あの出来事の後、男は御主人様が最後に居た空間へ立ち入った。それはただ棘の柱が突き出ているだけの空ろな空間だ。
「……」
男はただあの奥を見詰めた。二人の子供が朽ち果てた、あの場所を。
懐から手帳を出し、「スケートボード」と書き込む。紙からペンを離すと光が現れ、目の前にスケートボードが現れた。この手帳は、これに単語を書き込むとその道具が出て来る魔法の道具なのである。
男のスケートボードはロケットのように前進へ進む。男の本業は実はこれでも家庭教師なのだが、御主人様の御蔭で副業が一気に増え、様々な事柄に対応できるようになった。
「…くっ…っ」
荒れた棘を避けながら、男が乗るスケートボードは進む。歪んだ箇所もある故、容易くは行けないようだ。
「…手の込んだことをしていましたね」
所所服が棘により裂けているが、後で縫えばよい話。男は奥深く空間を進んだ。
どのくらい進んだかはわからないが、男はスケートボードの方向を転換させ、止めた。
そこにあったのは複雑に書かれた魔法陣。ここで二人は朽ち果てたと男は察した。
「…お二方」
スケートボードから下り、魔法陣を見詰める。手帳に書かれた単語を消すと、スケートボードは消えた。
「…あれから貴方たちの果てを知る者はいません。彼等は相変わらず我が儘でございます。過ぎたことは過ぎたことだと置いているようですね」
男の口からは自然に言葉が出て来てしまう。
「…あなた程の能力なら、抗うことだって出来たはずです」
答える者はいない、聞く者もいない。男には目の前に御主人様がいるような気がしてならないのだ。
カラン
「……あ」
男は魔法陣の向こうを見る。そこには赤い眼鏡が置かれていた。
「これは…異端児の…」
『異端児』_異児の一人である子供。何も彼もが常人と違い、何も彼も感じることが出来ぬまま朽ち果てた異児。
「形見ですね」
男は眼鏡を拾う。拾った瞬間、眼鏡はカバーに覆われ、袋の中に入ってる状態になった。男はそれを懐にしまう。
「…おや?」
男は足元に何かが置かれていることに気付いた。それはターバンだった。さっきまではなかったのに。
「……無力なくせに、抗おうとするからですよ」
男はターバンを両手で持つ。
「これも形見なのでしょうね」
男は立ち上がり、また魔法陣の方を見た。
「…私はどうしたらよいのでしょうか。あなたがいないと、私の立場がないではありませんか……」
悲しみが混じった言葉を吐いた男の眼からは、一粒の涙が流れていた。
「何時か、あなた達を救ってみせます」
メサイア_我が救世主よ
男はターバンを抱え、その場をあとにした。
ターバンから白い指が僅かに見えていることを気づかないまま…。
此処は何処だ
何故わたしは愛人を救えなかった
チカラがないからか?
馬鹿な、チカラを高める方法は疾うに身についたはずだ
まだ何かが足りないのか?
足りないものは何だというのだ
苦しい、貫かれたような感触がわたしの身体に染み込む
彼女は何処だ、彼奴は何処なのだ
わたしは愛人すら救えぬ魔神だというのか
魔神という意義通り、わたしは災いしか起こせぬ魔神なのか
傷みという鋭利なものから闇が見える
其れはわたしを変えてゆく
まさか、此れがわたしの本当の姿だというのか
違う!わたしは魔神ではあるが、他人に災いなど齎したことなど一度もない!
あの娘は何処だ
わたしとあの娘を引き裂くつもりか
其れ故にわたしをこのような姿にしようというのか!
違う!わたしは…魔神ではない!…!?わたしは……!
邪神だ
あの娘は何処だ
そして、わたしの左手はどこだ
最終更新:2014年09月05日 21:58