の僅かだけ味わえました』と」 
異端児はスッと魔神の手から避け、行ってしまった。 
『お礼は言ったのか?』 
「…腐るくらいに言いました」 
二人は魔法陣の上に立っていた。その魔法陣は何が書かれているかわからないくらい複雑に書かれている。 
「私…やっぱり魔力は好めないのかしら。劣等感を持った切っ掛けかもしれないから」 
『いや、大丈夫だ。苦しかったろうな…摩訶不思議で奇天烈な者たちに囲まれて』 
「……」 
異端児は俯いた後、魔神がいる方を向いた。 
『…気になるのかい?』 
「…いいえ」 
『じゃあ、いこうか』 
魔法陣の円が緑、内側が紅く光り、円からは緑の透明な壁が魔法陣から現れる。まるで二人を閉じ込める円柱だ。 
『怖いか?』 
「…あなたは怖くないの?」 
『怖くないと言えば嘘になる。壁蝨とはもう少し話したかったな』 
「壁蝨」というのは異能児の家庭教師の綽名である。不謹慎にも程があるが。 
「私も…、……?」 
異端児はふとよそを向く。すると暗闇から突如巨大な拳が円柱を殴りつけてきた。 
「いや…!」 
『…仕置きが与えられるな。安心したまえ、この魔法陣には何をしても無効化する』 
異能児の言うとおり、ひびすらはいっていない。 
「気付いていないのは、あなたの方ですよ…。あなたが彼らに気付いていないだけ……」 
暗闇から魔神がよろよろとやって来た。腹部に痛痛しい傷を残して。 
『…戯言を』 
魔法陣の円から今度は紫の炎が沸き上がり、暗紅色の薔薇の花弁が舞い上がる。 
「行かないで…行かない…」 
「……」 
無数の花弁のなか、異端児は複雑な表情で魔神を見ていた。異端児の眼鏡が風により外れ、魔神の前に落ちる。 
「ごめんなさい…ごめんなさい…、結局は自分のことしか考えてなかった……。あなたを護ると決めていたのに…それは面影を追い求めていたに過ぎなかった。ただの自己満足だったのです…」 
「…何故自分の身を犠牲にして…。に近づいたのです?」 
「…好きだからです『まみや』が」 
その言葉と同時に、二人は炎に包み込まれた。 
「結局わたくしは…あなたを護れなかった…それは私が自分勝手だから……」 
天から無数の剣が魔神に向かって襲い掛かる。宿命に刃向かった罰なのだろう。 
三人はどうなったか、知る由もない。
最終更新:2014年09月05日 21:44